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agon’Buddha Social group

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agon

密教占星術には白虎殺という星がある。この星を持って生まれた人
は横変死する可能性が高い。横変死とは、自殺・他殺・事故死などのことであ
わたくしは、このような死に方をする可能性が高い運命の星を「横変死の因
縁」とよぶが、この因縁を持っていると指摘されている人は、白虎殺を持って
いると考えてよい。
「横変死の因縁」とは、自殺・他殺・事故死のいずれかをまぬがれられない因
縁である。この因縁を持つ人は一日たりとも安心して過ごすことができない。
また、白虎殺に相対する星として、黒虎殺がある。この星を持つ人は人を害
したり、あるいは殺傷するとされている。一連の通り魔事件などの犯人の多く
は、この星を持っていると思われる。
黒虎殺があると、最初は人を殺すという意志をそれほど明確に持っていなく
ても、それがしだいに強くなっていく。同時に、得体の知れない不安に責めさ
いなまれるようになり、最終的には人を殺害し、ようやく名状しがたい不安感
から解放されるのである。
人はだれもが生まれた瞬間から、いくつかの運命の星を持っている。成長す
るにつれて、それらの星の影響がだんだん強くなり、ある時点で発動する。哲学や道徳、あるいは科学でも、これらの星を除去することはできない。それができるのは因縁解脱法だけである。
因縁解説をだれにでもわかる言葉で簡潔に説明するならば、
「因縁解脱とは、持って生まれた悪い運命の星を全部なくしてしまうことであ
となる。 一連の通り魔事件などし、彼らが因縁解説の行によってその星を消滅させていたならば、このような犯罪を起こすことはなかったであろう。その因縁解説の行こそ、解脱宝生行なのである。
わたくしはこの世に生きるすべての人が悪い運命の星をなくし、幸福な人生
を歩むことを願って、解説宝生行を信徒に実践させてきたのである。
しかし、最初にものべたように、解脱宝生行にはさらにもっと深い目的が隠
されているのである

未来社会の。安心いまやわれわれは二つの危機的な問題をかかえているわけである。

一つは、われわれをとりかこむ環境から生ずる抑圧と葛藤、ある。
この二つは、今後ますます
われわれはこれにどう対応してゆくべきか。二つの能力を持つよりほか、方法がない。

もう一つはヽ情報の処理にあたって生ずる心情的ひずみヽつまりヽ潜在意識・深層意識に生ずるつは、増大する情報を迅速機敏に処理し解決してゆく知的能力であるは落伍し、社会は崩壊するよりほかないであろう。
では、われわれは、どのようにしたらこの二つの能力を持つことができるのか?・
教育がそれを果たし得ないことは、すでに現実が証明している。科学もそれをなし得ない。いや
抑圧と葛藤を消滅する情・意(こころ)の能力である。
この二つの能力を持つよりほか、この危機を乗り越えることはできない。そうでなければ、ひと
教育も科学も、むしろ、抑圧や葛藤を深める源泉であることは、いまさらフロイトの言葉を引川するまでもないことだ。宗教、かそれをなすよりほかないのである。
しかし、それも、いままでのような、念仏をとなえ、題目を高唱して仏にすがり、あるいはひたすら神にいのりをささげるといったパターンの宗教では、まったく問題にならない。今後こういうパターンの宗教は、急速にその存在価値を失ってゆくであろう。いままでは、こういうパターンの
宗教でも、存在価値はあった。辛うじて、情意の面においてひとびとに慰安と鼓舞をあたえ、いわ
ゆる″安心”という名のこころの安定をあたえてきた。
けれども、未来社会に生きる人びとの真の。安心”は、いままでとまったくちがって、単に情意の面だけにはたらきかけるだけのものでは得られないのである。未来社会に生きる人びとの。安心“は、高い知的能力がともなうことにより、はじめて得られるのである。それは、飛躍的に増加
するあらゆる情報を的確迅速に処理してはじめて得られる。安心”である。
あらゆる情報を的確迅速に処理するとは、どういうことか? それは、あらゆる問題を的確迅速
に「解決する」ということである。それには、自分自身、かより高度の知能を持つということ以外、方法がないではないか。考えて見たまえ。殺倒する人生の諸問題-仕事・職場の問題、学業の問題、経済的な問題、家庭の問題、健康の問題、その他人間関係全般に関する問題、等々、すべて、
自分自身が処理・解決しないで、いったいだれが解決してくれるのか? それらの問題を解決できないで、あるいはしないで、ひたすら題目をあげ、念仏をとなえ、神にいのりをささげているのは、現実逃避以外のなにものでもあるまい。だが、神サマや仏サマがなんとかしてくがさるというなぐさめでしない。

