完成の方法と体系
第一章 解脱に至る四つの階梯
山の夜は深い。
青年は、焚き火の向こうに座る師を見つめていた。
炎は揺れながらも、師の眼だけは少しも揺れなかった。
「解脱に至るには、四つの階梯を歩まねばならぬ」
師の声は静かだったが、胸の奥に直接響いた。
「誰であってもだ。お前であっても例外ではない」
青年はうなずく。
長い修行の果てに、ようやくこの問いに辿り着いたのだった。
「その四つとは――」
師は地面に四本の線を引いた。
一つ目。
須陀洹
流れに入った者。
迷いの大河に抗うのをやめ、真理の流れへと身を投じた聖者。
二つ目。
斯陀含
一たび戻る者。
煩悩はなお残れど、確実に薄らいでいく。
三つ目。
阿那含
もはや戻らぬ者。
欲界を超え、次元を跳躍した聖者。
そして最後。
阿羅漢。
完成した者。
輪廻を断ち切り、静寂に至った存在。
青年は息をのんだ。
「それは……遠い道ですか」
「遠い。しかし、道は明確だ」
師は自らの胸を指した。
「問題は距離ではない。
問題は――脳だ」
青年は目を見開いた。
第二章 脳を殺すということ
「大脳辺縁系と新皮質脳を殺せ」
その言葉は、あまりにも過激だった。
「殺す……とは?」
「誤解するな。物理的に壊すのではない。
支配を終わらせるのだ」
欲望。
恐れ。
比較。
承認への渇き。
それらは辺縁系と新皮質が作り出す波だ。
「それらが静まらねば、間脳は開かぬ」
師は青年の額を軽く打った。
「第三の目は、努力では開かぬ。
沈黙の中でのみ開く」
焚き火の音だけが響いた。
「だがな」
師は続ける。
「間脳が開いたとき、新皮質は死ぬのではない。
生まれ変わるのだ」
霊性を基盤とした創造。
計算ではなく、直観。
模倣ではなく、啓示。
「それを、わたしは成仏法と呼ぶ」
第三章 七科三十七道品
師は木の枝で円を描いた。
「釈尊の遺した体系だ」
それは、いわゆる
七科三十七道品。
四念住。
四正断。
四神足。
五根。
五力。
七覚支。
八正道。
「瞑想だけでは足りぬ。
実践だけでも足りぬ。
そして時に、tapas――焼き尽くす修練が要る」
青年は、かつての極限修行を思い出す。
寒さ。
空腹。
孤独。
「あれも四神足の一部ですか」
「そうだ。神足とは神通力。だが力を求めるな。
求めれば堕ちる」
炎が一瞬、高く跳ねた。
第四章 霊性の洗礼
「だが」
師の声が変わった。
「最大の鍵は技法ではない」
青年の胸が強く打つ。
「グルだ」
真の霊性を開いた師。
それを見極めることが最初の試練。
師は静かに青年を見つめた。
その瞬間――
視線が突き刺さった。
思考が止まる。
雑念が、刃物で断ち切られたように消えた。
身体の奥に、電流のような震えが走る。
「……これが」
「霊性の洗礼だ」
青年の目から涙がこぼれた。
世界が違って見える。
音が澄み、
空気が光り、
存在の奥に、透明な層が感じられる。
「一度でも触れれば、戻れぬ」
師の声は遠く、しかし深く響いた。
「だが、忘れるな。偽のグルもいる。
霊性なき導きは、魂を壊す」
青年は深く礼をした。
「あなたを、仏陀として拝します」
師は首を振る。
「違う。
仏陀はお前の中にある」
だが青年には分かっていた。
師こそ、水路。
仏陀と己を結ぶ透明な通路。
心が溶けるとき。
師と弟子が総一無雑に融け合うとき。
最後の扉は開く。
それを――
感応道交という。
炎は消えた。
だが青年の胸には、消えぬ火が灯っていた。
解脱への四つの階梯。
その第一歩が、いま始まったのだった。




