「駄都法」「如意宝珠法」
密教最極最奥の秘法
さて、わたくしは、さきの章で、密教が、盛大な仏舎利信仰をマンダラにとり入れ
たとのべたが、密教が仏舎利信仰をとり入れたのは、マンダラだけではなかったので
ある。
密教にとってもっとも重要な修法の上にもとり入れたのである。
「駄都法」「如意宝珠法」と名づける、密教において最極最奥とされる深秘の法がそ
れである。
つまり、インドの仏教徒たちが得た霊験功徳を、修法としてとり入れたわけだ。そ
れはかたちを変えた仏舎利信仰にほかならないわけで、密教は、こういうかたちで、
インドにおける仏教信仰の本流をとり入れたということである。
「如意宝珠法」についてすこしのべると、「如意宝珠法」とは、如意宝珠を本尊とし
て修する法である。
それでは、如意宝珠とはいったいなにかというと、それは仏舎利のことで、『密教
大辞典』(法蔵館)に、こうしるされている。
如意宝珠
梵に真陀摩尼という。真陀は思惟、摩尼は宝珠なり。宝珠より種々の物を出す
こと意の如くなるをもって名づく。
略して如意珠・宝珠摩尼・摩尼珠といい、能作性珠とも名づく。古米、竜王あ
るいは摩鶏魚の脳中等より出づといい或いは仏舎利変じて宝珠となるという。(中
略)また、弘法大師空海の。御遺告”に、如意宝珠の製造法が記されており、それによ
ると、仏舎利三十二粒を、純金と数種の香木をもって練って玉とするとあり。のち、
範俊、勝賢の二僧正もこれを製作し、実賢僧正の、『秘紗問答』十八に「日本国宝珠製
造人、大師、範俊、勝賢僧正、以上の三人也Lとあるが、その勝賢僧正の秘記による
と、じつは仏舎利を相承の口伝に依って厳封し、これを如意宝珠と観ずるのであって
練玉を造るのではない、とある。
つまり、要するに仏舎利そのものをもって、如意宝珠とするわけである。
この如意宝珠、すなわち仏舎利をもって本尊とし、法を修するのが、「如意宝珠法」
であるが、おなじく『密教大辞典』にこうある。
