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脳  爬虫類脳・哺乳類脳・人間脳|3つの脳の構造でわかる人間の三大欲求 Brain: Reptile brain, mammal brain, human brain | Three major human desires understood by the structure of the three brains

3つの脳 爬虫類脳・哺乳類脳・人間脳

僕たち人間は、3つの脳を同時に併せ持っているとする『脳の三位一体論(triune brain)』という仮説があります。

  • 生きるための爬虫類脳
  • 感じるための哺乳類脳
  • 考えるための人間脳

この3つの脳の特徴から、人間の三大欲求がわかります。

それは、「生きたい・関わりたい・成長したい」です。

この3つの脳の特徴を理解することで、ビジネスではマーケティングやブランディングに役立ちます。また、3つの脳の違いをうまく利用できれば、掲げた目標を達成しやすくなります。

もしも、あなたが人間についての理解を深めたいなら、3つの脳の違いについて知っておいてください。

3つの脳 (脳の三位一体論)

1960年代に提唱された『脳の三位一体論(triune brain)』の仮説によると、人間の脳は太古の脳の基本的構造を保ったまま、地層のように次の脳が付け足される形で進化してきたと考えられました。

  1. ワニやトカゲのような原始爬虫類の脳
  2. ウマやイヌのような旧哺乳類の脳
  3. 急速に発達してきた新哺乳類の脳

そのため、人間は「3つ脳」を同時に併せて持っているとしています。

脳の三層構造

脳の三層構造

「3つの脳の進化」はマクリーン氏による仮説

この「3つの脳の進化」の仮説は、アメリカ国立精神衛生研究所の脳進化学者ポール・D・マクリーン(Paul D. MacLean)博士によって提唱されました。

1990年に刊行された著書『The Triune Brain in Evolution(邦訳:三つの脳の進化)』では、人間に起こる衝動は、爬虫類から継承された反射脳によって生まれると解説されています。

この「3つの脳の進化」の仮説は、2000年代以降の多くの比較神経学者によって否定されていますが、脳の構造や特徴を理解するには、すごく分かりやすいモデルです。

3つの脳の特徴

例えば、お腹が空いたら食べ物を求めますし、のどが乾けば飲み物を求めます。暑ければ汗をかきますし、寒ければブルブル震えます。これは爬虫類脳が関係しています。

愛する子供を目の前にしたら大好きな感情が抑えられず、思わずニッコリと笑顔がこぼれてしまうかもしれません。これは哺乳類脳が関係しています。

たとえ大好きなタバコであっても、健康のためにはガマンして禁煙をしているかもしれません。これは人間脳が関係しています。

3つの脳の特徴をまとめると、次のとおりです。

3つの脳の特徴

3つの脳の特徴

 

ひとつずつ、特徴を解説していきます。

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爬虫類脳(反射脳):脳幹

ワニ

 

 

 

 

 

 

 

『脳の三位一体論』の仮説では、爬虫類脳はもっとも古い脳とされています。頭蓋骨の内側の一番下にあり、「原始爬虫類脳」「反射脳」とも呼ばれます。

自律神経の中核である脳幹、大脳基底核、脊髄によって成り立っていて、本能を司る脳として交感神経や副交感神経をコントロールしています。その役割は、おもに生命維持です。

無意識でする心拍や呼吸、体温調節、食べ物や飲み物を摂ること、性行動に関係しています。また、身の危険を感じた時に反射的に体が反応するのは、この爬虫類脳の領域です。

爬虫類脳をひと言でまとめれば、生きるための脳です。

爬虫類脳の特徴は生命維持のための防衛本能

爬虫類の特徴としては、縄張りに対しての防衛本能があります。

人の場合はパーソナル・スペースと言いますが、あまりにも自分のそばに赤の他人が近寄ってくると、なんだかイヤな気分になりますよね。それは、爬虫類脳の「安全でいたい」という防衛本能が働くからなんですね。

爬虫類脳は生きるために必死なので、自己中心的であり、目の前の短絡的な欲求しか頭にありません。

マクリーン氏によると、爬虫類のコミュニケーションは

  • あいさつ
  • 攻撃・侵略
  • 求婚・求愛
  • 服従

の4種類しかないとしています。

もしも人間が爬虫類脳だけなら、支配するか支配されるか、奪うか奪われるかといった、まるで『北斗の拳』のような殺伐とした世界になってしまうんですね。

爬虫類脳は新しい行動が嫌い

またマクリーン氏によると、爬虫類脳は先祖からの記憶に満ちていて、先祖の命令どおりには働くが、新しい場面に遭遇した時にはうまく機能せず、先祖の記憶に束縛されるとしています。

つまり、「過去の経験則にこだわり、新しいことは嫌い」という性質があるんですね。『安全でいるためには、今までと同じことをしておけば良い』ということです。

この性質のおかげで、僕たち人間はせっかく目標を掲げたのに、なかなか新しい行動にチャレンジできないという事態に陥ります。

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哺乳類脳(情動脳):大脳辺縁系

 

馬二頭

 

 

 

 

 

『脳の三位一体論』の仮説では、哺乳類脳は爬虫類脳の次に古い脳とされています。爬虫類脳を覆うように脳の中央に位置していて、「旧哺乳類脳」「情動脳」とも呼ばれます。

扁桃体、海馬体、帯状回などが含まれる大脳辺縁系で成り立っていて、快・不快の刺激に結びついた「喜び・愛情・怒り・恐怖・嫌悪」といった衝動性の感情をコントロールしています。

イヌやネコなどの哺乳類は、トカゲやヘビといった爬虫類とは違って感情が豊かですよね。この本能的な感情によって、愛情を表現したり、不安や恐怖を感じたり、危険や脅威から逃避したり、外敵を攻撃します。

哺乳類脳をひと言でまとめれば、感じるための脳です。

哺乳類脳の特徴は情動による群れ行動

哺乳類の特徴としては、群れで行動することです。

哺乳類脳によって得られる愛情という情動は、自分と近い遺伝子を継承する確率を高めることに役立ちます。これは仲間と協同して子育てをする集団行動や、非力な子供の育児や保護といった母性的な欲求・本能の源泉です。

また、群れのトップであれば、より確実に自分の遺伝子を残すことにつながります。あるいは、優秀なリーダーに付き従えば、種を守ることにつながります。

僕たち人間がコミュニティーを築いたり、その中で自分を重要な存在だと思われたいのは、この哺乳類脳の性質が関係しているんですね。さらには、権威に弱い性質も、この哺乳類脳の影響かもしれません。

犬が人間の赤ちゃんを守るのは哺乳類脳の性質?

YouTube動画では、犬が人間の赤ちゃんを守ろうとする心温まる映像を見かけますよね。それは本能的に仲間内の弱者を守ろうとする、哺乳類脳の性質なのかもしれないですね。

人間脳(理性脳):大脳新皮質

 

本を読む男性

 

 

 

 

 

『脳の三位一体論』の仮説では、人間脳はもっとも新しい脳とされています。脳の一番外側にあり、「新哺乳類脳」「理性脳」とも呼ばれます。

大脳新皮質の両半球(右脳・左脳)から成り立っていて、認知能力、言語機能、学習能力、創造的思考能力、空間把握能力などをコントロールします。

人間脳をひと言でまとめれば、考えるための脳です。

人間脳の特徴は論理的な思考

僕たち人間と動物を隔てるものは、自分自身について考える内省能力であり、内省によって得られる未来への思考能力です。

自分自身や未来を考える能力があるからこそ、理性的であり、学習したいと感じ、目的意識を持って行動することができます。

  • 「創造的なことをしたい」
  • 「目標達成したい」
  • 「成長したい」

という考えは、内省できるからこそであり、未来を想像できる人間脳の性質によるものなんですね。

もしも未来への思考力がなければ、禁煙をしようとか、ダイエットをしようとか、将来を見据えて勉強するようなことはできません。

また、人間脳の理性があるからこそ、お腹が減ったからといって簡単に食べ物を盗むことはしませんし、ムカつくからといって簡単に人を殴ることをしないんですね。

3つの脳でわかる人間の三大欲求と三大意識

もう一度、3つの脳の特徴を見てください。この3つの脳の特徴から、人間の三大欲求がわかります。

3つの脳の特徴

3つの脳の特徴

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

爬虫類脳は、生命維持のために安全意識が働きます。生きるために食べ、休み、身の危険が迫ったら反射的に体が動きます。「安全でいること」、これが爬虫類脳の欲求です。

哺乳類脳は、情動が生まれることで仲間意識が働きます。愛情を感じ、仲間と協同することが種の存続につながります。「仲間を作ること」、これが哺乳類脳の欲求です。

人間脳は、未来的な思考ができることで目的意識が働きます。目の前の本能の支配から逃れ、未来のために行動をしようとします。「成長すること」、これが人間脳の欲求です。

脳の三大意識を図式化してみる

3つの脳の階層順で脳の機能をイラスト化してみると、「人間の三大意識」としては、次のように表現できます。

人間の脳の三大意識

人間の脳の三大意識

 

 

 

 

 

 

 

ピラミッド型にした理由は、「爬虫類脳・哺乳類脳」の影響力が「人間脳」よりもはるかに大きいからです。

この階層を見てみると、人間の三大欲求を表したERG理論や、マズローの5段階欲求説と似ていることがわかります。

3つの脳が連動することが人間の苦悩

人間脳はもっとも高次で複雑な情報処理を行う部位であるとされます。

ですが実際は、人間脳だけでは高度な情報処理はできず、哺乳類脳や爬虫類脳などと連動しながら高次な情報処理を実現していると考えられています。

ようするに、3つの脳は切り離して機能させることはできないんですね。

マクリーン氏は、爬虫類脳・哺乳類脳・人間脳の3つの脳が同居していることが『人間の苦悩』であるとしました。

なぜなら、人間は進化が速すぎたために3つの脳の連携がうまくいかず、度々、影響力の大きな爬虫類脳や哺乳類脳に支配されると考えたからです。

『人間の苦悩』が進化の速度によるものかは定かではありませんが、多くの人が次のような苦労をしていると思います。

爬虫類脳と哺乳類脳に支配される人間脳

例えば、あなたがダイエットを考えたとします。

もしも3つの脳を切り離せるとしたら、人間脳だけが働いて、たんたんとダイエットを進めることができるはずです。

ですが実際は、爬虫類脳は「なんで今までと違うことをするんだ? 甘くておいしいケーキは目の前にあるぞ」と抵抗し、哺乳類脳も「ダイエットって面倒だから嫌い・・・」と抵抗します。

その結果、「・・・そんなに無理してダイエットしなくても、いいか」と挫折してしまいます。

逆に言えば、爬虫類脳と哺乳類脳をうまく連動させることができれば、目標達成はしやすくなるということですね。

人間脳を鍛え、脳にストレスを与えないことが大切

熟考が得意な人間脳は、脳にストレスがかかることで働きが弱くなります。つまり、プレッシャーがかかっていたり、疲れていると、爬虫類脳の短絡的思考になりやすいということです。

ですので目標達成をしたいのであれば、なるべく脳がストレスを受けない状態にしておくことが大切です。

さらに、人間脳である、やる気や思考力を司る「前頭連合野」を鍛えることで、短絡的な欲求をコントロールしやすくなります。

マーケティングに応用する3つの脳の欲求

3つの脳の欲求をマーケティングに応用するためには、影響力の大きな爬虫類脳や哺乳類脳から訴えるようにします。

爬虫類脳に訴えるには

爬虫類脳に訴えるには、防衛本能である「安全・支配」のキーワードを利用します。

例えば、勝利を強調することで「安全を確保したい」「支配したい」という欲求に訴えることができます。また、楽ができることを強調することで、現状維持による「安全を確保したい」欲求に訴えることもできます。

