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密教の仏たち 24 多聞天 毘沙門天

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多聞天  毘沙門天

多聞天

毘沙門天(びしゃもんてん、梵名: ヴァイシュラヴァナवैश्रवणVaiśravaṇaVessavaṇa)は、仏教における天部神で、持国天増長天広目天と共に四天王の一尊に数えられる武神であり、四天王では多聞天として表わされる[1]。また四天王としてだけでなく、中央アジア、中国など日本以外の広い地域でも、独尊として信仰の対象となっており、様々な呼び方がある。種子はベイ(वै , vai

 

インド編集

ヴェーダ時代から存在する古い神格であり[3]インド神話のヴァイシュラヴァナを前身とする[3]この称号は本来「ヴィシュラヴァス (viśravas) 神の息子」という意味で、彼の父親の名に由来する。[要出典] ヒンドゥー教にはおいてはクベーラともいう[3]。 インドにおいては財宝神とされ、戦闘的イメージはほとんどなかった。この頃の性格についてはクベーラの項を参照。

中国編集

中央アジアを経て中国に伝わる過程で武神としての信仰が生まれ、四天王の一尊たる武神・守護神とされるようになった。毘沙門という表記は、ヴァイシュラヴァナを中国で音写したものであるが「よく聞く所の者」という意味にも解釈できるため、多聞天(たもんてん)とも訳された。帝釈天の配下として、仏の住む世界を支える須弥山の北方、水精埵の天敬城に住み、或いは古代インドの世界観で地球上にあるとされた4つの大陸のうち北倶盧洲ほっくるしゅうを守護するとされる。また、夜叉羅刹といった鬼神を配下とする。また、密教においては十二天の一尊で北方を守護するとされる。

日本編集

日本では四天王の一尊として造像安置する場合は「多聞天」、独尊像として造像安置する場合は「毘沙門天」と呼ぶのが通例である。庶民における毘沙門信仰の発祥は平安時代鞍馬寺である。福の神としての毘沙門天は中世を通じて恵比寿大黒天にならぶ人気を誇るようになる。室町時代末期には日本独自の信仰として七福神の一尊とされ、江戸時代以降は特に勝負事に利益ありとして崇められる。

 

毘沙門天に捧げられた真言としては以下のもの等がある。

  • オン・ベイシラマンダヤ・ソワカ[2]
  • オン・シチロクリ・ソワカ[2]

陀羅尼編集

  • アリ・ナリ・トナリ・アナロ・ナビ・クナビ[4]

 

 

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