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シュタイナーの人智学

朝と夜のマントラ】

これは、シュタイナーが秘教寺院で伝授したもので、朝は目覚めた直後、未だ色々な思考が浮かび出る前に唱えて瞑想するものであるとの事です。

言葉を唱えながら、その言葉の通りの情景や状態をイメージして、瞑想を行うようにとされています。

【朝】

「それは私の自我の中に生きる。

それは私の中で霊化する。

それは全ての中で輝く。

それは霊の光、それはキリスト太陽の光である。

キリスト太陽は、宇宙の深みからやって来る。」

【夜】

「宇宙の深みから

キリスト太陽が昇ってくる。

その光は、霊である。

その光は、全ての中に輝き、

私の中で霊化し、私の自我の中に生きる。」

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カルマ(業)とは?

カルマ」というと、よくスピリチュアルや占いの世界でも
聞く言葉です。何か自分を縛っている目に見えない
運命の力のように思いますが、
一体どんなものなのでしょうか。

カルマ(業)とは

カルマというのは、インドの言葉で、
中国の言葉に翻訳されて「(ごう)」と言われます。
意味は、行為のことです。

私たちの運命は、自分の業が原因となって、
因果の道理にしたがって生みだしています。

善い行いは善い運命を生みだし、
悪い行いは悪い運命を生みだします。
ひとたび業を造ってしまうと、
そこから生み出される運命は避けることはできません。

まいたタネは必ず生えるということです。

善い行いも悪い行いも、寸分の狂いもなく
強烈な力で因果応報の報いを引き起こす、
ということです。

カルマ(業)に3通り

行為というと、普通は「身体で何かすること」だと思いますが、
仏教では、「口でしゃべること」や「心で何か思うこと」も、
業といわれます。

このような、
身体でやったことを「身業(しんごう)」といい、
口でしゃべったことを、「口業(くごう)」といい、
心で思ったことを「意業(いごう)」といわれ、
これらを「身口意の三業(しんくいのさんごう)」といわれます。

仏教ではこのように、
行いを心と口と身体の3方面から見られます。

そして、世間では、心でよからぬことを思っても、
口や身体に出さなければとりあえずセーフと思っていますが、
仏教ではアウトです。

口や身体が動くのは、心が命じたからですから、
口や身体が悪いことを言ったやったりするのは、
心に責任があります。
悪い事をした場合の主犯は、心になります。

ですから仏教では、口や身体よりも、
心で何を思っているかを最も重く見られます。

ですから
殺るよりも 劣らぬものは 思う罪
という歌にもありますように、
身体で殺すのも恐ろしい罪ですが、
心で思うのは、最も恐ろしいと教えられています。

カルマ(業)が運命を生み出すしくみ

この心と口と身体の三つで造られた行いは、
目には見えませんが業力という力のようなものになって、
決して消えることなく蓄えられます。
これを「業力不滅(ごうりきふめつ)」といいます。

その不滅の業力が、私たちが生まれる前、果てしない遠い過去から
死んだ後、永遠の未来に向かって流れて行る藏のような心に蓄えられます。

」というと、自分の肉体だと思っていますが、
肉体は河の水面に浮かぶあぶくのようなもので、
あぶくが生まれたり消えたりしている間も、
とうとうと流れる大河のような永遠の生命があります。

この永遠の生命が、「阿頼耶識(あらやしき)」といわれる藏のような心です。
この阿頼耶識は、心理学でいう深層心理や無意識よりはるかに深いもので、
私たちの本心です。

この前世から現世、来世へと流れて行く不滅の阿頼耶識
不滅の業力がおさまるのです。

そして縁が来たときに、因と縁が和合して、
目に見える運命となって現れます。

目に見えない業力が、どうして目に見える運命を生み出すのか
分かりやすく説明した歌に
年毎に 咲くや吉野の 山桜 木を割りて見よ 花のありかは
という歌があります。

平安時代の昔から桜の名所といわれる奈良県の吉野山は、
毎年春が来ると、きれいな桜が咲き誇ります。
そこである人が、冬に吉野山に行ってみると、
枯れ木のような桜の木がつくんつくんと立っているだけでした。
なぜ春になるとあんなきれいな花が咲くのだろう
と思って、木を割ってみたところ、
花やつぼみのような、花が咲きそうな形跡はどこにもなかった
という歌です。

