- 6世紀の中頃(538年とする説が有力です)、欽明天皇の時に、百済の聖明王が仏像と経典を遣わしました。いわゆる仏教伝来です。受け取った仏像を見て、欽明天皇は「仏の顔キラギラし」と金メッキの仏像に大いに感嘆したとのことです。しかし、国家として、従来の土着の古神道に対し、「今来の神」としての仏教を受容するには紆余曲折がありました。やがて、国を二つに割るほどの争いとなり、排仏をとなえた物部氏を蘇我氏が破ることで仏教を公式にまつることに決定したのです。それによって、飛鳥地方には、飛鳥寺、橘寺、川原寺などが次々と建てられていきました。
