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孫正義が投資するブッ飛んだAI企業4社 4年で2,000%成長、毎分43,000回価格変更…

孫正義が投資するブッ飛んだAI企業4社 4年で2,000%成長、毎分43,000回価格変更…

Softbank World 2019に登壇したソフトバンクグループ 代表取締役会長兼社長の孫正義氏は「これから起こるAI革命では起業家が推進のエンジンになる」と話し、ソフトバンク・ビジョン・ファンドの投資対象であるスタートアップ4社のCEOを紹介した。いずれもAIで業界に破壊的な革新を起こしており、通常では考えられないような実績を叩き出している企業だ。

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世界でも有数のAI企業4社が、それぞれの“武器”について語った

6年弱で世界2位、価格変更は毎分43,000回

孫社長の紹介を受け、まずはOYO Hotels&Homesの創業者でありCEOのRitesh Agarwal氏が壇上に立った。

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OYO Hotels&Homes
CEO
Ritesh Agarwal氏

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OYOはホテル・住宅事業を営んでいるインドの企業だ。創業してわずか6年弱で、世界一のホテル企業になろうとしている。同社のミッションは「快適な居住空間の創造」。快適な空間を創造し提供することで、上流層だけでなく中間層を含む32億人以上の人々が人生の一日一日、豊かな暮らしを生きることを目指している。

世界のホテルの97%以上は客室数が150室未満。しかし大手ホテルチェーンは150室以上の物件しか扱うことはない。「だからといってこのような小さなホテルが大手と競合できないわけではない」とRitesh氏は語る。そこで同氏は小さな稼働していない建物に着目し、競争力を高めることに取り組むことから始めた。現在、OYOはヨーロッパからアジア、アメリカに至る80カ国において110万室以上の客室と契約。85万以上のホテルと民泊を80カ国で展開している。

「ほかのホテルは30~100年の歴史がある。なぜOYOが創業6年という短い時間で、世界第2位のホテルブランドへ成長したのか。その秘訣(ひけつ)を紹介したい」とRitesh氏。

第一が既存のホテルブランドより早い意思決定が行えることだ。既存のホテルチェーンは物件の決定に関する意思決定をするのに6カ月~12カ月程度かける。対してOYOは数億というデータポイントで分析、リアルタイムで予測し、遅くとも5日間以内に契約を行使するという。

「これはほかのホテルチェーンより36倍速い。これにより毎月9万以上の客室をオープンしている」(Ritesh氏)

経営の効率アップだけではない。

「OYOは先進的なデータサイエンティストを使って、どのようなインテリアデザインにすると稼働率がアップするかを計算させている」(Ritesh氏)

最適な家具を選択することで客室の稼働率が3倍になった例もある。たとえば米テキサス州ダラスにあるOYOホテルダラスホテルでは、照明を明るくし、清掃をよりよくしたことで、最初18%だった稼働率を数週間で90%まで上げ、以後も約90%を維持しているという。これと似た取り組みを、同社が購入した100万ものホテルで実施したという。

さらに同社はオペレーションの改善にも取り組んだという。スタッフに客室清掃管理アプリを提供し、よりスマートに清掃すれば給与が上がるという仕組みを作った。これにより以前はスタッフ1人当たりの清掃客室数が4部屋だったのが、現在は2.5倍の10部屋になった。「同時に、客室清掃員の所得も2.5倍になった」とRitesh氏は説明する。

また機械学習に基づくアルゴリズムで1日当たり5000万件の価格調整を実施。

「1秒当たり730回の最適化をすることで、60秒当たり4万3000回価格が変更。常に最善の価格を提供できるようにしている」(Ritesh氏)

OYOはAIを動的な価格設定、収益予測、ホテルデザイン、供給目標に活用したことで、今のような成長を手に入れたというわけだ。だがOYOが目指すのは、世界最大のホテルチェーンである。

「テクノロジーを駆使し、より豊かな居住空間を求める32億を超える世界中のミドルクラスの人々の暮らしに変革をもたらすこと。ぜひ、みなさんもサポートしてほしい」(Ritesh氏)

配車・食品配送・支払いの3分野で東南アジアNo.1

次に紹介されたのが、GrabグループのCEO&共同創設者のAnthony Tan氏。

GrabはUber同様のサービスを東南アジア8カ国、336都市で展開。同サービスのアプリは1億5500万回以上ダウンロードされ、2012年以降30億回以上利用されている。「私たちのブランドは東南アジアで最もポピュラーになっている」とTan氏が語るように、東南アジアで配車、フードデリバリー、ペイメントの3分野でNo.1の位置を占めている。

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Grabグループ
CEO
Anthony Tan氏

成果の背景にあるのが、データとAIである。4ペタバイトのデータを保有しており、かつ毎日40テラバイトのデータを生成している。どこで需要が高くなるのかなどをAIで予測し、価格も設定する。

Grabは、東南アジアで起こっているいくつかの課題をAIで解決するためサービスを展開している。

第一の問題は渋滞の克服だ。Grabは一番いい経路のレコメンドをする。さらにGrabで手配したタクシーの位置はリアルタイムで地図に表示される。同社の車だけではなくほかの車、信号と通信できれば、渋滞を克服することができるかもしれない。また1台の車で4~5人を運ぶようにするのも渋滞の排除の有効な手段となる。「インドネシアだけでも400億ドルの問題の克服になる」とTan氏は力強く語る。

第二が食品廃棄物の削減だ。同社のAIは食の好みや場所に応じて最適な食事を提案するため、結果的に食事の廃棄を削減できる。

第三が貧困層の金融取引である。「Grabではドライバーにスコアを付けている」(Tan氏)ため、その信用スコアを使えば貧困層であってもローンを利用できる。家を購入し、子どもたちに十分な教育を受けさせられるようになったドライバーもいるという。「東南アジアをより素晴らしい場所にしていきたい」とTan氏は最後に述べた

 

宗教とは一体なんであろうか? What is religion?

 

宗教とは一体なんであろうか?

 私は、この本を手にした貴方に、先ず第一にそういう質問をしてみたいと考えるのです。

 貴方がすでに或る一つの宗教に入っておられようとも、或いはまたなんの宗教も持たず

におられようとも、或いはまた宗教というものの存在を否定されておられようとも、私は、

兎に角、

 「貴方は、一体、宗教とはどういうものだと考えていますか?」

 という質問をして、貴方が、宗教というものをどのように考えておられるか、そのお考

えを聞いてみたいと思うのです。すべてはそれからだと思うのです。

 何故ならば、宗教というものは、一口に宗教という言葉で云い表わされてはおるものの、

云う人に依って実に様々な解釈や考え方をされておるのです。それは、決して、宗教を持

 

つている人、持だない人、或いは宗教を否定しようとする人、というように、それぞれの

立場の相違から考え方が違うというのではなく、同じように宗教を持っておりながら、或

いは、同じように宗教を持かないでおりながら、それぞれ宗教というものに対する考え方

が違っておる場合が非常に多いのです。ですから、いま、私の話を聞いて頂くに当って、

先ず最初に、その点をはっきりしておかねばならぬと考えるのです。

 世の中には、往々にして、宗教というものは、死んだ人を祀ったり拝んだりするもので

あると考えたり、或いは、科学的に存在を証明することが出来ない神さまというものをか

つぎ出してきてアテにならない御利益を祈ったりする非合理的な、いわば迷信に凝ること

であると考えたり、或いはまた、-宗教とは精神修養の一種であって、どんな苦しい生活の

中でも、精神的な安楽や慰め、自己満足を見出すことであるというように考えている人が

非常に多いのであ・ります。

 もしも、貴方が、宗教をそのように考えておられるとしたら、それは間違いであります

から、訂正して頂かねばなりません。

 宗教というものは、我々生きている人間がどのようにしたら幸福に生きて行かれるかと

いうことを目標に、人間の持つあらゆる条件と本質を探究し、解明して、その方法を把握

し、確立したものであります。決して、死人を祀ったり拝んだりするためのものではなく、

また、迷信的な神さまや仏さまに、つじつまの合わない金儲けや病気治し等の御利益をね

だったりするものでもなく、まして、いくら病気が苦しくても、いくら生活が苦しくても、

苦しいと思わずに楽だと思えば楽に思えて幸福になるなどと教える自己満足的な精神療法

の手段でもありません。そういうものは、すべて「宗教らしいもの」ではありますけれど

も、本当の宗教ではないのです。

 本当の宗教とは、現実的に、生きている我々に、幸福に生きるための方法と条件とを示

すものでなければなりません。それが本当の宗教というものであることを先ず知って頂き

たいと思うのです。

 そうして、もしも貴方が一つの宗教に入っておられるのであったら、貴方のその宗教が

この基準にあてぱまるものであるかどうかを考えて頂きたい。

 また、もし、貴方がまだ宗教というものに入ったことがなく、宗教というものに触れた

り、宗教というものを考えてみたことがなかったとしたら、これを機会に、宗教というも

のをひとつじっくり考えてみて頂きたい。

 また、もし、貴方が、宗教を否定する考えを持っておられるのであったら、貴方は実際

に自分の頭でもって宗教というものを考えてみたり、宗教というものを深く研究してみた

上で、そうして宗教というものは人生に不要のものであると考えたり、そういうものはな

いと否定したりしているのであるかどうか、もう一度考えてみて頂きたい。人が、或いは

或る本が、宗教ぱ迷信であると云うから、ろくに考えてもみずにただもうその意見をウ呑

みにしていたり、宗教を肯定することは何か時代おくれの古い考えであるように考えて、

兎に角一口に否定しさえすれば新しい近代的教養を待った人間のように見えるから、とい

うような浅薄な考え方から否定の態度をとっているのではないか、もう一度考えてみて頂

きたい。

 そう、私は云いたいのです。

 すべて、生命あるものには、常に自己を「より良い状態」に置こうとする現象が見られ

ます。

 これは、生命の本質であって、むしろ、「常に自己をより良い状態に置こうとする働き」

そのものを、「生命」と呼ぶと云った方が適当かも知れません。が、兎に角、この働きは、

生命あるものすべてに見られる現象で、人間のみならず、理性の存在が認められない鳥や

けもの、昆虫の類に至るまで持っております。生命にこの働きがある故に、生命に持続と

進化の現象が見られるのであって、つまり、この能力を最高度に発揮した生命体が、その

種族に於ける最優秀者となって繁栄すると云えるわけであります。

 生物界に於て、人間が霊長類という最優秀者として君臨するようになったのも、他の生

物がただ本能的にのみしかこの能力を発揮することが出来なかったのに反して、人間ぱ、

その持つ知性と霊性によってこの能力を認識し、発展せしめて行ったからに外ありません。

人間は、この生命現象が一つの法則によって成り立ち、一つの法則によって動いていると

いうことを発見しました。そうして、その法則の適用如何によって、人間の生命体は、或

いは「良い幸いなる状態」を示し、或いは「不幸なる悪い状態」を呈することを知ったの

です。

 この「生命現象の法則」を知ることが、宗教というものの眼目であり、この「生命現象

の法則」を生命の現象である我々の実生活上に適用してゆくのが「信仰」というものの実

体なのであります。

 哲学者エマースンは、人間の大多数は殆ど生存しているのに過ぎない、われわれは

生活をする人間とならねばならぬという意味のことを申しましたが、まことに我々ぱふり

返って反省してみますと、ただ単なる生命現象として生存しておるのに過ぎないような生

き方をしやすいのであります。

 人間はなんのために生きているのか、生命とは何か、そういう人生の根本も知らずして、

ただその日その日を行きあたりばったりに生き存えているI―‐-。しかもそれは明日の知れ

ない、一寸先がどうなるかも分らぬ不安の生活であるI‐‐。これでは、どこに人間の価値

があるか、どこに人間の尊厳があるかと云いたくなりますね、ただ生きているというだけ

なら、犬だって猫だって生きておりますよ。

 自己の生命を認識するI。人生に目覚めると云ってもいいでしょう。

 それが宗教の眼目なのです。

 宗教とか信仰というものが、決して現実逃避の気休め的のものではなく、また、現実を

離れて霊魂とか死人の世界をほうこうして歩くものでもなく、我々が幸福に生きて行こう

と望むかぎり、我々が自己の生命に忠実に真剣に生きようと考えるかぎり、必ず叩かねば

ならぬ門であるということを先ず念頭に入れて頂きたいと思うのです。

 すべては先ずそれからでありましょう。                ‥

桐山靖雄記す

 

 

What is religion?
I would like to ask such a question to you who have this book in the first place.
Even if you are already in one religion or have no religion
Regardless of whether or not you are denied the existence of religion,
Horns,
“What do you think is religion?”
And how you think about religion
I want to hear you. I think everything is from it.
(Because religion is simply expressed in terms of religion,
There are so many different interpretations and ways of thinking depending on who you say. It never has religion

Each person who is obsessed, who does not have, or who wants to deny religion
It ’s not that the way of thinking is different because of the difference in position,
In the same way, we have no religion in the same way, but we have different ways of thinking about religion
There are very many cases where are different. So now, when you listen to me,
First of all, I think it must be clear.
In the world, religion is often something that scolds or worships a dead person.
Do you think that there is a god who can not prove its existence scientifically?
Unreasonable, so-called superstition that prays for profits that do not become categorized
Or religion is a kind of spiritual training,
Some people think that it is to find mental comfort, comfort, and self-satisfaction.
There are so many.
If you think of religion that way, that is wrong.
You must correct it.
Religion is how we live to live happily
With this goal, we will explore and elucidate all the conditions and essences of humans and understand how
And established. It is not intended to scold or worship the dead,
In addition, the superstitious gods and Buddhas will benefit from making unreasonable money and illnesses.
No matter how much you suffer from illness or how hard you live,
Self-satisfying psychotherapy that teaches you to feel comfortable and happy if you feel comfortable without feeling painful
It is not a means of Such things are all “religious” but
But it is not a real religion.
”Real religion is a realistic way to show us how and conditions to live happily.
It must be First let us know that it is a true religion
I want to.
So, if you are in a religion, your religion
I would like you to consider whether it fits this standard.
Also, if you have not yet entered religion, you have touched religion
If you have never thought of religion, take this opportunity as religion.
I would like you to think about it carefully.
Also, if you have the idea of ​​denying religion, you are actually
I thought about religion with my head, and I studied deeply about religion
Above, so I think that religion is unnecessary for life,
I want you to think once again whether or not you deny. Person or
A book is said to be a religious belief, so if you think about it, just think about it.
Thinking about being affirmed or affirming religion is like an old idea
If you just deny it in a corner, it looks like a human being waiting for a new modern culture.
Please think again whether you are taking a negative attitude from such a shallow idea
I want to come.
Yes, I want to say.
Everything that has life always shows a phenomenon of trying to put itself in a “better state”
The
This is the essence of life. Rather, it is “a work that always puts the self in a better state.”
It may be more appropriate to call it “life”. But horns, this work is
It is a phenomenon seen in everything that has life, not only human beings, but birds that have no reason
We have everything from beasts and insects. Because life has this function, life
The phenomenon of evolution is seen, that is, the life form that demonstrates this ability to the maximum
It can be said that it will thrive as the best in the race.
In the biological world, human beings have reigned as the best of primates.
Contrary to the fact that things were only able to exercise this ability, human beings,
It is no surprise that this ability was recognized and developed by its intelligence and spirituality.
Humans think that this life phenomenon is made up of one law and moves by one law.
I discovered that. Thus, depending on the application of the law, human life forms
I know that it shows a “good fortune” or “an unfortunate bad condition”
is.
It is the eye of religion to know this “law of life phenomenon”.
Applying “the law of life” to our real life, which is a phenomenon of life,
It is a body.
The philosopher Emerson is that most of the humans are just alive, we are
I told you that you have to be a living person, but we really
When I return and reflect on it, a life that just lives as a mere life phenomenon
It is easy to learn.
】 Without knowing what human beings live for, what life is, and the root of such life,
However, I survived that day. And tomorrow
I– is a life of anxiety that doesn’t know what will happen. This is where human value
I want to say that there is a human dignity, just to be alive
Then, even dogs and cats are alive.
I recognize my life. You can say that you wake up to life.
That is the eye of religion.
“Religion and beliefs are by no means a soothing escape of reality,
Let’s go happily, not walk away the soul or the dead world
As long as we want to live faithfully and faithfully in our own life,
I would like you to keep in mind that it is a strange gate.
All will be first. S …
Kiriyama

破産した神さま Bankrupt god

 

破産した神さま

 

 

密教・超能力の秘密

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 われわれをとりまく環境汚染の問題をひとっひとつ取り上げていったら、それこそキリのない

ことになる。おそらくはこの本の何倍ものページが必要とされるだろう。

 とにかく、文明国では、およそ二五万種以上の物質が、廃棄物、汚水、ガスとして吐き出され

ているものと推定されているのだ。そうして、はっきりした事実をそのままいうならば、それら

が生態圏に及ぼす影響をテストされたのはどれひとつとしてないのである!

