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このチャクラを覚醒すると、体力が異常に増進して、普通の人の三~五倍の精が

をもつようになる。三日、四日の徹夜くらい平気になる。一切の病気を受けつけず、健康体そのものとなる。病弱だった者は、その悪いところが、みな癒ってしまう。このチャクラに Samyama (サンヤマ)を集中してそのエネルギーが発動したとき、瀕死の病人でも床を蹴って立ち上がるだろう。男女ともに実際の年齢より十歳以上若くなる。

おきなこのチャクラの体現者は、八十歳の翁にして三十歳の壮者をしのぐ精力を持つとされる。

そのかわり、強烈な性欲と生殖力を持つようになるので、そのエネルギーを、オージャスという知能のエネルギーに変える方法をあわせ用いる。(それもチャクラによって、ホルモンを使うのである)

2、スヴァーディシュターナ・チャクラ

ゆうしゅつ闘いのホルモン、英雄ホルモンを湧出させる副腎の部位である。

 

このチャクラが覚醒してエネルギーが発動すると、気力が充実し、勇敢になって、積極果敢な行動力を発揮するようになる。

なにものをも恐れず、なにごとにも惑わず、大胆不敵、不動の信念をもってどんな困難にもひるまない。生死を超越した超人的手腕力量を発揮する。そのために、このホルモンを「英雄のホルモン」 とよぶのである。

3、マニプーラ・チャクラ

ヨーガの奥義書である『ヨーガ・スートラ』にこうある。

「Nabhi-cakra ()に Samyama を向けることにより、体内の配列、組織を知る

ことができる」(自在力 第二九節)

この章について、故・佐保田鶴治博士は、

(nābhi cakra)というのは、実際の勝の孔ではなくて、そのあたりにありと想像される神秘な車輪状の部位のことで、一六の幅をもっていると言われる。一説では、後世のハタ・ヨーガで説く六つのチャクラの中の下から三番目にあるマニプーラ(mapipūra)・チャクラのことであるともいう。いずれにせよ、肉眼で見える部分ではなく、幽体に属するものとされている。チャクラについては、ここで詳説する暇がない。臍輪は気体(生命エネルギーからなる身体)の中央にあるから、これに綜制をおこなうと身体内の組織がわかる、 というのである。

(『解説ヨーガ・スートラ』)

と解説されておられるが、私見を少し加えたい。

博士は、そのあたりにありと想像される神秘的な”といわれるが、この部位は、 決して空想的な場所ではない。たしかに神秘的とも思われる偉大な力を発揮するけれども、医学的にもはっきり確認されているのである。

それは、医学的には、ソーラー・プレクサスと名づけられた「太陽神経叢」のこ

とである。 腹腔神経叢、内臓動脈軸叢ともいわれ、腹腔動脈より出る上腸間膜動脈の起始部

にある交感神経の大きい神経叢である(図5参照)。胃の裏がわにあってさながら、 太陽の光線のごとく各臓器に神経を送っているのでこの名前がつけられた。

すなわち、ここから出る神経は、食道、胃、腹部血管、肝、輸胆管、膵臓、副腎、腸等に分布している。

また、この神経叢は、大小内臓神経、迷走神経、第十二胸神経節、第一腰神経節などが集まっており、内臓の神経としては最も重要な叢である。 クサス

チャクラというのは、いずれも、今まで、空想的、神秘的場所とのみ考え125脳と心の革命瞑想

と解説されておられるが、私見を少し加えたい。

博士は、『そのあたりにありと想像される神秘的な”といわれるが、この部位は、 決して空想的な場所ではない。たしかに神秘的とも思われる偉大な力を発揮するけれども、医学的にもはっきり確認されているのである。

それは、医学的には、ソーラー・プレクサスと名づけられた「太陽神経叢」のことである。

腹腔神経叢、内臓動脈軸叢ともいわれ、腹腔動脈より出る上腸間膜動脈の起始部にある交感神経の大きい神経叢である(図5参照)。胃の裏がわにあってさながら、 太陽の光線のごとく各臓器に神経を送っているのでこの名前がつけられた。

