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仏教

愛のために智恵のために愛を For love, for wisdom, for love again

愛のために智恵のために愛を
For love, for wisdom, for love again

ひとつの光が
ふたつに分かれ
愛となり 智慧となり

On mo shutta mani juntei abara jita tani tei sowaka

ふたつの流れが
再び重なり
曼荼羅を描く

On mo shutta mani juntei abara jita tani tei sowaka

その円環の中に
われらは住む
いま この瞬間に

On mo shutta mani juntei abara jita tani tei sowaka

One light divides in two
becoming Love,
becoming Wisdom

On mo shutta mani juntei abara jita tani tei sowaka

Two streams return,
meeting once more,
and draw the Mandala

On mo shutta mani juntei abara jita tani tei sowaka

Within that circle
we dwell together
here, in this very moment

On mo shutta mani juntei abara jita tani tei sowaka

 

クシナガラの炎

第一章 クシナガラの炎

夜の帳が降り、サーラ樹の林はしんと静まり返っていた。葉のあいだから月の光がこぼれ、荼毘の炎が赤々と揺れている。

火に包まれたのは、一人の偉大なる覚者、釈迦の亡きがらであった。弟子たちはその場にひざまずき、手を合わせて涙にくれる。

アーナンダは炎を見つめながら、声を震わせた。
「師よ……あなたはついにこの世を去られました。けれど、この火のあとに残るものは、決して滅びぬ光でありましょう」

炎が収まり、白い遺骨があらわれた。弟子たちはそれを慎重に拾い上げ、金銀の容器に納める。その瞬間、風が林を駆け抜け、まるで大地そのものが師の帰依を惜しんでいるかのようであった。

一人の老僧が、手を合わせて低くつぶやいた。
「これはただの骨ではない。師の智慧と慈悲が結晶となり、この世に残ったもの……舎利である」

弟子たちは頷き、容器をストゥーパに納めるための準備を始めた。灯火が揺れる中、アーナンダは心に誓った。

「師よ、この舎利は、私たちの道を照らす灯火となりましょう。未来の世に生きる者たちが、あなたを忘れることのないように」

その夜、クシナガラの空には、かすかな光がきらめいていた。誰もがそれを、師の魂が世界を包む証と信じた。
第二章 大陸を渡る舎利

幾世代を経て、舎利はインドの大地を越え、はるか東方の国々へと運ばれていった。

唐の都・長安。壮麗な宮城の一隅、静かな法堂にて、ひとつの金色の舎利容器が安置された。そこには、はるばるインドから伝えられた釈迦の舎利が収められていた。

長安の僧・法朗は、深々と頭を垂れてその輝きを仰ぐ。
「この舎利こそ、万里の道を越えて我らのもとへ届いた師の魂……。山河を越えてなお、仏法は衰えることなく、我らを導いてくださるのだ」

その言葉に、集まった弟子たちは一斉に合掌した。香煙が立ちのぼり、堂内は甘やかな香りに満ちる。僧たちは経を唱え、師の遺徳を讃える声が波のように広がった。

やがて舎利は、山中の寺院や辺境の仏塔にも分けられた。雲南の険しい山々を越える旅の僧は、懐に小さな舎利容器を抱きしめて言った。
「たとえ道が断たれようとも、この宝を必ず東へ運ぶ。師の光を失ってはならぬ」

砂漠を越え、河を渡り、舎利は幾多の苦難を経て東へ進んでいった。やがて朝鮮半島にも伝えられ、寺院の塔に安置されたとき、人々は天から響くような鐘の音を聞いたと伝えられる。

こうして舎利は、ついに日本の地へと渡ることになる。海を隔てたその旅路の先に、また新たな信仰の花が開こうとしていた。

第三章 平安の祈り

時は流れ、日本の都は平安京に移されていた。新たな世を支えるべく、僧たちは国家の安泰を祈り、山々に伽藍を築き上げていた。

東寺の密教道場。灯火に照らされた金堂の奥、ひとつの舎利容器が荘厳に飾られていた。金銀の細工を施された宝塔のなかに収められた舎利は、まるで淡い光を放つかのように輝いている。