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一怖るべ環境破壊の元凶

 その上に、ごく最近、おそらくはメーンイペンターとして新しく登場したものに放射性物質の

汚染がある。

 しかし、もう、こへんでやめておこう。

 こうして筆にしているだけで、私自身、心の底からかえずえとしたものを感じて、健康で暮ら

しているのがむしろ不思議なくらいに思えてくるのだ。すこし神経質な読者だったら、しばらく

の間、不眠症になること請け合いであろう。そして、もしもあなたがそのひとりであったとした

ら、私は心の底からあなたの心の安息を破ったことについてお詫びしよう。

 だがI、だが、である。私はこういう外面的な環境汚染よりも、むしろ、内面的な、いうな

れば精神的環境汚染のほうに、より以上の恐怖と憂慮をおぼえざるを得ないのだ。なぜならば、

それは、人間を内部から崩壊させてゆくものだからである。いうなら、人間を、人間でない生物

に変えてしまうものだからである。

 たしかに、外面的な環境汚染はおそろしいものだ。しかしながら、それは、なるほど、人間の

健康をそこね、健全な組織に病変を起こさせ、ひいては人類の滅亡にまで及ぶ恐れのあるもので

はあるけれども、人間であることを変えはしない。人間は人間である。どんな病変を起こして死

にかかっても人間は人間だ。

 しかし、内部崩壊をおこした人間は、彼がいくら健康で、強力な肉体を持っていても、人間で

 ここで、「未来の未来」を書いたジョンーマックヘールの言葉を聞こう。

 『多くの解説者は、都市の過密化、および無制限な技術の複雑さへの成長という社会的な病理

が、現在の精神病、離婚、家族の分裂の上昇曲線で示されているという。殺人、強盗、婦女暴

行、青少年の非行、および一般犯罪の増加は、公衆道徳の低下、暴力、さらに、マスーメディア

にはんらんするエロに相応している。

 地球でもっとも物質的に繁栄している国は、連続的な要人の暗殺にとりっかれ、その主要都市

では、放火、略奪、暴動の波に悩まされている。同時に、この国は、世界の向こう側の敵を、人

間が考えだした人間破壊のもっとも高性能の手段で撃破ナるために、何十億ものドルを費してい

る。

 そして、成人世界における暴力、汚職、社会的堕落によって、若ものたちは、社会の基本的規

範や公認された目標からますます離れていっている。″ストレス症候群″は、このような集団や

個人の分裂という状態にまで達しているようである』

 

 たしかに、彼は、現代社会の病的な症状を適確にえぐり出している。

 しかし、私は、その原因を、彼のいうような「都市の過密化、および無制限な技術の複雑さへ

の成長という社会的な病理による」ものとは思わない。また、単なる″ストレス症候群″による

ものとも考えない。もちろん、私だって、あの有名な。病理的な群集心理″と名づけられたジョ

ン・B・カルフーンのハツカネズミとネズミの実験結果を知らないことはない。けれども、私

は、そういうものももちろん要囚のひとつにかぞえられないこともないであろうが、そのもっと

も主たる原因は、ルネーデュボスがいうように、「科学知識は過去において人間がよって立ってい

た伝統的価値を弱め、。崩壊させてしまったのにもかかわらず、その代わりとなる新しい倫理体系

を提供せず、人間に生きる糧をあたえたが、生きる目的をあたえなかった」ところにあるのだ、

と確信ナる。そこから、人と人との連帯感が急速に失われ、不信と疎外がはじまり、そして断絶

がくるという現象が生ずるのだ。

 倫理体系を失って、生きる意義や目的をはっきり示すことができなくなった社会は、当然、混

乱し、社会の混乱には個人の混乱が結びっく。

 努力がはっきり結果に結びつかないような世界-あるいは、結果は単に偶然なものでしかな

いといった世界IIいうならば、生きる目的と意義を見出すことのできない世界では、人間は、

努力する情熱を失ってしまう。実験でいろいろな混乱した合図をあたえられたネズミのように、・

人びとは神経症にかかり、ついにはひどい不活発状態におちいるようになる。

 こんにち、社会にはナでにこのような個人的ニヒリズムの兆候がいちじるしく見られる。それ

は冷笑主義、物質主義、少ない利益でもよいから早く手に入れることを好む風潮などにあらわれ

ている。それはおそらく多くの若い世代-いわゆるビート族、ヒッピー族、フラワー族、ドラ

ッグ族、その他--‐の社会基準への抗議とそれからの離反の背景をなナものであろう。これこそ

が「断絶の時代」と呼ばれているものである。

 すでに数年前、私は「断絶の時代」のつぎにくるのは「憎悪の時代」であるといった。(大白身

第五号)憎悪のっぎになにが来るか? 来るのは「人間崩壊」であろう。無感動状態にはじまる

人間の崩壊だ。そしてすでにそれがはじまっているのを、われわれは、世界の若ものたちの上に

まざまざと見ることができる。’

 私は思う。

 これは要するに、機械系の発する巨大なエネルギーが、人間系のエネルギーを、ようしやなく

おしつぶしてゆく必然の姿なのだ、と。つまり、あたらしいかたちの自然陶汰がはじまっている

のだ。かくしてホモーサピエンスは崩壊し消滅する。かつてこの地上にさかえ、そしてどこかに

消えていったピテカントロプスやネアンデルタール人たちのようにI。そのあとにどのような

ヒトが出現するのか? あるいはもはやヒト属は絶えてしまうのか。あなたはどう思うか?

科学からの弁明と対策

 ここで、ひとつ、科学から、その弁明と対策を聞いてみよう。

 有名な科学者と技術者が、抑制のきかなくなった科学と技術の危険性に、恐れと憂慮を表明す

るのは、今ではもはや全くありふれたことになっている。科学と技術がもたらす破滅をいかに回

避すべきかについて、彼らは今や必死である。

 では、

 科学者、技術者にいったいどのような救済策があるであろうか?

 「理性は目覚めた。しかし、大勢はすでにおそい」

 と悲痛な呻きを洩らすルネーデュボスは、結局、あらゆる科学部門の知識の統合によって倫理

的社会的目標を設定し、あたらしい技能を獲得した技術者にそれを実現させてゆくよりほかはな

いと提案する。「望ましい未来」と題する文章のなかで彼はこういう。

 

 

Bankrupt god

 

 

If we take up the problem of environmental pollution that surrounds us

It will be. Probably many times as many pages as this book will be needed.

Anyway, in civilized countries, more than 250,000 kinds of substances are discharged as waste, sewage and gas.

It is estimated that it is. And if you say the clear facts as they are,

No one has been tested for its impact on the ecosphere!

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The source of environmental destruction

On top of that, there is a radioactive material that has recently appeared as a new main

There is contamination.

However, let’s quit now.

だ け Just by writing in this way, I feel something that has changed from the bottom of my heart.

It seems rather strange to be doing it. If you are a little nervous reader,

During that time, it would be guaranteed to become insomnia. And if you were one of them

I apologize for breaking your heart’s rest from the bottom of my heart.

But I, but. I’d rather say internal rather than external environmental pollution.

Then you have to remember more fear and anxiety towards mental pollution. because,

That is because it is what causes humans to collapse from the inside. In other words, human beings, non-human beings

This is because it is something that changes.

Certainly, external environmental pollution is terrible. However, it is true that human

It can cause damage to healthy tissues, damage healthy tissues, and even the destruction of mankind.

There is, but does not change being human. Humans are humans. What lesions cause death

A human is a person even if it depends on it.

However, the person who caused the internal collapse is a human, no matter how healthy he has a strong body.

Listening to the words of John McHale, who wrote “the future of the future”.

“Many commentators have a social pathology of urban overcrowding and growth to unlimited technology complexity.

However, it is shown by the rising curves of current mental illness, divorce and family division. Murder, robbery, tyranny

Increases in lines, youth delinquency, and general crime, reduced public morality, violence, and even mass media

It corresponds to erotic to hang out.

地球 The most materially prosperous country on earth is its main city, devoted to continuous assassination of key figures

Then, they are plagued by waves of arson, looting and riots. At the same time, this country is the enemy of the other side of the world

Billions of dollars have been spent on defeating the most powerful means of human destruction that we have come up with

The

And, due to violence, corruption and social corruption in the adult world, young people are

More and more away from models and recognized goals. “Stress syndrome”

It seems to have reached the state of individual division.

Certainly, he is accurately picking out the pathological symptoms of modern society.

However, I’d like to explain the cause to the “overcrowding of the city and the complexity of unlimited technology”

I don’t think it is due to the social pathology of growth. Also, simply due to “stress syndrome”

I don’t even think about things. Of course, I’m famous. Joh named “pathological crowd psychology”

N B Calhoun’s mouse and mouse test results are not unknown. But I

Of course, such a thing would never be replaced by one of the prisoners, but more

But the main cause is, as René Davos says, “Scientific knowledge has stood by humans in the past.

Weaken the traditional value. A new ethical system to replace it, despite its collapse

“ I didn’t provide human beings and gave them food to live, but they didn’t give them the purpose of living. ”

I’m sure. From there, the sense of solidarity between people rapidly disappeared, distrust and alienation began, and disconnection

The phenomenon of coming up occurs.

A society that has lost its ethics system and can no longer clearly show the significance and purpose of living is naturally mixed.

Disrupted, social disruption is connected with personal confusion.

A world where efforts are not clearly linked to results-or results are only accidental

In other words, in the world II where people cannot find the purpose and significance of living,

You lose your passion to work. Like a mouse given various confused cues in the experiment,

People suffer from neurosis and eventually become severely inactive.

Today, there are many signs of such personal nihilism in society. That

Appears in a trend of sneerism, materialism, and a preference to get it quickly because it may be less profitable

ing. It is probably a lot of younger generations-the so-called Beets, Hippies, Flowers, Dora

The background of the protests and departures from the social standards of the Gu and others. This is

Is called the “era of severance”.

Already a few years ago, I said that the “era of hate” comes after the “era of severance”. (Great white meat

No. 5) What will come after hatred? It will be “human decay” to come. Begins in an insensitive state

It ’s human collapse. And we have already started it on top of the young people in the world

You can see it clearly. ’

I think.

In short, the enormous energy generated by the mechanical system is finally the energy of the human system

It’s an inevitable form of smashing. In other words, a new form of natural pottery has begun

It is. Homo sapiens thus collapses and disappears. Once upon this earth, and somewhere

I like the disappearing Pithecanthropus and Neanderthals. After that what

Will humans appear? Or will the human genus end? What do you think?

Avoidance

Scientific defense and countermeasures

Here, let’s hear from the science about its defense and countermeasures.

Famous scientists and engineers express fear and concern about the dangers of science and technology that can no longer be controlled

This is now quite commonplace. How the destruction caused by science and technology

They are now desperate about what to avoid.

Then,

What kind of remedy is there for scientists and engineers?

“Reason has awakened, but many are already slow”

Lune Dubos, who screams sorrowing, eventually becomes ethical by integrating the knowledge of all scientific departments.

Other than setting social and social goals and letting engineers who have acquired new skills do so

I propose. In a sentence titled “The Desired Future”, he says:

 

レイ・カーツワイル 技術的特異点・シンギュラリティー

2005年、『The Singularity Is Near:When Humans Transcend Biology』で技術的特異点・シンギュラリティーについての踏み込んだ記述を展開。「特異点は近い The Singularity is near」と宣言し、世間一般に技術的特異点という概念が広まるきっかけを作った[1]

2012年Googleに入社[2]。2017年現在は「スマートリプライ」と呼ばれるGmailモバイルアプリの機能を担当している。また、知性に関する彼の階層理論を元にしたKonaを使った新しいアプリケーションを開発しているとし、将来のグーグル製品としてリリースすることを目指している

 

The Singularity Is Near(2005年)より

2018年時点で、カーツワイルの2005年の予想の(全てではないが)かなりの部分が的中している。

2010年代

2015年

2018年

  • 10TBのストレージ(人間の脳の記憶容量に相当)が1000ドルで購入できる。

2020年代

  • 遺伝学/バイオテクノロジーにおける革命はそのピークに到達する。2020年代の間に、人間は自分の遺伝子を変化させる手段を持つことになるだけではなく、「デザイナーベビー」は自分の皮膚細胞を若々しい他の細胞に形質転換することによって、自分の身体の組織や臓器のすべての若返りが実現可能になる。人々は根本的に平均寿命を延長し、病気や老化から離れて自分の生化学を「再プログラム」することができるようになる。
  • ナノテクノロジーの革命が開始される10年:この10年はまた、ロボット(強いAI)がチューリングテストを通過。教育を受けた人間と同等の知性になる。
  • 1000ドルのパーソナルコンピュータは人間の知性をエミュレートするために必要なハードウェア性能を持っている。
  • サイズが100ナノメートル未満のコンピュータが可能になる。
  • 最初の実用的なナノマシンが、医療目的のために使用される。
  • 人間の脳全体の正確なコンピュータシミュレーション。
  • 血流に入ることができるナノボットは、この10年の終わりまでに(必ずしも広く使用されていないが)存在することになる。
  • この10年の後半では、仮想現実(バーチャルリアリティ)は、本当の現実と区別がつかないほど高品質になる。

2025年

  • 一部の軍事無人偵察機や陸上車両は、100%コンピュータ制御される。

2030年代

  • 精神転送(マインド・アップローディング)は成功し、人間がソフトウェアベースになる。
  • ナノマシンは、脳内に直接挿入することができ、脳細胞と相互作用することができる。その結果、真のバーチャルリアリティが、外部機器を必要とせずに生成することができる。
  • 記憶用脳ナノボット、または「経験ビーマー」として知られている人間の日常生活のリアルタイム情報脳伝送を使用して、他人の感覚を「リモート体験」できるようになる。
  • 人々の脳内のナノマシンは脳の認知、メモリ・感覚機能を拡張することができる。
  • ナノテクノロジーは人の知性、記憶や人格の基礎を変え、人々は自分の脳内の神経接続を自由に変更できる。
  • バーチャル売春が盛んになり、法規制が行われる。

