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普賢の白い象
White Elephant of Samantabhadra

 

白象の背に乗りて
六本の牙が光る
智慧と慈悲を携え
すべての道を照らす

oṃ samantabhadra bodhisattva svāhā
môṣa-dānaṃ samyak-saṃbuddha-kundhī-nāma-tathāgatā oṃ cundī śrī cundī svāhā

普賢の名は幸せを呼び
障害を取り除く力
延命の光は長く続き
命ある者に希望を与える

oṃ samantabhadra samanta sattva svāhā
môṣa-dānaṃ samyak-saṃbuddha-kundhī-nāma-tathāgatā oṃ cundī śrī cundī svāhā

Riding upon the white elephant,
Six tusks shining with light,
Bearing wisdom and compassion,
Illuminating every path.

oṃ samantabhadra bodhisattva svāhā
môṣa-dānaṃ samyak-saṃbuddha-kundhī-nāma-tathāgatā oṃ cundī śrī cundī svāhā

The name of Samantabhadra brings happiness,
A power that removes all obstacles,
The light of long life continues on,
Giving hope to all living beings

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oṃ samantabhadra samanta sattva svāhā
môṣa-dānaṃ samyak-saṃbuddha-kundhī-nāma-tathāgatā oṃ cundī śrī cundī svāhā 続きを読む

普賢菩薩

普賢の名を継ぐ者

風が鳴いていた。
それは、ひとつの旅が終わることを告げる風だった。

慧真は、ふもとの村を見下ろす丘に、ひとつの庵を建てていた。
白木の柱に藁屋根をのせた、質素な庵。
その前には、小さな蓮池があり、春の陽を浴びて青葉が揺れている。

あれから幾年が過ぎたのだろう。
旅を終え、法を説くことも少なくなり、ただ静かに、祈る日々が続いていた。

だが、その静けさを破るように、ある日、ひとりの訪問者があった。

**

「お師匠さま――」

その声に、慧真は振り向く。
そこに立っていたのは、かつて病から救った少女、沙良だった。

あのとき、命の灯がかすかに揺れていたあの小さな少女が、
いまや堂々とした衣をまとい、自らも教えを伝える僧侶になっていた。

「今日から、この庵の隣に、小さな道場を開こうと思います。
ここで、普賢さまの祈りと教えを、子どもたちに伝えていきたいのです」

慧真は、静かに笑った。

「そうか……命は、こうして渡っていくのだな」

沙良は、そっと慧真の膝に座った。

「私にとって、命が延びたあの日からずっと、
生きるということは、“誰かに灯すこと”でした。
だからこそ、今度は私が――」

慧真は頷いた。

**

その夜、慧真は夢を見た。
白象が、雲の上を歩いていた。

その背には、かつての師、桂雲尼、少年烈――
命の途中で出会った多くの面影があった。

やがてその象は、彼のもとに近づき、こう語った。

「名とは、灯の名。
普賢とは、すべての命を照らす者の名。
その名は、お前ひとりのものではない。
歩みし者に、受け継がれる名なのだ」

慧真は、ゆっくりと目を覚ました。

庵の外では、朝日が蓮池に差し、
白い花が、そっとひとつ、咲いていた。

**

数日後――

慧真は、沙良に僧衣の襟を正してもらいながら、静かに語った。

「わしの名は、今日で終わる。
これより先は、お前が“普賢の道”を継ぎなさい。
わしの延命は、お前のなかに生きているのだから」

沙良は涙ぐみながら深く礼をした。

「はい、慧真さま。
私の命がある限り、あの祈りを灯し続けます」

**

結び

慧真の旅は終わった。

だがその灯は、沙良に、烈に、名もなき人々に――
無数の蓮の花のように、静かに広がっていった。

そのすべてを、白象に乗る菩薩は、やさしく見守っていた。

「命とは、渡る火であり、咲く蓮であり、歩みつづける道」

それが、普賢の名であった。

「間脳思考」 Interbrain Contemplation

 

 

間脳思考
Interbrain Contemplation

石畳にひざまずき 静けさに耳を澄ます
灯明の影が揺れ 師の声が胸を打つ
閉ざされた扉の奥 失われし霊性の場
縁起の網は断たれ 孤独なる我が囚われる

namo saptānāṁ samyaksaṁbuddha koṭīnāṁ tadyathā

oṁ cale cule cundī svāhā

môṣa-dānaṃ samyak-saṃbuddha-kundhī-nāma-tathāgatā

oṃ cundī śrī cundī svāhā

今こそ 如来蔵の光よ 開け
第三の眼に映る 宇宙の呼吸
空なる響きに 我は溶けゆき
涅槃の風となり 解脱の歌をうたう

namo saptānāṁ samyaksaṁbuddha koṭīnāṁ tadyathā oṁ cale cule cundī svāhā

môṣa-dānaṃ samyak-saṃbuddha-kundhī-nāma-tathāgatā oṃ cundī śrī cundī svāhā

Kneeling on the stone pavement, I attune my ears to silence,
The shadow of the lamp flame trembles, the master’s voice strikes my heart.
Beyond the sealed door lies the lost field of spirit,
The net of dependent origination is severed, the lonely self is bound within.

namo saptānāṁ samyaksaṁbuddha koṭīnāṁ tadyathā oṁ cale cule cundī svāhā

môṣa-dānaṃ samyak-saṃbuddha-kundhī-nāma-tathāgatā oṃ cundī śrī cundī svāhā

Now at last, O Light of the Tathāgata’s womb, open forth!
In the third eye is reflected the breath of the cosmos.
Into the resonance of emptiness I dissolve,
Becoming the wind of Nirvāṇa, I sing the song of liberation.

namo saptānāṁ samyaksaṁbuddha koṭīnāṁ tadyathā oṁ cale cule cundī svāhā

môṣa-dānaṃ samyak-saṃbuddha-kundhī-nāma-tathāgatā oṃ cundī śrī cundī svāhā

「間脳思考」 Interbrain Contemplation

師の語り

「人間は、理性を担う新皮質と、本能を司る辺縁系と、そのあいだにある間脳とを有している。
この間脳こそ、“霊性の場”である。ここが閉ざされてしまったがゆえに、人は自我に縛られ、苦の連鎖を生んでしまったのだ。

 本来は異なる三つの力が、縁起の法に従って調和して働くように設計されていた。
縁起とは、存在が互いに依存し、孤立せず、関わり合って立つ法である。
新皮質も、旧皮質も、間脳も、それぞれ独立しているのではなく、全体として“空”なる構造をなしていた。

 しかし進化の途中で、その霊性の場が閉ざされ、縁起の網が寸断された。
結果、人間は“空”を知らず、“我”に閉じこもった。
そこから生まれるのは、無明であり、貪瞋痴である。

 もし間脳が開かれれば、如来蔵の光が顕れる。
如来蔵とは、すべての衆生の内に秘められた覚りの胎蔵である。
視床下部と松果腺が共鳴するとき、その光は現れ、第三の眼は宇宙を映す。
このとき、人はもはや個別の存在ではなく、法界そのものの呼吸となる。

 成仏とは、この法界の呼吸と一つになることであり、死後の世界に逃れることではない。
今ここにおいて、霊性の場を開くこと、これが即ち涅槃であり、解脱である」