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仏教

縁起の法と成仏法

●縁起の法と成仏法

ちがうのである。 多くの学者や仏教者は、「縁起の法」を以てシャカ究極のさとりであるとしている。したがって、この縁起の法をさとるのが、シャカの示す解脱成仏への道であると説く。

もっと重要な道があるのである。

日本の仏教は大乗仏教であるから、この道の存在を知らないのである。縁起の法しか知らない。 もっとほかに大切な、いや大切どころか、解脱成仏には絶対必要な法のあることを知らないのである。というのは、この法は、シャカの没後すぐシャカの教法を直接学んだ弟子たちが五百人集まって、その教わったことを忠実に編纂した阿含経にしか記されていないのである。(前章、シ +カの生涯、参照)

日本の仏教は、中国仏教をそのまま輸入した大乗仏教で、阿含経を小乗経典とけなしてこれをまったくしりぞけ、手にとろうともしなかった。たいへんなまちがいをしていたわけである。そまたはうして、シャカ没後数百年たって創作された大乗経典と称するお経を信仰してきた。このお経は創作経典でシャカ直説のものでない上に、別な意図をもってつくられたものであるから、この解脱成仏法が記されていないのである。したがって、日本の仏教はこの法を知らないのである。

では、その法とはなにか?

「解脱法」

「成仏法」

と名づける法である。

なぜか?

縁起の法

成仏法

この法を修行しなければ、ぜったいにシャカのいう解脱成仏 (成道)はできないのである。

これは、いまはじめて明かされるものであるから、読者はよく読んでいただきたい。

シャカの教法は、二つの法から成り立つ。

この二つである。

である。 縁起の法は、理の法門成仏法は、実践修行の門

なぜか?

縁起の法は、縁起説、縁起論ともいわれる通り、理論である。理論をいくらさとっても、因縁からの解脱はできない。

縁起の法は、文字の通り、縁によって起こるできごとの動く道すじをこのように動く、と説明したもので、それ以上のものではない。どうしてそのように動くのか? という根本原因につい

てはなにもふれていない。

 

 

これあるによりてこれあり

これ生ずればこれ生ず

これあれどもこれなく

これ生ずれどもこれ生ぜず

これすれどもこれせず

だとする力を持ったとき、そのヒトは解脱成仏して、仏陀になったのである。如来となったわけ

それをなしとげるのが、「成仏法」という修行法である。

だから、この修行法を実践修行しない限り、どんな修行をしてもどんなに教学教理に達しても、 解脱成仏はできないのである。つまり、業の「力」から脱出すること、業の「力」の束縛から離れることが「解脱成仏」なのであって、因縁の道理や縁起の理論をいくらさとっても、それは解脱成仏ではないのである。業の「力」の動く道すじ、道理を理解しただけに過ぎない。ここのところを今までの仏教はまちがえていたのである。頭や心がいくら(道理・真理)をさとっても、 真の解脱ではない。業の「力」を動かす能力を持ってはじめて解脱成仏したといえるのである。

どうしてそんなことが断言できるのか?

アーガマわたくしがいっているのではないのである。シャカ自身が、いくつもの阿含経の中で、はっきり断言しておられるのである。

クル国の Kammāsadhamma (雑色牧牛聚落)というところで、比丘たちに説いた「応説経」というお経を代表にあげよう。この中で、シャカはこう説いておられる。できるのである。 くりかえし説いておられるのである。このことを説いているお経は、いくつでもあげることが

●比丘たちよ、わたしにたいして、いくら成仏を求めてどんな修行をしても、念処・正動

・如意足・根・力・覚・道という修行法を修行しなければ、ぜったいに漏尽解脱(完全成仏)できないぞ。

業力を動かして、因縁、縁起の流れを断ち切る力を修行しなければ、成仏はできないことを仏教徒は知らねばならない。

シャカが、この中でいわれている修行法―成仏法について少し説明しよう。

一、念処――四念処法という修行法である。四つの法から成り立つ。

二、正動――四正勤法という修行法で、四つの法から成り立つ。四正断ともいう。

三、如意足――四如意足法といい、四つの法から成り立つ。四神足ともいう。

四、根――五根法という。五つの法から成り立つ。

五、ガ――五力法といい、五つの法から成り立つ。

六、覚 「七覚支法という修行法で、七つの修行法から成り立つ。

シャカはなにをき、なにをなしたか?

