――脳の開発――
霊界の法の世界にて
夜は深く沈み、雪あかりが障子越しに青白く揺れていた。
青年は静かに坐している。背筋はまっすぐ、呼吸は細く長い。
その内奥に、言葉なき声がひびいていた。
法の完成者――タターガタ。
すなわち 釈迦如来 と呼ばれる覚者の境地。
それは姿ではない。
音でもない。
象徴ですらない。
ただ、思念の王者の相承
。
法身の覚者が、媒介なく心を心へと伝える。
言葉も、形も、時間さえも越えて。
その瞬間、青年の胸奥に震えが走った。
それは思想ではない。
理解でもない。
パワーだった。
霊的バイブレーション。
間脳の奥、原初の核がかすかに震える。
――これが「王者の相承」。
直接伝達。
完成は瞬時に起こる。
だが。
青年は知っていた。
それは理想であって、容易ではないことを。
次に現れたのは象徴だった。
曼荼羅の幾何学。
マントラの振動。
色彩、音、印契。
それは持明者の相承。
象徴とは、圧縮された宇宙である。
一音に無限が畳み込まれている。
青年の新皮質が静かに目覚める。
意味を読み取ろうとする知性が働きだす。
だが、これは論理では届かぬ領域だ。
純粋な心で実相を見る者――
持明者だけが、象徴を“展開”できる。
マントラが鳴る。
音は空気を震わせ、神経を震わせ、脳を震わせる。
新皮質は光の回路となり、
象徴を展開するスクリーンとなる。
そして三番目。
耳を通した言葉。
ラマが語る。
ゆっくりと、噛みしめるように。
大脳辺縁系に、言葉は沁みていく。
感情と結びつき、体験となる。
普通の人間には、この段階が必要だ。
涙を流し、
疑い、
納得し、
少しずつ理解する。
口頭伝授。
人の相承。
だが青年は、さらに深い問いを抱いていた。
「これだけで、足りるのか?」
答えは、内奥から浮かんだ。
足りない。
欠けているものがある。
tapas(練行)。
燃やすこと。
鍛えること。
身をもって通過すること。
青年は幼少の記憶を思い出す。
木剣を握らされたあの日。
祖父の目。
鋭く、凍るような眼光。
「目ン目がこわい!」
泣いた自分。
だが、木剣だけは離さなかった。
剣は、単なる技ではなかった。
それは練行だった。
面を打たれ、
視界に閃光が走る。
目から火が出る。
本当に、火が出る。
あの瞬間。
外から打たれたのではない。
内部で何かが炸裂したのだ。
脳の奥で。
間脳か。
辺縁系か。
それとも未知の回路か。
火花は閃光となり、
一瞬、意識は空白になる。
そして戻る。
あの火。
瞑想の最中、
同じ場所に火が灯った。
外部刺激はない。
それでも。
確かに、燃えた。
青年は再び呼吸を整える。
一定のポーズ。
頭をわずかに傾け、
呼吸を深く落とす。
すると。
予兆なく。
再び火が灯る。
内側で。
静かに。
確実に。
それは、剣道の衝撃と同じ火だった。
しかし今度は、外からではない。
内側から。
tapasによって開かれた回路。
三つの相承だけでは届かなかった扉が、
練行によって叩かれる。
王者の相承を受ける器は、
燃やされ、鍛えられねばならない。
象徴を展開する知性も、
涙で濡れた辺縁系も、
すべてを通過したあとに。
間脳は、沈黙の中で震える。
霊的バイブレーション。
青年は悟る。
脳の開発とは、
単なる知能の向上ではない。
それは、
火を通すこと。
打たれ、燃え、
なお木剣を離さぬ心を育てること。
そのとき――
思念の王者の相承は、
初めて受け取られる。
雪はやみ、
夜は静まっている。
だが青年の内には、
確かな火が灯っていた。
消えぬ火が。




