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あたらしい人類

 ホモ・ピエンスとは、ほかならぬわれわれ自身のことであるが、ホモーエクセレンスとは、

 

どういうヒトか?

 ホモーエクセレンスとは、ホモーサピエンスが持だない特別な能力を身につけた「優秀なるヒ

ト」という意味である。ある人たちは、この未来人に、ホモーインテリダンス(聡明なるヒト)と

いう名をつけている。

 では、この優秀なる未来人、ホモーエクセレンスは、どういう特殊な能力を持っているのか?

彼の持ついくつかの特長をあげてみよう。

 「未来の種属、超・ヒトは、おそらく、三・九という脳発速度係数を持つだろう」

 と、世界的に著名な人類学者、パリ大学のジョルジューオリヴィエ教授は、その著「ヒトと進

化、過去現在そして未来」のなかでこう語りはじめる。

 「(こういうきわめてすぐれた生物の能力を、それよりはるかに劣ったわれわれが、あれこれい

うことはできないが)とにかく、この超・ヒトの知的能力は、辛うじて想像することができる。

 

それは、たとえば、

  I 第四次元の理解。

  2 複雑な全体をとっさに把握する能力。

  3 第六感の獲得。

    4 無限に発展した道徳意諏の保有。

  5 とくにわれわれの悟性には不可解な精神的な特質。

 などである。

 わたしは、脳発達度係数三・九をもつ生き物の体のかたちや、すばらしい知能や、われわれに

はとうてい理解できない行動がどんなものであるかは、想像力のゆたかな人達にまかせることに

する。われわれがメクラであるのに対して、われわれの後継者たちは千里眼の持ち主なのだろう

から」(芦沢玖美訳・みすず書房刊) と述べている。

 オリヴィエ教授は、出版社の紹介文によると″パリ大学理学部人類学教授であり、人類学、解

剖学のかず多い論文のほかにいくつかの著書を持ち、そのなかでも「人類学的解剖学」はフラン

ス学士院賞を受けた。自己の専門分野の研究に多くの業績をあげているばかりでなく、若い研究

者の育成にも心をそそぎ、フランス人類学の名実ともにすぐれた指導者である″と記されてい る。

 まさに、当代一流の科学者であるといわねばならない。

 その科学者が未来人ホモーエクセレンスの出現を、このように予告しているのである。著者

が、なんの根拠ももたず、ただいたずらに鬼面ひとをおどろかす筆をとっているのではないの

だ。それはかならずやってくる。では、そのホモーエクセレンスは、いったい、どこから、いっやってくるのだろうか?

 未来人、ホモーエクセレンスの到来は、歴史の必然であるとオリヴィエ教授はいう。

 では人類の歴史をたどってみよう。

 まずあらわれたのは、オレオピテクス、ラマピテクスから進化してきたオーストラロピテクス

(猿人)であった。が、しばらくして、ピテカントロプスーエレクトス(原人)がこれにとって

かわった。しかし、まもなく、ネアンデルタール人(旧人)がやってきて、そのあとを継ぎ、彼

らの時代はおよそ1〇万年ちかくっづく。

 けれども、今から四、五万年ほど前、かなり進んだ知能を持つクロマニョッ人(新人)が出現

すると、彼らは急速に姿を消して絶滅してしまった。しかしそのクロマニョッ人も、今から一万

年ほどまえに、オーストラロイド(ジャワ)、モンゴロイド(中国)、ネグロイド(アフリカ)、コーカ ソイド(ヨーロッパ)というあたらしい現世人類の種のなかにあわただしく消滅してしまった  ‐ れは、歴史のごく表面にあらわれているだけの事実で、このほかにも、いくつかの知られざるヒ

ト・属、あるいはその分枝が、無数にあらわれ、歴史をつくる間もなく消滅していったと考える

学者はかず多い。

 ある著名な科学者は、ひとつの種の寿命は1〇〇万年だと語り、ホモーサピエッスは出現以

来、間もなくこの年令に達するはずだという。そうして、オリヴィエ教授もまた「いま、われ

われが、われわれの後継者であるっぎの人類のことを考えるのは、まったく筋みちの立ったこと

であるLといっているのだ。

―だが、

 いったいその新しいヒトは、いっあらわれるのか?

 一万年さきか? 二万年?

 だいたい、ホモーサピエンスのつぎの人類なんて、それはちょうどあの太陽がいつか燃えつき

てしまうぞ、というのと同じことで、空想ではないにしても、おそらくそれは天文学的数字のは

るか未来の出来事にちがいなく、そんな心配をしているほどわれわれはヒマ人ではない、とあな

たはいうかも知れない。

 とんでもない・・‐・

 そんなことをいっていたら、それこそあなたは、″間抜け″になってしまうぞ。

 オリヴィエ教授は、生物学の進化の法則の上に立ってこう予言するのだ。

「……未来のヒトは間もなく不意に来ることになる」

 

 え? そんなに早く? とあなたはびっくりするだろう。だが、あなたはここでさらにもっと

びっくりしなければならないのだ。

 というのは、

 この新しいヒト、ホモーエクセレンスは、。間もなく不意に来る″のではなく、それはもうすでにこの地上に来ているのである。この地球上に、はるか以前からすでに出現しているのだ。

 いつから?

 いつからだとあなたは思うか?

 昨日から?

 否

 一昨日から?

 否

 では、去年?

 否’‐・

 それは五〇〇〇年よりもっと以前からなのである!

