龍神を呼ぶ — 二大龍王の守護 —
夜は深く、雪あかりが窓辺を淡く照らしていた。
青年は静かに座し、香を焚いた。
その正面には、ひときわ優美な尊像――
准胝観音。
八臂の御手は虚空に広がり、あらゆる願いを受けとめる慈悲のかたちを示している。
青年は、ゆっくりと合掌した。
「今こそ、龍神を呼ぶのだ。」
声は小さかった。だが、その響きは胸の奥で震え、静寂を超えてどこか遠くへと届いていく。
――龍神は、あなたの呼びかけにすぐ応える。
そう教えられてきた。
だが、開祖はこうも説いていた。
ご本尊が生きていなければ、ただの木像、画像にすぎない。
問題は、「法」が生きているかどうかである。
青年はその言葉を思い出す。
龍神を呼ぶとは、声を張り上げることではない。
奇跡を願うことでもない。
「法」を生きること。
その一点において、はじめて龍は動く。
やがて、部屋の空気が変わった。
香の煙が、まるで見えぬ風に巻き上げられるように、ゆらりと揺れる。
仏像の左右に、淡い影が立ち現れた。
一体は右。
一体は左。
それは二大龍王――
難陀龍王と
跋難陀龍王。
その姿は明確ではない。
しかし、確かに「支えている」。
準胝観音の座を、左右から大いなる力で支え、守り、揺るがぬものとしている。
青年の胸が熱くなる。
だがその瞬間、内なる声が問いかける。
――おまえの中に、「法」は生きているか。
青年は目を閉じた。
欲望。
恐れ。
名誉への執着。
他者を裁く心。
それらが胸の奥に渦巻いているのを、彼は正直に見つめた。
「龍神よ、守護を。」
そう願う前に、彼は静かに誓った。
「私は、法を生きる。」
そのときだった。
像が光ったのではない。
空が裂けたのでもない。
ただ、心の奥で、何かが「定まった」。
揺れていた中心が、ぴたりと止まった。
すると、二体の龍王の気配が、すっと背後に立った。
守る、というよりも、
共にある、という感覚。
奇跡とは、外から降る光ではない。
内なる法が動き出すとき、
それに呼応して、世界が応えること。
開祖の言葉が、今、理解できた。
本尊とその法とは、表裏一体である。
ご本尊が生きるとは、
法が躍動すること。
法が躍動するとは、
己がそれを生きること。
青年は再び合掌した。
もはや龍神を「呼ぶ」必要はなかった。
すでに、そこにいる。
雪は静かに降り続いている。
だがその夜、見えぬ空に、
確かに龍は舞っていた。
そして青年は知る。
守護とは――
奇跡とは――
いま、この瞬間、
法を生きる決意から始まるのだ。 🐉




