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仏教

覚醒の航路

覚醒の航路

静寂の中、修行僧・慧真(えしん)は蓮華座に腰を下ろしていた。瞳を閉じ、ゆっくりとした呼吸の中で、彼は自身の内なる宇宙に意識を向ける。今日こそ、師より授かった最後の秘技——ピンガラとイダーの開発法——を完成させる日なのだ。

「慧真、お前は既にクンダリニーを覚醒させ、七つの大チャクラを巡る気の流れを掴んだ。しかし、それだけではまだ未熟だ。ピンガラとイダー、この二つの気道を開発しなければ、真なる覚醒は得られぬ。」

師の言葉が脳裏に響く。慧真は深く息を吸い込み、胸腔に振動を生じさせた。声なき声が体内を震わせ、横隔膜を通じて腹腔へと響き渡る。これはただの呼吸法ではない。体の奥底に眠るエネルギーを揺り動かし、気道を開拓するための秘術であった。

やがて、慧真は微かな光の粒を感じた。それは彼の体内に点在する「小チャクラ」、すなわち気道を形成する星々だった。師はこう言っていた。

「お前の体の中には、無数の星がある。大チャクラが太陽のように中心を成すのに対し、小チャクラは星座のように道を指し示す。お前はそれを辿り、ピンガラとイダーを開くのだ。」

慧真の意識は、体の内なる星々をたどる旅へと向かう。星の光は彼を導く羅針盤のように輝き、一つひとつの星を経るごとに気の流れが変化していく。まるで夜空を航海する船乗りのように、彼は慎重に、だが確実に、気道を切り開いていった。

そしてついに、彼は到達した。気の流れが完全に開かれ、ピンガラとイダーが彼の体内に明確な道を作り出す。エネルギーが螺旋を描きながら昇り、彼の精神と肉体はかつてないほどの調和を得る。

慧真の口元に微かな笑みが浮かんだ。彼はついに、仏陀の法の奥義に辿り着いたのだ。

しかし、師の言葉が脳裏にこだまする。

「だが忘れるな。覚醒は終わりではない。これをいかに制御するかが、お前の次なる試練となる。」

慧真は目を開けた。朝日が山の端から顔を覗かせ、静かに世界を照らし始めていた。覚醒は新たな始まり。彼は再び目を閉じ、次なる修行へと意識を向けた。

ビンガラ

 

仏陀の法では、スシュムナー管がもう一本ある。つまり二本あるのだ。クンダリニ・ヨーガと正反対、額から会を通って、腹部の正中線を真っ直ぐ、幅を経て咽喉に至る気道である。目ざめたクンダリニーは、背部のスシュムナー宿とともに、 この部スシュムナー管をも上昇する。(上昇するというより、上昇させるのだ)

この腹帯スシュムナーのクンダリニー・エネルギーを、コントロールしつつ、各チサクラを開発、覚醒するのが、仏陀のピンガラ、イダーの両気道である。

神のには、不可欠の技法であるまさに、神技というしかないゆきわまる技法である。

 

である。

一月三石に増進の技法は、チャクラの開発・覚醒にぜったいで。これなくしてチャクラの完全な開発は不可能といってもいいであろう。後に、下都

の増強には、不可欠のである。

まさに、神技というしかないゆきわまる技法である。

では、この神技ともいうべき仏陀の法の旅行は、どのようになされるのであろうか。

それは大別して、三つの法から成り立つ。

1、クンダリニーをする修行法

2、チャクラを開発する修行法

3、ピンガラ、イダーの気道を開発する修行法

それは、特殊な呼吸法、独特な想・マントラ明、ムドラー(手印、ボーズなどから成される。その一つ一つについて解説しよう。ただし、本書は書ではないので、実技の詳細については、著者の別の本「そを参照、または、若者に就いて実際に習得してほしい。

