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 求闘持聡明法

 

 

 求闘持聡明法はたんなる記憶力増強法ではない。それは、脳のメカニズムをI変してしまうおそるべき技術である。知能とはなにか。ごく大ざっぱに分けるならば、二つのものに分けられるであろう。記憶と創造である。求聞持聡明法は、この二つのはたらきをするメカニズムに、あたらしいメカニズムをつけくわえて、あたらしい力と効果を発揮する。

 この技法が、ジョージーギャラップや、オルダスーハックスリーのいうように教育にとり入れられたならば、人類のうける利益は想像することもできないほどのものである。ギャラップのいうように、ヒトは、まさに、″未来に向かって数百年の飛躍をすることができるであろう.

そういうと、そんなすばらしい技術がどうして今まで世のなかにあらわれなかったのかと、あなたは疑問に思うかも知れない。

 これほどの技術が、なぜ密教寺院の片すみに埋没してしまったのか、いく1つかの理由があげら

れるだろうが、その最大の理由はこうである。

 ギャラップは、すぐれた古い方法がまったく見落とされてきたということは奇妙なことだ。それに、あとになって全く忘れ去られてしまっている非常に重要な技術を発達させた個人、あるいは文化がよくあるのだ。--しかし、それらはやはり大きな価値を持ちつづけているのだ』()

 といっているが、‐この大きな価値を持ちっづけているすぐれた方法が忘れられてしまったわけは、それにっづくギャラップのおなじ文章のだかに見出すことができる。ギャラップはこういう。

 『こういった方法に対してあまり注意がはらわれていない理由は、目的と手段が非常に混乱していて、熱心に行なわれる鍛練を通じての集中力のトレーニングが、宗教的な儀式という色どりを持っているからである。精神のコントロールというものが、宗派と結びっいているために、しばしば、今日と明日の世界で実際に必要なものというよりも、むしろ神秘的な儀式に結びついた超

自然的な技術とみなされているのである』

求闘持聡明法こそ、そのもっとも典型的な例のひとつなのだ。

 求闘持聡明法とは、真言密教によって編成された法である。真言密教とは仏教の一派であり、それは宗教であるために、すべての法は宗教的儀式、宗教的様式のもとに編成される。求闘持法もそのように編成された。

 最初、知能開発の技術があった。それは、その技術自体、単独で存在するひとつの手法であっだ。これが、秘密仏教にとり入れられて、秘密仏教のなかの知能開発法に編成された。求間持法と命名された。ギャラップ式にいえばぷぶ教的な色どりが濃くなった”というわけだが、要する

に、技術が、宗教的様式のなかに郷就されたわけである。かくして技術が儀式化され様式化された。

 ″目的と手段の混乱”がここにはしまる。宗教的儀式のなかに、秘められた。技術”を摂取することのできる才能と力量を持つ指導者があるうちは混乱が避けられたが、ひとたび断絶すると、

その断層は決定的なものになった。技術は見失われてしまった。技術は意味不明のものとなり、

それはかえって宗教的に″不純″なものと見なされ、とりはずされて追放された。あとに儀式と様式のみが残った。

 儀式と様式になんの力があろう。かくして求間持法は名のみとなった。いや、それは、宗教儀式としての求間特法である。知能開発法としての求闘持法はまたべつにさがし出されなければならない。

 それは、真言密教の求聞特法とはちょうど正反対に宗教儀式の衣裳をすっかりかなぐり捨てた、技術そのものの法である。それを、私は、密教の原点にさかのぼり、混沌のなかから発見

した。 私のいう「求聞特法」はそれである。かくして求間特法はよみがえった。これから、その知能開発法としての求聞持法を解説する。その原理と技術を紹介しよう。

 

《記憶》のメカニズム

 「記憶」とは、なんらかの「経験」が、脳の記憶の場にたくわえられ、それが必要に応じて再生されることをいう。つまり、記憶とはひとつの経験が貯蔵され、ある時間経過ののち必要に際し

て思い出されることをいうので、思い出されなければ記憶は「無い」のだから、つまり記憶とは思い出すことによってはじめて成り立つものだということになるのだが、実際は、記憶には二種類あって、思い出される記憶と、思い出せない記憶の二つがあることを、私は、「変身の原理」

で説明した。脳の記憶のメカニズムはたいへん複雑で、それはまだ脳生理学でも十分に解明されていないのだが、一応、その仕組みを見てみよう。

 経験というのはひとつの刺激である。その刺激が記憶になるまでには、だいたいつぎのような段階を経る。

 刺激を感じるのは、俗にいう「五感」である。五感とは、視覚、聴覚、味覚、嗅覚、触覚をいうが、こまかくかぞえればまだ多くの、「感覚」かおり、おなかが空いたとか、なんとなくけだるく気分がよくない、とか、そういう身体の内部におこっていることを知ることもできる。つまり、われわれの身体の内部、外部におきていることがわれわれ自身にひとつの影響をおよぼす。

これが、「刺激」である。

 こういう刺激があると、身体にある「感覚器」または「受容器」というものがこれに反応して、電気的パルスを送り出す。たとえば、赤い花があれば、そこから反射された光が目のレンズを通して受容器としての視神経を刺激し、視神経がパルスを送り出す。これはパルスであって、刺激の強さが大きければその数がふえるだけで、電圧が大きくなるわけではない。おなじよう

に、皮膚になにかが触れれば、皮膚にある受容器が圧力を感じ、その圧力に応ずる数のパルスを神経に送りこむ。次頁の上図は、このような受容器のいくつかの例である。

 さて、このようにして受容器にあたえられた刺激は、パルスに変換され、脳の皮質につたえら

 

The Wrestling Motivation Method is not just a memory enhancement method. It is a terrifying technology that alters the brain mechanism. What is intelligence? If you divide it roughly, it will be divided into two things. Memory and creation. The Tokumon Gumonjimo method exerts new powers and effects by adding a new mechanism to these two working mechanisms.

If this technique were incorporated into education, such as Georgie Gallup and Aldous Huxley, the benefits to humanity would be unimaginable. Like Gallup, humans could, for example, “leap for hundreds of years into the future.

