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七覚支編

七覚支編

序章 闇より囁く声

漣 真輝は、かつて恐れていた。
失敗すること、認められないこと、人を傷つけること――そのすべてが、彼の心を締めつけていた。

だが今、彼の内には確かなものがあった。
信。精進。念。定。そして慧。
五つの力は、もはや教えの言葉でも理想の光でもなく、日々の現実の中で静かに息づく灯火となっていた。

介護施設の朝は早い。
真輝は、まだ薄暗い廊下を歩きながら、柚季の言葉を思い出していた。
「あんたが信じた道なら、歩けばいいじゃん。誰にどう言われたって」

その言葉が、彼の心に「信」の種を蒔いた。
そして、重ねてきた実践の一歩一歩が、「精進」の花を咲かせた。

彼は確かに進んでいる。
その歩みは、次なる修行――七覚支へと続いていた。

だが、気づかぬうちに、彼の歩みを見つめるものがいた。
闇の深く、形なき想念がひそかにうごめいていた。

それは声だった。
耳元で囁くような声。
目には見えず、手にも触れず、ただ問いとして心に沈み込む声。

――その覚りは本物か?
――お前の精進は、誰のためのものか?
――お前の“慧”は、ただの思い込みではないのか?

それは、愛する者の声を模し、過去の記憶を装い、あるいは理知の仮面をかぶって語りかけてくる。
囁きはやがて、疑念となって心に根を張り始めた。

真輝は気づかぬうちに、新たな影を内に抱いていた。
静かに、しかし確かに、それは「念」を曇らせ、「定」を揺るがし、「慧」を濁らせていく。

だが、これこそが――
七覚支の修行を歩む者にとって、最初の関門であった。

心を見つめ、影と向き合うときが来たのだ。

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