クンダリニー覚報法

まず、旅行者は、クンダリニー覚醒の予備チャクラの場所を、正確に知らねばならない、さきに、わたくしが、始動用小型モーターだといった穴である。

これを事師から教示してもらう。チャクラの場所は、個人差があるので、導師から教えてもらうしかないのである。

この予備チャクラにムドラーと共に思念を集中して特殊な観想をつづけていると、 チャクラに独特の感覚が生じてくる。これに、さらに物理的な成る刺激を加えると、 完全に覚する。

覚醒してしだいにエネルギーが生ずるようになると、このエネルギーを、気道によってクンダリニーの部位に送りこみ、また、その周囲に行らせる。指導の通り、正しく修行すれば、時間的な違いはあるが、だれでもクンダリニーは目ざめるようになる。

アンダリニー・ヨーガのやりかたでは、サンダリニーのは非常に困難であり。

したがって成功した例は稀であるとされているが、仏陀の法では、予備チャクラを使うので、それほど至難なものではないのである。仏陀の法のすぐれたところである。 気道の開発である。

むずかしいのは、ビンガラ、イダーの両じずかしい。しかし、どうしてもなしとげなければならぬ修行である。

は、ただたんなる気道では

ようになると、このエネルギーを、気道によってクンダリニーの部位に送りこみ、また、その周囲に行らせる。指導の通り、正しく修行すれば、時間的な違いはあるが、だれでもクンダリニーは目ざめるようになる。 クンダリニー・ヨーガのやりかたでは、アンダリニーの覚醒は常に困難であり。

したがって成功した例は縁であるとされているが、仏の法では、チャクラをうので、それほど至難なものではないのである。仏陀の法のすぐれたところである。 むずかしいのは、ピンガラ、イダーの両気道の開発である。

これはたいへんむずかしい。しかし、どうしてもなしとげなければならぬ修行である。 というのは、仏陀の法におけるビンガラ、イダーの気道は、ただたんなる気道ではなく、前にのべたように、アクセルとブレーキの機能を持つものである。この両気道を開発しなければ、各チャクラを目ざめさせることも出来なければ、コントロールキることも出来ない、脳のチャクラ、神経路の増強なども、このピンガラ、イダーのはたらきによるものであるから。これは仏陀の法の目ともいうべき法である。 その法について解説しよう。

ピンガラ、イダーの開発法

そのテクニックをひと口でいうと、特殊な動を体内につくり出して、これを使う

のである。

その特殊な振動は、横隔膜、胸腔、腹腔を使い、秘密マントラの特殊な詠唱法によって起こす。ムドラー、体位もこれに加わる。

この振動は、最初、声帯を使う。声帯で、正しい振動を声として発生させる。この振動を、胸腔、横隔膜、腹腔へと響かせてゆく。胸腔、腹腔は、いうならば太鼓である。ここで共鳴させ、増幅させるのである。

正しい振動を起こせるようになったら、今度は、発声しないで、おなじ振動を起こす訓練に入る。無音声になるが、振動は起こしているのである。というのは、体の内部に向けて発声しているのである。体の内部に向けて振動を送っているわけだ。体の内部とは、いまのべたように、胸腔、腹腔である。まず、胸腔が、送りこまれた振動を、筋肉で共鳴させ増幅させる。

さらにこれを、横隔膜が、腹腔の中で増幅させる。

非常に強いエネルギーが、体内に生じることを理解されるであろう。この強いエネルギーが、ピンガラ、イダーの気道を開発し、形成するのである。

 

どのようにして

甲ーが、ピンガラ、イダーの気道を開発し、形成するのである。

ここで、わたくしは、最極秘伝の一つを明かさねばならない。

それは、チャクラに、「大チャクラ」と「小チャクラ」の二種類あるということある。このことは、誰れも知らない。わたくししか知らない秘伝である。クンダリニ ―・ヨーガと道教、そして仏陀の呼吸法の総合修行からわたくしが発見体得した秘伝しある。そのわたくしが、今度はじめて、今まで秘していた最極秘伝を公開するのである。

