UA-135459055-1

仏教

釈迦三尊(しゃかさんぞん)

仏教の開祖、釈迦を仏として敬う呼び名

仏教の開祖です。古代インドの小国、釈迦族の王子で本名はゴータマ=シッダールタです。妻や子供もいた実在の人物で、釈迦如来とはその釈迦が悟りを得た姿をあらしています。

 

釈迦は、母である摩耶夫人の右わきから生まれたといわれています。また、生まれたばかりのとき、7歩歩いたあと天地を指さし「天上天下唯我独尊(てんじょうてんげゆいがどくそん)」と言われたことは有名です。このときの姿をあらわしたものが、誕生釈迦仏と呼ばれています。この世で1番尊いのは自分であるという意味に誤解されがちですが、ひとりひとりが尊い命で聖なる使命を持ってこの世に生まれてきたという意味です。29歳で出家し、35歳で悟りを開き真理に目覚めてからは、仏陀(ぶっだ)・釈迦牟尼世尊(しゃかむにせそん)・釈尊(しゃくそん)、如来などと呼ばれるようになりました。この頃は人々に説法を説いていたそうです。その後、釈迦は沙羅双樹の下で80歳で入滅(死去)したと伝えられています。

 

 

特徴は髪形螺髪(らほつ)と呼ばれる小さくカールした髪の毛です。装飾品は一切身に付けていません。釈迦が説法を説いている姿が一般的です。ほかには、誕生像、苦行象、降魔像、涅槃像 があります。

ナウマク・サマンダ・ボダナン・バク

ナウマク・サマンダ・ボダナン・バク

Naumak Samanda Bodhanan Bak

Naumak Samanda Bodhanan Bak

釈迦如来  諸行無常

 

黄金の宮殿 光に揺れる
ひときわ輝く 瞳の子よ
母の夢見た 白象の影
その右わきに 命は宿る

天上天下 唯我独尊
すべての命 尊き使命
菩提の下で 真理に触れ
広げた光 今もなお続く

The golden palace, shimmering bright,
A child with eyes that shine like light.
His mother dreamed of a sacred white beast,
From her right side, his life was released

In heaven and earth, none surpass my own,
Every life born with a purpose unknown.
Beneath the Bodhi tree, truth he found,
The light he spread still shines around.

 

 

 

文殊菩薩

智慧を司る学問の神様として有名な菩薩

文殊菩薩(もんじゅぼさつ)とは?

正式名称は文殊師利菩薩(もんじゅしりぼさつ)といいます。「三人よれば文殊の知恵」という格言があるように、知恵の神様として学業向上や合格祈願に有名な菩薩です。モデルとなった人物が存在し、古代インドにあるコーサラ国の首都・舎衛国(しゃえこく)のバラモン階級の者だったといわれています。仏教の経典を書物にまとめる作業などに関わったといわれていますよ。ただし、本来は学問などの知恵を司るのは虚空蔵菩薩であり、文殊菩薩は物事のあり方を正しく見極める力・判断力を意味する「智慧」を司っています。

釈迦如来の左脇侍として普賢菩薩と共に三尊で並ぶことが多いですが、独尊で祀られることもあります。

釈迦三尊(しゃかさんぞん)は、仏教における仏像安置の形式のひとつである。飛鳥文化を代表する彫刻で、法隆寺にある本尊、聖徳太子死後の623年に妃や皇子達が鞍作止利に作らさせた。

概要
釈迦如来像を中尊とし、その左右に両脇侍(きょうじ)像を配した造像・安置形式を釈迦三尊と称する。両脇侍として配される尊像の種類は一定ではなく、文殊菩薩と普賢菩薩、梵天と帝釈天、薬王菩薩と薬上菩薩、金剛手菩薩と蓮華手菩薩などの例がある[1]。金剛手菩薩・蓮華手菩薩を配する例は、インドのアジャンター石窟群第1窟などにみられる。日本では左脇侍(向かって右)に騎獅の文殊菩薩、右脇侍(向かって左)に乗象の普賢菩薩を配する例が多い。

