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三重の釈迦 ―霊塔に宿るいのち―』

 

 

『三重の釈迦 ―霊塔に宿るいのち―』第一章:旅のはじまり

大陸の西の果て、古都マガダにほど近い小さな村。そこに一人の青年、サンジャイが暮らしていた。村人たちは口々に彼を「奇妙な若者」と噂した。なぜなら、彼は毎晩、夢の中で“金色の仏”と語り合うというのだ。

ある朝、村の広場に旅の僧が現れた。白髪に長い眉、穏やかな声の老僧――その名はラーマ尊者。

「おぬし……仏の声を聞く耳を持つかもしれぬ」

ラーマはサンジャイを一目見るなり、そう言った。

その言葉をきっかけに、二人は聖地ラージギルへの巡礼の旅に出る。旅の道中、二人は様々な人々と出会う。霊塔を守る老女マールティ、密教の曼荼羅師カヴィ、仏舎利を盗もうとする盗賊団――その頭目であり、過去に仏弟子だった男、アーナンダル。

それぞれが「三重の釈迦」の意味に触れ、己の生き方を問われていく。

たとえば次の章では、マールティが語る仏舎利信仰の霊験のエピソードや、カヴィによる曼荼羅制作の秘儀が描かれます。また、盗賊アーナンダルがなぜ仏教を捨て、仏舎利を狙うようになったのか――その過去も、物語の鍵となるでしょう。

 

第二章:老女マールティと灯明の夜

山間の道を登りきったところに、小さな霊塔があった。崩れかけた石造りの祠の中に、それでも静かに、確かな存在として仏舎利が祀られている。

「よく来てくれました……」

迎えに出たのは、白髪を束ねた老女だった。マールティ――この地で代々、仏舎利を守り続けてきた家系の最後の者だという。

「シャカの御骨は、ただの遺灰ではないのですよ」

サンジャイが塔を見上げていると、マールティは静かに語りはじめた。

「わたしがまだ娘だった頃、この村にひどい疫病が流行りました。人々は次々と倒れ、祈っても薬を求めても手立てはなかった……」

彼女の声は、記憶の深みに沈み込むように低くなる。

「そのとき、わたしの祖母は、この塔の扉をひらき、仏舎利の前に香を焚いて祈ったのです。『どうか、民をお救いください』と」

サンジャイは息を呑んだ。

「その夜でした。疫病で眠ることもできなかった村人たちが、一人また一人と深く眠りにつき、翌朝、熱がすうっと引いていたのです。まるで、慈悲の手がひとりひとりに触れていったようでした」

ラーマ尊者がうなずく。

「仏舎利は、単なる骨ではない。それは“仏そのもの”であり、“生きた慈悲”なのです」

マールティの目が、炎のように静かに光った。

「だから、わたしはここを離れません。この仏舎利が、いつかまたこの地に仏法の光を灯す、その日まで」

その夜、霊塔の前で、三人は灯明を捧げた。風に揺れる炎の中、サンジャイは感じていた。目に見えぬ何かが、自分たちを包んでいると――それは、まぎれもない“生きたシャカの気配”だった。

 

第三章:曼荼羅師カヴィと護法の図

山道をさらに奥へと進んだ一行がたどり着いたのは、鬱蒼とした森に包まれた小さな庵だった。苔むした石段の先に、竹で組まれた門があり、その向こうからは不思議な香の気配が流れてくる。

「ここが……カヴィの庵か」

ラーマ尊者の言葉に、サンジャイは静かに頷いた。

庵の戸を開けたのは、墨衣をまとった長身の男。深く刻まれた眉間と、鋭いまなざし。その人物こそ、密教曼荼羅師カヴィであった。

「仏舎利の加護を求めに来たか。だが、護られるべきは仏ではない。護られるべきは――おぬしたちの心だ」

そう言ってカヴィは、一同を庵の奥へと導いた。

そこには、巨大な布に描かれた曼荼羅の下絵があった。円の中心には大日如来、その周囲に金剛手、観音、地蔵、そして忿怒の明王たちが配され、緻密に構成された“宇宙の地図”だった。

「これは……ただの絵ではない」

サンジャイが思わず声を漏らすと、カヴィは微笑を浮かべた。

「曼荼羅とは、目に見えぬ“仏界の結界”を、この世に顕現させる鍵。私はこれを、護法の図として結ぶ」

その夜、カヴィは香を焚き、金粉を散らしながら、仏舎利を護るための結界曼荼羅を描きはじめた。

筆先から流れるように現れる線。それはまるで、無数の仏たちがこの地に舞い降りる通路を紡ぎ出すかのようだった。光と影がゆらぎ、曼荼羅の中心にある大日如来の目が、ほんの一瞬、確かに開いたようにサンジャイには見えた。

「この曼荼羅が完成すれば、邪なる者は塔に触れることすらできぬ。だが……」

カヴィの声は、わずかに翳った。

「相手がかつて仏門にいた者ならば――この結界すら、心の迷いによって破られるかもしれぬ」

そのとき、庵の外に、風がざわりと吹いた。森の奥、何かが忍び寄ってくる気配――それは、仏舎利を狙う者の影だった。

 

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