しかし、目には見えませんが、桜の木には、
花を咲かせるような勢力がありますので、春の陽気にふれると、
目に見える美しい桜の花が咲き乱れるのです。

ちょうどそれと同じように、
私たちが心と口と身体で何かの行いをしますと、
目には見えませんが不滅の業力となって
阿頼耶識に蓄えられて決して消えることなく流れて行きます。
そしてやがて縁が来たときに、目に見える運命となって現れるのです。

クンダリニー・ヨーガ

◎クンダリニーについて

クンダリニーとは、宇宙エネルギー、根源的生命エネルギーで、目覚めることによって、精神的・霊的進化、解脱をもたらすといわれています。

クンダリニーは、スシュムナー・イダー・ピンガラと呼ばれる3つの気道が、背骨の最下部で合流しているところに「とぐろを巻いた蛇が眠っている」とされるエネルギーで、サーペント・パワー(蛇の力)ともいわれています。

クンダリニーは、はじめは熱として感じられることが多く、蛇にたとえられるとおり、熱感が蛇のように背中を這い昇っていくように感じられます。震動や、風が吹き抜けるように上昇していくように感じる場合もあります。また、内的視覚によって、光として感じる場合もあります。

クンダリニーは、身体中央の気道(ナーディ)であるスシュムナーを上昇していきますが、その過程にチャクラというエネルギー・センターがあり、そのチャクラを貫いて上昇していきます。そして、頭頂のサハスラーラ・チャクラに達することで解脱するといわれています。
この解脱のプロセスについて、クンダリニーを女神とし、頭頂には男神がいると解釈し、その両者の結合、すなわち女性原理と男性原理の結合を、解脱と解釈する思想もあります。

◎チャクラについて

チャクラとはサンスクリット語で「輪」という意味で、ヨーガにおいてはエネルギー・センターのことをいいます。チャクラには、気の通り道が密集しています。クンダリニーが上昇するとき各チャクラを浄化し、活性化して貫いていきます。
主なチャクラには以下の7つがあります。

主な7つのチャクラと、身体の位置関係

1 ムーラダーラ・チャクラ — 尾てい骨
2 スヴァーディシュターナ・チャクラ — 生殖器
3 マニプーラ・チャクラ — へそ
4 アナーハタ・チャクラ — 胸
5 ヴィシュッダ・チャクラ — 喉
6 アージュニャー・チャクラ — 眉間
7 サハスラーラ・チャクラ — 頭頂

①ムーラダーラ・チャクラ

人体の一番下部にあるチャクラで、尾てい骨の位置にある。色は赤。地の元素(筋肉・骨など)と関係がある。また、副腎とつながっていて、副腎はストレス反応に関連したホルモンを分泌する。ストレスによって免疫力が低下した場合は、このチャクラを強化することによって、疲労回復および健康体を得ることができる。
このチャクラの部分が汚れ、エネルギーの流れが停滞すると、物欲、肉体への執着、怒り・嫌悪が生じるともいわれる。

②スヴァーディシュターナ・チャクラ

位置は性器の付け根あたり。色はオレンジ。水の元素(体液など)と関連している。性ホルモンを分泌する卵巣・精巣とつながっている。情緒・詩情と関係している。また、このチャクラを浄化することによって、禁欲修行をするのに大きな助けとなり、性欲を超えられる。
逆に、このチャクラの部分が汚れ、エネルギーの流れが停滞すると、性欲、無智(物の考えにくい状態)、恨み(じめっとした憎しみの感情)が生じるともいわれる。

③マニプーラ・チャクラ

位置はほぼヘソのあたり、太陽神経(しんけい)叢(そう)。色は黄色。火元素(体温、食物消化の力)と関係する。自律神経の集まる部分である太陽神経叢を刺激することにより、自律神経が安定し、リラックス効果を得ることができる。また、浄化、強化することにより学問・才能も開花してくる。
このチャクラが汚れ、エネルギーの流れが停滞すると、食欲、貪り、学問・才能への執着が生じるともいわれる。

④アナーハタ・チャクラ

胸の中央に位置するチャクラ。色は緑色。風元素(気・生命エネルギー)と関係する。肺、呼吸と関連し、胸腺とつながっている。胸腺は免疫系の機能に不可欠な細胞を作り出す。このチャクラを浄化することで、名誉、高貴さが得られるともいわれる。
このチャクラが汚れ、エネルギーの流れが停滞すると、プライド・卑屈、執着・愛著、が生じるともいわれる。

⑤ヴィシュッダ・チャクラ

位置はのど。色は青色。空元素(身体の中の虚空の部分、ないしは宇宙エネルギー)に関連する。言葉・声・音と関係している。ホルモンでは甲状腺。また、権力・地位と関連している。
このチャクラが汚れ、エネルギーの流れが停滞すると、妬み・嫉妬心、地位欲・権力欲が生じるともいわれる。