 

⑥Iホモーエクセレンスの資格

ここにひとつの技術がある。

その技術によって訓練すると、ヒトはだれでもいくつかのすぐれた力を持つようになる。

その力をあげてみよう。

極度に発達した知能‐―いちど目にふれ、いちど耳にしたことは、ぜったいに忘れること

  のないが協力。どのように複雑な構造でも組織でも、瞬間的に分析し、推理し、理解し

  て、本質を把握してしまう演棒と帰納の力。コトバという間接思考を経ない純粋思考から

  発する超飛躍的な創造力。

   それは、ヒトの平均知能をI・〇とするならば、おそらく、二・五から三・五に達する

  であろう。このグループの最高の頭脳は、やすやすと四次元を理解する。

ニ 感覚器官の増幅―彼は、不可視光線(赤外線、紫外線)を見ることができ、超音波を聞く

  ことができる。その異常感覚と高度の知能の結合からくる予知力。それらは、自分の肉体

  を思うままに統御する能力からくる。

三 環境の制御と創造―-思うままに自分を変え、他人を動かし、集団や環境を、自分の理念

  の通りに創造してゆく。

四 物質を超え、物質を自由に統御する力。

五 無限に発達した道徳意識。

 だいたい、以上の能力である。

 これを、前の項で述べたオリヴィエ教授の未来人、ホモーエクセレンスの持つ能力とくらべて

みよう。

 それは、おどろくほど酷似している、というよりも、そっくりそのままといったほうがよいのではないか?

 そういうと、あなたはいうかも知れぬ。それは、著者が、オリヴィエ説をそっくりそのままう

つし持ってきたのではないのか、と。

 そうではないのだ。それは、むしろ、私のほうがいいたいことだ。私は、最初、オリヴィエ教

授がこの特殊技術の存在を知っていて、その技術の習得を未来人の資格にしたのではないかと思

ったくらいなのである。もちろん、それは、そうではなく、オリヴィエ教授は学術的に、未来人

の能力をそのように予測したのにちがいないが、この暗黙の一致を、あなたはどのように考える

だろうか?

 もっとも、オリヴィエ教授は、実際にこの特殊技術の存在を知っていて、その上に立ってホモ

・エクセレンスの能力を、このように書いたのである、ということも考えられないことではな

い。なぜならば、最近、この特殊技術は、この国でよりも、むしろ、アメリカやヨーロッパで知

られ、高く評価されはじめているのだからI。

 しかし、それはとにかくとして、実際に、こういう能力をヒトにあたえる特殊な技術が、数千

年も前からこの地上に存在し、それはそのまま現在も一部の人びとの間に伝えられているという

ことは、まぎれもない事実である。いや、現に、その技術の訓練を受け、そういう能力を身につ

けた人びとがなん人かいる。

 つまり、にあらわれつつあるということである。それは、まだ、ごくわずかな数ではあるりれども。、ホモーエクセレンスは、これからさき、長い時間をかけて進化の結果あらわれてくる