チャクラの星座をたどる

「大チャック」とは、さきにのべたように、ムーラーダーラ・チャクラ、スヴァーデイシューターナ・チャクラ、マニプーラ・チャクラ、アナーハタ・チャクラ、ヴィレスッダ・チャクラ、アージュニャー・チャクラ、サハスラーラ・チャクラの七つであ

る。 それはちょうど、人間の体、という宇宙に点在する星のように思われる。じっさ星座のように、共通する系を以て一つの座を形成しているチャクラの群れもあ

「小チャクラ」は、これとは別のものである。人間の体には、おおよそ三百数所の小チャクラがある。中国の退歌で、「経穴」と称している部位と同一のものもあるし、 まったく違うものもある。

小チャクラは、そうでない部分にくらべて、知覚が非常に敏感である。導師のわたくしが、思念をこめて、二、三〇センチくらいの距離から指先で示しただけで、相手はビリビリと感ずるほどである。凝視されただけで感ずるほど敏感な部位もある。

気道を開発するとき、わたくしはこの星たちを利用する、腹、背部、面、どの部分の気道も、この星のチャクラを利用することによって、比較的、らくに道をひらいてゆけるのである。

わたくしは、きながら、この屋の海を航海する船長である。どの星からどの星へたどっていったら、目的地(チャクラ、また、神などにできるのか。わた

くしは明確に指示することが出来る。星をたどったその航跡が気道になるのである。 この法によれば、少々鈍感な修行者でも、気道の経路を知ることが出来るであろう。

用、形成される。

くしは明確に指示することが出来る。星をたどったその航跡が気道になるのである。 この法によれば、少々鈍感な歩行者でも、気道の経路を知ることが出来るであろう。 ピンガラ、イダーの両気道も、そのようにして開発、形成される。

この秘法を知らぬ修行者たちは、羅針盤も持たず、星座で航路を読むことも知らない昔の航海者のように、闇夜の海にただようのみである。

それはなにか里

もうお分りであろう。前の節でのべた体内の強い顔動エネルギーが、星から星をたどって、ピンガラ、イダーの気道を形成してゆくのである。

常にむずかしいのなそれは、このようにして形成されたピンガラ、イダーの気道に、どのようにして、 前にのべた、アクセルとブレーキの機能を持たせるか、ということである。

これで、最大の難関は突破された。やれやれ、と。ひと息つきたいところであるが、 じつは、もう一つ、越さねばなら難関があるのである。

どのようにして、それはなされるのか?

 

 

 

チャクラ

’の場所は、すべて、内分泌腺と一致するのである。

クンダリニー・ヨーガの熟達者は、特殊な行によって得た力でその場所を刺激し、 ふつうの人間の持たない力を発生させるのである。内分泌腺がその力の発生源なのである。

これを、近代医学による内分泌腺と対照すると、次頁のような表になる。

但し、この、チャクラと近代医学の解剖学的対照は、わたくしの修行体験によってわたくしが分類したもので、欧米のヨーガの指導者たち(およびその系統の人たち)の対照分類のしかたと、大分ちがうところがある。わたくしは、私の修行体験によって、このほうが正しいと信じているが、あるいは、これはリードビーター氏がいっているように、人種、民族別による体格、体質 体格、体質の相違によるものであるのかもしれぬ。

氏は、その著書のなかで、チャクラの大小、色彩、位置、形状、など、有色、白色、 東、西洋の民族、人種の相違によってかなり違うものがあり、また、おなじ民族、 かにその語りだとわたくよう。 前節において、わたくしは、チャクラを、内分泌腺という近代医学、生理学の面からながめてみた。それでは、そのチャクラを、クンダリニー・ヨーガ自身はどのように考え、どのように説明しているか、今度はクンダリニー・ヨーガの立場から見てみよう。

