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多くの人は人生の目的を知らないで生きている

多くの人は人生の目的を知らないで生きている

私たちは子供の頃から、何も知らされずに生きてきました。

 

“何も知らされずに”とはどういうことかと言うと「自分は何のために生きているのか?」「自分が生きている目的は何なのか?」という生きている理由のことです。

 

多くの人は、子供の頃から「何のために生きているのか?」という理由を知らされず、ただ毎日を漠然(ばくぜん)と生きてきました。

 

朝起きてご飯を食べて、学校へ行き、友達と遊んだり勉強をしたり、部活をして家に帰ってご飯を食べて、テレビを見て風呂に入って、夜になると寝ます。

 

大人になってもそのような生活は変わらず、会社に行って仕事をして、家に帰ってテレビを見て、晩ごはんを食べて寝るという生活を繰り返しています。

 

すべての人が全くそのような生活をしているとは言いませんが、おそらく大半の人が、そのような漠然とした生活をしているのではないでしょうか?

 

そこには「何のために生きているのか?」「生きている目的は何なのか?」という人生の意義を理解した生活というものがありません。

 

ほとんどの人は「自分が何のために生きているのか?」という明確な目的や目標を持たずに生きています。

 

そのため多くの人が人生に疲れ、困難や苦難に直面した時、それを乗り越えられずに挫折していくのです。

 

人生の目標や目的を持たずに生きているということは、出口の見えない迷路を歩いていることと同じであり、暗闇の中で不安な人生を生きているということです。

 

人間はある目的を持ってこの世に生まれている

大半の人は、ただ毎日を「楽しく暮らせばそれでいい」「病気をせずに元気で暮らせばいい」「人に迷惑を掛けずに暮らせばそれでいい」というようなことを考えて生きています。

 

それはそれで間違ってはいないのですが、それよりももっと本質的で明確な理由が存在するのです。

 

実は人間がこの世に生まれて生きているということは、ある目的を持って生まれてきたということを、多くの人は知りません。

 

そのある目的とは“人間は進歩向上するために生まれてきた”ということです。

 

人間がこの世に生まれて、生きている目的を一言でいえば“進歩向上するため”ということであり、人間は進歩向上するために生きているのです。

 

人は、今日よりも明日、明日よりも明後日というように、年をとるごとに進歩向上していかなければならないのです。

 

それは自分のためでもあり、周りの人のためでもあります。しかし、最終的には自分の行いは自分に返ってくるので、進歩向上は自分のためになるということです。

 

また、進歩向上するということはどういう事かというと、無知な自分から抜け出し、正しい知識を身につけるということです。

 

つまり、善と悪の正しい判断基準を身に付け、自分の思考と行動を善なる方向へ導くということです。

 

自分の思考が善なる方向へ進んでいくと、自分の身の回りから悪というものが、しだいに消えていくことになります。

 

そして、自分の精神的レベルが上がり、人格が向上していくことになります。

 

また、人間の生きている目的が“進歩向上するため”という確かな証拠は、今までの地球の歴史を見ても明らかです。

 

地球の歴史は昔に比べて現在は明らかに進歩向上しており、人間の精神レベルも、悪(無知)から善へと少しずつ進化しています。

 

しかし、中には「人間は死んだら終わりなのに、進歩向上してもムダではないか?」と反論される方もおられると思います。

 

そのような疑問をお持ちの方は、第九章「人間の死について」をお読みいただき、人間は死んでも、それで終わりではないということを理解していただきたいと思います。

 

霊性とはなにか 

霊性とはなにか

 

 わたくしは、人間は霊的存在だと考えている。

 なぜならば、人間が、特殊な生命形態を持っているからである。

 特殊な生命形態とはどういうものか?