のでもないし、突然変異体としてフランケンシュタインの怪物のごとく登場するのでもない。そ

れは、ひとつの特殊な人間開発技術により、ホモーサピエンス自身が変身するのだ。それは自然

に生まれてくるのではなく、つくられるのだ。

 もっとも、いちばん最初にあらわれたホモーエクセレンスは、あるいは一種のミュータントで

あったかも知れない。あるいは、未来社会への環境適応の結果あらわれた超・ヒトの先行者であ

ったのかも知れぬ。ちょうど、ネアンデルタール人の群れのなかに出現した最初のクロマニョン

人のようにI。

 ルーガリックの法則によると、ナでに存在ナる属のなかでの新しい種の形成は、三〇〇年から

六〇万年の時間を要するという。今から五〇〇〇年まえという数字は、ホモーエクセレンスの先

行者があらわれて、ホモーサピエンスのなかに次第に新しい同族の種属を形成してゆくのにちょ

うど手頃な時間である。

 最初のホモーエクセレンスは非常に孤独であったろう。彼はその持てるナぐれた能力ゆえに、

おのずと、予言者となり、指導者となり、教育者とならざるを得なかった。また、彼は、その持

つ異常な能力によって、数千年さきの未来を洞察し、ヒトの歴史の上における彼自身の位置をさとったにちがいない。

 彼は、まだ低い段階のホモーサピエンスたちを教育するための「教え」を説くと同時に、これ

からやがて次第にあらわれてくる同 族たちを教育するためのカリキュラムもつくった。 

このカリキュラムで訓練した。あるいは、その弟子たちのなかには、彼と同じホモーエクセレッ

スの先行者たちもいたであろう。こうしてこの技術はあとへ伝承された。だが、あまりにも高度りに離解で、人びとの進歩と熟成のため      

彼は、周囲に何人かの崇拝者を持った。そのなかからすぐれた素質を持なその開発技術は、ひろく受け入れられるためにはあまりに難解で、

なその開発技術昧ひろく回の時が必要であった。その長い間、この技術は、しばしば、誤解されたり、誹誘されたり、ある

いは分裂の危機を迎えた。けれども、その技術が滅亡しようとするたびに、すぐれたホモ・エク

セレンスがあらわれて、これを継いだ。この技術は、このようにして、ひろく世にうけいれられ

る時を静かに待った。多くの人びとが、この技術を必要とし、受け入れようと努力しはじめる時

期を静かに待った。

 いま、その時がきたようである。

 ホモーサピエンスは生物としてその限界に到達した。いま、この世界を覆う混乱と当惑と憎悪

は、なによりも、それをものがたるものである。つぎにくるものは絶望でしかない。いまこのひ

ろい世界に。一瞬たりとも生命の危険を感ぜずして生きている人間がひとりもいない。あなた白

身そうであろう。

 今よではりねに機械と技術―科学がその危機を来り越えてきた。しかし、いまは、その機械

と技術が先頭に立って人間に打撃を加えている。

 もう「さきは見えて」しまった。

 ホモーサピエンスの知能がっくり出した文明は極限に達した。もしもこの世界が生き残ろうと

望むならば、あらたな文明が生まれ出なければならない。ホモーサピエンスの生み出したものは

すべて、科学も技術も宗教も、芸術さえも限界に達した。倫理も道徳も崩壊した。古い人類は必

死に古い文明にしがみついているけれども、これらはすべて過去の世界のものになった。

 限界に達した生物がさいごにえらぶ道は「集団自殺」である。いま、その集団自殺が地上に展

開している。環境汚染と公害と戦乱-すべてホモーサピエンス自身がっくり出したものであ

る。結局、ホモーサピエンスは集団闘争による集団自殺によって絶滅ナるであろう。

 見よ。宗教ですら闘争の仲間に加わった。最も進歩的だと称するこの国の宗教団体は最も闘争

的である。

 すべての生物がたどる最後の道を、ホモーサピエンスはついにたどりはじめたということであろう。

 陶汰がはじまっているのである。滅びるべきものは滅び去るがよい。それでヒト・属は絶えは

しない。あたらしい種の胎動がここにある。あたらしい文明と古い文明、ホモーサピエンスとホ

モーエクセレンスはしばらくのあいだ共存するであろう。それは三世代から七世代つづく。ネアンデルタールとクロマニョンの共存は、一〇〇世代から一五〇世代つづいた。ネアッデルタール

が消滅するのにそれだけかかった。われわれの共存は、促進されてごくわずかの時間で完了す

りま威びるだろう。五〇年から一五〇年―、これだけの時間のうちに、滅びるべきものは滅び

らしい芸術をつくり出す。それは、ホモーサピエンスとは比較にならぬ高度の知性と悟性が生み

そのあとに、ホモーエクセレンスはあたらしい科学、あたらしい技術、あたらしい宗教、あた

出したあたらしい次元のものである。

 ところでお聞きするのだが、あなたは、ネアンデルタールか、クロマニョンか?

 

ホモーエクセレンスのカリキュラム

 ホモーエクセレンスのカリキュラムとはなにか?

 いまからI〇〇万年まえに出現したピテカントロプスーエレクトスの大脳のなかには、こんに

ちのホモーサピエンスの知恵が秘められていた。しかし、それがホモーサピエッスになるまで

に、一〇〇万年の時が必要だった。自然の進化にまかせたからだ。

 いま、進化したホモーサピエンスが、ホモーエクセレンスの能力を獲得するのに、それはどな

かい時間は必要でない。

 ここに、その能力を開発する特殊な技術かおる。

 この技術につて教竹すれば、ヒトはだれでも一変する。ピテカントロプスーエレクトスが、

ホモーサピエンスに変身し、地を這うサナギがコ伐で空飛ぶ蝶になる。

 ″近い未来に実現する全く変形した新しい世界を叙述するために、科学者たちは、新しいコトバ

を手さぐりで求め″ながら(アルバート・ローゼンフェルトThe second genesis邦訳第二創世紀)、ジ

ュリアンーハクスリ卿は、新しい高い能力を待った未来人を「超人問」と呼んでその出現を待

ち、ケニスーボールディング博士は来るべき新しい文明こそ「脱文明」と呼ばれなければならぬ

ような飛躍をなしとげることになると考え、バーロー・シャプリ博士はそれを精神動物王国と呼

び、科学者であり哲学者であったテイヤールードーシャルダン神父は″オメガ点″を設定して

超・ヒトの到来を信じ、創造理論の権威市川亀久弥教授はごく近い未来に実現する超人類社会

(ciety of super state homo SaPience)を予見し、人類学者のジョルジューオリヴィエ教授は、

高い知能を持つホモーエクセレンスは間もなく来ると説き、彼らすべてかがやく未来を期待しつ

つ、しかし、そのいずれも、それを実現すべき方法を持たない。

 だが、ここに、それを実現する技術がある。

 超人間を、脱文明を、精神動物王国を、超・ヒトを、超人類社会を、ホモーエクセレンスを、

んとうに生み出し、ほんとうに実現させる技術と体系がここにある。

 ″クンダリニー密教”と名づける秘密技術がそれである。

これこそ、五〇〇〇年のむかし、超・ヒトによって開発編成されたホモーエクセレッスのカリ

キュラムであった。

 さきに、拙著「変身の原理」で、私は密教の持つ「秘密神通の力」について語った。

冴えない彼女の育てかた

科学であり、システムであることを解明した。未来社会が要求するあたらしい精神科学であることを実証した。

 それではII、密教があたえる超能力とはいったいいかかる能力であるのか?

密教はたんなる宗教や信仰ではなく、人間に超能力をあたえるサイェッスであり、

そしてまた、密教はいかなる方法と原理によってそれをなそうとするのか?

それにまた、なによりもまず第一に、いったいヒトはなにがゆえに超能力を開発せねばならぬ

のか?

