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仏教

不動明王の焔

不動明王の焔

踊る炎に宿る影
天と地を睨む瞳
怒りと慈悲をその身に抱き
闇を裂く声、轟け真言

ナウマク・サマンダ・バザラ・ダン
揺るがぬ守りの力を得よ
破壊と再生、導く光
不動の焔、心に燃ゆ

 

The Flame of Fudo Myo-o

A shadow dwells within the dancing flame,
Eyes that pierce the heavens and the earth.
Holding both wrath and mercy within,
A voice that rends the dark, the mantra resounds.

Naumaku Samanda Bazara Dan!
Grant us the strength of unwavering guard.
Destruction and rebirth, a guiding light,
The flame of Fudo burns deep in our hearts.

普賢菩薩 あらゆる場所に現れ、命あるものを救う慈悲を司る菩薩

 

 

普賢菩薩

あらゆる場所に現れ、命あるものを救う慈悲を司る菩薩

名サマンタバドラ (Samanta bhadra) の「サマ 「タ」は「く」、「バドラ」は「賢」と漢訳しま す。 「賢」とは具体的には「さとりを求める心か 起こる、成仏しようとする願いと行ない」のこ とです。それが、ときとところを選ばず在して いるということを象徴したのがこの菩薩です。 で すから、菩薩行を実践する者をつねに守護するほ とけでもあります。

白象に乗り、文殊菩薩とともに釈迦如来 の脇侍をつとめます。 文殊菩薩のに対して、 (行)をつかさどります。

なお、密教では、堅固不壊の菩提心を象徴する

金剛薩埵と同体とします。

と巳年生まれの人の守り本尊とされていま

 

普賢菩薩(ふげんぼさつ)とは?

普賢とは「全てにわたって賢い者」という意味で、あらゆるところに現れ命ある者を救う行動力のある菩薩です。

 

文殊菩薩とともに釈迦如来の右脇侍として三尊で並ぶことが多いですが、独尊で祀られる場合もあります。文殊菩薩の智慧とともに修行を司る菩薩として、明晰な智慧で掴み取った仏道の教えを実践していく役割を果たすとされています。また、女性の救済を説く法華経の普及とともに女性に多く信仰を集めました。

 

ちなみに普賢菩薩から派生した仏に延命のご利益のある普賢延命菩薩があります。

ご利益

女性守護、修行者守護、息災延命、幸福を増やす増益のご利益があるとされています。また、辰・巳年の守り本尊です。

普賢菩薩(ふげんぼさつ)の像容

白象に乗っている姿が一般的です。3つや4つの頭の象に乗っている場合は普賢延命菩薩像の可能性が高いです。

 

 

オン・サンマヤ・サトバン(Oṃ samayas tvaṃ)

不動明王 破壊と再生を司り、悪を滅する

不動明王

破壊と再生を司り、悪を滅する

 

語源は「動かない守護者」を意味し、インド神話のシヴァ神の別名です。シヴァは暴風雨の威力を神格化したもので、破壊的な災害を起こす半面、雨によって植物を育てます。その破壊と恵みの相反する面は不動明王にも受け継がれているのです。不動明王は仏法の障害となるものに対しては怒りを持って屈服させますが、仏道に入った修行者には常に守護をして見守ります。

 

大日如来の化身として、どんな悪人でも仏道に導くという心の決意をあらわした姿だとされています。特に日本で信仰が広がり、お不動様の名前で親しまれています。そして、五大明王の中心的存在です。五大明王とは、不動明王を中心に降三世明王(ごうざんぜみょうおう)・軍荼利明王(ぐんだりみょうおう)・大威徳明王(だいいとくみょうおう)・金剛夜叉明王(こんごうやしゃみょうおう)の5体のことを指し、不動を中心に東西南北に配されます。不動明王の脇侍として八大童子のうちの矜迦羅(こんがら)・制多迦(せいたか)の2童子が配されることも多いです。ちなみに不動明王の持っている龍が巻きついている炎の剣が単独で祀られている場合があります。不動明王の化身とされ、倶利伽羅竜王(くりからりゅうおう)などと呼ばれています。

 

除災招福、戦勝、悪魔退散、修行者守護、厄除災難、国家安泰、現世利益のご利益があるとされる。また、酉年生まれ守り本尊です。酉年に生まれた人々の開運、厄除け、祈願成就を助けるといわれています。

 

背の低い、ちょっと太めの童子型の造形が多く、怒りの表情をしています。目は天地眼(てんちげん)といって右目を天に向けて左目を地に向けていますよ。口は牙上下出といって右の牙を上に出して左の牙を下に出しています。炎の光背を背にし、手には剣と羂索(けんじゃく)を持っています。剣は大日如来の智慧の鋭さを表現しています。羂索とは煩悩を縛り悪の心を改心させる捕縛用の縄のことです。

 

ナウマク・サマンダ・バザラ・ダン・カン

ナウマク・サマンダ・バザラ・ダン・カン

ナウマク・サマンダ・バザラ・ダン・カン

 

不動明王の焔

それは、古から語り継がれる神秘の存在。不動明王――動かざる守護者の名を冠するその姿は、どこか畏怖を誘いながらも温かな慈悲を秘めている。

灼熱の炎が背後で踊り狂い、その中心に佇む不動明王の眼差しは、まるで天地そのものを睨むかのように力強い。右目は天を、左目は地を射抜き、口元からは鋭い牙が上下一対で突き出していた。片手には龍の巻きついた剣、もう片手には煩悩を縛るための縄――羂索(けんじゃく)。どちらもその存在が纏う威厳を、言葉以上に雄弁に物語っていた。

