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ポスト・コロナの世界経済はこうなる

新型コロナウイルスのパンデミックは、世界経済の麻痺をもたらした ILLUSTRATION BY IRINA SHIBANOVA/ISTOCK

<未知のウイルスとの戦いが続くなかで、雇用や企業活動は元に戻るのか、従来型の金融・財政措置で未曽有の不況は回避できるのか>

グローバル化と経済自立、そのバランスが焦点に
■ジョセフ・スティグリッツ(ノーベル賞経済学者)

多くの経済学者は、政府が自国の食料安全保障やエネルギー安全保障政策を担保するべきだという考えを嘲笑してきた。グローバル化の時代に国境は意味を持たない。自国の食料事情やエネルギー事情に不足があるなら、国外から調達すればいいというのだ。

だが今、多くの国がマスクや医療物資の確保に血眼になり、外国への供給を禁止するなか、にわかに国境が大きな意味を持つようになった。コロナ危機は、政治や経済の基本的な単位は、依然として国家であることを強烈に思い起こさせてくれた。

これまで私たちは、最安値でモノやサービスを供給してくれる業者を世界中から探し出し、一見非常に効率的なサプライチェーンを構築してきた。だが、そのシステムは弾力性や多様性に欠け、想定外の混乱に弱いものだった。

2008年の金融危機で、私たちは弾力性がいかに重要かを学んだはずだった。複雑に絡み合った金融システムは、小さな衝撃は吸収できても、実のところひどく脆弱で、政府の大規模な救済がなければ、崩壊していただろう。その教訓は明らかに忘れられていた。

パンデミック後の経済システムは、より長期的な視野と弾力性に富むものになるだろう。各国は経済のグローバル化を図ると同時に、一定の経済的自立を維持するために、バランスの取れた政策が求められるようになるだろう。

戦争のような意識が大変革を可能にする
■ロバート・シラー(エール大学教授)

歴史を振り返ると、物事を根本から覆す事件が時々起こるものだ。戦争がその役割を果たすことも多い。コロナ危機は、まさに戦争のような緊急事態の意識をもたらし、これまで不可能だった変革を一気に進める可能性がある。

ウイルスという共通の敵は、国内だけでなく世界の結束も促している。先進国の住民は、同じ病に苦しむ貧困国の住民に、これまでにない共感を覚える。また、ビデオ会議を通じて、世界各地に点在する人が1カ所に集まっている。しかもそうした集まりが、現在無数に開かれている。

このパンデミックは、新しい政治的・社会的枠組みを生み出す可能性もある。ここ数年、社会保障政策としてベーシックインカムの導入が話題になってきたが、本格的な議論は進んでこなかった。ところがコロナ危機で、多くの国は仕事を失った人に一律の緊急支援金を給付しようとしている。これは平時のベーシックインカムの呼び水になるかもしれない。

アメリカの場合、このパンデミックを機に、より国民皆保険に似た医療保険制度の整備が進む可能性もある。

新型コロナとの戦争では、人間はみな同じ陣営の味方だ。そこでは戦いの責任を分担するための、新しい国際機構が生まれるかもしれない。いずれこの戦争は終わっても、この新しい機構は残るだろう。

「内向き化」をあおる政治家に注意せよ
■ギータ・ゴピナート(IMFチーフエコノミスト)

世界はわずか数週間で、多くの悲劇的な死、グローバルなサプライチェーンの麻痺、同盟国間の医療物資の奪い合い、そして大恐慌以来の不況の兆候といった、劇的な出来事を経験してきた。

そこで露呈したことの1つが国境開放、つまりヒトとモノの自由な往来のリスクだ。

今回のパンデミックを機に、グローバル化のコストと恩恵を見直すべきだという声は一段と強まるだろう。グローバルなサプライチェーンの一員だった企業は、その内在的リスクと、破綻したときの莫大な損失を目の当たりにして、よりローカルで頑丈なシステムの構築に励むはずだ。

新興国は市場開放と共に資本の流れを自由化してきたが、世界経済の停滞が自国に及ぶことを防ぐために、資本管理を復活させるかもしれない。

たとえ危機が下火になっても、人々や企業は自らのリスクを見直し、国際的な移動を控えるようになるだろう。だが本当に危険なのは、人々や企業の有機的かつ論理的な行動の変化を、一部の政治家があおろうとすることだ。

