UA-135459055-1

仏教

光の道

 

光の道

ある日のこと、一人の若き行者が山奥の寺に訪れた。彼の名は玄真。長年、自分自身の苦しみに囚われ、因縁の鎖から逃れられずにいた。しかし、ある夜、夢の中で釈迦牟尼如来の声を聞き、この寺を訪れることを決意したのだ。

寺の住職は静かに玄真を迎え入れ、仏舎利供養の教えを説いた。
「自分だけを顧みる者は、因縁から解き放たれることはない。人を助け、功徳を積むことが、解脱への道だ」

玄真はその言葉を胸に刻み、日々修行に励んだ。初めは自分自身の怒りや迷いに苦しんだが、次第に心が洗われ、光が見え始めた。彼は悩める人々を助け、仏舎利供養を広めることに力を注いだ。

ある日、村で飢饉が起こり、多くの人々が苦しんでいた。玄真は寺の食糧を分け与え、人々を救おうとした。しかし、食糧は限られていた。彼は悩み、仏前にひざまずき、祈りを捧げた。

その時、再び釈迦牟尼如来の声が聞こえた。
「功徳の種を焼き尽くすな。如来の加持力を信じ、悩める人を救え」

玄真はその言葉に力を得て、村人たちと共に食糧を分け合い、飢饉を乗り切った。その行為は村人たちの心に深く刻まれ、仏舎利供養の教えが広まっていった。

時が経ち、玄真は多くの人々を導く立派な行者となっていた。彼は常に「わが身、わが身」と言いながら生きることを戒め、人々を救うことに力を注いだ。彼の元には悩める人々が集い、因縁解脱の道を歩む者たちが増えていった。

そして、彼は最後の日を迎えた。静かに座禅を組み、心穏やかに息を引き取るその瞬間、彼の体は光に包まれ、虚空へと消えていった。村人たちは彼を「光の行者」と呼び、その教えを後世に伝え続けた。

玄真の物語は、仏舎利供養の尊さと、因果の大法を悟ることの重要性を伝える。自分だけを顧みるのではなく、人を助け、功徳を積むことが、真の解脱への道なのだ。光の道を歩む者たちは、永遠にこの世を照らし続ける。

阿含経

功徳のほどを伝うべし

仏の慈悲のかぎりなく

宝生解説のその力

そもそも祀る宝塔は

大悲万能止まずして

舎利をとどめ置き給う

納めまつれる霊祀なり

たわ種を惜しみてまかずして

まず第一は事の供養

香華燈塗をととのえて
供養の種をまかざれば
種籾一升まきおけば
力のかぎり供養せよ
身供養とも申すなり
福徳宝生のぞみなし
五升や一斗はみのるぞや
米麦とれたるためしなし
功徳の種をまかずし果報の徳は得ぬものぞ
まけばまくほどみのるもの
骨身惜しまずまくことぞ
解脱宝生ねがうなら
第二には行供養
梵行功徳の種をまけ
わが身わが子を助けんと
末世の衆生救わんと

变化让身女舍利尊
霊処かずあるその中に
仏舎利尊の宝塔は
让身駛都如意宝珠尊
大悲神変妙にして
化導利生はてしなし
悪業一切断ち切りて
礼拝供養の徳積めば
福徳果報かきりなし

この塔安置のところには
諸難のせまる恐れなく
あんのん人みなすべて安穏に
疫病苦厄のうれいなし

日々の供養を忘るるな
法身如来あらわれて
宝塔の至心に礼拝供養せば
牛馬の末に至るまで

行者は宝塔のたとえ瓦石や木ぎれにて
しちほう忽ち変じて七宝の
紫磨黄金の大光明ちりばめ輝くさまとなり

十方世界を照らすなり
微妙の法を説き給う
光の中に声あって
法身如来の声なれば
たちまちにひらきて悉地を皮ずなり
声なき声で尊けれ
さてまた過去世に食りの
罪にむくわれ身にまとう
衣類さえなき致しさに
なげく貧窮の人にても
至心に室生いのるなら
解宝珠と変化して
珍宝名女上服や
日々に富貴の身とならん
苦恋にもだゆる身なりとも
至心に礼拝供養せば
法身如来たちまちに
宝の雨を降らすなり
百味の飲食かぎりなし
また業病や難病の重き病いもその日より
癒えて天寿を全うす先づは信心あつくして供養の徳を積むことぞ
悪因ひとつあるならば家系の因縁断ち切りて
父母祖父や祖母どちの血肉を通して子や孫の
我れに犯せし罪とがの父母先祖の因縁ぞ
解脱をねがうべし巨万の富も権勢も
先祖の業障除くべし
覚えもなきに苦しむは
苦の種泣きの種

