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仏教

はじめに

仏教は輪岩転生から脱することを最終目標にするわけであるが、わたくしは釈

尊の教法をさらに進めて、輪廻転生を利用するという考えにたどりつき、このほどその方法を完成させた。それが釈尊の成仏法をもとに編んだ瞑想法、「輪廻転生瞑想法」である。これを実践するならば理想的な来世を迎えることができる。 ケン ログ

「阿含経」には、釈尊が弟子たちに、

「よい境界に生まれたければこのような修行をして、悪行をおこなわないようにしなさい」

と指導されている箇所がいくつもある。とくに在家の弟子には、よい来世が得られるように指導されていた。

したがって、わたくしの指導する輪廻転生瞑想法は、その釈尊のご指導を発展させたものなのである。わたくしの提唱する輪廻転生瞑想法は、人は解脱しないかぎり輪廻転生をくり返すのだから、そのだ試を逆に利用して、いまよりもよい

境遇の人間に生まれ変わろう、というものである。

釈尊の説かれた輪題を解説する教法は仏教の根幹であり、絶対にゆるがせにできない。しかし、その法をたもちつつ、同時に輪廻転生を利用するというのも、 わたくしはひとつの選択肢だと思うのである。

たしかにこの世には苦しみがあふれているが、同時に喜びもある。たとえ苦労をしても人間に再び生まれて、思う存分に生きたいという人も多いのではないか。

それで、この瞑想法を創案したのである。

輪廻を絶つことを選ぶか、よい来世に生まれるほうを選ぶかは、あなたしだいなのである。

わたくしも、自分の人生を振り返ってみると、あのときはああすればよかった、と後悔することばかりである。しかし、この瞑想法にもとづけば、理想的な来世の設計図を自分で描き、それにしたがって思う存分にすばらしい人生を送ることができるわけであるから、じつに楽しいのである。

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はために

 

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光の覚醒 Awakening of Light

光の覚醒 Awakening of Ligh

静寂の闇に揺れる光
閉じた瞼に浮かぶ未来
目覚める鼓動 高鳴る意識
超えてゆけ 運命の扉

輝け 魂よ 無限の空へ
解き放て 今 宿命の鎖
光の中で 超越の時
目覚める時は 今ここに

光の門 超えてゆけ
新たなる旅 始まる
覚醒の時 今ここに
すべてと一つ 光となる

A flickering light in silent night
A future vision in my closed eyes
A rising pulse, a beating mind
Go beyond, the gate of fate

Shine, my soul, into the endless sky
Break the chains of destiny tonight
In the light, transcendence calls
The time to awaken is here and now

Cross the gate of light and go
A new journey starts to grow
Now’s the time to awaken bright
Becoming one with all, pure light

光の門—超越の果てに

第一章 覚醒の予兆

静寂の中で、カイは深く瞑想していた。額の中央、眉間の奥にある一点に意識を集中すると、そこに青白い光が揺らめくのを感じた。アージュニャー・チャクラ——それは、知性と洞察の門。すべてを見通す第三の眼。

彼はかつて凡庸な人間だった。しかし、ある日、奇妙な夢を見た。どんなに複雑な構造も瞬時に理解し、見たもの、聞いたことを一切忘れない力を持つ自分がいた。言葉を介さず、直接真理を悟る純粋な思考。その夢は、ただの幻想ではなかった。目覚めたとき、彼の意識は変容していた。

「この力は……一体?」

手をかざすと、周囲の気の流れが変化するのがわかった。彼は、自分の内に眠る何かが目覚めつつあることを確信した。

第二章 光明の門

彼は導かれるように、山深くの寺院を訪れた。そこには、サハスラーラ・チャクラを極めた大師がいた。

「お前は、すでに“門”の前に立っている」

大師は静かに語る。

「だが、先へ進むには覚悟がいる。サハスラーラとは、すべてのチャクラを統合し、完全なる霊性に至る場所。そこに到達した者は、もはや時間や空間に縛られることはない。しかし、道を誤れば……」

カイは息をのんだ。

「廃人となるかもしれない、ということですね?」

「その通りだ。クンダリニーの覚醒は、無謀に行えば肉体と精神を破壊する。しかし、正しく導かれれば、お前は“超人”となる」

彼は恐れを感じながらも、進む決意をした。

第三章 懺悔と浄化

修行の日々が始まった。彼は己の過去と向き合うことを求められた。

「まずは、心を清めよ。お前の中に潜む悪因悪業を洗い流すのだ」

大師は懺悔文を唱えさせた。

「我が今受くる處の諸々の惡因惡業は、愚痴の不徳に由る。我れ今ここに、すべての悪行を懺悔し奉る……」

唱えるたびに、心の奥深くに積もった罪の記憶が蘇る。傲慢、執着、怠惰……。それらがまるで影のように彼を取り巻いていた。

「凡ての悪業の根を断たん」

最後の言葉を発した瞬間、胸の奥で何かが砕ける音がした。目を閉じると、暗闇の中で一筋の光が差し込んでいた。

第四章 超越の時

ついに、クンダリニーが目覚める時が来た。

カイは寺院の中央に座し、深く呼吸を整えた。ムーラーダーラ・チャクラの奥底に眠る力が、炎のように燃え上がるのを感じる。次の瞬間、衝撃が脊柱を駆け上がり、各チャクラが順番に覚醒していった。

