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愛染明王

愛染明王

愛染明王(『図像抄』〈十巻抄〉より)
木造愛染明王坐像 東京国立博物館蔵、内山永久寺旧蔵、鎌倉時代、13世紀、重要文化財
愛染明王(仏像図彙 1783年)

愛染明王(あいぜんみょうおう rāgarāja[1])は、仏教の信仰対象であり、密教特有の憤怒相を主とする尊格である明王の一つ。愛染王とも[1]

概説

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金剛薩埵Vajrasattva)の化身で、通常は17尊、時に37尊を眷属とする[1]

異名

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覚禅鈔』には、愛染明王の異名として「吒枳王」を挙げ、『妙吉祥平等秘密最上観門大教王経』(大正蔵No.1192)には、吒枳王が「大愛明王」と訳されている。

また『瑜祇経』における“愛染王一字心明”が「ウン・タキ・ウン・ジャク」(吽 吒 枳 吽 惹入聲 )とあるので、那須政隆は吒枳明王(Țaki)を愛染明王であるとしている[2][注 1][4]

密号

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愛染明王の密号は『離愛金剛』である[5] [注 2][注 3]。ここでの「離」は生死のとなる因子の煩悩や渇愛を離れる意味で、「愛」は菩提(覚り)の妙果を愛する意味であるので[5]、『離愛金剛』は「愛欲(煩悩)を離れ、大欲に変化せしむ」の意味となる[6]

尊容と信仰

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木造愛染明王坐像 東京国立博物館蔵、内山永久寺旧蔵、鎌倉時代、13世紀、重要文化財

愛染明王は一面六臂で他の明王と同じく忿怒相であり、頭には獅子の冠をかぶり、宝瓶の上に咲いたの華の上に結跏趺坐で座るという、大変特徴ある姿をしている。その身色は真紅であり、後背に日輪を背負って表現されることが多い。

造像形態としては、近現代の自由な発想に依る描画・造形を除き少なくとも日本においては、前述のとおり座像で顕されることが圧倒的に多く、立像は、彫刻では和歌山県紀の川市円福寺が所蔵する江戸時代の作例と、山梨県甲斐市天澤寺山門の二天像(対となるのは摩利支天立像)を成す江戸時代の、「目黒不動」と通称される東京都目黒区瀧泉寺本堂安置の像(本尊須弥壇向かって左側の唐破風・防護ガラス付きの龕内に安置。照明も十分でなく礼拝位置からも距離があるため像容は判然としないが、江戸初期は下らない時期の作とされる)が知られる[注 4]

また、『瑜祇経』第五品に記される偈頌(げしゅ)である「衆星の光を射るが如し」の部分を再現した天に向かってを引く容姿の造像も存在し、高野山金剛峯寺に伝えられる「天弓愛染明王像」や、京都府木津川市山城町の神童寺像、山梨県甲州市塩山の放光寺像などが著名である。更には、日蓮筆と伝える「愛染不動感見記」の馬に乘る八臂像や、両頭など異形の容姿で描かれた図像も現存する。

愛染明王信仰は「恋愛・縁結び・家庭円満」などをつかさどる仏として古くから行われており、また「愛染=藍染」と解釈し、染物・織物職人の守護仏としても信仰されている。さらに愛欲を否定しない[8]ことから、古くは遊女、現在では水商売の女性の信仰対象にもなっている。

日蓮系の諸宗派で祀られる「大曼荼羅御本尊」では、題目南無妙法蓮華経」の右側に不動明王の種字「カーン」が、左側に愛染明王の種字「ウーン」が配置されている。また寺院の本堂では「三宝尊」の周囲に配置される仏・菩薩・祖師像などと並び、不動明王像と相対して愛染明王像が配置される。

なお日蓮の曼荼羅における不動明王は生死即涅槃を表し、これに対し愛染明王は煩悩即菩提を表しているとされる。

軍神としての愛染明王への信仰から直江兼続は兜に愛の文字をあしらったとも考えられている[9]

愛染明王の功徳

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本誓と功徳

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いわゆる愛染明王の姿の特徴は、一面三目・六臂で、頭上には獅子の冠を頂き、冠の上には五鈷鉤が突き出ていて、その身は赤色で宝瓶の上にある紅蓮の蓮華座に、日輪を背にして座っている。これらの相が示すその象徴的な意味は以下のようになる。[10]