 釈尊の「成仏法」を修行すると、それがよくわかるようになるのであるが、ここは、瞑想によって悟りを完成し、仏陀になられた大霊覚者ゴータマーブッダ、釈尊の語るところによって、それを知っていただこう。

 中阿含経という釈尊直説の経典で、釈尊はこう語るのである。

中阿含経「黄蘆園経」

 しょうじょう   ぇ   ぼん   にゅうなん    よ じゅう

……我已に是の如き定心を得、清浄にして機無く煩無く柔軟にして善く住

し不動心を得、憶宿命智通を覚りて作証しぬ。我行有り相貌有り、本

無量の昔経歴せる所を憶うに、謂く一生・二生・百生・千生・成劫・敗

劫・無量の成敗劫なり。彼の衆生某と名づけ、彼昔更に歴ぬ。我曾て彼に生じ、是の如き姓、是の如き字にして、是の如く生じ是の如く飲食し、是の如く苦楽を受け、是の如く長寿し是の如く久しく住し是の如く寿詑り、此に死して彼に生じ、彼に死して此に生じ、我生じて此に在り、是の如き姓、是の如き字にして是の如く生じ是の如く飲食し、是の如く苦楽を受け、是の如く長寿し是の如く久しく住し是の如く寿詑りぬと。これを我その時初夜にこの第一明達を得と謂い、本放逸無きを以て遠離に楽住し、修行し精勤し、謂く無智滅して而も智生じ、闇壊れて而も明成り、無明滅して而も明生じ、謂く憶宿命智を作証し明達しぬ。また次に梵志、我已に是の如き定心を得、清浄にして機無く煩無く、柔軟にして善く住し不動心を得、生死智通を学び作証し、我清浄の天眼の人〔眼〕を出過せるを以て、この衆生の死時生時、好色悪色、妙と不妙と、善処及び不善処に往来するを見、この衆生の所作業に随いてその如真を見、若しこの衆生身悪〔行〕、口・意悪行を成就し聖人を誹誇し、邪見にして邪見業を成就すれば、彼これに因縁して身壊れ、命終りて必ず悪処に至り地獄の中に生ぜん。若しこの衆生身妙行、口・意妙行を成就し、聖人を誹膀せず、正見にして正見業を成就すれば、彼これに因縁して身壊れ、命終りて必ず善処に昇り天中に上生せんと〔見亘。これを我その時中夜にこの第二明達を得と謂い、本放逸無きを以て遠

離に楽住し修行精勤し、謂く無智滅して而も智生じ、闇壊れて而も明成り、無明滅して而も明生じ、謂く生死智を作証し明達しぬ。また次に梵志、我已に是の如き定心を得、清浄にして機無く煩無く、柔軟にして善く住し不動心を得、漏尽智通を学び作証し、我この苦の如真を知り、この苦の習を知り、この苦の滅を知り、この苦滅遣の如真を知り、この漏の如真を知り、この漏の習を知り、この漏の滅を知り、この漏滅遣の如真を知り、我是の如く知り、是の如く見、欲漏心解脱し、有漏・無明漏心解脱し、解脱し已りてすなわち解説を知り、生已に尽き梵行已に立ち所作已に弁じ、更に有を受けずと如真を知る。これを我その時後夜にこの第三明達を得と謂い、本放逸無きを以て遠離に楽住し修行精勤し、謂く無智滅して而も智生じ、闇壊れて而も明成り、無明滅して而も明生じ、謂く漏尽智を作証し明達しぬ。……

(読下しは「国訳一切経」を参照させていただいた)

[大意]

 わたし(釈尊)は、つねに努力精進し、その想いは確立してすこしもみだれず、体は安楽で動揺せず、心は禅定に入って静かである。そのわたしがあるとき、瞑想に入ってしだいに禅定が深まってきた。第一禅定から第二、第三、第四禅定まで深まるにつれて、心に想い浮かぶなにものもなくなり、喜びや楽しみだけとなり、そして遂にはそれもなくなって、ただ清浄な想いだ

けとなった。

 そのとき、わたしの心は、一点のけがれもなく、清く明るく、絶対不動であった。そしてわたしの心の眼はおのずから前世の光景に向けられていった。それは一生だけではなく、二生、三生、十生、二十生、そして無限の生涯の、生きかわり死にかおりした光景が展開してきた。これが第一の智慧である。

