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勢至菩薩  マハースターマプラープタ 偉大な智慧の光を持つ菩薩

勢至菩薩  マハースターマプラープタ

偉大な智慧の光を持つ菩薩

薄い光が、朝の霧を押し分けるようにして広がっていた。
その光は太陽の輝きとは異なり、熱も眩しさもない。ただ、心の奥深くに静かに届き、迷いの影を一つひとつ溶かしていくような、澄んだ光だった。
その中心に、勢至菩薩は立っていた。
阿弥陀如来の右に静かに侍し、観音菩薩とともに三尊を成すその姿は、慈悲と智慧が一つの円環を描くかのようであった。

勢至菩薩の手には、まだ開かぬ蓮華の蕾があった。
それは未敷蓮華――いまは閉じているが、正しい時が来れば必ず花開く智慧の象徴である。人々の心もまた同じだ、と菩薩は知っていた。迷いの闇に閉ざされていても、光に触れれば、必ず真実へと開いていく。
その額から放たれる光は、闇を打ち破る剣ではなく、霧を晴らす朝風のような光だった。
怒りや恐れを断ち切るのではなく、そもそもそれが生まれる理由を照らし出し、心が自ら静まる道を示す――それが、勢至菩薩の智慧であった。

極楽浄土へと人々を迎えに来るとき、観音菩薩は蓮台を携え、亡き者の魂を優しく包む。
そして勢至菩薩は、胸の前で静かに合掌し、こう告げる。
「恐れることはありません。あなたの歩んできたすべての道は、ここへと続いていました。」
その声は響くことなく、心の奥で確かに鳴った。
それは判断でも裁きでもない。ただ、真実をそのまま映し出す、澄み切った鏡のような言葉だった。

勢至菩薩は、智慧明瞭、家内安全、除災招福の仏として、人々の暮らしの中にも寄り添っている。

混乱の只中で道を失いそうなとき、選択に迷い、心が揺れるとき、その光はそっと差し込む。
「あなたは、すでに知っている。正しい道を。」
午年に生まれた者の守護本尊として、勢至菩薩は特にその背を見守ると言われるが、実のところ、年や縁を問わず、すべての人の内にある「目覚める智慧」を呼び覚ます存在なのだ。
阿弥陀如来が無限の慈悲で包み、観音菩薩が苦悩の声に応じるならば、勢至菩薩は、迷いの闇を照らす静かな灯火である。

その光は、決して外から与えられるものではない。
もともと心の奥にあったものが、菩薩の存在によって思い出される――それだけなのだ。
霧が晴れ、空がひらけると、勢至菩薩の姿は次第に光へと溶けていった。
しかし、その智慧の光は、確かに人々の胸に残り、今日もまた、迷いの夜を越えるための道しるべとなっている。
オン・サンザンサク・ソワカ。

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