  • 燃え盛る日輪を「織盛日輪」と言い、日輪は仏のもつ無上の浄菩提心を表し、燃え盛る炎は智火煩悩に基づく執着や愛欲をことごとく焼き尽くし、その「愛染三昧」の禅定が不退転となる仏の勇猛心であることを表している。
  • 頭上に獅子の冠を頂き、髪の毛を逆立てて怒髪天を突くさまを表すのは、百獣の王である獅子が吼えるとあらゆる猛獣もすぐに静かになる譬えのように、憤怒の怒りの相と獅子吼によって諸々の怨敵を降伏して、一切衆生を救済することを表している。
  • 冠の上に五鈷鉤が突き出ているのは、衆生の本有(ほんぬ)の五智を呼び覚まして、邪欲を捨てさせて正しい方向へと導くことを意味し、愛染明王の大愛[注 5]が衆生の心に染み入り、仏法の真実を体得せしめることを表している。
  • 一面三目で身体が赤色であり、その身を五色の華鬘で荘厳する点は、三つの眼は法身と般若と解脱を意味し、世俗面においては仁愛と知恵と勇気の三つの徳を表す。身体が赤く輝いているのは、愛染明王の大愛と大慈悲とがその身体からあふれ出ていることを意味し、五色の華鬘でその身を荘厳するのは、五智如来の持つ大悲の徳を愛染明王もまたその身に兼ね備えていることを意味し、両耳の横から伸びる天帯[注 6]は、「王三昧」に安住して如来の大法である真理の教えを聞くことを表している。
  • 六臂として手が六本あるのは、六道輪廻の衆生を救う意味をもつ。また、左右の第一手は二つで「息災」を表していて、左手の五鈷鈴は、般若の智恵の音と響きにより衆生を驚愕させて、夢の如きこの世の迷いから覚醒させることを表し、右手の五鈷杵は、衆生に本有の五智を理解し体得させて、愛染明王の覚りへと到達せしめることを表している。[11]
  • 左右の第二手は二つで「敬愛」と「融和」とを表していて、左手の弓と右手の矢(箭)は、二つで一つの働きをするので、この世の人々が互いに協力して敬愛と和合の精神を重んじ、仏の教えを実践する菩薩としての円満な境地に至ることを意味している。また、愛染明王の弓矢は、大悲の矢によって衆生の心にある差別や憎しみの種を射落とし、菩提心に安住せしめることを意味し、そして矢は放たれるとすぐに目標に到達することから、愛染明王への降魔や除災、男女の縁結び[12]における祈念の効果が早く現れることをも表している。
  • 左右の第三手は二つで人生の迷いや煩悩による苦しみの世界を打ち払う「増益」と「降伏」とを表していて、左手に拳を握るのは、その手の中に摩尼宝珠を隠し持っていて、これは衆生が求めるあらゆる宝と財産や、生命を育むことを意味していて、右手の赤い未敷蓮華(みふれんげ)は、それらの衆生の財産や生命を奪おうとする「四魔[注 7][14]に対して、大悲の鞭を打ち振るい、魔を調伏することを表している。
  • 愛染明王が座っている紅蓮の蓮華座は、「愛染三昧」の瞑想から生じる大愛の境地を実現させた密教的な極楽浄土を意味していて、その下にある宝瓶は、仏法の無限の宝である三宝を醸し、経と律と論の三蔵を蔵することを表している。また、その周囲に宝珠や花弁が乱舞するのは、愛染明王が三宝の無尽蔵の福徳を有することを意味している。

愛染明王十二大願

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更に、愛染明王は一切衆生を諸々の苦悩から救うために十二の広大な誓願を発しているとされ、その内容は以下のようになる。[15]

