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覚り

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悟りの段階は4つの段階がある  Shika Yohka: There are four stages of enlightenment 

四向四果

 

四向四果(しこうしか)

「四向・しこう」修業する四段階(向かう人)
「四果・しか」悟りの深さの四段階の境地(果たした人)
「四双八輩・しそうはちはい」とも呼ばれています。

ブッタ滅後にさとりの修習に応じて四段階に整備され、
「それに向かう人」「それを果たした人」の八種に分類された思想です。

4、阿羅漢果(あらかんか)

  • 「究極のさとりへ到達した人、供養されるべき人」(無学・むがく)
  • 「五上分結、五下分結を断じた人」
  • 「煩悩を滅した心解脱(しんげだつ)、四諦(したい)をみて解脱した慧解脱(えげだつ)、両方の倶分解脱(ぐぶんげだつ)した人」
  • 「漏尽智(ろじんち)煩悩を滅した人」
  • 「応供・おうぐ」とも呼ばれています。

「五上分結・ごじょうぶんけつ」
色界と無色界に人を結びつけて
解脱させない
上位の束縛のこと。

1、色貪(しきとん)
2、無色貪(むしきとん)
3、掉挙(じょうこ)
4、慢(まん)
5、無明(むみょう)

「五下分結・ごげぶんけつ」
三界(欲界)
に人を結びつける5つの束縛のこと

1、有身見(うしんけん)
2、疑(ぎ)
3、戒禁取(かいごんしゅ)
4、貪欲(とんよく)
5、瞋恚(しんに)

 

3、不還果(ふかんか)

  • 「再びこの世界に戻ることなく、天界でさとりの境地に到達する人」
  • 五下分結を滅ぼし化生者(かせいしゃ)となり色界の浄居天(じょういてん)となり、滅後、涅槃に至る人です。
  • 「阿那含・あなごん」とも呼ばれています。

それに向かう人は「不還向・ふかんこう」です。

生き物の生まれ方の四種類

1、胎生・・・おなかに宿り生まれてくる
2、卵生・・・たまごから生まれてくる
3、湿生・・・苔など湿気からうまれてくる
4、化生・・・何もない所から忽然(こつぜん)として天界や地獄に生まれてくる。

2、一来果 (いちらいか)

  • 「天界と人間界とを一度だけ転生して、さとりの境地に達する人」
  • 三結を滅ぼし貪欲、瞋恚薄い人
  • 「斯陀含・しだごん」とも呼ばれています。

それに向かう人は「一来向・いちらいこう」です。

1、預流果(よるか)

流果(るか)は「さとりの流れに到達する」意味です。

  • 「この境地に到れば、それ以前の俗世の世界に退堕(たいだ)することなく、人間界と天界を7回転生している間に修業が進み、さとりの境地に到達する人」
  • 「極七返有・ごくしちぽんぬ」「極七返生・ごくしちぽんしょう」ともよばれます。

預流果(よるか)は三結(有身見・疑・戒禁取)を完全に断滅した人です。

「三結・さんけつ」は「五下分結・ごげぶんけつ」
の3つの束縛のこと

1、有身見(うしんけん)
2、疑(ぎ)
3、戒禁取(かいごんしゅ)
4、貪欲(とんよく)
5、瞋恚(しんに)

「須陀含・しゅだおん」とも呼ばれています。

目連
預流果以上の俗世の世界を超えた人を「出世間・しゅつせけん」で「聖者・せいじゃ」と呼び、それ以下の人は「世間・せけん」で「凡夫・ぼんぷ」と呼びますよ。ポンッ!

それに向かう人は「預流向・よるこう」です。

サーリプッタ
サーリプッタ
法眼(ほうがん)とは論理的に四諦(したい)の理解を得て、預流向になることじゃ!!!
『四諦』が大事なのがだんだんわかってきたかな?また語るぞ!ニヤリ!