2040年代

  • 人々はマトリックスのように仮想現実で時間の大半を過ごすようになる。
  • 「フォグレット」(人体をとりまくナノマシン群。人間の外見を自由に変化させる)が使用されている。

2045年: シンギュラリティ

  • 1000ドルのコンピューターは全ての人間を合わせたより知的である。これはローエンドのコンピュータであっても人間よりはるかに賢いことを意味する。
  • 技術的特異点、人工知能は地球上で最も賢く最も有能な生命体としての人間を上回るように発生する。技術開発は、自ら考え、行動し、通常の人間には何が起こっているのか理解できないほど迅速に相互通信できるマシンによって引き継がる。マシンは、AI自らの手でそれぞれの新しい世代が迅速に開発される、自己改善サイクルの「暴走反応」に入る。これ以降、技術の進歩は、マシンの制御下におかれ、爆発的であるため、正確に(それゆえ「特異点」という)予測することはできない。
  • 特異点は永遠に人類の歴史の進路を変更する非常に破壊的、世界的な変化を起こすイベントとなる。暴力的なマシンによって人類が絶滅させられる可能性は(ありえなくはないが)、人間と機械の間の明確な区別はもはやサイボーグ化で強化された人間とコンピューターにアップロードされた人間の存在のおかげで存在せず、ほとんどありえない。
  • 「真に生きるに値する時代」の到来。

ポスト2045: 宇宙の「覚醒」

  • AIは”最大速度”(光速に限りなく近いかもしくは超光速)で全宇宙に進出する。その速度はAIが光速の限界を回避する技術を発見できるかどうかによる。

2100年

  • 人々は過去の人間が記憶のバックアップを取らず生きていたことにひどく驚くようになる。
  • 人間の知能は数千億倍まで拡張されている。

 

AI研究の世界的権威レイ・カーツワイル氏が「AIの進歩は順調に進んでいく」と楽観的な展望を語る – GIGAZINE
https://gigazine.net/news/20190122-ai-still-course-outpace-human/

それは瞑想からはじまる It begins with meditation

 

 

それは瞑想からはじまる

 わたくしは、前章で紹介した『間脳思考』で、エレクトロニクスと霊性を結

ぶものはなにかと質問されて、それは瞑想からはじまると答えた。

 そのあと、話がだいぶ進んでから、

「それでは、間脳の開発をするのも、瞑想ですか?」

 と聞かれた。わたくしは、

「いいえ」

 とかぶりをふった。

「瞑想じやないのですか?」

「いいえ」

とわたくしは、これにもかぶりをふった。

彼は、けげんそうな表情でわたくしを見つめた。

そこでわたくしは答えた。

 「それは瞑想からはじまるのです」

 なるほど、というように彼はうなずいた。わたくしは説明した。

 それは瞑想からはじまるのだが、瞑想だけではないのだ。霊性の完成は、瞑

想だけでは不可能なのである。心の安定、欲望の調節、本能の抑制、といった程

度のものでは、とうてい到達できない境界である。思念、想念の変化くらいで

は、絶対に行き着くことのできない次元なのだ。

 なぜか?

 霊性完成の到達点は、カルマからの超越である。

 カルマとはなにか? いうならば、地球における引力のようなものである。

地球上に存在するものすべて、地球引力の支配下にある。いかなるものも、引力

から逃れることはできない。いや、地球という存在そのものが、引力によって

成り立っているのである。人間におけるカルマもそのとおりである。人はすべ

て、輪廻のカルマの絶対的な規制を受けている。このカルマから、もろもろの

「因縁」が生じて、人間を繋縛しているのである。いや、カルマと因縁によっ

が、霊性の完成である。いうならば引力からの脱出である。反重力の修行なの

だ。その修行によって自分の存在の次元が変わるのである。

 存在とはなにか? それは究極のところ”波動”である。〃自分”という波動

を変えてしまうのだ。それにより”カルマ”という波動を越えてしまうのである。

 人間という存在の波動を変える原点は、間脳の視床下部にある。ここの波動を

変えることにより、全身の波動が変わり、特殊な精神波動と肉体波動を持つ存在

になる。それは、カルマの規制を受けない、ふつうの人間とはまた異なった、高

度な霊的存在とよぶよりほかない存在となるのである。これが成就すると、特

殊な「霊光」が発生するようになる。この特殊なオーラの発生は、全身の波動が

変化したことを示すのである。オーラについてはまたあとでのべるが、このオー

ラの発光源は間脳なのである。瞑想だけでは、以上のような”次元の変化”は

不可能である。もちろん、心の安定、集中、まったく新しい高い次元へのメディ

テイト等、瞑想はこの修行に絶対必要なものである。しかし、それはひとつの

手段にすぎない。瞑想は、大脳辺繰系と新皮質脳しか動かすことができない。だ

から瞑想だけではだめなのである。間脳をはたらかす瞑想でなければ、オーラは

発生しない。したがって、カルマを越えることはできないのである。

 では、なにが必要なのか?

 特殊なtaPas(練行)である。

 学者はtapasを苦行と訳しているが、わたくしはこれを、練行と訳したい。そ

してこの練行が絶対に必要なのである。

思念による王者の相承

 チベット密教のニンマ派では、古くから解脱の完成に三つの方法があると説

いている。

                 

一、思念による王者の相承  

二、象徴による持明者の相承     

                       ガンダク ニェッ ギ ギ ユー 八

三、耳を通した言葉による人の相承  gang zag snyan gyi brgyud pa

 である。

 霊界の法の世界において、法の完成者タターガタ(如来)が常恒に法を説いて

いる。

 一の「思念による王者の相承」とは、この法身タターガタが、言葉や象徴と

いう原価なしに、直接相手の心に自分の心を伝達するものである。この場合、

心、というのは単なる思念の心ではなく、パワーを主としたものと思うべきで

ある。これによって、相手はたちどころに仏陀として完成するのである。

 これは最高であり、理想的なものであること、もちろんである。「王者の」、と

いう所以である。

 二の「象徴による持明者の相承」とはどういうものかというと、象徴とは、あ

亘目葉、かたち、音、色などに複雑な思想の内容を圧縮して詰め込んだものを

いい、また、持明者(征だF)とは、純粋な心で実相をそのまま見ることがで

きる真如の世界に到達した者たちのことである。この相承(方法)では、真如の

理解を持つ持明者たちは、導師から象徴を示されることで、密教の深奥に到達

する教法を授けられるのである。

 以上のすぐれた方法に対し、ふつうの人間は、霊感はなかなか得がたく、ま

た象徴だけでは深い密教の教法を即座に理解することはできない。そこで、ラ

マが、いろいろな言葉をもちいてくわしく説き明かし、弟子に理解させていく。

いわゆる「口頭伝授」である。これが、三の「耳を通した言葉による人の相

承」である。

 以上の三つの方法を、わたくしは、つぎのように分類する。

一思念による王者の相止間脳系霊的バイブレーシン

ニ、象徴による持明者の相承匹トトド新皮質系=マントラ、タントラ、言葉、

      音楽、象徴

三、耳を通した言葉による人の相承トト大脳辺繰糸=言葉、マントラ、音楽

 これは、チベット密教だけではない。世界中のいかなる宗教でも、究極至上

のものに到達するためには、この三つの方法しかないであろう。

 しかし、究極至上のものに到達するためには、この三つだけでは不十分なの

である。欠けているものがある。なにが欠けているのか? さきにのべた練行

tapasである。

 だが、そういうと、一は最高理想のものなのであるから、他のなにものも必

要ないのではないかといわれるかもしれない。そうではないのである。その最高

理想のものを受けるために、tapasは必要なのである。

練行とはなにか

 では、その練行tapasとはどんなものか?

 それには、ひとっの例として、わたくしの修行体験をお話しするしかないと

思われる。

それを見ていただくことにしよう。

いまから四十年以上前に刊行した『密教・超能力の秘密』からの抜粋である。

求聞持聡明法の秘密

 私は定に入っていた。

 ひたすら、ふかい綜制に入っていた。

 修するは求聞持聡明法。三度目の修法であった。

 最初は真言宗密教の行法に拠った。完全な失敗であった。それは集中力

を高めるという効果はあったが、それ以上のものではなかった。つぶさに

この行法を検討して、私は、しょせん、真言宗密教の求聞持聡明法に、大

脳皮質の構造を一変するごときシステムはないとの結論を得た。すくなく

とも、従来のままの行法に、それだけの力はない。求聞持聡明法を成就し

て、悉地を得たという弘法大師空海は、あとにのこしたこの行法以外に、

必ず、なんらかの秘密技術を体得しているのに相違なかった。彼ののこし

 

 サヘト・マヘトでバスをおりたとき、

「ここはいいな」

 とまず思ったのは、もの乞いや、もの売りのすがたがまったくなかった

ことであった。

 どの仏跡も、もの乞いともの売りが喧噪をきわめ、これがどれだけ聖地

のイメージをそこねていたことか。

 祇園精舎の入り口の前の広場に、二階建て、白塗りの寺院があった。そ

の前に数名の人が群れ、その中心に、六十歳なかばと思われるがっしりと

した体格の一人の憎が立っていた。バスからおりたリンポーチエをみとめ

ると、満面に笑みをたたえ、大きく手をひろげて近づいてきた。二人は手

をにぎり合って、なつかしそうに話しはじめた。

 やがてひき合わされたところによると、リンポーチエの先輩すじにあた

る聖師で、メチワラーサンガラターナというかたであった。

 「スリランカの出身で、非常な学僧です。去年、ここへ寺院を建てたのだ

そうです。わたしもここへ来るまで知りませんでした」

 そう、リンポーチエがいった。

 「仏陀が十八年間説法されたこの精舎のそばで、生涯を終えるのが、わた

くしのかねてからの念願でした」

 サンガラターナ師は、あたりに響きわたるような大きな声で語った。や

やなまりのある英語であった。がっしりとした頑丈そうな体格で、声が大

きいのは健康なのだろう。八十一歳という年齢を聞いてびっくりした。ど

うみても六十歳代としかみえないのである。

 師が先に立って、精舎を案内してくださった。われわれが師をガイドに

得たことはじつにしあわせであった。観光会社がつけてくれたガイドも、

この地のことにはあまり知識がなく、リンポーチエにしても、数年前に一

度しか来たことがなかったのである。他の仏跡地のように、サヘトーマヘ

トには案内人がいないのである。もし、サンガラターナ師がおられなかっ

たら、われわれは、祇園精舎をただあるきまわるだけで、ひとつひとつの

 

 

た求聞持法の行法は、その秘密技術のヒントになるべきもののみをつらね

たに過ぎず、その秘密技術は‘おそらく、自分白身の訓練努力によって

みずからが発見せよとつきはなしているのにちがいなかった。それを発見

するだけの努力をし、発見できるだけの資質のあるもののみがそれをわが

ものとする資格かおるのだ、と、つめたく未来を見すえている不世出の知

性の目を、私は行法次第のなかに感じた。それゆえにこそ、宗教者として

ゆたかな天分を持つ興教大師覚鏝が、七たびこれを修して失敗し、八度目

にしてようやく悉地成就を得たという難解の行法となっているのである。

そうでなければ、覚鏝ほどの才能が、なんで七たびも失敗しようか。

 (中略)

 二度目の修法に、私は、古代ヨーガの技術をとり入れた。ひしひしと感得

するものがあった。五〇日のその行で、求聞持法の成就はみられなかった

が、私の考えのまちがいでなかったことがよくわかった。この方法で、求

聞持法はかならず成就する。つよい確信を得た。この技法を積みかさね、

延長してゆけばよい。これしかない。ぜったいの自信を得た。

 この、私の技法によれば、従来のごとく、山にこもって五〇日ないし

一〇〇日、明星を拝しつづける必要がなかった。常住坐臥、閑寂の部屋な

らば、時、ところをえらばなくてもよいのであった。ただ、最初の三日な

いし七日間、山居して明星とあい対し、これをふかく脳裡にとどめておけ

ばよかった。あとは、三〇日、五〇日、一〇〇日、よしんば1000日か

かろうとも、日常の生活の行忙のうちにトレーニングを積みかさねてゆけ

ばよいのであった。この発見はすばらしいものであった。これでなくて

は、法はついに民衆と無縁のものになってしまう。五〇日、一〇〇日、特

定の山にこもらねば成就しないというのでは、ごくかぎられた人たちのみ

しか参加することはできない。民衆と無縁になってどこに法の存在価値が

あろう。私は、このシステムによって、この法を完成せねばならぬ。法の

ために、民衆のために、どうしてもI。

 そして、三度目の必死の修法に私は入っていた。

 

 それは、ほぼI〇〇日目、私の法のシステムでいって百度目のトレーニ

ングのときであった。真言宗に伝わる求聞持法の九種の印明、それに、古

代ヨーガに伝わる特殊な呼吸法、古代ヨーガの秘法から私か創案した特殊

な手印とポーズ、この三つによるトレーニングで、私のからだと大脳皮質

と脳髄は、微妙な変化をおこしつつあることが感じられていた。チャクラ

の開発も順調にすすんでいた。機が熟しつつあることを、私の六感は感じ

ていた。

 夜明け、

 まどろんだような感じであった。しかし、ねむりではなかった。しびれ

の感覚であった。かるい失心、めまいに似ていた。忘我の一瞬であった。

その刹那、

 「ああツー」

 と私は苦痛の叫びをあげていた。脳髄の一角に電流がながれた感覚が

走った。落雷があったと感じた。目の前を紫電が走った、つぎの瞬間、眼

前でフラッシュをたかれたように、私の視野は真っ暗になった。失明!

という考えが、チラリと脳裡をよこぎった。と、そのときであった。頭の

内奥、深部に、ポッカリとあかりがともったのだ。そして、それは、私の脈

傅とおなじリズムで、しずかに、しずかにまたたきはじめた。ちょうど、

この修法をはじめる数十日まえ、山にこもって見つめたあのときの暁けの

明星のように’-それはつめたく、黄ばんだ白さでまたたいた。

 「そうか!」

 私は力いっぱい膝をたたいた。                 、

「そうか! これが明星だったのか!」

 私は目をみはって叫んだ。私はついに明星の秘密を発見した!