すなわち、ここから出る神経は、食道、胃、腹部血管、肝、輸胆管、膵臓、副腎、腸等に分布している。

また、この神経叢は、大小内臓神経、迷走神経、第十二胸神経節、第一腰神経節などが集まっており、内臓の神経としては最も重要な数である。

チャクラというのは、いずれも、今まで、空想的、神秘的場所とのみ考えられて

きた。だが、これらの部位は、決してそういうものではなく、さきに述べたように、内分泌腺、神経群、酵素などに深い関係があり、実際に、医学的見地からみても非常に重要な場所であり、大切なはたらきをする場所であるのである。

「Satyamaを向ければ、体内の組織を知ることができる」とあるが、この Sarpya-というのは、特別な修行を経た特殊な集中力をいう。

この「組織を知る」というのは、単に組織を知るだけではなく、組織を自由にコ

ントロールすることができるという意味である。

実際にこのナービ・チャクラに Samyama を集中すると、この太陽神経叢に属する内臓器官それは食道から、胃、肝臓、膵臓、脾臓、副腎にいたるまで、すべてを自分の思うようにコントロールできるのである。それは、ホルモン分泌もおなじことで、これらの内臓器官が、どんな状態であるかをすぐに知り、少しでも異常があればすぐに正常にもどしてしまう。

また、それは、自分のからだだけではなく、他人のからだも自由にコントロールする力を持つから、他人の病気なども即座に癒してしまうのである。

4、アナーハタ・チャクラ

胸腺・心臓・肺臓の部位である。

このチャクラの体現により、いちじるしい感覚器官の増幅が見られる。

究極の力では、不可視光線(赤外線、紫外線)を見ることができ、超音波を聞くことができる。その結果、天災地変を予知することができるようになる。

それは、その超感覚と高度の知能の結合によるものである。それらは、自分の肉

体を思うままに統御する能力から来る。マニプーラ・チャクラとの結合である。

5、ヴィシュッダ・チャクラ

甲状腺・唾液腺の部位である。

感覚器官の増幅が、高い次元に向かってなされる。

聖霊と交流し、聖なるものの声を聞くことができるようになる。

また、自分にとって不可解な、理解できぬことなどを、天地にみちた、すぐれた

4 アナーハタ・チャクラ

胸腺・心臓・肺臓の部位である。

このチャクラの体現により、いちじるしい感覚器官の増幅が見られる。

究極の力では、不可視光線(赤外線、紫外線)を見ることができ、超音波を聞くことができる。その結果、天災地変を予知することができるようになる。

それは、その超感覚と高度の知能の結合によるものである。それらは、自分の肉体を思うままに統御する能力から来る。マニブーラ・チャクラとの結合である。

5、ヴィシュッダ・チャクラ

甲状腺・唾液腺の部位である。

感覚器官の増幅が、高い次元に向かってなされる。

聖霊と交流し、聖なるものの声を聞くことができるようになる。

また、自分にとって不可解な、理解できぬことなどを、天地にみちた、すぐれた

心、智慧のエネルギーに同化して、そこから聞くことができる。つまり、人の肉体はほろびても、その人の持っていた心のエネルギーは、この空間に痕跡をとどめているので、このチャクラでその心の波動と同じになれば、その心が持っていたすべてのもの、意識も知能もみな自分と同化して、自分のものになるということである。

つまり、それは、霊界(四次元の世界)との交通の道が開けることを意味するのである。

6、アージュニャー・チャクラ

極度に発達した知能を持つ。

一度、目にふれ、一度、耳にしたことは、ぜったいに忘れることのない記憶力。

どのように複雑な構造でも組織でも、瞬間的に分析し、推理し、理解して、本質を把握してしまう演繹と帰納の力。

コトバという間接思考を経ない純粋思考から発する超飛躍的な創造力。

究極には、仏教でいう「常楽我浄」の四徳を完成し、仏陀の感性に到達する。

脳と心の革命想——130

 

127―――脳と心の革命想

 

127話と心の革命

 

 

と心の革命——126

125脳と心の革命想

 

 

脳と心の革命想-124

 

 

 

脳と心の革命瞑想—————122

そうだ、これだ!

