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 資本主義をアップデートする「協同組合」の古くて新しい考え方 | コロナ禍でも従業員の雇用を維持

 

山口周の視点

企業は成長を求める存在だが、その企業が法人格として助け合いの場「組合」に参加している。ある意味では社会主義的とも取れる考え方だ。資本主義と社会主義の二項対立からは出てこない特異な例を見ていこう。

コロナで仕事が激減しても、雇用だけは守りつづける組織がある。スペインの「モンドラゴン協同組合」だ。この組合に所属している従業員は、仮に会社が倒産したとしても、自分の雇用は維持されるという。いったいどういう仕組みなのか。

企業経営者が、株主の利益ばかりを求める資本主義経済において、「協同組合」という古くて新しい形態が、資本主義をアップデートするヒントになるかもしれない。

一番大切なのは「従業員を守ること」

スペイン、バスク地方。山がちなこの地域に拠点を置くエレッカ・グループは、自動ドアや自動車部品、医療機器パーツなど、さまざまな製品を製造している企業だ。

2020年3月、コロナウイルスがヨーロッパ中で猛威を振るうなか、スペイン政府はエレッカ社に対し、3つある工場の内2つを一時閉鎖するよう命じた。これにより、エレッカ社で働く210人の従業員たちは突如生活の危機に立たされた。

しかし、エレッカ社は従業員の一時解雇(レイオフ)をせず、暫定的に賃金を5%削減するにとどめた。平和な日常が戻ってきたときに改めて就業時間の埋め合わせをしてもらうという条件で、自宅待機中の職員たちにも給料を払い続けたのである。

なぜ、エレッカ社はこのような柔軟な対応が可能だったのか。それは同社が、モンドラゴン市を中心とした大規模な企業協同組合連合に属していたためだ。

同社の従業員のほとんどは「組合員」である。つまり、彼ら自身がエレッカ社の経営者でもあるのだ。モンドラゴン協同組合には96の企業が参加している。どんな企業だってそうだが、各企業は事業を成り立たせるために利益を出さなければならない。だが、これら企業は株主に配当をばら撒いたり、重役たちに大量のストックオプションを与えたりする必要がなく、従業員に給料を払えさえすれば良いのである。

協同組合というコンセプトそのものは、ともするとヒッピー的な社会主義を想起させ、グローバル経済下の企業モデルとしては限界があると思われるかもしれない。しかし、モンドラゴン協同組合は、まごうかたなき大企業としての地位を誇る。

参加企業の従業員の総数はスペイン国内で7万人を超えており、国内最大級の雇用口となっている。年間収益は120億ユーロ(約1兆5600億円)だ。スペイン国内最大級のスーパーマーケットチェーンのエロスキをはじめ、信用組合や、自社製品を世界中に輸出する製造業者なども組合に参加している。

スペインのバスク地方にあるエレッカ社の工場。協同組合には、労働者の保護という明確な目的がある Photo: Ana Maria Arevalo Gosen/The New York Times

「その規模からすれば、モンドラゴン協同組合は現代社会経済の動向における一つのランドマークと言えるでしょう」と語るのは、パリに本部を置くOECD(経済協力開発機構)企業センターの政策アナリスト、アマル・シェヴローだ。「モンドラゴン協同組合は、公益を追求しながら利益を出すことが可能だと示しているのです」

経済格差の拡大が及ぼす弊害と格闘する今の世の中で、協同組合は、既存のグローバル資本主義の仕組みに変わり得る刺激的なビジネス形態として注目を集めている。協同組合が重きを置くのは一つの断固たる目標、すなわち「従業員を守る」ということなのだ。

協同組合は資本主義のアップデート

パンデミックによって、株主へのリターンの最大化を目的とする企業の問題が表面化し、また悪化した。世界経済の大部分が一時的に機能を停止したことにより、失業者は激増し、人々は家族の扶養や家賃・ローンの支払いさえも危ぶまれる状況に追い込まれた(特にアメリカでは)。政府の救済策は、株式や債券などの資産保護を強調することで投資家たちを支援する一方、一般の労働者たちの苦境は放置されたのである。

実は、この法人企業の世界において、脚光を浴びるリーダーたちがより公益を意識した心構えを宣言したことがあった。2019年、アメリカのトップ経営者による財界ロビー団体「ビジネス・ラウンドテーブル」に参加する181人のメンバーが声明を発表し、グループが新たな企業目標に準ずることを宣言したのだ。

それによれば、メンバーは株主の利益のためだけではなく、それ以外のいわゆる「ステークホルダー(利害関係のあるもの)」の従業員、仕入先、環境、地方コミュニティーなどを支持するために自身のビジネスを経営していくと表明している。

プラスチック製の自動車部品を仕分けているエレッカ社の従業員。エレッカはパンデミックでもレイオフをしていない Photo: Ana Maria Arevalo Gosen/The New York Times

今回のパンデミックは、こうした「ステークホルダー資本主義」の方針にとって、最初の試金石だった。だが、その結果はまちまちである。ある研究によれば、宣言に調印したメンバーがとったパンデミック対策も、平均的な企業とそれほど変わらなかったという。

多くの大規模ビジネスは、その収益の大部分を配当や自社株といった形で株主たちに分配し、それによって株価を引き上げようとする。パンデミックが到来したとき、多くの企業は不況を乗り切るだけの蓄えを欠いており、結果、経営陣はコスト削減のため職員の一時解雇、あるいはリストラに踏み切った。

協同組合は、とりわけこうした結果を回避するために生み出された。協同組合は通常、組合員である経営者たちが経営難の際にもレイオフを回避できるよう、収益を(株主ではなく)企業自体に再投資することを求める。

エレッカ・グループ社長アントン・トマセナは「私たちの哲学は従業員を解雇しないことだ」と語る Photo: Ana Maria Arevalo Gosen/The New York Times

「従業員をクビにしない、というのが我々のモットーです」と語るのは、エレッカ・グループ社長アントン・トマセナだ。「従業員には、あまりいろんなことを心配して欲しくないのですよ」

資本主義をいかにアップデートしていくかという議論において、協同組合の担う役割は大きくなりつつある。とはいえ、協同組合も商業活動の領域から逸脱しているわけではない。

協同組合はイタリアやベルギーにも存在するし、イギリス北部にあるプレストン市は、ここ10年の国家的な緊縮財政への対策として、協同組合を推進する政策を打ち出した。たとえばクリーヴランドにある一連の協同組合は、非営利組織「デモクラシー・コラボレーティヴ」によって運営されている。

(モンドラゴン協同組合の起源は、1940年代前半のスペイン内戦にまでさかのぼる。内戦で荒廃したモンドラゴン市に、とある司祭が、経済改良のアイデアを携えて現れた。 続編では、組合の誕生と、組合内の企業が倒産した際の驚くべき対応方法を見ていく)

 

 

 

 

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