る。 コーサラ国のサーヴァァティーで説かれた阿含経(中阿含経)の中で、シャカはこう説いてい

●業を越える力

七、道八正道といい、八つの実践科目から成り立つ。

以上の七科目、それぞれの法の数を合わせると三十七法になる。それでこれを

七科三十七道品

とよぶ。いうならば、成仏のための七つのシステム、三十七のカリキュラムである。 シャカの説いているこの成仏法について少しのべよう。

縁起

愛のために智恵を幅意のために

●縁起の法と成仏法

ちがうのである。 多くの学者や仏教者は、「縁起の法」を以てシャカ究極のさとりであるとしている。したがって、この縁起の法をさとるのが、シャカの示す解脱成仏への道であると説く。

もっと重要な道があるのである。

日本の仏教は大乗仏教であるから、この道の存在を知らないのである。縁起の法しか知らない。 もっとほかに大切な、いや大切どころか、解脱成仏には絶対必要な法のあることを知らないのである。というのは、この法は、シャカの没後すぐシャカの教法を直接学んだ弟子たちが五百人集まって、その教わったことを忠実に編纂した阿含経にしか記されていないのである。(前章、シ +カの生涯、参照)

日本の仏教は、中国仏教をそのまま輸入した大乗仏教で、阿含経を小乗経典とけなしてこれをまったくしりぞけ、手にとろうともしなかった。たいへんなまちがいをしていたわけである。そまたはうして、シャカ没後数百年たって創作された大乗経典と称するお経を信仰してきた。このお経は創作経典でシャカ直説のものでない上に、別な意図をもってつくられたものであるから、この解脱成仏法が記されていないのである。したがって、日本の仏教はこの法を知らないのである。

では、その法とはなにか?

「解脱法」

「成仏法」

と名づける法である。

なぜか?

縁起の法

成仏法

この法を修行しなければ、ぜったいにシャカのいう解脱成仏 (成道)はできないのである。

これは、いまはじめて明かされるものであるから、読者はよく読んでいただきたい。

シャカの教法は、二つの法から成り立つ。

この二つである。

である。 縁起の法は、理の法門成仏法は、実践修行の門

なぜか?

縁起の法は、縁起説、縁起論ともいわれる通り、理論である。理論をいくらさとっても、因縁からの解脱はできない。

縁起の法は、文字の通り、縁によって起こるできごとの動く道すじをこのように動く、と説明したもので、それ以上のものではない。どうしてそのように動くのか? という根本原因につい

てはなにもふれていない。

これあるによりてこれあり

これ生ずればこれ生ず

これなきによりてこれなく

これ読すればこれ滅す

という。その通りである。

それでは、

なぜか?

これあればどうしてこれがあるのか?

これ生ずればどうしてこれが生ずるのか?

これがなければどうしてこれがなく、

これを滅すればどうしてこれが滅するのか?

という、根本的なものに対する「なぜ?」が説明されていないのである。

ただ、動いてゆく道すじが、原理として説明されているだけである。

要するに、起こる現象を起こる現象の法則として上げて説明しただけだ。なぜそういう現象が

起こるのか? という根本的なものについては説明がない。

これ滅すれどもこれ滅せず

これ生ずれどもこれ生ぜず

ジャきはなにを沢き、なにをなしたか?

どうして。

それは、親紀の進とはまた別動じ属するものだからである。

それは「力」に属するものなのである。

どどうして。

これをすればこれをずるのか?

生じさせる「力」があるからである。

これ続すればこれ読するのか?

純せさせる「力」があるからである。

この「力」こそが根本問題なのではないか?

