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瞑想

脳と心の革命

  1. 一、長出入息呼吸法

二、長出息呼吸法

三、反式呼吸法

四、強短息呼吸法(火の呼吸法)

である。

かんたんに説明すると、一の長出入息呼吸法は、出る息、入る息、どちらも、できるだけ細く長く深く呼吸する。一呼吸に二〇秒から三○秒、一分くらい、時間をかける。

二の長出息呼吸法は、出る息のみをできるかぎり細く長く吐いて、吸う息はふつうに吸う。

三の反式呼吸法は、ふつうの呼吸とちがって、息を吸うとき、腹部をひっこめ、 息を吐くとき、腹部をふくらませる。ちょうど逆になるわけである。

1、長出入息呼吸法の訓練

結跏跌座、あるいは半跏趺座、いずれにしても、頭部、頸部をごく自然に、まっ直ぐ、きちんとした姿勢をとる。ただし、あまり緊張し過ぎて力んだり、硬直したりしてはいけない。ゆったりと、リラックスすることが大切である。

そのためには、頭部、頸部の緊張を解くために、前額部を心もち前に出し、下あごを少し中へ引くようにして、頭部をやや下げるようにするとよい。同時に、前胸部も少しひっこめるようにし、腹部は少し前に出し、両肩は力を入れず、自然な姿勢をとる。背中は心もち前に曲げ、腹部の容積を大きくするようにする。

てゆく。 口と唇はごく自然に軽く閉じる。両眼も軽く閉じるが、かすかに外光を感じる程度にひとすじの隙間を残す。すなわち、半眼にして、視線は、鼻の先、鼻頭に持っ

肛門をぎゅっと締め、上へ引き上げるようにする。

まず、最初、軽く息を吸い、次いで、口をすぼめ開き、力いっぱい吐き出す。下

腹部に力をこめ、上体を少し前に折りかがめるようにしながら、吐いて吐いて吐きつくす。

このとき、前に書いたように、体じゅうの悪気、不浄の気をことごとく吐き出してしまう気持ちで、みぞおちが背中にひっついてしまう位に、吐くのである。吐きつくしたら、また大きく吸い、二、三回、これをくり返す。

大事なことは、呼吸法をはじめる時には、必ず、まず最初に息を吐くことである。まず吐いて、つぎに吸う時から第一回の呼吸がはじまるのである。

歯はかるく噛み合わせて、噛み合わせた歯の間を通して、ゆっくりと息を吐く。

歯は上下が軽くふれるかふれない程度で、決してつよく噛み合わせてはいけない。

自然に、長出入息呼吸法に移る。

まず、軽く息を吸う。(長入息呼吸である)

歯の間を通してゆっくりと息を吐き終ったら、今度は唇を閉じ、歯をきちんと合

わせて、鼻からゆっくりと吸うのである。

少しずつ、時間をかけて、鼻から空気を吸う。

このとき、鼻から入ってくる空気の量をできるだけ少なくするために、鼻をすば

めて鼻腔をせまくする。こうすると、入ってくる空気の量が少なくなるだけではなく、せまくなった鼻腔の壁が空気でマサツされて、その刺激が脳につたわり、脳の昂奮をしずめる効果もあるのである。

また、息を吸いこむとき、舌の先を、上顎部(上の正面の歯ぐきのやや上部、 「離交」と呼ぶ部位)につける。

そして、ごく自然に息を吸いこんでゆく。

息を吸い終わったら、もう一度、軽く息をのみ、みぞおちは充分に落とし、肛門をぐっと閉じ、下腹に軽くウムと力を入れる。

この力を入れるとき、同時に必ず鼻からちょっと息を漏らす。これが非常に大切で、これをやらないと、胸から頭部にかけて圧がかかり、体を痛める恐れが出てくる。腹式呼吸をやって、頭痛を起こしたり、内臓下垂で苦しんだりするのは、これを知らないからである。