チャクラの機能

1=ムーラーダーラ・チャクラ

内分泌腺の性態、腎臓の部位である。

このチャクラを覚揺すると、体力が異常に増進して、普通の人の三~五倍のかをもつようになる。三日、四日の徹夜くらい平気になる。一切の病気を受けつけず、健康体そのものとなる。病弱だった者は、その悪いところが、みな庫ってしまう。このチャクラに Sarpyama を集中してそのエネルギーが発動したとき、瀬死の何人でも床を蹴って立ち上がるだろう。男女ともに実際の年齢より一〇歳以上若くなる。

 

そのかわり、性を極力を持つようになるので、そのエネルギーをオージョというのエネルギーに変える方法をあわせ用いる。

スヴァーディレュターナ・チャクラ

闘いのホルモン、英雄ホルモンを出させる副腎の部位である。 このチャクラがしてエネルギーが発動すると、気力が充実し、歌になって、

機業数行動力を発揮するようになる。なにものをも恐れず、なにごとにも思わず、 大国不、不動の信念をもってどんな困難にもひるまない。生死を超越した超人的手力壁を押する。

マニブーラ・チャクラ

ヨーである「ヨーガ・スートラ』にころある。NaSamyama を向けることにより、体内の配列をゆることができる」(自力)というのは、実際の乱ではなくて、そのあたりにあると場所 このをもっているといわれる、一説には、 チャクラのなかの下から三つ目にあるマニプーラ・ ちゃうの(Mapipura cakro)のことであるともいう。いずれにせよ、肉眼で見まる部分ではなく、体に属するものとされている。チャクラについては、ここで詳説する明がない、気体(生命エネルギーからなる身体)の中央にあるから、これに制をおこなうと身体内のれる車輪状の場所で、一六の君をもっているといわれる。一役には、 のハタ・ヨーガで説くたつのチャクラのなかの下から三つ目にあるマニプーチ・ ty (Manipüra cakra)のことであるともいう。いずれにせよ、肉脂で見える部分ではなく、体に風するものとされている。チャクラについては、 で詳説する載がない。輪は気体(生命エネルギーからなる身体)の中央にあるから。これに制をおこなうと身体内のがわかる、というのである」「解説ヨーガ・スートラ』平河出版社)ど解説されておられるが、これは、多少ともちがう。

そのあたりにあると想像される神秘な」といわれるが、この店は、決して空想的な場所ではない。たしかに神秘的とも思われる偉大な力を発揮するけれど医学的にはっきり確認されているのである。

それは、医学的には、ソーラー・プレッサスと名づけられた「太陽神素」のことである、神、内勤表ともいわれ、腹腔動より出る上の起始都にある交感神経の大きい神経である。(図)。胃の実がわにあってさなである。これらの内官が、どんな状態にあるからすぐ知り、少しでも異常があるようであればちに正常にもどしてしまう。そういう力の訓練が、このナービ・チグラのトレーニングである。

また、それは、自分のからだだけではなく、他人のからだも自由にコントロールゲる力を持つから、人の病気なども即座に歯してしまうのである。

アナーハタ・チャクラ

・心・時の部位である。このチャクラが完全に活動すると、他心通の力があらわれてきて、他人の心が手にとるように分るようになると同時に、他人の心を自由に動かす力が出てくる。

自分と同化して自分のものになるということである。 そういう意味で、このチャクラに十分熟達すると、霊界(四次元)の世界との交流のつづいて、目に見えぬ高い心(型、神霊、事霊と表現する)と心を交流するこどができるようになる。自分にとって不可解な、理解できねことなどを、天地にみちた、すぐれた心、智恵のエネルギーに同化してそこから聞くことができる。つまり。 人の肉体はほろびても、その人の持っていた心のエネルギーはこの空間に会話をめているので、このチャクラでその心と同じになれば、その心が持っていたす道がひらけるのである。