その力を、仏教では「実力」(ごうりき)とよぶのである。

この世界には、ものごとすべてを動かしてゆくひとつの大きな力がある。キリスト教はその力を「神」とよぶのであろう。

シャカはそれを「カルマ」とよぶ

その力はただ然に動くのではなく、一定の法則にしたがって動く。その動く法則を明らかにしたのが、「接起の法」である。

問題は、それを「動かす」ものではないか。それがこの業力である。

この業力を自由に動かすことができたとき、因縁解脱の力を持ったということができるのであ

る。それが「成道」ということであり、「成仏した」ということであり、それをはたすのが、「成仏法」なのである。

これあるによりてこれあり

これ生ずればこれ生ず

これあれどもこれなく

これ生ずれどもこれ生ぜず

これすれどもこれせず

だとする力を持ったとき、そのヒトは解脱成仏して、仏陀になったのである。如来となったわけ

それをなしとげるのが、「成仏法」という修行法である。

だから、この修行法を実践修行しない限り、どんな修行をしてもどんなに教学教理に達しても、 解脱成仏はできないのである。つまり、業の「力」から脱出すること、業の「力」の束縛から離れることが「解脱成仏」なのであって、因縁の道理や縁起の理論をいくらさとっても、それは解脱成仏ではないのである。業の「力」の動く道すじ、道理を理解しただけに過ぎない。ここのところを今までの仏教はまちがえていたのである。頭や心がいくら(道理・真理)をさとっても、 真の解脱ではない。業の「力」を動かす能力を持ってはじめて解脱成仏したといえるのである。

どうしてそんなことが断言できるのか?

アーガマわたくしがいっているのではないのである。シャカ自身が、いくつもの阿含経の中で、はっきり断言しておられるのである。

クル国の Kammāsadhamma (雑色牧牛聚落)というところで、比丘たちに説いた「応説経」というお経を代表にあげよう。この中で、シャカはこう説いておられる。できるのである。 くりかえし説いておられるのである。このことを説いているお経は、いくつでもあげることが

●比丘たちよ、わたしにたいして、いくら成仏を求めてどんな修行をしても、念処・正動

・如意足・根・力・覚・道という修行法を修行しなければ、ぜったいに漏尽解脱(完全成仏)できないぞ。

業力を動かして、因縁、縁起の流れを断ち切る力を修行しなければ、成仏はできないことを仏教徒は知らねばならない。

シャカが、この中でいわれている修行法―成仏法について少し説明しよう。

一、念処――四念処法という修行法である。四つの法から成り立つ。

二、正動――四正勤法という修行法で、四つの法から成り立つ。四正断ともいう。

三、如意足――四如意足法といい、四つの法から成り立つ。四神足ともいう。

四、根――五根法という。五つの法から成り立つ。

五、ガ――五力法といい、五つの法から成り立つ。

六、覚 「七覚支法という修行法で、七つの修行法から成り立つ。

シャカはなにをき、なにをなしたか?

る。 コーサラ国のサーヴァァティーで説かれた阿含経(中阿含経)の中で、シャカはこう説いてい

●業を越える力

七、道八正道といい、八つの実践科目から成り立つ。

以上の七科目、それぞれの法の数を合わせると三十七法になる。それでこれを

七科三十七道品

とよぶ。いうならば、成仏のための七つのシステム、三十七のカリキュラムである。 シャカの説いているこの成仏法について少しのべよう。

成仏法についてのくわしい説明は、わたくしの他の著書を読んでいただくとして、ここではシ +カ自身、成仏法の中の「四神足法」(如意足)を修行した経験談を記そう。

●修行僧らよ。わたしが修行者のとき、このように思った。―「神足(iddhipada)を修

てんぱくこのようにすれば、わが欲はあまりにも萎縮することはないであろう。またあまりにも制圧されることはないであろう。内的に収縮することもないであろう。外的に散乱することもないであろう。前後に想いをはせていて、後は前のごとく、前は後のごとく、上は下のごとく、下は上のごとく、夜は昼のごとく、昼は夜のごとくである。このように広大にして調縛されない心をもって光輝ある心を修練する。それによって、わたしに眼が生じ、智が生じ、智恵が生じ、明知が生じ、光りが生じた。

さまたこのように四神足を修練し、豊かならしめたならば、多様なる神変を身に受ける。一身にして多身となり、多身にして一身となり、或いは現われ、或いは隠れ、艦壁や山岳をよぎって、騒げなく、行くこと空中におけるがごとく、地中に出没すること水中におけるがごとく、水中を行きて壊られざること地上におけるがごとく、虚空においても結跏趺坐してそぞろ歩きすることは飛鳥のごとく、このように大神通・大威徳あるこの日

三シャカはなにを説き、なにをなしたか?