⑥アージュニャー・チャクラ

眉間に位置するチャクラ。色は藍色。脳の下部にある脳下垂体につながっている。脳下垂体は多くの体内ホルモンの活動に指示を与える。このチャクラを開発するとインスピレーションが働くようになる。また、現実世界での成功が得られる。
このチャクラが汚れ、エネルギーの流れが停滞すると、慢心・自己満足・支配欲・
善悪の(固定)観念、現世願望が生じるとされる。

⑦サハスラーラ・チャクラ

頭頂に位置するチャクラ。色は紫色で解脱の門といわれる。これよりも下位のチャクラが浄化され、このチャクラにエネルギーがスムーズに集中することで、解脱を得ることができるとされる。

こうして、各チャクラが浄化され活性化されると、そのチャクラに対応した能力が開発されるといわれています。逆に汚れると、そのチャクラに対応した煩悩・欲望が生じるのです。また、各チャクラは、

ツボ クンダリニー チャクラ

⑤ヴィシュッダ・チャクラ

位置はのど。色は青色。空元素(身体の中の虚空の部分、ないしは宇宙エネルギー)に関連する。言葉・声・音と関係している。ホルモンでは甲状腺。また、権力・地位と関連している。
このチャクラが汚れ、エネルギーの流れが停滞すると、妬み・嫉妬心、地位欲・権力欲が生じるともいわれる。

天突のツボは、呼吸器にこもる熱を取って、気管支や肺の環境を整える働きがあります。

 

のどが痛くなりやすい方は、気管支から肺にかけてが少し弱っているか、体質的に弱い場合が多いです。

 

呼吸器の健康を保つには、この「天突」のツボが効果的なので、日常的に刺激してみましょう。

 

「天突」のツボは、呼吸器全般の働きをスムーズにする効果もあり、暖めながら刺激するとさらに効果がアップします。

 

風邪を引いているときは、暖めるといかにも効きそうなですね。
さらにのどが痛くなる、咽頭炎や扁桃体炎になってしまった方も、暖めたながらゆっくり優しく刺激すると、辛い症状が和らぐので実践してみて下さい。

 

是非ツボの位置を覚えて刺激してみましょう。

 

ツボ クンダリーニチャラ 気かい

③マニプーラ・チャクラ

位置はほぼヘソのあたり、太陽神経(しんけい)叢(そう)。色は黄色。火元素(体温、食物消化の力)と関係する。自律神経の集まる部分である太陽神経叢を刺激することにより、自律神経が安定し、リラックス効果を得ることができる。また、浄化、強化することにより学問・才能も開花してくる。
このチャクラが汚れ、エネルギーの流れが停滞すると、食欲、貪り、学問・才能への執着が生じるともいわれる。

③マニプーラ・チャクラ

位置はほぼヘソのあたり、太陽神経(しんけい)叢(そう)。色は黄色。火元素(体温、食物消化の力)と関係する。自律神経の集まる部分である太陽神経叢を刺激することにより、自律神経が安定し、リラックス効果を得ることができる。また、浄化、強化することにより学問・才能も開花してくる。
このチャクラが汚れ、エネルギーの流れが停滞すると、食欲、貪り、学問・才能への執着が生じるともいわれる。

 

 

 

ツホ  気・クンダリニー・チャクラ 

ダン中 心の疲れが治まる

ダン中は前胸部の中央にあり、第四肋間の高さで胸骨上に取ります。男性の場合は、両乳頭間の中央に当たります。押すと圧痛が生じますのでその反応を目安にしてください。

ダン中の「ダン」は宮城という意、中は内外の中、あるいはあたるという意です。東洋医学では心の臓は「君主の官」とみなします。君主は宮城に住むということで心の臓にあたることからダン中と名付けられました。心の臓は循環機能の他に精神機能をもつかさどります。いわば「こころ」の働きを行います。

従って心の臓の機能に変調が生ずると不安感で胸が押しつぶされそうになったりします。ストレスなどで心が疲れたときはダン中を軽く指圧しましょう。胸がひろがり、不安感がスーと治まることでしょう。

 

④アナーハタ・チャクラ

胸の中央に位置するチャクラ。色は緑色。風元素(気・生命エネルギー)と関係する。肺、呼吸と関連し、胸腺とつながっている。胸腺は免疫系の機能に不可欠な細胞を作り出す。このチャクラを浄化することで、名誉、高貴さが得られるともいわれる。
このチャクラが汚れ、エネルギーの流れが停滞すると、プライド・卑屈、執着・愛著、が生じるともいわれる。

