ミラクルの池
そのとき、突然、それはやってきた。
師の大きな声が、すうっと遠ざかるように消えかけた瞬間だった。右斜め前方から、がつん、と頭から頬にかけて殴りつけられたような衝撃を受けたのだ。
目の中で白い閃光が走った。まるで剣道の試合で面を打たれたときのような、あの光。それが視界を走り抜け、私は思わずよろめき、額に手を当てた。
――これは、バイブレーションだ。
そう理解したものの、これほど激しい霊的震動は、いまだかつて経験したことがなかった。密教の修行者として数々の霊場を歩き、何度か霊的波動に触れてきた。しかし、今回のそれは、叩きつけるような猛威を帯びていた。しかも、心構えもなかった。まったくの無防備。だからこそ、不意を衝かれた衝撃は、ことさら深かった。
数秒続いたかのように感じたが、実際には一瞬の出来事だった。次の瞬間、師の声が耳に蘇った。
「待ってください」
私は思わず手を挙げて制した。
「少し待ってください。……今、ものすごいバイブレーションを感じました。あの方向から……あの凹地のあたりです」
五十メートルほど前方、雑草の生い茂る小さな凹地を私は指さした。
「ああ、あれですか」
師は頷いた。
「あれは“ミラクルの池”です。仏陀が奇跡を顕された場所です。……上半身を火に、下半身を水に変え、池の上に浮かび上がったのです」
「それは……どういう意味なのでしょうか?」
師は語り始めた。
かつて、スラバスティの長者スダッタが仏陀のために土地を買い、大精舎を建立した。その名声は四方に広まり、多くの人々が教えを求めて集まった。しかし、近隣の外道の教団たちはその名声をねたみ、仏陀を「口先だけの山師」と罵った。神通力を持たぬ者は導師ではない――それが当時の常識だった。仏陀は意図的にその力を示さなかったため、彼らの中傷は日に日に増していった。
ついには、他教団の指導者たちは仏陀との“神通力比べ”を申し入れてきた。負けた者がこの地を去るという条件で。スダッタは断りきれず、仏陀に試合を懇願した。
仏陀は静かにそれを受け入れ、そしてこの“ミラクルの池”で、かの奇跡を示されたのだという。
私は額に手を当てたまま、師の話に耳を傾けていた。しかし、話が終わるころ、ふいに別の感覚が全身を包んだ。やわらかな振動とともに、ひとつの明確な思念――いや、概念が、脳の奥深くに流れ込んできたのだ。
私は思考を完全に止め、それを受け入れた。だが、その最後、激しい戦慄が走った。全身の血が一瞬で引いていくような、名状しがたい恐怖だった。
そのとき、誰かが尋ねた。
「先生……その、上半身が火で、下半身が水というのは、どういう意味なのでしょうか?」
私は応じた。
「それは全身のチャクラが強烈に開き、火と水のエネルギーとして放射されたのでしょう。空中浮揚のため、仏陀は全チャクラを一点に集中させたのです」
その説明を終えたあと、私たちはラクノウのホテルに着いた。部屋に入るや否や、私は急いでシャワーを浴び、すぐに坐った。あの“ミラクルの池”での体験を、もう一度定の中で再現したかった。
すると、私の手が勝手に動き始めた。自動書記――霊的状態において、手が無意識に文字を綴る現象だ。
メモ帳もペンもなかった。荷物はロビーに預けてしまっていた。私は机の引き出しをあさった。幸いにも、ホテルのメモ用紙とボールペンを見つけ、しゃぶりつくようにペンを握った。
それは奔流のように書き出された。はじめは単語の羅列だったが、次第に意味を成し、あの体験と一致するものとなっていった。
そして、私は最後にこう記したのだった――
それは、突然、ななめ前方からやってきた。
一瞬、目がくらむほどの衝撃。予期せぬそれに、無防備な私はたたきのめされた。
これまでの修行も教学も、まったく役に立たなかった。
――私は、型者にすぎなかったのだ。
だが、私は誓う。この聖なるバイブレーションを受けうる“型地”を、わが東の国に築くことを。このサヘト・マヘトの輝きを、そのまま日本へと移し替えること。それが、私の使命なのだ。
そう、もう一度、私はこの地に来なければならない。そのとき、何かが起こる。私はそれを恐れている――だが、避けられない予感がある。
ああ、あの一瞬の霊的バイブレーション。
百年の苦行も、万巻の書物も、それなくしては路傍の石にも劣る。
あのバイブレーションを与える者こそ、真の導師であることが、今ようやくわかった。
聖師よ、ありがとう――