さらに10段階に分けられる

悟りの段階 -10

悟りの段階 -10 純粋な心-8. 阿羅漢果 (アラカンカ)  阿羅漢果 (アラカンカ) とは、無になったもの。無になったものとは、一つを体現して、沈黙へ入ったもの。 I_Am_That-30. You are Free…続きを読む

悟りの段階 -9

悟りの段階 -9 純粋な心-7. 阿羅漢向 (アラカンコウ) I_Am_That-30 より抜粋 マハラジ:生きる存在 (生き物) であることは、究極の状態ではありません。 それ以上のもの、はるかに素晴らしいものがあるの…続きを読む

悟りの段階 -8

悟りの段階 -8 純粋な心-6. 不還果 (フゲンカ)  執着と険悪は、記憶から来ています。 全ては、一つである。自分の意識の中に、すべての個人がいる。と理解します。 私が在るから、この世界がある。と理解します。 「執着…続きを読む

悟りの段階 -7

悟りの段階 -7 純粋な心-5. 不還向 (フゲンコウ)  根本仏教は、「心を浄める」教えであり、実践である。  一来果になると、欲と怒りがなくなります。肉体と心に対して執着が減ると、その分、怒りと欲が減っていきます。不…続きを読む

悟りの段階 -6

悟りの段階 -6 純粋な心-4. 一来果 (イチライカ)-2  一来果でなくなるのは、「欲と怒り」です。一来果は、「執着と険悪がとれたもの」です。自分の「執着と険悪」の動機を探ります。  「あなたが動機の中に入っていけば…続きを読む

悟りの段階 -5

悟りの段階 -5 純粋な心-4. 一来果 (イチライカ)  願望を実現するために、潜在意識を活用する方法は、数多くあります。輪廻転生を止めるための方法は、真我を実現する悟りの段階に入ることです。  「宇宙の覇者 (王) …続きを読む

悟りの段階 -4

悟りの段階 -4 純粋な心-3. 一来向 (イチライコウ)  一来向 (いちらいこう) とは、須陀洹 (預流) から、斯陀含 (一来) へと向かっている者です。  一来 (いちらい、巴: sakadāgāmin サカダー…続きを読む

悟りの段階 -3

悟りの段階 -3 純粋な心-2. 預流果 (ヨルカ)-2  心 (マインド、潜在意識) は、記憶の束です。個我は、記憶の創造物です。  精神的習慣が、その人 (個我) の環境を作っています。その人 (個我) の環境は、す…続きを読む

悟りの段階 -2

悟りの段階 -2 純粋な心-2. 預流果 (ヨルカ)  預流向 (ヨルコウ) は、ジニャーニの知識を得て、黙想して、熟考します。気付きが起こり、理解が深まります。  知識は、記憶になります。記憶は、体験になります。理解が…続きを読む

悟りの段階 -1

悟りの段階 -1 純粋な心-1. 預流向 (ヨルコウ)  真理は、シンプルです。ジニャーニの知識もシンプルです。ジニャーニの知識を得て、黙想して、熟考します。気付きが起こり、理解が深まります。 預流向 (ヨルコウ) とは…続きを読む

buddh japan

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toshikiyamada

 

 

 

仏教の真髄 釈尊直説の唯一の成仏法「七科三十七道品」

「阿含経」(あごんきょう)に書かれている「七科三十七道品」(しちかさんじゅうしちどうほん)あるいは 「三十七菩提分法」(さんじゅうしちぼだいぶんぽう)あるいは、単に「道品法」(どうぼんほう)と呼ばれている修行法です。

成仏法とは、人が仏陀に成ることができる修行法のことです。他の修行法は、人を高めることはできますが、仏陀にまでは成ることはできません。ここが、単なる修行法と、成仏法の違いです。成仏法は、釈尊直説の唯一の経典「阿含経」(あごんきょう)にしか書かれていません。 「七科三十七道品」は、7科目37種類の修行法があります。詳しくは、阿含宗のこちらのページをご覧下さい。http://www.agon.org/about/about_000012.php

この成仏法が、仏教にとって、最も重要であることは、言うまでもありません。仏陀に成るための法そのものなのですから。ところが、大乗仏教は、この成仏法を隠ぺいし、黙殺してしまったのです。

後世の大乗仏教は、仏教を大衆化するため、その障害となる、真の成仏法が書かれている阿含経を「小乗仏教」とさげすみ、厳しい、難しい修行法は、どんどん削除していきました。そうして、最終的には、菩薩という概念を作り出し、菩薩の慈悲におすがりすれば、修行は不要という他力本願の概念まで作り出してしまったのです。その大乗仏教が、今日の日本仏教の中心となってしまっているのです。もちろん、密教や禅宗は、他力本願ばかりではないので、多少とも違うというご意見がおありかと思いますが、それでも、阿含経を隠ぺい、黙殺し、阿含経に唯一書かれている肝心の成仏法を修行していない点には、変わりは無いのです。こうして大乗仏教は、大衆化のために、成仏法を隠ぺい、黙殺したニセの仏教となっていったのです。