 

虚空蔵菩薩 (こくうぞうぼさつ)、梵名アーカーシャガルバ(梵: आकाशगर्भ [Ākāśagarbha])、またはガガナガンジャ(梵: गगनगञ्ज、[gaganagañja])は、仏教における信仰対象である菩薩の一尊。「明けの明星」は虚空蔵菩薩の化身・象徴とされ、知恵の菩薩とも評され、人々に知恵を授けてくれるともいわれる。

ホモデウスと霊性  Homodeus and spirituality

桐山靖雄

わたくしは、人間は霊的存在だと考えている。

 なぜならば、人間が、特殊な生命形態を持っているからである。

特殊な生命形態とはどういうものか?

 釈尊の「成仏法」を修行すると、それがよくわかるようになるのであるが、こ

こは、瞑想によって悟りを完成し、仏陀になられた大霊覚者ゴータマーブッダ、

釈尊の語るところによって、それを知っていただこう。

大意]

 わたし(釈尊)は、つねに努力精進し、その想いは確立してすこしもみだ

れず、体は安楽で動揺せず、心は禅定に入って静かである。そのわたしがあ

るとき、瞑想に入ってしだいに禅定が深まってきた。第一禅定から第二、第

三、第四禅定まで深まるにつれて、心に想い浮かぶなにものもなくなり、喜

びや楽しみだけとなり、そして遂にはそれもなくなって、ただ清浄な想いだ

けとなった。

 そのとき、わたしの心は、一点のけがれもなく、清く明るく、絶対不動で

あった。そしてわたしの心の眼はおのずから前世の光景に向けられていっ

た。それは一生だけではなく、二生、三生、十生、二十生、そして無限の生

涯の、生きかわり死にかおりした光景が展開してきた。これが第一の智慧で

ある。

それからわたしの心は、あらゆる衆生の相に向けられてきた。わたしぱ

超人的な眼力でその相を見た。そこには貰いもの、賤しいもの、美しいも

の、醜いもの、幸福なもの、不幸なものの、それぞれの宿業が渦巻いてい

た。これが第二の智慧である。

 それからわたしは、苦・集・滅・道の四諦(四つの真理)をありのままに

知り、わたしの心は、あらゆる存在の相から、全く解放され、ふたたびそれ

に執着することはなくなった。これが第三の智慧である。

 釈尊は瞑想によって、自分の前生の、二生、三生、十生、二十生、さらには無

限の生涯の、生き変わり死に変わりしてきた光景を見ているのである。それは自

分だけではなく、あらゆる人間の前生と、さらに後有(このっぎの人生)を見て

いるのである。

 釈尊はここで、決しておとぎ話や、たとえ話、寓話をのべているのではない。

釈尊の成仏法を修行すれば、その真実であることがすぐわかる。その修行によ

り、わたくし自身、人の三、四世代前、そしてつぎの世代における存在までは透

視できるようになっているのである。

 人間の生命は、多くの人たちが考えているように、決してひとつの生涯だけで

終わるものではないのである。ある生涯が終わったら、またひきつづき、つぎの

生命形態に移っていくのである。

 多くの人たちはその認識がなく、ひとつの生涯のみで、人の生命は終わるもの

と思っている。ここに、決定的な、そして致命的な生命観の欠陥があるのである。

霊性とはじつにそれを知る趨性なのだ。

 人の依って来たるところを知り、去るところ、往くところを知る能力である。

いわゆる来所を知り、往所を知る智慧である。これを得れば、人はおのずから、

なにをなすべきか、なにをなさざるべきかがわかってくる、そこから人間の真の

進歩、発展がスタートするのである。それがないから、人間は、霊的に少しも進

歩せず、発展せず、いつまでも低いところを輪廻して、無限にさまよい歩いてい

るのである。いや、それだけではない。その果てに、人間は、自分の住む人切な

世界を、自らの手で壊滅させてしまうことになるのである。

 

一方

ハラリ 多くのことを心配していますから、どれが一番重大かはわかりませんが、いまのところは人類の無知と愚かさでしょうか。

我々は非常に賢い種ではありますが、ときおり大事な局面で大きな過ちを犯す傾向があります。しかし、いまの我々には過ちを犯す余地があまりないのです。

我々は巨大な力を持った種です。力を持てば持つほど、愚かな選択をすれば、人類だけでなく全生態系に破滅的な被害をもたらします。これが私の最も大きな心配です。

 