それからわたしの心は、あらゆる衆生の相に向けられてきた。わたしぱ超人的な眼力でその相を見た。そこには貰いもの、賤しいもの、美しいもの、醜いもの、幸福なもの、不幸なものの、それぞれの宿業が渦巻いていた。これが第二の智慧である。

 それからわたしは、苦・集・滅・道の四諦(四つの真理)をありのままに知り、わたしの心は、あらゆる存在の相から、全く解放され、ふたたびそれに執着することはなくなった。これが第三の智慧である。

 釈尊は瞑想によって、自分の前生の、二生、三生、十生、二十生、さらには無限の生涯の、生き変わり死に変わりしてきた光景を見ているのである。それは自分だけではなく、あらゆる人間の前生と、さらに後有(このっぎの人生)を見ているのである。

 釈尊はここで、決しておとぎ話や、たとえ話、寓話をのべているのではない。

釈尊の成仏法を修行すれば、その真実であることがすぐわかる。その修行により、わたくし自身、人の三、四世代前、そしてつぎの世代における存在までは透視できるようになっているのである。

 人間の生命は、多くの人たちが考えているように、決してひとつの生涯だけで終わるものではないのである。ある生涯が終わったら、またひきつづき、つぎの生命形態に移っていくのである。

 多くの人たちはその認識がなく、ひとつの生涯のみで、人の生命は終わるものと思っている。ここに、決定的な、そして致命的な生命観の欠陥があるのである。

霊性とはじつにそれを知る趨性なのだ。

 人の依って来たるところを知り、去るところ、往くところを知る能力である。

いわゆる来所を知り、往所を知る智慧である。これを得れば、人はおのずから、なにをなすべきか、なにをなさざるべきかがわかってくる、そこから人間の真の進歩、発展がスタートするのである。それがないから、人間は、霊的に少しも進歩せず、発展せず、いつまでも低いところを輪廻して、無限にさまよい歩いてい

るのである。いや、それだけではない。その果てに、人間は、自分の住む人切な世界を、自らの手で壊滅させてしまうことになるのである。

 この無知を、釈尊は、「無明」(自民罵)と名づけたのである。

 

ショウジョウバエの論理

 この「無明」という言葉には、二つの意味がある。

 まったくの無知と、完全な闇である。

 「明」には明知(智慧)と、光明、の二つの意味がある。

 真実を悟る智慧を持たず、真っ暗闇の中を、手さぐりで歩いている状態である。まことに人間はそのとおりではないか。来たるところを知らず、往くところを知らず、ただ現在(現生)あるのみである。その現在を、ひたすら目先の利益追求に狂奔する。その結果、いかなるところに往くのか、いかなる世界に、いかなる生命形態として存在することになるのか、まったくお先真っ暗である。

 「第三の目」は、このお先真っ暗な闇の世界を見通すのである。「第三の目」に闇はない。真昼のごとく明らかに見ることができるのである。

 奇妙なことに思われるかもしれないが、わたくしは、釈尊の十生、二十生を見通す力を思うごとに、ショウジョウバエを想い起こすのである。

 ショウジョウバエは、その世代が極端に短い。ふつう、一世代がわずかに約一ヵ月である。だから、何十世代もの変遷を短時間で見ることができる。

 そこで、生物学者や、遺伝学者は、ショウジョウバエを使って、その変化を実

験する。ひとつの遺伝子の変化が、何十世代のうちに、どういう結果を生ずる

か、目のあたりに知ることができるのである。

 釈尊の叡智もそれである。

 彼のように、何十世代もの人間の移り変わりを如実に見ることのできる力をそなえていれば、ひとつの原因が、どのような経過を経て、どのような結果をもたらしたか、つぶさに知ることができる。彼がじっさいに語っているように、その人間がなんという名前で、いつ、どこに生まれて、どういう人生を送ったか、またその人生を終わって、つぎにまたどういう人生を迎えたか、ある生涯のどんな

 

 

 

