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仏教

<東方浄土の誓い>

 

 

<東方浄土の誓い>

深淵より湧き上がる紫雲を突き破り、黄金の光が阿比羅提国を照らしていた。大目如来の蓮華座から滴り落ちる甘露が、聴衆の比丘たちの袈裟を虹色に染める。その中に、額に汗を光らせて座する一人の修行僧がいた。

「瞋恚は心を曇らせ、淫欲は智慧を蝕む」

雷鳴のような如来の声が肋骨を震わせた。若き比丘は袈裟の裾を握りしめ、爪先から頭頂までを痙攣させた。昨日の出来事が脳裏を掠める。托鉢の途中で出会った美しい巫女の笑顔。道端で子供に蹴られた犬の断末魔。己の胸中に渦巻く黒い感情の奔流。

「迷妄を断て」

突然、大目如来の指先から放たれた光の矢が眉間を貫いた。比丘は虚空に引き上げられるように立ち上がり、膝を折った。地面に叩きつける額から血が滲む。

「誓います!劫火に身を焼かれようと、三毒の炎を絶ちます!」

震える声が法衣を震わせた瞬間、不思議なことが起こった。比丘の影が十二支の方角へ分裂し、それぞれが剣を持って踊り始める。東方の影は竜を斬り、南方の影は毒蛇を踏み潰す。西方では孔雀が羽を広げ、北方では亀甲文様の盾が現れた。

大目如来の唇が緩んだ。「善哉。汝の決意は金剛の如し」

大地が轟き、無数の蓮華が一斉に開花する中、比丘の肉体が透明になっていく。肋骨が水晶のように透け、内臓が梵字の連なりに変化する。最後に残った心臓が、鏡面のように光り輝く円盤へと変貌した時──

「阿閦如来」

新しい名を授けられた存在は、右手の指先で大地に触れた。その途端、地底から湧き上がる業火が、周囲の煩悩を焼き尽くした。左手に握られた衣端からは、青い炎がゆらめきながら経文を紡ぎ出す。

「降魔印は迷える者への慈悲なり」

阿閦の瞳に映る現世の景色が変容していく。病める者の体内を這う黒い蛇、罪人の肩に巣食う赤鬼、飢えた亡者の喉元に咲く曼珠沙華。清浄なる鏡智がそれらを照らすたび、苦しみが雪解けのように消えていく。

五智を司る仏たちが天空に顕現した。中央の大日如来が宝冠を傾け、阿閦の額に月輪の印を押す。東西南北から響く真言が、新たな如来の法衣に刺繍のように刻まれていく。

「オン・アキシュビヤ・ウン」

阿閦が初めて口にした真言が、時空を歪ませた。過去世で殺した敵の亡霊が感謝の合掌をし、未来世で出会うべき弟子たちの影が跪く。鏡智の光は因果の糸を断ち、無数の魂を浄土へ導く虹架橋となった。

やがて説法の場は静寂に包まれた。阿閦如来の結んだ印から滴り落ちる金剛露が、現世では七回忌を迎えるある女性の頬を伝う。彼女は突然、長年患った咳が止まったことに気付き、仏壇に手を合わせた。その掌のひらで、阿比羅提国の蓮が一輪、そっと開花していた。

 

 

 

静かなる剣  しずかなるつるぎ Silent Blade

 

静かなる剣  しずかなるつるぎ

Silent Blade

風の中に、怒りの声が消えていく
胸の奥に、まだ燃える影がある
ただ破壊では終わらせない
その先に、光を探す旅が始まる

静かなる剣よ 我が心を裂け
怒りの海を越えて 愛に還れ
砕けた日々を抱いて 立ち上がるなら
今こそ、真の力が宿る

 

In the wind, the voice of rage fades away
Yet deep inside, a shadow still burns
This won’t end in mere destruction
A journey begins, seeking the light beyond

Silent blade, now cut through my heart
Cross the sea of fury, and return to love
If I rise with shattered days in hand
Then true strength will awaken at last

 

 

いながよ古代神法——————息吹き永世の法

いながよ古代神法——————息吹き永世の法

また、わたくしは古代神法も修行して、神界最高の法である息吹き永世の法も体

得している。祖霊から神を生み出すには、自分が守護神より高い神格にならなければできない。それには、息吹き永世の法を行なう必要があるのである。わたくしは、息吹き永世の法を中心とする古代神法により、神力加持をもって神を生み出すことができるのである。