法隆寺金堂に安置されている釈迦三尊像(国宝)の脇侍は寺伝では薬王菩薩・薬上菩薩と称している。奈良・興福寺の中金堂の本尊釈迦如来の脇侍像(鎌倉時代、重要文化財)も薬王・薬上菩薩と呼ばれている。興福寺の薬王・薬上菩薩像は、元は同寺西金堂(廃絶)の本尊釈迦如来像の脇侍だったもので、現存像は鎌倉時代の再興像であるが、奈良時代の西金堂創建時から薬王・薬上菩薩像が安置されていた。

釈迦如来 Shaka Nyorai: Impermanence of all things

 

 

仏教の開祖、釈迦を仏として敬う呼び名

仏教の開祖です。古代インドの小国、釈迦族の王子で本名はゴータマ=シッダールタです。妻や子供もいた実在の人物で、釈迦如来とはその釈迦が悟りを得た姿をあらしています。

 

釈迦は、母である摩耶夫人の右わきから生まれたといわれています。また、生まれたばかりのとき、7歩歩いたあと天地を指さし「天上天下唯我独尊(てんじょうてんげゆいがどくそん)」と言われたことは有名です。このときの姿をあらわしたものが、誕生釈迦仏と呼ばれています。この世で1番尊いのは自分であるという意味に誤解されがちですが、ひとりひとりが尊い命で聖なる使命を持ってこの世に生まれてきたという意味です。29歳で出家し、35歳で悟りを開き真理に目覚めてからは、仏陀(ぶっだ)・釈迦牟尼世尊(しゃかむにせそん)・釈尊(しゃくそん)、如来などと呼ばれるようになりました。この頃は人々に説法を説いていたそうです。その後、釈迦は沙羅双樹の下で80歳で入滅(死去)したと伝えられています。

 

 

特徴は髪形螺髪(らほつ)と呼ばれる小さくカールした髪の毛です。装飾品は一切身に付けていません。釈迦が説法を説いている姿が一般的です。ほかには、誕生像、苦行象、降魔像、涅槃像 があります。

ナウマク・サマンダ・ボダナン・バク

ナウマク・サマンダ・ボダナン・バク

Naumak Samanda Bodhanan Bak

Naumak Samanda Bodhanan Bak

釈迦如来  諸行無常

 

黄金の宮殿 光に揺れる
ひときわ輝く 瞳の子よ
母の夢見た 白象の影
その右わきに 命は宿る

天上天下 唯我独尊
すべての命 尊き使命
菩提の下で 真理に触れ
広げた光 今もなお続く

The golden palace, shimmering bright,
A child with eyes that shine like light.
His mother dreamed of a sacred white beast,
From her right side, his life was released

In heaven and earth, none surpass my own,
Every life born with a purpose unknown.
Beneath the Bodhi tree, truth he found,
The light he spread still shines around.

 

 

 

釈迦

釈迦(本名:ガウタマ・シッダールタ、パーリ語ではゴータマ・シッダッタ)は紀元前5〜6世紀頃、ルンビニー(現在のインドとネパールの国境付近にあった小国)に生まれました。父は釈迦族の国王であるシュッドーダナ、母は隣国コーリヤの執政アヌシャーキャの娘、マーヤーです。

マーヤーは出産のためにコーリヤに帰ろうとしていた道中、ルンビニー園という花園に差し掛かったときに産気づき、出産したといわれています。北伝によれば春暖かな4月8日のこと、ルンビニー園には花が咲きほこっていました。そのため釈迦が誕生したといわれる4月8日は、現在も「花祭り」( “灌仏会(かんぶつえ)”や“降誕会(ごうたんえ)”ともいわれる)としてお祝いが行われています。

釈迦は誕生した直後に立ち上がって7歩歩き、右手で天を、左手で大地を指差したまま「天上天下唯我独尊」(てんじょうてんげゆいがどくそん)と説いたといいます。

「この世界に生きる人々は誰一人として尊いものである」

言うまでもなく、これは伝説として語り継がれている有名なエピソードではありますが、釈迦という存在が神格化されている逸話といえるでしょう。

マーヤーは釈迦を出産した翌週、高熱により亡くなります。シュッドーダナは妻を失った悲しみに沈みますが、長らく子宝に恵まれなかったこと、待望の跡取り息子が誕生したこと、そして妻が最後に残した忘れ形見であったことから釈迦を深く愛するようになります。