壇上に座す僧が、ゆるやかに声明を唱えはじめた。修法の本尊として、舎利を迎えたのである。

高僧は弟子たちに向かって語った。
「諸君、この舎利はただの遺骨にあらず。釈迦如来の智慧と慈悲の結晶である。これを本尊に祈れば、必ず国家は安泰となり、玉体は安穏となり、五穀は豊かに実るであろう」

その言葉に弟子たちは深くうなずき、祈りを合わせる。堂内には経文の響きが重なり、外の闇を押し返すかのように力強く広がっていった。

夜更け、ひとりの若い僧が舎利を仰ぎ見て、胸中に思いをつぶやいた。
「師よ……あなたの骨は、我らの願いをかなえる宝珠となったのですね。どうかこの国と民をお護りください」

その瞬間、宝塔の舎利がふときらめいた。僧は息をのむ。光はすぐに消えたが、胸に宿った確信は揺らがなかった。

こうして日本において、舎利は単なる記憶の象徴から、現世利益をもたらす霊験の宝へと姿を変えていった。

第四章 宝珠に宿る光

平安の世、人々の願いは尽きることがなかった。疫病を退けたい、豊かな収穫を得たい、子の成長を願いたい──その祈りはすべて、舎利を仰ぐ信仰のなかに込められていった。

ある晩、比叡の山中。修法を終えた老僧が、弟子に語りかけた。
「見よ、この舎利を。もはやただの師の遺骨ではない。人々はこれを、すべての願いをかなえる宝珠と見なすようになったのだ」

弟子は容器の中に納められた舎利を覗き込み、その小さな輝きに息をのんだ。
「まるで光を宿す玉のようです……」

老僧は頷き、続ける。
「そうだ。仏典に説かれる如意宝珠──摩尼宝珠と同体とみなされるのも必然であろう。観音はその手に宝珠を持ち、愛染明王は宝瓶の中にこれを満たす。舎利は諸尊と結びつき、さらに深い力を顕すのだ」

堂内の灯火がふと揺れ、舎利容器の表面に紅蓮の光がきらめいた。弟子はその様子に目を奪われ、思わず声を上げた。
「師よ……まるで舎利そのものが、宝珠に変じたかのようです!」

老僧は目を閉じ、静かに合掌した。
「そうだ。この舎利は、すでに宝珠そのものなのだ。釈迦の光は形を変え、人々の願いに応えているのだ」

その夜、山を渡る風は清らかで、月明かりは一層澄み渡っていた。舎利と宝珠が一つに重なり、日本の舎利信仰は新たな次元へと歩みを進めていった。

エピローグ 永遠の光

クシナガラの炎に始まった舎利の物語は、山河を越えて大陸を渡り、やがて日本の地に根を下ろした。弟子たちの涙に抱かれた小さな結晶は、時を経て宝珠と重なり、数多の祈りを映し出す光となった。

その光は、塔の奥にひそやかに輝き、人々の心にともし火を灯す。ある者は国家の安泰を願い、ある者は家族の安穏を祈り、またある者は自身の悟りを求めて、舎利の前にひざまずいた。