  1. 智慧の弓と方便の矢を以って、衆生に愛と尊敬の心を与えて、幸運を授ける。
  2. 悪しき心を加持して善因へと転換し、衆生に善果を得せしめる。
  3. 貪り・怒り・愚かさの三毒の煩悩を打ち砕いて、心を浄化し、浄信(菩提心)を起こさしめる。
  4. 衆生の諸々の邪まな心や、驕慢の心を離れさせて、「正見」へと向かわせる。
  5. 他人との争いごとの悪縁を断じて、安穏に暮らせるようにする。
  6. 諸々の病苦や、天災の苦難を取り除いて、信心する人の天寿を全うさせる。
  7. 貧困や飢餓の苦悩を取り除いて、無量の福徳を与える。
  8. 悪魔や鬼神・邪神による苦しみや、厄(やく)を払って、安楽に暮らせるようにする。
  9. 子孫の繁栄と、家運の上昇、信心する人の一家を守って、幸福の縁をもたらす。
  10. 前世の悪業(カルマ)の報いを浄化するだけでなく、信心する人を死後に極楽へ往生させる。
  11. 女性に善き愛を与えて良い縁を結び、結婚後は善根となる子供を授ける。
  12. 女性の出産の苦しみを和らげ、その子のために信心すれば、子供には福徳と愛嬌を授ける。

種字・印・真言

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種字

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  • ウーン (hűṃ、हूं)[16]
  • ウン(hhuṃ) [17]

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  • 愛染明王根本印[16]

真言

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  • オン・マカラギャ・バゾロウシュニシャ・バザラサトバ・ジャク・ウン・バン・コク[18]
Oṃ mahārāga vajroṣṇīṣa vajrasattva jaḥ hūṃ vaṃ hoḥ[19]
  • ウン・タキ・ウン・ジャク (一字心明)[2]
吽(引)吒枳吽(引)惹(入聲)[2]
Hūṃ ṭaki hūṃ jaḥ[注 8]
  • ウン・タキ・ウン・ジャク・シッジ[20]
吽吒枳吽惹悉地[20]
Hūṃ ṭaki hūṃ jaḥ siddhi[19]

愛染明王の起源

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平岡龍人は『密教経軌の説く 金剛薩埵の研究』の中で、これを「タキ = 欲(欲の自性)」と、「フン = 憤怒」と、「ジャク = (欲と憤怒の)両者を鈎招し」と訳し、「タキ・フン・ジャク」の真言を「一切世間の全ての有情を欲と憤怒で清める」と訳した上で、この「具徳金剛手」を金剛薩埵の「愛染三昧」の化身で、愛染明王と同様の姿であるとしている[21]。また、栂尾祥雲は『理趣の研究』の中で、『理趣経』の主題である五秘密について触れ、「欲・触・愛・慢」における金剛薩埵の「五秘密の三昧」は愛染明王の姿であるとし、『理趣経』の本尊は愛染明王に他ならないとしている[22]

愛染明王と不動明王

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日本では、この不動明王と愛染明王の両尊を祀る形式が1338年頃に成立した文観の『三尊合行秘次第』[注 9]に始まるとする説がある[23]。この説に基づくならば、現在、広島県にある円光寺・明王院(福山市)[注 10]は、大同2年(807年)に空海が開基したと伝えているが、この寺の境内にある五重塔(国宝)は貞和4年(1348年)に建立され、初層に大日如来を本尊として左右に不動明王と愛染明王を祀っているので、日本におけるその初期の例として挙げることが出来る。ただ、文観自身はこの書を書写したとしており、密教の事相上では『三尊合行秘次第』の本尊となる如意宝珠は特殊な形をしていて「密観宝珠[24]とも呼ばれ、如意宝珠形の下に五鈷杵を配した舎利塔仏舎利を入れたものであるところから、これを如意輪観音の三昧耶形であるとして、空海の直弟子に当る観心寺の檜尾僧都実恵や、醍醐寺の開祖理源大師聖宝の口伝にまで遡ろうとする考え方もある[25]

ちなみに、高野山には空海の請来になる品物を保管している「瑜祇塔」という建造物がある。この名は、愛染明王と同じく『瑜祇経』を典拠としているが、その正式名称は「金剛峯楼閣瑜祇塔」で、高野山真言宗の総本山である金剛峯寺の呼び名は、この「瑜祇塔」に由来する。[26]

寺院

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愛染明王は守護尊(明王などの力のある尊挌を脇持や念持仏とすること)として祀られることが多いが、以下のように本尊としている例も存在する。