悪因悪業は悪しき運命のもととなる
家系の因縁ほどくべし
業障ふかき祖父祖母を
犯せし罪の果報ぞや
父母先祖の因縁ぞ
わが身の因縁ぞ家系の因縁ほどくべし
因縁悪しき父母や身の不徳かえりみて
先祖うらむな身を悔め持つは己れが前の世に
至心に解脱の供養せよ八十億劫積もり来し

消えて菩提の道ひらく畜生界に生きる身も
抜苦与楽の門に入る

生死輪廻の罪障も無間地獄や餓鬼地獄
大光明を身にうけて三種供養ぞ尊けれ
これが因果の大法と思わば人をまず救え釈迦牟尼如来は説きませり

わが身わが身といううちは
いんねんと決して因縁解けぬぞや

因縁積んで今の身ぞ ちから力つくして救うべし
十種の功徳身にうけて
ひと たす人を助ける身とならん

怒りは百千の下座の精進忘るるな

わが身わが身といい暮らし行者は徳を積み

仏舎利供養をなす人は

おのずと人の上に立ち高ぶるな

功徳の種を焼くと知れ如来の加持力身にうけて

悩める人を救うべし

仏舎利供養を弘むべし

生身如来の説きませる

成仏法の尊きを

経の護持宣布をば
事・行・理の三供養
三種供養をぶるるな
三福道こそこれなるぞ
正法仰ぐ聖衆の
ひとつえ苦しむ人の杖となれ
第三に理の供養よう
七科三十七道品
世間に伝うべし

理の供養と申すなり
仏舎利供養の根本で
生身如来の説き給う
法身如来のみもとにて
世界を救う大誓願
諸仏讃歎あそばさる
昼夜行者を護るなり
福徳宝生大慈なり
変化法身釈迦
福徳宝生身にうけて
仏舎利尊ぞありがたし
信解のしるべ示さんと

帰命頂礼 仏舎利尊
和談とす
諸天善神より集い
因縁解脱は大悲にて
大慈大悲のみほとけの
変化法身仏舎利尊
因縁解脱の道を行
仏舎利尊ぞ尊けれ
宝生解脱加持門の
よひとのちの世のため人のため

 

 

 

はじめに

仏教は輪岩転生から脱することを最終目標にするわけであるが、わたくしは釈

尊の教法をさらに進めて、輪廻転生を利用するという考えにたどりつき、このほどその方法を完成させた。それが釈尊の成仏法をもとに編んだ瞑想法、「輪廻転生瞑想法」である。これを実践するならば理想的な来世を迎えることができる。 ケン ログ

「阿含経」には、釈尊が弟子たちに、

「よい境界に生まれたければこのような修行をして、悪行をおこなわないようにしなさい」

と指導されている箇所がいくつもある。とくに在家の弟子には、よい来世が得られるように指導されていた。

したがって、わたくしの指導する輪廻転生瞑想法は、その釈尊のご指導を発展させたものなのである。わたくしの提唱する輪廻転生瞑想法は、人は解脱しないかぎり輪廻転生をくり返すのだから、そのだ試を逆に利用して、いまよりもよい

境遇の人間に生まれ変わろう、というものである。

釈尊の説かれた輪題を解説する教法は仏教の根幹であり、絶対にゆるがせにできない。しかし、その法をたもちつつ、同時に輪廻転生を利用するというのも、 わたくしはひとつの選択肢だと思うのである。

たしかにこの世には苦しみがあふれているが、同時に喜びもある。たとえ苦労をしても人間に再び生まれて、思う存分に生きたいという人も多いのではないか。

それで、この瞑想法を創案したのである。

輪廻を絶つことを選ぶか、よい来世に生まれるほうを選ぶかは、あなたしだいなのである。

わたくしも、自分の人生を振り返ってみると、あのときはああすればよかった、と後悔することばかりである。しかし、この瞑想法にもとづけば、理想的な来世の設計図を自分で描き、それにしたがって思う存分にすばらしい人生を送ることができるわけであるから、じつに楽しいのである。

