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アスタキサンチン

No.2015-51
2015年12月21日~2015年12月27日

トピックス

天然色素アスタキサンチンに記憶・学習向上効果
―記憶司る海馬の神経新生を促進する作用判明
:筑波大学(2015年12月22日発表)

 筑波大学は12月22日、サケやイクラなどに含まれる天然色素で強い抗酸化力を持つ「アスタキサンチン(ASX)」を長期間摂取すると、記憶を司っている海馬の神経新生が促進され、学習記憶能力が向上することが明らかになったと発表した。アンチエイジングに効果的なサプリメントとしての利用が進むだけではなく、今回の研究成果をもとに関連の新薬の開発も期待できるという。

 

■サプリメントの利用促進や新薬開発も

 

赤い色素のアスタキサンチンは、老化や病気の元となる活性酸素を消去する抗酸化作用や、眼精疲労の回復効果などさまざまな作用があるとされ、サプリメントや健康食品、化粧品などに用いられている。

 また、動物実験でアスタキサンチンに急性の脳損傷に伴う神経の炎症や死滅を防ぐ神経保護効果があることや、脳虚血に伴う記憶の低下を抑制する効果があることなどが報告されている。しかし、海馬機能に与える効果についてはこれまで明らかでなかった。

 研究チームはアスタキサンチンが海馬機能にもたらす影響に的を絞り、さまざまな側面から調査、研究した。

 実験ではまず、アスタキサンチンの濃度が異なる飼料(0.02%、0.1%、0.5%)と、プラセボ(偽薬)の混ざった飼料を大人のマウスに4週間与えた。海馬の神経新生は、細胞増殖の数(Ki67陽性細胞)と新生した細胞のうち神経細胞へと成熟した数(BrdU/NeuN陽性細胞)の数で評価を行った。

 その結果、0.1%と0.5%濃度の飼料を与えたグループで海馬の細胞増殖数の有意な増加が認められ、そのうち0.5%濃度の摂取グループでは、新生細胞のうち神経細胞に成熟した数(新生成熟細胞数)の有意な増加が認められた。つまりアスタキサンチンの効果は濃度依存的であり、0.5%が神経新生を高める有効な濃度であることが分かった。

因縁がカルマをかたちづくる

482
けたのだ。
また、だれでもがそういう最上階の超能力者になれるということは断言できない。最上階のアデ
プトに到達することのできる修行者は、特別な人たちにかぎるとされている。そういう人たちは
生まれながらにひとつの資格と素質を持っているのだと信じられている。その資格とは、前世、
前々世からひきつづきこの修行をしてきているということである。何度も生まれかわってくりか
え人生において、かれは絶えずヨーギーとして修行をつづけてきているのである。しかし、だ
れがその有資格者なのかは、実際に修行に入ってみるまではだれにもわからぬことである。もし
もあなたが密教の修行に熱心な思とあこがれをよせるようであるならば、あるいはあなたがそ
の人であるかも知れない。しかし、また、よしんばあなたがその有資格者ではなかったにせよ、
これだけは断言することができる。あなたがごくあたりまえの人間であっても、すぐれた力を持
つグル(師匠)について、一定の訓練を受けるならば、普通人にはとうてい考えられないような
すぐれた力と能力を持つ優秀人に変化することができるだろう、と。
私はくりかえし断言しよう。
ふつうしん
たとえなんのとりえもない平凡な人間でも、この密教の訓練をうけるならば、その人は、その
人の属する社会の本かで、欲すると欲せざるとにかかわらず、かならずそこのリーダーとなって
そのグループを支配し指導することになるだろう。なぜならば、かれは、だれでもがよろこんで
その支配をうけ、指導をあおがざるを得たいはど、きわだった能力と人格を持つようになるからだ。これからいよいよ苛烈の度を加えるこの世界において、それはますます顕著になるだろ
う。あたらしい世紀をむかえる前に、この世界はひどい混乱におちいって、社会は無数のグルー
プにわかれ、そのグループはいったいどうしてよいのかわからない人たちであふれるようになる
からだ。その人たちは、常人にない能力を持つリーダーを求めて右往左往するだろう。自分たち
を新しい世界につれていってくれる人を求めて世界はわきたつ。そのとき、それらの人が求める
リーダーに君はならねばならない。そういう人をつくり出すのが密教だ。そのために密教の技術
は温存されてきた。これはそういう技術なのだ。それだけに、それはかなりきびしい訓練である
ことを知っておかねばならない。
業からの脱出
いくつかの訓練の段階におけるその第一の課程は、自分の持つ業からの脱出である。
人は生まれながらにさまざまな条件によってしばられている。そのものからだれも自由であり
得ない。考えてみれば、人間という名でよばれる存在そのものが束縛である。存在することがす
でに奴隷である。だから、存在であらざるものになることが完全な解脱なのであって、密教はそ
れを目ざすのであるが、それはもっとずっと先になって君の追求すべきテーマになるだろう。こ
こでは存在するものの江かでの解説である。それを業の解脱という。業は因縁によって殺され
る。因縁がカルマをかたちづくる。この、カルマの解脱の行と並行して密教の修行がはじまる。
そくばく
48能力発のカルマの解脱をしない修行者は、修行がにとんとすすまたん
されず、不浄なものにみたされ、『法』という清浄なるものに帰一同化することができないから
だとされている。
だから、修行の第一歩において、グル(師匠)は、修行者にカルマの解虎の法をさずける。
リーガ・スートラに「ヨーギーの薬は白くも悪くもない。その他の人々の業は三様である」と
いっているのは、グルが、修行者に、修行の最初の段階で、かれに解脱の法をさずけて、業から
やまちこう)さとう。
離脱させるようにするからである。(業には普通、白業、農業、黒白薬の三種がある。白業とは
よい結果を生ずる原因、いわゆるよい因縁で、黒葉とは悪い結果を生手る原因、いわゆるわるい
因縁で、黒自業とは同方が混合している業である。通常の人はほとんどこの紙の業に属してい
る。ローギーはこれらのいずれの落からも超越するのである。
私は、真言密教につたわる!大白法』を以てこの法としている。これは、古来よりの因縁解
法として最高のもので、他にこれ以上の法はちょっと見あたらないからである。
「普通,これは1000日つづく修行である。1000日つづくといっても日常生活のうちに修
言できる行法であるし、とくにむずかしいというものではない,1000日の間に法を身にっ
は、図説を完成するとともにりっぱな音改者としての素養と知識をふかめ、指導者としての
人格、識、能力を高めてゆく。この修行だけでも、人は、非常にすぐれたパーソナリティの出
にじみくことだろう。
常の記の行がおよそ100日くらいすすんだ頃、グルによる直接の指導がはじまる。その第
一回は、受け入れの儀式である。その方法はさまざまである。修行者の因縁によりみな異な
る。これで修行者はダルの正式の弟子としてうけいれられたわけである。
この第一回の面接指導』から、ほんとうの修行、訓練近はじまるのである。
九段階の調練
が、将は、たつの市から成り立つ。
それに、真言を界における用の場によって補成されたシステムである。
高宗のは、真面設につたえる会副界と造り