愛染明王を本尊とする寺院

大日如来 Vairocana大日如来

 

ご読灼たる智慧の光を以て照破するからであるという。そこから、大日如来とし宗教的な智慧を光で象徴することは、ほとんどすべての宗教に共通してみられることである 密教では、宇宙的な絶者(法身仏)である大日如来を、光で象徴するとともに、絶対の智慧 ものをも光としているのである。

それはつまり、こういうことである。

この宇宙万物を生成発展させて行く力を根源的に見た場合、いくつかの見かたがあるであろ 愛、慈悲、智慧、その他いくつかのものが考えられる。その中から、密教は、それを智慧と見 である。

それを、愛とみる宗教もあるし、慈悲とみる宗教もある。しかし、密教は智慧とみた。愛 も、完全なる智慧の中に集約されるとみたのである。ゆえに、大日如来は、絶対の智慧そのも 身体としているのだと説き、これを「智身」と名づける。空海はこのことをその著書『広付 で、「このような法身と智身との二つの有形の相ば、まったく平等なものであって、あらゆる する者の世界、草木・山河・大地などのあらゆる非情界に通満していて、永遠に真実のことば」 マンダラの真理の教えを説いているのである」という文章で表現している。

 

 

暗い密室の中、僧侶たちの静かな祈りが響く。その中心に座すのは、大日如来の象徴たる金色の像。その輝きは、暗闇を貫き、彼方に広がる無限の光のように見えた。

「この光は何を示しているのか?」
若き修行僧、清明は密教の奥義を学ぶ中で、師匠に問いかけた。師は静かに微笑み、その目には深い智慧が宿っていた。

「この光は、宇宙そのものの真理を象徴しているのだ、清明。」
師匠は言葉を選びながら語る。
「この宇宙を動かす力、万物を生み、発展させる根源のエネルギーは、さまざまな形で解釈される。ある者はそれを愛と呼び、またある者は慈悲と呼ぶ。しかし、密教ではそれを智慧と見るのだ。」

清明は師匠の言葉に耳を傾けつつ、金色の像から放たれる光に目を奪われる。この智慧とは一体何なのか。その問いは彼の心に深く刻まれていた。

「大日如来とは、完全なる智慧そのものを体現した存在だ。」
師匠の声は穏やかでありながらも力強かった。
「その身体は『智身』と呼ばれる。それは愛も慈悲もすべて内包し、すべてを照らす真実の光だ。空海もまた、この真理を説いている。法身と智身の二つの姿は完全に平等であり、草木や山河、大地のすべてに通じていると。」

清明は目を閉じた。その瞬間、彼の内側にひとすじの光が差し込んだように感じた。それは彼自身の心の中に潜む無知の闇を破り、真理への道を指し示していた。

「師匠、大日如来の光は、私たちの内なる無知を破るものなのですね。」

師匠は静かにうなずき、清明に向かって言った。
「その通りだ。だからこそ、この光をただ外側に見るのではなく、内側にも求めなければならない。この宇宙のすべてと自分自身は一つであると悟る時、真の智慧が得られるのだ。」

清明は深い呼吸をし、その言葉を胸に刻みつけた。金色の像の輝きはますます強く感じられ、それが宇宙全体の呼吸と同調しているように思えた。そして彼は悟った。この光は、ただ見るためのものではなく、感じ、そして生きるためのものなのだと。

 

勢至菩薩

勢至菩薩(せいしぼさつ)、梵名マハースターマプラープタ (महास्थामप्राप्त [mahāsthāmaprāpta])は、仏教における菩薩の一尊。「大勢至菩薩」、「大精進菩薩」、「得大勢菩薩」の別名がある。現在日本では午年の守り本尊、十三仏の一周忌本尊として知られている。三昧耶形は未敷蓮華(ハスの蕾)。種子(種子字)はサク(सः saḥ

智慧の光で現世のすべてを照らし、邪気を払い、進路を開いてくれるといわれています。 苦難から救済し、福徳・長寿を授けてくれる仏様です。 阿弥陀如来の右脇侍として観音菩薩とともに三尊であらわされ、独

勢至菩薩の真言は「オン・サンザンサク・ソワカ」。 ただ無心にこの真言を呪文のように唱えることが大切なのだそう。 人としての道を踏み外すこと無く生きる智慧を得ることができ、家内安全、開運招福のご利益があるとされています

勢至菩薩

偉大な智慧の光を持つ菩薩

勢至菩薩(せいしぼさつ)とは?