観する原因、緑由は何であるか?」と。そのときわたしはこう思った。

ここで欲の・勤めの・心の・考察の・三昧・勤行の形成をそなえた神足を修練する。

月を手でとらえて揉んでしまい、梵天の世界至るまでも身をもって支配する。

このように四神足を修練し豊かならしめたならば、清浄にして超人的な天の耳の本性をもって、遠近にある天的なまた人間的な声をともに聞く。

このように四神足を修練し豊かならしめたならば、他の生存者、他の人々の心をば心によって了解して知る。貪りある心を貪りある心であると知り、貪りを離れた心を貪り

を離れた心であると知り、また怒りある心を怒りある心であると知り、怒りを離れた心を怒りを離れた心であると知り、迷妄ある心を迷妄ある心であると知り、迷妄を離れた心を迷妄を離れた心であると知り、収縮した心を収縮した心であると知り、散乱した心を散乱した心であると知り、偉大な心を偉大な心であると知り、偉大ならざる心を偉大ならざる心であると知り、上ある心を上ある心であると知り、無上の心を無上の心であしている心であると知る。

ると知り、解脱していない心を解脱していない心であると知り、解脱している心を解脱

このように四神足が修練され豊かにされたときに、種々なる過去の生涯を想い起こした。―――すなわち一つの生涯、二つの生涯、三つの生涯、四つの生涯、五つの生涯、十の生涯、二十の生涯、三十の生涯、四十の生涯、五十の生涯、百の生涯、千の生涯、百

工具差女の宇宙破境期、幾多の宇宙成立破壊期を。「わ

れはそこにおいてこれこれの名であり、これこれの姓(gotta)であり、これこれのカースト(vanna)であり、これこれの食をとり、これこれの苦楽を感受し、これこれの死にかたをした。そこで死んでから、かしこに生まれた」と。このようにかたちや名称とともに種々なる過去の生涯を想い起こしたのである。

このように四神足が修練され豊かにされ諸の生存者が死にまた生まれるのを見た。すなわち卑賤なるものと高貴なるもの、美し

たときに、清浄で超人的な天賦をもって、諸たがっているのを明らかに知った、――「実にこれらの生存者は身に悪行を為し、ことばに悪行を為し、こころに悪行を為し、諸々の聖者をそしり、邪った見解をいだき、邪った見解にもとづく行為をなす。かれらは身体が破壊して死んだあとで、悪しきところ、

いものと醸いもの、幸福なものと不幸なもの、そして諸々の生存者がそれぞれの業にし堕ちたところ、地獄に生まれた。また他のこれらの生存者は、身に善行を為し、ことばに善行を為し、こころに善行を為し、諸々の聖者をそしらず、正しい見解をいだき、正

しい見解にもとづく行為をなす。かれらは身体が破壊して死んだあと、善いところ、の世界に生まれた」と。

このように清浄で超人的な天眼をもって、諸々の生存者が死にまた生まれるのを見た。

すなわち卑賤なるものと高貴なるもの、美しいものと醜いもの、幸福なものと不幸なもの、そして諸々の生存者がそれぞれの薬にしたがっているのを明らかに知った。

このように四神足が修練され豊かにされたときに、諸々の煩悩の汚れがほろぼされることによって、汚れなき心の解脱・智恵の解脱をこの世において、みずから証知し、現証し、具現して住する。

これが、カルマを絶つ成仏法修行の成果なのである。

神足とは自在の力ということで、四神足とは、身体・心(智恵)・目・耳の四つにおいて、業の力の支配を離れて自在である力を持つという意味である。

あるいは、読者は、いうかも知れない。

シャカのことばの前半の部分――多様なる神変を身に受ける・・・・・・虚空においても結跏趺坐してそぞろ歩きすることは飛鳥のごとく・・・・・・・この日月を揉んでしまい・・・・・・という部分など、あり得べ

ことができるのである。 だと知るべきである。こういう力はどこからくるのか? 成仏法を修することによって「………………眼が生じ、智が生じ、智恵が生じ、明知が生じ、光りが生じ」るのである。修行によって、純化され、拡大され、飛躍して次元を超えたホトケの智恵を身につけることにより、この力を獲得する

からざる誇大妄想、狂人のクワ言ではないかといわれるかも知れない。そうではないのである。 この部分は、この世界を動かしている業がの力を超えて自在の境地であることを表現しているの

シャカの道は究極において、ここに到達するのである。これを「成道」ということはさきに述べた通りである。

たにき、なにをなしたか?