如来の七宝

如来の七宝
まさき
ちやほうかくし」
しようじんかくし、
てくかく
じようなくし
しやすくしほう
かくとにらい むしよじゃくとうしようがくよ
如是如来無所者等正覚出於世時。当 「是の如く如来・無所者・等正覚世に出ずる時、当に
ちかくしほう
知亦有七覚支宝出於世間。云何為七。 知るべし。亦、七覚支宝有りて世間に出ず。云何が七と
念覚支宝。択法覚支。精進覚支。喜
為す。念覚支宝・択 法覚支・精進覚支·喜覚支·息覚
影支。息覚支。定覚支。捨覚支宝。
支·定 覚支·捨覚支宝、是れを謂いて七と為す。如
来・無所著・等正覚世に出ずる時、当に知るべし。此の
是為亡。如来所著等正覺出於世
七覚支宝有りて世間に出ず」。伝説是の如し。彼の諸の
時。当知有此七覚支宝出於世間。仏
比立、仏の所説を聞きて歓喜奉行しぬ。
説㎞是。彼諸比丘聞仏所說。歓喜奉
まっせつ

もろもろ
かんざきます。
「同様に如来・無所著・等正覚がこの世に出現する時には、また七覚支(法という)宝が、この
世に出場するのです。その七覚支(法という)宝はどういうものでしょうか?
・法管工,精逃見交,喜覚支・息覚支・定覚支・捨覚支の七つが、七覚支(法という)

01111
宝です。如来・無所善・等正覚がこの世に出現する時には、この七覚支(法という宝がこの世
に出現するのです」
以上のように仏さまは説かれました。もろもろの比丘たちは仏さまの説法を承り、歓喜して修
行に励みました。
・解説
お釈迦さまは転輪王の七宝になぞらえて、七覚支法は如来の七宝であるとおっしゃっているわ
けです。「是の如く」とは、それと同じようにということです。如来・無所著・等正覚が世に出
現される時も同様に、七覚支法という七宝が出現するわけです。如来とは真如の世界から来られ
たお方という意味で、仏さまのことです。無所著仏さまの別名です。仏さまは一切のものに執
著(執着)しないので、無所著というわけです。あらゆるものの執着から離れたお方ですから、
仏さまのことを無所著といいます。等正覚もやはり仏さまの別名ですが、比類のない最高の正し
い悟りを得られたお方という意味です。如来も無所著も等正覚も、仏さまのことです。
仏さまがこの世に出現される時には、転輪王が七つの宝を得られるように、七つの宝ともいう
べき七つの法が世間に出現するのです。
それでは、仏陀の七宝である七覚支法とは、どういう法なのでしょうか?

七宝がきょう

転輪王とお釈迦さま
『中西含長・主相応品・七宝程・一」(以下「モ玉程)を講義します。これはお釈迦さまが、成
公法・も科三十七道品の中の七夏支法について多かれているお経です。
わたくしはお気逆さまの教法を世の中に出すこと、なかでも成仏法・七科三十七道品を世に広
めること警順に掲げて、活覧を展開しております。これは、現代には成仏法が絶対に必要不可
欠だからです。
それでは『七宝堂」を読んでみましょう。
しやえこく
とさせろうじょ
さらにとたんお
すなわしち