正しくは大勢至菩薩といいます。智慧の光ですべてのものを照らし、人々を迷いや苦しみから救うとされています。大勢至菩薩と表記されることもあります。智慧とは物事のあり方を正しく見極める力・判断力を意味します。

阿弥陀如来の右脇侍として観音菩薩と共に三尊で表され、独尊で祀られることはほとんどありません。

浄土信仰の高まりとともに流行する来迎形式の阿弥陀三尊の場合、観音菩薩が死者の霊をのせる蓮台を持ち、勢至菩薩が合掌をする姿でつくられます。その姿勢は、立像・坐像のほかにひざまずいた姿の跪像もみられます。

ご利益

智慧明瞭、家内安全、除災招福のご利益があるとされています。午年の人々を守る守護本尊であり、午年に生まれた人々の開運、厄除け、祈願成就を助けるともいわれています。

勢至菩薩(せいしぼさつ)の像容

手を合わせているか水が入っている水瓶(すいびょう)を持っている姿が一般的です。

有名寺院と像

・京都府:清水寺
・奈良県:法隆寺

勢至菩薩(せいしぼさつ)の真言

オン・サンザンサク・ソワカ

勢至菩薩

 

勢至菩薩(せいしぼさつ)とは?

正しくは大勢至菩薩といいます。智慧の光ですべてのものを照らし、人々を迷いや苦しみから救うとされています。大勢至菩薩と表記されることもあります。智慧とは物事のあり方を正しく見極める力・判断力を意味します。

 

阿弥陀如来の右脇侍として観音菩薩と共に三尊で表され、独尊で祀られることはほとんどありません。

 

浄土信仰の高まりとともに流行する来迎形式の阿弥陀三尊の場合、観音菩薩が死者の霊をのせる蓮台を持ち、勢至菩薩が合掌をする姿でつくられます。その姿勢は、立像・坐像のほかにひざまずいた姿の跪像もみられます。

ご利益

智慧明瞭、家内安全、除災招福のご利益があるとされています。午年の人々を守る守護本尊であり、午年に生まれた人々の開運、厄除け、祈願成就を助けるともいわれています。

勢至菩薩(せいしぼさつ)、梵名マハースターマプラープタ (महास्थामप्राप्त [mahāsthāmaprāpta])は、仏教における菩薩の一尊。「大勢至菩薩」、「大精進菩薩」、「得大勢菩薩」の別名がある。現在日本では年の守り本尊、十三仏一周忌本尊として知られている。三昧耶形は未敷蓮華(ハスの蕾)。種子(種子字)はサク(सः saḥ)

勢至菩薩(せいしぼさつ)は、阿弥陀如来の右脇侍として観音菩薩とともに三尊をなす仏様です。智慧の光で現世を照らし、邪気を払い、苦難から救済するといわれています

勢至菩薩のご利益は、次のようなものがあります。

心願成就、頭脳明晰、家内安全、厄除け、開運招福、 福徳・長寿。

勢至菩薩の真言は「オン サンザンザンサク ソワカ」です。

勢至菩薩の信仰には、次のようなものがあります。
    • 勢至菩薩は、生まれの干支が午の人々の守り本尊である。
    • 勢至菩薩は、地獄に落ちる人を救うほどの強力な智慧を持つ。
    • 勢至菩薩は、一生懸命に取り組もうとする人の心を照らしてくださる。
  • 勢至菩薩は、悩みや困難を力強い生きる力へと変えてくれる。
  • 勢至菩薩は、大きな智慧の光でこの世を照らし、迷いや悩みからお救いくださる。

 

 

 

 

 

 

 

護摩

■ライブ配信URL
★1/25(土) 13:20
https://agon-live.com/rd713

★1/26(日) 13:20
https://agon-live.com/rn713

※再配信:両日とも当日18時から72時間

【お知らせ】
・星まつりへ向けた各種護摩木を受付中です。
なお、星まつり会場へ発送する記入済み護摩木は、2/3(

オン あに ちや まり しぇいそわか

 