息吹き永世の法とは、古代の神々が用いた秘法である。

日本列島に神霊の気がみちみちていた時代、神々が用いた霊法があった。

いぶ ながよこれを「息吹き永世の法」という。

わたくしはこの法について、いまから三十数年前、一九七二年発行の『密教・超

この橋密のかけ橋であったとわたくしは前の橋で私が修行していた修行法をいう)は、古代ヨーガンを

で、つぎのようにのべている。

この橋(当時私が修行していた修行法をいう)は、古代ヨーガと密教の秘密のかけ橋であったとわたくしは前の文章で書いたが、さらに、わがくにの古代神道にまでその道が通じていたとは、さすがのわたくしにもまったく思いがけぬことであった。

古代神道に、「息吹き永世の法」(または息吹き長代ともしるす)と称せられる秘法があった。一種の呼吸法であるが、“神人合一”の秘術として、 代々、皇室につたえられていた。一部民間にも伝承されたが、いつの時代からか、消滅してしまったのだ。戦乱の時代、皇室衰徴のときに絶えたのであろう。名のみ残って、実体の法は無く、ゆえに幻の秘法とされてきた。こう

いうことは、よくあることで、たとえはちがうが、足利時代にさかんであっ

守護神を持て

かいもくた「田楽の舞」などがそうである。舞の型はのこり、絵図などもあるが、一本足の竹馬に乗って舞う技術が、いったいどのようなものか皆目わからず、 いまはただその竹馬に片足をかけて舞うだけであるという。

息吹き永世の法も、それで、わたくしも以前、修行中に、これが息吹き永世の法であるという二、三の法に接したが、世にいうほどの秘法とも思われず、さりとて、わたくしにもそれが本当のものであるか、そうでないかを見きわめるほどの神道の素養もなく、そのまま過ごしてきたことであった。

ところが、クンダリニーの覚醒に際して、わたくしは、まったく思いがけず、この息吹き永世の呼吸法を発見したのである。

息吹き永世の法の特徴は、この法成就するや、寒熱自在の息を長嘯す、とあるように、定に入ると、凍るようにつめたい息と、熱風のように熱い息とを交互に、自在に吐くのである。 この、寒熱自在の息は不思議な力があっ

て、法の通りにこれを息吹くと、いかなる病気も、怪我もたちどころに痛みが去り、快癒におもむくとされている。瀕死の病人にむかい息吹くとき、神の新鮮な生命力を吹きこまれて、たちどころによみがえり、元気充実す、という。おかしたる罪けがれも一切浄化される。天地四方にむかって息吹くときは、悪霊、怨念、低級の霊、すべての障害が消滅して、天下太平が実現す

「る。「是レ神ノ息吹キ也」とある。修行者が常時これを修行すると、神人合一して三〇〇歳の長寿を得るという。

いまから三十年も以前に書いたものであり、また、他の法について書いた参考程

度に説明したものであるから、ごく簡単にのべてある。しかし、おおよそのことはおわかりいただけたものと思う。

ひと口にいうと、神智・神力を獲得する特殊な修行法である。

太陽神(天照大神はその具象化の一例)を念じて特殊な観法・呼吸法の鍛練をす

るので、わたくしは、これを「太陽の法」と名づけてもよいのではないかと思って 「いる。ノストラダムスの予言詩にある「日の国の法」とは、日本の古代神法「息吹

「き永世の法」なのである。 じかやくろうちゅうわたくしは、その後、研鑽を重ねて、この法を自家薬籠中のものにした。息吹き 「永世の法を完全に自分のものにしたのである。これによって、わたくしは、念願としていたこのたびの法を完成することができたのであった。息吹き永世の神法を身につけなかったら、それは絶対に不可能であった。

以上、守護神を授ける三つの法について、それぞれの果たす役割も含めてのべたが、厳密には、明確に区別できるものではない。いや、皆さんに理解できるように明確に説明するのがむずかしいというのが正確である。霊界のことは霊妙不可思頭、わたくしたちの世界と同じように考えられないところがあるからである。あえ