さらに、不安や屈辱を強調することで「誰からも支配されたくない」という自由への欲求に訴えることもできます。

ターゲットが男性であれば、性的な欲望に訴えることで興味を引くことができます。

哺乳類脳に訴えるには

哺乳類脳に訴えるには、「好き嫌い・仲間」のキーワードを利用します。

例えば、疎外感や孤独の危機感を強調することで、「嫌われたくない」「どこかのカテゴリーへ所属したい」という欲求に訴えることができます。また、仲間内での特別感を強調すれば、「好かれたい」「カテゴリーの中で優れた存在でいたい」という欲求に訴えることもできます。

ターゲットが女性であれば、「愛される存在になる」ことを訴えれば、興味を引きやすくなります。

爬虫類脳と哺乳類脳に訴えるコツ

爬虫類脳と哺乳類脳に訴えるには、いずれにしても『短期間での解決策』であることを強調することが大切です。この2つの脳は、短絡的な欲求を求めるからですね。

例えば、次のようなキャッチコピーを使います。

例え

  • 「たった2週間で変化が実感できます」
  • 「今すぐ解決できます」

人間脳に訴えるには

人間脳に訴えるには、「成長・成功」のキーワードを利用します。

例えば、問題解決や達成感を強調することで「成長したい」という欲求に訴えることができます。また、新しいことを強調すれば、「新しい知識を手に入れて成功したい」という欲求に訴えることができます。

さらに、効率を強調すれば「失敗したくない」という欲求に訴えることもできます。

人間脳に訴えるコツ

人間脳に訴えるには、『長期間に渡る解決策』であることを強調します。なぜなら人間脳は、未来的な思考をするからですね。

例えば、次のようなキャッチコピーを使います。

例え

  • 「この先行投資が、あなたを一生涯守ってくれます」
  • 「一度テクニックが身につけば、この先、路頭に迷う心配がなくなります」

ポール・D・マクリーン博士の『脳の三位一体論』は、進化の過程によって人間の脳には「3つの脳」が同居しているとした仮説です。

シンプルに言えば、人間の脳は反射的な爬虫類脳と、情動的な哺乳類脳と、理性的な人間脳の三層構造で構成されています。

この3つの脳の特徴をまとめると、人間の三大欲求がわかります。

それは、「生きたい・関わりたい・成長したい」です。

ただし、人間脳の欲求である「成長したい」という願いは、度々、爬虫類脳や哺乳類脳に邪魔をされます。なぜなら、爬虫類脳は変化を嫌う性質を持っていて、爬虫類脳や哺乳類脳の影響力は人間脳よりもはるかに大きいからです。

いかに爬虫類脳と哺乳類脳の影響力を味方につけるか、あるいは無視できるかが、目標達成では大切なんですね。

次の記事では、爬虫類脳や哺乳類脳の影響力がはるかに大きい理由と、目標達成の解決策を解説します。
Next⇒「古い脳 VS 新しい脳|脳の特徴でわかる人生の苦悩と解決策

There is a hypothesis that we humans have three brains at the same time, the “triune brain”.

Reptile brain to live
Mammalian brain to feel
Human brain to think

From these three characteristics of the brain, we can understand the three major human desires.

It is “I want to live, I want to get involved, I want to grow”.

Understanding these three brain characteristics can help you in marketing and branding in your business. Also, if you can take advantage of the differences between the three brains, it will be easier for you to reach your goals.

If you want to better understand humans, be aware of the differences between the three brains.

Three brains (the theory of the trinity of the brain)

According to the hypothesis of “triune brain” proposed in the 1960s, the human brain evolves in the form of adding the next brain like a stratum while maintaining the basic structure of the ancient brain. It was thought that he had done it.

Brains of primitive reptiles like crocodiles and lizards
Brains of old mammals like horses and dogs
Rapidly developing new mammalian brain

Therefore, human beings have “three brains” at the same time.

Three-layer structure of the brain

“Three brain evolutions” is a hypothesis by Mr. McLean

This “three brain evolution” hypothesis was put forward by Dr. Paul D. MacLean, a brain chemist at the National Institute of Mental Health.

In his 1990 book, The Triune Brain in Evolution, it is explained that the impulses that occur in humans are created by the reflex brain inherited from reptiles.

This “three brain evolution” hypothesis has been denied by many comparative neurologists since the 2000s, but it is a very straightforward model for understanding the structure and characteristics of the brain.

Three brain features

For example, if you’re hungry, you’ll ask for food, and if your throat is dry, you’ll ask for a drink. If it’s hot, you sweat, and if it’s cold, you tremble. This involves the reptile brain.

If you have your beloved child in front of you, you may not be able to control your favorite emotions, and you may inadvertently spill a smile on your face. This involves the mammalian brain.

Even if you love cigarettes, you may be quitting smoking for your health. This involves the human brain.

The characteristics of the three brains are summarized below.

Three brain features

I will explain the features one by one.

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Reptile brain (reflex brain): brain stem

According to the hypothesis of “The Trinity of the Brain”, the reptile brain is the oldest brain. Located at the bottom inside the skull, also known as the “primitive reptile brain” or “reflex brain.”

It consists of the brain stem, basal ganglia, and spinal cord, which are the core of the autonomic nerves, and controls the sympathetic nerves and parasympathetic nerves as the brain that controls instinct. Its role is mainly life support.

It is related to unconscious heartbeat and breathing, thermoregulation, eating food and drink, and sexual behavior. It is in this area of ​​the reptile brain that the body reacts reflexively when it feels dangerous.

In a word, the reptile brain is a brain for living.

Reptile brain is characterized by a life-supporting defense instinct

A characteristic of reptiles is their defense instinct against territory.

In the case of people, it’s called a personal space, but when someone in red gets too close to you, it makes you feel uncomfortable. That’s because the reptile brain’s defense instinct of “I want to be safe” works.

The reptile brain is desperate to live, so it is selfish and has only a short-circuited desire in front of it.

According to McLean, reptile communication

Greetings
Attack / aggression
Marriage proposal / courtship
Obedience

There are only four types.

If humans are only reptile brains, it will be a murderous world like “Fist of the North Star”, whether it is ruled or ruled, robbed or robbed.

Reptile brain hates new behavior

According to McLean, the reptile brain is full of memories from its ancestors and works as commanded by its ancestors, but does not work well when encountering new situations and is bound by the memories of its ancestors.

In other words, it has the property of “sticking to the rules of thumb of the past and hating new things.” “To be safe, you have to do the same thing as before.”

Due to this nature, we humans have set goals, but we are unable to take on new actions.

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Mammalian brain (emotional brain): limbic system

According to the hypothesis of “The Trinity of the Brain”, the mammalian brain is the second oldest brain after the reptile brain. It is located in the center of the brain so as to cover the reptile brain, and is also called the “old mammalian brain” or “emotional brain”.

It consists of the limbic system, which includes the amygdala, hippocampal formation, and cingulate gyrus, and controls impulsive emotions such as “joy, affection, anger, fear, and disgust” that are linked to pleasant and unpleasant stimuli.

Mammals such as dogs and cats are rich in emotions, unlike reptiles such as lizards and snakes. This instinctive emotion expresses affection, feels anxiety and fear, escapes danger and threat, and attacks foreign enemies.

In a nutshell, the mammalian brain is a brain for feeling.

Mammalian brain is characterized by emotional herd behavior

A characteristic of mammals is that they behave in groups.

The emotion of love gained by the mammalian brain helps increase the chances of inheriting a gene close to you. This is the source of maternal desires and instincts, such as collective action to raise children in cooperation with peers, and raising and protecting weak children.

Also, if you are at the top of the herd, you will be more sure to leave your genes. Alternatively, following a good leader will help protect the species.

It is the nature of this mammalian brain that we humans want to build a community and consider ourselves to be important in it. Furthermore, the vulnerable nature of authority may also be an effect of this mammalian brain.

Is it the nature of the mammalian brain that dogs protect human babies?

In YouTube videos, you see heartwarming footage of dogs trying to protect human babies. It may be the nature of the mammalian brain that instinctively tries to protect the vulnerable in the group.

Human brain (rational brain): Neocortex

According to the hypothesis of “The Trinity of the Brain”, the human brain is the newest brain. It is located on the outermost side of the brain and is also called the “new mammalian brain” or “reason brain”.

It consists of both hemispheres (right and left brains) of the neocortex and controls cognitive ability, language function, learning ability, creative thinking ability, spatial grasping ability, etc.

In a word, the human brain is a brain for thinking.

The characteristic of the human brain is logical thinking

What separates us humans from animals is the introspection ability to think about ourselves and the ability to think about the future obtained by introspection.

Because of our ability to think about ourselves and the future, we can be rational, want to learn, and act with a sense of purpose.

“I want to be creative”
“I want to reach my goal”
“I want to grow”

The idea is that it is possible to reflect on it, and it is due to the nature of the human brain that can imagine the future.

If you don’t have the ability to think about the future, you can’t quit smoking, go on a diet, or study for the future.

Also, because of the reason of the human brain, we don’t easily steal food just because we’re hungry, and we don’t easily hit people just because we’re sick.

Three human desires and three consciousnesses understood by three brains

Look again at the three brain features. From these three characteristics of the brain, we can understand the three major human desires.

Three brain features

The reptile brain is safe for life support. Eat to live, rest, and move reflexively when you are in danger. “Being safe” is the desire of the reptile brain.

In the mammalian brain, a sense of companionship works when emotions are born. Feeling affection and collaborating with peers leads to the survival of the species. “Making friends” is the desire of the mammalian brain.

The human brain has a sense of purpose by being able to think in the future. Escape the rule of instinct in front of you and try to act for the future. “Growing” is the desire of the human brain.

Try to schematize the three major consciousnesses of the brain

If you try to illustrate the functions of the brain in the hierarchical order of the three brains, the “three major human consciousnesses” can be expressed as follows.

Three major consciousnesses of the human brain

The reason for making it a pyramid is that the influence of the “reptile brain / mammal brain” is much greater than that of the “human brain”.

Looking at this hierarchy, we can see that it is similar to the ERG theory, which expresses the three major human needs, and Maslow’s five-step desire theory.

What are the three major desires? A complete explanation of the important human needs up to the eight major needs!
What is Maslow’s five-step theory of desire? Easy-to-understand explanation in the story
Human suffering that the three brains work together

The human brain is said to be the part that performs the highest and most complex information processing.

However, in reality, it is thought that advanced information processing cannot be performed by the human brain alone, and that advanced information processing is realized in conjunction with the mammalian brain and reptile brain.

As you can see, the three brains cannot function separately.

McLean said that the coexistence of three brains, a reptile brain, a mammalian brain, and a human brain, is “human suffering.”

This is because humans thought that the evolution of the three brains was so fast that the three brains did not work together and were often dominated by the influential reptile and mammalian brains.

It is not clear whether “human suffering” is due to the speed of evolution, but I think that many people are suffering from the following.

Human brain dominated by reptile brain and mammalian brain

For example, suppose you think of a diet.

If we could separate the three brains, only the human brain would work and we should be able to go on a diet easily.

However, in reality, the reptile brain resisted, “Why do you do something different? There is a sweet and delicious cake in front of you,” and the mammalian brain also said, “I hate it because dieting is troublesome …” To resist.

As a result, I get frustrated asking, “… I don’t have to go on a diet so hard.”

Conversely, if the reptile brain and the mammalian brain can be linked well, it will be easier to achieve the goal.

Old brain VS New brain | Life’s anguish and solutions that can be seen from the characteristics of the brain
Two approaches to rewriting the subconscious and a method of self-suggestion
It is important to train the human brain and not stress the brain

The human brain, which is good at pondering, becomes weaker due to stress on the brain. In other words, when you are under pressure or tired, you are more likely to have short-circuit thoughts in the reptile brain.

Therefore, if you want to achieve your goals, it is important to keep your brain as stress-free as possible.

Furthermore, by training the “frontal association area” that controls motivation and thinking ability, which is the human brain, it becomes easier to control short-circuited desires.

