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光明真言

光明真言

発音と意味
oṃ amogha vairocana
オーン 不空なる御方よ 毘盧遮那仏(大日如来)よ
オン アボキャ ベイロシャノウ
唵 阿謨伽 尾盧左曩

mahā-mudra[1][2][3] maṇi padma
偉大なる印を有する御方よ 宝珠よ 蓮華よ
マカボダラ マニ ハンドマ
摩訶母捺囉 麽抳 鉢納麽

jvāla pravartaya hūṃ
光明を 放ち給え フーン (聖音)
ジンバラ ハラバリタヤ ウン
入嚩攞 鉢囉韈哆野 吽
amogha(アボキャ)は不空成就如来を、vairocana(ベイロシャノウ)は大日如来を、mahā-mudra(マカボダラ)は阿閦如来を、maṇi(マニ)は宝生如来を、padma(ハンドマ)は阿弥陀如来を指すと解釈され、金剛界五仏(五智如来)に対して光明を放つように祈願している真言である

光明真言曼荼羅
五字真言(अ वि र, हूं खां、a vi ra hum kham、ア・ビ・ラ・ウン・ケン)の五つの梵字(地・水・火・風・空の五大種子)を、頭から順に、向かって中央・下・左・上・右に配置し、それらを取り囲むようにして光明真言の24梵字を円周状に配置した「光明真言曼荼羅」も伝わる。

虚空蔵菩薩

虚空蔵菩薩

 こくうぞうぼさつ
虚空蔵菩薩
梵名は、アーカーシャガルバ(ン回詮回ふご)。アーカーシヤは「虚空」、ガルバは「胎蔵」という意味です。
菩薩の福徳と仏智が大空(虚空)のように広大無辺であるところから、この名がつけられました。
その限りない福と智の徳を、必要とする人に必要なだけ与える、といわれています。「慈悲」の地
蔵菩薩に対して「智慧」の仏として信仰されています。
この虚空蔵菩薩を本尊として修する「虚空蔵菩薩求聞持法」は、頭脳を明晰にし、記憶力を高め
る修法としてよく知られています。
同じく「虚空蔵菩薩念誦法」は、業障を除き、福徳円満にして物心両面の財宝を得ることができ
るとされています。
丑年および寅年生まれの人の守り本尊とされています。
タラーハ・trah ・ 慣用音 たらあく

無量無辺の意義と徳をそなえる種子
一字をもって各尊をあらわす象徴的な梵子を種子といい

ます。
ふつう、各尊の尊名、あるいは真言のなかからとった一宇がその種子となっています。あたか
も植物の種子から多くの果実が得られるように、仏の象徴であり真言である梵字から仏の尊形や
仏智、さとりといった仏果を得ることができるので、種子と名づけられたといわれています。
このように、猪尊をあらわす種子は無量無辺の意義と徳をそなえているので、ヴ]れを唱え、心
に念じて、書写すれば、すみやかに菩提を得るとされています。

仏教の瞑想法
さて、古代インドでは、仏教が興る以前から、バラモンの修行法のひとつとして瞑想法があり
ました。釈尊はの瞑想によって最高のさとりを得たと伝えられています。仏教の瞑想法は、真
理にめざめ、真の智慧を体得する行法ですから、仏道修行の基本的かつ最も高度な行法といえる
かもしれません。

種子観法の種類
密教では、この瞑想法を観法といい、必修の行法として行なわれています。仏の象徴を眼前に
して修するのが特徴ですが、その仏の象徴として用いるものの一つに、梵字種子があります。
種子を用いた代表的な観法が[阿息観] です。これは、氷轍(満月)の中にヽ森羅万象の始源とされ大日如来の種子でもある阿(アご字を描いた画像を仏の象徴として用います。またヽ出息、大息するときに、ひたすら阿字を観ずるのを[阿息観]、出息に阿字、大息に吽
字を観ずるのを耶牢俳響といいます。

 

 

こそ
梵字は東洋独特の深遠な芸術である。それは東アジア、殊に日本の先人の苦辛努力した諜骨の美を極めたものである。 インドの文字は西紀前八世紀ごろにフェニキアから移入され、最初は商人のあいだで用いられていたが、やがて一般に流布し、後代には諸宗教の聖典が文字に書写され、それは功徳あることとして推賞された。しかし、文字に宗教性を認めることはなかった。 ところが、真言密教の興隆とともに、サンスクリットの文字(梵字)に特別の意味が付せられるf」とになった。それは単にコミュニケーションの手段ではなくて、一つ一つの文字が絶対の者である仏の徳を表示するものと解せられたからである。まさに、シンボリズムの極致である。
しかし、インドでは梵字についての書道なるものを発展させなかったようであるが、梵字が中国を経て日本に伝えられるとともに、梵字は独特の美学的意義をもつようになった。幾多の先師碩学がそれぞれ独特の書法を発展させたのである。