So you might wonder why such a wonderful technology has never appeared in the world until now.

が One of the reasons why such technology was buried in the corner of the esoteric temple

This is the main reason.

It’s strange that Gallup has completely overlooked good old methods. And there are often individuals or cultures that have developed very important techniques that have been completely forgotten later on. -But they still have great value. ”

I say-the forgotten way of this great value is forgotten in the same sentence of Gallup. Gallup is like this.

“The reason that little attention has been paid to these methods is that the purpose and the means are so confused that the training of concentration through dedication is a religious ritual. Because it is. Because the control of the soul is linked to the religion, it is often associated with mystical ordinances rather than what is actually needed in today and tomorrow’s world.

It is considered a natural technology. ”

The Wrestling Sophistication Act is one of the most typical examples.

The Gutai Mochi Satoshi Act is a law organized by Shingon Esoteric Buddhism. Shingon esotericism is a branch of Buddhism, and because it is a religion, all laws are organized in religious rituals and styles. The Fought and Hold Act was so organized.

First, there was the technology of intelligence development. It is a technique that exists on its own. This was incorporated into Secret Buddhism and organized into the intelligence development method within Secret Buddhism. It was named the law. In the Gallup style, the spiritual color has deepened. ”

Second, technology was relocated in a religious style. Thus the technology was ritualized and stylized.

“Confusion of purpose and means” is here. It was hidden in a religious ceremony. The confusion was avoided while there were talented and competent leaders who could ingest the “technology,” but once cut off,

The fault became decisive. Technology has been lost. The technology becomes meaningless,

It was instead considered religiously “impure” and removed and exiled. Only the ceremony and style remained.

What power is in ceremony and style? Thus, the law was the name only. No, it is a special ritual as a religious ritual. The wrestling law as a method of intelligence development must also be found separately.

It is a law of technology itself, in which the costumes of religious ceremonies have been completely discarded, just as opposed to the special law of asking for truth. I found it in the chaos, dating back to the origins of esotericism

did. That’s what I mean by the “Guarantee Special Law”. Thus, the special law was revived. From now on, I will explain the Hearing and Asking Act as that intelligence development method. Let me introduce its principle and technology.

《Memory》 mechanism

“Memory” means that some “experience” is stored in the memory of the brain and is reproduced as needed. In other words, memory is an experience that can be stored and used after a certain period of time

If you do not remember, there is no memory, so it means that memory can only be realized by remembering, but in fact, there are two types of memory, remembered I think that there are two kinds of memories, memories and memories that I cannot remember,

Explained. The memory mechanism of the brain is very complicated, and it is not fully understood even in brain physiology, but let’s take a look at how it works.

Experience is a stimulus. Until the stimulus is remembered, it goes through the following steps.

The stimulus is the so-called “five senses”. The five senses are the sense of sight, hearing, taste, smell, and touch, but in detail, there are still many “ feelings ”, such as stomach vacancies, stomach vacancies, and somehow feeling uncomfortable. You can also know what is happening. In other words, being inside or outside our body has one effect on ourselves.

This is “stimulation”.

When there is such a stimulus, the “sensory organ” or “receptor” in the body responds to this and sends out an electric pulse. For example, if there is a red flower, the light reflected from it stimulates the optic nerve as a receptor through the lens of the eye, and the optic nerve sends out a pulse. This is a pulse. If the intensity of the stimulus is large, the number of the stimulus only increases, but the voltage does not increase. Same

Then, when something touches the skin, a receptor in the skin feels pressure and sends a number of pulses corresponding to the pressure to the nerve. The upper figure on the next page shows some examples of such receptors.

The stimulus given to the receptor in this way is converted into a pulse, which is transmitted to the cortex of the brain.

12天

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十二天編集

諸尊 真言 サンスクリット語
帝釈天 ノウマク・サマンダ・ボダナン・インダラヤ・ソワカ namaḥ samanta-buddhānāṃ indrāya svāhāナマハ サマンタブッダーナーン インドラーヤ スヴァーハー

 

帰命したてまつる。あまねき諸仏に。インドラ神よ。スヴァーハー。
ノウマク・サマンダ・ボダナン・シャカラヤ・ソワカ namaḥ samanta-buddhānāṃ śakrāya svāhāナマハ サマンタブッダーナーン シャクラーヤ スヴァーハー

 

帰命したてまつる。あまねき諸仏に。強力な神よ。スヴァーハー。
オン・バザラユダ・ソワカ oṃ vajrāyudha svāhāオーン ヴァジュラーユダ スヴァーハー

 

オーン。金剛武器よ。スヴァーハー。
火天 ノウマク・サマンダ・ボダナン・アギャナウエイ・ソワカ namaḥ samanta-buddhānāṃ agnaye svāhāナマハ サマンタブッダーナーン アグナイェー スヴァーハー

 

帰命したてまつる。あまねき諸仏に。アグニ神に。スヴァーハー。
オン・バザラナラ・ソワカ oṃ vajranala svāhāオーン ヴァジュラナラ スヴァーハー

 

オーン 金剛火よ スヴァーハー。
焔摩天 ノウマク・サマンダ・ボダナン・ヤマヤ・ソワカ namaḥ samanta-buddhānāṃ yamāya svāhāナマハ サマンタブッダーナーン ヤマーヤ スヴァーハー

 

帰命したてまつる。あまねき諸仏に。ヤマ神よ。スヴァーハー。
羅刹天 ノウマク・サマンダ・ボダナン・ニルリテイ・ソワカ namaḥ samanta-buddhānāṃ nirṛtye svāhāナマハ サマンタブッダーナーン ニルリティェー スヴァーハー

 

帰命したてまつる。あまねき諸仏に。ニルリティ女神に。スヴァーハー。
オン・バザラ・ダンダ・ソワカ oṃ vajradaṇd.a svāhāオーン ヴァジュラ ダンダ スヴァーハー

 

オーン 金剛刑杖よ。スヴァーハー。
水天 ノウマク・サマンダ・ボダナン・バロダヤ・ソワカ namaḥ samanta-buddhānāṃ varuṇāya svāhāナマハ サマンタブッダーナーン ヴァルナーヤ スヴァーハー