「——!」

意識が急激に拡大する。彼はすべてを超越し、すべてと一体になった。

「光……これが、すべての答え……」

やがて、サハスラーラ・チャクラの頂点に達したとき、彼の身体は燦然と輝いた。物質世界は彼を縛ることができなくなり、時空を超えた存在へと変わる——。

懺悔と願い

カイは自分の中にある悪因悪業を感じていた。彼は前世での悪行が今の自分に影響を与えていることを悟った。彼は懺悔の文を唱え始めた。

「我が今受くる処の諸々の悪因悪業は、愚痴の不徳に由る。我れ今こ、凡て、貪り、驕り高ぶり、一切懺悔し奉り、諸々の悪業の根を断たん。」

彼は心を静め、常に安らかにこの文を唱えた。彼は法に則って徳を積み、大難を避け、諸仏と同等の福を得ようとしていた。彼は大願を立て、この人生でそれを成就しようと決意した。

「この願成就の宝に巡り会えば、必ず円満の境地に達する。大願を立てる私が、この人生で願を成就しなければ、私は虚偽に陥り、迷いの罪を犯し、本来の悟りを見失い、大慈悲を捨ててしまう。」

-超人への道

カイは徐々に自分の中にある光を感じ始めた。彼はアージュニャー・チャクラとサハスラーラ・チャクラの力を統合し、自分の中にあるすべてのチャクラを自由に制御できるようになっていた。彼は超人になりつつあった。

しかし、彼はまだ完全ではなかった。彼はクンダリニーの覚醒を恐れていたが、それなしには真の超人にはなれないことを知っていた。彼は導師を探し始めた。彼は真の覚醒を求め、その道を進み始めた。

彼の旅はまだ始まったばかりだった。彼は光の中を歩み、超人への道を進んでいた。彼はいつか、聖なるものと一体になり、真の覚醒を果たす日を夢見ていた。

–*光の覚醒

カイはついに導師を見つけた。彼はクンダリニーの覚醒を試みることを決意した。彼は導師の指導の下、クンダリニー瞑想を始めた。彼のクンダリニーは目覚め、スシュムナー管を上昇し始めた。彼は各チャクラを目覚めさせ、最後にサハスラーラ・チャクラに到達した。

その瞬間、彼は聖なるものと一体になった。彼は超人となった。彼は物質世界を超越し、時間と空間の制限を受けなくなった。彼は光そのものとなった。

カイはついに覚醒した。彼は光の覚醒を果たし、真の超人となった。彼の旅は終わり、新たな始まりが待っていた。

 

準胝觀音經

懺悔文

よくない結果をもたらす原因 仏語。悪い行為。転じて、前世で悪事をしたことによる悪い報い 我が

今受くる處の諸々の惡因惡業は、

ぐらふとく愚痴の不徳に由る。我れ今こ、に

凡て、むさぼり、おごりたかぶり、

たてまちあくごう一切懺悔し奉り、もろくの惡業のた根を斷たん。

 

 

 

準胝觀音經

準胝功德聚。寂静にして心常に誦

すれば一切諸諸の大難能く是の人

を侵すこと無し。天上及び人間福

を受くること佛の如く等し。此の

如意珠に遇はば定んて無等等を得

ん。若し我れ誓願大きの裡一人と

して二世の願を成ぜずんば我れ虚

妄罪過の裡に墜して本覚に跡らず

大悲を捨てん。

Confession

The cause of bad results (Buddhist term). Bad actions. By extension, bad retribution for bad deeds done in a previous life.

All the bad causes and bad deeds I am currently suffering are due to my ignorance, complaints, and lack of virtue. I have now

repented of all my greed, arrogance, and self-indulgence,

and cut off the roots of my evil deeds.

 

 

懺悔

悪い結果の原因(仏教用語)。悪い行い。さらに言えば、前世で行った悪い行いに対する悪い報い。

私が現在苦しんでいるすべての悪い原因と悪い行いは、私の無知、不満、徳の欠如によるものです。私は今、

貪欲、傲慢、自己満足をすべて悔い改め、

悪行の根源を断ち切りました。

 

The collection of virtues and merits in accordance with the law. If one recites this with a calm mind and constant tranquility, all great difficulties will not affect this person. He will receive heavenly and human blessings on an equal footing with Buddhas. If one encounters this wish-granting jewel, he will surely attain the state of perfection. If I, as one who makes great vows, do not fulfill my wish in this life, I will fall into falsehood, delusional sins, lose sight of my original enlightenment, and abandon great compassion.