第三の発見---視床下部の秘密

 私は幼少のときから剣道をしこまれた。藩の剣術師範の家柄に生まれ、

若年の折、江戸お玉ヶ池の千葉門で北辰一刀流を学んだという祖父に、は

                                                                              

 

じめて木剣を持たされたのは三歳ごろであったろうか? そのとき私は、

祖父の顔をゆびさして「目ン目がこわい!・」といって泣いたそうである。

そのころ八〇歳を過ぎていた祖父は、ほんとうの好々爺になりきってお

り、私は2  だん、父よりも母よりもなついていたが、そのときばかりは、

木剣のむこうに光った剣士鳥羽源三郎源 靖之(祖父の名)の目に、ひとた

まりもなくちぢみあかってしまったものらしい。めったに泣いたことのな

い私か一時間ちかくも泣いていたという。〃それでもあんたは木剣だけはは

なさなかったよ”と、いまでも老母がはこらしげに語ってくれるのだが

、私は、のち、三段にまで昇り、健康を害してやめたが、剣の天分が

あるといわれ、少年時代、そのころ盛んであった各地の剣道大会に出場し

てかぞえきれぬほどの優勝をしたのは、この祖父の血を受けたものであろ

う。私は剣道が好きであった。防具のはずれの肘を打たれて腕かなえ、思

わず竹刀をとり落としたりするときはつらいとは思ったが、苦にはならな

かった。面金を越えて深くあざやかに面をとられたときは、目からパッと

火が出て、プーンときなくさいにおいを嗅いだ。ほんとうに目から火が出

るのである。けっして形容詞ではないのだ。これは剣道修行の体験者なら

ばみなご存知のはずである。

 その火なのだ。そのときの私の視野をかすめた閃光は。

 しばらくしてわれにかえった私はそれに気がついたのだった。そうだ。

あの火はあのときの火とおなじだ。そして目から火が出ると同時に面金の

なかでかいだあのなつかしいキナくさいにおいもいっしょにかいだような

気がしたのだが-、しかし、”目から火が出る”ほどのこの衝撃は、いっ

たいどうしたということであろうか? 外部から私の頭部を打ったものは

なにひとつない。すると、私の頭の内部でなにごとがおこったというので

あろうか。それともあれはなにかの錯覚であったのか?

 私は、ふたたび一定のポーズをとり、頭をある角度からある角度にしず

かに移しつつ特殊な呼吸法をおこなって、定にはいっていった。と、なん

の予告も感覚もなしに、さっきとおなじ場所に火を感ずるのである。同時

に頭の深部にある音響が聞こえはじめた。私は、またさっきの電撃に似た

痛覚を頭の一角に感じるのかとひそかにおそれつつ、少々、「おっかなびっ

くり」にそれをやったのであったが、今度はぜんぜん痛みもなにも感じな

かった。そうして頭の内奥の上部に”明星”が2  たたびまたたいた。

 まさに、私の脳の内部に一大異変が生じていることにはまちがいは

なかった。しかし、それはどういう異変であろうか?

 それは一種の化学反応によるショックであったのだ。

 脳の深奥、「視床下部」に異変が起きたのである。すべての秘密は、間脳

の内部の視床下部にあった。ここが秘密の原点だったのである。

 私がさきの章で内分泌腺の機構について図までかかげて説明したのは、

これを知ってほしいためであった。専門学者はさぞかし片はらいたく思わ

れるのにちがいなかろう。それを承知でおくめんもなく素人の私かあえて

それをしたのは、この視床下部の秘密を読者に知ってほしいためであった。

 すべての内分泌腺を統御しているのは視床下部である。そしてここが、

ヨーガでいうブラーマーランドラ(梵の座)であり、サハスラーフーチャク

ラなのである。今までのヨーガの指導者のいうように、それは、松果腺、

松果体ではない。視床下部が、サハスラーラーチャクラなのである。もっ

とも、視床下部のすぐそばに松果体があるので、それを見あやまったので

あろう。もっとも、松果体自身もある重要な役わりを受けもつ。けれど

も、サハスラーフーチャクラそのものは松果腺ではなく、視床下部であっ

た。

 視床下部はいまいったように、下垂体系を通じて全内分泌器官を統御す

る。それでは、なにをもって統御するのかというと、もちろんそれは”神

経”である。したがって視床下部には重要な神経がたくさん集まってい

る。私は、古代ヨーガのなかから、この部分を動かすポーズとムドラーを

創案してここにつよい圧力をくわえ、同時に、強烈な思念(念力)を集中し

ていた。百日のあいだ、たえまなく、私はここに、物質的、精神的、両面

にわたるつよい ルギーを集中した。その結果-、ここの神経縁組に

一大異変が生じたのだ。その異変により、神経縁維が異常分泌をおこした

か、それともそこにある分泌液、神経液に変化がおきたのか、そのいずれ

であるかはわからぬが、それらの分泌液が複雑に混合し合って、化学反応

をおこしたのだ。あの火は、その化学反応による衝撃が、視床の神経をは

げしく打って、網膜に閃光を走らせたのだ。その衝撃はここの神経線維に

シナプスをむすび、その火はいつでも私の思うまま私の脳の内奥に明星を

またたかせることとなった。同時に私の脳の構造も一変した。求聞持聡明

法の成就である。求闘持聡明法とは、脳の内部の化学反応による脳組織の

変革であったのだ。         (『密教・超能力の秘密』平河出版社)

 わたくしのいう練行tapasが、どのようなものであるか、だいたいおわかりい

ただけたことと思う。いまから考えると、これは「求聞持聡明法」そのものの成

就ではなかったかもしれない。まったく新しい法の開発ではなかったかと思う。

 そのいずれであるかは別として、霊視・霊聴、ホトケの現形といった霊的な

超常的パワーをわたくしにあたえてくれたことだけはたしかであった。

 そしてまたそれは、それだけのことではなかった。つぎの次元への大きな飛

躍台となるものだったのである。それはおよそ『密教・超能力の秘密』刊行後十

年のちに起きた。

 

 

一九八〇年十一月、わたくしはインド仏跡巡拝の旅に出た。その旅行におい

てそれは起こった。

 一九八一年七月発行の『一丸九九年カルマと霊障からの脱出』単河出版社)よ

りの抜粋である。

 

白銀の輝きにみちたバイブレーション

 

   五目、六日、七日、と旅程は順調にすすんでぃった。

   しかし、日を経るにしたがって、わたくしのこころは沈んでぃった。

   仏跡のひとっひとっみなすばらしいものではあったが、わたくしのここ

  ろひそかに期待していたような感動はあたえてくれなかったのである。ま

ことに不遜ないいかただが、このわたくしがこうしてインドまできたの

だ。なにかあるはずだ、そう気負っていたものが崩れおちていた。

 八日目。

 仏跡巡拝さいごの日であった。

 仏陀終焉の地、クシナガラ。

 仏陀が十八年間説法されたという祇園精舎サヘトーマヘト。

 これでおわりであった。あとの旅程は、デリーから、エローフ、アジャ

ンタの石窟寺院で、仏教にゆかりはあるが、仏跡そのものではない。

 わたくしのこころは、もはや仏跡からはなれていた。だから、その朝、

道路事情が非常にわるいため、クシナガラかサヘトーマヘトか、いずれか

一方にしぼらねばならなくなったと聞かされたとき、わたくしは、どちら

でもよい、と思いながら、なに気なく、

 「サヘト・マヘトにしよう」

 といったのだ。

 それを告げた秘書が、

「やはり、そうですか」

 といったが、わたくしはべつに気にもとめなかった。

 動き出したバスの中で、秘書がこういった。

 「前から、リンポーチエがいっておられたんです。桐山先生には、どこを

おいても、サヘト・マヘトにはかならず行っていただきたい、と。ですか

ら、さっき先生のご決定を聞いて、やはりそうかと思ったんです」

 「  うむ、リンポーチエがそういっていたの?」

 「はい、日本にいるときからそうでした。カトマンズに出迎えられたとき

も、くりかえしていっておられました。さっきも、ぜったいにサヘト・マ

ヘトにするよう、先生に申し上げてくれといっておられました」

 わたくしはうなずいたが、べつにふかくは考えなかった。しかし、その

サヘトーマヘトに、真っ向からわたくしを叩きのめすすさまじい衝撃が待

ちかまえていたのである

 

遺跡について、くわしいことはなにひとつ知ることはできなかったであろ

う。師はわが家の庭のごとく、愛情をこめて、あれこれと指さしながら説

明して行く。

 小高い丘の上に立って、わたくしは師の説明を聞いていた。

 そのとき、突然、それがやってきたのだった。

 師の大きな声が突然すうっと遠のいたかと思うと、右ななめ前方から、

があんと、頭から頬にかけてなぐりつけられたような衝撃を感じたのだ。

 目の中を白い閃光が飛んだ。剣道で力いっぱい面を打たれたとき、目の

中を走るあの閃光に似ていた。わたくしは思わずくらくらとして、額に手

をあてた。一種のバイブレーションであることはわかった。わたくしも密

教の修行者として各地の霊場をあるき、何度か霊的なバイブレーションを

うけている。しかし、こんなすさまじい叩きつけるようなバイブレーショ

ンははじめてであった。しかもまったく無防禦だったので、完全に不意を

つかれたという感じだった。どこでも霊場へ入るときには、それなりの心

がまえをして入る。だからつよいバイブレーションをうけてもうけとめら

れるのだが、ここでは全く無防禦だったので、その衝撃はことにつよかっ

たのだ。数秒つづいたように感じたが、それはほんの一瞬のようであっ

た。師の大きな声がふたたび耳によみがえってきた。

 「待ってください」

 わたくしは手をあげて師を制した。

 「ちょっと待って。わたくしはいま、ものすごいバイブレーションを感じ

たのです。それはものすごいバイブレーションで、そう、あの方向からき

ました。あれはなんですか? あの凹地はI」

 わたくしは、その衝撃がきたと思われる方向をゆびさした。五十メート

ルほど前方に、雑草の生いしげった凹地があった。そこから、それがきた

と思われた。

 「ああ、あれですか」

 と師はうなずいた。

 

 

「あれは、ミラクルの池です」

「ミラクルの池?」

「そう、ミラクルの池。仏陀が奇蹟をおあらわしになった。そこであそこ

を、ミラクルの池とよぶのです」

 「そのミラクルとは、どんなミラクルなのですか?」

 「それは、仏陀が空中を浮揚してこの池の上に立ち、上半身を火に、下半

身を水にかえたのです」

 「ほう、それはどういうことですか?」

 それはですね、と師の説明によると、こうであった。

 スラバスティの大長者スダッタ(須達多)が、仏陀のために大金を投じて

ここに土地を求め、大精舎を建立した。仏陀の名声は四方につたわり、教

えを乞うもの腫を接した。

  この附近には、ジャイナ教その他の外道の寺院がたくさんあった。それ

らの寺院の指導者たちは、仏陀の名声をねたみ、いろいろ、仏陀を中傷、

  批難した。中でもとくに、仏陀を口のうまい山師にすぎないといい2  らし

た。口さきで理論を説くだけで、なに一つ神通力を持っていない、要する

に口舌の徒であるという批難であった。当時のインドの宗教界では、指導

者となるためには、なんらかの神通力を持つことが、必須の条件とされて

いた。ところが、仏陀は、無用に神通力をあらわすことをきらって、この

地に来てから一度もその力を示すことがなかったのである。

 他の教団の指導者たちは、これを、仏陀にその力がないからだと考え、

これを攻撃したわけである。仏陀が大神通力の持ちぬしであることを知っ

ている高弟たちは、一度、ぜひその力を示されるようおねがいしたが、仏

陀は承知されなかった。いよいよ神通力などないと思いあがった他教団の

指導者たちは、白分たちのパトロンである他の長者や勢力者たちを通じ

て、スダッタに、仏陀と神通力の試合を申し入れた。負けたほうがこの地

を去るという条件である。スダッタもついにことわりきれず、仏陀に試合

を懲憑した。あるいは、スダッタも仏陀の神通力を見たかったのかも知れ

 

ない。仏陀もスダッタの立場を考慮され、ついにこれを承諾された。

 その日、他の教団の指導者たちが、これみよがしにさまざまな神通力を

競い合ったさいごに、仏陀がすがたをあらわされた。

 仏陀は三層の高楼の露台にそのおすがたをあらわされたのである。いか

なる神通力をあらわされるのかと群衆が固唾をのんで見守るなか、なんと

仏陀は露台の手すりを無雑作に乗り越えられ、空中に足を踏み出されたの

である。一瞬、手をはなされる。仏陀墜落! とみるまに、仏陀はそのま

まゆっくりと空中を浮揚して、庭園にむらがる大衆の頭上を越え、きよら

かな清水をたたえた庭園の池の上に立たれたのである。微風に小波をたて

る清涼池の水の上に、仏陀はしずかに立っておられるのである。群衆が思

わずわが目をうたがったつぎの瞬間、仏陀の上半身は火炎となって燃えあ

がり、下半身は玉のような水と化したのである。

 目のあたりに見る大神通力に、なみいる他教団の指導者や、土地の勢力

者をはじめ、すべてのひとびとはその場にひれ伏して、頭をあげ得なかっ

た。

 わたくしは、額に手をあてて師の説明を聞いていた。途中からふいに、

やわらかなバイブビションとともに、ひとつの概念-思考の流れがし

ずかにわたくしの脳髄ふかく流れこんでくるのを感じたのである。わたく

しは、自分の思念をまったくとめて、それをすなおにうけいれていた。突

如、さいごに、すさまじい戦慄が走った。全身の血がいっぺんにひいてゆ

くような、名状しがたい恐怖感の襲撃だった。それがおわったとき、師の

説明もおわった。

 「先生、その、上半身が火となって、下半身が水となる、というのは、ど

ういうことでしょうか?」                    ’

 とだれかがわたくしに質問した。

 「ああ、それはね、全身のチャクラが、すさまじいパワーで、エネルギー

を放射したのでしょう。空中浮揚をするために、仏陀は全身のチャクラに

すさまじいエギルギーを集中した。池の上に降り立って、その于不ルギー

 

 

を放射したのでしょう。そのエネルギーの放射が、炎のように見えたのだ

ね。チャクラがエネルギーを放射すると、全身が炎につつまれたように

なって見えます。これは、ヨーガースートラなどにも書いてある。そうい

うとき、しばしば、からだが透明状になることがある。下半身が水になっ

たというのは、仏陀のおすがたがそのとき、透明になったので、池の水が

反映して、水のように見えたのでしょう。このミラクルは、クンダリニー・

ヨーガの最高の技術をみせられたものと、わたくしは考えます。そういえ

ば、わたくしは、以前、仏陀は、クンダリニー・ヨーガの熟達者たった、

と文献を引用して本に書いたことがあります」

 そう、わたくしは説明しながら、はやく、ひとりになって、思考をまと

めたいと思っていた。さきほど流れこんできたあの思念の流れII-あれは

いったいなんであったのか? 必死に、わたくしは、それを散らすまいと

してみつめつづけていた。はやく、ひとつのものにまとめたいと思ってい

た。

 それができたのは、それから数時間後、ラクノウという都市に着いて、

ホテルに入ったときであった。

 わたくしは、あわただしく自分の室に入って、シャワーを浴びると、す

ぐに定にはいった。ミラクルの池でのあの体験を、もう一度再現しようと

思ったのである。

 定にはいると、すぐに手がはげしく動いた。「自動書記だな」と直感し

た。これは、霊的状態になって手が無意識に動き、文字を書くのである。

すぐに、ノートを、と思ったが、あいにく、このホテルは、宿泊するので

はなく、午後九時発の夜行列車に乗るまでの三、四時間を、休息と食事のた

めに入ったので、トランクその他、筆記用具を入れた鞄はすべて、みんな

の荷物といっしょに、下のロビーに預けてしまっていた。手もとには何も

ない。しかし、とりにいっているひまはない。時機を逸したら、もう二度

とこの手の動きはもどって来ないかも知れぬのだ。

 わたくしはあわただしく座を立って、机のひき出しをさがした。あっ

た! さいわい、ホテルのメモ用紙が数枚あった。ボールペンもある。む

しやぶりつくようにペンをにぎると、それは勢いよくメモの上を走った。

 最初、それは、脈絡のない単語や名詞の羅列であった。しかし、それ

は、ミラクルの池のあの思念の流れと一致していた。わたくしは、食事も

とらず、出発までの時間を挙げてこれに傾注した。整理して、さいごに書

きあげたのがつぎの文章であった。

 それは突然ななめ前方からやってきた。

 一瞬、目がくらむほどの衝撃だった。

 そんなことなどぜんぜん予期しておらずまったく無防備だった自分は、

あっというまにその衝撃に叩きのめされてしまったのだ。

 修行、学問、そんなものはなんの役にも立たぬものであることを思い知

らされた。

 こころひそかに誇っていたこれまでの自分の修行も教学も、あっという

まに消しとんでしまった。叩きのめされてしまった。

 これなんだ、これでなくてはならないのだ。これしかないのだ。目もく

らむようなあの白銀の輝きにみちたバイブレーションー

 一〇〇年の修行も万巻の教学も、ただ一瞬のこの霊的バイブレーション

に如かぬことを思い知らされた。

 これがそれだったのだ。これが究極のそれだったのだ。このためにこそ

わたくしはここにやってきたのだ。

 おお、サヘトーマヘト、聖なる地、

 あなたはここに待っていてくださった。

 わたくしがいまあなたから受けたものを、これからわたくしはひとびと

にあたえねばならぬ。

 

 いま、わたくしは聖者であることをつよく自覚する。

 すべてのひとびとがこの聖なるバイブレーションを受けることのできる

聖地を、わたくしはひがしの国につくらねばならぬ。この輝きにみちたサ

ヘトーマヘトの地を、そのまま、日本の国にうつさねばならぬ。それがわ

たくしの使命だったんですね。それをかならずはたすことをわたくしはあ

なたに誓います。

 そうですか。

 もう一度、わたくしはこの地に来なければならないのですね。だが、そ

のときなにが起きるのでしょうか? そのとき起きる或ることを、わたく

しは非常なおそれの感情とともに予感します。

 

 ああ、あの一瞬の霊的バイブレーショック!゛

 一〇〇年の苦行も万巻の書物も、このバイブビ・Iションなくしては、路

傍の石ころにも劣るのだった。このバイブレー’ショッをあたえることので

きる聖者こそ、査]の導師だったのだ。理解できました。

 聖師よ、ありがとう!

