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優婆塞十六法

 

現代語訳

か?」 「世尊よ。いくつの法を成就する優要塞が、自分を安んじ他を安んずる優婆塞なのでしょう

マハーナーマは仏さまに申し上げました。

「優婆塞の十六法を成就する者が、自分を安んじ他を安んずる優婆塞です。では、十六法とはどのようなものでしょうか?

マハーナーマよ。自分自身が正しい信を持つと共に、他者にもそれを確立させる。自分が浄戒を保つと共に、他者にも浄成を確立させる。自分が布施を行うと共に、他者にも布施行を教える。 自分が塔寺に参詣してもろもろの沙門に見えると共に、他者にも塔寺への参詣と沙門に見えるこどを教える。自分が沙門の説法をひたすら拝聴すると共に、他者にも説法を拝聴することを教える。自分が法を受持すると共に、他者に受持することを教える。自分が仏法の深義を観察すると共に、他者に仏法の深義を観察することを教える。自分が仏法の深義を知って法に近づき法を追求すると共に、他者に仏法の深義を理解させて、また法に近づき法を追求する修行を行わせる。

マハーナーマよ、このように十六法を成就する者は、自分を安んじ慰めて他人を安んじ慰める

優要塞というのです。

マハーナーマよ、この十六法を成就する優婆塞のもとには、あのもろもろの大衆がすべて参詣するようになります。その大衆とはいわゆるバラモンたち、クシャトリアたち、長者たち、沙門たちであり、それらの人々の中においても十六法を成就する優婆塞の威徳は大いに輝きます。ちょうど太陽の光明が日の出から日没まで大いに輝き続けるのと同じように、優婆塞の十六法を成就する者の威途は大いに輝き続けるのです。

と。 マハーナーマよ、このように優婆塞の十六法を成就する者は、世間に

態なのです。 たとえば、瞑想や坐禅によって安心が得られるという方がおりますが、瞑想や坐禅をやっていろ時は迷いが消えても、因縁がそのままになっているならば、瞑想の定が解けた時にまた苦しみが襲ってきます。ですから、真に安らかな状態というのは、すべての因縁を解脱し、成仏した状

ょうか?」 そのように考えていきますと、「優婆塞は幾の法を成就し自ら安じ他を安んずるや」とは、 「優婆塞はいくつの法を成就すれば、自分を成仏させ、他の者を成仏させることができるのでし

マハーナーマはこの仏さまの説法を拝聴して大いに喜び、また仏の教法を讚歎したのちに座を立って礼を行い、その場を去りました。

お釈迦さまのお答えを聞いた後で、マハーナーマは「世尊よ、優婆塞は幾の法を成就し自ら安じ他を安んずるや」と質問をしました。

ここに、安んじという言葉が出てまいりますが、これは、単に心が安らかになる、ということではなく、成仏するという意味です。なぜならば、すべての因縁を解脱しなければ、完全に安らかになることはできないからです。因縁を切って初めて、本当の安心が得られるわけです。 あんじん

という意味になります。

吉し優婆塞十六法を成就する者は、是れ優婆塞自ら安んじ他を

と。 マハーナーマよ、このように優婆塞の十六法を成就する者は、世間に

態なのです。 たとえば、瞑想や坐禅によって安心が得られるという方がおりますが、瞑想や坐禅をやっていろ時は迷いが消えても、因縁がそのままになっているならば、瞑想の定が解けた時にまた苦しみが襲ってきます。ですから、真に安らかな状態というのは、すべての因縁を解脱し、成仏した状

ょうか?」 そのように考えていきますと、「優婆塞は幾の法を成就し自ら安じ他を安んずるや」とは、 「優婆塞はいくつの法を成就すれば、自分を成仏させ、他の者を成仏させることができるのでし

マハーナーマはこの仏さまの説法を拝聴して大いに喜び、また仏の教法を讚歎したのちに座を立って礼を行い、その場を去りました。

お釈迦さまのお答えを聞いた後で、マハーナーマは「世尊よ、優婆塞は幾の法を成就し自ら安じ他を安んずるや」と質問をしました。

ここに、安んじという言葉が出てまいりますが、これは、単に心が安らかになる、ということではなく、成仏するという意味です。なぜならば、すべての因縁を解脱しなければ、完全に安らかになることはできないからです。因縁を切って初めて、本当の安心が得られるわけです。 あんじん

という意味になります。

吉し優婆塞十六法を成就する者は、是れ優婆塞自ら安んじ他を

 

正信を広める

するに、すぐに、他の者にも勧めることが十六法であり。こなどによって、自分も人成仏すせることができる、と説かれているわけで

次、というわけです。

のこの分は。 アリのある小真ではない」

だけを良いていたならば、やはり「阿含経」は小乗経真といなぜならば、法とは自分だけの修行だからです。八法で他人のことを考えでいるのはくらいのもので、他は自分の悟りのことだけを考えています。

をして自分がを得るのですから、他の人に布施を勧め、その人演ぐようにしてあげるのと比較すれば、やはり、利他の行というよりは自利の行に近くな

だからこそさまはだけではなく十六法を説かれました。他利益し、成仏に向かわせることを強調されたのです。このことから。おさまの方法もそれをまとめた「阿含経」

わかしおさまがこの十六法をお説きになっていらっしゃるから立意しました。もしもへ法しかかれていなければ、阿含宗という教団はません、自分だければいい、自分だけ成仏すればいい、という仏教を立ててもしかたがないからです。

ところが、おさまは自他共に成仏させる十六法を説いていらっしゃいます。だからこそ、 わたくしは困難な道ではありますが、阿含宗立京に踏み切りました。これは、大切なことですかと、しっかりと覚えておいていただきたい。

 

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