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大黒天

大黒さま"と"恵比寿さま"|小林 博重の OUEN blog

大黒天と恵比寿(恵比寿様)は、ともに七福神の一員として信仰され、豊漁・豊作・商売繁盛・財福をもたらす神様です。大黒天は打ち出の小槌を持ち、恵比寿様は釣竿を持って鯛を抱える姿が特徴です。しばしば一緒に祀られ、恵比寿様を右に、大黒天を左に(または向かって右に大黒天、左に恵比寿様)配置する習わしがあります。

恵比寿様恵比寿天
    • ご利益
      漁業の神様として豊漁、そして商売繁盛や財運の神様です。

    • 特徴
      釣竿を持って鯛を抱えている姿で描かれます。七福神の中で唯一の日本由来の神様とされています。

  • 由来
    伊弉諾尊(イザナギ)の子、または大国主命(大国主命、大黒天の本体)の子とされる事代主神がその原型です。

大黒天大黒様
  • ご利益
    五穀豊穣、農業の神様で、福徳や財福をもたらし、商売繁盛の守り神でもあります。

  • 特徴
    袋を背負い、打ち出の小槌を持つ姿で描かれます。満面の笑みで俵に乗る姿も見られます。

  • 由来
    インドの神様が由来であり、大国主命恵比寿様の本体の親子とされる)と同一視されます。

一緒に祀られる理由
  • 大黒天は財福や食の神、恵比寿様は商売繁盛や豊漁の神として、それぞれ異なるご利益を持ち、互いを補完し合う形で信仰されてきました。
  • 江戸時代には、民間信仰として「二福神信仰」が広まり、特に商売繁盛を願う人々に親しまれました。
大黒天供養の秘法「浴餅」とは? - 仏像ワールド

大黒天は、インドの破壊神シヴァ神の化身であるマハーカーラが起源で、日本では「七福神」の一柱として親しまれ、五穀豊穣、商売繁盛、開運招福などのご利益があるとされる福の神です。日本古来の神である大国主命(おおくにぬしのみこと)と合体し、打ち出の小槌と大きな袋を持ち、米俵に乗り福々しい姿で表現されることが多く、この姿が広く信仰されています。 

大黒天の起源と変遷
  • インドの神話: もともと、インドのヒンドゥー教の三大神の一人であるシヴァ神の異名「マハーカーラ」が起源です。マハーカーラは破壊と創造を司る神で、その名は「偉大なる暗黒(時間)」を意味し、当初は恐ろしい姿で信仰されていました。 
  • 仏教と日本への伝来: マハーカーラが仏教に取り入れられ、中国を経て日本へ伝わりました。 
  • 日本での融合: 日本に伝来した後、日本古来の神である豊穣と国の繁栄を司る大国主命(おおくにぬしのみこと)と同一視されるようになりました。 
  • 福の神へ: これにより、大黒天は恐ろしい神から、商売繁盛、五穀豊穣、財運をもたらす福の神へと姿を変えました。 
大黒天の姿とご利益
  • 一般的な姿: 頭に頭巾をかぶり、手には財宝を打ち出す「打ち出の小槌」、背中には大きな「福袋」を背負っています。 
  • 米俵とねずみ: 多くの場合、米俵に乗り、ねずみを従えています。ねずみは食料を蓄えることから、豊穣や財宝の象徴とされます。 
  • ご利益: 五穀豊穣、商売繁盛、財運、開運招福、子孫繁栄などのご利益があるとされています。 
大黒天が信仰される理由
  • ご利益: 現代でも多くの人々から商売繁盛や金運向上の神様として厚く信仰されており、縁日には多くの参拝客が訪れます。 
  • 恵比寿様との関係: 恵比寿様と組んで、農業・漁業・商工業の発展を司る二神一組として信仰されることも多く、日本の農業や商業の発展と深く結びついています。 

マハーカーラサンスクリット語महाकालMahākāla)は、ヒンドゥー仏教シーク教に共通の神である。ヒンドゥー教で、シヴァの別名のひとつとされる。配偶者はヒンドゥー教の女神マハーカーリとされシャクティ派で最も顕著に現れる[1][2][注釈 1]。また密教仏教、特にチベット仏教(Citipati)ではどの宗派でも守り手として示され、日本の真言宗では護法善神という。