禅宗の原田祖岳老師が、原坦山和尚の極端な下腹入力禅をやったところ、頭が鳴

「オーム」

って苦しくなった。また陽の位置が変則的になって難病をしたと本に書いておられる。注意が肝要である。

この肛門をしめて、下腹にウムと力を入れる動作を、二、三回おこなう。

ついで、出息呼吸に移る。

下腹に一段と力をこめ、下腹部を収縮させながら、どこまでも腹の力をもって静かに息を吐き出してゆく。ふくらんでいた下腹がしだいにしぼられ、収縮してゆ

このとき、息を吐き出しながら、それまで、上顎部につけていた舌を離し、吐き出す息に乗せるような気持で、低い声でマントラを踊する。

マントラを話しながら息を吐き出してゆく。

静かに、ゆっくりと、できるだけ細く長く吐き出してゆく。息がすっかり出てしまうと、下腹はくぼみ、腹壁が背骨にひっつくような気持ちになる。つまり、そうなるような気持ちで吐き出してゆくのである。

吐き出し終わったら、また、静かに鼻で息を吸う。吸う時は、舌を上顎につけこと、前と同じである。

吸いこんだら、前と同じ動作で吐き出してゆく。前とおなじように吐き出しながら、マントラを誦する。

この長出入息呼吸法は、一呼吸についての時間は問わない。できるだけ細く、長く、長出入息させるのである。

2、長出息呼吸法の訓練

前の、長出入息呼吸法は、出る息、入る息、ともにできるだけ長く細く呼吸するものである。できるだけ細く長く、というだけで、どれほどの時間をかけて細く長く呼吸するのか、という時間は問わない。

しかし、今度の長出息呼吸法は、時間が目ヤスになる。

だいたい、成人の呼吸は、健康な人の平静な状態で、ふつう一分間に一八回とされている。

の強短息呼吸法は、「火の呼吸」と呼び、片方の鼻孔を指で押さえて閉じ、片方の鼻孔で強く短く呼吸する。

この呼吸法に熟達すると、一分間に一回くらいにまでなれる。

練習時間は三〇分ないし一時間である。

3、反式呼吸法の訓練

ぶのである。 反式呼吸法というのは、ふつうの呼吸とまったく反対の呼吸をするので、こう呼

つまり、自然の呼吸では、息を吸いこんだとき、腹部がふくれ、息を吐いたとき、腹部がひっこむ。

る。 この反式呼吸法は、それが全く逆になる。すなわち、息を吸いこんだとき、腹をひっこめ、息を吐いたとき、ふくらませる。つまり、自然に反した呼吸法なのであ

なぜ、そういう反自然の呼吸法をするのか?

いくつもの利点があるからである。

その利点は、横隔膜を極限に近く使うところから生ずる。

ちょっと考えると、腹をふくらませながら、息を吐くなどという芸当は、とてもできないと思われるかもしれない。

しかし、それができるのである。それは、内臓の中で胸と腹腔の境目になっている横隔膜をはたらかせることによって可能となるのである。

ふだんは、意志の支配の外で、自律的に、胸や腹がポンプの役目をして空気を吸ったり吐いたりするのにまかせっきりでいるけれども、反式呼吸のように自然ではない形で呼吸をしようということになると、横談を動かすしか方法がない。

ある。 ふつうの呼吸の場合、横膜が上下に動く幅は、せいぜい四~六センチくらいで

しかし、反式呼吸にすると、なんと一〇センチ以上も動くのである。

人間の腹腔の上下の幅は、どんなに胴長の人でも、大体、三〇センチもあるかどうかというところである。その三〇センチの中で、横隔膜が一〇センチ以上も上下に動くのである。その影響は、たいへんなものである。横隔膜が下にさがれば、腹の中にある内装は圧力をうけ、上にあがった場合は、逆に大きなマイナスの

うかというところである。Ocm に動くのである。その影響は、たいへんなものでありの中にある内に非常な圧力をうけ、上にあがった場合は、逆に大きなマイガニ

圧力をうけることになる。

つまり、この呼吸法によって、腹腔内で内臓が、強い力で動かされ、刺激されるということである。

それがどんな利益をもたらすか?