7

はために

 

6

光の覚醒 Awakening of Light

光の覚醒 Awakening of Ligh

静寂の闇に揺れる光
閉じた瞼に浮かぶ未来
目覚める鼓動 高鳴る意識
超えてゆけ 運命の扉

輝け 魂よ 無限の空へ
解き放て 今 宿命の鎖
光の中で 超越の時
目覚める時は 今ここに

光の門 超えてゆけ
新たなる旅 始まる
覚醒の時 今ここに
すべてと一つ 光となる

A flickering light in silent night
A future vision in my closed eyes
A rising pulse, a beating mind
Go beyond, the gate of fate

Shine, my soul, into the endless sky
Break the chains of destiny tonight
In the light, transcendence calls
The time to awaken is here and now

Cross the gate of light and go
A new journey starts to grow
Now’s the time to awaken bright
Becoming one with all, pure light

光の門—超越の果てに

第一章 覚醒の予兆

静寂の中で、カイは深く瞑想していた。額の中央、眉間の奥にある一点に意識を集中すると、そこに青白い光が揺らめくのを感じた。アージュニャー・チャクラ——それは、知性と洞察の門。すべてを見通す第三の眼。

彼はかつて凡庸な人間だった。しかし、ある日、奇妙な夢を見た。どんなに複雑な構造も瞬時に理解し、見たもの、聞いたことを一切忘れない力を持つ自分がいた。言葉を介さず、直接真理を悟る純粋な思考。その夢は、ただの幻想ではなかった。目覚めたとき、彼の意識は変容していた。

「この力は……一体?」

手をかざすと、周囲の気の流れが変化するのがわかった。彼は、自分の内に眠る何かが目覚めつつあることを確信した。

第二章 光明の門

彼は導かれるように、山深くの寺院を訪れた。そこには、サハスラーラ・チャクラを極めた大師がいた。

「お前は、すでに“門”の前に立っている」

大師は静かに語る。

「だが、先へ進むには覚悟がいる。サハスラーラとは、すべてのチャクラを統合し、完全なる霊性に至る場所。そこに到達した者は、もはや時間や空間に縛られることはない。しかし、道を誤れば……」

カイは息をのんだ。

「廃人となるかもしれない、ということですね?」

「その通りだ。クンダリニーの覚醒は、無謀に行えば肉体と精神を破壊する。しかし、正しく導かれれば、お前は“超人”となる」

彼は恐れを感じながらも、進む決意をした。

第三章 懺悔と浄化

修行の日々が始まった。彼は己の過去と向き合うことを求められた。

「まずは、心を清めよ。お前の中に潜む悪因悪業を洗い流すのだ」

大師は懺悔文を唱えさせた。

「我が今受くる處の諸々の惡因惡業は、愚痴の不徳に由る。我れ今ここに、すべての悪行を懺悔し奉る……」

唱えるたびに、心の奥深くに積もった罪の記憶が蘇る。傲慢、執着、怠惰……。それらがまるで影のように彼を取り巻いていた。

「凡ての悪業の根を断たん」

最後の言葉を発した瞬間、胸の奥で何かが砕ける音がした。目を閉じると、暗闇の中で一筋の光が差し込んでいた。

第四章 超越の時

ついに、クンダリニーが目覚める時が来た。

カイは寺院の中央に座し、深く呼吸を整えた。ムーラーダーラ・チャクラの奥底に眠る力が、炎のように燃え上がるのを感じる。次の瞬間、衝撃が脊柱を駆け上がり、各チャクラが順番に覚醒していった。

「——!」

意識が急激に拡大する。彼はすべてを超越し、すべてと一体になった。

「光……これが、すべての答え……」

やがて、サハスラーラ・チャクラの頂点に達したとき、彼の身体は燦然と輝いた。物質世界は彼を縛ることができなくなり、時空を超えた存在へと変わる——。

懺悔と願い

カイは自分の中にある悪因悪業を感じていた。彼は前世での悪行が今の自分に影響を与えていることを悟った。彼は懺悔の文を唱え始めた。

「我が今受くる処の諸々の悪因悪業は、愚痴の不徳に由る。我れ今こ、凡て、貪り、驕り高ぶり、一切懺悔し奉り、諸々の悪業の根を断たん。」

彼は心を静め、常に安らかにこの文を唱えた。彼は法に則って徳を積み、大難を避け、諸仏と同等の福を得ようとしていた。彼は大願を立て、この人生でそれを成就しようと決意した。