けれど、どの祈りも根はひとつであった。――釈迦を慕い、その慈悲と智慧を忘れまいとする心である。

時代を超え、舎利を納める容器の姿は変わり続けた。宝塔に、五輪塔に、宝珠に。そのどれもが、仏を想う人々の祈りのかたちであった。

今もなお、舎利は沈黙のままに光を放ち続けている。それは過ぎ去った過去の残影ではなく、未来を照らす永遠の光として。

舎利(しゃり)は仏教の開祖

  • 舎利(しゃり)は仏教の開祖、釈迦(しゃか)(ゴータマ・シッダルタ)の遺骨のことで、舎利は釈迦をしのぶよすがとして篤く信仰されました。舎利を美しく飾った容器に納入することは既に古代インドでおこなわれていましたが、その伝統は、中国、韓国・日本に受け継がれ、数多くの優れた作品が生み出されました。本展は、舎利荘厳美術の至宝を一堂に集め、華麗に展開した舎利信仰の様々な姿をご覧頂くものです。釈迦への想いが結晶した美の世界をご鑑賞ください。
    釈迦は、インドのクシナガラで80年におよぶ偉大な生涯を閉じました。弟子たちは亡きがらを荼毘(だび)にふし、舎利(遺骨)を釈迦をしのぶよすがとして礼拝しました。舎利は美しく飾られた容器に納められ、ストゥーパ(塔)に埋納されました。舎利への信仰は仏教のさまざまな信仰のなかでも、もっとも古いもののひとつです。
    仏教の伝播にともない、舎利信仰は中国、韓国、日本へと伝わりました。インドの伝統にのっとり、日本でも古代寺院では塔に舎利が安置されましたが、平安時代のはじめに密教が伝えられ、舎利信仰に大きな転機が訪れました。修法(加持祈祷の法)の本尊に舎利をむかえ、国家安泰(こっかあんたい)、玉体安穏(ぎょくたいあんのん)、五穀豊穣(ごこくほうじょう)などが祈願されました。舎利は人々に現世利益をもたらす霊験の強い存在と認識されるようになったのです。
    やがて、舎利はあらゆる願いをかなえる不思議な玉、如意宝珠(にょいほうじゅ)(摩尼宝珠(まにほうじゅ)、宝珠ともいう)と見なされるようになりました。舎利の霊験の強さが如意宝珠と同体であるという発想を生んだのでしょう。宝珠は如意輪観音が手に持っていたり、愛染明王像の宝瓶座(ほうびょうざ)の中につまっているなど、様々なホトケと密接な関連を有しています。宝珠との結びつきにより、舎利はこのようなホトケたちとも関連を深め、日本の舎利信仰は独自の展開を見せるようになりました。複雑な信仰を反映して、日本の舎利容器は宝塔形、五輪塔形、宝珠形などいくつもの形式が現れました

仏舎利宝珠尊

による概要

「仏舎利宝珠尊(ぶっしゃりほうじゅそん)」という名称は一般的ではありませんが、**仏舎利(ぶっしゃり)**とは釈尊(お釈迦様)の遺骨や遺灰のことで、その遺骨を納めた仏塔や宝珠(ほうじゅ)型の建造物を指すことがあります宝珠は玉のような形をした仏教のシンボルであり、仏舎利宝珠尊という言葉は、これら聖なる遺骨を納めること、またはそれを尊ぶことを意味すると解釈できます。

仏舎利とは
  • 釈尊の遺骨遺灰)のことです。
  • サンスクリット語の「シャリーラ(śarīra)」に由来し、身体や遺骨を意味します。
  • 聖なる存在の象徴であり、仏陀の霊的な力が宿ると信じられています。