マハーカーラは日本で大黒天として広まり、あるいは北京語広東語(大黑天DàhēitiānもしくはDaaih’hāktīn)、朝鮮語(대흑천)でもそれぞれ大黒天を指す。シーク教マーヤーを司る存在がマハーカーラである。

語源

マハーカーラMahākālaサンスクリットbahuvrihi複合語 で「mahā 偉大な」(梵:महत्)「kāla 時間/死」(梵:काल)から転じて「時を超越した者」や死を意味する[4]

チベット名は「偉大な黒い人」(チベット文字ནག་པོ་ཆེན་པོ། Nagpo Chenpo)を意味する。チベット人は守護者という意味の言葉(チベット文字མགོན་པོ། Gönpo)も用いる。

さまざまな姿

二腕のマハーカーラ (1100年頃、インド東部)

Sakti samgamaタントラ[5]によると妻のマハーカーリは非常に恐ろしい存在に嫁ぎ、夫マハーカーラは腕が4本で3つ目、1千万の破壊の黒炎の輝きを放ち8ヵ所の火葬場に囲まれて暮らす。身を飾る8つの頭蓋骨、5体の骸を椅子代わりに腰を下ろし、手に三つ又の鑓 (やり) に太鼓、長刀に鎌を携える。全身に火葬場の灰が降りかかり、その周囲を取り囲むハゲタカとジャッカルが大きな声で吠え立てるという。隣にいる妻のカーリーとともに時間の流れを象徴している。マハーカーラとカーリー(マハーカーリー)は両神ともブラフマンの究極の破壊力を表し、いかなる規則や規制にも縛られることはない。時間と空間さえも自分自身の中へと溶かしこむ力を持ち、宇宙が溶け去ったあとも「空」として存在しつづける。カルパの終焉に当たり宇宙を解散させるのは、この両神に任されている。あるいはまた、たとえ他の神々のデヴァ(Deva)やトリムルティス(Trimurti)には実現できなくても、強大な悪とデーモンを全て滅する責任を負う。

マハーカーラとカーリーは「カラ」すなわち「時間」の擬人化された存在であり、何にも拘束されない「時間」は慈悲を示さず、何もあるいは誰をも待つことはない。それゆえに男であれ女であれ、子供でも動物でも、世界あるいは宇宙全体を容赦なく滅し尽くす[1][6]オリッサ州ジャールカンド州、ならびにドゥアール地方英語版の一部(いわゆるベンガル地方北部)では、野生の象をマハーカーラとして崇拝する[7][8][9]

マハーカーラは通常、色が黒い。黒はすべての色を吸収して溶かし込むように、すべてを包含する包括的な性質を備えるマハーカーラは、すべての名前と形を溶かし込むと言われる。また黒とは色が完全に欠如した状態とも言え、この場合もマハーカーラの本質を究極または絶対の現実として表す。梵語でこの原則をあらゆる質と形を超えた「ニルグナ」nirgunaと呼び、すべてを包含し、かつ絶対の存在というどちらの解釈も引き受ける[10]

マハーカーラと大黒天は同一の神ですが、その姿と意味が異なります。インド神話のシヴァ神の別名であるマハーカーラは、主に破壊と再生を司る恐ろしい姿の神として知られます。一方、日本ではマハーカーラがヒンドゥー教の神仏習合を経て、大国主命と同一視され、福徳をもたらす七福神の一人として親しまれる柔和な姿の大黒天として広まりました。 

マハーカーラ(Mahākāla)
  • 起源: ヒンドゥー教のシヴァ神の別名。 
  • 意味: 「大いなる黒い(または暗黒、時)」を意味します。 
  • 姿: 仏敵から守る護法尊として、一般的には6本腕で象や虎の皮をまとい、額に第三眼を持つ恐ろしい姿で表されます。 
  • 役割: 仏教に取り入れられ、仏法の守護神として、また魔障から人々を守護する尊格となりました。 
大黒天(だいこくてん)
  • 起源: マハーカーラが仏教に取り入れられた後、さらに日本の神道における大国主命(おおくにぬしのみこと)と神仏習合したことで成立しました。 
  • 姿: 頭巾をかぶり、米俵を背負い、打ち出の小槌を持つ福の神として親しまれ、七福神の一人となります。 
  • 役割: 福徳や財を授ける福の神として、日本で広く信仰されています。 
まとめ
マハーカーラはシヴァ神の恐ろしい姿で仏法を護る神ですが、日本ではそのルーツが、大国主命と合体することで、人々に福徳をもたらす大黒天として親しまれるようになったのです。 