How to meditate | Why you can train your concentration and how to develop your willpower in 5 minutes a day
Three brain needs to apply to marketing

In order to apply the three brain needs to marketing, we should appeal from the influential reptile and mammalian brains.

To appeal to the reptile brain

To appeal to the reptile brain, use the keyword “safety and control”, which is a defense instinct.

For example, by emphasizing victory, it appeals to the desire to “ensure safety” and “dominate.”

今日の運勢  3月9日  Today’s fortune March 9

 

 

吊るし人
正位置・・・自己犠牲。自己放棄。試練。修行。難行。殉教者。幽界(潜在意識の世界)からの導き。身動きのとれない状況。服従。復活。再生。心の柔軟性。
逆位置・・・我欲のとりこ。わがまま。自己主張がすぎる。つかみ難い態度や状況。敗北に導く精神的葛藤。
ウェイト解説
正位置・・・英知。慎重。洞察力。試練。犠牲。直観。占術。予言。
逆位置・・・利己主義。民衆。国民。国家。政治団体。

 

八白土星の日

内輪もめが起こりやすい。格別慈悲心が大切の日。もうけ話は損失となりやすい

何かを始めるのに適した日。
リスクのあることや、躊躇していたことにも果敢にチャレンジすることで、良い結果が現れます。
全く未知の分野であっても積極的に挑戦してください。
自分に自信をもって、少しオーバーなくらいの気持ちで臨むとよいでしょう

 

Hanging person
Positive position … Self-sacrifice. Self-renunciation. trial. Training. Difficulty. Martyr. Guidance from the ghost world (the subconscious world). A situation where you cannot move. Obedience. Revival. Regeneration. Flexibility of the mind.
Reverse position … Captivity of selfishness. Self-indulgence. Too much self-assertion. An attitude or situation that is difficult to grasp. Mental conflict leading to defeat.
Weight commentary
Positive position … wisdom. Be careful. Insight. trial. Sacrifice. Intuition. Fortune-telling. Prophecy.
Reverse position … selfishness. people. The people. Nation. Political organization.

 

Yashiro Saturn Day

Inner ring wrinkles are likely to occur. A day when special mercy is important. Making money is easy to lose

A good day to start something.
Good results can be achieved by boldly challenging things that are at risk or hesitant.
Please challenge positively even in a completely unknown field.
It’s a good idea to be confident in yourself and feel a little overkill.

  今日の運勢 3月8日  Today’s fortune March 8

 

愚者
正位置・・・愚かな行為。浮浪者。定職や定まった住居も無い者。流れ者。大道芸人。香具師。やくざ者。未熟。間違った道を行く。旅。ノイローゼ。精神病。狂犬病。物質への執着。愛より物質。条件をとっての結婚。
逆位置・・・希望。終わりからの再生。精神的な目覚め。悟りをひらく。学問。知識を求めての旅。海外留学。海外旅行。よい旅。
ウェイト解説
正位置・・・愚行。偏執狂。極端。酩酊。アルコール中毒。熱狂。暴露。
逆位置・・・無知。不在。分配。不注意。無感覚。無効。虚栄。

 

 

七赤金星の日

人より協力の依頼を受けたりする日。金運、喜び事あるも調子に乗って酒色に乱れぬよう心すべき日。小利に迷わず自他喜びを共にする心掛けも大切

来世を表す生まれ変わりの日。
積極的な行動には向かない日ですが、先々の予定を立てるには最適です。
近い未来だけでなく、漠然とでも将来のビジョンを思い描き、小さな準備からでも始められると、必ず結果が現れるでしょう。
金剛峯日
甘露日に次ぐ吉日で、勝負事や交渉事で大きな成果が得られる日です。
神社仏閣への参拝にも最適です。

Fool
Positive position … stupid act. Vagrant. Those who do not have a regular job or a fixed residence. A drifter. Street performer. Perfume master. Yakuza. immature. Go the wrong way. Journey. neurosis. Psychosis. Rabies. Attachment to the substance. Material rather than love. Marriage with conditions.
Reverse position … hope. Play from the end. Mental awakening. Open enlightenment. Academic. A journey in search of knowledge. Study abroad. overseas trip. A good trip.
Weight commentary
Positive position … stupidity. Paranoia. extreme. drunkenness. Alcohol addiction. Enthusiasm. exposure.
Reverse position … ignorance. absence. Distribution. Careless. Numbness. Invalid. vanity.

 

 

 

Seven Red Venus Day

The day when we receive a request for cooperation from a person. It’s a day when you should be careful not to get disturbed by the color of sake, even if you have good luck and joy. It is also important to keep in mind to share the joy of yourself and others without hesitation

A reborn day that represents the afterlife.
It’s not a good day for active action, but it’s a great way to plan for the future.
If you vaguely envision a vision for the future, not just in the near future, and start with small preparations, you will surely see results.
Kongo Mine Day
It’s a good day after Kanro Day, and it’s a day when you can get great results in games and negotiations.
It is also ideal for visiting shrines and temples.

六神通  Rokujin-dori  Six supernatural powers

六神通

六神通(ろくじんずう、ろくじんつう、chaḷabhiññā[注釈 1])とは、仏教において菩薩などが持っているとされる6種の超人的な能力。6種の神通力六通ともよばれ、止観瞑想修行において、止行禅定)による三昧の次に、観行(ヴィパッサナー)に移行した際に得られる、自在な境地を表現したものである。

 

四神足法を結果、得ることができると思うわれる。

欲神足法

 

人間の生命力の、特に肉体上における根源的条件を、完全なものにする修行法

 

勤神足法

 

 欲神足法で得た能力をペースに、肉体上の基本的諸条件を、さらに飛躍的に向上させる修行法。

 心神足法

 

肉体的能力の向上発達を基に、精神的能力を充実させ、さらに段階的にその能力を飛躍向上させて行く。

  人間の脳は三つの脳から成っている。

とどめて、昶虫類時代の脳(古皮質脳)、。哺乳類時代の脳(旧皮質脳)、後期哺乳類から発達した脳(新皮質脳)

の三つの脳である。

 

 つまり、ヘビーワニの脳、ウマーヒツジの脳、ヒトの脳が、完全に統御されないまま、同居しているわけである。それが人間の脳だ。

 明らかに、人間の脳は「欠陥脳」である。この欠陥脳が、今日の欠陥文明をつくり出してしまった。核の脅威、環境破壊、民族・人種間の対茫、麻薬、エイズ、等、人類はまさに破滅の渕に転落しようとしている。

 

 自分たちが生み出したこれらの問題にたいして、人類自身、なに一つ、解決の道を発見することが出来ない。欠陥脳を改造せぬかぎり、人類は、自分自身の愚行の渦の中に消滅していくほかないのである。

具体的には以下の6つを指す。

  • 神足じんそく通(iddhi-vidha-ñāṇa) – 自由自在に自分の思う場所に思う姿で行き来でき、思いどおりに外界のものを変えることのできる力。飛行や水面歩行、壁歩き、すり抜け等をし得る力。
  • 天耳てんに通(dibba-sota-ñāṇa) – 世界すべての声や音を聞き取り、聞き分けることができる力。
  • 他心たしん通(ceto-pariya-ñāṇa) – 他人の心の中をすべて読み取る力。
  • 宿命しゅくみょう通(pubbe-nivāsānussati-ñāṇa) – 自他の過去の出来事や生活、前世をすべて知る力。
  • 天眼てんげん通( dibba-cakkhu-ñāṇa) – 一切の衆生の業による生死を遍知する智慧。一切の衆生の輪廻転生を見る力。[1]
  • 漏尽ろじん通(āsavakkhaya-ñāṇa) – 煩悩が尽きて、今生を最後に二度と迷いの世界に生まれないことを知る智慧。生まれ変わることはなくなったと知る力。

 

Rokujin-dori

Rokujin-dori (Rokujinzu, Rokujintsu, Tomoe: chaḷabhiññā [Note 1]) are six types of superhuman abilities that are said to be possessed by Buddhists and Bodhisattvas in Buddhism. 6 kinds of mythical power. It is also called Rokutsu, and expresses the free state of affairs that can be obtained when moving to Vipassana after the samadhi of the Buddhist meditation (Zenjo) in the meditation practice of the Sukan.

 

It seems that the Iddhipada method can be obtained as a result.

 

Greedy foot method

 

A practice that perfects the fundamental conditions of human vitality, especially on the body

 

Kotari foot method

 

A training method that dramatically improves the basic physical conditions at the pace of the abilities gained by the greed foot method.

Shinshin foot method

 

Improvement of physical ability Based on development, mental ability will be enhanced, and the ability will be dramatically improved step by step.

The human brain consists of three brains.

Stop, the cortical brain (paleocortical brain) ,. Mammalian brain (old cortical brain), brain developed from late mammals (neocortex brain)

There are three brains.

 

In other words, the heavy crocodile brain, the human sheep brain, and the human brain live together without being completely controlled. That is the human brain.

Obviously, the human brain is a “defective brain.” This defective brain has created today’s defective civilization. With nuclear threats, environmental destruction, ethnic and racial conflicts, drugs, AIDS, etc., humankind is about to fall to the brink of ruin.

 

For these problems that we created, human beings themselves cannot find a way to solve them. Unless the defective brain is remodeled, human beings have no choice but to disappear in the whirlpool of their own folly.

Specifically, it refers to the following six.

Jin-soku-dori (Tomoe: iddhi-vidha-ñāṇa) –The ability to freely come and go wherever you want and change things in the outside world as you wish. Ability to fly, walk on the surface of the water, walk on the wall, slip through, etc.
Tenmi Tennitsu (Tomoe: dibba-sota-ñāṇa) –The ability to hear and distinguish all the voices and sounds of the world.
Other minds (Tomoe: ceto-pariya-ñāṇa) –The ability to read everything in the minds of others.
Fate Shukumyo-dori (Tomoe: pubbe-nivāsānussati-ñāṇa) –The ability to know all the past events, lives, and previous lives of oneself and others.
Tenno Tengen-dori (Tomoe: dibba-cakkhu-ñāṇa) –Wisdom to know the life and death of all sentient beings. The power to see the reincarnation of all sentient beings. [1]
Leakage Jintsu (Tomoe: āsavakkhaya-ñāṇa) –The wisdom of knowing that this life will never be born again in a world of hesitation. The power to know that it is no longer reborn.

四神足法とは、どんな修行法であろうか?  What kind of training is the Iddhipada method?

 

 

死者を成仏させることができる

 シュダオン、シダゴン、アナゴンは、自分自身のカルマを断ち、悪因縁を解脱した聖者である。ほぼ、成仏をなしとげた聖者といってもよい。完

全解脱は、時間の問題である。

 アルハットと違うところは、死者を成仏させるまでの力を持っていないことである。

 

アルハット、仏陀は、一切万言を解脱する力をそなえている。そこが、アナゴンとアルハットの違いである。

 

ただし、四神足法を修めて、アルハットに近いアナゴンは、死者成仏の力をそなえるようになっているのである。

 だから、冥徳供養も、解脱成仏供養も、四神足法を体得して、アナゴン以上の境界に達した聖者に、供養してもらわなければ、効果がないのである。

 

 では、四神足法とは、どんな修行法であろうか?

