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――紅蓮の王、欲を抱いて立つ―― 愛染明王(Rāgarāja)

――紅蓮の王、欲を抱いて立つ――
愛染明王(Rāgarāja)

夜の街は、静かに燃えていた。
ネオンの赤が雨ににじみ、アスファルトに揺れている。
青年は立ち尽くしていた。
胸の奥に渦巻くのは、愛か、執着か、それともただの孤独か。
「どうして、こんなにも苦しいのだろう」
恋は歓びをもたらすはずだった。
だが実際には、嫉妬と不安と、満たされぬ渇きが胸を締めつける。
そのときだった。

風もないのに、赤い光がゆらめいた。
闇の奥から現れたのは、真紅の身体をもつ明王。
炎を背負い、六本の腕を広げ、怒りとも慈悲ともつかぬ表情でこちらを見つめている。
――愛染明王。

「その欲を、捨てようとするな」
声は雷鳴のようでありながら、どこか温かかった。
青年は震えた。
「欲は、煩悩でしょう。捨てなければ悟れないと……」
炎が揺れた。
「それは一つの道。だが、我は別の道を示す。」
六臂のひとつが弓を持ち、矢がつがえられる。
それは他者を射抜くためではない。
自らの心の核心を射抜くための矢だった。

「欲は火だ。
火は焼き尽くすこともできるが、灯すこともできる。」
青年の胸の奥の赤い痛みが、共鳴する。
「愛欲貪染――
それは汝を縛る鎖であると同時に、
汝を歩ませる力でもある。」
炎がさらに強くなる。

だがそれは破壊の炎ではなかった。
温度を持った、覚醒の炎。
「煩悩即菩提。」

その言葉が、空間を震わせる。
欲を否定するのではない。
欲をそのまま、智慧へと転じる。
嫉妬は、真実に向き合う勇気へ。
執着は、一途な誓いへ。
承認欲求は、他者を照らす力へ。
赤は罪の色ではない。
赤は生命の色だ。

青年の中で、何かが変わる。
愛されたいと願った心が、
「愛したい」という祈りへと変わっていく。

六本の腕が静かに光を放つ。
金剛杵は迷いを断ち、
蓮華は清らかに開き、
鈴は澄んだ音を響かせる。

「そのまま来い。」
明王は言う。
「欲を抱えたまま、我が前に立て。
それを炎に投げよ。
我はそれを、菩提の火へと変えよう。」

雨が止んだ。
街の赤い光が、もう痛みを伴わない。
青年はゆっくりと目を閉じた。
胸の奥にあった灼熱は、
今や静かな灯火となっている。

愛は、消すものではない。
燃やし尽くすものでもない。
転じるものだ。

紅蓮の王は、すでに姿を消していた。
だが炎は残っている。

それは、欲を抱く者すべての胸の奥で、
静かに、そして確かに燃えているのだった。 🔥

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