 

人々は、仏教を、秘教的で、審美的な、自己否定の宗教としてとらえることが多いのですが、あなたの教団では、個人は公益のために自己を犠牲にしなければならないと考えていますか。

いいえ、むしろその反対です。というのは、個人が、感情的に、心理的に、そして
経済的に成功してはじめて、他人の幸福のために本当に貢献をすることができます、
これは、革命的な概念ではありません。フロイドやユングにはじまる西洋の心理学
では、まず自分自身を好きになることができて、初めて他人を好きになれるものだ
と説いています。私もまた、「世界を変える」手助けができる以前に、自分自身の
ストレスや緊張、罪悪感を解消し、その他、20世紀文明の難題のすべてを取り除い
ていかなければならない、と主張しているわけです。いわゆる宗教的見方から個人
の成功についてとやかくいうのは、もう時代遅れであり、自己破壊的であるといえ
ます。私たち宗教指導者は、まず、信徒がその社会においてすばらしい人材となる
よう手助けし、そうして、その人たちが社会を改革していくにあたって、指導して
いくべきだと考えます。
ある西洋の宗教指導者は、富の分配や基本的な経済構造において、思い切った改革をおこなうことに賛同しています。あなたが「世界変革」や「社会の改革」についてお話をされる時、資本主義のシステムは、改変または修正されるべきだとお考えになりますか。
思いません。資本主義だけが物や富をつくり出す力があり、それによって初めて、
いわば、今日、世界に蔓延している4つの悪魔、麻薬、ホームレス、貧困、環境破
壊の諸問題を克服できると思います。
しかし、これまで、私たちはなぜ「4つの悪魔」に打ち勝てなかったのでしょうか。
私か宗教の持つすばらしい力として、個人の成功をあげる理由がそこにあります。
宗教とは、社会に対するしっかりとした意識を待った、経済、文化、政治や知識人
がリーダーである世代をつくり出す手助けをするべきなのです。
ブッシュ大統領が、「千個の明かり」として、より思いやりのある、もっと寛容な
国家像について語る時に意味するものはそれだと思います。政治は、このよりよき
世界をつくり出すという点で、もちろん、大きな機能を持ち、また、組織化された
宗教も同様です。しかしその基本的な役割は、個人が、そして民間の部門が果たさ
なければならない、ということです。しかも、実行するにあたっては、その人が、
個人的な、道義的責任の意識を離れて行動する、ということです。