 それに答えようとするのが本書である。

 私は、ここに、密教五〇〇〇年の秘密の智恵と技術を能うかぎり公開した。それは、ヒトが、

いまはじめて目にし、耳にする智恵と技術である。ヒトは、おそらく、おどろき、おそれ、惑う

であろう。

 しかし、私は信ずる。人類の未来はここからはじまる。これなくしてヒトの未来は無い、と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ソンディの運命分析学

フロイドをはじめとした精神分析学派は、遺伝子要素(先天的な素質)はあまり重視せず、親子関係や生まれてからの環境を重視し、人は環境にはたらきかけることによって、変わりうるという環境論に基づいています。

人は宿命から逃れられないのか?

人間、本来もって生まれた先天的なものと環境のもとで培った、後天的なものとの組み合わせだからです。

ソンディの「運命分析学」は、遺伝と環境を統合させた新しい学説といえます。

ソンディの運命分析理論の画期的なところは、運命を「人間の隠された生活プラン」と考えており、宿命としてあきらめてしまわず、人間は選択する意思をもつというところに存在意義をみとめている点です。

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あなたの運命は変えられる―ソンディ博士の運命学 (1979年)

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矜羯羅童子

不動三尊において、制多迦童子 (Ceṭaka) と共に不動明王の脇侍を務める。通常は不動明王の左(向かって右)に位置する。

矜羯羅」とは、サンスクリットで疑問詞の矜 (kiṃ) と、「作為」の意味である羯羅 (kara) を合わせたもので、直訳すれば「何をするべきかを問い、その命令の通りに動く」という意味であり、奴僕や従者を指す普通名詞であるが、矜羯羅童子の場合は不動明王の奴僕三昧を表すとともに、仏法に対して恭敬であるさまを意味している。

十五歳ほどの童子の姿をしており、蓮華冠をつけ、肌は白肉色である。合掌した親指と人差し指の間に独鈷杵をはさんで持つ。天衣と袈裟を身に着けている。

 

真言編集

「オン ダラマ コンガラ チシュタ サラ」
(oṃ dharma koṃgla tiṣṭa sra)
※お経には「oṃ dharmma hāṃkara tiṣṭa jra」と書いている。

種子編集

種子(種子字)はタラ(tra)BonjiTra.png、あるいはコン(koṃ)、またはコンガラ(koṃgla)BonjiHomkla.png

三昧耶形編集

三昧耶形金剛杵、あるいは蓮華

八大童子 制多迦童子(せいたかどうじ

制多妃童子(伝運慶作、金剛峯寺)
制多迦童子(伝運慶作、金剛峯寺

不動明王の眷属、「制吒迦」とか「制託迦」とかもも音写さんくれてる。八大童子の第8番目である。

概要

静止三尊において、矜羯羅童子(こんからKiṃkara)と一緒に静止明王の脇侍を務める。通常は静止明王の右(向って左)に位置する。

「制多釈」とは、サンスクリットで奴隷や従者を意味する。

十五歳ほどの童子の姿をしており、五智如来におけてる「五智」示す五髻を結び、肌は紅蓮色である。左手には金剛杵、右手には金剛棒を持つ。瞋心悪性であり、袈裟は着けず、天衣のみを頸と肩に無造作に巻きつけて

制多妃童子(伝運慶作、金剛峯寺)
制多迦童子(伝運慶作、金剛峯寺

制多迦童子(せいたかどうじ)[1] 、梵名チェータカ(Ceṭaka [2] )は、不動明王の眷属、「制吒迦」とか「制託迦」とかもも音写さんくれてる。八大童子の第8番目である。

概要

静止三尊において、矜羯羅童子(こんからKiṃkara)と一緒に静止明王の脇侍を務める。通常は静止明王の右(向って左)に位置する。

「制多釈」とは、サンスクリットで奴隷や従者を意味する。

十五歳ほどの童子の姿をしており、五智如来におけてる「五智」示す五髻を結び、肌は紅蓮色である。左手には金剛杵、右手には金剛棒を持つ。瞋心悪性であり、袈裟は着けず、天衣のみを頸と肩に無造作に巻きつけている。

真言・種子・三昧耶形

真言

「オンゲルマセイタカウンタパタナン」
(oṃkarmaśaiṭakūṃphaṭṇāṃ)
※お経には「oṃkarmmaceṭakahūṃhūṃphaṭṇaṃ」と書いています。

種子(種子字)は(TU)、てるいはあセイ(SAI)、かたはまセイタカ(śaiṭak)。

三痴耶形

三痴耶形金剛杵、あるは金剛棒。

八大童子

仏に関する基礎知識:八大童子(はちだいどうじ)

聖無動尊一字出生八大童子秘要法品八大童子とは不動明王に使える童子で(眷属・脇侍)、中国で撰述された「聖無動尊一字出生八大童子秘要法品」(略して「秘要法品」)という経軌をよりどころとしています。

その「秘要法品」(写真右)には八大童子(どうじ)が不動明王より出生し、仏の智恵である四智と、金剛界大日如来の周りを取り囲む四波羅蜜(しはらみつ)菩薩の役割を司ることが説かれます。さらに八大童子の真言・像法(姿)・供養法についても記されています。

不動明王図像 宝寿院

矜羯羅(こんがら)童子
「秘要法品」によると15歳の童子(どうじ)のようであり、頭には蓮華の冠を戴き、体は白く合掌した手には独鈷杵を持ち、天衣と袈裟で厳飾するとされます。
またその性格は小心者で従順であるとされ、童子像の穏やかで親近感のある表情にそれがあらわされているように思われます。