それについては、またあとで、瞑想実践のところでくわしくのべることにして、 まず、読者は、以上、わたくしがのべた三つの基本呼吸法を、しっかりマスターしていただきたい。

 

 

 

増した。既成教団の一部の人たちの、危機感と嫉妬から生じたものと思われた。あるいは、わたくしの理論を理解する能力の持ち合わせがなかったのだろう。

畑動的なジャーナリズムが、わけもわからずに乗せられて、わたくしを叩いた。 わたくしを叩く記事をのせると、その雑誌が売れるからである。

近年、わたくしのあとを追うように、これらの生理系が、社会一般、そして宗教界などにも、しだいにとり上げられるようになったことは、なによりと思われる。

さきにのべたように、かつ、ここ数十年、わたくしが主張してきたように、ブッダ釈尊の修行法は、人間の生理機能を、最高度に活用したものである。

ホルモン分泌の作用について、解剖学的になにも知らなくても、その持つ力を知って、それを利用することは可能である。

脳についての生理学的な知識はなくても、心をどのように使えば、脳のどの部分にどのような影響をあたえて、どのような結果をもたらすか、経験によって、知ることはできる。

古代の聖者たちは、叡智とインスピレーションによって、それをなしとげていた

のである。そして、体系的な修行法として完成し、弟子たちにつたえた。

いま、現代人は、ホルモンについても、脳の生理機構についても、様欲な知識を持つに至った。しかし、それらを活用する方法については、古代の聖者たちの智慧にまったく及ばない。いや、無知だといったほうがいいかもしれない。 現代人は、聖者たちの完成したものを、失ってしまったのである。

あたらしいホルモンや、脳の機能がつぎつぎと発見されている。

たとえば、わたくしが、ジョイフル・ホルモンと名づけた「エンドルフィン」である。脳で生産されるモルヒネ様物質とされる。

これが発見されたのは、一九七五年である。いまからわずか二十一年前だ。それまでは、人類のだれ一人、このホルモンの存在を知るものはなかった。しかし、このホルモンを活用する方法は、千数百年も前に完成されていたのである。このことを、あなたはご存じだろうか?

エンドルフィンは、脳下垂体で生産される。この脳下垂体を刺激して、ホルモンを分泌させる技法を、古代の聖者たちは完成しているのである。

この部分を、かれらは、Ajñā-cakra とよんで、特殊な瞑想法でこの部位を刺激し、さまざまなホルモンを分泌させて、活用していたのである。

かれらは、ホルモンなどという名称は知らない。エンドルフィンも、エンケファリンも知らない。しかし、かれらは、この部位を特殊な瞑想で刺激すると、くらい憂鬱な気分や悩みが消え、心は喜びでみたされて、いかなる難関でも雄々しく立ち向かう気力が湧き起こってくることを知っていたのである。

どんこれからも、さまざまな脳内物質や生理機構が発見されるだろう。・

な驚異的発見がなされても、それを活用する術を知らなかったら、なんにもならない。知識は、活用されてこそ、力になるのである。あれこれと理くつをいっていないで、聖者たちが残してくれた道を、黙々と歩むことこそ、賢い生き方というべき

ではなかろうか。なぜならば、そこには、無限の可能性が秘められているからだ。

(注1) 桐山靖雄「変身の原理」(一九七一年 文一出版)

桐山靖雄「密教・超能力の秘密」(一九七二年 平河出版社)

脳と心の革命想——10

 

 

 

9はじめに

 

 

話と心の革命

今日の運命 Today’s Fate 今日缘分  2025年9月15日

今日の運命 Today’s Fate 今日缘分  2025年9月15日

乙巳 二黒土星 歳
乙酉 四緑木星 節
丁亥 七赤金星 日

七赤金星の日

人より協力の依頼を受けたりする日。金運、喜び事あるも調子に乗って酒色に乱れぬよう心すべき日。小利に迷わず自他喜びを共にする心掛けも大切

凌犯期間 意の日

何事も受け身で過ごしたい日

本来ならば安定した日ですが、凌犯期間の影響で吉凶が逆転し運勢は大きく下り坂になります。言い知れぬ不安や緊張がつきまとい、心がざわざわと落ち着かない日です。やらねばならないことや、急かされていることを無理に片付けようとすると、かえって悪い結果となってしまいます。六害宿の「意」の日は、決して焦らず自然体でいることが大切です。また、この日の旅行や引っ越しは極力避けるようにしてください

 

 

 

 

 

 

 

 

阿弥陀如来

命あるものすべてを救うべく誓いを立て、極楽浄土に導く

 

 

阿弥陀如来(あみだにょらい)とは?