わたくしは歓喜の声をあげた。そして、定に入ったまま、釈尊の教える呼吸法を、つぎからつぎへと、試みていった。

もちろん、そのときは、すべてにわたってわかったとはいえない。しかし、大づ

かみに、釈尊の教えている呼吸法のポイントをつかんだと確信した。

――――釈尊は、後代の「クンダリニー・ヨーガ」の原点となるものを、教えていたのである。

人間のからだの中の「力の湧き出る泉」

クンダリニー・ヨーガは、古来、超人的能力を生み出すことで有名である。

クンダリニー・ヨーガが超人的能力を生み出す秘密は、ホルモンの分泌を自由に

調節するところにあった。

クンダリニー・ヨーガは、人間のからだの中に、七ヵ所の「力の湧き出る泉」を

発見し、この泉を自由に操って、超人的能力を発生する技術をつくり出したのである。そうして、この「力の湧き出る泉」を「チャクラ」と名づけた。

チャクラがどうして超人的ともいうべき特殊な力を発生するのか、長い間、それは神秘的なナゾとされていたが、近代生理学の発達によって、そのナゾは解けた。

チャクラの場所は、すべて、ホルモンを分泌する内分泌腺と一致するのである。

る。 クンダリニー・ヨーガの熟達者は、特殊な修行によって得た力で、チャクラを刺激し、ふつうの人間の持たない力を発生させるのであるが、その「特殊な修行」というのが、仏陀釈尊の「特殊な呼吸法」であることを、わたくしは発見したのであ

釈尊の呼吸法の特徴をあげよう。

行息

止息

前の節で、わたくしは、

「身の行息」

について、

めぐめぐこれは、身において気息を行らすこと。即ち、体の特定の場所に気息をめぐらして行くことである。特定の場所とはどこか? また「行らす」とはどういうことか? あとでのべよう。

と書いているが、この「特定の場所」というのが「チャクラ」なのである。

「行らす」というのは、チャクラは数カ所あるので、それらを、つぎつぎとたどっ

て行くことの表現である。

つぎに、

「身止息身において気息を止念す

た力で、このチャクラを刺激し、「魔法」のような力を発揮するのである。

それは、内分泌腺ホルモンが、その力の発生源だったのだ。

チャクラを、近代医学による内分泌腺と対照してみよう。(表1)

チャクラの効能

チャクラは、ホルモンを分泌する内分泌腺と同一の場所にあり、ホルモンが持つ驚異的な力を発現させる場所であることをのべた。

では、各チャクラは、どのような力を発揮するのであろうか。

~6)

クンダリニー・ヨーガの秘伝として伝えるところのものを記してみよう。(図4

1、ムーラーダーラ・チャクラ

内分泌腺の性腺、腎臓の部位である。

脳と心の革命瞑想——120

 

 

脳と心の革命瞑想-118

 

心の革命想

 

四神足の書 ― 天地を統べる者の秘法

四神足の書 ― 天地を統べる者の秘法』

静寂の山に、夜明け前の光が差し込んだ。
老いた賢者シッダは、弟子トウマを前にしながら、焚き火の赤を指さした。

「トウマよ。
成仏の道は――『教え』と『法』の二つにわかれる。
だが、釈尊の見た究極はただ一つ。
法の中心にして終着、四神足である。」

その声は大地の奥から響くようで、山の空気がわずかに震えた。

◆四神足を成就した者 ― 大聖者

「四神足を極めた者は、仏陀に準ずる大聖者となる。
生と死の縁を超え、因果の闇に光を通し、迷える者を生者・死者を問わず成仏へ導く。
その存在は、風の行く先まで悟る者だ。」