不動明王図像2 宝寿院

制多迦(せいたか)童子
「秘要法品」にはその姿は肉身が紅蓮華(ぐれんげ)のような赤色で、頭髪を五つに束ねる五髻(けい)とし、左手に縛日羅(ばざら)(金剛杵)を、右手に金剛棒を持つとされます。また「悪性の者」であると説かれますが、これは制多伽童子が不動明王の真の心を知らない衆生に対して忿怒の心を込めて接するとされることと関係があるのかもしれません。しかし童子像は微塵も「悪性」を感じさせることはなく、颯爽として非常に理知的な印象を受けます。
※宝寿院制多伽童子の名称を「秘要法品」に基づいて表記しますと制多の「多」を「托」の左が手偏ではな口偏とするのですが、便宜上、童子像の指定名称「制多伽」を用います。

矜羯羅(こんがら)・制多伽童子は不動明王の使者の二童子として最もポピュラーといえます。高野山の八大童子像の内の矜羯羅・制多伽童子像は、運慶の作風が最もよくあらわれているとされます。また「運慶作の八大童子像」といわれますが、運慶一人で全て制作した訳ではなく、運慶監修の下、複数の仏師によって造られたと考えられています。

不動明王図像3 宝寿院

恵光(えこう)童子
「秘要法品」には天冠を戴き、体は黄白色で右手に金剛杵、左手に月輪(がちりん)を安(あん)じた蓮華を持つ、とあります。また、少し忿怒の表情を示すとあり、童子像はこれらの特徴を正確に表現しています。他の童子に比べて目つきが鋭いように感じるのは、玉眼(ぎょくがん)の表現が他と異なっているためでしょう。忿怒相をおさえ気味に表現するのに効果的であるといえます。

不動明王図像4 宝寿院

清浄比丘(しょうじょうびく)童子
比丘とは修行僧のことで、剃髪し、衣と袈裟を身につけます。
「秘要法品」には右手に五鈷杵、左手に経巻(きょうかん)を持つと規定されていますが、童子像は右手に三鈷杵を持ちます。またその面貌は若くもなく老相でもなく、青い眼で口元は上の歯が下に向かって出ているとされます。「童子」らしからぬ独特の容貌はそのためです。

恵光(えこう)・清浄比丘童子像は快慶の作風があらわれていると言われています。

不動明王図像5 宝寿院

恵喜(えき)童子
「秘要法品」には左手に摩尼宝珠(まにほうじゅ)(福徳の知恵を象徴する)を、右手にはそれを守るように三叉戟(さんさげき)を持つと説かれます。また慈悲深い面相でわずかに微笑みを浮かべ、身は紅蓮華(ぐれんげ)色とされます。童子像を見ますと、そう言われれば少し口を開いており、確かに「微笑」と言えなくもない表情です。
また本像が被(かぶ)るつばのない帽子状の兜については「秘要法品」には記載されていませんが、さまざまなほとけの姿や典拠などを記した図像集「別尊雑記」には「胄(かぶと)黄色」等の記述が見られ、これをもとにしていると考えられます。

不動明王図像6 宝寿院

烏倶婆ガ(うぐばが)童子
「秘要法品」には性格と姿は暴悪であると説かれ、最も忿怒の表情を露(あら)わに表現するよう指示されている童子です。童子像を見ると髪が逆立ち、裳裾(もすそ)と共に風にひるがえっています。肉身の色は金色で、右手に独鈷杵を持ち、左手は金剛手(拳を固める)と規定されていますが、本像は現在暗褐色を呈しています。
念のためですが、「うぐばか」ではなく「うぐばが」童子です。烏倶婆ガの「ガ」は言偏に我と書きます。

八大童子立像は国宝に指定されているのですが、実は国宝指定になっているのは以上の六躯(ろっく)です。では後の二躯は?といいますと、国宝の付属となっています。彩色が施されていない指徳(しとく)・阿耨達(あのくた)両童子像の造立期は他の六躯より少し遅れる鎌倉時代後期~南北朝時代頃であると考えられています。これは火災など、何らかの理由により当初像が失われたためであると推測されます。

不動明王図像7 宝寿院

指徳(しとく)童子
「秘要法品」には眼が三つで鎧兜(よろいかぶと)を身につけ、左手には完全無欠の智恵を象徴する輪宝(りんぽう)を持ち、右手には煩悩を打ち砕くための三叉戟(さんさげき)を執ると説かれます。童子像はそれらを忠実に表現しているといえます。

不動明王図像8 宝寿院

阿耨達(あのくた)童子
「秘要法品」では身は金色で金翅鳥(こんじちょう)を頭に載せ、左手には蓮華、右手には独鈷杵を持ち、龍王に乗ると説かれます。童子像を見ますと、菩薩の姿で右足を下ろして龍に乗ります。頭部に金翅鳥は見られず、左手には蓮華を持ちますが右手は何も持ちません。ただし何かを持つような形をとっていますので、造立時には独鈷杵を持っていたのかもしれません。指定名称は阿耨多童子と書きます。

七宝経

七覚支
七つの悟りを構成するもの
念(身・受・心・法の状態を観察、気をつけていること)
択法(法を調べること)
精進(努力)
喜(修行を実践することで生まれる喜び)
軽安(心身の軽やかさ)
定(心を集中して乱さない)
捨(対象への執着がない状態)

アラハバキとは?