「ナウマク・サマンダ・バザラ・ダン・カン」

その真言が唱えられるたび、無数の邪気が掻き消されていくような気配が漂う。不動明王は破壊と再生を司る存在。悪を容赦なく滅ぼし、混沌を平穏へと導くのだ。それでいて、仏道に入る者に対しては慈愛をもって守り抜く。その姿は、まさにインド神話のシヴァ神の面影を彷彿とさせる。破壊と創造――相反する性質を一身に宿しながらも、どちらも揺るがぬ意思で統べるその姿は、まさに「不動」の名にふさわしい。

日本では「お不動様」と親しまれ、庶民から戦国の将たちまで幅広い信仰を集めてきた。そのご利益は多岐にわたる。除災招福、悪魔退散、修行者守護、さらには現世利益さえも――すべてを求める者に力を授け、道を示す。酉年生まれの守り本尊として、彼らの厄を払い、願いを叶えるともいわれている。

五大明王の中心として、不動明王を取り巻く四体の明王――降三世、軍荼利、大威徳、金剛夜叉。それぞれが東西南北を守り、不動を取り巻く結界のごとく配置される。その側には二人の童子、矜迦羅(こんがら)と制多迦(せいたか)が侍り、主の命を待つ。

夜の寺院。蝋燭の揺れる炎に照らされる不動明王像を前に、一人の修行僧が跪いていた。その瞳には決意の光が宿り、口元からは繰り返し真言が漏れる。

「ナウマク・サマンダ・バザラ・ダン・カン――」

怒りの表情を浮かべた像の奥から、微かに優しげな気配が漂うように

 

 

 

愛染明王

 

 

 

愛染明王 The power of love in the red flame

東洋の恋愛の神様。愛欲を仏の悟りに変える力を持つ

 

仏教では愛欲は煩悩の1つであり、煩悩を捨てることが悟りを開く道であるとされていました。しかし密教では「煩悩即菩提(ぼんのうそくぼだい)」という煩悩があるからこそ、人々から悟りを求める心が生まれると考えられています。その教えを象徴したのが愛染明王であり、愛欲・煩悩を悟りを求める心に導き、様々な悩みを救ってくれるとされています。

良縁、結婚成就、夫婦円満、無病息災、延命、戦勝、染物屋・水商売守護のご利益があるとされています。

 

全身赤色で、3つの目に6本の手があるのが一般的です。西洋の愛の神・キューピッドと同じで弓矢を持っています。

 

オン・マカラギャ・バザロウシュニシャ・バザラサトバ・ジャクウン・バンコク

オン・マカラギャ・バザロウシュニシャ・バザラサトバ・ジャクウン・バンコク

オン・マカラギャ・バザロウシュニシャ・バザラサトバ・ジャクウン・バンコク

 

 

赤き炎の愛力 The power of love in the red flame

燃え立つ赤き炎の中で
深遠なる瞳が見つめる
煩悩の闇を光へと導き
慈悲の矢が心を射抜く

愛よ燃えろ、魂の灯火
絆結び、未来を紡ぐ
赤き炎は絶えず輝き
悟りの道へと続いてゆく

 

 

The power of love in the red flame

In the blazing red flames

Deep eyes stare

Guiding the darkness of worldly desires to light

Arrows of mercy pierce the heart

Love, burn, the light of the soul

Connecting bonds and weaving the future

The red flames shine endlessly

Continuing on the path to enlightenment

赤き炎に包まれる愛染明王

赤き炎に包まれる愛染明王

 

密教寺院の奥深く、香煙が漂う本堂には、一体の像が静かに佇んでいた。全身を燃え立つような赤で彩られたその姿は、見る者の心を捕らえる圧倒的な存在感を放っている。像の名は愛染明王――愛欲を仏の悟りへと導く力を持つ、東洋の愛の神である。

その目は三つ、どれも深遠でありながら燃えるような情熱を宿している。六本の手には様々な象徴が握られ、特に弓矢はその中でもひときわ異彩を放つ。西洋のキューピッドが愛を射抜くのと同じく、この弓矢も人々の心をつなぐための道具であると伝えられている。

「オン・マカラギャ・バザロウシュニシャ・バザラサトバ・ジャクウン・バンコク……」

静寂の中で響く真言。僧の声が、愛染明王の像へとしみ込むように響き渡る。本堂の空気は次第に変わり始めた。燭台の火が揺れ、赤い像がまるで生きているかのように輝き出す。

「師匠、この明王様は、なぜ煩悩を司りながらも仏なのですか?」若い僧侶が問いかけた。

師である老僧は静かに目を開き、穏やかな声で答えた。「煩悩は本来、捨てるべきものだとされている。しかし、密教ではこう教える。煩悩があるからこそ、人は悟りを求めるのだ、と。愛染明王はその象徴だよ。愛欲という激しい感情を否定せず、それを悟りへの力に変える存在なのだ」

若い僧侶は目を輝かせながら聞いた。「では、この弓矢は?」

「人の心を結び、良縁を導くためのものだ。愛染明王のご利益は恋愛や結婚だけにとどまらない。夫婦の絆を深め、病を遠ざけ、命を長らえる力もお持ちだ。それに、水商売や染物屋の守護神でもある。すべては、人々の悩みを救うための力だよ」

若い僧侶は像を見つめ直した。その赤き姿は、ただ美しく、力強いだけではない。どこか温かな慈悲の光を放っているようにも見えた。

夜が更け、祈りが終わった頃、愛染明王の像は再び静寂の中に沈んだ。しかし、その赤き炎は、訪れる人々の心に新たな希望を灯し続けるのだった。