 

 

釈迦三尊物語 The Three Noble Ones — Sowers of Ligh

 

釈迦三尊物語 ~光の種をまく者たち~
The Three Noble Ones — Sowers of Light

風が語る 古の声
揺れる葉に 真理の種
光はまだ 見えなくとも
歩みはいつか 実を結ぶ

文殊は知恵を 剣に変え
普賢は慈悲を 手に宿す
釈尊の声が 闇を照らし
千年の旅が 今も続く

The wind retells a tale of old,
In trembling leaves, the truth unfolds.
Though light unseen may hide from view,
Each step we take bears seeds anew.

Manjushri’s sword, the blade of mind,
Samantabhadra’s hands, so kind.
The Buddha’s voice still breaks the night—
A thousand years, the path of light.

愛を、悟れ Awaken Through Love 2

 

愛を、さとれ   Awaken Through Love

燃える夜に 願いが一つ
届かぬ恋は 胸を焦がす
誰かを想う その痛みさえ
迷いの中で 光になる

煩悩(おもい)よ、舞え 愛を抱いて
涙の中で 君を知った
この苦しみが 悟りならば
迷わずに 愛を選ぼう

In burning night, I whisper a wish
Unspoken love still scorches my chest
Even this pain of longing for you
Becomes a light within my doubt

Oh, let desire dance—embrace this love
In tears, I finally saw the real you
If this ache leads me to truth and peace
Then I will choose this love again

愛染明王の導き Guidance from King Aizen

愛染明王の導き

かつて、心の奥に激しく燃え上がる恋の炎を抱えた一人の若者がいた。叶わぬ想いに苦しみ、煩悩に心を乱されながらも、ただ純粋に、誰かを想い続けることに意味があるのではないかと問い続けていた。

そんな彼の前に、ふと現れたのは、全身赤く染まり、三つの目と六本の手を持つ異形の存在——愛染明王であった。

「愛とは、ただの欲ではない。欲の中にこそ、真の悟りへの道があるのだ」と明王は語る。その声は燃えるように熱く、それでいて不思議な静けさを宿していた。

仏教では、愛欲は煩悩とされ、捨てるべきものと教えられてきた。しかし密教では、煩悩こそが菩提、つまり悟りへの入口であると説く。「煩悩即菩提」——人の欲望の奥底にこそ、真理への扉が潜んでいるのだ。

愛染明王はその教えを象徴する存在。恋に悩む者を導き、結ばれるべき縁を紡ぎ、病を退け、命を守り、時には戦をも勝利に導く。彼のご利益は多岐にわたり、染物屋や水商売に生きる人々にまで及ぶという。

彼は弓を持ち、まるで西洋のキューピッドのように愛の矢を放つ。だが、その矢はただ人の心を射るだけではない。煩悩を射抜き、それを悟りの光へと昇華させる力を秘めていた。

若者はそっと目を閉じ、愛染明王の真言を唱える。

「オン・マカラギャ・バザロウシュニシャ・バザラサトバ・ジャクウン・バンコク」

その瞬間、胸の奥に灯る炎は穏やかな光に変わり、彼の心を静かに照らし始めた。愛は苦しみではなく、歩むべき道だったのだ。

「愛を、悟れ」

失恋から立ち直れずにいた大学生の遥(はるか)は、ある夜、友人に誘われて渋谷の小さな神社を訪れた。

「この神社、恋愛成就に効くらしいよ。特に愛染明王っていう神様が有名なんだって」

半信半疑でお参りした帰り道、遥はひとり、境内に残った。木々の間から赤い灯りがゆらめき、不意に時間が止まったような静けさに包まれる。

「君は、まだその想いを捨てられずにいるのか」

声がした。振り返ると、そこには赤く燃えるような衣を纏い、三つの目と六本の腕を持つ異形の存在が佇んでいた。だがその目は不思議と優しく、どこか懐かしい光を宿していた。