 

四神足法

 

そのメカニズム

 四神足法について、私は、著書『仏陀の法』の中で、つぎのようにのべている。

 

 欲神足法

 

人間の生命力の、特に肉体上における根源的条件を、完全なものにする修行法

 

勤神足法

 

 欲神足法で得た能力をペースに、肉体上の基本的諸条件を、さらに飛躍的に向上させる修行法。

 心神足法

 

肉体的能力の向上発達を基に、精神的能力を充実させ、さらに段階的にその能力を飛躍向上させて行く。

  人間の脳は三つの脳から成っている。

とどめて、昶虫類時代の脳(古皮質脳)、。哺乳類時代の脳(旧皮質脳)、後期哺乳類から発達した脳(新皮質脳)

の三つの脳である。

 

 つまり、ヘビーワニの脳、ウマーヒツジの脳、ヒトの脳が、完全に統御されないまま、同居しているわけである。それが人間の脳だ。

 明らかに、人間の脳は「欠陥脳」である。この欠陥脳が、今日の欠陥文明をつくり出してしまった。核の脅威、環境破壊、民族・人種間の対茫、麻薬、エイズ、等、人類はまさに破滅の渕に転落しようとしている。

 

 自分たちが生み出したこれらの問題にたいして、人類自身、なに一つ、解決の道を発見することが出来ない。欠陥脳を改造せぬかぎり、人類は、自分自身の愚行の渦の中に消滅していくほかないのである。

 

 

Can make the dead Buddhahood

Shudaon, Shidango, and Anagon are saints who have cut off their own karma and have liberated their evil ties. It can be said that it is a saint who has achieved the Buddhahood. Complete

Total liberation is a matter of time.

The difference from Alhat is that it does not have the power to make the dead Buddhahood.

 

Alhat and Buddha have the power to liberate all words. That is the difference between Anagon and Alhat.

 

However, after learning the Iddhipada method, Anagon, which is close to Alhat, is now equipped with the power of the dead Buddhahood.

Therefore, neither the Meitoku memorial service nor the liberated Buddhahood memorial service will be effective unless the saint who has reached the boundary above Anagon has learned the Iddhipada method.

 

Then, what kind of training is the Iddhipada method?

 

Iddhipada

 

The mechanism

About the Iddhipada method, I mentioned in my book “The Law of Buddha” as follows.

 

Greedy foot method

 

A practice that perfects the fundamental conditions of human vitality, especially on the body

 

Working God Foot Method

 

A training method that dramatically improves the basic physical conditions at a pace based on the abilities gained by the greed foot method.

Shinshin foot method

 

Improvement of physical ability Based on development, mental ability will be enhanced, and the ability will be dramatically improved step by step.

The human brain consists of three brains.

Stop, the worm-era brain (paleocortical brain) ,. Mammalian brain (old cortical brain), brain developed from late mammals (neocortex brain)

There are three brains.

 

In other words, the heavy crocodile brain, the Umar sheep brain, and the human brain live together without being completely controlled. That is the human brain.

Obviously, the human brain is a “defective brain.” This defective brain has created today’s defective civilization. Humankind is about to fall into ruin, with nuclear threats, environmental destruction, ethnic and racial conflicts, drugs, AIDS, and more.

 

For these problems that we created, human beings themselves cannot find a way to solve them. Unless the defective brain is remodeled, human beings have no choice but to disappear in the whirlpool of their own folly.

  

 

七道品経  Shichido Shinkyo

七道品経

 息の如く我れ聞きぬ・一時仏が殴の町彫りたまえにか即ぞあり・仏のしたてまっり退きて一面に坐に印して詔さくぐ世尊のとは如餓ノ世尊いご所が覚分と冷すや。仏い比丘にげたまわくヽ「所謂七道喜・’狩・定’・捨覚な力じ。(要略)

和 訳

 是の如く我れ聞きぬ。一時、仏、舎衛国の祗樹給孤独園に住まりたまえり。その時世尊、彼の比丘に告げたまわく、「上に説けるが如し。差別せば是の如く七覚分を修習し已らば当に二種の果を得べし。現法に漏尽きて無余涅槃を得、或は阿那含果を得んと。仏此の経を説き已り給いしに、諸の比丘、仏の説かせたまう所を聞きて、歓喜し奉行しき。

雑阿含経「果報経」下

 和 訳

 是の如く我れ聞きぬ。一時、仏、舎衛国の祇樹給孤独園に住まりたまえり。「上に説けるが如し。差別せば是の如く比丘、七覚分を修習し已り、多く修習し已らば、四種の果、四種の福利を得ん。何等をか四と為す。所謂須陀百果・斯陀含果・阿那含果・阿〔現。法〕現世のこと。

〔無余涅槃〕身心ともに解脱して涅槃に入ること。羅漢果なりと。仏、此の経を説き已りたまいしに、異比丘、仏の説かせたまう所を聞きて、歓喜し奉行しき。

 

雑阿含経「七種果経」

 

 和 訳

 是の如く我れ聞きぬ。一時、仏、舎衛国の祇樹給孤独園に住まりたまえり。「上に説けるが如し。差別せば、若し比丘、七覚分を修習するに多く修習し已らば当に七種の果、七種の福利を得べし。何等をか七と為す。是の比丘は、現法の智証の楽、若くは命終時(の智証の楽)を得ん。若し現法の智証の楽、及び命終時(の智証の楽)を得ざらんも、而も五下分結尽くるを得て、中般涅槃せん。若し中般涅槃を得ざらんも而も、生般涅槃を得ん。若し生般涅槃を得ざらんも而も、無行般涅槃を得ん。若し無行般槃を得ざらんも而も、有行般涅槃を得ん。若し有行般涅槃を得ざらんも而も、上流般涅槃を得ん」と。仏、此の経を説き已りたまいしに異比丘、仏の説かせまう所を聞きて、歓喜し奉行しき。

 〔現法の智証の楽〕阿羅漢を得て、現実肉身の上に涅槃の証果を得る。有余涅槃のこと。

 〔命終時の智証の楽〕死の刹那に涅槃を得る。無余涅槃の〔中般涅槃〕欲界(この娑婆世界)に死んで、色界(天界)に生ずる中途に涅槃を得る。

 〔生般涅槃〕色界に生じて、久しからずして涅槃を得る。

 〔無行般涅槃〕色界に生じて修行せず長時間を経て涅槃を得る。

 〔有行般涅槃〕色界に生じて久しく修行して涅槃を得る。

 〔上流般涅槃〕色界に於て、天下より上天に進み、色究竟天に至って涅槃を得る。以上、五種不還を説いたもの。

大意

くあるとき、外道の出家が来て、ヽ釈尊に、成仏のための修行法をおたずねした。 

 釈尊は、「七覚支」土そその成仏法でだるとおっしゃって、1 官支・択法覚支・精進営淮党支・狩覚支丿定覚支・捨覚支の七つの修行法をお説きに

                                     

説ぎれた王で、阿那 果にも五種の涅槃の得かたがあるとくわしくお教えになられたので仙った。                               

そして、この七覚支を修行すれば、阿羅漢果ヽ阿那含果 斯陀合果 須陀似果が得られると解こなられたのであった

七覚支成仏法

 講説        

 釈尊の成仏法は、前にのべましたように、七科三十七道品といって、。七科目、三十七種類のカリキュラムから成り立っています。すなわち、四念処法、四正勤法、四神足法、五根法、五力法、七覚支法、八正道です○                        

このうちの七覚支法について、解説されたものです。

 成仏法について質問した外道の出家に、釈尊がなぜ、七科目の中の一つである七覚支について解説したのかと申しますと、これはわたくしの体験からの推測ですが、この異比丘がもし釈尊のお弟子となって成仏法を修行するとしたら、七覚支の修行が一番よいどお考えになったからだと思います。

 というのは、釈尊の成仏法は、七科目三十七種の修行馳全部やらなければならないというものではないのです。七科目の中の、二科目位をやればいいわけです。というのは、七科目の修行法の中にはでおなじような修行法が、ダブつて入っております。それで、釈尊は、お弟子の因縁を三みてい七科目の中から、おまえはこの修行をせよ、おまえはこれとこれの修行法がよい、というように選別されてあたえたのであろうと思われます。 時には、科目にかまわず、一三十七種の修行法の中から自由にいいくつかえらび出して、修行者に課したものと思われます。 

 そこで、この七覚支の修行法というのが、どんなものであるか、おはなしいたしましょましう。

 

念力をつよくして

ノ一バランスをたもつ

 

これはどういう修行法かと申しますと、仏教辞典などを見ますと、「おもいを平らかにする」うように説明しております。念覚支とは「おもい」つまり念を平安にすることである、とこ’うように説明しておりますけれども、わたくしは、それだけでは念覚支の修行の説明になっないと思います。

わたくし自身の修行体験によりますと、そんな簡単なものではなくて、こころを平安にする、いは確かにそうでありますけれども、それは結果から出てくるものであって、修行そのものでらいわけです。おもいを平安にするというのは、念覚支を修行した結果、つねにおもいが平安なる、おもいが平らかになる、ということであって、それ自体が修行ではない。

わたくしは、この修行を二つに分けることができると思うんです。まず、念の力を強化する。

活力といってしまうと、なにか安っぽくなってしまいますね。自分で『念力』という本を書いおきながら、そういうことをいうのはおかしいけれども、念力、と言でいってしまうと、ちっと安っぼくなってしまう。念の力を強化する、要するに、精神力というものを非常に強化すということですね。

それをただたんに精神力というと、漠然としますけれども、要するに、意志の力、知能の力。ういったものを非常に強化する訓練である。

もっというならば、人間の精神作用というものは、知・情・意、この三つから成り立っていま

知性の力、知能の力、そして情緒的なはたらき、それから意志の力です。

要するに念の力を強化するというのは、この三つの部門(知・情・意)のはたらきを強化し、しかも、そのいずれにもかたよらないようにする、ということです。それが、結局、結果的におもいが平安になるということじゃないですか。

 人間の精神力というものは、この知・情・意のはたらきから成り立っています。ところが、こいがかたよりやすいわけです。

 夏目漱石の『草枕』の書き出しに、

-知にはたらけば角が立つ。情に棹させば流される。とかくこの世は住みにくい」とあるでしょう。

 だから知というものにかたよると、とかく理くつっぽくなって角が立ちやすい。頭が非常よいと、知能のはたらきがつよいですから、すぐ理くつでものをわりきろうとします。

 情に棹させば流される それはそうでしょう、人情的になりすぎれば流されてしまいます。

意志がつよかったらどうかというと、これは強情で、どうにもしようがないということになりますね。

 ですから、知・情・意、それぞれのはたらきを強化し、たかめる、そういう修行です。しか

そのいずれにもかたよらないように平均化する、これがいちばん大切なことじゃないです知的にも非常に高度で、情緒面においても、いわゆる情操がゆたかであるというように、芸術面などでもよく理解することができる。情操的な情のないひとというのは、無昧乾燥にな力やすいわけです。芸術的なことは、なにもわからない、はなしをしてもちっともおもしろくない、シャレをいったって、ニコリともしない。今日きいたシレを、三日ぐらいたっ七急に笑,い出じて、「ああ、そうだ,ったのか」なんて(笑)、それじやあおはなしにならんでしょう。 

 意志がつよいのはけっこうだけれども、それが頑固になってしまうのではいけない。

 だから、知・情・意の精神作用を、非常に強化し、たかめるという訓練をする。そしてそのいずれにもかたよらないということ。これがまず第一です。

 しかし、それだけじやない。

 念そのものの力を、神秘的にまで強化する。一点に集中したとき、火を発するほどの力を出す。ですから、この念覚支の修行には、クンダリ’’ー ヨーガの修行が入るわけです。

 つぎに「空観」を体得する。ですから、この七覚支には、「四念処法」の修行が入っている。

この空の体得により、諸法の実相がわかるようになります。つまり、「縁起の法」を如実 にさとることになるわけです。                                

 この念覚支が、七覚支法の中の、目玉といつてよいでしよう。いや、三十七道晶の中でも

 これは、宗教、信仰、哲学というたくさんの教法、。思想のなかから真実なるものをえらびだす

ということです。

択というのは、「選択」のタクでず。 略どない本漢字は「選揮」と書いて、選 えらぶ、「揮」。もえらぶ、という字です。

 つまり、ほんとうに真実なる教法をえらびとる、ということですね。この世の中には、さまざまな宗教、信仰、思想があびます。そのなかから真実なるものをえらびとる。そうして、まちがったものや、いつわりのものを捨て石、取捨選択するということです。