 

帰命したてまつる。あまねき諸仏に。ヴァルナ神に。スヴァーハー。
ノウマク・サマンダ・ボダナン・アハンハタエイ・ソワカ namaḥ samanta-buddhānāṃ apāṃpataye svāhāナマハ サマンタブッダーナーン アパーンパテイェー スヴァーハー

 

帰命したてまつる。あまねき諸仏に。水の主に。スヴァーハー。
オン・ボダシリ・ソワカ oṃ budhaśri svāhāオーン ブダシュリ スヴァーハー

 

オーン めでたき水曜よ スヴァーハー。
オン・ノウギャバザラ・ソワカ oṃ nāgavajra svāhāオーン ナーガヴァジュラ スヴァーハー

 

オーン 龍金剛よ スヴァーハー。
風天 ノウマク・サマンダ・ボダナン・バヤベイ・ソワカ namaḥ samanta-buddhānāṃ vāyave svāhāナマハ サマンタブッダーナーン ヴァーヤヴェー スヴァーハー

 

帰命したてまつる。あまねき諸仏に。ヴァーユ神よ。スヴァーハー。
オン・バザラニラ・ソワカ oṃ vajrānila svāhāオーン ヴァジュラニラ スヴァーハー

 

オーン 金剛風よ スヴァーハー。
毘沙門天多聞天 ノウマク・サマンダ・ベイシラマンダヤ・ソワカ namaḥ samanta-buddhānāṃ vaiśravaṇāya svāhāナマハ サマンタブッダーナーン ヴァイシュラヴァナーヤ スヴァーハー

 

帰命したてまつる。あまねき諸仏に。ヴィシュラヴァスの御子よ。スヴァーハー。
毘沙門天呪:アリ・ナリ・トナリ・アナロ・ナビ・クナビ aṭṭe taṭṭe vanaṭṭe anade nāḍi kunaḍi svāhāアッテー タッテー ヴァナッテー アナデー ナーディ クナディ スヴァーハー

 

富裕者よ。曲芸者よ。讃歌によって踊る者よ。火神よ。歌神よ。醜悪な歌神よ[注 53]。スヴァーハー。
ノウマク・サマンダ・ヤキシャシバラ・ソワカ namaḥ samanta-buddhānāṃ yakṣeśvara svāhāナマハ サマンタブッダーナーン ヤクシェーシュヴァラ スヴァーハー

 

帰命したてまつる。あまねき諸仏に。薬叉の主よ。スヴァーハー。
オン・バザラバイラバ・ソワカ oṃ vajrabhairava svāhāオーン ヴァジュラバイラヴァ スヴァーハー

 

オーン 金剛怖畏尊よ スヴァーハー。
伊舎那天 ノウマク・サマンダ・ボダナン・イシャナヤ・ソワカ namaḥ samanta-buddhānāṃ īśanāya svāhāナマハ サマンタブッダーナーン イーシャーナーヤ スヴァーハー

 

帰命したてまつる。あまねき諸仏に。イシャーナ神に。スヴァーハー。
ノウマク・サマンダ・ボダナン・ロダラヤ・ソワカ namaḥ samanta-buddhānāṃ rudrāya svāhāナマハ サマンタブッダーナーン ルドラーヤ スヴァーハー

 

帰命したてまつる。あまねき諸仏に。ルドラ神に。スヴァーハー。
梵天 ノウマク・サマンダ・ボダナン・ボラカンマネイ・ソワカ namaḥ samanta-buddhānāṃ brahmaṇe svāhāナマハ サマンタブッダーナーン ブラフマネー スヴァーハー

 

帰命したてまつる。あまねき諸仏に。ブラフマー神よ。スヴァーハー。
オン・モウノウバザラ・ソワカ oṃmanunavajra svāhāオーン マヌナヴァジュラ スヴァーハー

 

オーン。寂黙金剛よ。スヴァーハー。
地天 ノウマク・サマンダ・ボダナン・ハラチビエイ・ソワカ namaḥ samanta-buddhānāṃ pṛthiviye svāhāナマハ サマンタブッダーナーン プリティヴィイェー スヴァーハー

 

帰命したてまつる。あまねき諸仏に。プリティヴィー女神よ。スヴァーハー。
日天 ノウマク・サマンダ・ボダナン・アニチャヤ・ソワカ namaḥ samanta-buddhānāṃ ādityāya svāhāナマハ サマンタブッダーナーン アーディティヤーヤ スヴァハー

 

帰命したてまつる。あまねき諸仏に。アーディティヤ神よ。スヴァーハー。
オン・バザラクンダリ・ソワカ oṃ vajrakuṇd.ali svāhāオーン ヴァジュラクンダリ スヴァーハー

 

オーン。金剛瓶よ。スヴァーハー。
月天 ノウマク・サマンダ・ボダナン・センダラヤ・ソワカ namaḥ samanta-buddhānāṃ candrāya svāhāナマハ サマンタブッダーナーン チャンドラーヤ スヴァーハー

 

帰命したてまつる。あまねき諸仏に。チャンドラ神よ。スヴァーハー。
オン・バザラハラバ・ソワカ oṃ vajraprabha svāhāオーン ヴァジュラプラバ スヴァーハー

 

オーン。金剛光よ。スヴァーハー。

その他諸天

諸尊 真言 サンスクリット語
昴宿 ノウマク・サマンダ・ボダナン・キリチキヤ・ダキシャタラ・ソワカ namaḥ samantabuddhānāṃ kṛttikā nakṣatra svāhāナマハ サマンタ ブッダナーン クリッティカー ナクシャトラ スヴァーハー

帰命したてまつる。あまねき諸仏に。クリッティカーよ。スヴァーハー。
畢宿 ノウマク・サマンダ・ボダナン・ロウキニ・ダキシャタラ・ソワカ namaḥ samantabuddhānāṃ rohiṇī nakṣatra svāhāナマハ サマンタ ブッダナーン ローヒニー ナクシャトラ スヴァーハー