「成仏法」が、どのようにしてできたのか、そのいきさつについても、きちんと阿含経に書かれています。阿含経には、お釈迦様が「成仏法」をお作りになられた状況が、克明に記載されているのです。 ご紹介します。

このお経は、お釈迦さまが、ご自分の成道の経緯をお説きになられた経典です。

<中阿含経 羅摩経>

お釈迦さまは、心機一転して、それまでの六年麻麦(まばく)の苦行を離れ、ネーランジャラー河において、村長の娘スジャータの乳ガユの供養を受け、聖地 ガヤーのピッパラ樹(菩提樹)の下に瞑想の座を定めました。ここでお釈迦さまは、悟りを開き、仏陀と成なれるのですが、その時の、状況が記されたお経です。

『我、すなわち座を解かずして、漏尽を得るに至れり。
我、無病無上安穏涅槃を求めて、すなわち、無病無上安穏涅槃を得、
無老無死無愁憂慼(むしゅううせき)無穢汚(むえわ)無上安穏涅槃を求めて、すなわち、無老無死無愁憂慼無穢汚無上安穏涅槃を得、
知を生じ、見を生じ、「道品法」を定む。

生すでに尽き、 梵行すでに立ち、所作すでに弁じて、更に有を受けずと如真を知りぬ。』

大意

「私は、菩提樹の下で、瞑想を数十日間(50日間近く。)つづけ、ついに、漏尽解脱することができたのである。
涅槃を得ることが出来たのである。
これにより、智慧が生じ、解脱したという自覚(解脱知見)が生じた。
さらに、成仏するための修行方法の体系、 成仏法(七科三十七道品)を決定した。

涅槃を得て、成仏したことにより、私は、この生涯が最後のものとなって、もう二度とこの迷いの世界に生を受けることのないことを、はっきり知ったのである。」

この他に、仏陀が、あとから二つも三つも、成仏法を追加されるわけが無いからです。あるとすれば、間違いなく後世の偽作です。仏教徒は、このことを一番に考えなくてはならないと思います。

この成仏法を修行しない限り、絶対に成仏はできないのです。
パーリ文「中阿含」第百三の kinti sutta につぎのように述べられています。

「 ここに比丘らよ、われによりて法は悟られ、汝らに説かれたり。 すなわち四念住・四正断・四神足・五根・五力・七覚支・八正道これなり。 それゆえにすべての比丘らは相和し相欣び、争うことなくして、これを学ばざるべからず。」

「学ばざるベからず」とあります。絶対に修行しなさいという意味です。大乗仏教のかたがたは、この意味が分かっていないのです。

「雑阿含経(ぞうあごんぎょう) 応説経(おうせつきょう)」
においては、つぎのようにのべられています。

「釈尊:いろいろな方法を駆使して修行を行っても成就しないものが、もろもろの煩悩が尽き、心に解脱を得たいと思っても、あの修行者たちは、ついに漏尽解脱を得ることはできない。
弟子:それはなぜでしょうか。
釈尊:修行していないからである。
弟子:何を修行していないのでしょうか。
釈尊:いわゆる、七科三十七道品を修行していないからである。
弟子たちよ。七科三十七道品を修行し、成就する者がいたならば、その修行者が、漏尽解脱をしたいと思わなくても自然に漏尽解脱を得るのである。
弟子:それはなぜでしょうか。
釈尊:修行したからである。
弟子:何を修行したのでしょうか。
釈尊:いわゆる七科三十七道品である。(後略)」

いろいろな方法を駆使しても無駄である、 阿含経の七科三十七道品を修行しない限り、絶対に成仏できないと説かれています。

ですから、仏教徒は、全員、七科三十七道品を修行しなければいけないのです。それ以外に、方法はないのです。どんなに厳しくても、何度生まれ変わってでも、七科三十七道品を修行する以外に方法はないのです。

大乗仏教が説くよう に、修行法を捨て、仏の慈悲にすがるだけでは、冥土などにはいけるかもしれませんが、絶対に、成仏はできないのです。

上記のように、成仏法は、七科三十七道品しかありません。しかし、この七科三十七道品は出家者用のプロ用の修行法であり、大乗仏教が言うように、厳しく、難解であることは、事実です。

しかし、お釈迦様は、この成仏法 七科三十七道品へ至るまでの、その橋渡しとなる修行法も、きちんと用意してくださっていたのです。その修行法の一つが、「安那般那念法」(あんなぱんなねんほう)と呼ばれる呼吸法、瞑想法です。この瞑想法は、七科三十七道品の中の瞑想法の一つと考えてよいと思います。