「愛染…明王…?」

遥が言葉を失っていると、明王は静かに語り始めた。

「愛に苦しむのは、悪いことではない。愛欲、煩悩——それらは、決して捨てるべきものではない。むしろ、それがあるからこそ、人は真の自分と向き合える」

「でも…愛って、こんなに苦しいものなの?」

遥の問いに、明王は微笑むように答えた。

「それでも、愛を選ぶか?」

遥は黙ってうなずいた。その瞬間、明王の六本の手のひとつが、弓を取り、もう一方の手が矢をつがえる。そして、光の矢が遥の胸を射抜いた——苦しみの中心にある、彼自身の「本当の願い」を貫いて。

胸の奥で何かが弾けた。涙があふれる。遥はようやく、自分がただ相手を想っていただけでなく、「誰かに必要とされたい」と願っていたことに気づいた。

「オン・マカラギャ・バザロウシュニシャ・バザラサトバ・ジャクウン・バンコク——唱えるがいい。愛を求めるその心が、やがて誰かを癒す力となる」

夜が明けた。あの不思議な出会いが夢だったのか、現実だったのか、遥にはわからなかった。ただ、心は軽く、目の前の世界が少しだけ色鮮やかに見えた。

そして新学期、遥はキャンパスの図書館でふと目が合った、笑顔の誰かに——新しい恋に、歩み始めるのだった。

第三章 ― 煩悩の光

七海の瞳の奥に揺れていた赤い光は、遥の心に深く刻まれていた。
あれは幻なんかじゃない。彼女の中にある何か——それはきっと、まだ言葉にならない「闇」と「願い」だった。

数日後、キャンパスの片隅で、七海がぽつりと話し出した。

「私ね…人を好きになるのが怖いの。期待されたり、信じられたりすると、裏切るんじゃないかって思っちゃう」

遥は黙って聞いていた。彼女の表情は、どこか哀しくて、それでいて静かだった。

「それでも…君は、誰かを助けたいと思ってるんだろ?」

「……なんで、そんなことわかるの?」

「君が俺に、最初に話しかけてくれたあの日から、ずっと感じてた。優しさがある。でも、自分にその資格がないって思ってる目だった」

七海の目に、一筋の涙が浮かんだ。

「遥くん、もし私が普通の人じゃなかったら…それでも、隣にいてくれる?」

遥は、深く息を吐いてからうなずいた。

「君が誰でも、どんな過去を持ってても…俺は、君を好きでいさせてほしい」

その言葉と同時に、世界が歪んだ。

空が裂け、赤い光が舞い上がる。二人の足元が淡く発光し、空間が変わった。神社の境内。あの夜、遥が出会った場所だった。

そして、彼の前に再び、愛染明王が現れる。

「遥よ。試練の時だ。七海の心の奥、煩悩の炎を受け入れ、そのすべてを光に変えられるかどうか。問うのは、愛の覚悟だ」

七海の体に、紅い炎がまとわりつき始める。その瞳には、もう一人の彼女がいた。過去に傷つけ、裏切られ、自らも他人を遠ざけてきた「業火のような孤独」。

「来ないで…!私を見ないで!」

遥は一歩踏み出し、炎の中に飛び込んだ。

「君がどんなに傷ついても、俺は目を逸らさない。君の煩悩ごと、抱きしめたいんだ」

遥の腕が七海に触れた瞬間、赤い炎は白い光に変わり、境内は穏やかな風に包まれた。

「煩悩を、拒むな。愛とは、それを抱きしめてなお、進もうとする力だ」

愛染明王の言葉が、二人の心に静かに響いた。

気づけば、元のキャンパスの芝生に戻っていた。七海の目から、涙がぽろりと零れる。

「…ありがとう。遥くんがいてくれて、よかった」

「こっちこそ」

そして、ふたりはようやく、心から微笑み合った。

外伝 ― 愛染の誓い

ずっと昔——まだ人々が欲を“罪”としか知らなかった時代。
ひとりの青年僧がいた。名は羅光(らこう)。清廉潔白、厳しい戒律を守り、多くの弟子たちから尊敬されていた。

だが、彼には密かに心を乱す存在があった。
それは、かつて共に修行をしていた女性僧——瑠璃(るり)

