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師の語り ― 縁起・空・如来蔵

師の語り ― 縁起・空・如来蔵

 蝋燭の火が静かに揺れ、師は深く瞑目して語りはじめた。

「弟子よ、よく聞け。
人間の存在は、カルマの網に繋縛されている。このカルマとは、ただの個別的な因果ではなく、宇宙全体に遍満する縁起の力である。すべての事象は縁によって起こり、縁によって滅する。その相依相関の力が、汝をこの世界に立たせている。したがって『私』と呼ばれるものも、実体としては存在しない。

 これを“空”と名づける。
空とは、何も無いということではない。縁起に依って存在するがゆえに、固定した自性をもたぬということだ。空を知らぬ者は、自己を実体視し、カルマに縛られる。だが、空を観ずる者は、因果の重力から解き放たれる。すなわち、カルマの超越である。

 では、その空を知った者は虚無へと沈むのか。否。
空を悟るとき、そこに顕れるのは“如来蔵”である。
如来蔵とは、衆生一人ひとりに内在する覚醒の光であり、真如の種子だ。縁起の網を透徹し、空の真実を悟ったとき、はじめて如来蔵が自ずと顕れる。汝の間脳に眠る光は、この如来蔵の映しにほかならぬ。

 ゆえに、修行とは単なる瞑想にあらず。瞑想は方便にすぎぬ。真の目的は、間脳を覚醒させ、如来蔵の光を顕すことである。そのとき、汝の波動は変わり、カルマの規制を超え、涅槃の境地へと入るのだ。

 縁起を知り、空を悟り、如来蔵を顕す。
この三位は不可分である。縁起を知らねば空に至らず、空を悟らねば如来蔵は光を放たぬ。これが霊性完成の体系であり、成仏の道である」

 師の語りは、夜の静寂に染み入るように広がっていった。
弟子は深く頭を垂れ、その言葉のひとつひとつを心に刻み込んだ。

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