りんだよ
我闘如是。一時仏遊舎備国。在勝林
給孤独園。爾時世尊告諸比丘。若転
輪王出於世時。当知便有七宝出世。
六何為七。輪宝象宝馬宝珠宝女宝居
主宝主兵臣宝。是謂為七。若転輪王
出於世時、当知有此七宝出世。
我がきしこと是の如し。一時、公、舎南国に遊び勝林
給弧園に在しぬ。南の時世尊 諸の比立に告げたまわ
く、「若し転輪王世に出ずる時、当に知るべし、便ち七
宝有りて世に出ず。去何が七と為す。輪宝・家宝・馬
・珠宝・安室・居士宝・主兵臣宝、是れを謂いて七
と為す。若し転搭王世に出ずる時、当に知るべし、此の
七宝有りて世に出す」
にう
こじほう・現代語訳
おんしようじゃ
このように私は聞きました。仏さまがコーサラ国に遊行され、祇園精舎(勝林給孤独園)にご
滞在の時のことです。ある日、世尊はもろもろの比丘たちに告げられました。
「転輪王がこの世に出現する時には、七宝がこの世に出現します。七宝とはなんでしょうか?
それは、輪宝・象宝・馬宝・珠宝・女宝・居士宝・主兵臣宝という、七つの宝です。転輪王が
この世に出現する時には、この七宝が出現するのです」
1
この『仏陀の真実の教えを説く』の上巻でも説明しましたが、舎衛国とは当時のインドの大国
ぎじら
の一つであるコーサラ国です(同書二六五頁参照)。勝林給孤独園とは祇園精舎のことで、祇樹給
孤無園ともいいます。この祇園精舎で、お釈迦さまは弟子の比丘たちを集めて說法をされました。
お釈迦さまは最初に、転輪王がこの世に出現される時には、七つの宝がこの世に出現されるの
だ、とお説きになられました。七つの宝とは、輪宝・象宝・馬宝・珠宝・女宝・居士宝・主兵臣
宝のことです。
王とは、どのような王さまでしょうか?
これは武力を用いず、正義と法によって世界を統一支配して、立派な世界を建設するという、
インドの伝説的な帝王の理想像です。武力や軍事力によるのではなく、正義と法によって世界を

しいなようしんほう

018
えみ
統一するわけです。したがって当然のことながら、転輪王は立派な世界を建設します。インドに
はそのような帝王の理想像が、伝説として存在していました。
その状幡手は、天から七つの宝を感得するといわれております。これが七宝です。
七宝の第一位指宝です。幅玉とは、金でできた車輪金輪です。金輪以外にも、銀輪・銅輪・
鉄輪の場合がありますが、それは時代によって違うようです。転輪王の現われる時代によって、
観艦の場合もあれば、銅輸の場合もあるし、また鉄輪の場合もありますが、おおよそは天から金
を授けられるとされております。いずれにしても輪宝とは神聖な車輪で、たとえるならば一種
の戦車です。その戦車がひとりでに動いて伝輪王の軍勢を先導し、世界中の悪い軍隊を残らず退
治してしまう。あらゆるものを破砕、降伏せしめる。抵抗するところの悪い軍隊や国王を、全部
この金輪が打ち砕いてしまうのです。そして転輪王の一行は、そのあとを堂々と歩いて行って、
正義と法を説いて世界を治めるわけです。
さいごうく
第二の果とは、すぐれた象のことです。体も大きく、力も強く、しかも頭がすぐれてよい象
です。
第三の馬宝とは、乗馬用のすぐれた馬です。
第四の珠宝とは、如意宝珠のことです。
「よくにはう
第五の女宝は王 女宝ともいいます。これは一人という説もありますし、複数の場合もあるよ
うですが、いずれにしても転輪王に仕えて、いろいろと内助の功を現わすとされている、容色麗
しく、また才知のすぐれた女性です。これが女宝です。
第六の居士宝とは、すぐれた大臣たちのことです。政府を組織すると、いろいろな職務を任せる大臣が必要です。転輪王のまわりはすぐれた大臣ばかりで、賄賂を受けとるような、聴聞にま
みれる閣僚・官吏は一人もいません。
第七の主兵臣宝とは、すぐれた将軍たちのことです。
転輪王はこの七つの宝を手に入れて、世界を統一し、平和なよい世界を生み出すとされていま
す。インドにはバラモン教の時代から、いつの世にか転輪王が出現して、よい世界をつくり出す
という伝説があり、今もそれは続いております。
じつをいいますと、ほかならぬお釈迦さまご自身が、転輪王になるといわれたお方でした。
じようみんほうだいはんきます。
『小部経典・本生 経』(漢訳では、『長 阿含経・大本経』参照)によると、シッダッタ(悉達多、お釈
迦さまのお名前)太子がマーヤー(摩耶)王妃のお股に宿られた時、白い象がお腹の中に入るとい
う不思議な夢をご覧になったとされております。それでマーヤー王妃は、スッドーダナ王 (浄飯
年)に夢のことを話されました。スッドーダナ王は心配になって、六十四人の名高いバラモンを
呼び寄せて、夢の内容を占わせたところ、そのバラモンたちは、
リしまうよう
しっだった。
じようぱん
「お腹に宿られたのは王子です。王女ではありません。この王子が在家のままでおられるならば、
転輪王となられるでありましょう。もしも出家されるならば、世の苦厄を除く仏陀となられるで
ありましょう」
と答えました。
さらにこ誕生の直後に、それらのバラモンの中から、とくに観相に抜きん出た者を八人選んで
脚させたところ、八人中七人が、やはり、
「この王子が部下のままでおられるならば、転輪王となられるでありましょう。もしも出家され

三福道

涅槃とは完全解脱の境地

 

かくと
あるとき
しやえこくぎじゅぎっこどん
おり
そとすせそんあなん
「さんぽんさん
ようやねはんがい
いかん
しようほう

 

聞如是。一時仏在舎衛国祇樹給孤独
園。爾時世尊告阿難。有三善根。不
可網尽。漸至涅槃界。云何為三。所
於如来所而種功德。此善根不可窮
尽。於正法。而種功徳。此善根不可
尽。於聖衆而種功徳。此善根不可
尽。是謂阿難。此三善根不可窮尽
得涅槃界。是故阿難。当求方便獲
此不可射尽之福。如是阿難。当作是
学。耐時阿難聞仏所説。歓喜奉行
聞くこと是の如し。一時、惚、衛国祇徴絵孤独園に在しき。

 

