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仏陀の超能力 ――サヘト・マヘトヘ――

 

 

仏陀の超能力
――サヘト・マヘトヘ――
スラバスティの町外れ、サヘト・マヘトの森は、いつしか人のざわめきを宿す場所となっていた。
長者スダッタ――須達多と呼ばれる男が、財を惜しむことなく投じ、この地に精舎を建立したからである。
その噂は、風よりも早く四方へと広がった。
「釈迦牟尼仏が来ている」
「悟りを開いた者が、ここで教えを説いている」
人々は集まり、教えを乞い、静かに座した。
だが、光が強まるほど、影もまた濃くなる。
この地には、古くから多くの外道――ジャイナ教をはじめとする諸教団の寺院があった。
彼らの指導者たちは、日に日に増す仏陀の名声を、苦々しく眺めていた。
「口が巧みなだけの山師だ」
「理屈を並べるだけで、神通力の一つも見せぬ」
当時のインドにおいて、宗教指導者とは、神通をもって人を驚かせ、屈服させる存在であるべきだった。
しかし仏陀は、この地に来てから一度も、その力を誇示しなかった。
それが、彼らには「持たぬ証」と映った。
高弟たちは知っていた。
仏陀が、大神通力の持ち主であることを。
それでも師は、ただ静かに首を振られるばかりだった。
「それは、人を導くためのものではない」
やがて外道の指導者たちは、長者や有力者を動かし、スダッタに迫った。
――神通力の試合を。
――負けた者が、この地を去る。
逃げ場はなかった。
スダッタは、苦悩の末に仏陀の前に膝をついた。
もしかすると、彼自身の胸にも、見たいという想いが芽生えていたのかもしれない。
仏陀は、しばし沈黙されたのち、静かにうなずかれた。
その日、庭園は人で埋め尽くされた。
外道の指導者たちは、これ見よがしに神通を競った。
空を舞い、火を操り、水を裂く。
歓声とどよめきが交錯するなか――
最後に、仏陀が姿を現された。
三層の高楼、その露台であった。
群衆は息を呑んだ。
何が起こるのか、誰にもわからない。
仏陀は、ゆっくりと露台の手すりへ歩み寄られた。
そして――
ためらいもなく、それを越え、空へと足を踏み出された。
「――落ちる!」
誰かが叫ぶより早く、仏陀の身体は、ふわりと宙にとどまった。
そのまま、羽のように軽やかに浮かび、群衆の頭上を越えてゆく。
庭園の中央、清らかな水を湛えた池。
仏陀は、その水面に、静かに立たれた。
風が渡り、小さな波紋が広がる。
だが、その足元は沈まない。
次の瞬間――
仏陀の上半身は、炎となって燃え上がった。
赤く、白く、天に届く火。
同時に、下半身は澄みきった水と化し、宝玉のように光を放った。
火と水。
相反するものが、ひとつの身に宿る。
その光景を前に、誰ひとり言葉を失った。
外道の指導者も、長者も、群衆も、ただ大地に伏し、頭を上げることができなかった。
神通力は、誇るためのものではなかった。
それは、沈黙の中で、人の心を砕き、開くためのものであった。
仏陀は、なおも水の上に立ち、静かに、すべてを見渡しておられた。
――その眼差しは、火よりも熱く、
――水よりも深かった。

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