 

法に則って徳を積むこと。心を静めて常に安らかにこれを唱えれば、あらゆる大難は彼に影響を与えず、諸仏と同等に天人福を得る。この願成就の宝に巡り会えば、必ず円満の境地に達する。大願を立てる私が、この人生で願を成就しなければ、私は虚偽に陥り、迷いの罪を犯し、本来の悟りを見失い、大慈悲を捨ててしまう。

歓喜の頌歌  Hymn of Joy

 

歓喜の頌歌

人生は、いつもバラ色というわけにはいかない。

いや、それどころか、「四苦八苦」、苦しみの連続ではないか。

あと流行人がうたった。

花のいのちほみじかくて

苦しきことの大かりき

と。

世を捨てて出家遺世でもすればべつなこと、社会人として生きてゆく上に、適切な欲望を持つことは否定できない   最小限、適切な欲望も、しばしば、さまざまな障壁に阻まれ、したたか苦汁を呑まされる。

しかし、そんな人生を、なんとか、よろこびで送ることはできないか。 仏陀は教える、

「欲が苦しみの原因である。欲を去れ」

 

社会人としての責務を果たし、家庭人として家族を愛し養い、人間として充実した人生を歩む。

最小限、適切な欲望というべきであろう。

しかし、落ちこんではならない。明日に希望をもって立ちあがるのだ。

希望の明日に、よろこびをもって立ちあがるのだ。

立ちあがるのはよいが、悲しみや悩みをひきずって立ちあがるのでは、マイナスである。

だ。 生きてさえいれば、どんなことでも可能になる。ピンチをチャンスに変えるの考えてみたまえ。

生きていることほど、すばらしいことはないではないか。

生きていることに感謝し、生きていることによろこびをもって、立ちあがろう。

明日は金銭で買うことはできぬ。

よろこびをもって今日を送り、よろこびをもって明日を迎えよう。

ここに、心がよろこびにあふれる瞑想法がある。

あなたの人生は、いつもバラ色だ!

人生がこの上なく楽しくなる

 

 

 

 

 

 

 

 

 

歓喜の頌歌  Hymn of Joy

 

陽の光が窓を染めて 静かに目を閉じた
心の奥に響く声が 人生を問うように
苦しみさえも彩るなら 涙は虹に変わる
明日へと続く道を 今、歩き出そう

生きてさえいれば 希望は消えはしない
闇の先には 必ず光が待つ
歓喜の歌を この胸に響かせて
今日を生きよう 明日を迎えよう

 

 

Sunlight paints the window bright, I close my eyes so tight
A voice within my heart resounds, asking of my life
If sorrow, too, can shine with hues, then tears will turn to rainbows
The road ahead calls out to me, it’s time to rise and go

As long as I live, my hope will never fade
Beyond the dark, a light will surely wait
Let the hymn of joy echo in my soul
Live for today, embrace tomorrow’s glow

 

 

 

「解脱の門」

「解脱の門」

静かな森の奥深く、一人の修行者が瞑想していた。名をアヌラと言った。彼は長年にわたり煩悩を断ち切ろうと努めてきたが、未だに解脱には至らなかった。夜が更けると、心に疑念がよぎる。「なぜ私は未だに悟りを得られぬのか……?」