なぞの神様、アラハバキとは?
皆さんは「アラハバキ」という神様をご存知でしょうか?麁脛バキ、荒覇吐、荒吐、荒羽、阿良波々岐、荒脛巾、荒掃除、新波々木、阿羅波婆枳、荒羽々気、阿羅波比などと表記され、北は陸奥から南は愛知県三河まで、またアラハバキ神は門客神(もんきゃくじん)として祀られている場合が多く、門客神は、「客人神(まろうどがみ)」のことで、「客人神」は地主神がその土地を奪われて、後からやって来た大和朝廷率いる天孫神話系の神に追い出陸奥、出羽、常陸、武蔵、房総、相模、甲斐、越後、三河、伊豆、伊勢、丹波、摂津、伯耆、出雲、隠岐、安芸、備後、周防、長門、伊予、土佐、肥前、壱岐と全国各地に点在しているのです。 (この不思議なアラハバキの神様は研究者がさまざまな解釈をし、その本質を見極めようとしているのですが、まだいまだに謎が多いのが現状なのです。)

蝦夷(えみし)の神様としてのアラハバキ神
アラハバキ神は「まつろわぬ民」であった日本東部の民・蝦夷(えみし、えびす、えぞ)が大和朝廷により東北地方へと追いやられながらも守り続けた伝承だとする説があります。この説はかつて「東北の真実の歴史」を記したとされる『東日流外三郡志』(つがるそとさんぐんし)に蝦夷(えみし)の神として記されていました。このように記紀以前の縄文の神として一躍脚光を浴びたアラハバキ神なのですが、その後、同書は真偽論争の果てに偽書とされ、同時にアラハバキも幻の神となってしまいました。
もうひとつこの説を裏付ける根拠として、アイヌ語とアラハバキとの関係を指摘する説もあります。東北にいた蝦夷がアイヌになったという説は歴史学者・喜田貞吉と言語学者・金田一京助らによって主張されたのですが、その後東北大学の高橋富雄によって、中世以降の〔えぞ〕としての蝦夷がアイヌであることを確認しつつ、上代の〔えみし〕としての蝦夷はアイヌと同一視できないとの見解を示しました。しかし、『アイヌ語方言辞典』の編者・服部四郎によるとアイヌ語と日本語とが同系要素を含む蓋然性があると指摘しているのです。特に彼は信仰という状況では今の日本語とアイヌ語ではかなりの共通性が見られると指摘しているのです。そういった立場で「アラハバキ」という名前をアイヌ語で解読してみると、「arpa-pake」 と解すると、これは、行く(発つ・出発する)・首領(頭)、ほどの意味になるそうです。また「paki 」となるとこれは「エビ」の意味となるそうです。ここから弓を射ることのできるエビの人という意味で蝦夷という当て字がつかわれたという説もあります。またアラハバキをさしている客人神(まろうど)もmarapto を「お客」としています。しかし、かなりこの辺の話は確証に欠けるのであくまでも一仮説として考えてくださいね。
また、谷川健一氏は彼の著書『白鳥伝説』の中で、アラハバキを塞の神(サイノカミ)の性格に着目し、もともと蝦夷の神であったアラハバキ神を大和からみた支配地の塞の神として蝦夷をもって蝦夷を制したという考え方をしました。確かに宮城県多賀城にあるアラハバキ神社は多賀城からみて鬼門の方向にあります。兵士の履く脛巾から、アラハバキの名をつけて、蝦夷を撃退しようとしていたといわれています。

七宝経 阿含経

約2,500年前にお釈迦様が在世当時、非常に多くの阿羅漢(あらはん*仏陀と同等)や菩薩(ぼさつ)が現れました。お釈迦様の指導に従って成仏法(7科37道品*どうぼん)を習修し、輪廻の拘束を断ち切って、涅槃(ねはん*さとり)に到達する者たちが続出しました。転輪聖王(てんりんせいおう)たる、一人の仏陀(お釈迦様)が出現することで、その指導に従って成仏法の修行を継続し、四沙門果(ししゃもんか*仏陀の流れに入る四つの階梯)を得られた者は、三悪趣(地獄、餓鬼、畜生)の世界とは完全に縁が切れ、輪廻の拘束から脱出したといわれています。

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脳のある部分に電気ショックを与えると記憶力がブーストされることが判明

う脳の活動の正体は脳細胞の間に走る電気信号であり、これまで 脳に電気刺激を与えると高齢者のワーキングメモリ(作業領域)が劇的に若返ることや、 夜寝ている間に脳に刺激を加えると記憶力がアップすることなどが実験により明らかになっています。学術ジャーナル MIT Press Journalsに掲載された論文によると、今回新たに「頭皮の上から電気的刺激を与えるだけで記憶力をブーストすることができる部位が発見された」とのことです。

Anodal Transcranial Direct Current Stimulation to the Left Rostrolateral Prefrontal Cortex Selectively Improves Source Memory Retrieval | Journal of Cognitive Neuroscience | MIT Press Journals
https://www.mitpressjournals.org/doi/abs/10.1162/jocn_a_01421

Brain zapping can help retrieve forgotten memories
https://www.tribuneindia.com/news/science-technology/brain-zapping-can-help-retrieve-forgotten-memories/782048.html

Neuroscientists Have Improved Memory Retrieval by Zapping People’s Brains
https://www.sciencealert.com/a-brain-zap-to-a-particular-area-of-the-brain-might-help-you-recall-more-memories