「将来、大層な人物になるだろう」と息子に期待を寄せるシュッドーダナは、国一番の聖者であるアシダ仙人に占うよう依頼しました。

しかし、アシダ仙人は釈迦を見るや否や、涙を流し始めるのでした。シュッドーダナは「我が子を前に涙を見せるとは一体どういうことなのですか」と問いました。それに対して、アシダ仙人はこう答えました。

「このお方は王位を継承された折には、世界を治めるといわれている伝説の転輪王(てんりんおう)に、出家をされた折には無上の悟りを得られる仏陀(ぶっだ)となられるでしょう。しかし、老い先短い私は王子がブッダになられたとしてもすでにこの世にはおりますまい。ですからブッダの説法を聞くことはできません。そのことが悲しくて、涙せずにはいられなかったのです」。

このアシダ仙人の言葉を聞き、シュッドーダナは息子に王位を継承させようと、優れた教育が受けられるよう環境を整え、望むものは何でも与えたそうです。

満ち足りた生活を捨て、出家へ

生……生まれたことによる苦しみ。
老……老いること、気力や体力が衰退し、自由が利かなくなる苦しみ。
病……病による苦痛を感じる苦しみ。
死……死ぬことへの恐怖や不安、苦しみ。

また、日常的に経験することの多い四つの苦しみ(「愛別離苦」、「怨憎会苦」、「求不得苦」、「五蘊盛苦」)が加わったものは四苦八苦と呼ばれています。これは悩みや苦しみを感じることを意味する言葉「四苦八苦」の語源となっています。

愛別離苦(あいべつりく)……愛する人と別離する苦しみ。
怨憎会苦(おんぞうえく)……嫌な相手と会うことが避けられない苦しみ。
求不得苦(ぐふとくく)………望むものが得られない苦しみ。
五蘊盛苦(ごうんじょうく)…肉体と精神が思うようにならない苦しみ。

これらの苦しみについて、釈迦は「人間が抱えている煩悩」が根本の原因だと考えました。たとえば欲しいものやお金を追い求めたところで、決して人間は満足することはなく、愛する者に執着したとしても、最後には別れを迎えなければいけません。

この煩悩や執着がもとで、結果的に苦が生じている真実を“集諦(じったい)”、そしてそれらの苦悩や欲望から離れることが悟りの平安にいたることを“滅諦(めったい)”、そして滅に至るための実践が“道諦(どうたい)”であり、それを八つの正しい道(八聖道)を釈迦は教えました。それこそが中道による生き方です。そして生きるとは何かという問いに対し、“諸行無常(しょぎょうむじょう)”の考えにたどり着きます。

「世の中のすべては移り変わるもので、何ひとつ確かなものはない。富や名声、健康や愛する人の命も永遠に続かない」

釈迦は物事への執着を捨て、それによってあらゆる煩悩から解脱すること執著による苦しみを離れた生き方、つまり苦をコントロールする生き方を示したのです。

釈迦

幼い頃、釈迦族の王宮は黄金に輝き、富と平和に満ちていた。その中で、ひときわ輝く瞳を持つ少年が生を受けた。彼の名はゴータマ・シッダールタ。その誕生は異彩を放っていた。母である摩耶夫人は、夢の中で白い象が自分の胎内に入るのを見た。そしてその夜、シッダールタは摩耶夫人の右わきからこの世に現れた。

生まれて間もない赤子は、信じがたいことに7歩、まっすぐ大地を歩いた。その足跡には蓮の花が咲いたという。そして、ふいに空を見上げ、小さな指で天地を指し示した。彼の口から発せられた言葉は、「天上天下唯我独尊」。周囲にいた者たちは、その場の荘厳さに息を呑んだ。だが、その言葉の真意を知る者は少なかった。シッダールタの言葉が意味するのは、「この世に生まれた命はすべて尊く、聖なる使命を帯びている」という深い悟りだったのだ。

