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虚空の蔵をひらくとき

 

虚空の蔵をひらくとき

夜の帳が下りた静寂の山寺。若き修行僧・清雅(せいが)は、満天の星空を仰ぎながら、そっと経文を手に取った。
「オン・バサラ・アラタンノウ・オン・タラク・ソワカ――」

それは、虚空蔵菩薩へとつながる真言。弘法大師・空海がかつて百日間、百万遍の念誦を行ったと伝えられる虚空蔵求聞持法(こくうぞうぐもんじほう)。その奥義に倣い、清雅は今日もひとり、祈りを捧げていた。

彼には夢があった。多くの人に智慧を与え、迷いの闇に灯をともす導き手となること。そのためには、虚空蔵菩薩の蔵に宿る無限の智慧と慈悲を、この手に受け取らねばならない。

「智慧よ、記憶よ、明晰なる心よ……どうか我に宿れ。」

虚空蔵――それは、宇宙のように限りない叡智と慈しみをたたえる神秘の蔵。祈る者の心が真であれば、そこから知恵の珠が差し出されるという。

やがて清雅の心に、光がひとすじ射し込んだ。それはただの幻ではなかった。内なる声が語りかけてくる。

「願いは叶うであろう。ただし、その智慧を己のためだけに使うな。人々のために、正しき道を照らす灯となれ。」

それは虚空蔵菩薩の声だったのか、それとも己の心の深奥から湧き上がった直観だったのか――清雅には分からなかった。だがその瞬間から、彼の心はかつてないほど澄みわたり、言葉や記憶が水のように流れ込みはじめた。

虚空蔵の蔵が、ひらいたのだ。

それ以来、彼の語る智慧は人々の心に光を灯し、商人は商売繁盛を、学徒は成績向上を、芸人は技芸の飛躍を成したという。そして何よりも、丑年・寅年に生まれた者たちは、清雅の祈りによって数多の災いから守られ、希望への道を歩み始めた。

「真言とは、宇宙の響きなのだな……」

そうつぶやいた清雅の背に、夜明けの陽が射していた。

 

 

 

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