お釈迦様が、「最高の呼吸法・瞑想法」と呼ばれるものです。

この法は、空海弘法大師様が、伝えて下さった、人を天才にする秘法といわれる、密教の「求聞持聡明法」(ぐもんじそうめいほう)とも密接に関係しています。

この法の習得が、成仏法 七科三十七道品への足がかりとなります。安那般那念法とは、「雑阿含経 安那般那念経」に書かれている、初歩から最高奥儀に至るまでの呼吸法・瞑想法のことです。10数種類の呼吸法・瞑想法が説かれています。

さらに、「雑阿含経 止息経」には、「勝止息、奇特止息、上止息、無上止息」の4つの呼吸法が説かれており、「この4つの呼吸法は、すべての呼吸法において、これ以上のものはない最上の呼吸法である。」とお説きになられています。この4つの呼吸法は、安那般那念法の最上のものということです。お釈迦様が、「最上の呼吸法・瞑想法」であるとおっしゃられているのですから、当然のことながら、この呼吸法・瞑想法をマスターしなければ成仏はできないということです。

大乗仏教は、この点も、全く理解していません。単なる呼吸法とは、わけが違うのです。仏教の実践的な修行は、この安那般那念法から始まるといっても過言ではないのだそうです。「息」とは、「生き」なのです。詳しくは、阿含宗管長 故 桐山靖雄大僧正猊下 ご著書「仏陀の法」をご覧ください。実践法は、「求聞持聡明法秘伝」に書かれています。

安那般那念法は、密教の求聞持聡明法、ヨーガのチャクラ覚醒法、道教の導引気功法、そして、神道の呼吸法とも密接に関係しています。また、ノストラダムスは、これらの法が、人類を救う法だと言うことを予言しています。そのこともこの「仏陀の法」に書かれています。
http://www.agon.org/books/books_list_04.php

大乗仏教は、釈尊直説の唯一の経典 阿含経を小乗仏教とけなし、以上のことを隠ぺい、黙殺し、まるで理解していません。これでは、絶対に成仏はできないのです。ノストラダムス氏が言われる通り、これらの法が、人類を救うのです。お釈迦様は、そのために、修行法、成仏法を残して下さったのですから。不老長寿、超人類社会への道は、ここに開かれているのです。すべての実践的な修行は、安那般那念法、求聞持聡明法の習得から始まるのです。

正法を知っていただくため、参考になれば幸いです。
合掌

追記

大乗仏教の特に、法華経系の宗派に、時代によって修行法、成仏法が変化するというような教えを解く教団があります。本尊や、時代(正、像、末の三時)などの違いによって、成仏法が変化するというのです。

しかし、これも全くのでっちあげです。真理は、いつの世も一つであって、その真理を体得するための方法、成仏法も、絶対に変化するはずがないのです。大乗仏教は、いろいろな簡略化した成仏法を作り出しましたが、全て偽作です。

その根拠を示します。釈尊直説の経典は、阿含経しか存在しませんが、阿含経には、上記のとおり、釈尊直説の唯一の成仏法、「七科三十七道品」が書かれています。 さらに、阿含経には、いつの世でも、どんな如来でも、如来は弟子たちを、「七科三十七道品」によって、修行させ、成仏させると書かれた経典が存在するのです。

「雑阿含経 石柱経」 です。

「過去にあらわれた仏も、未来にあらわれる仏も、また、いま現在あらわれている仏も、仏はすべて、五つの煩悩の心を断滅して涅槃を得、仏になったのであり、 仏は真実の智慧をみがく能力弱くして、自ら涅槃を得ることができないものたちをして、七科三十七道品の修行をさせて、阿耨多羅三藐三菩提を得さしめ、それによって成仏させるのである。」

したがって、過去仏も、未来仏も、現在仏も、すべての仏は、「七科三十七道品」を修行して成仏し、また、弟子たちを修行させ、成仏させるのです。本尊や、正、像、末の三時の違いなどによって、成仏法は変化しないのです。正法は、一つしかないのです。

また、次のような阿含経もあります。

「中阿含経・七宝経」 です。

『よく憶えておきなさい。転輪王がこの世に出現するときは、まず七宝がこの世に出現するのである。
七宝とはなにか? それは輪宝・象宝・馬宝・珠宝・女宝・居士宝・主兵臣宝の七つである。
転輪王がこの世に出現するときには、まずこの七宝が出現するのである。