帰命したてまつる。あまねき諸仏に。ローヒニーよ。スヴァーハー。
觜宿 ノウマク・サマンダ・ボダナン・モリガシャラ・ダキシャタラ・ソワカ namaḥ samantabuddhānāṃ mṛgaśiro nakṣatra svāhāナマハ サマンタ ブッダナーン ムリガシロー ナクシャトラ スヴァーハー

帰命したてまつる。あまねき諸仏に。ムリガシラスよ。スヴァーハー。
参宿 ノウマク・サマンダ・ボダナン・アルドラ・ダキシャタラ・ソワカ namaḥ samantabuddhānāṃ ārdrā nakṣatra svāhāナマハ サマンタ ブッダナーン アーッルドラ― ナクシャトラ スヴァーハー

帰命したてまつる。あまねき諸仏に。アールドラ―よ。スヴァーハー。
鬼宿 ノウマク・サマンダ・ボダナン・ホシャヤ・ダキシャタラ・ソワカ namaḥ samantabuddhānāṃ puṣya nakṣatra svāhāナマハ サマンタ ブッダナーン プシヤ ナクシャトラ スヴァーハー

帰命したてまつる。あまねき諸仏に。プシヤよ。スヴァーハー。
井宿 ノウマク・サマンダ・ボダナン・ホダラバソ・ダキシャタラ・ソワカ namaḥ samantabuddhānāṃ punarvasu nakṣatra svāhāナマハ サマンタ ブッダナーン プナルヴァス ナクシャトラ スヴァーハー

帰命したてまつる。あまねき諸仏に。アールドラ―よ。スヴァーハー。
柳宿 ノウマク・サマンダ・ボダナン・アシレイシャ・ダキシャタラ・ソワカ namaḥ samantabuddhānāṃ āśleṣa nakṣatra svāhāナマハ サマンタ ブッダナーン アーシュレーシャ ナクシャトラ スヴァーハー

帰命したてまつる。あまねき諸仏に。アーシュレーシャよ。スヴァーハー。
星宿 ノウマク・サマンダ・ボダナン・マギャ・ダキシャタラ・ソワカ namaḥ samantabuddhānāṃ maghā nakṣatra svāhāナマハ サマンタ ブッダナーン マガー ナクシャトラ スヴァーハー

帰命したてまつる。あまねき諸仏に。マガーよ。スヴァーハー。
軫宿 ノウマク・サマンダ・ボダナン・カシタ・ダキシャタラ・ソワカ namaḥ samantabuddhānāṃ hastā nakṣatra svāhāナマハ サマンタ ブッダナーン ハスター ナクシャトラ スヴァーハー

帰命したてまつる。あまねき諸仏に。ハスターよ。スヴァーハー。
亢宿 ノウマク・サマンダ・ボダナン・サバチ・ダキシャタラ・ソワカ namaḥ samantabuddhānāṃ svātī nakṣatra svāhāナマハ サマンタ ブッダナーン スヴァーティー ナクシャトラ スヴァーハー

帰命したてまつる。あまねき諸仏に。スヴァーティーよ。スヴァーハー。
張宿 ノウマク・サマンダ・ボダナン・ホロバホツログダ・ダキシャタラ・ソワカ namaḥ samantabuddhānāṃ pūrvaphalgunī nakṣatra svāhāナマハ サマンタ ブッダナーン プールヴァパルグニー ナクシャトラ スヴァーハー

帰命したてまつる。あまねき諸仏に。プルヴァパルグニーよ。スヴァーハー。
翼宿 ノウマク・サマンダ・ボダナン・ウッタラホツログダ・ダキシャタラ・ソワカ namaḥ samantabuddhānāṃ uttaraphalgunī nakṣatra svāhāナマハ サマンタ ブッダナーン ウッタラパルグニー ナクシャトラ スヴァーハー

帰命したてまつる。あまねき諸仏に。ウッタラパルグニーよ。スヴァーハー。
角宿 ノウマク・サマンダ・ボダナン・シッタラ・ダキシャタラ・ソワカ namaḥ samantabuddhānāṃ citrā nakṣatra svāhāナマハ サマンタ ブッダナーン チットラー ナクシャトラ スヴァーハー

帰命したてまつる。あまねき諸仏に。チットラーよ。スヴァーハー。
氐宿 ノウマク・サマンダ・ボダナン・ビシャカ・ダキシャタラ・ソワカ namaḥ samantabuddhānāṃ viśākhā nakṣatra svāhāナマハ サマンタ ブッダナーン ヴィシャーカー ナクシャトラ スヴァーハー

帰命したてまつる。あまねき諸仏に。ヴィシャーカーよ。スヴァーハー。
女宿 ノウマク・サマンダ・ボダナン・シラマダ・ダキシャタラ・ソワカ namaḥ samantabuddhānāṃ śravaṇā nakṣatra svāhāナマハ サマンタ ブッダナーン シュラヴァナ― ナクシャトラ スヴァーハー

帰命したてまつる。あまねき諸仏に。シュラヴァナ―よ。スヴァーハー。
斗宿 ノウマク・サマンダ・ボダナン・オッタラシャダ・ダキシャタラ・ソワカ namaḥ samantabuddhānāṃ uttarāṣādhā nakṣatra svāhāナマハ サマンタ ブッダナーン ウッタラーシャーダー ナクシャトラ スヴァーハー

帰命したてまつる。あまねき諸仏に。ウッタラーシャーダーよ。スヴァーハー。
尾宿 ノウマク・サマンダ・ボダナン・モラ・ダキシャタラ・ソワカ namaḥ samantabuddhānāṃ mūla nakṣatra svāhāナマハ サマンタ ブッダナーン ムーラ ナクシャトラ スヴァーハー

帰命したてまつる。あまねき諸仏に。ムーラよ。スヴァーハー。
箕宿 ノウマク・サマンダ・ボダナン・ホロバアシャダ・ダキシャタラ・ソワカ namaḥ samantabuddhānāṃ pūrvāṣādha nakṣatra svāhāナマハ サマンタ ブッダナーン プールヴァーシャーダー ナクシャトラ スヴァーハー