 

  • 六臂マハーカーラ立像 – 文化遺産オンライン
    解説 マハーカーラは、日本では大国主命+おおくにぬしのみこと+と同一視され、柔和な姿の大黒天として親しまれていますが、本…
    文化遺産オンライン

大黒と恵比寿

日本一大きいえびす、大黒の石像は舞子六神社にあり商売繁盛の神社とされている。

大黒と恵比寿は各々七福神の一柱であるが、寿老人と福禄寿が二柱で一組で信仰されることと同様に、一組で信仰されることが多い。神楽などでも恵比寿舞と大黒舞が夙(つと)に知られ、このことは大黒が五穀豊穣の農業の神である面と恵比寿が大漁追福の漁業の神である面に起因すると考えられている。また商業においても農産物や水産物は主力であったことから商売の神としても信仰されるようになっていった。

 

恵比寿天(恵比寿様)とは | 仏像入門ドットコム - 仏像入門 ...

恵比寿様は、七福神の中で唯一日本古来の神様であり、漁業・商売の神、五穀豊穣、開運、学業成就などのご利益があるとされています。釣り竿と鯛を抱え、笑顔の姿で描かれるのが特徴で、「えべっさん」「えびっさん」などの愛称で呼ばれます。主な神社には西宮神社や今宮戎神社があり、毎年1月には十日えびすなどのお祭りも開催されます。 

由来と神格
  • 日本古来の神様: 七福神の中で唯一、インドや中国由来ではなく、日本に古くから伝わる神様です。 
  • 漁業の神から商売の神へ: 元々は漁業の神様でしたが、後に豊穣の神、そして商売繁盛の神としても信仰されるようになりました。 
  • 「えびす」の語源: 漂着物を「神様からの贈り物」と呼び恵比寿としたり、外からやってくる幸福を意味する「えみし」と関連があるとする説など、いくつかの説があります。 
ご利益
  • 商売繁盛、五穀豊穣、家内安全、開運招福など。
  • 大黒様と一緒に祀られることが多く、恵比寿大黒として開運の神様として広く信仰されています。 
姿と特徴
  • 釣竿を持ち、鯛を抱え、笑顔を向けている姿が一般的です。
  • 「恵比寿顔」という言葉があるように、その笑顔が特徴的です。 

 

信仰と祭り
  • 全国に神社: 恵比寿様を祀る神社は全国にありますが、特に西日本に多く、西宮神社(兵庫県)が総本社とされています。 
  • 恵比寿講(えびすこう): 商人が恵比寿様に日頃の感謝を伝え、商売繁盛を願う祭りです。 
  • 十日えびす: 特に1月には、西宮神社(兵庫県)をはじめとする全国のえびす神社で「十日えびす」が行われ、多くの人々が参拝に訪れます。 

 

 

恵比寿天(恵比寿様)とは | 仏像入門ドットコム - 仏像入門 ...

恵比寿様は、七福神の中で唯一日本古来の神様であり、漁業・商売の神、五穀豊穣、開運、学業成就などのご利益があるとされています。釣り竿と鯛を抱え、笑顔の姿で描かれるのが特徴で、「えべっさん」「えびっさん」などの愛称で呼ばれます。主な神社には西宮神社や今宮戎神社があり、毎年1月には十日えびすなどのお祭りも開催されます。 

由来と神格
  • 日本古来の神様: 七福神の中で唯一、インドや中国由来ではなく、日本に古くから伝わる神様です。 
  • 漁業の神から商売の神へ: 元々は漁業の神様でしたが、後に豊穣の神、そして商売繁盛の神としても信仰されるようになりました。 
  • 「えびす」の語源: 漂着物を「神様からの贈り物」と呼び恵比寿としたり、外からやってくる幸福を意味する「えみし」と関連があるとする説など、いくつかの説があります。 
ご利益
  • 商売繁盛、五穀豊穣、家内安全、開運招福など。
  • 大黒様と一緒に祀られることが多く、恵比寿大黒として開運の神様として広く信仰されています。 
姿と特徴
  • 釣竿を持ち、鯛を抱え、笑顔を向けている姿が一般的です。
  • 「恵比寿顔」という言葉があるように、その笑顔が特徴的です。 