ホモ·サピエンスとホモ·エクセレンス

ヒトを改造する超技術

ちがうのだ。
そういう分類とはまったく異質の区分が、ごく近い将来、われわれの世界に
あらわれようとしている。そういう動きが、すでに現在起ころうとしている。
それは、二つのヒト属である。
あたらしい人類とふるい人類,
ひとつは普通の現代人、ホモ·サピエンス(Homo-sapiens)である。これ
がふるい人類だ
もうひとつは、特殊な能力–バランスのとれた高度の脳を持った未来人、
ホモ-エクセレンス(Homo excellens)である。つまり、新しい人類だ。
ホモ·エクセレンスとは、ホモ·サピエンスが持たない特別な能力を身にっけた「優秀なるヒト」という意味である。ある人たちは、この未来人に、ホモ,インテリゲンス(聡明なるヒト)という名をつけている。
では、この優秀なる未来人,ホモ·エクセレンスは、どういう特殊な能力を持っているのか?かれの持ついくつかの特長をあげてみよう。

「未来の種属、超·ヒトは、おそらく三.九という脳発達度係数を持つだろう」
と、世界的に著名な人類学者、パリ大学のジョルジュ オリヴィエ教授は、
その著『ヒトと進化過去現在そして未来』の中で、こう語りはじめる。
こういうきわめてすぐれた生物の能力を、それよりはるかに劣ったわれわれが、あれこれいうことはできないが,とかれは断った上で、
「とにかく、この超·ヒトの知的能力は辛うじて想像することができる。
それは、たとえば、
1、第四次元の理解
2、複雑な全体をとっさに把握する能力
3、第六感の獲得
4、無限に発展した道徳意識の保有
5、とくにわれわれの悟性には不可解な精神的な特性

神社  札幌 豊平神社

豊平神社

東北地方からの入植者によって開拓が進められた歴史がある豊平地区と、美園地区の守り神として地域に親しまれている神社。家内安全、商売繁盛、交通安全、武運長久などの御利益があるとされています。
珍しい見開きに渡る御朱印には、豊平神社の本社で青森県にある猿賀神社にもまつられている主祭神・「上毛野田道命(かみつけのたみちのみこと)」と大蛇が描かれています。これは、征夷大将軍の坂上田村麻呂が今の東北地方平定に向かったときに、大蛇に姿を変えた田道命の神霊に助けられたという神話によるものです。


右ページに社名と御朱印、左に上毛野田道命の姿が描かれています ※見開きではなく、右ページだけのものも選べます

本殿向かって右には、御神木としてあがめられている樹齢200年を越すハルニレがあります

狛犬の奥にあるのがハルニレ。札幌市の保存樹木に指定されています

札幌市豊平区豊平4-13-1-18
TEL 011-811-1049
御朱印/300円(見開きの場合500円)

理想と現実   仏から見ると真実 Ideal and reality Truth from the Buddha

理想

心に一才の悪因ない、
身に一切の悪業なきゆえに、
心に一切のかなしみなく、
怒りなく、
怖れなく、
傲りなく、
身に一切の痛みなく、
苦しみなく、
一切の魔性怨敵退散して
内外ともにことごとく
無礙なり

現実は

身に一切の痛みあり、
苦しみあり

心に一切のあり、
怒りあり、
怖れあり、
傲りあり

心に一才の悪因あり、
身に一切の悪業ありゆえに

魔性怨敵があつめ

 

ideal
There ’s no evil cause
Because there is no bad work,
Without any heart in your heart
Without anger
Don’t be afraid
Don’t talk,
Without any pain
Without suffering
Dispel all the magical enemies
Everything inside and outside
Innocent
in reality
There is no pain in the body,
Suffering
There is nothing in the heart,
Angry,
Scared,
With resentment
There is a one-year evil cause in my heart,
Because there is no bad work
Magical enemy

『仏陀(メシア)の法』  瞑想にいい

仏陀(メシア)の法

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球に平和と安穏を!