トウマは、賢者の語る「大聖者」の姿に、言葉を失った。

◆七科三十七道品と四神足

賢者は、砂に指で円を描きながら続けた。

「世尊が示した三十七道品は、確かに偉大な教えだ。
しかし、深く見ればそれらはすべて――四神足を目覚めさせるために存在する。

五力法もまた修行法ではあるが、これは四神足に寄り添う翼のようなものだ。」

火の粉が風に舞い、四つの流れを描く。

◆四神足と五力 ― 密なる対応

賢者は火を見つめながら静かに言った。

欲神足には、揺るぎなき**精進力(信力)**が寄り添い、

勤神足には、燃え続ける念力が宿り、

心神足には、澄んだ湖のような定力が現れ、

観神足には、すべてを貫く慧力が開く。

「五根はこれら五力の源であり、教えの種だ。
教えは四神足の影のように動き、その行を補う。
だが――観神足を会得した者に、教えは不要となる。
八正道でさえ、ただ他の修行者を導くための言葉となるのだ。」

トウマは息を飲んだ。
悟りとは、教えを捨てる境地にまで至るのか、と。

◆四神足の修行は、チャクラの覚醒から始まる

賢者は夜空を仰ぎ、天の中心を指さすように言った。

「四神足を開くということは――
己の内に眠るクンダリニーの蛇を目覚めさせることだ。
チャクラが一つ開くごとに、四神足の道もまた姿を現す。」

そして、一本の杖で地面に七つの光輪を描いた。

●欲神足

ムーラーダーラ
スヴァーディシュターナ
――地と水のチャクラが開くとき、欲神足は芽吹く。

●勤神足

マニプーラ
アナーハタ
ヴィシュッダ
――火・風・空の三輪が燃え上がるとき、勤神足は走り出す。

●心神足

アージュニャー
――心の目が開くとき、心神足は世界を貫く。

●観神足

サハスラーラ
――千弁蓮の頂が光を放つとき、観神足は完全となる。

◆そして、四神足の行は始まる

賢者は最後に、焚き火の前に置いた小さな石を手に取り、弟子に渡した。

「トウマよ。
四神足とは、力ではなく“覚醒の階段”だ。
これを登り切れば、おまえは因縁を照らす者となる。」

トウマは震える手で石を握りしめた。
それはただの石ではなかった。
彼の内なるクンダリニーを呼び覚ます、最初の火種だった。

夜空には、まだ昇らぬ太陽の気配だけが静かに広がっていた。

 

四神足の書 ― 天地を統べる者の秘法

四神足の書 ― 天地を統べる者の秘法』

静寂の山に、夜明け前の光が差し込んだ。
老いた賢者シッダは、弟子トウマを前にしながら、焚き火の赤を指さした。

「トウマよ。
成仏の道は――『教え』と『法』の二つにわかれる。
だが、釈尊の見た究極はただ一つ。
法の中心にして終着、四神足である。」

その声は大地の奥から響くようで、山の空気がわずかに震えた。

◆四神足を成就した者 ― 大聖者

「四神足を極めた者は、仏陀に準ずる大聖者となる。
生と死の縁を超え、因果の闇に光を通し、迷える者を生者・死者を問わず成仏へ導く。
その存在は、風の行く先まで悟る者だ。」

トウマは、賢者の語る「大聖者」の姿に、言葉を失った。

◆七科三十七道品と四神足

賢者は、砂に指で円を描きながら続けた。

「世尊が示した三十七道品は、確かに偉大な教えだ。
しかし、深く見ればそれらはすべて――四神足を目覚めさせるために存在する。

五力法もまた修行法ではあるが、これは四神足に寄り添う翼のようなものだ。」

火の粉が風に舞い、四つの流れを描く。

◆四神足と五力 ― 密なる対応

賢者は火を見つめながら静かに言った。

欲神足には、揺るぎなき**精進力(信力)**が寄り添い、

勤神足には、燃え続ける念力が宿り、

心神足には、澄んだ湖のような定力が現れ、

観神足には、すべてを貫く慧力が開く。

「五根はこれら五力の源であり、教えの種だ。
教えは四神足の影のように動き、その行を補う。
だが――観神足を会得した者に、教えは不要となる。
八正道でさえ、ただ他の修行者を導くための言葉となるのだ。」

