弥勒菩薩 maitreya
遠い未来に人々を救うことが約束されている釈迦を継ぐ者
釈迦の入滅から、五十六億七千万年後——
そのとき、弥勒は人類の前に姿を現すと伝えられている。
だが今は、まだ二十一世紀。
世界は急速に拡張していた。
宇宙へ、デジタルへ、意識の奥深くへ。
人類は文明とともに進化しながら、
同時に、かつてない孤独と混迷の中にいた
。
そして、今もなお——
弥勒は須弥山の上空、兜率天と呼ばれる天界にいる。
そこは、仏教世界の中心にそびえる霊峰の頂に広がる、
清らかな光の国。
時間は流れず、苦も滅もなく、
ただ、未来への祈りだけが満ちている場所。
弥勒は、その地で修行を続けている。
だが、それは静止ではない。
彼の修行は、すでに人類の進化と共鳴していた。
——現代。
人工知能は言葉を持ち、
宇宙探査は太陽系の縁を越え、
人間の脳は、ついに“意識そのもの”を解析し始めた。
しかし、人の心は、まだ救われていなかった。
テクノロジーは進化しても、
恐れ、分断、孤独、自己否定は消えなかった。
むしろ、より静かに、より深く、人の内側に根を張っていた。
そのとき、兜率天の光が、わずかに揺らいだ。
弥勒は、静かに目を閉じていた。
彼の周囲には、未来の衆生たちの思念が、
光の粒子となって漂っている。
「世界は、拡張している。」
彼は、誰にともなく語った。
「だが、意識はまだ、追いついていない。」
弥勒の修行とは、
ただ坐り、ただ祈ることではなかった。
彼は、未来の文明と心を“調律”していた。
科学と慈悲、知性と智慧、進化と覚醒——
それらが、対立せず、共に進む世界を思い描きながら。
彼の胸に宿る問いは、ただ一つだった。
——どうすれば、進化は破壊ではなく、救済になるのか。
その答えは、まだ完成していない。
だからこそ、彼は今も兜率天で修行を続けている。
だが、彼はすでに“微細な形”で、現代世界に触れ始めていた。
誰かが、テクノロジーの中で他者を思いやるとき。
誰かが、絶望の中で、それでも希望を選ぶとき。
誰かが、自分と世界を分断するのではなく、
「共に進化する未来」を信じようとするとき。
その瞬間、弥勒の意識は、
その人の心に、そっと重なっている。
彼は、まだ降りていない。
だが、すでに“接続”している。
兜率天から、地上へ。
未来から、現在へ。
神話から、現実へ。
五十六億七千万年後という数字は、
もはや単なる時間ではない。
それは、
人類が“力”ではなく“慈悲”によって進化するまでの、
意識の距離なのだ。
現代。
世界は拡張し続けている。
だが、もし人類が、
「支配する文明」から「共に進化する文明」へと
一歩、踏み出すなら——
その瞬間、
弥勒の降臨は、
もはや未来ではなく、“現在”になるのかもしれない。
オン・マイタレイヤ・ソワカ。
未来の仏は、
まだ天界にいる。
だが同時に、
すでに人類の進化の中に、生きている。