ヴィシュッダ・チャクラ

とができだけた、すぐれた心、智恵のエネルギーに同化してそこから聞くこと。

人の肉体はほろびても、その人の持っていた心のエネルギーはこの空間に終をとどめているので、このチャクラでその心の波動と同じになれば、その心が持っていたすべてのもの。も、知整もな自分として自分のものになるということである。 そういう意味で、このチャクラに十分熟達すると、霊界(四次元)の世界との交後の道がひらけるのである。

ヴィシュッダ・チャクラ

甲状腺・唾液線の部位である。

このチャクラを動かすことにより、超人的な聴力がそなわる。実際に、このチャクラが使えるようになると、それまで全く問こえていなかったある音響を聞くことができるようになる。これはわたくし自身の体験であるが、その音がどんな音であるかは、 ここでは伏せておく。わたくしが弟子の指導にあたって、その弟子がどんな音響を聞いたかをしらべることにより、その弟子が本当にこのチャクラを体得したかどうかの判定基準になる。 になる。そういうものを判定基色にしなくても、指導者には分るが、もし、 こういう音だと前もって知らせておくと、自己暗示でそういう音を聞いてしまうこともあるので、それに類することは一切伏せておくわけである。法を惜しんで公表しないわけではないのである。ただ、 いえることは、人の聴覚は、四〇、〇〇〇~五〇、〇〇〇キロヘルプのしか聞くことができないが、このチャクラを修得すると、 その上に覚の幅がひろがるということである。一〇〇メートルはなれて人の心動く聞くことができるということである。

また、いろいろな声を聞く。お客の声をはっきり耳にするようになる。

ヨーガ・スートラにある「あらゆる生きものの叫び声の意味がわかる」という能力もこれである。仏教のである。

また、このチャクラは、、上(再)及び胸の筋肉運動に深い関係を持つ。

プージョニャー・チャクラ

異常な力を持つようになる。「ヨーガ・スートラ」にある「心の発現にそなわる光をあてることによって、どんなになものでも、人目につかぬところにかくされているものやら。はるかに遠くにあるものでも知ることができる」という能力であはこのチャクラである。

このチャクラは、また、命令のチャクラ、望成就のチャクラ、自在力のチャクラともいわれ、車すると、自然に付る。 れているものでも、はるかに違くにあるものでも知ることができる」という能力である光をあてることによって、どんなに後継なしたはこわチャからである。

 

このチカクラは、また、自分のチャクラ、郡望成のチャクラ、自在力のす・クラともいわれ、男達すると、自然に対して命令しこれを自在に動かし、自由に支配することができるようになる。

サハスラーラ・チャクラ

松果 松果体・視床下部の部位である。

頭のなかの光明 Mürdha jyotis といわれるチャクラである。Brahma randhra の座、梵の裂け目という頭蓋骨の接合するところの真下に位置する。楚の座、先の役け目とは、梵すなわち聖なるもの、と一体になる場所という意味である。

このチャクラを目ざめさせると、この部位に光明があらわれて、然とかがやく。

頭のなかの光明である。

このチャクラはすべてのチャクラを統合してこれを自由に制御する。すべてのチャクラを自由に制御することができるようになると、彼は次第に変身する。

クンダリニー・ヨーガでは、これを聖なるものと一体になる、と形容する、このチャクラに、聖が宿り。聖器と交流するようになるといっている。このチャクラを完成した歩行者を、人、大師、教済者と呼ぶ。人は物資世界を超越し、時間と空間の制限を受けなくなる。インドでは、仏陀が超人であるとして、このチャクラの完成者であることを、形を以て示している。それは、仏像の脂頂がまるで帽子でもかぶったように大きく盛り上がっており、これを「肉」と呼ぶ、サハスラーラ・チャクラの修行が完成して頭骨がこのように発達していることを示すのである。

以上が、クンダリニー・ヨーガの奥儀として伝えられるものである。

 

中心となる気はどュムナーである。これはさきにくたように、

 