トウマは息を飲んだ。
悟りとは、教えを捨てる境地にまで至るのか、と。

◆四神足の修行は、チャクラの覚醒から始まる

賢者は夜空を仰ぎ、天の中心を指さすように言った。

「四神足を開くということは――
己の内に眠るクンダリニーの蛇を目覚めさせることだ。
チャクラが一つ開くごとに、四神足の道もまた姿を現す。」

そして、一本の杖で地面に七つの光輪を描いた。

●欲神足

ムーラーダーラ
スヴァーディシュターナ
――地と水のチャクラが開くとき、欲神足は芽吹く。

●勤神足

マニプーラ
アナーハタ
ヴィシュッダ
――火・風・空の三輪が燃え上がるとき、勤神足は走り出す。

●心神足

アージュニャー
――心の目が開くとき、心神足は世界を貫く。

●観神足

サハスラーラ
――千弁蓮の頂が光を放つとき、観神足は完全となる。

◆そして、四神足の行は始まる

賢者は最後に、焚き火の前に置いた小さな石を手に取り、弟子に渡した。

「トウマよ。
四神足とは、力ではなく“覚醒の階段”だ。
これを登り切れば、おまえは因縁を照らす者となる。」

トウマは震える手で石を握りしめた。
それはただの石ではなかった。
彼の内なるクンダリニーを呼び覚ます、最初の火種だった。

夜空には、まだ昇らぬ太陽の気配だけが静かに広がっていた。

 

七覚支編・序章

七覚支編・序章

「風が止み、光が満ちる――覚者への門前」**

山の稜線に、朝日がまだ届かない。
世界が息をひそめるような静寂の中、トウマは岩場に座していた。

四神足を成し遂げた夜から、彼の内側では何かが変わった。
胸に宿った光は弱まることなく、逆に“中心へと収束”していく。

師は言った。

> 「四神足は、悟りへ踏み出す“準備”。
七覚支こそ、悟りの“道”そのものだ。」

 

そして今朝、師はただ一言だけを残して去った。

> 「風が止むとき、始まりが現れる。」

 

その言葉の意味を、トウマはまだ理解できない。

だが――
この世界が“何かを待っている”気配だけは、肌で感じていた。

◆1 風が止む

ふいに、山を渡る風がぴたりと止まった。

葉のざわめきも、鳥の声も、人里からの物音さえも消える。
音が消えた瞬間、世界の色が一段深く沈み、
すべてが“トウマの呼吸に合わせて”動いているかのようだった。

そのとき。

胸の中心の光が、まるで誰かに応えるように淡く脈動した。

四神足で得た“観神足の光”が、ゆっくりと頭頂へ昇り、
眉間、喉、心臓、臍、丹田――
すべてのチャクラを通過しながら、静かに点火していく。

――世界が観られている。

そう感じた。

◆2 七覚支の“気配”

突然、足元から大地がほんのわずか震えた。
地震ではない。
世界そのものが“呼吸を変えた”としか表現できない震えだった。

そして、山の向こうから声が届いた。
声というより、心を直撃する波動だった。

> 『念(サティ)より始まる。
迷いを照らす“光の七段階”が、汝を待つ。』

 

“七段階”――トウマは息を呑む。

念・択法・精進・喜・軽安・定・捨
――これが七覚支。

四神足のように“能力の修行”ではない。
七覚支は、心が悟りへと直進するための“純粋な覚りの力”。

この道へ入れば、もう後戻りはできない。

その緊張と畏れの狭間で、トウマは立ち上がった。

◆3 道が“開く”

山の岩肌が、ゆっくりと光を帯びはじめた。

ひと筋の白い道が、トウマの足元から延び、
誰もいない山中をまっすぐ天へ向かって伸びていく。

その光は、四神足で見た“千弁蓮の白光”と同じ色だった。

すべての修行が、ここへ繋がっていたのだ。

胸の奥で、熱い何かが波打つ。

> 「七覚支に…入る。」

 

トウマは呟き、光の道へ足を踏み出した。

世界が動き出し、風が吹く。
だが、その風はもう“ただの風”ではなかった。

風そのものが、トウマに智慧を授けている――
そんな感覚があった。

こうして、トウマは“覚者の七段階”の第一歩へ足を踏み入れる。