爾の時世尊、阿難に告げたまわく、「三善根(三福道)有り、窮尽す可からずして、漸く涅槃界に至る。
六杯が三と為すや。所誠如来の所に於て功徳を種う。此の普根窮尽す可からず。正法に於て功徳を種う。此の
普根第尽す可からず。聖衆に於て功徳を種う。此の善根第尽す可からず。是れを阿難、此の三善根は窮尽す可からず、涅槃界に至ることを得と謂うなり。是の故に阿難、当に方便を求めて、此の窮尽す可からずの福を獲べ
し。是の如く阿難、当に是の学を作すべし」と

爾の時阿羅、仏の所説を聞きて概喜奉行しぬ。

 

・現代語訳
このように聞きました。仏さまがーサラ国の祇園精舎にご滞在の時のことです。ある日、世尊は、阿難にこのようにお告げになられました。

「三善根(三福道)というものがありますが、その功徳は無限であり、涅槃界に至ることができるものです。なにをもって三つの善根 (福)とするのでしょうか。

(第一に)いわゆる如来の所において功徳を種える、この善根 (福)の功徳は無限です。(第二に) 正法において功徳を種える、

この善根(福)の功徳は無限です。(第三に)聖衆において功徳を種える、この善根(福)の功徳は無限です。阿難よ、この三善根(三福道)の功徳は無限であり、涅槃界に入ることができるの
です。

したがって阿難よ、三善根(三福道)を修行して、この無限の福を得なさい。このように阿難上、この三善根 (三福道)を学びなさい」

この教えを受けて、阿難は心より喜び、修行に励みました。冒頭でも触れたように、阿含宗では三善根を三福道と呼んでいます。このことについて説明し
『仏語大辞典』(中村元著、東京書籍)で「三善根」を引くと、と書かれています。しかし、この三供養品』に説かれる三善根は、その内容がまったく異なります。それなのに、これを三善根という名称のままで弟子たちに教えるのは、非常な誤解を生

むもとだとわたくしは考えました。
それでは、この修行法は、どのように呼ぶべきなのでしょうか?

経文中に、
「此の第尽す可からざるの福を獲べし」
とあるように、この修行法は無尽蔵の福を得る三つの道です。したがって、わたくしはこれを
「三福道」と命名しました。この名称ならば無貧善根・無瞑善根・無嬢善根の三善根と混同する

ことはありません。
そこで、阿含宗では、三善根を「三福道」と変えて読誦しているのです。
さて、右の経文を一読すれば、涅槃界に至るためには三善根(三福道)が必要なのだ、ということをお釈迦さまが説かれているのが分かると思います。

涅槃界とはなんでしょうか?
かいぼん
普通は涅槃の境地・境界の意味で使われます(ただし本経では違う意味を持っておりますが、それについては後述します)。『五戒品』でも触れたように(本書三七頁参照)、

涅槃とはサンスクリット
語でニルヴァーナといいますが、生死を超越した境界、完全解脱の境地です。

完全解説とは業と
因縁から完全に解放された状態です。
わたくしたちは薬と因縁の塊です。業と因縁によって輪廻転生を統けています。

輪廻転生とは死の流転がやまず、無限に生死の流転を繰り返すことです。まるで車の輪が廻るように絶えれます。直線なら物由がないわけです。輪が廻るから無限なのでを繰り返すのか

「はてしなってもいいんじゃないですか。いろいろなものに生まれ変わって、さまざまな生じりうことができるわけでしょう。男になったり、女になったり、偉くなったりというよう
に、いろいろな人生を味わうことができるのだから、むしろ楽しいじゃないですか」

ういう人もいるかもしれません。一度限りの人生ではなく、輪廻転生する方が楽しいというろが、過転生は決して楽しいことではありません。むしろ苦しいことです。

輪廻転生が
「苦しいことだから、お釈迦さまは輪廻からの解脱を願って修行したわけです。
転生は苦である、とお釈迦さまは説かれるのでしょうか?
するためには、まず、仏教の人生観を知る必要があります。

では
、、人生イコール苦であると見ます。人生は、すなわち苦しみであると考えるのよくものとおりだと思います。たしかに人生には楽しみもあります。けれども、

一を、うずうしていくならば、苦しみの方が多く残るでしょう。無
と呼んでおります。四苦とは。
さーっとしもそのとおりだと思います。たしかに人生には楽しみもあります。けれども、

一ーのに体験する楽を一つずつ相殺していくならば、苦しみの方が多く残るでしょう。

無にしたの中に、喜びがあるというようなものではありませんか?
仏教では人間の苦しみを分類して、四苦八苦と呼んでおります。

四苦とは人間の基本的な苦しみです。さらに四告に付随した苦しみが四つ出てきます。これを最初の四苦と合わせて八苦といいます。通常はそれらを総称して四苦八苦というわけです。
四苦八苦は以前にも講義しました(上巻・『申恕林経』一三五ー一三八頁参照)が、仏教の基本教
として大切なことですから、もう一度復習しましょう。
四苦八苦
人は苦の塊
まず、戦というのは、生・老・病・死の苦です。これが人間の基本的な苦しみです。さらに
その改善にはした苦しみが出てます。それが受別離苦・熱憎会苦・求不得苦・五陰盛苦の
どうです。これらの苦さがして、四苦八苦といいます。こうしてみると、人間というのは本当
の一は堂のです。実際に自分の人生還り返ってみればよく分かると思いますが、生
いそいそと自体がしみです。生まれたこと自体が苦しみです。生きているからこそ楽しいこ
とあるけれども、で、楽しいこと、間に苦の種とたっています。ですから生は苦である
はのしみです。生きている上は、だれもが年をとります。必ず老いていきます。