                       昭和五十五年十一月八日

                        ラクノウのホテルにて

                            急拠しるす。

書き終えて、わたくしは虚脱状態になった。

                 (『一九九九年カルマと霊障からの脱出』)

 -土のサヘートーマヘートにおける状況は、奇しくも、阿含宗の記録映画

「おお、サヘト・マヘト、聖なる地」に収録されているので、読者はぜひ、機会

をつくってごらんいただきたい。

 ところで、以上の文章をお読みになって、「求聞持法」(としておく)成就のと

きのわたくしの状態と、サヘートーマヘートにおいて霊的バイブレーションを

--

る。前者は内部から、後者は外からのものであったが、衝撃の内容はまさしく

同種のものであったのだ。もっとも、後者は、前とはまったく比較にならぬす

さまじいものであったが.

 賢明な読者はすでにお気づきであったろう。これが、チベット密教のいう

「思念による王者の相承」であることを-。思念による王者の相承とは、じつ

に、霊的バイブレーションによる伝達だったのである。

 わたくしは、これによって、解説に至る四つの階梯のうちの、第三の境地に

達したことを自覚したのであるが、これは、間脳開発の練行tapasを成就してい

なかったら、絶対に得られなかったものである。内なる受容の態勢がととのっ

て初めて、外よりの王者の相承が発せられるのである。

 

It begins with meditation
I connected electronics and spirituality with the “Diencephalon Thinking” introduced in the previous chapter.
When asked what the animal was, he replied that it began with meditation.
After that, after much progress,
“So, is it also a meditation to develop a diencephalon?”
I was asked. I,
“No”
I covered it with a cover.
“Do n’t you meditate?”
“No”
I also covered this.
He stared at me with a grim expression.
So I answered.
”It starts with meditation”
I see, he nodded. I explained.
It starts with meditation, but not just meditation. Completion of spirituality is meditation
It’s impossible by just thinking. Stabilization of mind, adjustment of desire, suppression of instinct, etc.
It is a boundary that can’t be reached at all times. Thoughts, changes in ideas
Is a dimension that can never be reached.
why?
The point of completion of spirituality is transcendence from Karma.
What is karma? In other words, it is like an attraction on the earth.
Everything that exists on the earth is under the control of the earth’s attraction. Anything is attractive
I can’t escape. No, the Earth itself is
It is made up. The same is true for human karma. All people
And under the absolute regulation of reincarnation karma. From this karma,
A “fate” arises and binds humans. No, depending on the relationship between karma and
But the completion of spirituality. In other words, it is an escape from attraction. Anti-gravity training
It is. The dimension of one’s existence changes by the training.
What is existence? It ’s ultimately “wave”. The wave of “I myself”
Will change. As a result, the wave of “karma” is exceeded.
The origin that changes the wave of human existence is in the hypothalamus of the diencephalon. Wave here
By changing, the wave of the whole body changes, and there is a special mental wave and physical wave
become. It is also different from ordinary humans who are not subject to karma regulation.
It will be nothing but a spiritual being. When this is accomplished,
A special “spirit” will be generated. The occurrence of this special aura
It shows that it has changed. I’ll talk about Aura later.
La’s light source is the diencephalon. By meditation alone, the above “dimensional changes”
Impossible. Of course, mind stability, concentration, mediation to a whole new high dimension
Meditation, such as Tate, is absolutely necessary for this practice. But that is one
It is only a means. Meditation can only move the limbic system and the neocortical brain. Is
So meditation alone is no good. Unless it is a meditation that works between the brains,
Does not occur. Therefore, karma cannot be exceeded.
So what do you need?
It is a special taPas.
Scholars translate tapas as penance, but I want to translate this as practice. So
And this practice is absolutely necessary.
The consensus of the king by thought
The Tibetan esoteric Ninma school has said that there are three ways to complete the liberation since ancient times.
It is.
S
1. The consensus of the king by thought
2. Symbolic bearer’s consensus
Gonak Neggi Giyu 8
3. Human zong sang gyi brgyud pa through words heard through the ears
It is.
In the world of law in the spirit world, the perfector of the law, Tatagata (Nyorai) always preached the law
Yes.
‘One of the thoughts of the king ’s companion’
It conveys your mind directly to the other person’s mind without any cost. in this case,
You should think that the mind is not just a mind of thought but a power
is there. As a result, the other party is completed as a Buddha.
This is of course the best and ideal. “The King”
That is why.
2) What is the “sympathy of the bearer with the symbol”?
Compressed and packed contents of complex thoughts into Watameha, form, sound, color, etc.
Good, and the demon (the F) is able to see the reality as it is with a pure heart
Those who have reached the true world. In this agreement (method)
The demonstrators who have an understanding reach the depths of esotericism by showing the symbol from the teacher
You will be given a teaching method.
For the above-mentioned superior methods, it is difficult for ordinary human beings to get inspired.
It is not possible to immediately understand the deep esoteric doctrine with just the symbol. So La
Ma will explain in detail using various words and let the disciples understand.
This is so-called “oral transfer”. This is the third aspect of the human phase
It ’s a
I classify the above three methods as follows.
The spiritual vibrasin of the king’s intermittence by a thought
D, symbolic bearer’s companion Totodo neocortical system = mantra, tantra, language,
Music, symbol
3. Human compliment by words through the ears Toto Cerebral area spinning = words, mantras, music
This is not just Tibetan Buddhism. The ultimate in any religion in the world
There are only these three ways to get to that.
However, these three are not enough to reach the ultimate.
It is. There is something missing. What is missing? Sakini
tapas.
But in that case, one is the best ideal, so everything else is necessary.
It may be said that it is not necessary. That is not the case. Its best
Tapas is necessary to receive the ideal.
What is training?
So what is the training tapas?
As an example, we have to talk about my training experience.
Seem.
Let’s see it.
This is an excerpt from “Secret of Esoteric / Super Power” published more than 40 years ago.
The secret of the solicitation
I was in the middle.
ひ I was in a fussy system.
To repair, use the method of finding a request. It was the third training.
First, it was based on Shingon Buddhism. It was a complete failure. It ’s concentration
Was effective, but not more than that. Crushing
After studying this practice, I was convinced that Shingon Buddhism was a major
We conclude that there is no system that completely changes the structure of the brain cortex. Scoop
However, there is not much power in the conventional manner. Fulfilled the law
Kōbō Daishi Kukai, who had obtained a remote area,
He must have acquired some secret technology. His saw

When I took a bus at Saheto Mahhet,
“This is good”
The first thing I thought was that there was no way of selling or selling things.
Was that.
In every Buddha site, there was a quarrel between merchandise and merchandise.
Was that image of that?
In the square in front of the entrance of Gion Seiya, there was a two-story white-painted temple. So
Several people gathered in front of him, and at the center of it was a 60-year-old man
One hate of the physique was standing. Watch Rimpochie from the bus
Then he smiled with all his face and approached with his hands wide open. The two are hands
I started talking and seemed nostalgic.
According to a meeting with Mr. Rinpotier
It was a saint who was called Mechiwala Sangaratana.
“I ’m from Sri Lanka and I ’m a very priest. I built a temple here last year.
That’s right. I didn’t even know until I came here. ”
That’s right, Rinpochie said.
“Wat is the end of my life near this Seisha where the Buddha was preached for 18 years.
It was a long-cherished desire. ”
Mr. Sangalatana spoke with a loud voice that resonated. And
It was a fluent English. A solid and sturdy physique with a loud voice
I think it’s healthy. I was surprised to hear that he was 81 years old. Do
You can only see it in your sixties.
The teacher took the lead and guided me through the Seisha. We guide the teacher
What I got was really happy. A guide provided by a tourist company,
There is not much knowledge about this place, and even Rimpouche is
I had only come. Like other Buddha sites, Sahe Tomahe
The guide has no guide. If there is no Sangaratana
Then we just go around Gion Seisha,

Only the ones that should be hints of secret technology
It ’s just that secret technology,
He must have been trying to find it. Discover it
Only those who make the effort to discover and have the qualities to discover
The ignorance that is looking for the future
I felt the sexual eye depending on the conduct. Therefore, as a religious person
Kokukyo Daishi Kakujo, who has a rich temperament, failed to fix this seven times and failed eight times.
In the end, it has become a tricky practice of finally achieving a certain fulfillment.
If not, why will the talent as awakening fail seven times?
(Omitted)
In the second training, I adopted ancient yoga techniques. Perseverance and perception
There was something to do. No fulfillment of the Hearing Law was found on that line on the 50th
However, I realized that my idea was not wrong. In this way,
The law of hearing is always fulfilled. I got a good conviction. I piled up this technique,
Just extend it. only this one. I got a lot of confidence.
According to my technique, it ’s 50 days to stay in the mountains as usual.
There was no need to continue to worship Meisei on the first day of the month. Permanent residence, quiet room
If you don’t have time, you don’t have to. Just the first three days
For seven days, stay in the mountains and meet Meisei and keep it in your brain.
It was good. After that, 30 days, 50 days, 100 days, or 1000 days of Yoshiba
Karumo, keep training while you are busy in your daily life.
It was all right. This discovery was wonderful. Not this
The law will eventually become unrelated to the people. 50 days, 100 days, special
If you don’t live in a certain mountain, you can’t fulfill it.
You can only participate. Where the value of the law is unrelated to the people
I will. I have to complete this law with this system. Legal
For the sake of the people, I must.
And I was in the third desperate training.

‘It ’s almost 100 days, my law system is the 100th trainee
It was at the time of Nine kinds of seals of the solicitation method passed down to the Shingon sect,
A special breathing method that was passed down to the Yo-Yo, a special idea that I created from the secret method of ancient Yoga
Training with these three signs and poses, my body and cerebral cortex
It was felt that the brain was undergoing subtle changes. Chakra
The development of was well underway. My six senses feel that the time is ripe
It was.
breaking Dawn,
It was a dull feeling. But it wasn’t a sleep. Numbness
It was a sense of It was similar to a faint heart loss or dizziness. It was a moment of forgetfulness.
That moment,
“Oh two”
And I was crying in pain. A sense of current flowing through one corner of the brain
Ran. I felt there was a lightning strike. The next moment, Shiden ran in front of me
My field of vision became dark, as if I had flashed before. Blindness

 

 

 

 

 

人はどんな因縁を持つか   What kind of relationship does a person have?

人はどんな因縁を持つか

 これから、人の持つ因縁について解説するが、それでは、そういう因縁というものが、

どうして人間にあるのか、ここでは、あるからある、というよりほかない。強いて聞かれ

るならば、それならあなたはどうしてそういう顔をしているのであるかと聞かれた場合、

あなたは何と答えるか? こういう顔をして生れてきたのだから、こういう顔をしている

のである、とでも答えるはかないではないか。原因はともあれ、人間は、それぞれ様々な

因縁を持って生れて来、様々な因縁を持って生きているのである。その因縁という現象を

分析、解説してみよう。理屈は抜きにして、一読するならば、必ず、思いあたることがあ

ろう。卵が先に生じたのか、鶏が先に生じたのか、それを知らなくても、卵を食べ、鶏肉

を賞味するにはこと欠かぬのである。詳しくはあとの方で説明する。ここでは、まず、人

間が誰でも持っている「因縁」の種類についてのべよう。

      かうんすいたい

0  家運衰退の因縁

 この因縁は、家運、つまり家の運気が次第におとろえてきている家系に生まれている人

が持つ因縁である。

 こういう人は、父、あるいは祖父の代までは、かなりの生活をした家に生れている人が

多い。祖父か父の代あたりから、次第に家運が傾いてきている。そうして、自分の代にな

ってからぱ、なお一層はっきりと運が悪くなっている。相当の力量、才能、手腕があるの

だが、それを発揮する場を持つことが出来ない。そういうチャンスを持つことが出来ない。

そうして、自分よりも劣った者が追い越してゆくのを、みすみす歯ぎしりしながら見送る

ことになる。

 たまにチャンスがめぐって来そうになると、人の妨害、邪魔に遭ったり、或いは自分の

思わぬミスや病気などで、せっかくのチャンスを失ってしまう。要するに、一言でいうと

運が悪いのである。実力がありながら、妙にめぐり合わせが悪く、ウダツがあがらない。

年をとるほど運気がおとろえ、生活が悪くなっていく。

 