彼らは国境開放は危険だと説き、経済的自立の名の下に保護貿易を推進し、公衆衛生をかたり人々の動きを制限するかもしれない。世界のリーダーは、こうした事態を防ぎ、国際的な結束の精神を守らなくてはならない。

グローバル化の棺に釘が打ち込まれる
■カーメン・ラインハート(ハーバード大学教授)

経済のグローバル化は第1次大戦以前にある程度進んでいた。戦争と1930年代初めの世界恐慌がそれを葬り去った。世界の国々の4割超がデフォルト(債務不履行)に陥り、その多くが1950年代まで(あるいは、それ以降も長い間)、グローバルな資本市場に参入できなくなったことがその大きな要因だ。

第2次大戦が終わる頃には米ドルを基軸通貨とするブレトンウッズ体制が成立する一方で、多くの国の中央銀行が人為的に金利を抑える「金融抑圧政策」を取り始め、国境を越えたモノとカネの移動は大幅に制限された。

現代のグローバル化は2008年の金融危機で大打撃を受け、その後もEUの債務危機、イギリスのEU離脱、米中貿易戦争、さらにはポピュリズムの台頭に脅かされてきた。

コロナ危機は先進国・途上国の別なく、世界経済に壊滅的打撃を与えた。これは1930年代の大恐慌以来の事態で、長期にわたって深刻な景気後退が続く可能性がある。大恐慌時のようにデフォルトに陥る国も次々に出てくるだろう。

感染封じ込めができても(それにも時間がかかるだろうが)、グローバルなサプライチェーンや外国旅行の安全性への懸念は残り、各国とも危機に備えて生活必需品の自給率を高めようとするだろう。

コロナ後の国際金融の枠組みがブレトンウッズ体制まで逆戻りすることはないにせよ、グローバル化の大幅な後退は避けられそうにない。

コロナ前の病弊がさらに悪化する
■アダム・ポーゼン(ピーターソン国際経済研究所所長)

コロナ危機は以前からあった世界経済の4つの症状をさらに悪化させるだろう。大手術をすれば治癒できるが、さもなければ慢性化し、経済の息の根を止めかねない。

1つは生産性の伸び悩みや長引くデフレ状態による長期停滞だ。パンデミック後に人々がリスクを避けて貯蓄にいそしむと、内需が冷え込みイノベーションは抑えられて、この症状は悪化する。

2つ目は、富める国と貧しい国の危機対応力の格差。これもコロナ後にさらに広がる。

3つ目は、基軸通貨としての米ドルへの過剰な依存。コロナ危機で市場はリスク回避のためにドル買いに走り、自国通貨建ての取引を増やしたい国はいら立ちを募らせた。

最後に、経済ナショナリズムの高まりがある。貿易・金融取引を全て断ち切る「閉鎖経済」は不可能でも、コロナ後に各国が鎖国的な政策を取れば、1つ目と2つ目の症状が悪化し、3つ目の要因から金融の覇権争いも激化する。

協調行動を取りやすい中銀の役割が増す
■エスワール・プラサド(コーネル大学教授)

コロナ禍で世界経済が大打撃を受けるなか、頼りになる助っ人が辣腕を振るっている。各国の中央銀行だ。金融政策の鉄則をかなぐり捨て、「禁じ手」の使用もいとわない。

FRB(米連邦準備理事会)は金融市場の安定化を目指し、大規模な債券購入によって流動性を供給。ECB(欧州中央銀行)も債券購入の制限を事実上撤廃した。イングランド銀行は、政府がコロナ対策で資金不足に陥った場合、直接的に融資を行える枠組みを作った。

政府の財政政策は、政治的な調整に時間がかかる上、最も必要な部門に確実に資金を注入できるとは限らない。

かつては保守的な「通貨の番人」だった中銀も、2008年以降は迅速かつ大胆、創造的な手法で経済を救うようになった。各国政府は足並みがそろいにくいが、協調行動を取りやすいのが中銀の強みだ。

今も、そして今後も長期にわたり、中銀が経済と金融の総崩れを防ぐ最前線の、そして最も強力な要塞となるだろう。とはいえ中銀が新たに背負うことになったこの重大な任務と、それに伴う非現実的な期待にどこまで耐えられるかは誰にも予想できない。
リスク回避すれば景気停滞は悪化する
■アダム・トゥーズ(コロンビア大学歴史学教授)