帰命したてまつる。あまねき諸仏に。プールヴァーシャーダーよ。スヴァーハー。
房宿 ノウマク・サマンダ・ボダナン・アドラダ・ダキシャタラ・ソワカ namaḥ samantabuddhānāṃ anurādhā nakṣatra svāhāナマハ サマンタ ブッダナーン アヌラーダー ナクシャトラ スヴァーハー

帰命したてまつる。あまねき諸仏に。アヌラーダーよ。スヴァーハー。
心宿 ノウマク・サマンダ・ボダナン・セイシッタ・ダキシャタラ・ソワカ namaḥ samantabuddhānāṃ jyeṣṭhā nakṣatra svāhāナマハ サマンタ ブッダナーン ジェーッシュター ナクシャトラ スヴァーハー

帰命したてまつる。あまねき諸仏に。ジェーシュターよ。スヴァーハー。
虚宿 ノウマク・サマンダ・ボダナン・ダンニシタ・ダキシャタラ・ソワカ namaḥ samantabuddhānāṃ dhaniṣṭhā nakṣatra svāhāナマハ サマンタ ブッダナーン ダニッシュター ナクシャトラ スヴァーハー

帰命したてまつる。あまねき諸仏に。ダニシュターよ。スヴァーハー。
危宿 ノウマク・サマンダ・ボダナン・サタビシャ・ダキシャタラ・ソワカ namaḥ samantabuddhānāṃ śatabhiṣā nakṣatra svāhāナマハ サマンタ ブッダナーン シャタビシャー ナクシャトラ スヴァーハー

帰命したてまつる。あまねき諸仏に。シャタビシャーよ。スヴァーハー。
室宿 ノウマク・サマンダ・ボダナン・ホロババダラハダ・ダキシャタラ・ソワカ namaḥ samantabuddhānāṃ pūrvabhadrapadā nakṣatra svāhāナマハ サマンタ ブッダナーン プールヴァバドラパダー ナクシャトラ スヴァーハー

帰命したてまつる。あまねき諸仏に。プールヴァバドラパダーよ。スヴァーハー。
奎宿 ノウマク・サマンダ・ボダナン リバチ・ダキシャタラ・ソワカ namaḥ samantabuddhānāṃ revatī nakṣatra svāhāナマハ サマンタ ブッダナーン レーヴァティー ナクシャトラ スヴァーハー

帰命したてまつる。あまねき諸仏に。レーヴァティーよ。スヴァーハー。
壁宿 ノウマク・サマンダ・ボダナン・ウッタラバダラハダ・ダキシャタラ・ソワカ namaḥ samantabuddhānāṃ uttarabhadrapadā nakṣatra svāhāナマハ サマンタ ブッダナーン ウッタラバドラパダー ナクシャトラ スヴァーハー

帰命したてまつる。あまねき諸仏に。ウッタラバドラパダーよ。スヴァーハー。
胃宿 ノウマク・サマンダ・ボダナン・バラジ・ダキシャタラ・ソワカ namaḥ samantabuddhānāṃ bharaṇī nakṣatra svāhāナマハ サマンタ ブッダナーン バラニー ナクシャトラ スヴァーハー

帰命したてまつる。あまねき諸仏に。バラニーよ。スヴァーハー。
婁宿 ノウマク・サマンダ・ボダナン・アシャバジイ・ダキシャタラ・ソワカ namaḥ samantabuddhānāṃ aśvinī nakṣatra svāhāナマハ サマンタ ブッダナーン アシュヴィニー ナクシャトラ スヴァーハー

帰命したてまつる。あまねき諸仏に。アシュヴィニーよ。スヴァーハー。

12

諸天総呪 オン・ロキャロキャ・キャラヤ・ソワカ oṃ lokālola-kārāya svāhāオーン ローカーローカカーラーヤ スヴァーハー

 

オーン。世間、非世間の創造主よ。スヴァーハー。

九曜編集

諸尊 真言 サンスクリット語
土曜 オン・シャニシシャラ・シセイテイ・ソワカ oṃ śanaiścaraśceṭe svāhāオーン シャナイシュチャラシュチェーテー スヴァーハー

 

オーン。めでたき歩み遅き星[注 56]。スヴァーハー。
日曜 オン・アニチヤ・シリ・ソワカ oṃ ādityaśri svāhāオーン アーディッティヤシュリ スヴァーハー

 

オーン。めでたき太陽よ。スヴァーハー。
月曜 オン・ソマ・シリ・ソワカ oṃ somaśri svāhāオーン ソーマシュリ スヴァーハー

 

オーン。めでたきよ。スヴァーハー。
火曜 オン・アギャラカ・シリ・ソワカ oṃ aṅgārakaśri svāhāオーン アンガーラカシュリ スヴァーハー

 

オーン。めでたき熒惑星[注 57]よ。スヴァーハー。
水曜 オン・ボダ・シリ・ソワカ oṃ budhaśri svāhāオーン ブダシュリ スヴァーハー

 

オーン。めでたき智者星よ。スヴァーハー。
オン・ボダ・ダキシャタラ・ソワミナン・ケイトマ・ソワカ oṃ budhanakṣatrasvāminaṃ ketuman svāhāオーン ブダナクシャトスヴァーミナン ケートゥマン スヴァーハー

 

オーン。智者の宿の首長に。光り輝くものよ。スヴァーハー。
木曜 オン・ボラカサハチシリ・ソワカ oṃ bṛhaspatiśri svāhāオーン ブリハスパティシュリ スヴァーハー

 

オーン。めでたき大主星[注 58]よ。スヴァーハー。
金曜 オン・シュキャラ・シリ・ソワカ oṃ śukraśri svāhāオーン シュックラシュリ スヴァーハー

 

オーン。めでたき明星よ。スヴァーハー。
羅睺 ノウマク・サマンダ・ボダナン・オン・ラカベイ・アソララジャヤ・ソワカ namaḥ samantabuddhānāṃ oṃ rāhave asurarājāya hūṃ svāhāナマハ サマンタブッタナーン オーン ラーハヴェー アスララージャーヤ フーン スヴァーハー

 

帰命したてまつる。あまねき諸仏に。オーン。アスラの王たるラーフ[注 59]に。フーン。スヴァーハー。
計都 ノウマク・サマンダボダナン・ケイトシリ・ソワカ namaḥ samantabuddhānāṃ ketuśri svāhāナマハ サマンタブッダターナーン ケートゥシュリ スヴァーハー