の因縁から出てくるのが、次に掲げる

     ちゅうと ざせつ

@   中途挫折の因縁

 という因縁である。

 この因縁を持つ人は、何をやっても、一応、七、八分通りまでは順調に進むが、あとも

うI、二分というところで必ずダメになる。決して実らないのである。この因縁を、一

名、「虚花の命」というのは、「七重八重、花は咲けども山吹の、実のひとつだになきぞ悲

しき」という古歌の山吹の花と同様、花咲けども実らず、すべてムダ花であるというとこ

ろからきているのである。よそ目には華やかに見えて、内実は空しいのである。苦労した

あげく、さいごの収穫はごっそりと人に持ってゆかれてしまう。

 この因縁を持つ人は、わりあい運気(生命力)の強い人が多く、中途で挫折しては、ま

た立ち上って仕事をし、また七、八分通りで挫折して、そのままになるかと思うとまた立

ち上って、また挫折する、というように、七転八起の起伏のはげしい人生を送る人が多い。

そうして、結局は、挫折したままで終るのである。

 大体、因縁のあらわれ方には二通りあるのであって、その囚縁が、そのままその人の恍

格にあらわれている場合と、性格には全然あらわれない場合とがある。

 この中途挫折の因縁の場合も、この因縁がそのまま性格にあらわれて、非常に気の弱い

意志薄弱の型と、逆に、非常に気のつよい意志強固の型がある。

 意志薄弱のタイプは、何をやってもすぐにあきてしまって、ながつづきしない。気うつ

りがぱげしい。学業、職業、すべてがそうで、転々とする。文字通りの中途挫折、薄志弱

行の型である。

 もう一つのほうは、これと全く反対で、性格もつよく、意志も強固で、努力家でもある。

然るに、かえってその強さが人と相容れず、上の者と衝突したり、同僚と円満に協調出来

なかったりして、失敗し、挫折する。あるいは、ここ一番という大事なところで、きまっ

てつまらぬミスをしたり、人の誤解をうけたり、妨害をうけたりする。また、病気や怪我

などで手違いが生ずる、というように、必ずなにかしら障害が発生して、チャンスをつぶ

すのである。

 先日、わたくしを訪ねて来た人に、そういう人がめった。

 四十七、八歳の会社員で、立派な人物であったが、この人に、この因縁があったのであ

 

る。聞いてみると、今までに八回も勤め先を変えているという。意志強固の努力家型だが、

と思って聞いてみると、この人は、一流の財閥会社に勤めているのだが、系列の子会社に

出向させられると、その会社は、きまって、他に合併したり、業績不振で閉鎖させられて

しまうのである。本社にもどると、同期の社員で本社に居たままの者はかなり上の方に進

んでおり、処遇に困るので、また傍系の会社に出向重役として出される。するとまた、そ

の会社がおかしくなる、というわけで、今までがその繰り返しだったというのだ。

 念のためにいうが、それは、この人の経営の腕が悪いために、この人が行った会社がみ

んなダメになるというのではないのである(手腕という点からいえば、むしろ人並み以上

の手腕を持っているのである)。この人が行っても行かなくても、その会社はダメになるの

である。そういう会社に、この人は行かねばならぬような廻り合わせになってしまうのだ。

今度の会社もおかしくなってきているので、相談に来たのです、というのだが、典型的な

中途挫折の因縁のあらわれかたであった。

 薄志弱行タイプの場合は、すぐにあきたり、気移りしたりして白分から会社を転々とす

るが、意志強固タイプの場合は、自分でぱ一心に努力をして会社を変わるつもりはさらさ

らないのだが、他動的に転々と変わらざるを得ないようになってしまうのである。その人

のか字心、思劣、心構えなどに関係なく、結果は結尚おなじことになが、

因縁というものの、こわいところである。精神一到何小か成さざ‘ら人や、と気胆劣てみた

ところで、この因縁を持っていては、所詮、ダメなのだ。外的条件が許さないのである。

つねに転々として挫折する。

 昔から、よく、「人間には誰でも一生に三度はチャンスがある」といわれているが、運のないでも三度はチャンスがあるかわり、運のある者でも、三度以上そう何回もあるもの

ではない。人生ここ一番というチャンスを二、三度この因縁でつぶされてしまったら、も

うその人間は一生芽が出ないものと思わねばなるまい。そうして、この因縁のこわいとこ

ろは、この因縁は必ずその子に遺伝し、その場合、きまって親よりその子のほうが一段と

因縁の度を深めて悪くなってゆくことにあるのだ。

 この中途挫折の因縁が、そのようにして一段と強くなった場合、

 

 

運気不定・浮沈の因縁

という因縁になる。

 これは、運気に根が生じないので、そのため、浮沈変転してとどまらないのである。

 いわば、根無し草の人生である。居住、職業が定まらず、転々とする。一時的に幸運を

得ることがあっても、永続しない。一生、ホームレスか、それに近い境界となる。

 女性の場合、ちゃんとした結婚生活をつづけることが出来ない。再婚、三婚し、しかし

いくら結婚を繰り返しても、決して安定した夫婦生活を持つことは出来ない。

 「色情の因縁」のある場合は、不倫の関係に陥ったり、あるいは売春をする悲惨な因縁で

ある。

 

o  肉親血縁相剋の因縁

 これも、根本は、家運衰退の因縁から出てきているものである。

 この因縁は、肉親の者同士、血縁の者同士が、たがいに運気生命力を損ねあい、傷つけ

あって分散してゆくのである。

 毛利元就の「三本の矢」の教訓を逆にいって、おたがいに助けあい、協力しあってゆく

べき肉親血縁の者が、離散し、孤立して、次第に没落してゆく。

 まさに、家運衰退のあらわれである。

この因縁があると、同居している親子、兄弟など、血縁の噺が、年中不和で詐が絶えな

い。これは、血縁の者同士でお互いの運気(生命力)を損ねあい、傷つけあっているので、

無意識のうちに反発しあって争うのである。この場合、運気を傷つけあうといっても、必

ずしも表面立って争いをするとは限らない。ただ同じ屋根の下に住んでいるというだけで、

相手の運気(生命力)を損ねるのである。それはちょうど、何か目に見えない光線のよう

なものを放射しあって、相手の生命力を傷つけるように思われる。人間の生命というもの

は、自分を守るという自衛本能を持っているから、その本能がはたらいて、無意識のうち

に生命力を結集して相手に反発する。その結果として、相手の何でもないような動作や一

言一句が非常に気にさわる(神経が立っているので)。そこで静が始まるのである。肉親同

士で異常に仲が悪いのぱこのためである。それに加えて財産などの利害関係がからむと、

非常に深刻な争いに進展してゆく。

 この因縁のある家庭で、もし、同居の肉親同士が不和でなければ、家族の中に誰か一人、年中病気で苦しむ者か、極端に不運で運の開かぬ不遇の者が必ず出る。

 相当の才能、手腕がありながら、常にチャンスを逸したり、チャンスに恵まれない不遇

の人、あるいは長年病弱の人は、前記の「中途挫折の因縁」か、または、この「肉親血縁

相剋の因縁」によって運気(生命力)を剋害されているのではないかを疑ってみるべきで

ある。どちらかの因縁があったら、それを断ち切らぬ限り、いくら努力しても一生空転す

るばかりなのだ。

 この因縁を持つ人、(あるいはこの因縁のある家系)には、必ず、といっていいほど、霊

的な障害がある。つまり、三代か四代前に、その家(またぱ人)を強く恨んで亡くなった

怨念のホトヶがいるのである。

 また、横変死した人の霊障を受けている場食がほとんどである。

 前に述べた「家運衰退の因縁」、「中途挫折の因縁」、「運気不定・浮沈の因縁」は、いず

れも霊障のホトヶより生じていることが多い。

 この霊障を解かぬかぎり、この因縁は、何代でもつづく。

 成仏法によって、霊障のホトヶを解脱成仏させる以外に方法がないのである。

 

子の運気剋する因縁

 これは、肉親血縁相剋の因緑ので、親がわが子の命力のである。そのな

め、子供は年中病弱となる。あるいは不具として生まれたり、不具者となったりす

たいていは十歳くらいまでに死亡する。

 もし、その子が非常に生命力が強ければ、素行が生命れるようになって、幼少にして、家

を飛び出す。これは親のそばにいると生命力を削られて、危険なので親のもとを飛び出す

ようになるのである(もちろん、本人はそのことを知らないがI)。

 最近、少年少女の非行問題についていろいろと対策が練られようとしているが、世の親

は、こういう因縁のあることに気がついて欲しい。

 因縁なんて迷信じやないかなどとバカげたことをいっていないで、自分白身にそういう

ものがないかどうか、よくよく考えてもらいたい。

 父親にしても母親にしても、この因縁があると、子供が必ず異常に反抗する。もちろん、

子供の成長期間中に反抗期という期があることは事実だが、この因縁による反抗は異

常なのである。これは、前記の肉親血縁相剋の因縁の場合と同じように、自分の生命力を

侵害してくるものに対して自衛本能がはたらき、我が生命力を結集して反撃しようとする

ゆえに一言一句、ことごとく反抗反発するのだ。わが身を守るかわいそうな姿なのである。

 私は、いつも、この因縁をもつ親と子を見ると、毛をさか立てキバをむき出して、敵に

噛みつこうと必死になっている仔犬の姿を思い出す。

 成功者の家庭に素行不良の子がわりに多いのは、他に原因はあるけれども、運気のつよ

い親はえてしてその運気のつよさが同時に子を剋する因縁をも伴ないやすいため、そうい

う結果を生じやすいのである。

 素行不良の子を持つ親、異常に親の言うことをきかぬ子を持つ親は、根本的な対策の一

つとしてこの因縁の有無をまず調べてみよ。この因縁がなければ比較的容易に直るが、こ

の因縁あるかぎり、絶対に直らぬのである。

 この因縁は水子の霊障から生じていることが多い。

 

逆恩の因縁

 

 これは恩を倣で返す因縁である。

 これも家運衰退の因縁に根ざすものである。

 要するに恩を受けた人(主人,師,上長,取引先、先輩など)をだましだに傷つけ

たり、とにかく相小に何かしらもその出が刑獄の囚縁

を併せ持っていたなら)殺して金品を奪らたりする。そこまでいかなくとも必ず恩義のあ

る人を裏切りそむく。

 因縁というものは、必ずしも性格的なものとは限っておらぬので、「恩を仇で返す因縁」

を待った者が必ずしも恩を仇で返すような性格を持っているとぱ限らない。中途挫折の因

縁を持っている者が必ずしも薄志弱行型の性格を持っているとは限らぬ、と先に書いた通

りである(もちろん、持っている因縁がそのままその人の性格になっている人もかず多い

が)。

 この逆恩の因縁の場合も、性格としては、恩を仇で返すというようなものと反対に、一

心に恩義にむくいようとする心がけを持っていて、そのように努力をしながら、かえって

結果的には、その恩義を仇にして返すようなことになってしまうことがよくある。例えば、

主人(会社)に忠実で一心に尽くすのだが、それがかえって主人(会社)のためにならぬ

ような結果を生む。努力してお得意や取引先をつくると、その取引先が何千万、何億円と

いう不渡り手形を出したり、倒産してしまったりして、主人(会社)に大きな迷惑をかけ

てしまう、というようなことになる。

 

女性が持つ因縁である。

 という句があ乙が、

感心させられる。

 大体、自分にとって恩義のある人というのは、自分に好意を待ち、あるいは信用して、

自分を引き立て、力になってくれる人である。こういう相手に、無意識とはいえそういう

損害をあたえたり、そむいたりするということは、自分で自分の手足をもぐことである。

自分の有力な味方を失うことになる。そこで孤立無援となり、人生の失敗者となってゆく。

 人を使う人、使われる人も、ともにこの因縁には注意が必要である。

 

 

夫の運気を剋害する因縁

 夫の運気(生命力)を目に見えぬ力で損ね、削る。といっても、必ずしも、日常生活に

おいて夫を尻の下に敷いたり、夫を虐待するというのではない。もちろん、そういう場合

もないことはないが、前にも書いたように、因縁というものは性格にあらわれる場合と性

格にまったくあらわれぬ場合とがある。この因縁の場合もその通りで、むしろこの因縁を

持つ女性はマメマメしく夫につかえる良妻賢母型に多いので始末に困る。江戸川柳に、

 「次の間で毒が薬を煎じてる」

 この句の意味は、亭主が年中病弱で寝ている、その家をたずねてみると、亭主の寝てい

る次の部屋で、若い美しい妻君が、甲斐々々しく薬を煎じている。しかし実際は、この美

しい妻君が病身の亭主にとっては毒なのだ、というところから、妻君が薬を煎じているの

を、毒が薬を、と皮肉っているわけである。

 この因縁を持つ女性を妻に持つと、その夫は年中病弱となるか、または仕事がうまくい

かず、年中失敗したり、渋潜しがちとなる。生命力を削られるところから、運が非常に悪

くなるのである。いかに才能、手腕があろうとも、必ず何か一つの不運につきまとわれる。

妻君が一心につかえればつかえるほど、夫の運気が悪くなるのであるから厄介である。

 世間によくあることだが、立派な妻君を待った夫が、他に女性を作り、その女性よりも

妻君のほうがはるかに容色も頭もすぐれているので人が不思議がる例がある。これは、妻

君のほうに、この、夫の運気を剋する因縁があるために、夫が、生命力自衛の本能から、

無意識に妻君に反発して、そういう因縁のない運気のおだやかな女性を求め、逃避するた

めなのである。

 

 中年になってそういうことがよく起こるのは、もちろん、中年代で経済的に余裕が出来

たり、妻君の容色が衰えてきたということも理由の一つにはなるが、根本的には、若いう

ちは、夫のほうも生命力がつよいので妻の運気剋害にも平気で耐えられているから、それ

ほど感じないが、年をとるにつれて生命力が弱り、憩いの場が欲しくなってくるのである。

 この因縁の強いものをもつ女性が、いわゆる「後家運」と呼ばれるもので、色情の因縁

のある夫は、前記したように他の女性に逃避し、色情の因縁のない夫は、趣味に逃避した

り、仕事に没頭したりして、冷たい家庭となる。

 もし、生命力の弱い夫であったら、死んでしまう。すなわち、後家運と呼ばれる所以で

ある。女性としてしあわせな家庭を持とうと思ったら、まず切らねばならぬ因縁である。

 

  夫婦縁障害の因縁

 夫婦縁、結婚生活に障害が起きる因縁である。

 なんとなくお互いに性格が合わず、年中不満を待ちあってゴタゴタが絶えず、冷たい家

庭になる。

 または、お斤いに愛情はあるのだが、どちらかが病気になって別川をよぎなくされる、

とか、什事の関係で別れ別れに住むことになる。シュウトなどの関係で夫婦仲がうまくい

かぬ、など、とにかく、愛情の有無にかかわらず、結果的に夫婦仲がうまくいかない。離

婚してしまうというところまではいかぬが、とにかく、年中その一歩手前までいってゴタ

ゴタしているのである。

 

‐夫婦縁破れる因縁

 この因縁を持っている人は、男女とも、必ず生別か死別をまぬがれない。生別となるか

死別となるか、は、相手方の生命力の強弱による。

 

けいごく

刑獄の因縁

凶運の時に、必ず刑事事件を起こして、刑務所につながれることになる因縁である。

たいてい他の悪い因縁をあわせ持っていて、それらの悪い因縁とからみ合って起きるの

せなければ、必ずこの因縁の結果通りとなる。縁者でなく、他人のホトヶであることも少

なからずある。

 

脳障害の因縁

 この因縁は、精神病の場合と、精神病でない頭部の障害、の二種に分けられる。

 すなわち、精神病(ノイローゼ、脳梅毒など)と、頭部の怪我、または脳溢血、脳軟化

症等の病気で、程度の0 い因縁の人ぱ年中、頭痛、肩こり、不眠症などに悩まされる。

 肉体障害の因縁をあわせ持つ人は、脳溢血から中気になったり、頭の負傷で手足がきか

なくなったりする。脳性小児マヒなどもこの因縁のあらわれである。

 

