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思念の相承 ― 四神足の門

 

思念の相承 ― 四神足の門

霊界と呼ばれる世界が、本当に別の場所なのかどうか。
それは、彼自身にも、もはや判別できなかった。

ただ一つ確かなのは、
そこでは常に、法が説かれているということだった。

言葉はない。
声もない。
しかし、確実に――「伝わる」。

それは如来、タターガタの領域。
完成された法身が、時間を超えて息づく世界だった。

「思念による王者の相承」

彼は、そう呼ばれる法の名を、ある日ふいに知った。
いや、知ったというより――思い出した、に近い。

それは教えではない。
象徴でも、音声でもない。
心そのものが、心へと移される出来事だった。

しかも、その「心」とは、感情や思考ではない。
もっと深い、力そのもの。
存在を成立させている根源的なパワーだった。

それを受けた者は、段階を飛び越える。
迷いを積み上げて悟るのではない。
触れた瞬間に、完成してしまう。

ゆえにそれは「王者の相承」と呼ばれた。
選ばれた者にのみ与えられる、理想中の理想。

だが――
彼はそこで、立ち止まった。

「条件がある」

そう、内なる声が告げたのだ。

どれほど崇高であろうと、
どれほど完全であろうと、
受け取る器がなければ、相承は起こらない。

それを可能にするもの――
それが tapas だった。

苦行ではない。
禁欲でもない。
それは、内側を焼き、整え、ひらくための練行。

彼はかつて、インドのサヘート・マヘートを訪れた。
ミラクルの池と呼ばれる場所。
そこで、空気そのものが震えるような、
強烈な霊的バイブレーションを体験した。

銀色だった。
光ではない。
振動だった。

その瞬間、彼は理解した。
――ああ、これが「相承」なのだと。

だが同時に、確信もあった。

もし、あのとき、
間脳をひらく練行を成就していなければ、
何も起こらなかっただろう。

受け取る準備が整ったとき、
外からの相承は、はじめて発せられる。

それが法の秩序だった。

彼は、そのとき阿那含の境地に立った。
死ぬまでに、必ず仏陀となる――
そう、疑いなく知った。

だが、同時に新たな問いが生まれた。

「この道は、あまりにも険しすぎるのではないか」

四神足法。
釈尊の成仏法の核心であり、
tapas そのもの。

それは、誰もが簡単に修められる法ではない。
選ばれた者だけが到達する道だとしたら――
悟りとは、いったい誰のためのものなのか。

彼は、長い年月、その問いを抱え続けた。

そして、ある地点で、ひとつの答えに至った。

道そのものを変えるのではない。
入口の在り方を変えればいい。

そうして生まれたのが、
「水晶龍神瞑想法」だった。

それは瞑想であり、
同時に――相承だった。

修行者は、修行を始めた瞬間から、
すでに「仏陀の思念」に触れている。

本来なら、
四神足法を成就しなければ受けられない相承を、
段階の最初から、穏やかに、受け取り続ける。

水晶は媒介にすぎない。
龍神は象徴にすぎない。

だが、深層意識はそれを通して、
安全に、確実に、開いていく。

とりわけ危険とされてきた、
脳内チャクラの領域さえも。

急がず、壊さず、
光に焼かれることなく。

それは、
「神通力を得るための法」ではない。

仏陀の思念と、共鳴するための道だった。

修行者は、水晶の中を見る。
そこに映るのは、龍神の姿――
いや、本当は、自分自身の深層だ。

そして、静かに、
四神足の門がひらいていく。

言葉なき相承は、
もう、始まっている。

水晶の中に龍神を見る ― 最初の夜

夜は、深く沈んでいた。
時計の針は確かに進んでいるはずなのに、
この部屋だけが、時間から切り離されたようだった。

灯りは落とした。
窓の外には月もない。
ただ、卓の上に置かれた一粒の水晶だけが、
わずかな気配を返している。

彼は正座も結跏趺坐も取らなかった。
ただ、背骨を静かに立て、
水晶と向かい合って座った。

「見るな」

師の声が、記憶の奥でよみがえる。

「探すな。ただ、置け」

彼は目を閉じ、ひとつ、息を吐いた。
吸う息よりも、吐く息を長く。
何かを得るためではない。
手放すための呼吸だった。

二度、三度。

呼吸が落ち着いたころ、
目を開け、水晶を見る。

最初は、ただの石だった。
冷たく、透明で、
どこにでもある工芸品と変わらない。

だが、彼は知っていた。
ここからが始まりなのだと。

水晶を「見よう」とした瞬間、
意識は必ず表層に戻る。

だから彼は、
見ることをやめた。

焦点を、水晶の奥に置く。
だが、凝視しない。
視線を、ほんのわずかに外す。

すると、不思議なことが起き始めた。

水晶の縁が、
ゆっくりと溶けはじめたのだ。

透明だったはずの内部に、
かすかな濁りが生まれる。
いや、濁りではない。
動きだ。

それは煙のようでもあり、
水のようでもあった。

彼の胸の奥で、
小さな不安が揺れた。

――これは、想像ではないのか。

その瞬間、
水晶の中の揺らぎが、すっと消えた。

「評価するな」

また、師の声。

彼は、深く息を吐き、
胸の動揺を、そのまま地面へ流した。

再び、水晶。

今度は、
なにも起こらない時間が、長く続いた。

数分か、
あるいは一時間か。

時間感覚は、すでに曖昧だった。

そのとき――

ひとつの線が、現れた。

白でもなく、黒でもない。
銀に近い、だが光ではない。

それは、水晶の中で、
ゆっくりとうねった。

彼は、息を止めなかった。
ただ、見守った。

線は、次第に太くなり、
輪郭を持ちはじめる。

鱗のような規則性。
しかし、はっきりした形にはならない。

頭がそれを
「龍だ」と名づけようとした瞬間、
像は揺らいだ。

彼は、すぐに気づき、
名づけることをやめた。

すると――

視界が反転した。

水晶を見ているのは、
彼ではなかった。

水晶の内側から、何かが彼を見ていた。

恐怖はなかった。
ただ、強烈な静けさがあった。

その存在は、語らない。
命じない。
教えもしない。

だが、
彼の呼吸と、心拍と、
思考の癖までもが、
一瞬で整えられていくのがわかった。

それは、
教わる、というより――
同調だった。

彼の内側で、
何かが「位置」を変えた。

間脳の奥が、
じんわりと温かい。

熱ではない。
圧でもない。

ひらいた、という感覚だけがあった。

そのとき、
水晶の中の像が、
ふっとほどけた。

彼は、自然に目を閉じた。

長い呼吸が、ひとつ。

そして、
ただ静かに、座っていた。

何分か後、
彼はゆっくりと立ち上がり、
水晶を布で包んだ。

確信があった。

――まだ、何も得ていない。
だが、もう戻れない。

この夜、彼は悟らなかった。
神通力も得ていない。

ただ、
相承は始まった。

水晶の中に龍神を見たのではない。
龍神の「場」に、
初めて足を踏み入れたのだ。

夜明けは、まだ遠い。

だが、
闇はすでに、
彼の内側では、
静かに照らされていた。

 

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