彼女は自由で、よく笑い、風のように人の心に入り込む人だった。
羅光は、彼女を仏道の道に誘ったことを、どこかで後悔していた。なぜなら彼は、瑠璃を人として愛していたからだ。

だがその感情は、当時の戒律では重い「煩悩」だった。

ある日、瑠璃は寺を去る。理由を問う羅光に、彼女はただ一言だけ告げた。

「あなたは、私の心を見ようとしなかった。煩悩と呼んで切り捨てただけ。
でも私は、自分の心ごと仏に届く道があると信じたいの」

それが、羅光の心を激しく揺さぶった。

——“煩悩を否定することが、本当に悟りなのか?”

彼はその問いを抱えたまま、深い修行に入り、やがて密教に辿り着く。
そこには新たな教えがあった。

「煩悩即菩提」
——欲も苦しみも、捨てるのではなく昇華することで、悟りに変える道。

羅光は、かつての想いを胸に抱きながら、自らを炎の中に投じる。
欲、怒り、執着、嫉妬——あらゆる感情を飲み込み、解き放ったとき、
彼の姿は変わった。

燃えるような赤の肌。第三の目に、六本の手。
——愛染明王の誕生である。

その手に持つ弓と矢は、愛を射抜き、迷いを導くためのもの。
彼が守るものは「人の弱さ」、そして「愛するという煩悩」だった。

彼は今でも、煩悩に揺れる者に問いかけている。

「それでも、愛を選ぶか?」

Guidance from Aizen Myoo

Once upon a time, there was a young man with a burning flame of love deep in his heart. He was tormented by his unrequited love and distracted by worldly desires, but he continued to ask himself if there was any meaning in simply thinking of someone.

Suddenly, a strange being with three eyes and six hands, his whole body dyed red, appeared before him – Aizen Myoo.

“Love is not just desire. It is within desire that lies the path to true enlightenment,” Myoo said. His voice was burning hot, yet mysteriously calm.

In Buddhism, it is taught that love is a worldly desire and should be discarded. However, in esoteric Buddhism, it is said that worldly desires are bodhi, that is, the entrance to enlightenment. “Worldly desires are bodhi” – the door to truth lies deep within one’s desires.

Aizen Myoo is a being who symbolizes this teaching. He guides those who are troubled by love, weaves the bonds that should be made, wards off illness, protects lives, and sometimes even leads to victory in battle. His blessings are wide-ranging, and are said to extend to people who work in dyeing and the nightlife.

He wields a bow and fires arrows of love like a Western Cupid. But those arrows don’t just hit people’s hearts. They have the power to pierce worldly desires and sublimate them into the light of enlightenment.

The young man gently closes his eyes and recites the mantra of Aizen Myoo.

“On Makaragya Bazaroushnishya Bazarasatva Jakuun Bangkok”

At that moment, the flame burning deep in his chest turned into a gentle light and began to quietly illuminate his heart. Love was not a pain, but a path that should be walked.

“Realize love”

Haruka, a university student who had not yet recovered from a broken heart, was invited by a friend to visit a small shrine in Shibuya one night.

“This shrine is said to be effective in helping people find love. It’s especially famous for a god called Aizen Myoo.”

Having half-believed, Haruka visited the shrine and on her way home, she was left alone in the shrine grounds. Red lights flickered between the trees, and she was suddenly enveloped in silence as if time had stopped.

“Are you still unable to let go of that feeling?”

A voice called out. Turning around, she saw a strange being with three eyes and six arms, clad in a fiery red robe. But his eyes were strangely gentle, and somehow contained a nostalgic light.

“Aizen… Myoo…?”

As Haruka was at a loss for words, Myoo began to speak quietly.

“It’s not a bad thing to suffer from love. Lust, worldly desires – they’re not something that should ever be discarded. Rather, it’s because of them that people can face their true selves.”

“But… is love really this painful?”

Myoo answered Haruka’s question with a smile.

“But will you still choose love?”

Haruka nodded silently. At that moment, one of the six hands of the Myo-o took up the bow, and the other nocked the arrow. And the arrow of light shot through Haruka’s chest – piercing his own “true wish” at the heart of his suffering.

