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聖徳太子の活躍

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聖徳太子の活躍推古天皇の皇太子となった聖徳太子は、国の政治に仏教の教えをとり入れました。太子は2歳の時にすでに「南無仏」と唱えたとされ、奈良県内には「聖徳太子2歳立像」のある寺がいくつかあります。また、太子は仏教を研究するため世俗と離れた斑鳩の宮に住まわれ、そこから飛鳥まで斜めに直線で結ぶ「太子道(たいしみち)」という当時のハイウェイを愛馬黒駒にまたがり日々通勤したといわれています。その太子は、我が国初の仏教注釈書を三冊書き上げたともいわれています(「三経義疏」)。太子の教えは、「世間は仮であり、ただ仏のみが真である」「諸悪をなさず、諸善を行え」といった、分かりやすい言葉で人々に伝えることに主眼があったようです。この考え方は、仏教の普及に大きな影響を与え、基本的には今日まで受け継がれています。

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