 正しい信仰をえらびとって、正しくないものを捨てさるということが修行というのは、どういうことなんだろう? そう思ったことかありますけれども、考えているうち、やはりそれは修行なんだなと思うようになった。というのは、それが修行であるというのは、自分自身の勉強、知能によってそれをなすというところにあるわけです。         、

 たとえば、つぎのようなことです。

 お釈迦さまが出家されて、自分がさとりをひらくに到るまでには、当時のさまざまな信仰や宗教、いろいろなことを教える思想家、そういったかたがたに、肘あたりしてぶつかっていっているわけです。いろいろな仙人にもあって、はなしを聞く、それだけではなくて、それが正しいか、正しくないか、ということをご自分でI生けんめい考えられたということです。

 そうして結局、当時のインドにあったところのあらゆる教え、宗教というものは、みな正しくないという結論に達したわけです。それには、釈迦ご自身のふかい修行と勉強によってそこに到達したわけです。

 ですから、わたくしたちも、この択法覚文が修行であるというのは、自分自身の勉強と修行によって、ほんとうに真実なるものをえらびとり、正しくないものは捨てさる、ということをしなければいけないんです。

瞑想ひつとっても、日本に、瞑想を教える学校みたいなところや、瞑想の先生、そういったものがたくさんあるでしょう。そのたくさんの瞑想のなかから、どれが正しい瞑想法なのか? どの先生が、正しい瞑想法を教えているのか? ということを自分自身がはっきりと取捨選択しなければいけないということです。

 たいていの場合は、自分自身の研究や勉強、あるいは修行によって取捨選択するというひとはすくない、たいてい評判を聞くだけです。

「あのニホンーメディテーションセンターというのはどうなの?」

「あれは、桐山さんというひとがやっていて、いいよ」

 といったり、

 「あれはダメだ、インチキだよ」

 なんていう。そうかなあ、どうなんだろうか。T・M(、rranscendental Meditationo超越瞑想の略語)というのがいいというひともいれば、T・Mというのはダメだというひともいる。その評判だけできめてしまう人が多い。

 それをお釈迦さまは、ありとあらゆるいろいろな教法をご自分でぶつかって調べてみる。瞑想についても、すぐそれがいいとかわるいとか、ひとの評判とか、そういったものにはまどわされない。ご自分がその瞑想をやってみて、、これはいかん、これはいい、というように選択される。

 そういう意味で、択法覚支というのが修行になるわけです。自分が修行をして確かめて、そうそういう立場から、いろいろな宗教にぶつかっていってみた。そうすると、なかなか明瞭な答が出てこないんです。

 天理教にしても、ひとの道にしても、そのほか、わたくしはいろいろな宗教にぶつかってい1つた。ところがそこで、「この宗教で救われるとは、いったいどういうこ&なんですか?」と聞いてみても、これが明瞭でないんですね。

 ある宗教では、救うというのは「しあわせにするLということ、救われるというのは「しあわせになる」ということと、こう簡単に答える。では、’「しあわせ」というのはいったいなにかと追及してみると、その定義がはっきりしない。

 しあわせというのは、要するに、一つの満足感をあじわうことでしょう、そうわたくしは思い

ます。病気で苦しんでいるひとが、病気が治ったら満足しますから、それで救われたと思うでし

ょう。お金がなくて苦しんでいるひとが、お金が入ると満足しますから、よろこびをもって救われたと思う。

 しかし考えてみますと、満足なんていう状態はないんです、人間にとって。しあわせとか満足とかいうことばはありますけれども、実体はない。というのは、しあわせにしても、満足にしても、これは人間のそのときの状態によってあらわれるものです。

 わたしはしあわせだ、予は満足であるぞよ、とこういう。しかし、そのしあわせとか満足というのは、人間がある状況下で、ある状態においてあじわうもので、どこまでも主観的なものです。ところが、人間の状況とか状態というものは、いつも変わる。「無常Lです。はやいはなし、

わたくしがいつも例にとりますけれども、お腹がすいてお腹がすいてどうにもならない。二日も三日も食べないで、ぷっ倒れるほどお腹がすいている。もうなんでもいいから食べたい。そこへ、ウナ丼や天丼やカツ丼がワーツと出たら、これは満足ですよ、もうむしゃぶりついて食べるでしょう。もう満腹する、これはしあわせですね。

 さっきはぶっ倒れるほどお腹がすいていたのが、こんどはぶっ倒れるほど食べる。そうすると苦しいですよ、なにか消化剤はないか、ということになる。

 江戸小咄のなかに、そういうのがありますね。町かどに乞食がすわっている。そこへ、宴会帰りの旦那が、いいきげんで鼻うたまじりでフラフラやってきた。そこで乞食が、

 「旦那さま、一文やってくださいませ。わたくしは、もう二日も三日もごはんを食べないで、ぶっ倒れるほどお腹がすいております

 といったら、旦那が、思わず、

 「それはうらやましい

 といった。旦那は、あんまり飲んだり食べたりしたので、気分がわるい。そうすると、お腹のたいし、ごちそうをうんと食べすぎたひとは、お腹のすいている状態が引らやましくなる。

 お金がほしいお金がほしい。そこでお金がたくさん入ると、泥棒が入るんじゃないか、だれかにだまし取られやせんか、それが気になって夜も眠れない。

 一つの状況下において、満足感をあじわっているというのが、しあわせという状態なのだから、その状況が変わってしまったら逆になってくるわけです。だから、そんなものはあり得ない。一時的な現象としてはあるけれども、そういったものはつづかない、あたりまえのことです。

 そういうしあわせをあたえる、あるいは満足をあたえるなんていうことは、決して宗教の目標ではないはずです。宗教によって救うとか、救われるということは、永遠的なものであり、永続するものでなければいけない。

 どこかの教団が説くように、この信仰をすれば金か儲かる、大臣になれる、代議士になれる、金持になれる、そんなものはしあわせでもなんでもない。それは到達した瞬聞からそれを失いたくないという苦しみに変わるものです。 

 では、いったい救うとは、救われるとはどういうことなのか?

 それを追求して わたくしはあらゆる宗教の門をたたいて、どれも満足する答は得られなか

った。結局、仏教へもどっていった。

 どうかというとヽ大乗仏教では「試れんをあたえる」ということをいっています。

仏教では、アッシッをアンジンという。あなたがたが、大乗仏教のお坊さんに、

 「あなたの宗旨では、どのように人を救うんですか?」

 と聞いたら、禅宗だろうが、浄土宗だろうが、なに宗だろうが結局、「安心をあたえる」とこういいますよ。                                    

 「安心というのは、いったいなにか? これは儒教のほうで、「安心立命」ということばがあります。要するに、心を安んじて、生ぎるいとなみをつづけるということです。人間というものは、いつもなにかしら不安な心におそわれている、そういった不安感をなくし、心を安らかにして命を立てる、つま句生活をするということ、それを安心という、その安心をあたえるのだ、と必ずこういいます。また、死後の不安をとりのぞくという意味で使うこともあり吏す。

 だから、」仏教のいろいろな宗旨・宗派を調べてみますと、みな、いかにして安心をあたえるかということが、匹テーマになっています。

しかし、では、安心というのはいったいなにか? いつもこころが平安で悩みがないということだ。では、それをどういうようにしてあたえるのが、と問題はそこに行く。

そうしますとこんどは、大乗仏教は、答がみなわかれてしまうんです。禅宗の場合は、坐禅観天台宗。ぱ、「朝題目に夕念仏」といって、朝のおつとめには法華経を誦み、夕方のおつとめにぽ念仏を唱える。日蓮上人は天台宗出身ですから叡山に行って、彼は生一本な男ですから、それで疑問をもった。宗教というのは一本でなければいけない、あれもこれもなんていうのはおかしい。。ところが、比叡山の勤行は、「朝題目に夕念仏」といって、朝は「ナムミョウホウレッゲキョウ」といって法華経を唱え、夕方の勤行には「ナムアミダブ、ナムアミダブ」といって阿弥陀仏をおがんでいる。いったいどっちなんだ? ということになる。

 日蓮上人というひとは生一本なひとですから、信仰というものはただひとすじでなければいかん、といヶことで、かれはいろいろ研究して、結局、法華ひとすじ、法華一乗ということで日蓮宗を立てたわけです。                                   

 天台宗の場合は、法華経を信仰して「摩詞止観」の修行をする。真言宗へいくと、密教の修法―金剛界の法と胎蔵界の法を修行して即身成仏する。そういうようにみんなまちまちなんで

そして、結局、なにをあたえるか? 安心だとこういう。安心をあたえる方法というのが、おなじ大乗仏教でみんなちがうんですよ。いったいどれがほんとうなんだ、ということになるでしょう。

 

 これみんな落第なんです、この答は。仏教の目標というのは「安心」なんかじゃない、「成仏」することなんです。『葉隠』の表現を借りると、「仏教とは成仏することと見つけたりです。仏教とは安心をあたえることなりなんて、そんな曖昧模糊なものではない。大乗仏教はもうそこからおかしいのです。なぜそうなったかと考えてみると、成仏法がないからです。さっきいいましたように、各宗旨でみんな安心をあたえる方法がちがう。というのは、はっきりした成仏法がないから、そうなる。そして、「安心をあたえる」というようなはづきりしないことになってしまうのです。

 お釈迦さまはどうおっし『やっているかというと、「成仏することだ」とおっしやっている。涅槃に入ることだと教えておられる。解説して、涅槃に入って成仏したら、安心も不安心もない。

安心とか不安心とかいう相対的なものを越えた、絶対の境地に入ってしまう。これがほんとうの仏教なんです。

 わたくしは、あらゆる宗教を遍歴して仏教にもどり、その仏教の中でまたあらゆる宗旨の門をたたき、最後に最もすぐれた釈尊直説の阿含にたどりつくことができた。ここにくるまで三十年以上かかっています。そのあいだ、択法覚支の連続であった。

 あなたがたは、わたくしよりもよっぽど徳がありますから、わたくしのようにぞんなに時間をかけなくてもすんだ。ぱあっと阿含にきてしまった。よっぽど徳があるんですね。しかし、そのぶん、択法が足りないかも知れん。        

 しかし、そうはいものの、あなたがただって、わたくしほどの勉強はしなくても、現代人としでの感覚、教養、。常識から、この阿含宗をえらびとうた。宗教上の勉強では、、プロ政宗教家や坊さんに。かなわないかも知れないが、しなにより右、おそらく、’自分の人生を賭けるという意気ごみで阿含をえらび取った。これぱすばらしい択法覚支であったと思うです。

                          

朝霧高原にやってきて、三泊四日の出家をして、阿含教法の中でもより高度な法をえらんで身にいつけるため伝法をうけている。りっぱな択法覚支です,

 

精進鴬支            

 択法も、ただえらんだだけではなく、えらんだものを一心に努力精進してぃ自分の身につけなければならない。阿含を学んで、知識として、阿含は最高の仏教であるとわかっただけではだめだ 最高のもだとわかった阿含の教法を、全に自分のものにするために、心。不乱の努力精進というものがなければならない。そこに精進営支があるわけです。

 

修行が苦しいというやつは人前になれない

 

喜覚支

 しかし、その精進覚支も、ミいやいやながらにやったのではだめだというのが、つぎの「喜覚支」なんです。喜覚支というのはよろこびに住する修行だ、というのです。その精進が、真実の教法を身につけるよろこびに住するということです。

えろこびに住さなきゃならんという、これはちょっとむずかしいかもしれませんね。よろこびに住せよ。しかし、「それはわかりますけれども、わたしちっともよろこべないんです。ちっともうれしくないんです岬せめてもう、泣きっつらしないだけ、゛泣きごとをいわないでI生けんめいやっているだけ、。いいと思ってぐださい。