チャクラ

1=超能力開発のシステム
チャクラの機能
前の章において、私は、チャクラを、内分泌腺という近代医学、生理学の面からながめてみ
た。それでは、そのチャクラを、密教自身はどのように考え、どのように説明しているか、今度
は密教の立場から見てみよう。
エネルギー
1 ムラダーラ・チャクラ
体力が異常に増進して、普通人の三~五倍の精力を持つようになる。三日、四日の徹夜くらい
平気になる。一切の病気を受けつけず、健康体そのものとなる。病弱だった者は、その悪いとこ
ろがみな譲ってしまうのだ。このチャクラに Samyama を集中したとき瀕死の病人でも床を蹴っ
て立ち上るだろう。男女ともに実際の年令より一〇歳以上若くなる。そのかわり、強烈な性欲と
生殖力を持つようになるので、そのエネルギーを、オージャスという知能のエネルギーに変える
方法をあわせ教える。
2 スヴァジスターナ・チャクラ
このチャクラにエネルギーを集中すれば、気力が充実し、勇敢になって、積極果敢な行動力を

発揮するようになる。なにものをも畏れず、なにごとにも惑わず、不動の信念をもってどんな困
魅にもひるまない。生死を超越した超人的手腕力量を発揮する。
チャクラの位置
(4)
(0)
12-
せいらん
3 マニピューラ・チャクラ
細頁に述べたヨーガ・スートラの「消輪に綜制をほどこすことによって、体内の組織を知るこ
とができる」というのが、このチャクラである。体内の組織を知ることができるというのは、た
だ知るということだけではなく、からだの組織を自由にコントロールすることができるというこ
とである。それも、自分のからだだけではなく、他人のからだも自由にコントロールする力を持
つから、人の病気なども即座に恋してしまうのである。
このチャクラは、五気のうちの「サマーナの気」に属するものである か ら、「サマーナ気を克「じょう
服するならば、身体から火始を発することができる」とあるように、このチャクラを綜制するこ
とにより、火のエネルギーを出せるようになる。念力の護摩の火は、このチャクラと、ヴィシ
ュダー・チャクラを使って出すのである。クンダリニー密教の奥義書には、「定に入って目を閉
じているとき、このチャクラから、黄色味を帯びた白熱の火焰が水蒸気のように立ちのぼるのが
見え、また、道を行くとき、同じ色をした火焰に腰から腹部のあたりがつつまれているのが見え
る。うすい煙が霧のように見えることもある」と記されている。 このチャクラが、ムラダーラ・
チャクラで増強された生殖エネルギーを、別な物質に変化させる。(どうしてそれができるかは
あとで述べる)おなじように、体内に入ってきた毒物、毒素は、このチャクラが分解したり、ベ
つな物質に変えてしまう。だからPCB、DDT、などの毒物も、このチャクラの力で無害のし
のにしてしまうことができる。
はっきり火焰が出せるようになると、物質原素を変化させて、べつな物質に変えてしまう力を
持ちはじめる。
アナハタ・チャクラ
他心通の力があらわれてきて、他人の心が手にとるように分るようになると同時に、他人の心
を自由に動かす力が出てくる。
つづいて、目に見えぬものの高い心(聖霊、神霊、主導霊と表現する)と心を交流することがで
きるようになる。自分にとって不可解な、理解できぬことなどを、天地にみちた、すぐれた心、

シッダー智恵のエネルギーに同化してそこから開くことができる。つまり、人の
人の持っていた心のエネルギーはこの空間に痕跡をとどめているので、このチャクラでその心の
波動と同じ波動になれば、その心が持っていたすべてのもの、意識も、知能もみな自分と同化し
で自分のものになるということである。そういう意味で、このチャクラに十分熟達すると、霊界
(四次元)の世界と交流の道がひらけるのである。
5 ヴィシュグー・チャクラ
超人的な聴力がそなわる。実際に、このチャクラが使えるようになると、それまで全く聞こえ
ていなかったある音響を聞くことができるようになる。これは私自身の体験であるが、その音が
どんな音であるかは、ここでは伏せておく。私が弟子の指導にあたって、その弟子がどんな音響
を聞いたかをしらべることにより、その弟子が本当にこのチャクラを体得したかどうかの判定基
楽になる。そういうものを判定基準にしなくても、指導者には分るが、もし、こういう音だと前
もって知らせておくと、自己暗示でそういう音を聞いてしまうこともあるので、それに類するこ
とは一切伏せておくわけである。法を惜しんで公表しないわけではないのである。ただ、いえる
ことは、人の聴覚は、四〇、〇〇〇~五0、000キロサイクルの振動波しか聞くことができな
いが、このチャクラを修得すると、その倍以上に聴覚の幅がひろがるということである。一〇〇
メートルはなれて人の心臓の鼓動も聞くことができるということである。ちなみに、犬の聴覚
は、八〇、〇〇〇~九〇、〇〇〇キロサイクルとされている。