ではこれまで、阿含宗はこの新しい世代の、ビジネス、文化、政治、そして知識層におけるリーダー創出を
どのように手助けしてきましたか。

まず、背景からお話しさせていただきますと、40年ほど前になりますが、私は精神
的に満足のいく生き方を模索しはじめました。さまざまな既成の宗教団体に入りま
したが、それらは、私の必要としているものとは違っていました。そこで、私は根
本に戻って、ゴータマ・ブッダご自身のことばで綴られた、仏教の原典である阿合
経を勉強し、また同じように、山岳の秘密仏教=密教の修行法を勉強いたしました。
そして、現代の仏教が、古代の求聞持聡明法をいつの間にか失ってしまっていたこ
とに気付いたのです。細かいところは抜きにして、その儀軌の中には、瞑想の要素
とその他の訓練方法が含まれているのです。それは個人の能力に直接作用し、自ら
を進歩向上させ、より頭脳明晰になるというものでした。
10年ぐらい前、私は弟子とともに教団を立て、それを阿含宗と名づけました。その
教義のなかには、これらの重要かつ根本的な、今まさに失われようとしていた仏教
の修行方法が含まれているのです。私か、特にいくつかの日本にある既成の仏教教
団の教祖たちから、あまりよく思われていないことを、あなたぱおわかりになるこ
とと思います。
理由の一つには、阿含宗信徒の40歳か20歳代から40歳代であるということもあるわ
けです。しかも、企業内でも前途有望な若いビジネスマンが多い。阿合宗が、自分
たちが出世コースを上るのに役立っている、と言えるとするならば、この層の信徒
がまず当たるでしょう。それゆえに、まさにこの意味では、私たちは若者のあいだ
で起きている日本における仏教の復興というものに、たいへん貢献しているのです。
これまで、仏教は多くの人々にとっては机上の教えに過ぎませんでした。しかし、
阿含宗は実生活に役立つようにしてきました。

お話をうかがっていますと、信徒さんの多くを、私どもが「ヤッピー」と呼んでいる人たちと同じよう思われますが。

向上する可能性をもつという意味を含む限りにおいては、その言葉を用いることに
問題はないと思いますが、私たちは、彼らに社会的責任の意識を徐々に教えていく
ことも考えております。その意味においては、あなたがたの定義するものとは、異
なっているといえます。 。。

西洋の自己開発訓練と非常に似ていますが、どの点が宗教といえるのでしょうか。

阿含宗の説明を始めるわけではありませんが。私たちの目的と言いますのは、高度
に発達した知能をつくり出すことなのです。それは、環境にダメージを与えない技
術を産み出し、世界平和に貢献し、また宇宙船地球号に乗り合わせた仲間としてお
つきあいしていく心であります。私たちの宗教では、自己救済の面を打ち出してお
りますが、その究極の目標は、もっとも世の中がもっとよくなってからのことです
が、人々が自分の物質的な所有に対する欲望や、この世に対する執着を、コントロ
ールできるようお手伝いをすることです。私たちの根本理念は、世界平和への祈り
と実践を、誓願とするものなのです。

では、世界平和をどのように定義しますか。

世界平和というのは、単に戦争や動乱が無いことではありません。それは、結果と
して、四つの悪魔、すなわち私か申し述べてきましたところの、麻薬、貧困、ホー
ムレス、環境破壊の根絶を意味します。これは、唯一、正しい意味での資本主義に
よってのみなし遂げられることができる、とそのように思います。教育は、この厳
しい戦いのなかでは、明らかに、果たすべき大きな役割を持っています。
ということは、阿含宗のみが、これらの目標に到達するという考えではないわけですね。
明らかに違います。私たちは一国の小さな教団です。それゆえに、私はこれまで、
他の宗教指導者にお会いし、そこから学ぶために、世界中を旅行してきました。教
皇ヨハネ・パウロ2世、ダライ・ラマ貌下、そして、合衆国では、プロテスタント
やカトリック、ユダヤ教の聖職者の方々にお会いする機会を得ました。そしていく
つかの基本的なところで、驚くべき見解の一致を見ました。すなわち世界の物質的
な問題の解決は、最も重要であり、正しい意味での資本主義者/民主主義体制のも
とで、成し遂げられなければならない課題であると、だれしも考えているというこ
とです。しかしまた、それだけでは充分でないということも承知しております。す
なわち、心の持ち方を変えないままに利益を得ても、それは安定したものにも有益
なーものにもなりえない、ということですね。こうした精神的な規範をつくり出すの
は、宗教、そして教育がなすべきことであり、あらゆる国の善良な意志をもつ人々
や哲学者によってなされるものなのです。