まあ、『それくらいでかんべんしてくださいLというひとがあるかも七れないけれども、お釈迦さまは、それではほんとの修行じゃないとおっしずるんです。

一どんなつちい精進も、どんな苦し。い修行も、それがよろこびに住するという境地でなければ、ほんものの修行ではない、身につかんということいんだ。その苦しいのを苦しいながらにがまんして、努力することが、それが修行じゃないですか、精進じゃないですか、それでいいんじゃないんですか、という理屈も成り立つとおもうんです。そうでしょ、。苦しいことは苦しい、つらいことはつらい、’いやなことはいやだ、けれども苦しいとおもいながら、つらいとおもいながら、いやだとおもいながら、『まあ、とにかく」生けんめいにやってるんだから、それが修行というもので、それでいいんじやないですか、とこういうかもしれないけれども、それじゃほんとうの修行ではない、とこうおっしゃる。なぜかというと、いくつかの理由があげられるとおもうんです。ほんとに、最高にして真実なる教法を選択して、それをわがものにするとい。う努力をしているんだったらば、たとえ苦しくともそのなかによろこびがあるはずだということです。

 それは、わたくしは、わたくし自身の体験でわかるんこのまえもおはなししたけれども、桂米朝という、関西の有名な噺家がおります。あの米朝さんが、この間『米朝全集』という

七冊ぐらいの本を出した。昔からのいろいろな落語を、全部集めて、かれ自身それを演じたのを速記にとって本にした。はなし自体もおもしろいが、その「あとがきLがことにおもしろい。その演じたはなしにまつわる出来ごとや思い出がいろいろ書いてある。その中で、米朝さんがこういうことをいっているんです。

 明治時代の、名人といわれた或る噺家があって、その噺家がこういうことをいっているというんです。どういうことかといいますとね。修行がつらいというやつで、いまだかつて一人前の芸人になったためしがない、というんです。修行をつらいつらいといっているやつで一人前の芸人になったためしはない。こういうことを、その名人が言ったというんです。それを読んで、わた

くしは、つくづくその通りだなあと感じた。

 だれだって、苦しいことは苦しいんです。痛いものは痛いし、悲しいことは悲しい。それを、苦しいと感ずるな、痛いと感ずるな、つらいと感ずるな、というのは無理です。しかしながら、自分にとって最高の価値あると思われるものにふれて、それをわがものにしようとI生けんめいになっているものにとっては、苦しいことは苦しいながら、よろこびがその底にあるんです。・充実感がそこにある、ということです。

 そのよろこび、充実感がないものは、原点にもどって、自分にとって最高に価値あるものをわがものにしようとしている姿勢がほんものかどうか、問い尨せ、ということです。ほんものだったら、苦しい中によろこびがある。      

 わたくし自身の修行体験をはなしますと、そうですね、いつもおはなししていますけれども、

京都で滝行をやうていた時代がある。七年間、わたくしは連続して冬の滝行をやった。夏はやらない。

 九月すぎ、十月ごろから滝に入って、翌年の四月いっぱいやるわけです。そして五月になったら滝場をはなれる。なぜかというと、五月から、入梅過ぎ、暑くなってくると、滝場が混んでしようがないんです。夏、暑くてしようがないときに滝浴びるのは修行じゃない、とわたくしは思う。それはレジャー・ですよ。海水浴へ行くのとおなじだ。

 やっぱり寒いときに滝を浴びてこそ修行なんであって、夏、暑くてし乱うがない、ひとつ滝へでな入ろうか、などといったらシャワーを浴びているようなものでしょう。それはもう修行では

ない・ところがヽおかしいことにヽそういう夏場、滝獣混んでしよ5 がないんです。いろいみな信者をつれて、滝へやってくる。いまはもうそうおがみ屋の先生などが、十人、二十人と弟子や信者をつれていう人たちも少なくなったが、あの時代はずいぶん多かった。

 そういうひとたちが、五人、十人、すくないのは三人、四人、多いひとは十人、二十人と連れてきて、お滝へ入れて滝行し、そのあと飲んだり食ったりして、時にはケッカなんかしてヽますよ。飲んだあと(笑)。いったい何のために滝に入っているのか。

 これは、まあレジャーなんですね。そして家を出るときには、みんなに、『わしは、これから行ってお滝をいただいて、修行してくるんじや』

                          S

「ほう、えろうおまんなあ」

 というようなことで来るわけ。来て、お滝がおわると、精進落しで、酒をのんで、ときには取っ組み合いのケンカなんかしている。もうさきに立つ先生がベロッベロッに酔って、   。

「おまえ、いつもお布施ちびって罰当るぞ」

なんてやっている(笑)。もうどうしようもない。うるさぐてしようがないから、夏は行かないんです。だから、ほんとうに真剣な弟子と師匠は、冬、霜が降りるようになってから来る。しかしそれはご。くわずかで、滝場はシーンとしていますよ。

 そういう時季になってから、。わたくし牒行く。それを七年間やっ、た。         j

昭和三十何年でしたかね、そのころは、いまよりも何か寒かったような気がしますけれども、

正月0 七日でした。そのころは、或るお寺を借りて指導をしておった。観音慈恵会は、まだ道場をもっていない時代です。わたくし自身が修行中ですから、朝、暗いうちに起きて滝に行ぐわけです。朝四時半ごろ、まだまっ暗で、世間は寝しずまっている。

 そこで身じたくをすませて、おもてに出ようとすると、雪が降っている。ピュー″と風が吹いて、雪が吹きつけてくる。気が重いですよ。これからどこかへ行って、爛でI杯やるっていうのだったらそれは心もはずむでしょうけれども、これから滝まであるいていっ七、そこで白衣に着がえて、そうして滝に入るということになると、やっぱり心臓もドキドキしてきますし、気が重い。

けれども、いったん思いたって、仏さまに、やりますと誓っているわけですから、いやもおうもない。勢いよくあるき出す。昭和三十年代のはじめですから、クルマなんていまめように多くはない。自家用車持っているひとなんてごくわずかです。タクシーだってすくない。通りはクルマの行き来もなくしIんとしている。もちろん、お滝に行くのに車を乗りつけるなんていうこはしません。精神的にもそんなことできないが、またそんなことやったら、かえって非常に危険なんです。ヒーターを熱くして、パーツと雪の中を飛ばしてきて、そのヒーターの熱い勢いでパーツと着がえて、パーツと飛び込んだら、パアッといっぺんに心臓マヒです(笑)。だから一歩一歩あるいて行くわけです。そのお寺から約三十分くらいかかりました。

 一歩一歩あるきながら、からだにいいきかせているんです。さあ、これからお滝をうけるんだぞ、しっかりせよ、と、心とからだにいいきかせている。それは前の晩からそうなんです。床に入ると、潜在意識に、あしたの朝起きたら、お滝をうけに行くんだぞ、しっかりしなきゃいかんぞ、ぜったいカゼはひかん、だいじょうぶだ、寒くないぞ、たのしいぞ、といいきかせてねむそれで、潜在意識はたのしいと思うか知らんけれども、表面意識は、やっぱり、寒い、冷めたい、これはたまらんぞという気持です。

 着くと『心経』をあげて、真言をとなえて、そして行衣に着がえて、流れで身をきよめ、それから沌に入る。まあ、それはいいんですよ。もう慣れていますから、スムーズに一連の動作としぐやノしトようがヽ殼初にお滝の水がからだにかかった瞬間、それは冷めたいなんてものじゃない。大根おろしでサア″と肌をけずられているような感じです。

 ことに、わたくしは結核をやって、だいたいが腺病質だった男です。今は修行でこういうが″チリした体に見えるかも知れないけれども、これは見かけ倒しで、もともとは結核で死にかかった人間ですから、寒暑に非常に敏感な体質なんです。寒さはひとよりも寒く感じるし、暑さはひとよりも暑く感じる。もっともそのかわり、うまいものはひとよりうまく感じるかも知れんから(笑)、そのぷん損得なしかも知れんが、とにかくそういったことで寒暑を非常に敏感に感じる体質・なんです。要するに結核体質で、風邪などひくと危険なんです。

\七かし、それはもともと覚悟しているわけで、そんなこと気にしていたら滝行などできない。

そしてあがると、五社の滝神社の奥様がちゃんと薪を燃やしておいて下さるから、それにあたって体を温め、食事をして帰ってくるのだけれども、しんからからだが冷えきってしまっている。

毎日ですから。

 だから、わたくしが本気に滝行と取り組んでいた時代には、真夏になっても水の音をきくと、体じゅうがゾクソクとしたものです。水道の水の音を聞いただけで、体じゅうにトリ肌がたったものです。いまから思うと、徹底的に、水でがらだがいためつけられていたのでしょう。汗をかいていても、水の音を聞くと、トリ肌がたった。

 食事がすむと、ぬれた行衣をふろしき包みにつつんで、今はもう人家がずっとならんでいるけれども、日赤の病院のうらのところの細い道を、五社の滝からおりてくる。いまはもう、大分かわってしまっているようですね。

 その日は、まだ雪がだいぶはげしく降っていて、コウモリ傘をさしてあるいてくると、道の両側に人家がつづいている。道がせまいですから、歩きながらふと見ると、窓があいていて、家の中がのぞけるわけです。のぞこうと思わなくてものぞくことになってしまう。

 それで、ひょうと、一軒の家をのぞいた。すると、その家のおやじさんらしいのが、七日正月というわけでしょう、コタツに入って、お銚子が二、三本ならんでいて、ちょうど、おチョコを

口にこう持っていく’ところでず。とたんに、あ、いいなあ、うまそうだなあ、と思った。同時に、人間の人生というものは、じつにさまざまなものだなあと思った。‐こうして朝暗いうちに起きて滝に飛びこんで、カタカタふるえながら雪の中を帰ってくる男もあれば、起きぬけにコタツ

の中に入って、熱爛で一杯お正月を祝っている男もいる。それが窓一重を境にしているのだから、世の中というものはじつにさまざまなものだ。そう、つくづく思った。

 いったい、三自分はなんのためにこんなことをしているんだろうか。べつにひとにいいつけられたわけでもないし、仏さまに命じられたわけでもない。自分自身、修行に行きづまって、こんなことでもしたら道がひらけるかと思って、‐やむにやまれぬ思いで滝にとびこんだ。自分ひとりの考えではじめたんだから、自分自身でやめようと思ったら、明日といわず、今日から滝に入らずにすむ。

 しかし、じゃあやめてしまうか七いうと、それがやめられない。いままでこれだけ苦労し、つらい思いをしのんでやってきたことが、ここでやめてしまったらなんにもならなくなってしまう。そう思うと、とてもやめられない。

 五年なら五年、。七年なら七年、思いたっただけ、なにがなんでもやり抜こう。ここでやめたら、いまま’でつらい思いをしてきたことが、それこそ水の泡になってしまう。何も得るところがなく、やめるのでは、いままでいったいなにをやってきたのかということになる。なんとかなるか、ならぬか、とにかく、とことんまでやろう、そういう気持になる。同時に、そんな寒いつらい思いをしながらでもiそれはつらいと思いますよ、滝へ入る瞬間は、一瞬であるけれども、もうやめちまおうかと思う。けれどもそれは一瞬であって、やはりこころの根底には、こういうつらい行をいま自分はしている。欲も得もない、ただ純粋に精神的ななにかを求めてこういう行をしている。ごれだけの行が、世間一般の連中にできるか、それをいま自分はやっているんだ。そういうひとつの誇りとよろこびが胸の底にあるんです。

 だから、わたくしは、コタツに入って一杯やっているおっつぁんをみて、ああ、うまそうだなあ、いいなあ、と思ったのは一瞬だけです。ほんとうにうらやましいと思っているのかというと、ちっともうらやましくなそない。むしろ軽蔑している。軽蔑というとおかしいが、あれはふつうの人間、おれはぢょっとちがうぞ、という誇りがあるわけです。あのおっつぁんは、いまああして一杯やって楽しいことだろうが、あれだけのものだ。おれはいまこういうつらい思いをし

ているけれども、いまになにかつかむぞ、なにもつかめなくっても、ふつ`うの人間にはできないことをおれはやっているんだ。そして一歩一歩、仏さまに近づきつつあるんだ。これはだれにもできん。おれだけにしかできないことなんだ。そう思うと、ひとつの誇りと満足感、充実感というものが胸の中にあふれてくる。

