求聞持聡明法の秘密
私は、深い定に入っていた。
それは、三度目の求聞持聡明法の修行であった。時も場所も忘れ、ただ己が内奥へとひたすら降りていく。私の中にある“なにか”が変わろうとしていた。
最初の修法では、真言密教の伝統的な行法をそのまま試した。けれど、それは集中力を高めこそすれ、魂の根源に触れるような変容には至らなかった。私は考え、研究し、結論に至った。――弘法大師空海が成就した求聞持法の背後には、彼が書き遺さなかった“なにか”がある。彼の遺した法は、あくまで道筋の断片に過ぎず、その奥義は、弟子たちのうち、自らの力でそれを見出す者にのみ開かれるものであったのだ。
二度目の修行では、私は古代ヨーガの技術を組み入れた。すると、体と心の奥に、確かに“響き”のようなものを感じ始めた。五十日間の行では成就に至らなかったが、私の方向性は誤っていない。そう確信した。ならば、積み重ね、延ばしてゆけばいい。この道しかない。私は信じた。心の底から。
そして三度目の修法。私は新たな方法を確立していた。それは山に籠ることなく、日常の中で行える修法であった。明星を脳裏に深く焼きつけ、あとは静かな部屋で、日々の生活の中で繰り返し、繰り返し、鍛錬を重ねていく。それは法を民衆の手の届くところへと引き戻す革新だった。
百日目の夜明け――その瞬間は、ふと訪れた。仄暗い意識のなかで、私は失心にも似た感覚に包まれた。忘我の瞬間。だが、決して眠りではなかった。
そして――稲妻。
「うあッ!」
私は叫び声をあげていた。頭蓋の奥に、まるで雷が落ちたような感覚。目の前に紫電が走り、そのあとに暗黒。――失明か!? 一瞬、恐怖が走る。しかしその直後、頭の内側、深いところに、ポッと小さな灯がともったのだ。脈拍に合わせ、冷たい白光が静かにまたたく。まるであの山中で見つめた、あの明星のように。
「そうか……これが、明星だったのか!」
私は声をあげていた。求聞持聡明法の核心に、私はついに触れたのだ――。
第三の発見。それは、「視床下部」の秘密であった。
思い返せば私は幼きころから剣道を学び、北辰一刀流の型を叩き込まれて育った。試合で面金を越えて鮮やかに面を打たれたとき、目から火が出るような衝撃を味わったことがある。あの時の閃光、そして鼻をつくキナ臭さ――それが、今、私の頭の内側でふたたび起こったのだ。外から何も受けていないのに、あの衝撃。あれは、いったい何だったのか?
私は再び静かにポーズをとり、特殊な呼吸法を用いて定に入った。そして、同じ場所に、また“火”を感じた。
それは錯覚ではなかった。私の脳の奥、間脳の「視床下部」に、実際の異変が起きていたのだ。
視床下部――それはヨーガで「サハスラーラ・チャクラ」と呼ばれる場所、宇宙の門であり、内分泌の統合の座である。今までそれが松果腺だと誤解されてきたのは、その近さゆえだろう。だが、真実は視床下部にある。私は、ヨーガの中からそれを動かすムドラーとポーズを発見し、百日間、絶え間なく物質的・精神的エネルギーをそこに集中した。
そして、神経繊維が反応を起こした。神経液か、分泌物か、それらが混ざり合い、化学反応を引き起こした。その反応が閃光となり、私の網膜に火を走らせたのだ。そしてその瞬間、私の脳の構造は、確かに一変した。
これが、求聞持聡明法の成就である。
――これは、外の神ではなく、内なる宇宙を開くための修行であった。明星は空にあるのではない。我らの頭蓋の奥、視床下部にこそ、それはまたたいていたのだ。