うまでもないことであろう。

これは、基本的に、クンダリニー・ヨーガの行の成仏、行方の違いによるものである。

仏陀の方法は、プラーナヒっぴらせる」という方法である、これは、行が自分の想念(意志)によっておこなうことを意味する。したがって、歩行者は、ブラーナといていくシートを知っていなければならないわけである。プラーナのいくさきち、 プラーナにまかせるのではなく、行者が決定して進めていくのである。だから、 行者はその道すじを知っていなければならないのである。

クンダリニー・ヨーガの場合はこれとまったく違っている。

クンダリニーを目ざめさせるためにはするがめたタンダリニーは、行者の意志にかかわりなく。一気にスシュムー的に上昇していくのである。それは、行者が「めぐらす」などというものではない。 そしてそのあとも、クンダリニーまかせということになる。

いった。 わたくしは、さきに、仏陀は修行法にクンダリニー・ヨーガをとり入れなかったとわたくしは、ききに、仏陀が弟子たちにクンダリニー・ヨーガを用いさせなかったのは、過敵すぎるからだといったけれども、それはそれだけではなかったのである。

クンダリニー・ヨーガのチャクラ開発法は、不安定であり、不確実だったのである。

仏陀は窓な成仏法を作製して、弟子たちに教えたのである。

仏陀の修行法はまだつづく。

クンダリニー・ブラーナ

たしかにその通りである。仏陀は四神足法にクンダリニー・ヨーガをとり入れなかった。しかし、クンダリニー・エネルギーはとり入れていたのである。

人間の持つエネルギーで、クンダリニーほど強大なエネルギーはない。人間を改造する原動力として、 して、これに匹敵するものはない。いや、このエネルギーを使わなかって、、だろう。だから、仏陀はこれを用いた。

いった。 ききに、仏陀は修行法にクンダリニー・ヨーザをとり入れた

たしかにその通りである。仏陀は神にクンダリニー・ヨーガをとり入れなかうた。しかし、サンデサニー・エネルギーはとり入れていたのである。

たら、人間の曲などといっていいだろう。だから、 これを用いた。

人間の待つエネルギーで、グンダリニーほど強大なエをギーはない。人間を改造する原動力とし、これに匹敵するものはない。いや、このエネルギーを使わなかっ

神において用いる気息。すなわちプラーナとは、クンダリニずるエキギーなのである。単なる呼吸の息、あるいは意念だけではない

初見の想の段では、意念による瞑想である。修行者が、アンダリニーをするに十分なだけの念を持つと、強力になった意念の力は、クンダリニー覚醒に向けられる。グンダリニーを愛するための部位が二カ所ある。そこに正しい刺激があたクンダリニーは目ざめる。この行は、導師にしたがって、細心大黒にそられると、クンダリニーはおこなわれなければならない。

阿含経の中に、いくつか、私が書、あるいは調伏して偉大な力を発揮するか出てくるが、その間、雪は、クンダリニーをあらわしているものと思ってまい、古美、クンダリニーは、三つの頭を持った、あるいはたつの頭を持ったの島で表現されているのである。何で語られる話は、続の物語ではなく、お手コントロールに成功したことを明かしているのである。

 

仏陀の法では、『怪物クンダリニーを、ごくおだやかに、上機嫌(?)に目ざめさせいる。

だから、仏陀のクンダリニー・エネルギーの使いかたは、クンダリニー・ヨーガの

手法とまったく異なり、クンダリニーを完全にコントロールしつつ使うのである。っまり、クンダリニー・エネルギーを「行らせる」という手法である。

それはどのようにして、なされるのだろうか?

ビンガラとイダーを使う仏陀の秘法

どのように?