ヨーガ・スートラにある「あらゆる生きものの叫び声の意味がわかる」
わる。仏教の天耳通である。
んにつ
また、このチャクラは、頭部、上肢(両腕)及び胸部の筋肉運動に深い関係を持つ。
6 アジナー・チャクラ
異常な透視力を持つようになる。ヨーガ・スートラにある「心の発現にそなわる光をあてるこ
とによって、どんなに微細なものでも、人目につかぬところにかくされているものでも、はるか
遠くにあるものでも知ることができる」という能力である。
テレパシー能力が生ずる。ヨーガ・スートラにいう 大脫身』が可能になるのはこのチャクラ
である。
このチャクラは、また、命令のチャクラ、願望成就のチャクラ、自在力のチャクラともいわ
れ、熟達すると、自然に命令してこれを自在に動かし、自由に支配することができるようにな
る。すなわち、八種の自在力をそなえるようになる。八種の自在力とは、前にも述べたように、
の身体を極限まで小さくして、岩などを自由に通り抜ける力のからだを大空にいっぱいになる
は大きくする力の蓮の糸や綿くずよりも軽くなる力 4望みのままに、月にでも指をふれる
とができる力の自分の意志するままに、どんなことがらでも実現できる力 世界を創造
し、する力の方物を自分の意のままに従わせる力る大地のように身を重くすることので392
きる力、あるいは、自分の意欲の対象を必ず手に入れることのできる力、の八種である。
7 サハスララ・チャクラ
頭のなかの光明 Murdha-jyotio といわれるチャクラである。 Brahma-randhra 梵の座、梵の
製け日という頭蓋骨の接合するところの真下に位置する。梵の座、梵の裂け目とは、梵すなわち
聖なるもの、と一体になる場所という意味である。
さんぜん
このチャクラを目ざめさせると、この部位に光明があらわれて、燦然とかがやく。頭のなかの
光明である。
クチョウ
このチャクラはすべてのチャクラを統合してこれを自由に制御する。すべてのチャクラを自由
に制御することができるようになると、彼は次第に変身する。昆虫が全身を覆うかたい表皮を次
第に溶かし、しなやかな、しかし丈夫な羽翼を自然に身につけて、空飛ぶ蝶に変態するごとく、
彼はヒトからべつな生物に変身する。三次元生物のホモ・サピエンスから四次元生物の超・ヒ
ト、ポモ・エクセレンスに変身する。ヨーガでは、これを聖なるものと一体になる、と形容した。
のチャクラを、聖霊が宿り、聖霊と交流するところであるといっている。このチャクラを完成
した音を、超人、大師、救済者と呼ぶ。超人は、物質世界を超越し、時間と空間の制限を受
けない、ヨーガ・スートラにあるように、自由に自分の肉体を消失させ、一瞬のうちにヒマラヤ
の感地から東京に飛来し、一利那のうちにヨーロッパへ去る。彼は、四次元世界の時間と空間の
を意しているのである。二次元(平面)世界の生物にとって、
の行動はナノとしか思えぬように、三次元生物のわれわれには、四次元世界に住む超人の動きは
全く理解できない。インドでは、仏陀が超人であるとして、このチャクラの完成者であること
を、形を以て示している。その形を、おそらく、あなたも必ず目にしているはずなのであるが、
あなたは多分そのことに気づいていないのであろうと思われる。
このことについて、「ザ・チャクラス」の著者、Leadbeater 氏は図を示して解説している。
次頁の下の図は、ジャワの寺院の仏像である。上は東大寺法華堂の仏像である。この二つの像
の頭部がサハスララ・チャクラの、二つの型を示しているのである。下の像は、チャクラによっ
て発達した頭蓋をそのまま示している。この頭頂の盛りあがりは、多くの人びとが考えているよ
とうちょう
うに、マゲではないのである。これは、肉壷といって、仏陀の持つ「三十二相」のひとつで、頭
骨がこのように発達して盛りあがっているのである。なぜ発達したかというと、このチャクラの
にか
修行によるもので、その盛りあがりはこの修行を完成したことをあらわしているのである。
ら、修行中の仏陀の頭骨はこのように盛りあがりを見せず、普通人とおなじ頭蓋をしている。修
行を完成して仏陀に変身したとき、彼の頭骨はこのように変化している。
Loadweater 氏によればこの像の頭部は、「最初に九六〇の花弁のように大きい盛り上り、それ
から、頭きに、それから上っている十二のより小さい盛り上りがある」といっている。巻頭のカ
ラー写真にある通り、このチャクラは、中心の軸が十二、その周囲の輪は、九六〇である。氏
は、このかたちが、仏陀に象徴されるこのチャクラの二つの型のうちのひとつであるといっ

 

 

ヨーガ・スートラ

の筋肉と深い開係があるとされている。ヴィシュダー・チャクラの修得により、私の火のエネル
ギーは、両腕にその通路をひらいたのである。しかし、その完成はまだ先のことであった。それ
は、もうひとつの重要な発見がなされるまで待たなければならなかった。しかし――、五千年の
長い間、だれひとり知るものがなかったムドラ!・チャクラ開発のいとぐちはここにひらけたの
である。私は、日夜、ひたすらその完成に身を焼いた。
クンダリニーの秘密
佐保田鶴治博士のヨーガの分類によると、『インドでヨーガとよばれている行法や思想はあま
りにも多種多様である。それら数十にも及ぶヨーガの流派は、その狙いどころも違っておれば、
その修行方法も違っていて、それらに共通した特色や本質をさがし出すことはたいへんにむずか
しい。いま、それら多くの流派のなかから最も特色のあるものをとり出し、それら各流派の行法
を仮りに現代的な用語をもって特色づけるとするならば、つぎのようなことになる。
一、ラージャ・ヨーガ心理的
ニ、ハタ・ヨーガ 生理的
三、カルマ・ヨーガ 倫理的
四、バクティ・ヨーガ宗教的
五、ラヤ・ヨーガ 心的
39力開発のシステム