阿含宗では、その教義において厳しい戒律に従うことを、信徒に課していますか。

いいえ。喫煙や飲酒を禁正したり、特定の食事法を課したりということはいたしま
せん。基本的に懲戒はございません。神道の儀礼を習慣的におこたっていても、教
団に帰依しているかぎりは、私どもの信徒の出人りは自由です。ご存じのように、
日本人の多くが2つの宗教を習慣的におこなっていますからね。

信仰をするのにとても簡単な宗教ですか。

そうではなく、むしろ世界で一番難しい宗教の一つではないかと考えます。と申し’
ますのは、信仰の指針として正式の戒律を定めていないからです。個々の信徒が自
ら決定し、またそれによって成長していくことが強く求められます。また、信徒お
のおのにも私は申します。まず、あなたの人生において、現実の世界において、人
として成長してもらいたい。しかし、この惑星の生きとし生けるものに対し、自ら
責任を持だなければならない。そして、究極的には、自分の所有欲や、物質世界へ
の執着を制御していかなければならない。そのための戒律を課すことはないが、最
も道徳性の高い態度をもって行動することをあなたに要求する。あなたを裁くこと
はない。しかし、あなたが自分自身を審判することを強く求める、と。阿合宗信徒
は、こうした過程のなかで精神的なジレンマ、矛盾に思えることを処理していくこ
とによって、責任感のある市民となるよう自らを訓練していきます。それは、将来、
人類が生きぬく上で必要不可欠なことでもあるのです。

義務的な質問をさせていただきます。
教団では、寄付その他の方法で一定の額のお金を集めなければなりません。そのお金はどのようになっているのでしょうか。

私たちは、日本の政府によって認可を受けている非営利的な宗教法人であり、その
収入の使いみちについて、すべて詳細に報告しなければなりません。どんなもので
あれ、私や私の家族の誰ひとり、個人的な所有を認められてはおりません。私はそ
のような耐乏生活を、信徒には強要しておりません。また、シーザーの妻ではあり
ませんが、私に疑わしいところがあってはなりません。収入の大部分は、次のよう
なプロジェクトに使われております。日本にある予防医学関連の病院や、寝たきり
のお年寄りのための養護施設。ダライ・ラマ貌下のもとで勉強している若い僧侶た
ちの教育のための奨学金。これは、尊ぶべきチペットの仏教教団がその弟子たちを
維持していくためのものです。さらに1991年に落成する、私たちの新しい総本山。
第三世界において、家の無い、恵まれない人々を救援するためのいくつかのプロジ
ェクト。そしてごく最近では、4つの悪魔と戦うための設立準備委員会を合衆国に
設立するため基金を設け、100万ドルを寄付しました。

それは興味深いですね。阿含宗が、わが国においてホームレス・ピープルに寄付をしていくべきだと考えるのは、どうしてですか。また100万ドルで本当に何かをなし得るとお考えですか。

まず最初のご質問にお答えいたしますが、今日のアメリカの問題は、往々にして、
明日の日本の問題となり得るからなのです。こちらの海岸にたどりつく前に、問題
を解決するためのお手伝いさせていただく、ということです。
100万ドルの意味について言えば、大海の一滴、とるに足りないほど少量です。し
かし、まずは設立準備委員会を発足させ、同じ考えを待った人々の協力をお願いす
る。重要な何かを築き上げることができるのはそれからでしょう。百里の道も一歩
からです。

あなたはもう一つの職業をお持ちで、しかもそれは日本のベストセラー作家であると伺っておりますが。

別の職業というのは正確ではありません。私の執筆活動は、私の見解を明らかにし
たり、思想や根本的な問題についての討議を奨励するための手段であるわけです。
過去20年間にわたって、39冊の本を出したというのは本当です。あるものは、初版
の5万部を含め、発刊して間もなく200万部が売れました。今も、ペーパーバック
で人手でき、年に15、000部が売られております。シリーズとなっているものも、ハ
ードカバーで200万部以上売れました。