成長するにつれ、シッダールタの心は宮殿の中の贅沢や権力では満たされなかった。彼の目は、外の世界に向けられた。ある日、四門を抜けて外界へ出たとき、病人、老人、死者、そして修行僧と出会った。初めて見る苦しみと無常に触れた彼は、その原因を探求する決意を固めた。

29歳のとき、シッダールタは家族を後にして宮殿を去った。妻や幼い子を残す苦しみにも耐え、彼は森へと向かった。そこでは厳しい苦行が待っていた。長い年月をかけて肉体と精神を極限まで追い込んだ彼は、ついに35歳のとき、菩提樹の下で深い瞑想に入った。その夜、彼は真理に目覚めた。苦しみの根源、そしてそれを超越する道を見出したのだ。

その後、人々は彼を「ブッダ」(目覚めた者)と呼び、釈尊として崇めた。彼は至るところで説法を行い、人々に生きる道を示した。装飾品を身につけることなく、螺髪と呼ばれる独特の小さなカールを持つ髪型で現れたその姿は、彼の簡素な生き方を象徴していた。

歳月が流れ、釈迦は80歳で沙羅双樹の下に横たわった。その姿は涅槃像として知られる。彼の最後の言葉は、弟子たちへの教えだった。「すべてのものは無常である。怠ることなく修行に励みなさい。」釈迦の目が閉じられると、弟子たちの間に静かな悲しみと、彼が遺した真理の光が広がった。

彼の物語は、誕生から入滅まで、数多の人々の心に刻まれた。そして今もなお、その教えは世界中で生き続けている。

 

薬師如来 病気に苦しむ人々を助ける仏

薬師如来  瑠璃の空 Azure Sky of Lapis

遥か東の瑠璃の空
青き光、心を照らす
病む身を抱きし魂よ
薬師の名を胸に刻め

瑠璃光浄土、彼方に響く
癒しの祈り、届く者よ
青き輝き、闇を裂いて
救いの光、永遠に歌う

Yakushi Nyorai – Azure Sky of Lapis

Far to the east, the lapis sky gleams,
Its azure light, a balm for the heart.
To souls that bear the weight of pain,
Etch Yakushi’s name deep within.

In the Pure Land of Lapis, his call resounds,
A prayer of healing for those who believe.
The azure radiance shatters the dark,
An eternal light of salvation and song.

薬師如来――正式には「薬師瑠璃光如来」と呼ばれるこの仏は、遥か東方の瑠璃光浄土に住まう。彼の光は、瑠璃のごとき青い輝きを放ち、その清澄な光は見る者の心を瞬く間に洗い清めると言われている。

古より、人々は病に苦しむたび、この医薬の仏に救いを求めた。彼のもとには、どんな深い傷も癒し、どんな心の痛みも和らげる力があるという。その光に触れた者は、ただ体の病が癒されるだけでなく、心の底に巣くう苦悩すらも消え去るのだ。

だが、薬師如来はただ静かに座しているわけではない。その周りには、強大な力を持つ十二の神将が厳かに佇んでいる。彼らは、薬師如来を守護し、その教えを広めるために存在する。彼らの姿は、武器を携えた戦士のごとく、誰もが一歩引いてしまうほどの威容を誇る。

東方の瑠璃光浄土で、彼は何千年もの間、病に苦しむ者たちのために瞑想し、光を放ち続けてきた。その青い輝きは、地上のあらゆる闇を貫き、人々の命を照らす希望の光となる。

薬師如来の加護を得ようと、多くの者が彼の名を口にする。それは、ただの祈りではなく、心からの信仰であり、彼の力を信じる者には、確かにその癒しの力が届くのだ。十二の神将は、如来の教えを広め、敵対する邪悪な存在から彼を守り続ける。彼らの鋭い眼差しが、常に世の中を見つめ、如来に害をなすものが現れれば、一瞬で斬り伏せる。

瑠璃光浄土の青い光の中で、薬師如来は変わることなく人々を見守り続けている。彼の光は、いかなる時も弱者に寄り添い、病を癒す力を持っている。それは、終わることのない救済の物語であり、無数の人々の心に深く刻まれている。