人類の繁栄とは“虚構”の上にあるのです」|『サピエンス全史』著者ユヴァル・ノア・ハラリ大型インタビュー

Q12 人類が思考と意志疎通の方法を獲得した「認知革命」がなければ、我々も他の生物も、もっと幸福だったのでしょうか? その場合、我々は他の種を支配するのではなく、調和して生きていたのでしょうか?
(NassauOrange、「ガーディアン」紙読者の投稿)

ハラリ 他の種と人類の間には多様で膨大な暴力や不調和があるため、調和が可能かどうかはわかりません。

しかし、認知革命がなければ、我々が地球を支配することは間違いなくなかったでしょう。その場合、環境問題は起きていなかったと思います。

つまり、認知革命がなければ、ほとんどの種はもっと幸せだったと言えるでしょう。

 

Tatsuo Kiriyama

I think humans are spiritual beings.

This is because humans have a special form of life.

What is a special form of life?

If you practice Shakyamuni’s “Seibutsu Law”, you will be able to understand it well.

This is Goutamar Buddha, a great spiritual person who has realized enlightenment through meditation and became a Buddha.

Let’s know it according to what Buddha said.

Intent]

I (Shakuson) always worked hard and established his feelings.

The body is comfortable and not upset, and the heart is quiet and quiet. That I

As I entered meditation, my zen rule deepened. From the first Zen rule to the second, second

As we deepen to the third and fourth Zen rules, there is nothing that comes to mind.

It ’s just a pleasure, and finally it ’s gone, it ’s just a clean feeling.

It became a problem.

At that time, my heart was clean, bright and absolutely immovable

there were. And my heart’s eyes naturally turned to the sight of the previous life.

It was. It’s not just a lifetime, but a second, third, tenth, twentyth, and infinite life

The sight of life, alive and dead, has developed. This is the first wisdom

is there.

Since then my heart has been directed to all the beings. Me

I saw that aspect with superhuman eyesight. There are ugly, ugly and beautiful things

The ransom, the happy, the unfortunate of each camp

It was. This is the second wisdom.

Then, I will leave the four truths of pain, collection, destruction, and road as they are

I know, my heart is completely free from all phases of being,

No longer obsessed with. This is the third wisdom.

Shakyamuni, through meditation, is his predecessor, second, third, tenth, twentyth, and even nothing

They are looking at the sight of life, death and death for a lifetime. It is

Not just the minute, but also looking at all human predecessors and afterlife (this life)

It is.

Shakuson never gave fairy tales, parables, or fables here.

If you practice the Buddhist Buddhist method of Buddha, you can immediately see that it is true. Due to the practice

I am transparent to the existence of myself, three to four generations before, and the next generation.

It can be seen.

人間 Human life is never a single life, as many people think.

It doesn’t end. Once a lifetime is over, continue

It moves to a life form.

Many people are not aware of it, and one’s life ends with only one lifetime

I think. There is a critical and fatal flaw in life here.

Spirituality is an inertia that knows it.

It is the ability to know where people are coming, and where they leave and where they go.

It is wisdom that knows what is called a visit and knows where it is going. If you get this, people will naturally

You know what to do and what to do

Progress and development will start. Because there is no such thing, human beings are a little spiritually advanced

I can’t walk, don’t develop, walk around infinitely in low places and walk infinitely

It is. No, that’s not all. At the end of this, human beings are vain

It will destroy the world with its own hands.

on the other hand

Harari: I’m worried about many things, so I don’t know which is the most serious, but for now, is it ignorance and stupidity of mankind?

Although we are very clever species, we sometimes tend to make big mistakes in important aspects. But now we don’t have much room to make mistakes.

We are a seed with enormous power. The more power you have, the more stupid choices will cause catastrophic damage not only to humanity but to the entire ecosystem. This is my biggest worry.

The prosperity of mankind is “on the fiction” ”| Interview with Juval Noah Harari, author of“ History of Sapiens ”

Q12 If there was no “cognitive revolution” in which humankind gained a way of thinking and communication, would we and other creatures be happier? In that case, did we live in harmony rather than dominating other species?
(NassauOrange, “Guardian” paper reader contribution)

Harari: Since there are various enormous violence and incongruity between other species and humankind, it is not clear if harmony is possible.

But without a cognitive revolution, we would definitely have dominated the earth. In that case, I think that there was no environmental problem.

In other words, without the cognitive revolution, most species would have been happier.