あらし  ふく

この間のかぜののこなく
むこう あくまをきりはらう

かん まんばん

道を忘れた僧たち The Monks Who Lost Their Way

道を忘れた僧たち The Monks Who Lost Their Way

静寂の中に差す光
揺れる影と迷いの声
祈りの言葉届かずに
胸に残る未熟の嘆き

煩悩を尽くせ 心を澄ませ
七科三十七の道を行け
成仏を願う その問い抱き
解脱の光に手を伸ばせ

A ray of light through silent halls
Shadows waver, doubts softly call
Prayers unspoken, lost in the air
A sorrow of growth left lingering there

Cast off desire, let the mind be clear
Walk the path of thirty-seven here
Hold the question, seek what’s true
Reach for the light that shines on you

 

「道を忘れた僧たち」

薄明かりの差し込む静寂の伽藍の中、幾人かの僧侶が無言で座していた。彼らは皆、成仏を願う者たちだった。だが、その祈りとは裏腹に、心にはどこか満たされない影が漂っている。釈迦は静かに立ち上がり、厳然たる声で問いかけた。

「汝ら、本当に成仏を願うのか?」

僧侶たちは一斉に頭を垂れる。彼らの沈黙が、彼らの中に巣食う迷いや怠惰を物語っているようだった。

「成仏とは、漏尽解脱――すなわち煩悩をすべて尽くすことだ。しかし、汝らはその道を歩んでいるか?」

釈迦の声が堂内に響き渡った。その言葉は、鋭い刃となり、僧侶たちの胸中に突き刺さる。

「四念処法、四正断法、四如意足法、五根法、五力法、七覚支法、八正道――これら七科三十七道品を修行する者のみが成仏の道を歩むことができる。だが、汝らの行いを見れば、これらの教えを顧みていない者ばかりだ。」

釈迦の視線が一人一人に注がれる。その眼差しは、僧侶たちの胸の奥を覗き込むかのように鋭かった。

「心に念を置き、行動を正し、意志を定め、力を養い、覚悟を持ち、道を歩む――これが成仏への道である。これを怠る者には、たとえ僧侶であっても、成仏など夢物語だ。」

その言葉に、一人の若き僧侶が顔を上げた。その眼には、迷いと共に、かすかな決意の光が宿っている。

「師よ、どうすれば私たちはその修行を全うできるのでしょうか?」

釈迦は微笑み、静かに頷いた。

「まずは己の心を見つめよ。四念処とは、身・受・心・法を正しく観じることだ。自らの身体と感覚、心の在り様、そして法の本質を理解し、煩悩を取り除け。そこから全てが始まる。」

その言葉に、僧侶たちは深く頭を垂れる。釈迦の声は続いた。

「道を求める者よ、修行に終わりはない。しかし、その先にある解脱の喜びは、何者にも代えがたいものだ。」

堂内には再び静寂が訪れた。だが、その静けさは、先ほどまでの重い空気とは違っていた。僧侶たちの胸の内に、小さな希望の火が灯されたのだ。彼らはそれぞれ、釈迦の言葉を胸に刻み、新たな修行の道を歩み始める覚悟をした。

そして、彼らの心には一つの問いが深く根付いていた。
「私は、本当に成仏を望んでいるのか?」

その問いが、彼らを前へと進ませる道標となるのであった。

 

 

 

護摩

、1/19(日)13時から、関東別院より「最勝金剛靖雄大覺尊 御威光顕耀 法恩感謝 霊力守護大祈願 開祖生誕祭」
が本部・各道場へ中継されます。
以下会場ではサテライト・ライブビューイングを行います。

⚫︎札幌地区
「北区 篠路コミュニティセンター」、「西区 生涯学習総合センター ちえりあ」
「江別中央公民館」、「千歳市 北ガス文化ホール」

⚫︎旭川地区
北見サテライト、遠軽サテライト、ソレイユ網走

■開祖生誕祭ライブ配信URL
★1/19(日) 13時開始
https://agon-live.com/aks25
※再配信:当日18時より72時間再配信

今年も、奉納演奏として「東京大衆歌謡楽団」がご出演されます。
また、道場・各サテライトへご参拝の方には、健康息災・修行順調祈念「聖菩提樹お守り」をお授けします。
ご家族、御法友をお誘い合わせの上、ぜひご参拝ください。合掌