頭、わたくしたちの世界と同じよっし

ていえば、ある意味、三つの法は補完し合う関係と言ってもいい。それゆえに、仏陀釈尊の成仏法、チベット仏教の秘法、古代神法を完全に体得できて初めて、守護神をお授けできるようになったのである。そのための二十年であった。

守護神のお力とは

にちにちこれころじっ日々是好日

ている。

守護神をお授けするにあたり、わたくしは、拝受者に対してつぎのように指導し

「守護神をいただいたからといって、突然、大金を儲けるとか、仕事で大成功をす

るとか、そういうことを期待してはいけない。守護神の務めは、病気や災難に遭わずに、家族そろって円満平安に暮らせるようにすることを旨とする。禅宗でいう、

いわゆる『日々是好日』という毎日を授けるのが、守護神の役目であって、大儲

するようなことは、かえって不幸の種になる。だから、そういうことはお願い! いて、日々の暮しを守ってくださることをひたすらお願いするように。そうすば、守護神は安全に、安楽に、楽しく暮らせるようお守りくださるわけである。

突然、仕事が成功したり、大金持ちになったりすると、ろくなことがない。必その反動が来て、不幸せになることは間違いない。だから、僥倖を頼んではいない。一家そろって明るく楽しく、病気をせず、けが、過ちのない、そういう曲で楽しい生活をお守りくださる守護神であるから、それをひたすら願って、一命にお仕え申す。それが心がまえである」 ざようこう

守護霊より守護する力が強まった守護神である。守護霊がお授けくださる徳に 「て紹介した「長者の十徳」などより、はるかに見劣りがするではないか。えー・

んだか守護神さんて、地味だなぁと落胆する向きもあるかも知れない。

 

 

 

公告仙尼今当

第二

 

 

 

 

 

三福道の啓示 ―舎衛城の夜に―

三福道の啓示 ―舎衛城の夜に―

梵鐘が遠く、夜の闇を打った。

舎衛国、祇樹給孤独園。その夜は特別に静かだった。星々が葉の隙間から洩れ、風は祇園精舎の欄干を撫でていた。弟子たちは静まり返り、ただひとり、阿難が世尊のそばに控えていた。

「阿難よ――」
低く、深く、しかし確かに響く声で、世尊が口を開いた。

「この世に三つの福道がある。これらを修める者、その功徳は尽きることがない。やがて涅槃へと至るであろう。」

阿難は静かに合掌し、身を正した。その瞳に、仏の言葉が月光のように沁みていく。

「その第一は――如来に於いて功徳を積むこと。仏の姿を讃え、仏舎利を供養し、仏の慈悲を信じて行ずる者、その福徳は果てることなし。」

「第二は――正法に於いて功徳を植えること。経を読誦し、法を説き、教えに従って生きる者、その道は尽きることがない。」

「そして第三は――聖衆に於いて功徳を施すこと。僧を敬い、衆を支え、道を共にする者を助けること。それもまた、無量の福を育むのだ。」

世尊の言葉に、阿難の胸は静かに熱くなった。それは、ただの理屈ではなかった。生きた言葉だった。無数の過去世を貫いてきた、悟りの息吹だった。

「この三福道を実践せよ、阿難よ。これはただの供養ではない。事・行・理――三供養の実践が、そのまま仏舎利供養の根本であり、仏の生きた教えである。」

阿難は頷いた。闇のなかに、涅槃の光がほのかに灯ったようだった。

それは、世俗の福ではない。名誉でも、財でもない。

それは、生きとし生けるものを超えたところで、ただただ清らかに、ただただ無尽に広がっていく――出世間福という、覚醒の道だった。

霊塔の灯明   Light of the Stupa

 

霊塔の灯明   Light of the Stupa

静けき山の石の祠(ほこら)
ひとしずく 慈悲はしみわたる
夢に映る 金の声
風は語る いのちの名を

燃ゆる灯よ シャカのいのち
骨は今も 願いを聴く
闇のなかで 誰かを抱き
光となれ 霊塔の空へ

Silent stone, the shrine in the hill
A drop of mercy, softly distilled
In dreams I hear the golden voice
The wind speaks names with quiet choice

O burning light, O life of Shakyamuni
His bones still listen, holding our plea
In the dark, He gathers the lost
Becoming light, in the stupa aloft