ロックダウン(都市封鎖)開始直後、世界は新型コロナ危機を第1次大戦や世界恐慌、太平洋戦争などになぞらえた。それが一段落して際立ってきたのは今回の危機の新奇さだ。コロナ危機特有の全く新しい何か、それが恐ろしい。

この危機の経済的影響は予測し難い。多くの国がかつてない深刻かつ強烈な打撃を受けている。ネットショップとの熾烈な競争に直面している小売業などでは一時的なロックダウンが致命的になりかねない。多くの店が営業を再開せず、その分の雇用は永久に失われるだろう。何千万人、何億人もの労働者や小規模経営者とその家族が悲惨な状況に置かれている。ロックダウンが長引けば、経済的打撃は深刻化し、景気回復は遅れる。

経済と金融に関する「常識」が根底から揺さぶられている。2008年の金融危機以降、極度の不確実性を認める必要性が盛んに論じられてきた。その極度の不確実性を私たちは今まさに目の当たりにしている。

第2次大戦以来最大の協調的な金融対策が講じられてはいるが、第1弾だけでは明らかに不十分だ。各国の中央銀行は確かに前例のない離れ業に踏み切っている。だが累積債務に対処するには、インフレや組織的な公的債務のデフォルトといった荒療治もあることを歴史は示唆している。

企業や家庭が経済的リスクを回避し無難な道を選べば、景気停滞を悪化させることになる。累積債務対策として緊縮に走れば問題は深刻化するだろう。行動力と明確なビジョンを持つ政権による危機打開策を求めるのはもっともだ。だが打開策がどのような形を取るか、主導権を握るのはどんな政治的勢力かが重要なのは言うまでもない。

失われた雇用の多くは二度と戻らない
■ローラ・タイソン(カリフォルニア大学バークレー校ハース・ビジネススクール教授)

今回のパンデミックとその後の景気回復は、仕事のデジタル化とオートメーション化を加速させるはずだ。この傾向は過去20年、中程度のスキルの仕事を侵食する一方、高スキルの仕事を増加させ、平均賃金の停滞と所得格差の拡大に寄与してきた。

パンデミックによる経済的混乱で需要の変化も加速しており、今後GDPの構成が変わるだろう。サービス業のシェアは引き続き拡大するが、小売り、旅行、教育、医療、および公的部門の対面型サービスのシェアはデジタル化に伴って縮小するはずだ。

景気回復後も、多くの低賃金・低スキルの対面型サービス業、特に小企業は復活しないだろう。だが警察、消防、医療、物流、公共交通機関、食品など必要不可欠なサービスの労働者の需要は拡大し、新たな雇用機会が創出され、従来は低賃金だったこれらの部門で賃上げと福利厚生の向上を求める圧力が強まる。

パートタイムや単発の仕事、複数の企業で仕事をするといった非正規や不安定な雇用の伸びが加速する。その結果、雇用主の定義は拡大し、より柔軟な福利厚生システムが生まれるだろう。例えば、新たな仕事に必要なスキルの習得のため、低コストの研修プログラムをデジタルで提供する必要がある。

テレワークへの移行の急増が示すように、経済のデジタル化を加速させるには、Wi-Fiやブロードバンドなど、通信インフラの大規模かつ包括的な拡大が必要だ。

グローバル化の中心はアメリカから中国に
■キショール・マブバニ(国立シンガポール大学フェロー)

新型コロナのパンデミックはアメリカ中心のグローバル経済から中国中心のグローバル経済への移行を加速させる。

なぜ今後も加速が続くのか。アメリカ人はグローバル化と国際貿易を信頼しなくなった。ドナルド・トランプが大統領であろうとなかろうと、自由貿易協定は有害なのだ。一方、中国はグローバル化と国際貿易への信頼を失っていない。それには歴史的な理由がある。

1842年にイギリスとのアヘン戦争に敗れてから1949年の中華人民共和国建国までの「屈辱の世紀」は、指導者のおごりと、世界と隔絶しようとした無駄な努力が招いたものであり、過去数十年の経済的復活はグローバルな関与の成果だった。現在の指導者たちはそれを承知している。自国の文化に対する国民の自信も劇的に増している。

従ってアメリカの選択肢は2つある。世界的優位性の維持が目的なら、政治も経済も中国との地政学的なゼロサムゲームに身を投じざるを得ない。一方、自国民の幸福度の向上を目指すなら中国と協調すべきだ。反中ムードが蔓延するなか、そんな賢明な助言は分が悪そうだが。

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