自分の中で自分を動かす自分でない自分
人間はひとつの顔で立っているように見える。けれど、その奥にはいくつもの影が寄り添い、折り重なっている。ひとりの中に幾人もの「わたし」がいるのだ。
あるとき、それは「夢の旅人」として現れる。眠りの深みに降りるとき、旅人は言葉を持たぬまま歩き出し、わたしの知らぬ景色を彷徨う。そして目覚めたとき、わたしの胸に不可解な余韻だけを残す。
またあるとき、それは「声なき同居者」としてわたしを見つめる。怒りに駆られて口を開いたとき、その声はほんとうにわたし自身のものだったのか。愛に震える指が差し伸べられるとき、それを導いたのは誰だったのか。同居者は沈黙しながら、しかし確かにわたしを操っている。
哲学はそれを「無意識」と呼び、心理学は「下部意識」と名づけた。けれど、名を変えても実相はひとつ。――わたしの中には、わたしであってわたしでない者が住んでいる。影のように寄り添い、ときに友となり、ときに敵となり、わたしの行いを左右する。
人間の生とは、己の中の「影」との果てなき対話にほかならぬ。光があるかぎり、影は消えぬ。われわれはその影を追い払いながら、しかもその影に導かれつつ、一歩一歩、人生という道を歩いてゆくのである。
ひとは
ひとつの顔をして
いくつもの影を抱く
夢の旅人は
夜の奥で歩き
知らぬ景色を残す
声なき同居者は
怒りを語り
愛を震わせる
――だがそれは誰なのか
影は
わたしであり
わたしでは
光があれば
影は消え
影があれば
わたしは揺らぐ
わたしは
影と共に
ひとつの生を
紡いでゆく