 

信仰と祭り
  • 全国に神社: 恵比寿様を祀る神社は全国にありますが、特に西日本に多く、西宮神社(兵庫県)が総本社とされています。 
  • 恵比寿講(えびすこう): 商人が恵比寿様に日頃の感謝を伝え、商売繁盛を願う祭りです。 
  • 十日えびす: 特に1月には、西宮神社(兵庫県)をはじめとする全国のえびす神社で「十日えびす」が行われ、多くの人々が参拝に訪れます。 

 

 

 

  • 恵比寿様の由来やご利益とは?大黒様との関係や全国の神社も紹介 – 家族葬のファミーユ【Coeurlien】
    恵比寿様は、日本由来の七福神の一柱で、漁業の神様とされています。大漁満足や商売繁盛、航海安全、学業成就などのご利益がある…
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    恵比寿様は、日本由来の七福神の一柱で、漁業の神様とされています。大漁満足や商売繁盛、航海安全、学業成就などのご利益がある…
    家族葬のファミーユ
  • 日本神話のorigin: 日本の国生みの神、イザナギとイザナミが最初に生み出した子供が恵比寿様(蛭子)であるという説があります。 
  • 不遇からの復活: 恵比寿様(蛭子)は、全身マヒの状態で生まれたため海に流されましたが、後に「恵比寿」として漁業と商業の神様になったと語られています。 
  • 子孫として: 恵比寿様(事代主神)は、大国主命(大黒様)の息子とされることもあり、この場合は大黒様の子が恵比寿様の「前世」と解釈できるかもしれません。 
恵比寿様に関連する神話

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コラム:四つの身体と霊的色彩光

コラム:四つの身体と霊的色彩光

ヴェーダンタ哲学とジャイナ教哲学では、人間の身体は目に見える粗雑な物質の肉体と、精妙な物質的身体である電磁気的な体と、最も微細な物質からなる体原因と、物質でない魂が層のように結合したものだと説いている。

ジャイナ教ではその四つを肉体、テジャス体(電磁気的な身体)、カルマ体(原因体、汚れた魂、個我の源)、ドラビヤ・アートマン(純粋な魂)に分けて説明している。

ヴェーダンタ哲学では肉体(粗雑な体・アンナマヤ・コシャ・食物で出来た体)、スークシュマ・シャリーラ(精妙な体)、カーラナ・シャリーラ(原因体・潜在意識)、アートマン(魂)に相当する。

仏教では魂を説明しないので身体の複合性・重層性を説かないが、四つの身体を説くジャイナ教とヴェーダンタ哲学には共通の思想がある。『スワーミー・メーダサーナンダ著「輪廻転生とカルマの法則」参照。』

魂の二面性についても純粋なる魂をヴェーダンタ哲学でシュッダートマンと言い、ジャイナ教ではドラビア・アートマンという。本性が覆い隠された魂をヴェーダンタ哲学ではジヴァートマンと言い、ジャイナ教ではパーヴァ・アートマンと言う。何によって魂が本性を覆い隠されるのか。ヴェーダンタ哲学では、それは無知・マーヤ(迷い)であると説いている。その迷いとは誤解、妄想、迷信である。

ジャイナ教では魂に付いた汚れであるカルマ(業)であるとして、中でもカシャーイが原因であるとしている。カシャーイとは怒り、慢心、虚偽、強欲のことである。ジャイナ教では全ての生き物の魂にはカルマが付着していて、カルマが原因となって輪廻が起こっていると説いている。そして輪廻する魂を持つ生き物全てをジーヴァと呼んでいる。汚れたジーヴァの魂が純粋になることがモークシャ(解脱)であり、モークシャに到達することが全ての輪廻する魂の目標である。人間として肉体を持った状態でモークシャに到達した人をアラハン又はアラハトと言う。アラハトが肉体を捨てて魂だけになるとモークシャに到達しているので、もう輪廻転生が起こらない。その輪廻転生しない肉体を持たない魂をシッダと言う。ジーヴァという言語、シッダという言語はジャイナ教由来のものである。もしかするとヴェーダンタ哲学で説く四つの体は、いつの時代か、ジャイナ教哲学の影響を受けているのかもしれない。

