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本尊

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仏陀・釈尊は、いまから約二千数百年前の古代インドにおいて誕生され、修行の末に仏陀となられ、その一生を成仏法(仏陀になる法)の布教に捧げられたのち、八十歳にしてクシナーラーにおいて臨終をむかえ、涅槃(ニルヴァーナ)に入られました。

そのお体をクシナーラーのマッラ族が黄金の棺に入れ、香木をもって薪とし、荼毘に付ふして、そのご遺骨の一部分をそれぞれ他の七つの部族に分配したのです。

彼ら八部族は、そのご遺骨をもってそれぞれ自国内に仏舎利塔をつくりました。

そして、約百年の後(二百年説も)、インドを統一した最初の大帝王アショーカ王(阿育王)が、戦争のために多くの命を断った滅罪生善のために、仏舎利塔建立を思い立ち、先述の八つの部族の一つマガダ国のアジャータサットウ王(阿闍世王)がラージャガハ(王舎城)に建立した仏舎利塔を発掘して、少分をとどめてその塔を修理し、その余を持ち帰って、各地に宝塔を建てて供養した、と『阿育王伝』『大阿育王経』等にあります。

 

 

桐山靖雄著者

成仏法を修したとき、わたくしは驚嘆したのである。それは、成仏力がこれまでと

まったくちがうのである。ニカ月、二回の修法で完全解脱してしまうのだ。その瞬間、わたくしはさとったのである。

なぜ、真正仏舎利が阿合宗へ来たのかを。いま、仏教の果たすべき使命はなにか?

この世界の霊的浄化である。

人間の霊性復活。

これである。

 

それには、日本列島を覆う不成仏霊の一掃、三軒に一軒の割合いで存在する各家庭の霊障のホトヶの解消、ここからはじめなければならない。

それをなし得るのは、釈帷の「成仏法」しかないのである。

釈帷の成仏法には1通りある。

一つば、自分、七十三十七道品そこで考えてみると、いま、仏教国の中で、この釈尊の理念をそのまま世におこなっているのは、わが阿含宗しかないのである。

タイにも、ビルマにも、スリランカにも、そしてわが日本にも、真正仏舎利はある。

しかし、率直にいって、釈尊の理念にもとづいて教化活動をしている教団があるであろうか。あるとしても、稀れである。

このたびの、スリランカよりの真正仏舎利贈与は、わが阿含宗からお願いしたものではないのである。ふしぎな廻り合わせにより、スリランカ側から、「釈尊直説の阿含経を奉持している日本で唯一の仏教教団」ということで、贈与のことが申し越されてきたのであ

 

わたくしは、これを、「仏さまのおこころ」として、心からよろこび、拝受したのであるが、それはまさしく「仏意」だったのである。

真正仏舎利といえども、正法によって法が修され、

その1 徳・法徳がひろく世につたえられて、ひとびとが救われるのでなければ、宝の持ちぐされというよりほかない。

法を持つ阿含宗に、真正仏舎利が祀られることを、仏さまは望まれたのだ。そして、スリランカからの真正仏舎利渡来となったのである。いまこそ、この真正仏舎利と成仏法を以て、この世界の霊的浄化、人類の霊性復活に乗り出さねばならぬ、これが、仏さまの御意志なのだ。

そう、わたくしはさとったのである。

阿含宗のモットーーは、

宗教運動から社会運動へである。

宗教運動というワクの中での活動では、もうこの世の中は救えないのである。社会運動

へと拡大せよ、これが阿含宗のモットーーである。

いま、阿含宗は、仏勅をかかげて、真正仏舎利を本尊とする社会浄化運動に、大きく歩

み出そうとしているのである。

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