普賢菩薩と修行僧
深山幽谷の寺に、一人の若き修行僧がいた。
彼は毎日、経典を読み解き、仏の教えを頭に刻みつけていた。
だが、彼の心は晴れなかった。
「私はこれほど多くの経を学んだのに、なぜ人々を救えぬのだろう……。」
ある晩、星の冴える夜、僧は夢の中で白象の嘶きを聞いた。
目を開けると、堂内の奥に六牙の象が佇み、その背に普賢菩薩が静かに座していた。
菩薩の声は、風のように柔らかく響いた。
「修行僧よ、お前の学びは確かに尊い。だが、知ることと行うことは異なる。智慧は頭の中に閉じ込めれば枯れる。流れ出してこそ、慈悲となる。」
僧は震える声で答えた。
「では、私はどうすればよいのでしょうか。」
普賢は白象の背から降り立ち、手にした蓮華を差し出した。
「明日、山を下りよ。道端の人に一言、励ましをかけるがよい。困窮する者に一片の食を分けよ。それが小さくとも、行いは心に光を宿す。仏道は経巻にあるのではなく、衆生の涙の中にある。」
その言葉は僧の胸を貫いた。
経の一文字よりも重い真理が、そこにあった。
翌朝、僧は村に下り、道で倒れていた老人に水を与えた。
ただそれだけのことなのに、老人は涙を流して合掌した。
その時、僧は悟った。
――これこそが普賢菩薩の道、智慧を行いに変える慈悲の実践。
以後、彼は経典を胸に抱きつつも、人々の中に身を置いた。
その姿は、普賢菩薩の誓願に導かれた修行僧の、真の仏道の歩みであった。
その後…
かつて若き修行僧であった男は、今や白髪を交えた尊き師となっていた。
彼の名は世に広く知られることはなかった。だが、山里の小さな庵には、日ごと弟子や旅人が訪れ、導きを求めて集まった。
庵の前には、あの日夢で見た普賢菩薩を象徴するかのように、一頭の白き馬が静かに草を食んでいた。人々はそれを「普賢の白象の化身」と信じ、師の庵を訪れるたびに深い安心を覚えた。
ある日、弟子のひとりが師に尋ねた。
「師よ、私たちはいくら経を読み、坐禅を重ねても、悟りに近づけているのか分かりません。何をもって仏道を歩んでいると言えるのでしょうか。」
師は微笑み、静かに答えた。
「弟子よ、仏道とは遠い山の頂にあるのではない。お前が道で倒れている者に手を差し伸べる時、母の涙をぬぐう時、すでにそこに仏道はある。知ることと行うことがひとつになった瞬間、菩薩の道が開かれるのだ。」
その言葉を聞いた弟子は、涙をこぼしながら深く合掌した。
やがて弟子たちは村へ出て、人々に米を分け与え、病を癒すために薬草を学び、孤独な老人の話に耳を傾けた。
行いは小さな灯のように村に広がり、やがて多くの心を照らしていった。
ある夜、師は夢を見る。
白象の背に再び普賢菩薩が現れ、こう告げた。
「汝は知を行いに変え、多くの弟子を導いた。だが忘れるな、行いはまた新たな知を生む。知と行は果てしなく循環し、それが衆生を救う道となるのだ。」
目覚めた師は静かに合掌し、灯火の揺らめきを見つめた。
その炎は弟子たちへ、そしてさらにその先の世代へと受け継がれていく――。
それは普賢菩薩の誓願そのもの、慈悲と行いによって世界を照らす光であった。