同様に、如来・無所著・等正覚がこの世に出現するときには、 七覚支(法という)宝が、まずこの世に出現するのである。 なにをもって七覚支法とするのか? 念覚支(という)法をはじめとして、択法覚支・精進覚支・喜覚支・息覚支・定覚支・捨覚支(という)宝の七つが七覚支法である。
如来・無所著・等正覚がこの世に出現するときは、この七覚支法がこの世に出現するのである。』

七覚支法とは、七科三十七道品の中の一科目です。如来が出現するときは、必ずあらわれるとされているのです。

準提観世音菩薩

準提観世音菩薩の百字真言】

以下に因縁因果を超脱する力を引き出す観音菩薩の真言(マントラ)をしるす。

できれば準提観音のご尊像をもとめ、開眼して、その仏像を対象に百字の秘呪を念唱するのがよい。

昨日、納め観音のご縁日に、この秘呪を伝授資料の中から再発見した。
(※観音様の縁日は毎月18日であり、12月18日は一年の最後の縁日なので「納め観音」という)

12月18日は、特にこの佛尊の縁日(記念日)であると感得したので、本日は特別に、大々呪の秘伝を記す。


中国密教に伝わる秘伝の絵図

『ナモ・ブッダヤ ナモ・ダルマヤ ナモー・サンガヤー
ナモ・サルバ・ブッダ・ボディサトバヤ ナモ・ラトナ・トラヤーヤ
ナマー・アーリャー・マハー・チュンデイ
ナモ・サプタナム・サンミャクサンブダ・コチナム・タドゥヤター
・オン・チャレ・チュレ・チュンデ・スバーハー
マナー・ビドヤー・アプラチハタ・サーサナー マハーベラ・パラークラミ
アシムサラブラ・シバサ グリヒターサテ・マハークル ダクル・ティスバリ・バクラ・ルビニ
アナンダムケ サハスラ・ブジャ・アジアテ・パラージャテ
アモガ・ナクスメ・サハスラ・アクシ サルバ・タターガタ アディスタナ・アディシチェ
サルバ・バターナーム マンディチャプジテ・プラサーディチェ バジュラ・グニ バジュリ・バジュラバチュ バジュラ・ユデ バジュラ・ゴメデ バジュロ・タメ・リタス
アクシ・サビ・アグリ・グラルビニ・ビクルタ・ダルサン
バジュラ・バイチュラ・ラムクリタサッリ
オン・バガバテ・チュンデ・ドゥ・ドゥ ムル・ムル・ル・ル・スル・スル・ドゥル・ドゥル
グルナ・グラーナ・アービィシャーヤ・アービィシャーヤ グルナバヤ・グルナバヤ
ハラハラ・サラサラ バラーヤ・バラーヤ パンジャ・パンジャ バラーヤ・バラーヤ
パチャ・パチャ ナハナハ・グルナグルナ イダム・ドゥスタ・タグラ・ハム・ジュバラム
エカーヒカム ドバイヒカム トライティヤヒカム・チャートゥルタカム
サプターヒカム・ニディヤ・ジュバラム ムホリティカム グラハー・ブタベターナム
ヤクサ・ラークササ クムバンダナム アーユジジャン・ガリバジャン
サットバラム・ナガマム アーユマムヒ・サムディケチ ドゥスター・ダムサルバム
サーダーヤ・サーダーヤ スサヤ・スサヤ ダバヤ・ダバヤ サラサラ・マラマラ
フン・フン・フン チュル・チュル ドゥル・ドゥル ドゥム・ドゥム・ドゥム
オン・チャレ・チュレ・チュンデ サルバ・サーダーヤ・スバーハー オン・スバーハー
チャレ・チュレ・スバーハー チュンデ・マ・マ サンティム・クル・スバーハー
サルベサム・サーダーヤ・スバーハー』

この佛尊(準提観世音菩薩)は、在家・出家を問わずに因縁因果・悪業から超脱する功徳を与えるものである。
※当然「債主」から逃れるための功徳を与えてくださるのである。

法には、小呪・中呪・大呪とあるが、この百字真言が最奥義の大々呪のご真言である。

「観音経」でいう観音菩薩は、この佛尊であるとも言われており、同経典には「大清浄の願を発せり」とある。準提は梵語の「チュンディ」を音写したもので、「清浄」という意味がある。故に本質は同体の観音菩薩と考えるのである。