仏舎利宝珠尊の解釈

  • 仏舎利宝珠:という言葉を分解して考えると、仏舎利(遺骨)が「宝珠」という形(または宝珠状の仏塔)に納められていることを指す、と解釈できます。
  • 「尊」は、これらを「尊ぶ」「敬う」といった意味合いを持つと考えられます。
  • 「仏舎利宝珠尊」は、特定の仏様や尊格を指すのではなく、お釈迦様の遺骨が納められた宝珠の建造物、またはそれを崇敬する行為自体を指す言葉である可能性があります。
補足:仏舎利の供養
  • お釈迦様の遺骨を祀る施設が仏舎利塔です。
  • 多くの仏舎利塔に納められているのはメノウやヒスイなどの宝石、または経典であり、実際の遺骨や遺髪に見立てたものであることが多いです。
  • 仏舎利殿・納骨堂 | 熊凝山 額安寺
    仏舎利とは、入滅された釈尊(お釈迦様)の遺骨のことを指します。 釈尊の死を聞いて駆けつけた王の使者や部族の代表によってこ…
    kakuanji.jp
  • 舎利(しゃり)は仏教の開祖、釈迦(しゃか)(ゴータマ・シッダルタ)の遺骨のことで、舎利は釈迦をしのぶよすがとして篤く信仰されました。舎利を美しく飾った容器に納入することは既に古代インドでおこなわれていましたが、その伝統は、中国、韓国・日本に受け継がれ、数多くの優れた作品が生み出されました。本展は、舎利荘厳美術の至宝を一堂に集め、華麗に展開した舎利信仰の様々な姿をご覧頂くものです。釈迦への想いが結晶した美の世界をご鑑賞ください。
    釈迦は、インドのクシナガラで80年におよぶ偉大な生涯を閉じました。弟子たちは亡きがらを荼毘(だび)にふし、舎利(遺骨)を釈迦をしのぶよすがとして礼拝しました。舎利は美しく飾られた容器に納められ、ストゥーパ(塔)に埋納されました。舎利への信仰は仏教のさまざまな信仰のなかでも、もっとも古いもののひとつです。
    仏教の伝播にともない、舎利信仰は中国、韓国、日本へと伝わりました。インドの伝統にのっとり、日本でも古代寺院では塔に舎利が安置されましたが、平安時代のはじめに密教が伝えられ、舎利信仰に大きな転機が訪れました。修法(加持祈祷の法)の本尊に舎利をむかえ、国家安泰(こっかあんたい)、玉体安穏(ぎょくたいあんのん)、五穀豊穣(ごこくほうじょう)などが祈願されました。舎利は人々に現世利益をもたらす霊験の強い存在と認識されるようになったのです。
    やがて、舎利はあらゆる願いをかなえる不思議な玉、如意宝珠(にょいほうじゅ)(摩尼宝珠(まにほうじゅ)、宝珠ともいう)と見なされるようになりました。舎利の霊験の強さが如意宝珠と同体であるという発想を生んだのでしょう。宝珠は如意輪観音が手に持っていたり、愛染明王像の宝瓶座(ほうびょうざ)の中につまっているなど、様々なホトケと密接な関連を有しています。宝珠との結びつきにより、舎利はこのようなホトケたちとも関連を深め、日本の舎利信仰は独自の展開を見せるようになりました。複雑な信仰を反映して、日本の舎利容器は宝塔形、五輪塔形、宝珠形などいくつもの形式が現れました。

空海が唐の地で曼荼羅

 

空海が唐の地で曼荼羅に出会った瞬間、それは単なる宗教的理想ではなく、「生きる道」として彼の胸に宿りました。時を経て現代においても、曼荼羅は私たちの生活の中に静かに息づいています。それは、人と人との関係を慈しむ倫理であり、心を整える瞑想の指針であり、創造の源となる芸術の法則であり、多様な存在をひとつに統合する宇宙の地図でもあります。

その道を歩む私たちに、曼荼羅は行いの智慧も教えてくれます。ひとつは、如来に手を合わせ、供養の徳を積むこと。ふたつは、正しい教えに感謝し、その徳を深めること。みっつは、聖なる修行者たちを敬い、供養の行を続けること。この三つの善根は尽きることなく、私たちを静かな覚醒へと導きます。

さらに、仏の深い願いは、末法の時代に生きる私たちを救うため、法身が変化して仏舎利となり、その霊跡は世に数多く存在します。その中でも「法身駛都如意宝珠尊」は、無限の慈悲をもって私たちを導き、あらゆる悪業を断ち切ります。この仏舎利が安置される地には、人々の心は安らかに、疫病や苦しみ、災いは近づきません。もし真心をこめて礼拝し、供養すれば、仏舎利はそこにとどまり続け、深い慈悲と神秘のはたらきに満ちた宝塔として私たちを見守ってくださいます。

曼荼羅も仏舎利尊も、私たちに「生きるための地図」として、日常の一瞬一瞬を祈りと供養の場に変え、空海の時代から現代まで、普遍の道を示し続けているのです。