Something in his chest exploded. Tears overflowed. Haruka finally realized that he had not only been thinking about the other person, but also wished to be “needed by someone.”

“On Makaragya Bazaroushnishya Bazarasatva Jakuun Bangkok — Chant it. Your heart that seeks love will eventually become the power to heal someone.”

Dawn broke. Haruka didn’t know if that mysterious encounter was a dream or reality. But her heart felt lighter, and the world in front of her seemed a little more colorful.

And at the start of the new semester, Haruka suddenly met the eyes of someone smiling in the campus library — and began her journey toward a new love.

Chapter 3 – The Light of Desires

The red light flickering in the depths of Nanami’s eyes was engraved deeply in Haruka’s heart.

It was no illusion. Something inside her – surely it was a “darkness” and “desire” that she had yet to put into words.

A few days later, in a corner of the campus, Nanami spoke quietly.

“You know… I’m scared to fall in love with someone. If they have expectations of me or trust me, I worry that I’ll betray them.”

Haruka listened in silence. Her expression was somehow sad, yet quiet.

“But even so… you still want to help someone, right?”

“… How do you know that?”

“I’ve felt that ever since the day you first spoke to me. You have kindness. But your eyes were ones that thought you didn’t deserve it.”

A tear welled up in Nanami’s eye.

“Haruka, if I’m not a normal person… would you still be by my side?”

Haruka took a deep breath and nodded.

“No matter who you are, no matter what your past is… I want you to let me love you.”

At the same time as he said that, the world distorted.

The sky split and red light flew up. A faint glow appeared at their feet, and the space changed. Inside the shrine grounds. It was the place where Haruka had met that night.

And then, Aizen Myoo appeared before him again.

“Haruka, this is your time for a trial. Can you accept the flames of worldly desires deep in Nanami’s heart and turn them all into light? The question is whether you are prepared for love.”

Crimson flames began to cling to Nanami’s body. In her eyes, there was another girlfriend. She had been hurt and betrayed in the past, and she herself had pushed others away, a “loneliness like hellfire.”

“Don’t come…! Don’t look at me!”

Haruka took a step forward and jumped into the flames.

“No matter how much you are hurt, I won’t look away. I want to embrace you with all your worldly desires.”

The moment Haruka’s arm touched Nanami, the red flames turned to white light, and a gentle breeze enveloped the temple grounds.

“Don’t reject your worldly desires. Love is the power to embrace them and move forward.”

Aizen Myoo’s words quietly echoed in their hearts.

Before they knew it, they were back on the lawn of the original campus. Tears spilled from Nanami’s eyes.

“Thank you. I’m glad you were here, Haruka.”

“Thank you.”

And then, the two finally smiled at each other from the bottom of their hearts.

Side Story – Aizen’s Vow

A long time ago – a time when people still only knew that desire was a “sin.”

There was a young monk. His name was Rakō. He was pure and upright, and followed strict discipline, and was respected by many of his disciples.

However, there was someone who secretly disturbed him.

That was Ruri, a female monk who had once trained with him.

She was free-spirited, laughed a lot, and could penetrate people’s hearts like the wind.

Rakugou regretted in some way having invited her to the path of Buddhism. This is because he loved Ruri as a person.

However, those feelings were considered to be heavy “earthly desires” according to the discipline at that time.

One day, Ruri left the temple. When Rakugou asked her why, she told him just one thing.

“You didn’t try to look into my heart. You just called it earthly desires and cut it off.

But I want to believe that there is a way to reach Buddhahood with your heart.”

This deeply shook Rakugou’s heart.

—”Is denying earthly desires really enlightenment?”

With that question in mind, he went into deep training and eventually arrived at esoteric Buddhism.
There was a new teaching.

“Bonno Soku Bodai”
–A path to enlightenment by sublimating desire and suffering rather than discarding them.

Holding his old feelings in his heart, Rakugo throws himself into the flames.
Greed, anger, attachment, jealousy — when he swallowed all his emotions and released them,
he appeared differently.

Skin a blazing red. A third eye, six hands.
–Aizen Myo-o was born.

The bow and arrow he holds in his hands are meant to pierce love and guide those who are lost.
What he protects are “human weakness” and “the desire to love.”

Even now, he asks those who are wavering from worldly desires.

“But will you still choose love?”