脳のある特定の領域に電気を流すことで、記憶力を大幅に増強することができることを突き止めたのは、ロサンゼルス大学のジェシー・リスマン助教授らの研究グループです。研究グループは、平均年齢20歳の男女72名に対し、80個の単語を記憶させ、次の日に記憶した単語をどれだけ思い出せるかのテストを行いました。

by Tumisu

記憶テストは2回に分けて実施。最初はすべての被験者に、頭の上から取り付ける電極を装着させ、「電気を流すフリ」をしました。そして、30分後に実施した2度目のテストでは、被験者を3つのグループに分けて、1つ目のグループには「ニューロンを興奮させる電気刺激」を、2つ目のグループには「ニューロンを沈静化させる電気刺激」を与え、最後のグループには対照群としてもう一度「電気を流すフリ」を行い、最初の「電流を流すフリ」から比較してどれだけ単語を思い出す能力がアップしたかを観察しました。

その結果、3つのグループすべてにおいて記憶テストの成績改善が見られましたが、スコアの伸びは「ニューロンを興奮させる電気刺激」を受けたグループで15.4ポイント、「ニューロンを沈静化させる電気刺激」を受けたグループで5ポイント、2回とも「電気を流すフリ」を受けたグループで2.6ポイントと差が開きました。

このテストで電気刺激を与えたのが、左側の 前頭前皮質です。前頭前皮質はちょうどまゆと生え際の中間付近にある脳の部位で、これまで高度な認知行動や社会的行動に関与していると思われてきた部分でした。

By Ars Electronica

リスマン氏は3つのグループのうち、「電気を流すフリ」と「ニューロンを沈静化させる電気刺激」を受けたグループのスコア改善は「統計的に有意ではなく、単にテストに慣れただけ」だと結論。その一方で、「ニューロンを興奮させる電気刺激」を受けたグループの記憶力が大幅にアップしたことについて、「左側の前頭前皮質が記憶の想起に強く関与していることの証拠をつかむことができた」と述べました。

この実験で脳に刺激を与えるのに使われたのは「 tDCS(経頭蓋直流刺激)」という手法で、うつ病の治療などに使用されている実績があり、電極を埋め込むための外科手術なども不要です。過去には 手製のヘッドギアで脳をハックする流行に対し科学者が 警鐘を鳴らしたことがありましたが、今回の研究が進展すれば、誰もが安全かつ手軽に記憶力をブーストできる日が来るかもしれません。

超能力開発のシステム

超能力開発のシステム

チャクラを内分泌腺という近代医学、生理学の面からながめてみた。それでは、そのチャクラを、密教自身はどのように考え、どのように説明しているか、今度は密教の立場から見てみよう。

I ムラダーラーチャクラ

 体力が非常に増進して、普通人の三?五倍の精力を持つようになる。三日、四目の徹夜くらい

平気になる。一切の病気を受けつけず、健康体そのものとなる。病弱だった者は、その悪いところがみな癒ってしまうのだ。このチャクラにを集中したとき瀕死の病人でも床を蹴って立ち上るだろう。男女ともに実際の年令より10歳以上若くなる。そのかわり、強烈な性欲と生殖力を持つようになるので、その干不ルギーを、オージャスという知能の干不ルギーに変える方法をあわせ教える。

2 スヴァジスターナーチャクラ

 このチャクラにエネルギーを集中すれば、気力が充実し、勇敢になって、積極果敢な行動力をチャクラの発揮するようになる。なにものをも畏れず、なにごとにも惑わず、不動の信念をもってどんな困難にもひるまない。生死を超越した超人的手腕力量を発揮する。

3 マニピューラーチャクラ

 ヨーガースートラの「臍輪に綜制をほどこすことによって、体内の組織を知ることができる」というのが、このチャクラである。体内の組織を知ることができるというのは、ただ知るということだけではなく、からだの組織を自由にコントロールすることができるということである。それも、自分のからだだけではなく、他人のからだも自由にコントロールする力を持つから、人の病気なども即座に癒してしまうのである。

 このチャクラは、五気のうちの「サマーナの気」に属するものであるから、「サマーナ気を克服するならば、身体から火焔を発することができる」とあるように、このチヤクラを綜制することにより、火のエネルギーを出せるようになる。念力の護摩の火は、このチヤクラと、ヴィシュダー・チヤクラを使って出すのである。クンダリニー密教の奥義書には、「定に入って目を閉じているとき、このチャクラから、黄色味を帯びた白熱の火焔が水蒸気のように立ちのぼるのが見え、また、道を行くとき、同じ色をした火焔に腰から腹部のあたりがつつまれているのが見える。うすい煙か霧のように見えることもある」と記されている。このチヤクラが、ムラダーラーチヤクラで増強された生殖干不ルギーを、別な物質に変化させる。(どうしてそれができるかはあとで述べる)おなじように、体内に入ってきた毒物、毒素は、このチヤクラが分解したり、べつな物質に変えてしまう。だからPCB、DDT、などの毒物も、このチャクラの力で無害のものにしてしまうことができる。

 はっきり火焔が出せるようになると、物質原素を変化させて、べつな物質に変えてしまう力を持ちはじめる。

4 アナハターチャクラ

 他心通の力があらわれてきて、他人の心が手にとるように分るようになると同時に、他人の心を自由に動かす力が出てくる。

 つづいて、目に見えぬものの高い心(聖霊、神霊、主導霊と表現する)と心を交流することができるようになる。自分にとって不可解な、理解できぬことなどを、天地にみちた、すぐれた心、智恵の干不ルギーに同化してそこから聞くことができる。つまり、人の肉体はほろびても、その人の持っていた心のエネルギーはこの空間に痕跡をとどめているので、このチヤクラでその心の波動と同じ波動になれば、その心が持っていたすべてのもの、意識も、知能もみな自分と同化して自分のものになるということである。そういう意味で、このチヤクラに十分熟達すると、霊界(四次元)の世界と交流の道がひらけるのである。