六、ジナーナ・ヨーガ哲学的
七、マントラ・ヨーガ呪法的
このほかに特色のあるものとしては、体育を主とするヴィアーヤーマ・ヨーガという一派もめ
る。超心理学的な現象を特色とするクンダリニー・ヨーガを広く世界の注目を浴びている』(解説
・ヨーガ・スートラ)
古代ヨーガの奥に法を求めるにあたって、私は、これら数多くあるヨーガのうち、密教、
直書常攻にもっと深い関係のあるヨーガとして、クンダリニー・ヨーガをえらんで入っていっ
た。
いま、は、クンダリニー・ヨーガが真言密歌にふかい関係があるといったが、実は、ふかい
はどころか、真言密教にとってクンダリニー・ヨーガこそ、その源流であり、本流であったの
だ。真言密教、天台宗密教は、宗派仏教として成立せんがためにその本流をはなれて様式化し、
ついに力を失ってしまったのである。なぜそういうことがいえるか。その論拠は、この項で解説
するつもりであるが、まず、その前に、クンダリニー・ヨーガについて説明することにしよう。
クンダリニー・ヨーガは、佐保田博士のいわれる通り超心理学的現象を主眼とする。超心理学
• Panapsy chology とはなにか? それは、恒常的能力、つまりそれは、常識的な人間能力を
超えた力、超、意的能力(Extresensory Per-ception 略して ESP)、念動 (psycho-kinesio 略してP
だいた能力主研究対象とするもので、 要するに、超心理学的現象とは超能力の発現に注かシステム
ならない。クンダリニー・ヨーガは、その超能力をヒトにあたえようとするのである。
どういう方法で、クンダリニー・ヨーガはヒトに超能力をあたえようとするのであろうか?
クンダリニー・ヨーガの機構について説明しょう。
クンダリニー・ヨーガは、その力の発現を前に述べた七つのチャクラとクンダリニーという特
殊な力の開発によってなしとげようとする。
がたち
クンダリニーとは、脊柱のいちばん下端、尾低骨より約三センチ(人によって多少ちがう)ほど
上部にあるエネルギーの源泉である。クンダリニー・ヨーガは、いろいろな方法で、このクンダ
リニーを制激し、このエネルギーをひき出そうとする。
クンダリニーはいろいろな表現をされている。
ちゆう
クンダリニーが燃え上ったとき人は人になる。それは神聖な火となってすべてを焼きつくし、
ひとつのものだけを残す。(ヴェーダ)
人のなかに眠るコブラ(蛇)が目ざめて走りのぱるとき、人は真に目ざめる。(ヴェーダ)
われは力なり、神なり、クンダリニーなり。(バガヴァット・ギータ)
401 超能力開発のシステム

ヒトを改造する超技術

18

このシステムで訓練すれば、眠れる君のニューロンはたちまち目ざめ、君の知能は三倍にな

る。

それは、ヒトを全くべつな生物に変えてしまう超技術だ。

その超技術がここにある。

3―ヒトを改造する超技術

トラブル

ヒトの知能が倍増し、人類の知的水準が現在の二倍ないし三倍になったら、世界はどのように

変わるであろうか? おそらく、人類は、いまかかえているあらゆる問題を、すべて解決してし

まうであろう。

いやーー、それよりも、全く新しい構造の社会が出現するのではないか?

人類がいまかかえている問題を見てみよう。

――殺し合い、作い合い、憎み合い、傷つけ合い――そして地球上に急速にひろがりつつある

有害物質―――。それらはどこに原因があるのであろうか?わかりきったことである。

それは、ヒトがいかなためである。

人類学者リンネは、人間を分類して「知恵あるヒト」と学名をつけた。

ビエンス

 

ホモ・スウルチッシムス
生理学者シャルル・リシェは、愚かなヒト、ホモ・スッルッスと名をつけた。ノーベル賞受賞
者のリシェは、その著、「人間―この愚かなるもの」の序文で、 人類のかずかず の愚行をつぎ
つぎとあげ、実にあきれかえったおろかな動物であるとして、超感 人類 と呼びたいところだ
が、まあ、最上級の形容詞はがまんして、感 人類ぐらいでかんべんしておこうと書いている。
たしかに、ヒトには、この二つの面がある。賢い知恵ある面と、愚かで弱い面と、二つの面が
ひとつにまざり合っている矛盾した生物が、まさにヒトであるということなのだが、いま、われ
われの周囲をながめてみると、ホモ・サピエンスは全く影をひそめ、ホモ・スッルチッシムスが
のごとく横行している。
殺し合い、奪い合い、憎み合い、傷つけ合いー、
それは次第にエスカレートしてゆく。科学と技術はヒトの力を無限に拡大したが、同時に、ヒ
トの殺戦と搾取と憎悪と闘争をも無限に増大させた。このままでは、間もなく、ホモ・サピエン
スは絶滅する。
いま、人類にもっとも必要なものはなにか?
それは高度の知能である。
この地上に展開する恐るべき大愚行は、なによりもまず人類の知能が低いところに原因する。
いま、人類に必要なものは、科学でもなければ技術でもない。革命でもなければイデオロギー
でもない。人種闘争でもなければ階級闘争でもない。そんなものはなんの役にも立たぬ。
きつく
さくしぞうとうそう何十回、革命を起こしても、何百回、闘争をくりかえしても、人類の知能がいまの水準にある
かぎり、それはむなしい儀式のくりかえしに過ぎぬ。
歴史をみてみよう。機械と技術、科学と文明と称するものがいくら進歩発達しても、おろかな
人間たちの行動パターンは少しも変わっていない。つねに、憎み合い、殺し合い、奪い合う、こ
のパターンのくりかえしではないか。どこに変化が見られるか。
若ものよ。エネルギーのむだな燃焼をやめたまえ。革命を思うなら、全人類の知能革命に前進
せよ。
ネアンデルタールの昔から、ヒトの知能は一歩も前進していない。なによりもまず人類の知能
を高めねばならぬ。
ホE・スツルチッシムスを絶滅せよ。そうせぬかぎりわれわれにもはや未来はない。それはす
でに秒読みの段階に入っている。
このとき、ここに、ヒトを改造し、社会機構を一変させる技術がある。この技術は、ふるき社
会体系をすべて解体し、そこから生まれるあたらしい文明は、次元をひとつ超えるだろう。この
技術によってのみ、世界はよみがえり、この革命だけが全人類を破滅から救う。
若いのよ。
君たちはなぜこれに視線を向けぬのだ。
次ぎ、出たのは、この、地上いまだかつて比類なき壮大にしてドラマチックな革命に情熱をた