四神足の修練

The method of attaining enlightenment、Buddha

### イントロ

四神足を鍛え、身に備え、
神変を受けて、超越する力。
一身が多身に、多身が一身に、
現れ隠れ、自在に動く。

### サビ

空中を飛び、地中に潜り、
水上を歩み、梵天に至る。
心の声を聞き、他者の思いを知る、
四神足の修練、無限の力を授かる。

 

四神足の修練

四神足を修練し、豊かならしめたならば、多様なる神変を身に受ける。一身にして多身となり、多身にして一身となり、あるいは現われ、あるいは隠れ、牆壁や山岳をよぎって、礙げなく、行くこと空中におけるがごとく、地中に出没すること水中におけるがごとく、水中を行きて壊られざること地上におけるがごとく、虚空においても結跏趺坐してそぞろ歩きすることは飛鳥のごとく、このように大神通・大威徳あるこの日月を手でとらえて揉んでしまい、梵天の世界にいたるまでも身をもって支配する。このように四神足を修練し豊かならしめたならば、清浄にして超人的な天の耳の本性をもって、遠近にある天的なまた人間的な声をともに聞く。このように四神足を修練し豊かならしめたならば、他の生存者、他の人々の心をば心によって了解して知る。貪りある心を貪りある心であると知り、貪りを離れた心を貪りを離れた心であると知り、また怒りある心を怒りある心であると知り、怒りを離れた心を怒りを離れた心であると知り、迷妄ある心を迷妄ある心であると知り、迷妄を離れた心を迷妄を離れた心であると知り、収縮した心を収縮した心であると知り、散乱した心を散乱した心であると知り、偉大な心を偉大な心であると知り、偉大ならざる心を偉大ならざる心であると知り、上ある心を上ある心であると知り、無上の心を無上の心であると知り定にあらざる心を定にあらざる心であると知り、定のうちにある心を定のうちにある心であると知り、解脱していない心を解脱していない心であると知り、解脱している心を解脱している心であると知る。このように四神足が修練され豊かにされた時に、種々なる過去の生涯を想いおこした、ーすなわち一つの生涯、二つの生涯、三つの生涯、四つの生涯、五つの生涯、十の生涯、二十の生涯、三十の生涯、四十の生涯、五十の生涯、百の生涯、千の生涯、百千の生涯を、またいくたの宇宙成立期、いくたの宇宙破壊期、いくたの宇宙成立破壊期を。「われはそこにおいて、これこれの名であり、これこれ姓(gotta)であり、これこれのカースト(vanna)であり、これこれの食をとり、これこれの苦楽を感受し、これこれの死にかたをした。そこで死んでから、かしこに生まれた」と。このようにかたちや名称とともに種々なる過去の生涯を想いおこしたのである。このように四神足が修練され豊かにされたときに、清浄で超人的な天眼をもって、もろもろの生存者が死にまた生まれるのを見た。すなわち卑賤なるものと高貴なるもの、美しいものと、醜いもの、幸福なものと不幸なもの、そしてもろもろの生存者がそれぞれの業にしたがっているのを明らかに知った、ー「じつにこれらの生存者は身に悪行をなし、ことばに悪行をなし、こころに悪行をなし、もろもろの聖者をそしり、邪(あやま)った見解をいだき、邪った見解にもとづく行為をなす。かれらは身体が破壊して死んだあとで、悪しきところ、堕ちたところ、地獄に生まれた。また、他のこれらの生存者は、身に善行をなし、ことばに善行をなし、こころに善行をなし、もろもろの聖者をそしらず、正しき見解をいだき、正しい見解にもとづく行為をなす。かれらは身体が破壊して死んだあと、善いところ、天の世界に生まれた」と。このように清浄で超人的な天眼をもって、もろもろの生存者が死にまた生まれるのを見た。すなわち卑賤なるものと高貴なるもの、美しいものと醜いもの、幸福なものと不幸なもの、そしてもろもろの生存者がそれぞれの業にしたがっているのを明らかに知った。このように四神足が修練され豊かにされたときに、もろもろの煩悩の汚れがほろぼされることによって、汚れなき心の解脱・智慧の解脱をこの世において、みずから証知し、現証し、具現して住する。

 

 

 

 

7つのシステム 37の カリキュラム

The method of attaining enlightenment、Buddha

降三世明王

降三世はサンスクリット語で、トライローキャ・ヴィジャヤ(三界の勝利者 Trailokyavijaya)といい、正確には「三千世界の支配者シヴァを倒した勝利者」の意味。[

 

オン ソンバ ニソンバ ウン バザラ ウン ハッタ

オン ソンバ ニソンバ ウン ギャリカンダ ギャリカンダ ウン ギャリカンダハヤ ウン アノウヤ コク バギャバン バザラ ウン ハッタ Oṃ śumbha niśumbha hūṃ gṛhṇa gṛhṇa hūṃ gṛhṇāpaya hūṃ ānaya ho bhagavan vajra hūṃ phaṭ.[13](オーン、シュンバよ、ニシュンバよ、フーン、捕えよ、捕えよ、フーン、捕えしめよ、フーン、引き入れよ、ホー、世尊よ、金剛よ、フーン、パット)[13]

脚注

降三世明王

阿閃如来の命を受け、煩悩を退治

降三世明王(ごうざんぜみょうおう)とは?