「水」に関係しているところから、「清浄」を司り、眷属には二体の竜王が仕える。水であるから安産の佛尊であり、水を以って悪業・悪因縁をすべからく浄めるとされている。

詳しく言うと、チベット密教、中国密教、真言宗醍醐派、天台密教に、この佛尊の法は伝承されている。しかし、日本には、大々呪(最奥真言)の伝承はない。

有名なところでは、高名な密教の師匠・アバヤカラブクタの「五十尊法」の一つとして伝承されている。ゾクチェンなど教えに連なるものでこの尊に関連したものはない。

まあ、とにかくこの呪を大切にして、蘊奥を究めていただきたいと思う。

川島金山 謹んでしるす

七覚支法(しちかくしほう)

七覚支法(しちかくしほう)
択法覚支(ちゃくほうかくし)・精進覚支(しょうじんかくし)・喜覚支(きかくし)・軽安覚支(きょうあんかくし)・捨覚支(しゃかくし)・定覚支(じょうかくし)・念覚支(ねんかくし)の七つをいう。ニルヴァーナへみちびく七つの修行。

 

七覚支(しちかくし、satta bojjhaṅgāサッタ・ボッジャンガー)とは、仏教における修行内容の1つ。悟りの7つの支分をなす項目。「七等覚支」(しちとうがくし)[1]、「七菩提分」(しちぼだいぶん)[2]とも。「三十七道品」の中の1つ。

七覚支の内容は以下の通り[3]

  1. 念覚支(sati-sambojjhaṅga) – 気づき(サティ)。心で今の瞬間の現象を自覚すること
  2. 択法ちゃくほう覚支(dhamma-vicaya–sambojjhaṅga) – 法の中から真実のものを選ぶ
  3. 精進しょうじん覚支(viriya-sambojjhaṅga) – 努力
  4. 喜覚支(pīti-sambojjhaṅga) – 喜びに住する
  5. 軽安きょうあん覚支(passaddhi-sambojjhaṅga) – 心身に軽やかさ・快適さを感じる
  6. 定覚支(samādhi-sambojjhaṅga) – 心が集中して乱れない
  7. 捨覚支(upekkhā-sambojjhaṅga) – 。対象に囚われない

 

瞑想法の驚異的効果  The amazing effect of meditation

瞑想法の驚異的効果

 この瞑想法の効果は、まさに「魔法」的であるといってよい。
では、その効果はどこからくるのであろうか。端的にいうと、つぎの通りである。
それは、自律神経の中枢である太陽神経叢への横隔膜による刺激と、マニプーラーチャクラヘの刺激によるホルモン湧出からくるのである。
その効果をあげてみよう。
1、体の新陳代謝を盛んにする。
肺の機能が高まり、これまでの何倍も大量の酸素を血液の中に吹きこみ、体
じゅうに送りこむ。

2、筋肉の発達をうながす。
新陳代謝が盛んになれば、体じゅうの組織が強化されるのは当然であり、筋肉が発達する。ことに、内臓の筋肉が強化される。

3、神経のはたらきが安定する。
それは、自律神経を安定させるからである。
自律神経(植物性神経)とは、すべての内臓、腺、血管等、人間の意志と無
関係に反応する器官を支配する不随意神経で、これらの器官のいろいろな機能
を自動的に調節している。それで、自律神経とよばれるのである。
自律神経は二つの特徴を持っている。それは、
一、意志をともなわず、自動的にはたらくこと。
二、この神経は、かならず交感神経と副交感神経の二つかできていて、その支配をうけること。

 

The amazing effect of meditation

効果 The effect of this meditation method can be said to be truly “magical”.
So where does that effect come from? In short, it is as follows.
It is derived from the stimulation of the solar plexus, the center of the autonomic nervous system, by the diaphragm and the hormonal expulsion by the stimulation of the manipula chakrahe.
Let’s get that effect.
1. Promote the body’s metabolism.
The function of the lungs is enhanced, and oxygen is blown into the blood many times more than before,
Send all over.

2. Encourage muscle development.
When metabolism becomes active, it is natural that the tissues throughout the body are strengthened and muscles develop. In particular, the muscles of the internal organs are strengthened.

3. The function of the nerve is stabilized.
This is because the autonomic nerve is stabilized.
Autonomic nervous system (vegetable nervous system) refers to all internal organs, glands, blood vessels, etc.
The involuntary nerves that govern the organs that respond to relationships, and the various functions of these organs
Is automatically adjusted. That is why it is called the autonomic nervous system.
The autonomic nervous system has two features. that is,
First, work automatically without will.
Second, there are always two types of nerves, the sympathetic nerve and the parasympathetic nerve.
Under the control of