5―ホモ・エクセレンスの資格

5―ホモ・エクセレンスの資格
ここにひとつの技術がある。
その技術によって訓練すると、ヒトはだれでもいくつかのすぐれた力を持つようになる。
その力をあげてみよう。
– 極度に発達した知能――いちど目にふれ、いちど耳にしたことは、ぜったいに忘れること
のない記憶力。どのように複雑な構造でも組織でも、 辞間的に分析し、推理し、理解 レ
て、本質を把握してしまう演繹と帰納の力。コトバという問接思考を経ない純粋思考から
発する超飛躍的な創造力。
それは、ヒトの平均知能を一・〇とするならば、おそらく、二・五から三・五に達する
であろう。このグループの最高の頭脳は、やすやすと四次元を理解する。
ニ感覚器官の增幅――彼は、不可視光線(赤外線、紫外線)を見ることができ、超音波を聞く
ことができる。その異常感覚と高度の知能の結合からくる予知力。それらは、自分の肉体
意思うままに統御する能力からくる。
三環境の制御と創造――思うままに自分を変え、他人を動かし、集団や環境を、自分の理念
の通りに創造してゆく。
四物質を超え、物資を自由に統御する力。
五無限に発達した道徳意識。
だいたい、以上の能力である。
これ、前の、

ヒトを改造する超技術


 

このシステムで訓練すれば、眠れる君のニューロンはたちまち目ざめ、君の知能は三倍になる。

それは、ヒトを全くべつな生物に変えてしまう超技術だ。

その超技術がここにある。

ヒトを改造する超技術

トラブル

ヒトの知能が倍増し、人類の知的水準が現在の二倍ないし三倍になったら、世界はどのように変わるであろうか? おそらく、人類は、いまかかえているあらゆる問題を、すべて解決してしまうであろう。

いやーー、それよりも、全く新しい構造の社会が出現するのではないか?

人類がいまかかえている問題を見てみよう。

――殺し合い、作い合い、憎み合い、傷つけ合い――そして地球上に急速にひろがりつつある

有害物質―――。それらはどこに原因があるのであろうか?わかりきったことである。

それは、ヒトがいかなためである。

人類学者リンネは、人間を分類して「知恵あるヒト」と学名をつけた。

ホモ・ サンビエンス

 

ホモ・スウルチッシムス
生理学者シャルル・リシェは、愚かなヒト、ホモ・スッルッスと名をつけた。ノーベル賞受賞者のリシェは、その著、「人間―この愚かなるもの」の序文で、 人類のかずかず の愚行をつぎつぎとあげ、実にあきれかえったおろかな動物であるとして、超感 人類 と呼びたいところだが、まあ、最上級の形容詞はがまんして、感 人類ぐいでかんべんしておこうと書いている。

 

たしかに、ヒトには、この二つの面がある。賢い知恵ある面と、愚かで弱い面と、二つの面がひとつにまざり合っている矛盾した生物が、まさにヒトであるということなのだが、いま、われ
われの周囲をながめてみると、ホモ・サピエンスは全く影をひそめ、ホモ・スッルチッシムスがのごとく横行している。

殺し合い、奪い合い、憎み合い、傷つけ合いー、それは次第にエスカレートしてゆく。科学と技術はヒトの力を無限に拡大したが、同時に、ヒトの殺戦と搾取と憎悪と闘争をも無限に増大させた。このままでは、間もなく、モ・サピエンスは絶滅する。

 

いま、人類にもっとも必要なものはなにか?

それは高度の知能である


この地上に展開する恐るべき大愚行は、なによりもまず人類の知能が低いところに原因する。

いま、人類に必要なものは、科学でもなければ技術でもない。革命でもなければイデオロギーでもない。人種闘争でもなければ階級闘争でもない。そんなものはなんの役にも立たぬ。

 

きつくさくしぞうとうそう何十回、革命を起こしても、何百回、闘争をくりかえしても、人類の知能がいまの水準にあるかぎり、それはむなしい儀式のくりかえしに過ぎぬ。

歴史をみてみよう。機械と技術、科学と文明と称するものがいくら進歩発達しても、おろかな人間たちの行動パターンは少しも変わっていない。つねに、憎み合い、殺し合い、奪い合う、このパターンのくりかえしではないか。どこに変化が見られるか。

 

若ものよ。エネルギーのむだな燃焼をやめたまえ。革命を思うなら、全人類の知能革命に前にせよ。

ネアンデルタールの昔から、ヒトの知能は一歩も前進していない。なによりもまず人類の知能を高めねばならぬ。

ホE・スツルチッシムスを絶滅せよ。そうせぬかぎりわれわれにもはや未来はない。それはす

でに秒読みの段階に入っている。
このとき、ここに、ヒトを改造し、社会機構を一変させる技術がある。この技術は、ふるき社会体系をすべて解体し、そこから生まれるあたらしい文明は、次元をひとつ超えるだろう。

この技術によってのみ、世界はよみがえり、この革命だけが全人類を破滅から救う。若いのよ。

君たちはなぜこれに視線を向けぬのだ。
次ぎ、出たのは、この、地上いまだかつて比類なき壮大にしてドラマチックな革命に情熱をた