無限の寿命を持つことから無量寿如来ともいいます。限りない光(智慧)と限りない命を持って人々を救い続けるとされており、西方極楽浄土の教主です。四十八願(しじゅうはちがん)という誓いを立て、その中には「南無阿弥陀仏」と唱えたあらゆる人々を必ず極楽浄土へ導くとあり、広く民衆から信仰されました。ちなみに他力本願も四十八願の誓いから来ており、本来は阿弥陀様にすがって極楽に行こうという意味です。

 

阿弥陀三尊として聖観音と勢至菩薩と並ぶ姿が多いです。さらに二十五菩薩を従え、雲に乗って往生者を迎えにやってくるといわれています。そのほか来迎の様子をあらわす場合もあります。

ご利益

極楽往生、現世安穏のご利益があります。また、戌・亥年生まれ守り本尊です。

阿弥陀如来(あみだにょらい)の像容

釈迦如来と同じく装飾品は一切ないです。来迎印という印は、極楽浄土に迎えに来たことを意味していますよ。この印相は施無畏・与願印に似ていますが、第1指ともう1本の指をねじるのが特徴です。

 

特殊な例としては、宝冠阿弥陀像、裸形阿弥陀像、斜めうしろを振り返る姿をしている見返り阿弥陀などがあります。

 

 

 

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水晶龍神瞑想法

 

水晶龍神瞑想法

師は静かに語り始める。
「よく聞きなさい。釈尊が説かれた成仏法には、二つの道がある。ひとつは厳格な専門教育コース《応説経》──これは修行僧向けの高度な道であり、理論も実践も極めて深い。もうひとつは、在家の者や一般の学び手のための《三供養品》、いわば生涯学習コースだ。」

弟子たちは頷いた。すでに学んでいる教えとの照応が見えてきた。
「どちらを選んでも、真剣に続ければ智慧という学位、すなわち成仏に至ることは確かである。しかし、その壁は高く、長い修行の年月が必要だと思われるだろう。」

師は一瞬、空を仰ぎ、そして微笑む。
「だが、わたしは見つけた。誰もが比較的容易に、かつ着実に霊性の扉を開く道を──それが《水晶龍神瞑想法》である。」

師の手が水晶の玉を掲げると、光が室内に満ち、淡い虹色の輝きが壁に反射する。その光の中、弟子の心に龍のうねる姿がふと映った。
「この瞑想法は、単なる呼吸法や集中法ではない。釈尊の成仏法、特に《四神足法》の真髄を体現するものだ。そして最大の特徴は──瞑想そのものが、思念の相承になっていることだ。」

弟子は眉をひそめる。
「思念の相承……それはどういう意味ですか、師よ?」

師はゆっくり頷き、深い声で答えた。
「それは、修行者の内面で龍神の力と智慧が循環することを意味する。言葉で教えるのではなく、瞑想の流れそのものが、釈尊の智慧を直接伝えるのだ。思考や理屈ではなく、体験として学ぶことができる。」

師の言葉のたびに、弟子たちは胸の奥で何かが解けるような感覚を覚えた。
「具体的には──まず呼吸を整え、心の湖を静かに澄ませる。次に龍の姿を心に描き、光を体内に巡らせるのだ。その光は、七つの覚の中心──眼、耳、鼻、舌、身、意、そして空性の眼──を通して流れ、四神足法の力を体現する。」

弟子は思わず息をのむ。
「つまり、私たちの瞑想がそのまま、智慧の授業になるのですね……」

師は優しく笑った。
「その通り。この瞑想を毎日続けるだけで、思念は自然に浄化され、智慧は自ら顕れる。これが《水晶龍神瞑想法》の核心だ。誰もが、短期間でではないにせよ、確実に霊性の扉を開くことができる。」