そのとき、背後から静かな声が響いた。「アヌラよ、お前は何を求めている?」

振り向くと、そこには一人の老僧が立っていた。白髪の間に穏やかな眼差しを宿し、その存在はまるで月明かりのように静かだった。

「私は煩悩を断ち切りたいのです。しかし、どうしてもそれができません……。」

老僧は微笑み、近くの石に腰を下ろした。「それは、お前がいくつかの大切なことを見落としているからだ。」

アヌラは息をのんだ。

「第一に、お前は正しい道を理解しているか?」

アヌラは戸惑った。「私は多くの経典を読み、修行も積んできました。しかし……」

「それでは問おう。お前が学んだ教えは、ただの言葉として頭にあるだけではないか?」

アヌラは言葉に詰まった。確かに、知識は増えた。しかし、それが自らの智慧となっているのかは疑問だった。

「次に、お前は煩悩の根源を見極めているか?」

アヌラは目を伏せた。「……煩悩を捨てる努力はしています。」

老僧は微笑んだ。「表面の枝葉を払うだけでは、木はまた育つ。無明という根を断たねば、煩悩は尽きることがないのだ。」

アヌラは胸が締め付けられるように感じた。

「さらに、お前はまだ何かに執着していないか?」

アヌラは沈黙した。確かに、心の奥底に小さな欲望が残っているのを感じた。「私は……まだ悟りへの渇望を手放せていません。」

老僧は静かにうなずいた。「その渇望すらも執着なのだ。悟りを得ようと必死になること自体が、お前を束縛しているのかもしれぬ。」

アヌラは深く息を吐いた。

「そして、お前の心は本当に静まっているか?」

アヌラは自らの内を見つめた。瞑想をしていても、心の奥では迷いや焦りが渦巻いていることに気づいた。

「最後に、師の教えを疑ってはいないか?」

アヌラははっとした。確かに、彼は時折、自分のやり方の方が正しいのではないかと考え、教えを半ば自己流に解釈していた。

老僧はゆっくりと立ち上がった。「アヌラよ、解脱の道は知識だけではなく、心の在り方にもある。正しく学び、煩悩の根を見極め、すべての執着を捨て、心を平静に保ち、教えを信じること。これが解脱の門だ。」

アヌラは老僧の言葉を噛み締め、静かに目を閉じた。そのとき、彼の心にわずかな光が差し込んだように感じた。

夜の森は、変わらぬ静寂に包まれていた。

 

 

阿含経の「応説経」において、修行者が煩悩を尽くし解脱を得ることができない理由について、経典は以下のように語っています。

**1. 正しい方法を理解していない**

ある時、一人の修行者が山奥に籠もり、日夜を問わず厳しい修行に励んでいた。彼は断食をし、寒さに耐え、瞑想に没頭した。しかし、いくら努力を重ねても、心の奥底に潜む煩悩は消えることがなかった。彼は悩み、苦しみ、ついに師の元を訪れた。

「師よ、私はこれほどまでに努力しているのに、なぜ解脱を得られないのでしょうか?」

師は静かに答えた。「お前は正しい方法を理解していない。正しい智慧(正見)と実践(正行)がなければ、どれだけ努力しても解脱には至れない。誤った方法では、ただ苦しみが増すだけだ。」

修行者は師の言葉に耳を傾け、自らの修行法を見直すことにした。

**2. 煩悩の根源を見極められない**

別の修行者は、自分の中に湧き上がる怒りや欲望に悩まされていた。彼はそれらの感情を抑え込もうと必死になったが、どうしても消すことができなかった。ある日、彼は師に尋ねた。

「師よ、なぜ私は煩悩を断つことができないのでしょうか?」

師は深く息をつき、こう言った。「お前は煩悩の根源を見極められていない。煩悩の根源は無明(無知)にある。それを断つためには、智慧が必要だ。表面的な努力だけでは、解脱は得られない。」

修行者は師の言葉を胸に刻み、自らの内面を見つめることにした。

**3. 執着が残っている**

ある修行者は、長年にわたって修行を積み、多くの煩悩を断つことができた。しかし、彼はまだ一つだけ捨てきれないものを持っていた。それは、彼が若い頃から大切にしていた一つの仏像だった。彼はその仏像に深い愛着を抱いていた。

ある日、師が彼に言った。「お前はまだ執着を捨てきれていない。解脱を得るためには、あらゆる執着を捨て去らなければならない。たとえそれが仏像であっても、執着している限り、解脱には至れない。」

修行者は師の言葉に心を揺さぶられ、ついに仏像を手放す決意をした。

**4. 心の平静が欠けている**

一人の修行者は、常に心が乱れ、瞑想に集中することができなかった。彼は周りの音や出来事にすぐに気を取られ、心が落ち着くことがなかった。彼は師に相談した。

「師よ、どうすれば心の平静を得ることができるのでしょうか?」

師は静かに答えた。「解脱には心の平静(禅定)が不可欠だ。心が乱れている状態では、煩悩を完全に断つことはできない。まずは心を落ち着かせ、内なる平静を見つけることだ。」

修行者は師の教えに従い、心の平静を求めることにした。

**5. 師や教えへの信頼が不足している**

最後に、ある修行者は自分流の方法で修行を続けていた。彼は師の教えを疑い、自分で考えた方法を試していた。しかし、どれだけ努力しても、解脱には至れなかった。彼は師に尋ねた。

「師よ、なぜ私は解脱を得られないのでしょうか?」

師は彼を見つめ、こう言った。「お前は師や教えへの信頼が不足している。仏教では、正しい師(善知識)とその教えへの信頼が重要だ。自己流に頼ることで、正しい道から外れてしまうことがある。」

修行者は師の言葉を深く受け止め、師の教えに従うことを誓った。

これらの理由から、修行者が煩悩を尽くし解脱を得ることができないとされています。解脱に至るためには、正しい智慧、実践、心の平静、そして師や教えへの信頼が不可欠です。