阿閃如来、大日如来の化身ともいわれ東方を守護しています。降三世の語源は「3つの世界を降伏するもの」という意味で、過去・現在・未来の世界にはびこる欲望、怒り、愚痴という三つ煩悩を退治するといわれています。

 

大日如来が説法をしていたとき、大自在天(ヒンドゥー教のシヴァ神)とその妃・鳥摩(ウマー)が仏教の教えに従わず欲望に捕らわれていたため降三世明王が降臨して倒したといわれています。そのため、降三世明王像の足下には大自在天と鳥摩が踏みつけられています。五大明王の一尊で単独では祀られません。

ご利益

煩悩除去、怒りを抑える、悪魔退散のご利益があるとされています。

降三世明王(ごうざんぜみょうおう)の像容

背には炎の形をした光背を持ち、手には様々な武器を持っています。4つの顔と8本の手が一般的な像容です。

有名寺院と

 

 

降三世明王

 

### イントロ

東方の守り手、降三世の姿、
三つの煩悩を、降伏させる力。
過去も未来も、現在も清める、
大日如来の化身、光を放つ。

### サビ

降り立ちし神よ、シヴァを倒し、
欲望に打ち勝ち、真実の道へ。
降三世の明王、闇を照らす、
我らを導く、光の守護者。

 

 

 

### イントロ

四神足を鍛え、身に備え、
神変を受けて、超越する力。
一身が多身に、多身が一身に、
現れ隠れ、自在に動く。

### サビ

空中を飛び、地中に潜り、
水上を歩み、梵天に至る。
心の声を聞き、他者の思いを知る、
四神足の修練、無限の力を授かる。

降三世明王 阿閃如来の命を受け、煩悩を退

降三世明王

降三世はサンスクリット語で、トライローキャ・ヴィジャヤ(三界の勝利者 Trailokyavijaya)といい、正確には「三千世界の支配者シヴァを倒した勝利者」の意味。[

 

降三世明王  トライローキャ・ヴィジャヤ(三界の勝利者 Trailokyavijaya

On Somba Nisomba Un Bazara Un Hatta

 

 

 

古の智慧が刻まれた
梵字の美は東洋の宝
インドの地より渡り来て
東アジアに根を下ろす

### サビ
一つ一つが仏の徳
真言密教の象徴として
日本の先人たちが育てた
深遠なる書道の世界

 

 

 

 

 

 

 

  • オン ソンバ ニソンバ ウン バザラ ウン ハッタ
  • オン ソンバ ニソンバ ウン ギャリカンダ ギャリカンダ ウン ギャリカンダハヤ ウン アノウヤ コク バギャバン バザラ ウン ハッタ Oṃ śumbha niśumbha hūṃ gṛhṇa gṛhṇa hūṃ gṛhṇāpaya hūṃ ānaya ho bhagavan vajra hūṃ phaṭ.[13](オーン、シュンバよ、ニシュンバよ、フーン、捕えよ、捕えよ、フーン、捕えしめよ、フーン、引き入れよ、ホー、世尊よ、金剛よ、フーン、パット)[13]

脚注

降三世明王

阿閃如来の命を受け、煩悩を退治

降三世明王(ごうざんぜみょうおう)とは?

阿閃如来、大日如来の化身ともいわれ東方を守護しています。降三世の語源は「3つの世界を降伏するもの」という意味で、過去・現在・未来の世界にはびこる欲望、怒り、愚痴という三つ煩悩を退治するといわれています。

 

大日如来が説法をしていたとき、大自在天(ヒンドゥー教のシヴァ神)とその妃・鳥摩(ウマー)が仏教の教えに従わず欲望に捕らわれていたため降三世明王が降臨して倒したといわれています。そのため、降三世明王像の足下には大自在天と鳥摩が踏みつけられています。五大明王の一尊で単独では祀られません。

ご利益

煩悩除去、怒りを抑える、悪魔退散のご利益があるとされています。

降三世明王(ごうざんぜみょうおう)の像容

背には炎の形をした光背を持ち、手には様々な武器を持っています。4つの顔と8本の手が一般的な像容です。

有名寺院と