 

帰命したてまつる。あまねき諸仏に。めでたき計都[注 60]よ。スヴァーハー。

十二宮編集

諸尊 真言 サンスクリット語
双女宮 ノウマク・サマンダ・ボダナン・カンニヤハタエイ・ソワカ namaḥ samanta-buddhānāṃ kanyāpataye svāhāナマハ サマンタブッダーナーン カニヤーパタイェー スヴァーハー

 

帰命したてまつる。あまねき諸仏に。乙女の主に。スヴァーハー。
獅子宮 ノウマク・サマンダ・ボダナン・シンカハタエイ・ソワカ namaḥ samanta-buddhānāṃ siṃhapataye svāhāナマハ サマンタブッダーナーン シンハパタイェー スヴァーハー

 

帰命したてまつる。あまねき諸仏に。獅子の主に。スヴァーハー。
巨蟹宮 ノウマク・サマンダ・ボダナン・キャラカタカハタエイ・ソワカ namaḥ samanta-buddhānāṃ karkaṭākapataye svāhāナマハ サマンタブッダーナーン カルカターカパタイェー スヴァーハー

 

帰命したてまつる。あまねき諸仏に。蟹の主に。スヴァーハー。
男女宮 ノウマク・サマンダ・ボダナン・ミタナハタエイ・ソワカ namaḥ samanta-buddhānāṃ mithunapataye svāhāナマハ サマンタブッダーナーン ミトゥナパタイェー スヴァーハー

 

帰命したてまつる。あまねき諸仏に。夫婦の主に。スヴァーハー。
牛密宮 ノウマク・サマンダ・ボダナン・ビリシャハタエイ・ソワカ namaḥ samanta-buddhānāṃ vṛṣapataye svāhāナマハ サマンタブッダーナーン ヴリシャパタイェー スヴァーハー

 

帰命したてまつる。あまねき諸仏に。牡牛の主に。スヴァーハー。
白羊宮 ノウマク・サマンダ・ボダナン・メイシャハタエイ・ソワカ namaḥ samanta-buddhānāṃ meṣapataye svāhāナマハ サマンタブッダーナーン メーシャパタイェー スヴァーハー

 

帰命したてまつる。あまねき諸仏に。牡羊の主に。スヴァーハー。
双魚宮 ノウマク・サマンダ・ボダナン・ミナハタエイ・ソワカ namaḥ samanta-buddhānāṃ mīnapataye svāhāナマハ サマンタブッダーナーン ミーナパタイェー スヴァーハー

 

帰命したてまつる。あまねき諸仏に。双魚の主に。スヴァーハー。
摩竭宮 ノウマク・サマンダ・ボダナン・マキャラハタエイ・ソワカ namaḥ samanta-buddhānāṃ makarapataye svāhāナマハ サマンタブッダーナーン マカラパタイェー スヴァーハー

 

帰命したてまつる。あまねき諸仏に。マカラの主に。スヴァーハー。
賢瓶宮 ノウマク・サマンダ・ボダナン・クンバハタエイ・ソワカ namaḥ samanta-buddhānāṃ kumbhapataye svāhāナマハ サマンタブッダーナーン クンバパタイェー スヴァーハー

 

帰命したてまつる。あまねき諸仏に。賢瓶の主に。スヴァーハー。
弓宮 ノウマク・サマンダ・ボダナン・ダンハタエイ・ソワカ namaḥ samanta-buddhānāṃ dhanu pataye svāhāナマハ サマンタブッダーナーン ダヌタイェー スヴァーハー

 

帰命したてまつる。あまねき諸仏に。天弓の長に。スヴァーハー。
蝎虫宮 ノウマク・サマンダ・ボダナン・ビリシャシカハタエイ・ソワカ namaḥ samanta-buddhānāṃ vṛścikapataye svāhāナマハ サマンタブッダーナーン ヴリシュチカパタイェー スヴァーハー

 

帰命したてまつる。あまねき諸仏に。天蝎の主に。スヴァーハー。
秤宮 ノウマク・サマンダ・ボダナン・トラハタエイ・ソワカ namaḥ samanta-buddhānāṃ tūlāpataye svāhāナマハ サマンタブッダーナーン トゥーラーパタイェー スヴァーハー

 

帰命したてまつる。あまねき諸仏に。秤量の長に。スヴァーハー。

二十七宿

梵字に親しむ 安田梵字教室

内容紹介
本書は「梵字を学んで書いてみよう」という方のための入門書です。 まず、梵字の五十音図から自分の名前を梵字で書いてみることから始めて、インドで生まれた梵字の歴史や日本に伝えられたいきさつ、佛教とのつながりを学び、干支や回忌の「守護梵字」や寺社でみかける梵字の意味を知って、梵字を書くときの心得手順に進みます。
【目次内容】
はじめに
第一章 日本人のための梵字入門
    名前を梵字で書いてみよう/自分の名前を梵字で書くと/三尊帳の佛さまを書いてみよう/五佛 金剛界と胎蔵界の佛さま/よくみられる五輪塔/卒塔婆の梵字/板碑の梵字/御朱印にみられる梵字/梵鐘の梵字/梵字で書かれる曼荼羅の世界/唐招提寺の団扇撒き
第二章 知っておきたい梵単語小字典
第三章 私たちを守って下さる梵字
   守護梵字とは/ 干支による守護梵字/ 毎日唱える年忌十三佛の御真言/六観音の種子と御真言/ 光明真言の世界
第四章 安田梵字教室へようこそ
    あらためて梵字と密教について/梵字の略歴/梵字を書くということ/梵字に親しむ/
 真言暗唱による脳の活性化/梵字を書くときの心得と手順
資料編
参考資料

Shamata and Vipassiana  シャマタとヴィパシヤナ

 

In Buddhism, meditation is broadly divided into two types: stop and view. To stop (Shamata: Satsuma, etc.) is to live in the truth of the source, keeping your heart upset. In addition, the view (Vipashiyana, Hachiboshina) is the observation of things correctly in accordance with the truth, with the immovable heart serving as wisdom.