二重人格の因縁

前記の脳障害の因縁の系列に入る因縁に、この二重人格の因縁がある。

酒を呑むと、ガラリと人が変わってしまって、全く別人のようになってしまう。

 酒乱はこの円縁である。表而意識がアルコールで麻玲すると、遺伝している潜在意識や

深層意識が浮かび出て、別の性格が入れかわって出て来るのである。異常性格・同性愛な

どもこの因縁である。

 この因縁は、家運衰退の因縁にも深い関連があり、二、三代前の縁者で、非常に不幸な、

恵まれない死に方をした人か、あるいは、他人で、その家に非常な怨念を抱いて死んだ者

のいることが特徴である。

 

癌の因縁

胃ガン、子宮ガンなど、この因縁を持つ人は必ず癌になる。

循環器系統障害の因縁

心臓、腎臓、肝臓等の循環器系に故障を起こす因縁である。

 色情の因縁

 男女が、異性(同性の場合もある)によって苦しんだり傷ついたりする因縁である。こ

れは、家運衰退の因縁のもととなる因縁である。

 また、夫、妻が、その配偶者の色情のトラブルで苦しめられる場合も、色情の因縁があ

るということになる。

 

へんぎよう

偏業の因縁

 職業の上にあらわれる因縁である。

 この因縁を持つ人は、宗教家、芸術家、芸能人、裁判官、水商売などが適する。そのど

れがよいかは、別の因縁とも照らしあわせてみる必要があるが、とにかくこの因縁のある

人は、これらの職業以外につくと絶対に芽が出ない。つまり、適性ということに関係して

くるわけだが、そういうことをふくんだ上で、運命的にその職業以外では伸びない、とい

うことである。

 職業の適性ということは非常に重大なことで、それゆえに、いろいろな適性検査などが

考案されているわけだが、適業、適性、というものは、因縁的に決定されているのである。

 人の職業は、大づかみにいって、技術系(生産事業、技術者)、営業系(販売事業、営

業、商人)、組織系(官公吏、政治家)の三種に分けられるが、人はみな、それぞれの系列

に向く因縁と向かぬ因縁を持っており、向かぬ職業に就いた場合、絶対に芽が出ぬもので

あるから、注意して選択しないと生涯の不幸となる。

 

財運・水の因縁

 

 

 財運がめって、お金は人より何倍も多く入ってくるが、水のように流れ出してしまって、

身にっかない。

 無理に溜めようとすると、自分が病気になったり、家族が病気になったりする。これは、

水の財運で、水というものは、流動しているかぎり腐敗せず、きれいである。溜まり水ぱ

必ず濁り、腐敗する。それと同じで、この因縁を持つ人は、常にお金が流れ動いて身につ

 

かぬのである。無理にお金を溜めると、腐敗現象が起きて、家族に病人やヶが人が出たり

人にだまされたりして、全部、お金が出て行ってしまう。

 

 頭領運の因縁

人の上に立つ因縁である。この因縁をもつ人は、必ず、大なり小なり人の上に立って、

人の頭領となる。但し、この頭領運に二種類めって、純然たる頭領運と、組織内の頭領運

とに分けられる、純然たる頭領運は、だいたい創業者として成功する。組織内の頭領運は、

専務、部長という一分野の首長で終わる。

 頭領運はよい因縁の部類に入るが、反面、孤独運を待ち、晩年は家庭的に不幸になりや

すい。

 頭領運のない人は、自ら頭領になると必ず失敗する。よき頭領運の人をえらんで、次位

に甘んじ、よく補佐をすることに専念するがよい。それが、自分の才能、手腕を十二分に

発揮し得る最良の道である。野心を持って自分がその位置に就くと、物事渋滞して苦労ば

かり多く、必ず失敗するのである。

 

 子縁うすい因縁

 子供との縁がうすい因縁である。

 この因縁があると、子供が生れないか、生れても、五、六歳になるまでに死んでしまう。

また、自分の実子と縁がうすいだけではなく、養子をもらっても、この因縁ある限りうま

くいかない。その養子の運気(生命力)が強ければ衝突して出て行ってしまうし、生命力

が弱ければ死んでしまうのである。

 

  産厄の因縁

 出産に際して、難産で苦しむ因縁である。衰運の時期で生命力が弱っている時にあたる

と、死ぬ恐れがある。水子の霊障や、難産で死んだ縁者の霊障のあることが多い。

 

What kind of relationship does a person have?
From now on, I will explain about the factors that people have, but then those factors are
There is nothing more than why there is a human being here. Asked me
If so, if you are asked why you have such a face,
What do you answer? I’m born with this kind of face, so I have this kind of face
Isn’t it impossible to answer that? Whatever the cause, humans have different
They are born with a relationship and live with a variety of relationships. The phenomenon of the relationship
Let’s analyze and explain. If you read through without thinking about the logic, there is always something that comes to mind.
Let’s go. Eat eggs and chicken without knowing if the eggs first occurred or the chickens first
It is indispensable to enjoy. Details will be explained later. Here, first person
Let’s talk about the kind of “fate” that everyone has.
Kunsutai
0 Causes of decline in home luck
This person is born into family luck, that is, a family whose family luck is gradually gathering
It is the relationship that has.
Such a person is a person who was born in a house where he lived a lot until his father or grandfather
Many. Family luck has gradually been leaning since my grandfather or father. So, on my own
After that, my luck is even worse. There is considerable ability, talent, skill
But you can’t have a place to show it. I can’t have that chance.
Then, I will see the person who is inferior to me overtaking me with a brutal rush.
It will be.
Sometimes, when a chance is coming around, people get in the way, get in the way, or
If you make an unexpected mistake or illness, you lose your chance. In short, in a nutshell
I am unlucky. Although there is a skill, it is strangely poorly matched and does not go up.
As you get older, your luck gets worse and your life gets worse.

The following comes out of the relationship of
Chu and Zetsutsu
@ Fear of midway frustration
This is the cause.
】 Anyone with this connection will go smoothly until 7th and 8th streets,
U, I ’m sure it ’s not good enough. It will never bear fruit. This connection
The name “Life of Kana” is “Seven Yae, the flowers are in bloom but Yamabuki is one of the fruits of sadness.
As with the old song Yamabuki of Shiki, the flower blooms but does not bear fruit.
It is coming from the bottom. It looks gorgeous to the eyes and the truth is empty. Struggled
In fact, the harvest of potatoes is taken away by people.
There are many people with this connection who have strong luck (life force).
Standing up and working again, frustrated on 7th and 8th streets and standing again
Many people live a life of ups and downs, such as going up and frustrated.
In the end, it ends up frustrated.
There are roughly two ways to show the relationship, and the prisoner is just the person’s trap.
There are cases where the character appears in the case and cases where the character does not appear at all.
Even in the case of this frustrated relationship, this relationship appears in the character as it is and is very weak
There are weak-willed molds and, conversely, very strong-minded will-strong molds.
The willless type will sneak up immediately no matter what they do, and will not continue. Depressive
It’s ridiculous. Everything about schoolwork and profession is so. Literally halfway, weakness
Line type.
The other is the opposite of this, with good personality, strong will and hard work.
However, its strength is incompatible with others, and it can collide with the upper person or cooperate with colleagues in a friendly manner.
If not, fail and frustrate. Or the most important place here
Make terrible mistakes, misunderstand people, or be disturbed. Also sick and injured
There is always some kind of trouble, such as making mistakes.
It is.
The other day I visited such a person who visited me.
A 47- or 8-year-old office worker was a fine person, but this person had this connection.

The I heard that he has changed his work eight times so far. Though it is a hard-working hard worker type,
When asked, this person works for a leading conglomerate company, but has become a subsidiary
If you are seconded, the company will be merged with other companies or shut down due to poor performance.
It ends up. Returning to the headquarters, synchronous employees who are still at the headquarters will move up considerably.
Because it is difficult to treat, he is sent to a subsidiary company as a seconding director. Then again
The company is going to be crazy, so it has been repeated so far.
As a reminder, this is the company that this person went to because his management skills are bad.
It does n’t mean that it ’s going to be a bad thing.
I have a hand and arm). Whether this person goes or doesn’t go, the company will fail
It is. This person is going to go to such a company as if he had to go.
The company this time is also getting strange, so I came to consult, but typical
It was an expression of the cause of midway frustration.
薄 In the case of the light-hearted weak type, the company is moved from the white part by immediately hitting and moving.
However, in the case of a strong-willed type, it will be difficult to change the company by making every effort.
However, it will be forced to change dynamically. that person
Regardless of your syllabary, thoughtlessness, attitude, etc., the results are still the same,
It’s a scary thing, though it’s a fate. I tried to be intimidated as a person
By the way, it is no good if you have this connection. External conditions do not allow.
Always frustrated.
Traditionally, it is often said that “everyone has a chance three times in a lifetime”, but even if there is no luck, there is a chance three times. There are also
is not. If this opportunity is crushed a couple of times,
The human lie must not think that the buds will last. And this scary cousin
This inequality is always inherited by the child, and in that case, the child is better than the parent.
It is to deepen the relationship and get worse.
[If the cause of this frustration becomes stronger in that way,

Fate of uncertainty and ups and downs
It becomes a relationship.
This is because the roots of luck do not occur, so it does not stay up and down.
In other words, it is the life of rootless grass. Residents and occupations are not fixed, and they change. Good luck temporarily
Even if you get, it won’t last. For the rest of your life, homeless or close to it.
In the case of women, they cannot continue a proper marriage. Remarried, married, but
No matter how many times you get married, you can never have a stable marriage.
If there is a “color relationship”, it is a miserable relationship that falls into an affair or prostitution
is there.

o Fate of close relatives
This is also the root of the decline in family luck.
This relationship was caused by relatives and relatives who were damaging and hurting their vitality and vitality.
It will be dispersed.
Verses the lesson of Motonari Mouri’s “Three Arrows”, helping each other, and cooperating with each other
Those who are close relatives should become discrete, isolated, and gradually fall down.
This is a sign of the decline in family luck.
When there is this connection, blood-related traps such as parents and siblings who live together, are incongruent throughout the year and are constantly fraudulent.
Yes. This is because the relatives are damaging and hurting each other’s luck (life force)
Unconsciously repels and fights. In this case, even if you hurt your fortunes,
Neither does it always stand up and fight. Just living under the same roof,
The other party’s luck (life force) is impaired. It’s just like an invisible ray
It seems to radiate a thing and hurt the other person’s life force. Human life
Has a self-defense instinct to protect itself, so that instinct works and unconsciously
Gather vitality to repel the opponent. As a result, the other party ’s actions and actions
A word is very worrisome (because my nerves are standing). That is where static begins. Relatives
This is because he is an unusually bad friend. In addition to that, if there are interests such as property,
It progresses to a very serious battle.
In this well-established family, if the relatives living together are not discordant, there will always be someone in the family who is suffering from illness throughout the year or who is extremely unlucky and unlucky.
Exceptional talents and skills, but always missed opportunities and was not blessed with opportunities
People who have been sick for many years or who have a long-term illness,
You should be suspicious that your fate (life force) is being harmed by the “fate of the conflict”
is there. If you have one of these ties, you can go idle for the rest of your life, unless you cut it off.
It ’s just that.
For those who have this connection (or family with this connection)
There are physical obstacles. In other words, before the third or fourth generation, he died of the house
There is a hot photo of memorization.
Also, most meals are spiritually affected by people who died sideways.
“The cause of the decline of home luck”, “the cause of midway frustration”, and “the cause of unlucky / floating”
Often this is also caused by a spiritual photo.
As long as this spirit is not solved, this relationship will last for generations.
There is no other way to remove the spiritually distressed Buddha through the Buddha method.

Child’s fate
This is the cause of green relatives, and is the life force of parents. That
Therefore, the child becomes weak all year round. Or you are born as disabled or become disabled
Mostly die by about ten years old.
If the child has very strong vitality, the child can live, become a child,
Jump out. If you are near your parents, your vitality will be cut and you will jump out of your parents because it is dangerous
(Of course, I don’t know that, but I).
Recently, various measures are being taken to deal with delinquency issues for boys and girls.
I want you to realize that there is such a connection.
い な い Don’t say stupidly about believing that there’s a connection, don’t say anything stupid
I want you to think carefully about whether there is anything.
に し て も Whether this is a father or a mother, the child always resists abnormalities if there is this connection. of course,
It is true that there is a period of rebellion during the growth of a child, but this rebellious rebellion is different.
Always. This is the same as in the case of the relationship between the relatives mentioned above.
The self-defense instinct works against infringers and tries to fight back with my life force
Therefore, it is rebellious and repulsive. It is a poor figure that protects me.
I always look at the parents and children with this relationship, and raise their hairs
It reminds me of a puppy who is desperate to bite.
The reason why there are many other reasons for the poor behavior in the homes of successful people is luck
Yes, because it ’s easy for a parent to have the luck of the child,
It is easy to produce a result.
Parents who have poor children or parents who have abnormally unspeakable parents are one of the fundamental countermeasures.
As a matter of fact, first check for the existence of this relationship. Without this cause, it can be repaired relatively easily.
As long as there is a cause for it, it will never be fixed.
This factor

 

 

 

 

 

 

守護霊を持つには、何か特別な行法が必要なのでしょうか。 Do we need any special practices to have a guardian spirit?