[お知らせ]
・開祖への法恩感謝の護摩木・「開運特別奇蹟の護摩木」を各道場で受付中です。
また、「阿含宗開祖特別祈攸大護摩木」は、明日11:45頃までにお申し込みいただければ、大護摩木の写真を関東別院内陣に奉安して修法していただけます。
連名特祈による大護摩木も受付中です。開祖へ法恩感謝の祈りを捧げましょう。

・星まつり護摩札がスマホなどからお申し込みいただけるようになりました。
詳しくは、先日お送りした「星札特別便」に同封の「オンライン星まつり護摩札チラシ」をご覧ください。

以上

阿含経

 

それは、いわゆる四念処法(四念処む)・四正,斷法(四正、断)・四娘會 潜・玉が街・七戴文街・心正、道を修行していないのです」

ここは、『応説経』の中でも特に重要なことが、説かれているところです。

たいへんなことが書かれているわそれに気づいたでしょう か。漏尽解脱とは、漏(煩悩) がすべて尽きた状態ですから、完全解脱、つまり とです。その完全成仏を心から願って修行しているのに、それができない僧侶 釈迦さまがおっしゃっておられるわけです。これは大問題です。

なぜ、その僧侶たちは成仏できないのか? それは、四念処法・四正動法・四 法・五力法・七覚支法・八正道を修行しないからだ、とお釈迦さまは説かれて

この四念処法・四正動法,四如意足法・五根法・五力法・七覚支法・八正道というのが、お釈迦さまの成仏法、「七科三十七道品」です。わたくしはこれを、 成仏のための七つの科目(システム)、三十七の修行法(カリキュラム)であると申し上げており ます。念処・正動・如意足・根・力・覚・道で七科目。そして、それぞれが四・四・四・五・ 五・七・八からなる修行によって成り立っておりますから、全部を合わせて三十七になるわけで す。

お釈迦さまは、この修行を行わない者はたとえそれが僧侶であっても、その人がどのように成 仏を望んでも、絶対に成仏することはできない、とおっしゃっています。

 

 

 

四念処法(四念処む)・四正,動法(四正、断法)・四如意足街(四神尼街)・玉橋潔・五力法・七覚支出・八正道を修行していないのです

阿含経

 

当に知るべし、彼の比丘に等し ず。所以は何ん。修習せざるが故なり。何等か修習せ る。四念処法(四念処む)・四正,動法(四正、断法)・四如意足街(四神尼街)・玉橋潔・五力法・七覚支出・八正道を修行していないのです

「いろいろな方法を駆使して修行を行っても成就しない者が、もろもろの煩悩が尽き、心に解脱 を得たいと思っても、あの僧侶(修行者)たちは、ついに漏尽解脱を得ることはできません。

それはなぜでしょうか?

修行していないからです。

なにを修行していないのでしょうか?

それは、いわゆる四念処法(四念処む)・四正,動法(四正、断法)・四如意足街(四神尼街)・玉橋潔・五力法・七覚支出・八正道を修行していないのです」

は、『応党径」の中でも特に重要なことが、説かれているところです。

当に知るべし、彼の比丘に等し ず。所以は何ん。修習せざるが故なり。何等か修習せ る。四念処法(四念処む)・四正,動法(四正、断法)・四如意足街(四神尼街)・玉橋潔・五力法・七覚支出・八正道を修行していないのです

「いろいろな方法を駆使して修行を行っても成就しない者が、もろもろの煩悩が尽き、心に解脱 を得たいと思っても、あの僧侶(修行者)たちは、ついに漏尽解脱を得ることはできません。

それはなぜでしょうか?

修行していないからです。

なにを修行していないのでしょうか?

それは、いわゆる四念処法(四念処む)・四正,動法(四正、断法)・四如意足街(四神尼街)・玉橋潔・五力法・七覚支出・八正道を修行していないのです」

は、『応党径」の中でも特に重要なことが、説かれているところです。