 わたくしは、行というものはつらいものでなきゃいかん、苦しいものでなければいかんと、つくづく思いますよ。苦しい、つらい、だからこそ、こんな思いをするんだから、なんとしてでも、なにかつかまなきゃつまらん。そう思って真剣になる。精魂こめて、て心不乱に工夫をす

る。命がけでぶつかってゆく。そうすると、つらいも苦しいも、ふっ飛んでしまう瞬間がくる。あ、これだ、これなんだ、と、天に向かって叫びたいような一瞬がくる。これは、喜びなんていうありふれた言葉では表現できない感情です→喜びが自然に湧い

てくる

 米朝さんが本で書いている名人のはなしというのは、それだと思うのです。

 いまとちがって、明治時代の噺家の修業なんていうのは、たいへんなものだったと思います。

師匠から、人間あつかいされないで、仕込まれる。そりゃあそうです。人情かけていたら、芸なんて仕込めやせんのです。

 この仏法の修行だってそうですよ。

 ほんとういったら、あなたがたをほんとうにきたえようと思ったら、人情なんてものを出したら、ぜんぜんだめです。人情なんかかけていたら、ぜったいに人など教えられるものではない。

人間だと思ったら修行なんかさせられませんよ。現に、わたくし自身が前にやってきたようなことを、いま、あなたがたにやらせられるかというと、とてもやらせられない。かわいそうで かわいそうだという気持が先に立ってしまって、やらせることができない。

 しかし、それではいけないんで、ほんとうは心を鬼にして、諸君を人間あつかいにしないで、

滝つぼにでも何にでもたたき込む。泣きべそかいたら、たたきつけ、けとばす。そのくらいのいきおいでなければ、ひとなんてものは教えられないし、ましてひとを救うなんてことはできんのです。

 けれども、わたくしはまだ修行未熟だからそこまでできないんですよ、あなたがたに。もう、

たった三泊四日のこの位のことで、「まあ不自由でしょうが、しんぽうしてL、なんて言っている(笑)。なにを言っているか(笑)。しかし、わたくしは本気でそういっているわけじゃあない。

ことばでは不自由でしょうが、といっているけれども、そんなことあたりまえなんだ。このくらいのことができないで、ほんとうの仏法の修行ができるか。おれのやってきた百分の一にもあたらんじゃないか。そう腹の中ではいっています。けれども、わたくしは、元来、気の弱い、心の

やさしい(笑)人間でありますから、なかなか徹底できない。

 しかし心の中で、つねに、何とかもっと非人情にならなきゃいかん、情というものを捨てなき

ゃいかん。それが弟子にとって最高の情なんだ、そう考えているのだけれど、なかなかそれができないんですね。

 こういうはなしがあるんだね。これも噺家で、このあいだ亡くなった、何とかという名人といわれたひとですが、あるとき、弟子入りして一年か二年の、十六、七か十七、八の弟子を二人連れて、寄席まわりをしていた。今とちがってむかしですから、雪が降って寒い晩だが歩きです

寄席がおわって弟子といっしょに帰ってきた。もう弟子も師匠も、おなかが空いてペコペコ。寒いなか弟子たちは、

顔を見合せて大喜び、これは師匠、ごちそうしてくれる。あったかい天ぷらツバでもごちそうし

さが囃射にしみる・とヽ師匠がその弟子二人を連れてツバ屋のノレッをくぐったてくれるのだと思ってニコニコして入った。 そうしたら師匠の注文が、天ソバーつ。弟子たちは耳をうたがったわけです。三つというのだろうと思ったら、二つだというんだ。一つの天ぶちソバを三人で食うのかしらん、と思っている

内に、天ぷらツバが出てきた。師匠が割りばしを口で割って、ブウブウ吹きながら、ソバをすする。ふと、顔を上げて弟子たちの顔を見ながら、

 「食いたいか」といったという。ヽ片方はヨダレをのみこみながら、

 「そりゃあ師匠、食べたいですよ」

 「そうか、食いたかったら、はやく一人前になれよ」‐         I ノ     ニ

 フそういってツルッルと食べおわると、金をはらって外に出た。こんちきしょう、と思ったとい呑んだね、弟子たちは。こんな鬼のような師匠があるか。絞め殺してやりたいと思った。けれども、いくちなんで心、絞め殺すわけにはいかないし、その。師匠のところを飛び出したらもう噺家の仲間では食ってはいかれないから、腹の中で、こんちきしょう、いまにみていやがれ、おれは早くえらくなって、天ぷらソ八三杯食ってやるぞ(笑)なんて。

‘もうほんとうに腹が立った。それでお正月すぎに、薮入か何かで家へ帰ったときに、父親から、

「どうだ、師匠、よく仕込んでくれるかL

 ごと聞かれたときに、帰り腹ペコペコで一緒にソバ屋に入ったら、自分だけ天ぷらツバーつとって食って、食いたいか、

とこういいやがるんですよ。それは食いたいから、師匠食いたいです、といったら、そうか、食いたかったら早く一人前になれ、そう言いやがって、とっとと表に出てしまいやがった。あんなヶチで不人情な奴はみたことない」

 そう答えたら、そのおやじさん、いきなりぱあんと肘が横ッ面を張り」ばして、こんなおりがたい師匠がこの世に二人とあるか、と叱りつけたという。これがほんとうにひどを仕込む、師たるものの心がまえだね。わたくしにはそれができないんだな。わたくしだったら、もう天ぶちツ八五杯たのんで、  ’

「おれは一杯でいい。おまえたち二杯ずつ食え」

前になれ。これがほんとyつの師匠というもの(笑)です。わたくしもせいぜい修行して、諸君にになんて(笑≒そんなことではダメだねえ。ほんとうに食いたいか、食いたかったら早く一人何も食わさず、ひと句で天ぶちソバを食えるように心がけまして、つらい、苦しい、と思っ七いたら、芸なんて身につくものじゃない。ようし、人より早く一人前になってやるぞ、と発奮して一心に努力すれば、ふ云が身につぐ喜びどいうものが出、て来士

す。そうなったらいもう、じつらいも苦しいもない。そういうつらさ、苦しさが、芸の糧になってごはなしが横みちにそれましたが、この弟子たちにしても、こういうことをいつまでも根にもつくる。それが、自分でもわかるようになってくる。

 そうで力くて、修行が、苦しい、つらい、といっているやつは、とうてい一人前の芸人にはなれん。なったやつはいない、と、こう、米朝さんの書く名人が言ったというんだね。

 それを、わたくしは、ちがう角度からお釈迦さまはおっしゃっていると思うのです。

 修行はつらいものだぞ、ということが前提なのです。「喜覚支」よろこびに住せよ、という。なぜ、わざわざお釈迦さまが、よろこびに住せよとおっしゃっているのか。それは、修行というものは、つらいものだぞ、苦しいものだぞ、悲しいものだぞということを、前提にして、おっしゃっているのです。

 その中で、よろこびを見出せIいや、よろこびを見出すというのだったらまだほんとうではない。住す、というんですから、自然に、よろこびが湧いで出るのでなくてはならない、ひとりでに、よろこびがこみあげてくる。つらい修行が、よろこびにみちた修行になるよう修行せよ、とそうおっしゃっているわけです。だから、修行、精進というものは苦しいものだぞ、ということをお釈迦さまはこの「喜」という字のかげにおっしゃっているのです。仏法の精進、努力というものは悲しいものだぞ、苦しいものだぞ。決してたのしいものではないのだぞ、つらいものだぞ。

 しかし、その中からよろこびに住するようにせよ。よろこびに住さないようでは本物になれんぞ。じゃあ、どうやってよろこべるようにするのですか。それはおまえが工夫するんだ、どいうことです。工夫することが修行なんです。だから、わたくしが、こうすればよろこべるようにな

石なんていった6 、それはあなたがたの修行にはならん。まあ、ここでのこんなていどの修行は苦しくもつらくもないはずなんだけれども、苦しい、つらいと感じているひとがもしあるとするならばにんな苦しいつらいなかからどうやっとならば、どういう心がまえを持ったならば、。よろこびに住せるのだろうか、と一心不乱に考える。工夫する。そしてそのように努力する。それが「喜覚支」ということである。そう、わたくしは解釈しています。          一xI

ごこ今桜 微笑を持て

 碕覚支

 

 この「狩」というのは、ちょっとわかりにくい文字ですが、「軽安」と訳しているお経ります。    

 忙喰覚乞、という。これは、つねに身心を軽やかに快的にする、ということです。修行中、つぬに身心がかろやかでなくてはならない。どんなにつらい修行、苦しい修行をしていても、しかめっ面で、のろのろ鈍重なことをやっていたのではいけない、というのです。チラシまき修行だろうが、お便所掃除だろうが、なんであれ、身心軽快でなくてはならない。

 この反対の言葉があります。というような意味で、人をして煽惰、怠慢ならしめるものです。睡眠蓋という。のは「心くらく身を重からしめるLという心作用で、人をして、ものごとを行なうにあたり、不活発、鈍重ならしめる。ことを行うにあたって心巧みでない。                    十

 これではいけませんね。軽安覚支はその正反対です。

  ということで、煩悩の一種です。幡沈というのは、「心のめいること。ふさぎこむこと。沈億

不活発な気質Lあるいは、「心を暗く沈ませる心作用Lというような意味で、人をして頼労、

げしに回イにづ悩の中にヽ愉漑瞭睨戸という宗あ芯を覆う

 ここの修行中でも、そうでしょう。朝、目をさまして、起床する。ねむいし、もう、体のあちこちが痛むし、とても身心かろやかどころではない。どうにもならん、みんな仏頂面して、ぷす″として、口もきかない。しかし、それは身心かろやかではない。

 身心をかろやかに、ニゴニコして、おはようございます、と声をかけ合う。何十人という人が目をさましてJだれひとり、にこやかな顔をしておはようございますといわない集団なんて、なんとも異様だとわたくしは思う。

 どんなことがあっても、朝、目がさめる、おはようございます、とニコニコ笑って声をかけ合う。そこから、活気というものが出てくる。それがエネルギー・となって盛りあかってくる。だれもかれもしかめっ面をして、黙ってもぞもぞやっている。悟沈睡眠蓋ですよ。いつまでも、暗く沈んだ空気で、活気がない。だれでもいい、だれかひとり卒先してやるんですよ。「おはようございます。いい天気ですね」まあ、この朝霧高原ではあまりいい天気の日というのはないが、それだけにこっちが明るく軽快でなくてはいけない。おはようございます。今日もがんばりましょう。だれかひとり、そう声をかけてごらんなさい。明るい軽快な気分がみんなにひろがってゆく。そこから活気が湧いてくる。その活気が子不ルギーとなって盛りあがり、みんなの活力とな

ってゆく。

 自分が身心をかろやかにするということは、ひとをも身心かろやかにさせてあげなければいけない、ということです。

 これは、自分ひとりのときでもそうです。

 わたくしは、つねに、「心に微笑を持て」といっています。そうして、心でいつもつぶやくのです。

「かろやかに、明るく、楽しく」

 

修行法と梵行

定覚支

 これは、心をひとつのものに集中してみださない修行です。瞑想法で、純然たる修行法ですから、文字や口では説明できない。実地に指導をうけて体得してゆく。「滅尽定L「四禅定」などをふくむ七科三十七道品の中でも、根本的な修行法ですい

 

捨覚支

 あらゆるものごとにたいし、とらわれる心を捨離する。ものごとにとらわれ、執着するところ

から、煩悩が生ずる。、

「煩悩の犬、追えども去らず」

 などということばがありますが、十分わかっていて、こだわってしまう。とらわれてしまう。

 わたくしは、若いころ、’‐そういうとき、心の中で、「サラリ’、サラリ」とつぶや’いたものです。

とちわれた句、こだわりそうになったとき、サラリ、サラリ、とつぶやいて流してしまうのでを横に向けてしまうので、’心をほかのものに転じてしまうのですね。こ柚は案外、効果がありまつい一こ以て、「であるからこれは執着してはいけない。

