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法鏡の門 ― 応供の如来、炎に現る

 

法鏡の門
― 応供の如来、炎に現る ―
山の夜は、深く静まりかえっていた。
京都の北、花山の山腹。
まだ建設途中の総本殿予定地には、冬の冷たい風が吹き抜けていた。
だが、その夜だけは違った。
節分の大護摩供が、まさに最高潮に達していたからである。
護摩壇の前で、修法を司る導師は一心に真言を唱えていた。
炎は、轟々と燃え上がる。
高さは六メートルを超えていただろう。
山から吹き降ろす風速七メートルの風が、炎を左右に揺らしている。
火は生き物のようにうねり、
赤い舌を伸ばし、夜空を舐めていた。
その時だった。
導師は、ふと、胸の奥に異様な気配を感じた。
──あ……。
言葉にならない直感が走った。
炎の色が、変わった。
それまでの赤い火が、
一瞬、眩い黄金色へと変わったのである。
次の瞬間。
炎が止まった。
風は吹いている。
だが火は、微動だにしない。
まるで時間が止まったかのように。
そして――
炎は、形を作り始めた。
肩。
胸。
衣のひだ。
そして、静かな顔。
黄金の火の中に、
巨大な仏の姿が現れていた。
誰も声を出せなかった。
ただ、見ていた。
炎の高さは六メートル。
そのすべてが、如来の姿になっていた。
静かな慈悲の顔。
胸に満ちる光。
燃えているのに、
そこには不思議な静寂があった。
まるで、宇宙そのものが息を止めたかのようだった。
しかし、それは一瞬だった。
次の瞬間。
炎は崩れ、
再び普通の火に戻った。
風に揺れながら、
ごうっと音を立てて燃え上がる。
まるで何も起きなかったかのように。
だが、導師は知っていた。
「あれは……仏だ。」
胸の奥で確信していた。
修法が終わった後、
導師は道場に戻り、静かに祈った。
そして霊示を求めた。
長い沈黙の後、
心の奥に声が響いた。
それは、言葉というより、
直接、魂に刻まれる声だった。
「われは応供の如来である。
供養を受けるぞ。」
応供。
それは仏の十号の一つ。
供養を受ける資格を持ち、
その供養に応えて人々を守り導く仏。
それはすなわち――
真の仏。
導師の体は震えていた。
(この地は……)
(霊界とつながった)
(仏の聖地になったのだ)
だが、この出来事は、
ごく限られた弟子たちにしか語られなかった。
信じる者だけに伝えればよい。
そう思ったからである。
しかし数日後。
一人の修行者が、
一枚の写真を持って現れた。
「これは……霊写真ではないでしょうか。」
写真を見た瞬間、
導師は息を呑んだ。
そこには――
黄金の炎の中に立つ
巨大な如来の姿が写っていた。
まさしく、
あの瞬間の仏だった。
色も。
形も。
寸分違わない。
導師は、思わず写真を頭上に掲げた。
「如来が……現形された。」
現形。
神仏が自らの意志で姿を現し、
形として残すこと。
ただ一人が見た幻ではない。
誰でも見られる形として残る。
それが現形である。
如来は、炎の中に姿を現し、
さらに写真としてその姿を残したのだ。
しかし奇跡は、これで終わらなかった。
七年後。
さらに驚くべき出来事が起こる。
一九八六年。
スリランカの首都コロンボ。
大統領官邸において、
一つの小さな箱が差し出された。
中に入っていたのは――
白く輝く小さな粒。
それは、ただの骨ではなかった。
仏舎利。
仏陀の遺骨である。
それはインドのブッダガヤ、
大菩提寺の地下から発掘された
真正の仏舎利だった。
その一部が、
日本の一つの教団へと授与されたのである。
なぜ、その縁が生まれたのか。
誰にも分からない。
ただ一つ、
スリランカの僧たちは言った。
「あなた方は、日本で唯一、
釈尊直説の阿含経を奉持する教団だからです。」
導師は、静かに舎利を見つめた。
炎の仏。
そして仏の遺骨。
仏は、二度現れたのだ。
一度は霊体として。
そして今度は
肉体の遺物として。
導師は静かに手を合わせた。
その時、初めて確信した。
仏は、遠い過去の存在ではない。
今もなお、
供養に応え、
人々を導く力を持つ。
それが――
応供の如来。
そしてその仏を信じる心。
それが、
須陀洹へ至る門。
法鏡。
仏を見る鏡なのである。

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