宗教と哲学に関するご著書の中で、最近になって、唯一の小説、『1999年一地球壊滅』を書かれましたが、

それについてはいかがでしょうか。
フィクションではありますが、仏陀の教法を知らせ、今日私たちが住んでいるこの
世の中の危機を、日本人に警告するために、小説というかたちで試みてみました。
本の筋書きは、原子力発電所が破壊され、汚染によって地球が壊滅に向かうという
ものです。不幸なことに、それは全くの幻想だとはいえないのです。私たちがっく
りあげてきたこの脆く、こわれやすい世界では、一触即発、そのような事態はいつ
でも起こり得るのです。

もしこのままいけば、私たち人類は、1999年までに自滅すると感じていらっしゃいますか。

私たちが今日、話し合ったような何らかの相互の歩みよりがなければ、です。
『1999年一地球壊滅』の中で、人類の問題の一部として人間の傲慢さとテクノロジーを関連づけて取り上げておられますが。
問題はもう少し複雑です。すでに申しましたように、阿合宗は、高度に発達した知
能を獲得するように人類を訓練することに専念しています。しかし、ある意味では、
私たちはすでにその目的向かって、良いスタートを切っているといえるのです。私
か少年のころは、日本からアメリカヘ行くのに一ヵ月かかっておりました。それが
いまではたったの12時間で旅行できます。これは、優れた知能の所産です。ところ
が、実はここに、私たちは傲慢不遜の罪を犯しているのです。というのは、私たち
の優れた知能は、自分たちを滅亡させることも可能なテクノロジーをつくり出して
しまったからです。もちろん、問題は、技術の進歩に、道徳的、霊的な進化がとも
なわなかったことにありますが。

それについて、われわれは、何ができるのでしょうか。

それは、まさに私たちが話し合ってきたことです。物質的な成功を勝ち取っても、
法律上の問題にはなりませんが、それで終わりというわけではありません。物質的
な成功は精神的な負い目をつくり出しますが、多くの人々は潔くその代償を支払う
ことをしないのです。人間の心は、物質的な欲望をコントロールしなければなりま
せん。けれども、日本でも、また多くの工業国でも、そうではない方向に向いてい
るようです。世界中で、いまそのつけを支払わなければならなくなっているのです。
個人的成功のつけをです。

日本における最近の政治汚職事件は、それより大きな問題の現れでしょうか。国家のモラルの堕落ですか。

政治体制に問題があるのでしょうか。
私は政治家ではありません。政治上の手段として使われるお金をめぐっておこる、
政治的腐敗に対し、一市民として強い反感を覚えますが、宗教指導者としては、ど
の党派についてもコメントはいたしません。

日本人は合衆国についてどのように理解しているでしょうか。

強いて「日本人」の代弁をするなどということはできませんが。第2次大戦の後の
混乱時、あなたの国の寛大な処置に対して、たくさんの日本人がたいへん感謝して
おります。しかしまた、一部には、唯物主義で、非精神的な人々とみる日本人もい
ることも認めます。私も、そうした一般論に陥っていたかもしれません。こんどの
アメリカヘの旅行で、私は間違っていたことに気づきました。ハーレムのワット・
ティー・ウォーカー牧師、ブルックリンのラビ・ウィリアム・クロネール氏、そし
て、ニューヨークのオコーナー枢機卿の代理の方々のように、私かお会いした方々
は、世界中の指導者と同様、私たちがこれまでに論じてきた霊的な問題に深い関心
をお持ちでした。

もうひとつ質問させていただきます。日本の女性は宗教、仕事、政治の分野で、もっと重要な役目を果たす

よう奨励され、また許されるべきでしょうか。

そうです。阿含宗は、男性と女性を平等とみなす最初の仏教教団であると考えます。
私の家内と娘は私の代理人です。日本のビジネスや政治の舞台に、女性はますます
進出してきっっありますが、当然のことながら、真の平等を勝ち取るまでの道のり
は長いでしょう。しかし、合衆国においてもこのことは真実ではないかと思います。

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