5 ヴィシュダー・チャクラ

 超人的な聴力がそなわる。実際に、このチヤクラが使えるようになると、それまで全く聞こえていなかったある音響を聞くことができるようになる。これは私自身の体験であるが、

ことは、人の聴覚は、四〇、〇〇〇?五〇、〇〇〇キロサイクルの振動波しか聞くことができないが、このチヤクラを修得すると、その倍以上に聴覚の幅がひろがるということである。一〇〇メートルはなれて人の心臓の鼓動も聞くことができるということである。ちなみに、犬の聴覚は、八〇、〇〇〇?九〇、〇〇〇キロサイクルとされている。

 また、いろいろな声を聞く。主導霊の声をはっきり耳にするようになる。

 ヨーガースートラにある「あらゆる生きものの叫び声の意味がわかる」という能力が身にそな

わる。仏教の天耳通である。

 また、このチヤクラは、頭部、上肢(両腕)及び胸部の筋肉運動に深い関係を持つ。

6 アジナー・チャクラ

 異常な透視力を持つようになる。ヨーガースートラにある「心の発現にそなわる光をあてることによって、どんなに微細なものでも、人目につかぬところにかくされているものでも、はるか遠くにあるものでも知ることができる」という能力である。

 テレパシー能力が生ずる。ヨーガースートラにいう″大肌身″が可能になるのはこのチヤクラである。

 このチヤクラは、また、命令のチヤクラ、願望成就のチヤクラ、自在力のチヤクラともいわれ、熟達すると、自然に命令してこれを自在に動かし、自由に支配ナることができるようになる。すなわち、八種の自在力をそなえるようになる。八種の自在力とは、前にも述べたように、

山身体を極限まで小さくして、岩などを自由に通り抜ける力 即からだを大空にいっぱいになるほど大きくする力 即蓮の糸や綿くずよりも軽くなる力 ㈲望みのままに、月にでも指をふれることができる力 即自分の意志するままに、どんなことがらでも実現できる力 世界を創造し、支配する力 閉万物を自分の意のままに従わせる力 大地のように身を重くすることのできる力、あるいは、自分の意欲の対象を必ず手に入れることのできる力、の八種でる。

7 サハスララーチャクラ

 頭のなかの光明Murdhajyotioといわれるチヤクラである。Brahma randhra梵の座、梵の裂け目という頭蓋骨の接合するところの真下に位置する。梵の座、梵の裂け目とは、梵すなわち聖なるもの、と一体になる場所という意味である。

 このチヤクラを目ざめさせると、この部位に光明があらわれて、燦然とかがやく。頭のなかの光明である。

 このチヤクラはすべてのチヤクラを統合してこれを自由に制御する。すべてのチヤクラを自由に制御することができるようになると、彼は次第に変身する。昆虫が全身を覆うかたい表皮を次第に溶かし、しなやかな、しかし丈夫な羽翼を自然に身につけて、空飛ぶ蝶に変態するごとく、

彼はヒトからべつな生物に変身する。三次元生物のホモーサピエンスから四次元生物の超・ヒト、ホモーエクセレンスに変身する。ヨーガでは、これを聖なるものと一体になる、と形容した。

このチヤクラを、聖霊が宿り、聖霊と交流するところであるといっている。このチャクラを完成した修行者を、超人、大師、救済者と呼ぶ。超人は、物質世界を超越し、時間と空間の制限を受けない。ヨーガースートラにあるように、自由に自分の肉体を消失させ、一瞬のうちにヒマラヤ

の奥地から東京に飛来し、一刹那のうちにヨーロッパヘ去る。彼は、四次元世界の時間と空間の秘密を体得しているのである。二次元(平面)世界の生物にとって、三次元(立体)世界の生物の行動はナソとしか思えぬように、三次元生物のわれわれには、四次元世界に住む超人の動きは

全く理解できない。インドでは、仏陀が超人であるとして、このチャクラの完成者であることを、形を以て示している。その形を、おそらく、あなたも必ず目にしているはずなのであるが、あなたは多分そのことに気づいていないのであろうと思われる。

 このことについて、「ザーチャクラス」の著者、Leadbeater氏は図を示して解説している。

 、ジャワの寺院の仏像である。上は東大寺法草堂の仏像である。この二つの像の頭部がサハスララーチャクラの、二つの型を示しているのである。下の像は、チャクラによって発達した頭蓋をそのまま示している。この頭頂の盛りあがりは、多くの人びとが考えているように、マゲではないのである。これは、肉皆といって、仏陀の持つ「三十二相」のひとつで、頭骨がこのように発達して盛りあかっているのである。なぜ発達したかというと、このチャクラの修行によるもので、その盛りあがりはこの修行を完成したことをあらわしているのである。だから、修行中の仏陀の頭骨はこのように盛りあがりを見せず、普通人とおなじ頭蓋をしている。修行を完成して仏陀に変身したとき、彼の頭骨はこのように変化している。

 Leadbeater氏によればこの像の頭部は、「最初に九六〇の花弁のように大きい盛り上り、それから、頂きに、それから上っている十二のより小さい盛り上りがある」といっている。このチャクラは、中心の幅が十二、その周囲の輪は、九六〇である。氏る。は、このかたちが、仏陀に象徴されるこのチャクラの二つの型のうちのひとつであるといってい