す。いろいろ、いろいろと心の中で理くつをこねてとらわれの心を剖一にしすべきだ」なんて考えるよりヽサラリヽサラリ、とつぶやいて横を向いてし

まうのが、1番です。

 しかし、根本的には、「定覚支」による瞑想、「念覚支」による縁起観法、、等によって、完全な「捨」の境界に達するわけです。その境界に達すると、一切を捨て切って、心中、微塵の影もなく、こころ明鏡のごとし、ということになるわけです。`そうなったら、いつ、この世を去っても、異陰など生ずる余地がないわけです‥

’以上、ざ『つとJ七覚支についておはなしいたしました。

、そごで、どの、七覚支の講義を終えるにあたってい最も大切なことを一つ、おはなししておきたいと思います。

 それは、この七党支の修行法をずうっと見て、なにか、気がつくことはありませんか? なにか、気のつくことがあると思います。  ―

それは、、この成仏法が、二つのものから成り立っている、ということですJ     上上一つは純然たる修行法。

これは非常に興眸のあることですね。

 どういうように分けられるかというと、修行法では、「念覚支Lそれから「定覚支」それから捨覚支です。この三つは、特殊な技法から成り立っている。たんなる心がまえ、心がけといったようなものではない、純然たる修行法です。

 い梵行にあたるのは、「精進覚支」喜覚支」「軽安覚支」です。

 「択法覚支Lは、修行法と梵行と両方の立場がある        。            ’ゝ

 以上のように分けられますね○ ’              ‐        ‘     j`

 

 で、これは、七覚支だけのことかというと、そうではない。他の六科目の成仏法すべてにあて’

はまるめです。ただいその比率が、修行法と梵行とが、半々の割り合いでできている場合もあれば、、七対三、六対四ノというようになっている場合もあり、一律ではありません。しかし、かならず、成仏法は、純然たる修行法と梵行とがら成り立っています

 

 これはいったいどういうわけか。もっとも、前に出たお経に、 『-一一優婆塞の諸々の梵行を修し、此法律に於て狐疑を度るものありや不や』

とありましたから、成仏法が、法と梵行と、この二つから成り立っていることは、わかっていたことでありますが、これはどういうわけであるか。

 わたくしは、この、梵行を修行法に加えることにより、在家の者も、出家者とおなじく、解脱の成果をあげることができるようになった、釈尊のご配慮だと思うのです。この、釈尊のご工夫Jじように、成仏できるようになったのだ、そう思います。

により、在家者も出家とおなじように行をしながら、衆生を救済する、指導するというのが建て前ですから、これは特に徳を積むといするようになっている.

よりといいますのは、梵行とはなにかというと、それは「徳を積む行」です。出家者は、自分の修う行をする必要がない。出家者の生活そのものが徳を積む行をするようにずるような方向にいきやすい。これを補正するためには、どうしても、徳を積む仕組みをくわえ

なければいけない。それが、梵行です。

 

 念竟支・定覚支、というような、純然たる技術としての修行法をいくらやっても、それだけでは、成仏はできないのです。徳がなければ、どんなに技術としての修行法をマスターしても、成仏はできない。いや、第一、徳がなかったら、その技術としての修行法を、マスターすることができないのです。必ず、中途で挫折してしう。

 時々あるのですが、わたくしのところへ、超能力の修行法を求めてくるひとがあります。求聞持法あるいは念力の護摩法を体得したいということでやってくるわけです。あるいは霊視力、霊感などを持ちたいという。わたくしの門人になって、一、二年法を修めれば、そういう超能力が得られると思っている。

 ところが、そういう人たちにわたくしがやれというのは、「準祗尊干座行」です。そうして、チラシまき、便所掃除、下足番をやれという。それで、ちょっとやってみて、すぐに、なんだバカバカしい。こんなことで超能力なんてものがつくはずない。もっとほかにいい修行法があるにちがいない、ととび出して、あっちこっち、’「秘法」を求めて、転々としてあるく。  j

 いいですか。

 どんな高度の修行法があっても、修行法で成仏するんじゃないんです。’「徳Lで成仏するんです。。修行法で修行して成仏力を身につけるのには、どうしても徳がなければならない。。徳がなかったら、修行法そのものにさえ、縁がいただけない。  

 

「準眠尊千座行」は、釈尊の成仏法、七科三十七道品にのっとって、修行法と梵行から成り立っている。「準眠尊于座行」と梵行で「五下分結」は必ず切れるのです。必ず「阿那合」―にまではゆける。しかしそれには、修行とともIにしっかり梵行をやって徳を積んでゆかなきゃならんのです。

 

 徳なくして、どうして成仏できるか。

 第一、仏さまのことをなんというか      。 一

「万徳円満」というじゃありませんか。すべての徳が完全にそなわっている、というのです。成仏、というのは、その仏に等しくなることです。徳なくして、万どうしてそれができるか。梵行こそ、」それを可能にするただ一つの道です。修行法に梵行をくわえたことにより、釈尊は者にも、・ぴろく成仏の道をひらかれたのであり、大乗仏教のひとたちがよくいうように、決して

釈尊め仏教は「出家仏教」ではないのです。出家、在家を問わず、すべて、解脱へ到達せめる、゛かの婆践出家が讃嘆したように、まさに、それは、

そく うぱい  もし なん もし によ ことごと みなした

塞、優婆夷、若は男、若は女、悉く皆随

ぷっ ぼう そう ぴょうどぅほうりっ

仏・法・僧の平等法律なることや』

 てんおお  あめふ  すいるしたが  くだ  ごと  くどん ほうりつ !たまたかく ごと  びく  ぴくに  うぱ

『天大いに雨りて水流随いて下るが如く、琶曇の法律も亦復是の如し。比丘、比丘尼、優婆

ヽく うぱい  もし なん もし によ ことごと みなしたがなが  ねはん むか ねはん さら はこ  はなはき

邑、茫冬ぼ、、ぼよ君、窃まな、悉く皆随い流れて涅槃に向い涅槃に浚え輸ぶ。甚だ奇なり。なのです。

 

おわりに

原爆坦二度落ちる

 わたくしは、この、日本という国ほど、業のふかい国はないと思うのだ。

 なぜか?

 

 地球上でただ一つの、原爆の被爆国ではないか。

 しかも、一度ならず二度までも    」                \

 ほかに}国もないのである。日本だけなのだ、この惨禍を受けたのは。

 これはいったいどうしたことか。

 もちろん、わたくしは、一日本のほかにも被爆国の道づれがあったらよかったといっそいるのではない。

 

 

おわりに

 この国を以て人類の狂気のみせしめにされた思いである。

 しかも、それで終わるのではないのだ。原爆はこの国にもう1度落ちる。それがわたくしには見えるのだ。

なんという業のふかさか。

 いまや、この国の上空を、破滅のカルマが一面に覆い、それは日に日に、厚く、濃く、なりつつある。

 それが頂点に達したとき、原爆は落ちるのだ 

 カルマを断ち切る方法は、シャカの説いた教法にしかない。 わたくしが、かくもホケトに、現代にシャカをよみがえらせようとしているのは、この国を滅亡から救うために、それしか方法がないからである。

 シャカは、カルマを断つ教法をもとに、個人の成仏を説いた。個人の成仏は、即、国土の成仏にほかならない。それはそのまま、社会の成仏につながる。なぜならば、個人の集団が、国であり、社会であるからだ。

 

 

今日の運勢 3月6日  Today’s fortune March 6

魔術師
正位置・・・希望。創造。巧み。熟練。創業。修行を始める。恋愛や交際の始まり。入学。ものごとの始まり。聖地。聖者。宗教上の本山などへの参詣。結婚式。新婚旅行。
逆位置・・・優柔不断。不適当。弱さ。不安定。神経の不足。創造力の不足。未来の計画に対する臆病さ。無理にすすめられる結婚や結婚式。技量不足で低迷する恋愛。
ウェイト解説
正位置・・・手腕。外交。手際。巧妙。病。苦痛。損失。災害。敵の罠。自信。意志。男性の質問者。
逆位置・・・医者。賢者。精神病。不名誉。不安。

 

五黄土星の日

小さな自我は破れやすい。絶望的な思いの人の来訪を受けたりする。名利を離れ天を相手にの心境を養え。

対人関係が良好な日。
周囲と積極的にコミュニケーションをとることで、課題や問題が解決に向かいます。
ただし相手への余計な干渉や詮索は避けて、同調する姿勢を重視することが大切です。

 

magician
Positive position … Hope. Creation. Skillful. Skilled. Founded. Start training. The beginning of romance and dating. admission. The beginning of things. Sanctuary. Saint. Visit to religious temples. wedding. Honeymoon.
Reverse position: indecisive. Inappropriate. weakness. unstable. Lack of nerves. Lack of creativity. Cowardice for future plans. Marriage and weddings that are forcibly recommended. A romance that is sluggish due to lack of skill.
Weight commentary
Normal position … skill. Diplomacy. Skill. Clever. disease. pain. loss. disaster. Enemy trap. Confidence. will. Male questioner.
Reverse position … Doctor. Sage. Psychosis. Disgrace. anxiety.

 

 

Five Yellow Saturn Day

The small ego is easy to break. We receive visits from people who are desperate. Leave your name and cultivate your feelings toward heaven.

A day with good interpersonal relationships.
By actively communicating with those around you, problems and problems can be resolved.
However, it is important to avoid unnecessary interference and snooping with the other party, and to emphasize the attitude of synchronization.

今日の運勢 3月5日  Today’s fortune March 5th

 


正位置・・・予期されない危険。恋愛上の不運。スキャンダル。欺く。欺かれる。迷い。裏切り。家庭、家族の不和。家族の中に出る病人。死亡した関係者にまつわる事柄。霊感。心霊現象。死者との交霊。信仰。墓地。悪霊が付く。悪魔祓い。不安のある旅立ち。転職。就職。進学。見合い結婚などで未知の世界へ飛び込むこと。先祖。先祖霊。霊界。
逆位置・・・小さな嘘。軽いスリルを味わう。少しの失敗。過去の出来事に影響される。魔女的な女性に影響される。過去の嫌な相手が現れる。恋愛上の口論。
ウェイト解説
正位置・・・隠れた敵。危険。中傷。闇。恐怖。欺き。幻想。オカルト的な力。失敗。
逆位置・・・不安定。続かないこと。沈黙。小さな欺きと失敗。

 

四緑木星の日

縁談、商談の来訪者あり。言動をつつしみ話を進めると良い。いつも良い日、皆良い人。こんな心境を養いたい。

様々な災難に見舞われる日。
物事は上手くいかず、気分も落ち込み、喪失感や不安感に襲われます。
現状を変えようと躍起になっても空回りするだけです。
この日は全て受け身に徹して、周りに流されるくらいの気持ちで過ごしましょう。

 

Moon
Positive position: Unexpected danger. Bad luck in love. scandal. throw dust in eyes. Be deceived. I’m at a loss. betrayal. Home and family discord. A sick person in the family. Matters related to the person who died. inspiration. Psychological phenomenon. Spirituality with the dead. faith. Cemetery. Evil spirits are attached. Devil exorcism. Anxious departure. Change jobs. Employment. Go on to higher education. Jumping into an unknown world by matchmaking marriage. ancestor. Ancestor spirit. The spirit world.
Reverse position … a small lie. Enjoy a light thrill. A little failure. Affected by past events. Influenced by a witchy woman. An unpleasant partner in the past appears. A romantic quarrel.
Weight commentary
Positive position … Hidden enemy. Danger. Slandering. darkness. Fear. Deception. An illusion. Occult power. Failure.
Reverse position: unstable. Don’t continue. silence. Small deception and failure.