いい気持で眠っているゴジラを叩き起こすようなバカな真似はしないほうが賢明であろう。

道教はクンダリニーを知らない。しかし、クンダリニーには到底およばないけれども超常的な強い「気」のエネルギーを呼び起こす(ツボ)を知ってこれを使っている。

これは道教の伝になっていて、これを知る人はごく稀である。(アンリ・マスペロがその著書で、ちょっとこれにふれている)

この駅だ(中国でツボと呼ぶ部位は、チャクラの一種であるとわたくしは考えている)は、クンダリニーのチャクラから、少し離れたところにある。道教は、いまいったように、このチャクラを使って強い「気」を呼び起こすのである。クンダリニーの代わりといってよいだろう。クンダリニーそのものは、知らないのである。

仏陀の四神足法では、この道教のチャクラを使って、まず、強い「気」のエネルギ ―と呼び起こす。次いで、この「気」を本命のクンダリニー・チャクラに送りこむ。

アンダリニーの眠る部位の周囲に、この「気」をゆるやかに行らせてゆくのである。 クンダリニーは、徐々に、おだやかに目ざめはじめる。

わたくしは思うのだが、道教は、この「気」を使ってクンダリニーを目ざめさせるという秘法を落としてしまって、「気」だけを使う法を完成したのではなかろうか。 通いは、これはらだの帳帳の法として、ごく一部の高弟だけに伝え、外部に洩らさず、

 

四神足法解說

四神足法解說

欲神足法

人間の生命力の、特に肉体上における根源的諸条件を、完全なものにする修行法。

勤神足神

欲神法で得た能力をベースに、肉体上の基本的諸条件を、さらに飛躍的に向上

心神足法

人間の生命力の、特に肉体上における根源的諸条件を、完全なものにする修行法。

武神足法で得た能力をベースに、肉体上の基本的諸条件を、さらに飛躍的に向上させる修行法。

肉体的能力の向上発達を基に、精神的能力を充実させ、さらに段階的にその能力を飛躍向上させて行く。

すなわち、脳の欠陥部分を補強するための準備段階として、古い脳を人為的に進化させる修行法である。ワニとクマの獣性の脳を霊性の脳に変えて行くのである。、

観神足法

肉的力の向上発達を基に、精神的能力を充実させ、さらに段階的にその能力を飛躍向上させて行く。

すなわち、脳の欠陥部分を補強するための準備段階として、古い脳を人為的に進化させる修行法である。ワニとクマの獣性の証を震性の脳に変えて行くのである。

あたらしい証である新皮質を向上させるとともに、霊性の場である問を開く。 時に、間筋に付属する視床下部と、古い脳辺縁系との神経回路を補を強化する修行法である。知性と霊性の完全なら融合だ。

以上が、四足法である。

四神足法を覚したとき、その歩行者は、仏陀に準ずる大聖者となる、実を見え、 を、生者、死者ともに解成仏させる大型者である。

である新皮

「金屋の法」だといった求聞持明法の原典である四神記法、五力法との関連はどのようなものであるのか。

まず、四神足法と五力法について見てみよう。

四神足法解說

歌神足法

動神足法

心神足法

観神足法

人間の生命力の、特に肉体上における根源的諸条件を、完全なものにする修行法。

武神足法で得た能力をベースに、肉体上の基本的諸条件を、さらに飛躍的に向上させる修行法。

肉体的能力の向上発達を基に、精神的能力を充実させ、さらに段階的にその能力を飛躍向上させて行く。

すなわち、脳の欠陥部分を補強するための準備段階として、古い脳を人為的に進化させる修行法である。ワニとクマの獣性の脳を霊性の脳に変えて行くのである。、

 

眼神足法

肉的力の向上発達を基に、精神的能力を充実させ、さらに段階的にその能力を飛躍向上させて行く。

すなわち、脳の欠陥部分を補強するための準備段階として、古い脳を人為的に進化させる修行法である。ワニとクマの獣性の証を震性の脳に変えて行くのである。

あたらしい証である新皮質を向上させるとともに、霊性の場である問を開く。 時に、間筋に付属する視床下部と、古い脳辺縁系との神経回路を補を強化する修行法である。知性と霊性の完全なら融合だ。

以上が、四足法である。

四神足法を覚したとき、その歩行者は、仏陀に準ずる大聖者となる、実を見え、 を、生者、死者ともに解成仏させる大型者である。