In general, in Buddhism, Samata meditation (巴: samathabhāvanā) for fostering concentration and Vipassana meditation (巴: vipassanā-bhāvanā) for observing things as they are are repaired. But it doesn’t change.

Traditionally, theravada Buddhism has taken the steps of first practicing Samata meditation and then proceeding to Vipassana meditation. In order to perform vipassana meditation, it is necessary to enter at least the first Zen ritual (maximum 4th zen meditation), and for that purpose Samata meditation must be performed.

This is the second ability of the brain.

仏教では瞑想を止と観の二つに大別する。(シャマタ:奢摩他)とは、心の動揺をとどめて本源の真理に住することである。また(ヴィパシヤナ、毘鉢舎那)とは、不動の心が智慧のはたらきとなって、事物を真理に即して正しく観察することである。

 

一般に仏教においては、集中力を育てるサマタ瞑想(samathabhāvanā)と、物事をあるがままに観察するヴィパッサナー瞑想(vipassanā-bhāvanā)とが双修され、この点は南伝仏教でも北伝仏教でも変わらない。

伝統的に上座部仏教においては、サマタ瞑想を先に修行して、それからヴィパッサナー瞑想へと進むという階梯がとられてきた。ヴィパッサナー瞑想を行なうためには少なくとも第一禅定(最高で第四禅定)に入っている必要があるとされ、そのためにはサマタ瞑想を行なわねばならないのである。

脳に2つ目の能力と言える。

 

仏教と仏法

仏教というのは釈迦を開祖とした宗教のこと。悟りを開いた人の教えを学んだり、悟りを開くために学ぶことです。

 

仏法というのは仏になる方法のこと

七科三十七道品」あるいは「三十七菩提分法」と名づけられた修行法です。これは、七科目・三十七種類にわたる教科目であり、これを「神聖なる智慧を獲得するための七種のシステムと、三十七種類のカリキュラム」と呼んでいます。

シャカの成仏法「七科三十七道品」

シャカの成仏法「七科三十七道品」

ニルヴァーナの智慧を獲得する修行法
「七科三十七道品」あるいは「三十七菩提分法(ぼだいぶんぽう)」

神聖なる智慧を獲得するための七種類のシステムと、三十七種類のカリキュラム
ブッダの説かれた阿含の経典群の中には、ニルヴァーナを表現したと思われる経典、仏典を見出すことができるのです。
それどころか、ニルヴァーナの智慧を獲得する修行法までも、発見できるのです。
その修行法とは、「七科三十七道品」あるいは「三十七菩提分法」と名づけられた修行法です。これは、七科目・三十七種類にわたる教科目であり、これを「神聖なる智慧を獲得するための七種のシステムと、三十七種類のカリキュラム」と呼んでいます。
パーリ文「中阿含」第百三の kinti sutta につぎのように述べられています。
ここに比丘らよ、われによりて法は悟られ、汝らに説かれたり。すなわち四念住・四正断・四神足・五根・五力・七覚支・八正道これなり。それゆえにすべての比丘らは相和し相欣び、争うことなくして、これを学ばざるべからず。
ブッダによってさとられた智慧の獲得の修行法、実践法が、ここに明らかにのべられています。
阿含経に説かれたこの七科目の修行法は、アビダルマ論師によって「七科三十七道品」あるいは「三十七菩提分法」と名づけられました。さとりにいたる三十七の修行法という意味です。

四念住法(しねんじゅうほう)
旧訳では四念処(しねんじょ)といいます。四念処観ともいいます。さとりを得るための四種の内観・瞑想法です。身念住(しんねんじゅう)・受念住(じゅねんじゅう)・心念住(しんねんじゅう)・法念住(ほうねんじゅう)の四つです。

四正断法(ししょうだんほう)
旧訳では四正勤といいます。断断(だんだん)・律儀断(りつぎだん)・随護断(ずいごだん)・修断(しゅだん)の4つの修行。

四神足法(しじんそくほう)
四如意足とも訳す。
四つの自在力を得るための根拠となるもの。超自然的な神通力を得るための4種『欲神足(よくじんそく)・勤神足(ごんじんそく)・心神足(しんじんそく)・観神足(かんじんそく)』の修行法。

五根法(ごこんほう)
信根(しんこん)・精進根(しょうじんこん)・念根(ねんこん)・定根(じょうこん)・慧根(えこん)の五つ。根とは自由にはたらく能力をいう。仏法僧の三宝にたいする信と、精進・念・禅定(瞑想)・智慧が、ニルヴァーナに向かって高い能力を発揮する修行。

五力法(ごりきほう)
信力(しんりき)・精進力(しょうじんりき)・念力(ねんりき)・定力(じょうりき)・慧力(えりき)(または智力)。ニルヴァーナに至る高度な力を得る修行。

七覚支法(しちかくしほう)
択法覚支(ちゃくほうかくし)・精進覚支(しょうじんかくし)・喜覚支(きかくし)・軽安覚支(きょうあんかくし)・捨覚支(しゃかくし)・定覚支(じょうかくし)・念覚支(ねんかくし)の七つをいう。ニルヴァーナへみちびく七つの修行。

八正道法(はっしょうどうほう)(八聖道とも書く)
理想の境地に達するための八つの道『正見(しょうけん)・正思惟(しょうしゆい)・正語(しょうご)・正業(しょうごう)・正命(しょうみょう)・正精進(しょうじん)・正念(しょうねん)・正定(しょうじょう)』

以上が、「七科三十七道品」です。
四念住法・五根法、これは、瞑想です。
四正断法・五力法・七覚支法・八正道法は、実践と瞑想です。
四神足法は、特殊な tapas( 練行)です。神足とは、神通力(超人的能力)のことで、この四神足法は、超自然的な神通力を得るための四種の修行法です。

リサ・ランドール異次元は存在する

リサ・ランドールの異次元の世界

「リサ・ランドール異次元は存在する」(NHK出版)を中学生や高校生に薦める。
「ワープする宇宙」(NHK出版)は物理学を志す高校生に薦める。米・英の大学ではテキストに使われている。理論物理学の最前線である素粒子物理学、ひも理論、M理論などを説明している。