ノストラダムスは予言していた。人類滅亡の危機を救う「メシアの法」の存在を。しかも、それは「日の国」にあると。本書は、このメシアの法のメカニズムが何かを説き、その実践法を紹介する。
著者・桐山靖雄
1991年4月25日発行
定価1,456円(税別)
平河出版社

七覚支

七覚支(しちかくし、巴: satta bojjhaṅgā, サッタ・ボッジャンガー)とは、仏教における修行内容の1つ。悟りの7つの支分をなす項目。「七等覚支」(しちとうがくし)[1]、「七菩提分」(しちぼだいぶん)[2]とも。「三十七道品」の中の1つ。

七覚支の内容は以下の通り
念覚支(sati-sambojjhaṅga) – 気づき(サティ)。心で今の瞬間の現象を自覚すること
択法ちゃくほう覚支(dhamma-vicaya–sambojjhaṅga) – 法の中から真実のものを選ぶ
精進しょうじん覚支(viriya-sambojjhaṅga) – 努力
喜覚支(pīti-sambojjhaṅga) – 喜びに住する
軽安きょうあん覚支(passaddhi-sambojjhaṅga) – 心身に軽やかさ・快適さを感じる
定覚支(samādhi-sambojjhaṅga) – 心が集中して乱れない
捨覚支(upekkhā-sambojjhaṅga) – 。対象に囚われない

やさしい梵字仏―幸せを祈る文字

東洋の精神の真髄  梵字 についての近代日本における草分け
2008年2月13日
形式: 単行本
「円流梵字」の創始者、三井’「円師の生涯の歩みから、その遺志を継承した窪田成円師による梵字仏書道講座の開講、国内外での梵字啓蒙普及の諸活動を網羅した本書は、梵字の研究、発展と三井氏の人生を著述した良書です。

梵字は真言宗などの卒塔婆、石塔などに広く用いられ、礼拝の対象となっていたが、時代の流れのなかで、正しい形が失われ、崩れた 梵字が伝えられるようになった。故 三井氏は大森禅戒師の研究を受け継ぎ、だれでもがわかりやすく、美しいく、正しい 梵字の研究、普及をなした偉人である。窪田成円氏は三井氏の後継者として、文字の芸術による、世界平和運動をされている人である。この書は 梵字の真髄にふれることのできる良書であるのでおすすめいいたします

実践般若心経瞑想法 DVD – 2002/1

実践般若心経瞑想法

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登録情報

  • DVD: 105ページ
  • 出版社: 平河出版社 (2002/01)
  • 言語: 日本語
  • ISBN-10: 4892033146
  • ISBN-13: 978-4892033148
  • 発売日: 2002/01
  • 梱包サイズ: 19.6 x 14.2 x 2.8 cm

 

商品の説明

内容(「BOOK」データベースより)

般若心経による瞑想法を映像化。鮮明な映像と音が織りなす瞑想宇宙があなたを静かにつつみ込みます。

著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より)

桐山/靖雄
阿含宗管長(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです

実践輪廻転生瞑想法Ⅱ』では、いよいよ本格的な瞑想法に入る。
クンダリニー・ヨーガの極秘伝「火の呼吸法」
こころに筋肉をつくる「意念(こころ)の訓練」
チャクラ開発に必要なパールを授ける「クンダリニー・パールの授与」
チャクラを覚醒させる「チャクラ開発」
あなたを英雄に変える「スヴァーディシュターナ瞑想法」
輪廻転生瞑想法のひとつである「輪廻転生曼荼羅瞑想法」を映像化。
いっそう仏陀へ近づく瞑想法である。

【DVD内容】
日本語・英語二カ国語
DVD85分
1.桐山靖雄メッセージ
2.火の呼吸法
3.意念(こころ)の訓練
4.クンダリニー・パールの授与
5.チャクラ開発
6.スヴァーディシュターナ瞑想法
7.輪廻転生曼荼羅瞑想法

著者・桐山靖雄
2014年12月1日発行
定価2,800円(税別)
平河出版社

輪廻転生瞑想法〈1〉―Reincarnation Meditation Method <1>-The Ruyi Hoju Religious Secret Method Reborn as an Ideal Self