 

――守護霊を持つには、何か特別な行法が必要なのでしょうか。
桐山  守護霊は、霊格の高い霊になってもらうのですが、いきなりはできません。
″悪貨は
というのも、世の人みんなが、何らかの悪い霊、霊障を持っています
良貨を駆逐する”と言いますね。良貨を流通させるには、まず悪貨をなくさな
げればいけません。つまり悪い霊をなくすのが先で、霊障を断ち切れば、守護
霊はおのずと現れてくるのですよ。
私自身、一生を霊障をなくすことにかけてきて、やっと守護霊を得たわけで
霊障を断つには″千座行″をはじめ大変な修行が必要だったのです。
ところが61年、スリランカから私どもに。真正仏舎利”というおシャカさま
の御真骨をいただき、真の守護霊が持てるようになったのです。真正仏舎利を
いただき信心すれば、霊障を断ち、福徳を与えてくれる、まるでそれ自身が守
護霊といっていい、すごいパワーがあるのです。
仏舎利というのは、それほど強いパワーを持っているのですか?
桐山  そうです。そもそも仏舎利というのは、おシャカさまの御遺骨のことなので
すが、本当の御遺骨というのは簡単に得られるものではありません。みんな間
に合わせの仏舎利を使っているし、私どももそうでした。ところが縁があって、
本当のシ十力の御遺骨習万正仏舎利”を手にすることができたのです。
この「真正仏舎利」は「生きているシャカ」として尊崇されています。これ
を「生身如来」、「法身如来」と言います。
密教では、シャカの御遺骨、御遺身を「変化法身の釈迦」といって、生身の
シャカの本体とするのです。御遺骨、御遺身が、生きているシャカの本体です。
私の著書「守護仏の奇蹟」でこの点を詳しく書いていますが、その密教では
シャカに三重あることを説き、これを「三重の釈迦」と言います。
第一重のシャカはシ十力の説いた教法。第二重のシャカは生身のシ十力の本
体である御遺骨、御遺身。第三重のシャカは生身のシャカです。第三重のシャ
カはすでにおられないので、第二垂のシャカを生身の釈迦如来としています。
シャカというのは言うまでもなく仏教の開祖であり、仏教そのものの総本尊
です。実在の仏はシャカだげで、私どもはそのシャカをご本尊としています。
桐山名言集◆この世の中のものすべて、どんなものでも、原因となるものがなくて生するものはなく、また因あって
生じても、これを助長する縁がなくては存在しない。因と縁か重なって、経過をたどり、結果か現れる。
差別はないのです。
のです。
実在の仏である本尊としてのシャカは法のうえでオールマイティーであり、
教えのうえでオールマイティーであり、救済者としてオールマイティーです。
それら三つの力を持つシャカの法身舎利を私たちは「守護仏」とお呼びするの
です。
真正仏舎利のおシャカさまが、夫婦ゲソカをやめさせるなんておかしいよう
だけれど、救世者としての力は、世界の危機を救うのも夫婦の危機を救うのも
「守護仏」が、この世のあらゆる悩みや苦しみから、私たちを救ってくださる
というわげですね。
桐山  すでにこの「守護仏」がもたらす奇跡がたくさん現れているのですよ。そし
てこの「守護仏」こそが、ほんとうに力のある「守護霊」をもたらしてくれる

*如意宝珠法
仏舎利を本尊として
法を修すること。
この法は、ことに末
法の世の衆生を益する
ものとされている。物
質的に衆生の願望をか
なえるだけでなく、霊
障のホトヶを救い、三
界困苦の衆生を解脱さ
せる。

あなたも霊能者の仲間になれる
雲言囮ベストがだめならベターでゆけ。千座行で悪い運気を取れば9 達も得る
真正仏舎利という大パワーを得て、千座行をする必要がなくなったと言えるのですね。
桐山  そうですね。修行の話をし孝すと、私が密教に入ったとき、ます考えたのは、
一生を通じて自分の行としてどういう行法をしようか、ということです。これ
は、密教の修行をする時、みんな考えることですがね。
いろいろな行法の中から、より自分を高めてくれ、自分の方向に合った行法
を選ぶわけです。
で、私のそりたいのが、。如意宝珠法”だったのです。
仏舎利を本尊として、この法で祈るとき、自分の悪因縁を断ち切り、そのう
願いが点のごとくかなりIオルマイティーな 高昨のわ法で。
ところが問題は本尊とする仏舎利です。本物なんてあるわけない。大きな米
粒を一つ清めて法を修すると本物と同等の仏舎利になるということになってい
るのです。だからお米のことをシャリというんでしょう。霊石を使う場合もあ
りますよ。
で、お米の仏舎利で祈るのですが、心の片隅に「これは米粒じやないかな」
という思いが少しでもあると、とても願いなんてかないません。それで行法を変えたんですね。
桐山  そう。要するに、「私にはまだ。如意宝珠法”なんてやる徳がないんだ、もっ
と徳を積んだら、あるいは本当の仏舎利が手に入ることがあるかもしれない。
そうしたら、如意宝珠法をやる資格ができたということだろう」と思いまして、
ペストがだめならベターだというので選んだのが、。因縁解脱の千座行”だったのです。
これは悪い因縁を切るだげの行法でしたが、悪い因縁を切ればおのずから福
徳も生ずるだろうと思ったわけです。

霊言国人の悩みを聞き、アドバイスできる
指導者を育てたい
Z千座行から移行したことで、内容的にはどんな変化がありましたか。
桐山  たいへんな飛躍です。
オールマイティーであり、救済者としてオールマイティーである三つのスーパ
ーパワレ‘。これが、ほんとうの仏教だという
つた。今まて思いです。そしてまた、実際に奇跡的霊験があいついで現れています。
具体的に、信者の修行のしかたはどう変わりましたか。つた。今までとまるっきり比較にならない
。結論から~うと、今我での、瞑想と拝むことが主体であった行から、非常に
実践的な信仰になったと思います。私のところの和讃をお読みになればわかる
とおり、″悩める人の杖となれ”とあります。これが実践行ですね。自分が救わ
れようと思ったら、まず他人を救え、と。おシャカさまのこの教えを梵行と言
うんです、が、阿含経の道場では、もともとこの梵行と所作、つまり修行の二本
立てなわけです。人を救うことと、仏を礼拝供養することですね。
今までの千座行では、勤行に一目四十~五十分かかりましたから、これだけ
で精一杯というAが多かったんです。ところがこれからは、拝んでいた時間を
梵行に当て、人を助けることができるわけです。そこが実践的であり、また、
それこそがおシャカさまの阿合の道場のあり方だったということです。
梵行というのは布教伝道のことだと思うんですが、具体的にはどのようにされ
ていくのでしょうか。
桐山  人の悩みを聞いてあげて、アドバイスをするということも含みますが、そう
いう人生相談のできる人をこれからどんどん増やそうと思っています。それに
は指導的な霊能者を最終的に百人作ればいい。百人いれば世界を動かせると思
うんです。    今までは準紙如来という概念上の仏を通じてシャカを拝んでいた。つまり
他の大衆仏教と同じだったわけです。
ところが、今度は、生きたシャカ如来を本尊として法を修することになった。
これは、今までとまるっきり違う。次元が違ってしまったわけです。
前にお話ししたように、法のうえでオールマイティーであり、教えのうえで

Do we need any special practices to have a guardian spirit?

–Do you need any special practices to have a guardian spirit?
Kiriyama The guardian spirit is supposed to be a spirit with high spirituality, but it cannot be done suddenly.
«The bad coins are
Because everyone in the world has some kind of bad spirit
“I will destroy good coins.” To distribute good coins, you must first lose them.
I have to go. In other words, it ’s important to eliminate bad spirits first,
The spirit appears naturally.
I myself took my whole life to get rid of my spirits and finally got a guardian spirit
In order to cut off the spirits, it was necessary to do a lot of training, including “Chizo”.
However, in 61 years, from Sri Lanka to us. A shaka called “Shinsho Buddha”
I received the true bones of I and came to have a true guardian spirit. Authentic Buddha
If you are confident and devoted, you will break spirits and give virtues, as if you are defending
It can be said to be a spirit, and it has a great power.
Do Buddhist priests have so strong power?
Kiriyama That’s right. In the first place, the Buddhist stupa is the remains of Shaka
However, the true remains are not easily obtained. Everyone
We use a Buddhist stylized to match and we did. However, there is an edge,
I was able to get the “real skeleton of the remains of the ten thousand Buddha”.
This “Shinsho Buddha” is revered as a “living shaka”. this
These are called “Life-like” and “Hoshin-yo”.
In Esoteric Buddhism, Shaka’s remains and remains are called “Shadow of change”
It is the main body of Shaka. The remains and remains are the main body of the living Shaka.
I wrote this in detail in my book “The Guardian Buddha’s Miracle”.
Preaching that there is Mie in Shaka, this is called “Mie Shaka”.
The first heavy shaka is a teaching method preached by Shiki. The second double shaka is a living book
The remains and bodies of the body. The third Shaka is a live Shaka. 3rd Sha
Since there is no mosquito already, the second drooling shaka is assumed to be a living Shakyaku.
Needless to say, Shaka is the founder of Buddhism and is the head temple of Buddhism itself.
is. The real Buddha is a shaka, and we have the shaka as our deity.
Kiriyama Quotations ◆ Everything in the world, anything, no one that can be born without cause
Even if it occurs, it does not exist without an edge that facilitates this. Overlapping with the cause, follow the course, the result appears.
There is no discrimination.
It is.
Shaka as a real Buddha who is a real Buddha is almighty under the law,
It is almighty after teaching, and it is almighty as a rescuer.
We call the Shaka’s body with the three powers “Guardian Buddha”
is.
It seems strange that Shaka of the authentic Buddhist stigma ceases to be a married couple
However, the power as a savior can save the crisis of the world and the crisis of the couple.
“Guardian Buddha” will save us from all the troubles and sufferings of this world
Is n’t it?
Kiriyama There are already many miracles from this “Guardian Buddha”. And
The lever “Guardian Buddha” really brings a powerful “Guardian Spirit”

* Ruyi Hoju method
Suppose Buddhist priesthood
To master the law.
This law is especially
Benefit the world of law
It is supposed to be. object
Qualitatively the desire of the people
Not only can you lie, but spirit
Rescue the photo of disability, three
Unraveling the world’s hardship
Make it.

You can be a fellow psychic
If you can’t use the best of Kumo-an, you can go better. If you take bad luck in Chiza, you get 9
It can be said that it is no longer necessary to go to Senza with the great power of the genuine Buddhist temple.
Kiriyama That’s right. When I talked about training and fought, when I entered esotericism,
It is what kind of manner to do as one’s own line throughout life. this
I think that everyone thinks when practicing Esoteric Buddhism.
Enhance your self among various ways of doing things that suit your direction
That ’s why.
So what I want to shave is. It was the “Rui Jiju method”.
When praying with this law, with Buddhist priesthood as the main deity, cut off your bad cause,
願 い The wish is quite I-olmighty like the point.
However, the problem is the Buddhist shrine that is the main shrine. There is no real thing. Big rice
It is supposed that if you clean one grain and learn the law, it will become a stupa equivalent to the real one.
That’s it. That’s why rice is called shari. Sometimes I use spirit stones
Ryo.
I pray at the rice stupa, but in the corner of my heart is “This is a rice grain”
If you have a little thought, you can’t have a wish. So you changed the way of doing it.
Kiriyama Yes. In short, “I still do n’t have the virtue to do it.”
If you accumulate virtue with you, you might get a real Buddhist temple.
Then, I think that I was qualified to do the Ruyi Jewel Act ”
I chose it because it was better if the plague was not good. It was “Chizo’s trip to the reunion”.
This was a way to cut bad ties, but if you cut off bad ties,
I thought that virtue would also arise.

Listen to and advise on the troubles of the spiritual nation
I want to train leaders
What kind of changes have been made in the contents of the shift from Z Chiza line?
Kiriyama is a great leap.
Three supers who are almighty and almighty as saviors
-Power ‘ This is true Buddhism
Tsuta. I am very happy. And again, there are actually miraculous spiritual experiences.
Specifically, how has the practice of believers changed? I got it. It ’s not a clear comparison
. From the conclusion, from the line where meditation and worship was the subject now,
I think it became a practical faith. You can understand by reading my Japanese
As you can see, “Become the staff of the worried person”. This is a practice line. I am saved
If you want to be saved, first save others. Sasha ’s teaching is lameness
Yes, but in the Ajokyo dojo, this was originally a lame and a work, that is, a training
It ’s a stand. It ’s about saving people and worshiping Buddha.
So far, it has been 40 to 50 minutes at a glance for the trip to Chiza, so this is all
There were many people who said that they were full. However, from now on, the time I was worshiping
You can help people with lameness. That is practical, and
That is how Shaka’s Ai dojo was.
I think that lameness is a missionary mission.
Will it go?
Kiriyama: This includes listening to people’s worries and giving advice.
I am planning to increase the number of people who can provide life consultations. in addition
It is only necessary to finally make 100 leading spiritualists. I think a hundred people can move the world
Yeah. Until now, I had been worshiping Shaka through the conceptual Buddhist Buddha. That is
It was the same as other popular Buddhism.
However, this time, I decided to study the law with the living Shaka Nyorai as the principal.
This is completely different from the past. The dimensions are different.
As I said before, it ’s almighty and legal

 

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あらためて知りたい: ファイトケミカルについて

からだの細胞を作るのに重要な栄養素って?

人間の体は、約60兆個の細胞からできています。一つ一つの細胞は、新しい細胞を作ったり、古くなった細胞をこわしたりする、「工場」のような仕組みを持っています。いわゆる細胞の新陳代謝は、このような細胞工場の仕事として理解することができるのです。

「細胞工場」では、「たんぱく質」が細胞を作る「材料」となり、「ビタミン・ミネラル」は「材料」を組み立てる「部品」のような役割を担っています。

肌、髪、筋肉、骨などを作っているのは、このような細胞工場の働きです。そのため、細胞のコンディションは、健康と美容の根本に関わっていると言えるのです。

細胞と活性酸素の関係って?活性酸素が体内で増えるデメリットとは

ファイトケミカルス - 健康管理

活性酸素とは、体に取り込んだ酸素の一部から発生する高い「酸化力」を持った物質のこと。もともと体内で絶えず作られる物質ですが、量が過剰になると細胞を傷付け、さまざまな体の不調を引き起こす原因になると言われます。

活性酸素の発生を促進する要素には、喫煙や飲酒、紫外線、ストレス、激しい運動などがあります。食事面での要因の一つは「脂肪の摂りすぎ」と言われることも。脂肪は酸化しやすく、空気にさらされると過酸化脂質に変化します。過酸化脂質は酸化促進作用を持ち、活性酸素と同じ害をもたらすとされています。また、脂質そのものが、活性酸素と結びつきやすい性質を持っていると考えられているのです。

しかし、活性酸素は細胞間での伝達や免疫機能など、体内で必要とされる働きも持っているため、ただ完全になくせばよいというわけではありません。活性酸素の発生をできるだけ抑えること、働きを阻止することが大切だとされています。

ファイトケミカルスってどう良いの?

ファイトケミカルス - 健康管理

活性酸素の働きを阻止するとして期待を集めているのが、抗酸化物質です。近年では、ビタミン類、ポリフェノール類など、食物に含まれる数多くの抗酸化物質がメディアでもよく紹介されていますね。抗酸化物質には、たんぱく質(酵素を含む)、尿酸など、体内で作られるものも多様に存在します。

ファイトケミカルスとは抗酸化物質の一種で、植物が身を守るために自ら体内で作り出す成分のこと。紫外線から身を守るための「色」、害虫を遠ざけるための「香り」などがあります。植物も紫外線にさらされると活性酸素が体内で発生するため、対抗するための物質を作っているのです。ファイトケミカルスを豊富に含む野菜や果物を食べることで、私たちもそれらを摂取して抗酸化に活用することが期待できます。

 

フィトケミカルを多く含む野菜や果物は、色で大別して5つのグループに分けられます。

紫(ナス・黒豆・ブルーベリーなど)

赤(トマト・パプリカ・スイカ・唐辛子など)

黄(玉ねぎ・とうもろこし・レモン・キウイなど)

緑(ブロッコリー・ほうれん草・ピーマンなど)

白(キャベツ・ねぎ・にんにく・大根など)

日々の食生活では、この5色のグループから野菜や果物をバランスよく取り入れるのが望ましいとされています。

人間の体は、約60兆個の細胞からできています。一つ一つの細胞は、新しい細胞を作ったり、古くなった細胞をこわしたりする、「工場」のような仕組みを持っています。いわゆる細胞の新陳代謝は、このような細胞工場の仕事として理解することができるのです。

「細胞工場」では、「たんぱく質」が細胞を作る「材料」となり、「ビタミン・ミネラル」は「材料」を組み立てる「部品」のような役割を担っています。

肌、髪、筋肉、骨などを作っているのは、このような細胞工場の働きです。そのため、細胞のコンディションは、健康と美容の根本に関わっていると言えるのです。

まとめ

活性酸素が体内で増えすぎることによる影響や、ファイトケミカルスを含む野菜・果物について見てきました。ファイトケミカルスはさまざまな種類をバランスよく摂取することが望ましいです。でも忙しい毎日では、たくさんの種類の野菜や果物を継続的に摂るのが大変なときもありますよね。サプリメントなどもうまく活用しながら、ライフスタイルに合わせて取り入れてみましょう。