① シャワーカーテン(膜、ブレーン)

わたしたちの住む世界は縦・横・高さ(X・Y・Z軸で位置を表す)の3次元で、時間軸を加えると4次元になる。ハーバード大学の理論物理学者リサ・ランドール博士(Lisa Randall)は高次元の世界を次のようにモデル構築し、分かりやすく説明している。
わたしたちの世界はバスルームにおけるシャワーカーテン(膜、ブレーン)で、わたくしたちはシャワーカーテンに着いた水滴のようなものである。水滴はシャワーカーテンの上を移動できるがシャワーカーテンからバスルームに飛び出すことはできない。バスルーム全体が高次元(5次元、6次元など)の世界である。
わたくしたちはブレーンの3次元世界のなかを移動できるが高次元の世界へ飛び出すことも異次元の世界を見ることもできない。
わたしたちの住む3次元のブレーン以外にも、異なる次元のブレーン(異次元の世界)がいくつかあると考えている。ブレーンが高次元の空間全体の境界になっている。この全体の空間を「バルク」という。

② 4つの力
自然界には重力、電磁気力、原子核に関係した弱い力と強い力の4つの力があると考えられている。これらの力はグラビトン、光子、ウイークボソン、グルーオン等の粒子によって伝えられる。
1、重力: 地面に引き寄せる力、→グラビトン(質量がゼロの粒子)
2、電磁気力:電磁波(電波や光など)を飛ばす力、→光子(質量がゼロの粒子)
3、弱い力:原子核を異なる原子核に変えてしまう力、→ウイークボソン(質量がある粒子)
4、強い力:素粒子(クオーク)を結合させて原子核を支えている力、→グルーオン(質量がある粒子)

重力は他の3つの力に比べて極端に弱すぎる。例えばペーパークリップは地球全体の重力が引っ張っているのにもかかわらず、小さな磁石の電磁力で持ち上げることができる。
重力が極端に弱いのは、重力エネルギーが時空を超えて異次元の世界へ洩れ出ているためと考える。即ち、見ることのできない異次元の世界が存在すると考える。

グラビトンや光子は質量がゼロなので遠くまで力を伝えることができる。

 弱い力はある種の核の崩壊、中性子の崩壊、水素をヘリウムに変える核融合などの働きをし、その過程で大量のエネルギーを放出する。原子力発電、核爆弾、太陽などのエネルギーとなる。

強い力はクオークを結合させて陽子や中性子をつくっている。
クオークには+2/3の電荷を持つアップクオークとー1/3の電荷を持つダウンクオークなどがある。
陽子はアップクオーク2個(+4/3)とダウンクオーク1個(-1/3)を強い力が結合している。電荷は+1(+4/3 -1/3)となる。
中性子はアップクオーク1個(+2/3)とダウンクオーク2個(-2/3)を強い力が結合している。電荷は0(+2/3 -2/3)となる。

③ 異次元の存在は検証されるか
2007年スイスのジュネーブ郊外に、超高エネルギーの粒子衝突型加速器の建設が進められている。(LHC)
実験結果次第では異次元の世界の存在が証明されるかもしれない。
高速の粒子が衝突して粉々になった破片はある確立で姿を消すことが予想されている。もし粒子が姿を消したことが確認された場合、姿を消した先が異次元の世界であると考えられる。

素粒子物理学の研究で最も重要な実験は高エネルギー粒子衝突型加速器による高速粒子の衝突である。小さな衝突領域に大量のエネルギーが発生する。ビックバンのように、このエネルギーが重い粒子に転換し(E=mc²)、自然界には見られない素粒子がみつかっている。(イリノイ州にあるフェルミ研究所のデバトロン)

④ ひも理論
現代の理論物理学者は相対性理論と量子力学を調和させて、4つの力すべてを統一する究極理論を探している。それは「ひも理論」ではないかと考えている。
物質の最も基本的な構成要素が点粒子ではなく、広がりをもった「ひも」ではないかというのである。その「ひも」は何で出来ているかという疑問が生ずるが、「ひも」は振動する1次元のエネルギーだそうである。
見ることのできない小さな「ひも」がさまざまな振動をすることによって、宇宙におけるすべての粒子や現象を説明できる可能性がある。

rāgarāja

rāgarāja

ラガラージャは、世俗的な欲望霊的な目覚め変えること が知られています。

もともとはヒンズー教の神でしたが、大乗仏教に適応しました。

唐時代に彼に関する経典中国に届いたとき、彼のサンスクリット語の名前ÀirÀnMíngwáng(文字通り「Lustful Tinted Wisdom King」)に翻訳されました

では日本の、それは同じ方法で書かれている漢字が、と発音愛染Myō’ō

描写

愛染明王はあるvidyarajaまたは「知恵の王のような」Acalanathaとのグループの中で八の知恵キングスRāgarājaに関連付けられている4つの異なるマンダラがあります。

最初は37人のアシスタントディーヴァ、彼は17 人のアシスタントディーヴァを持っています。

他の二つの特別な配置によって作られたものであるChisho大師天台宗の第四の族長、他のA 四季 マンダラ表すそれらの使用マントラ シード音節に描かれbonjiを

彼は、恐ろしい外観と抑圧された欲望情熱を表す燃えるような野生の髪の赤い肌の男として描かれています。

通常、彼の髪の毛の頭の上にライオンの頭があります。

彼には2、4または6つの武装した化身がありますが、6つの武装したものが最も一般的です。

これらの6本の腕には、ヴァジュラ、未開封の蓮の花、矢、そして私たちが見ることのできないものを持っているものがあります(上級の密教開業医だけがそのことを知っています)。

「のパビリオンによるとバジュラピークとそのすべてのYogasYoginsスートラ」と略さと名前「のYoginsスートラ」、おそらく作り話偉大に起因する作業仏教の 家長 金剛智愛染明王は表し状態をれる性的 興奮攪拌啓発に向けられ、情熱的な はすべての生き物に対する思いやりになります。

愛染明王はに似て荼枳尼天 Kurukulleチベット仏教