ジャイナ教哲学では純粋なる魂は色彩を超越した まばゆく輝くものであるが、純粋なる魂にカルマが結びつくと輪廻する魂、ジーヴァ、つまり生き物、生命になる。生命の中の魂はある種のバイブレーションを起こしている。その精妙なバイブレーション(ある種の周波数を持った波動)が周囲に存在している様々な微細な物質を引き寄せる。その微細な物質が魂に付着してカルマの材料となる。人間であれば、五つの感覚器官を通じて微細な物質が魂に引き寄せられてくる。色、音、味、匂い、触感として微細な物質が魂に入ってくる。それは外から内への方向性である。

魂の内奥から常にある種の霊的精神的エネルギーが身体外部に放射されているが、そのバイブレーションは内から外に向かって放射されるときに魂に付いた汚れの影響を受けて着色される。それがジャイナ教哲学でいうレーシャという霊的色彩光である。霊的色彩光はカルマ体(アートマンにカルマが結びついて出来た原因体であり、自我意識であり、個我でもある。)のカシャーイ領域を通過するときにカシャーイに影響されて着色される。原因として蓄積されているカルマによってカシャーイ(情欲・パッション)が出来てくるが、カシャーイの領域を通過して着色されたレーシャは、次にカルマ体のアデヴァシャーイの領域に入り、感情が生起する元となるエネルギーを生み出している。この段階(カルマ体の段階)ではレーシャの周波数が高いので我々はまだ霊的色彩光を知覚することはできない。

レーシャがテジャス体に入ると周波数が低くなり、テジャス体に流入したレーシャは生命力や内部感覚に影響し、テジャス体のレーシャの領域(霊的色彩光の見える領域)に到達すると我々はレーシャの色を知覚することが出来るようになる。更にレーシャが肉体のレヴェルに入ると中枢神経に到達し内分泌系に影響を及ぼして、そこで化学物質・ホルモンが分泌され感情が生起する。感情によって思考が生まれ、知性が心で考えたことを分析判断し決定する。決定することで行動となる。行動の源を辿っていくとカシャーイがその根源となっていることが解り、行為の結果であるカルマがそのカシャーイを生み出していると理解できる。

又、カルマはレーシャに引き寄せられていることがわかる。つまりレーシャが我々の行動の全ての根源だということがわかる。レーシャによって我々は行動させられ、そしてその行動が新たなカルマを引き寄せ新たな原因を作っているのである。

だからカルマを変えたかったらレーシャを変えればよい。それがジャイナ教のカルマを変える瞑想法レーシャ・ディヤーナの理論である。霊的色彩光の知覚を通じてレーシャの色をより良い色彩に変えていく、因果律の負の連鎖を正の連鎖に変えて魂の純粋化を目指すのである。

カルマによって汚れた魂となったパーヴァ・アートマンをもつジーヴァ(生き物、特に人間)が修行によってアカルマ(純粋)になると、モークシャが達成されて輪廻転生しない普遍的なドラヴィア・アートマンになる。このことを解脱と言う。解脱がジャイナ教・仏教・ヒンドゥー教の理想である。それは、今も昔も変わらない。レーシャ・ディヤーナ(霊的色彩光の知覚)は瞑想の目的と目的地とそこに到達する方法を示している。

感情を生み出すホルモンの内分泌線と関係が深いケーンドラ(チャクラともいう)という霊的中心点に善い色彩をイメージし、善い言葉と共に潜在意識であるカルマ体に浸透させる。この瞑想の継続によって我々の潜在意識は変容しカルマも変わり、カシャーイも善きものとなる。

自分自身を知るというのは自己のカルマを知ることである。自己コントロールとは自己の行為の結果であるカルマによって作られたカシャーイをコントロールすることである。また、カルマによって形成された心の癖、願望、傾向、好みであるヴァーサナー・サムスカーラをコントロールすることでもある。

我々は自分自身を肉体としての体だけであると見ていたのでは救われない。常に肉体だけでなく、自分の体を電磁気的な体として、原因の体として、純粋なる魂として見なくてはならない。それが、自分で自分を救う道である。ジュニヤーナの道、智慧のヨガ、論理的思考を好む人の歩む道、プレクシャ・メディテーションがそれである。