光明真言
サンスクリット原文と読み

光明真言は「オン、アボキャ、ベイロシャナウ、マカボダラ、マニ、ハムドマ、ジンバラ、ハラバリタヤ、ウム」と読みます。
【光明真言の訳】
- オーン。不空なるヴァイローチャナよ
- 大印を有する者よ
- 宝珠よ
- 蓮華よ
- 光明を放ち給え。フーン
UA-135459055-1

光明真言は「オン、アボキャ、ベイロシャナウ、マカボダラ、マニ、ハムドマ、ジンバラ、ハラバリタヤ、ウム」と読みます。
【光明真言の訳】
偉大な智慧の光を持つ菩薩
正しくは大勢至菩薩といいます。智慧の光ですべてのものを照らし、人々を迷いや苦しみから救うとされています。大勢至菩薩と表記されることもあります。智慧とは物事のあり方を正しく見極める力・判断力を意味します。
阿弥陀如来の右脇侍として観音菩薩と共に三尊で表され、独尊で祀られることはほとんどありません。
浄土信仰の高まりとともに流行する来迎形式の阿弥陀三尊の場合、観音菩薩が死者の霊をのせる蓮台を持ち、勢至菩薩が合掌をする姿でつくられます。その姿勢は、立像・坐像のほかにひざまずいた姿の跪像もみられます。
智慧明瞭、家内安全、除災招福のご利益があるとされています。午年の人々を守る守護本尊であり、午年に生まれた人々の開運、厄除け、祈願成就を助けるともいわれています。
手を合わせているか水が入っている水瓶(すいびょう)を持っている姿が一般的です。
・京都府:清水寺
・奈良県:法隆寺
オン・サンザンサク・ソワカ
智慧の光 〜大勢至菩薩〜Light of Wisdom
静かに広がる 金色の光
迷いも苦しみも 消えてゆく
そっと包み込む やさしき眼差し
闇を照らして 導いて
智慧の光よ この胸に
迷わぬ道を 示したまえ
合掌の祈り 天へと届き
救い
Gently spreading, the golden light
Fading away all pain and doubt
A tender gaze that softly holds
Guiding through the endless night
Oh, light of wisdom, shine in me
Show the path that sets me free
With hands in prayer, my voice will rise
Bringing forth salvation’s breeze
静寂の中、金色の光が穏やかに広がっていた。柔らかな光はあらゆるものを包み込み、迷いも苦しみもすべて霞のように消えていく。その中心に立つのは、一人の尊き菩薩——大勢至菩薩である。
大勢至菩薩は、無限の智慧の光を携え、人々の心の闇を照らし続ける存在だ。その眼差しは優しく、それでいて鋭く、すべての真実を見極める力を秘めている。人々が何を求め、何に迷い、何を恐れているのか——そのすべてを静かに見つめ、導くために。
阿弥陀如来の右に侍し、観音菩薩と共に並び立つ。その姿はまるで、夜空に輝く三つの星のようであった。観音菩薩が慈悲の手を差し伸べ、死者の魂を蓮台に迎えるとき、大勢至菩薩は合掌し、浄土へと導く祈りを捧げる。その祈りは、まるで清らかな流れのように、迷いを抱く魂を静かに癒やしていく。
ある者は、家族の安寧を願い、またある者は、厄災を退けることを求める。人々の願いは様々であったが、大勢至菩薩はただ静かに、それぞれの想いに寄り添い、智慧の光を与え続ける。その手には、澄みきった水が入った水瓶が握られている。その水は、すべての者の心を洗い清め、迷いや執着を消し去るという。
そして、大勢至菩薩には、もう一つの役割があった。午年に生まれし者たちを守護する存在として、彼らの運命を見守り、正しき道へと導くのである。人生の分かれ道に立ったとき、もし迷いが生じたなら、そっと目を閉じて耳を澄ませばよい。そうすれば、智慧の光が心に差し込み、正しき道を示してくれるだろう。
合掌し、心静かに祈る者のもとへ、そっと降り立つ黄金の光——それが大勢至菩薩の慈悲であった。