説明
内容(「BOOK」データベースより)
これはあなたの幸せな未来の設計図です。来世は現世の結果。この世をよりよく生きれば来世もよりよいものとなる。この本には、自分が理想とする人間に転生する方法「輪廻転生瞑想法」が説かれている。この瞑想法を実践することで、理想的な来世の設計図を自分で描き、それにしたがって思う存分にすばらしい人生を送ることができるようになる、すばらしい法である。わたくしはこの「輪廻転生瞑想法」が、多くの人に生きる希望をあたえるものだと確信している。花を見つめる瞑想から、理想の自分への第一歩を踏み出そう。

著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より)
桐山/靖雄
阿含宗管長、中国・国立北京大学名誉教授、中国・国立中山大学名誉教授、中国・国立佛学院(仏教大学)名誉教授、サンフランシスコ大学終身名誉理事、モンゴル国立大学学術名誉教授・名誉哲学博士、モンゴル科学アカデミー名誉哲学博士、タイ王国・国立タマサート大学ジャーナリズム・マスコミュニケーション学名誉博士、ロンドン大学SOAS名誉フェロー、チベット仏教ニンマ派仏教大学名誉学長・客員教授、スリランカ仏教シャム派名誉大僧正、ミャンマー仏教界最高の僧位・法号を授受、中国国際気功研究中心会長(北京)、ダッチ・トゥリートクラブ名誉会員(ニューヨーク)、日本棋院名誉九段、中国棋院名誉副主席(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)

 

ニつの修行からなりたつ輪廻転生瞑想法
この「輪廻転生瞑想法」は二つの修行からなりたってぃる。
その第一は瞑想そのもので、第二の修行は日常の生活のあり方を正しくする
ということである。それぞれについて解説してぃこう。

[一、深層意識をつかう瞑想法]
わたくしが教える瞑想次第に則って、自分が望む来世の境遇・状況を明確に
強く観想していく。
どのような家庭に、どのような人間として、どのような能力・素質を持って
生まれていくかという人生の設計図を創り、それをありありと念じるのである。
人間の意識は表面意識・潜在意識・深層意識の三層に大きく分けることがで
きる。この深層意識の領域に霊魂の宿る揚がある。換言すれば、脳のある部分
に霊魂がおさまっているのである。そして人が臨終を迎えると、霊魂は肉体を
離れて霊的世界へ行き、やがて転生する。
霊魂は魂塊ともいう。魂とは霊魂全体を、院はその核をさす。鶏卵にたとえ
るならば、卵全体が魂になり、黄身が塊にあたる。この院の中に、その人のあ
らゆる記憶が詰まっている。それは現在の人生における経験だけではなく、前
世、前々世、三世前、四世前、五世前……というような、これまでのすべての
過去世における記憶が残されているのである。
いや、人間としての記憶だけではなく、さらには生命の進化の記憶も保存さ
れている。

 

Reincarnation meditation method consisting of two trainings
”This“ Reincarnation Meditation Method ”consists of two practices.
The first is meditation itself, the second is to correct the way of daily life
That’s what it means. Let’s explain each one.

[Meditation method using deep consciousness]
Clarify the circumstances and circumstances of the afterlife that I want in accordance with the meditation that I teach
I think strongly.
What kind of family, what kind of person, what kind of ability and quality
I make a blueprint of my life as if I will be born, and I think it will be.
The human consciousness can be broadly divided into three layers: surface consciousness, subconsciousness, and deep consciousness.
Yes. There is a soul dwelling in this area of ​​deep consciousness. In other words, some part of the brain
The soul is subdued. And when a person comes to an end, the soul
Go away to the spiritual world and eventually reincarnate.
The soul is also called the soul mass. The soul refers to the entire soul and the inn refers to its core. Parable for eggs
The whole egg becomes the soul and the yolk hits the mass. In this house, the person’s
Lots of memories are stuck. It ’s not just about your current life experience,
All the past, such as the world, the pre-morte, the pre-third, the pre-four, the pre-fifth …
The memories of the past world are left behind.
No, not only memories as human beings, but also memories of the evolution of life are preserved
It is.