「この願成就の宝に巡り会えば、必ず円満の境地に達する。大願を立てる私が、この人生で願を成就しなければ、私は虚偽に陥り、迷いの罪を犯し、本来の悟りを見失い、大慈悲を捨ててしまう。」

-超人への道

カイは徐々に自分の中にある光を感じ始めた。彼はアージュニャー・チャクラとサハスラーラ・チャクラの力を統合し、自分の中にあるすべてのチャクラを自由に制御できるようになっていた。彼は超人になりつつあった。

しかし、彼はまだ完全ではなかった。彼はクンダリニーの覚醒を恐れていたが、それなしには真の超人にはなれないことを知っていた。彼は導師を探し始めた。彼は真の覚醒を求め、その道を進み始めた。

彼の旅はまだ始まったばかりだった。彼は光の中を歩み、超人への道を進んでいた。彼はいつか、聖なるものと一体になり、真の覚醒を果たす日を夢見ていた。

–*光の覚醒

カイはついに導師を見つけた。彼はクンダリニーの覚醒を試みることを決意した。彼は導師の指導の下、クンダリニー瞑想を始めた。彼のクンダリニーは目覚め、スシュムナー管を上昇し始めた。彼は各チャクラを目覚めさせ、最後にサハスラーラ・チャクラに到達した。

その瞬間、彼は聖なるものと一体になった。彼は超人となった。彼は物質世界を超越し、時間と空間の制限を受けなくなった。彼は光そのものとなった。

カイはついに覚醒した。彼は光の覚醒を果たし、真の超人となった。彼の旅は終わり、新たな始まりが待っていた。

 

準胝觀音經

懺悔文

よくない結果をもたらす原因 仏語。悪い行為。転じて、前世で悪事をしたことによる悪い報い 我が

今受くる處の諸々の惡因惡業は、

ぐらふとく愚痴の不徳に由る。我れ今こ、に

凡て、むさぼり、おごりたかぶり、

たてまちあくごう一切懺悔し奉り、もろくの惡業のた根を斷たん。

 

 

 

準胝觀音經

準胝功德聚。寂静にして心常に誦

すれば一切諸諸の大難能く是の人

を侵すこと無し。天上及び人間福

を受くること佛の如く等し。此の

如意珠に遇はば定んて無等等を得

ん。若し我れ誓願大きの裡一人と

して二世の願を成ぜずんば我れ虚

妄罪過の裡に墜して本覚に跡らず

大悲を捨てん。

Confession

The cause of bad results (Buddhist term). Bad actions. By extension, bad retribution for bad deeds done in a previous life.

All the bad causes and bad deeds I am currently suffering are due to my ignorance, complaints, and lack of virtue. I have now

repented of all my greed, arrogance, and self-indulgence,

and cut off the roots of my evil deeds.

 

 

懺悔

悪い結果の原因(仏教用語)。悪い行い。さらに言えば、前世で行った悪い行いに対する悪い報い。

私が現在苦しんでいるすべての悪い原因と悪い行いは、私の無知、不満、徳の欠如によるものです。私は今、

貪欲、傲慢、自己満足をすべて悔い改め、

悪行の根源を断ち切りました。

 

The collection of virtues and merits in accordance with the law. If one recites this with a calm mind and constant tranquility, all great difficulties will not affect this person. He will receive heavenly and human blessings on an equal footing with Buddhas. If one encounters this wish-granting jewel, he will surely attain the state of perfection. If I, as one who makes great vows, do not fulfill my wish in this life, I will fall into falsehood, delusional sins, lose sight of my original enlightenment, and abandon great compassion.

 

法に則って徳を積むこと。心を静めて常に安らかにこれを唱えれば、あらゆる大難は彼に影響を与えず、諸仏と同等に天人福を得る。この願成就の宝に巡り会えば、必ず円満の境地に達する。大願を立てる私が、この人生で願を成就しなければ、私は虚偽に陥り、迷いの罪を犯し、本来の悟りを見失い、大慈悲を捨ててしまう。