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未来の未来

114
ここで、「未来の未来」を書いたジョン・マックヘールの言葉を聞こう。
『多くの解説者は、都市の過密化、および無制限な技術の複雑さへの成長という社会的な病理
が、現在の精神病、離婚、家族の分裂の上昇曲線で示されているという。殺人、強盗、婦女暴
行,青少年の非行、および一般犯罪の増加は、公衆道徳の低下、暴力、さらに、マス・メディア
にはんちんするエロに相応している。
地球でもっとも物質的に繁栄している国は、連続的な要人の暗殺にとりつかれ、その主要都市
では、放火、略奪、暴動の波に悩まされている。同時に、この国は、世界の向こう側の敵を、人
間が考えだした人間破壊のもっとも高性能の手段で撃破するために、何十億ものドルを費してい
る。
そして、成人世界における暴力、汚職、社会的堕落によって、若ものたちは、社会の基本的規
総や公認された目標からますます離れていっている。ストレス症候群、は、このような集団や
個人の分裂という状退にまで達しているようである』
たしかに、彼は、現代社会の病的な症状を適確にえぐり出している。
しかし、私は、その原因を、彼のいうような「都市の過密化、および無制限な技術の複雑さヘ
の成長という社会的な理による」ものとは思わない。また、単なるストレス症候群』による
の考えない。もちろん、私だって、あの有名な「病理的な群集心理」と名づけられたジョン・ル・カルフーンのハッカネズミとネズミの実験結果を知らないことはない。けれども、私
は、そういうものももちろん要因のひとつにかぞえられないこともないであろうが、そのもっと
も主たる原因は、ルネ・デュボスがいうように、「科学知識は過去において人間がよって立ってい
た伝統的価値を弱め、崩壊させてしまったのにもかかわらず、その代わりとなる新しい倫理体系
を提供せず、人間に生きる糧をあたえたが、生きる目的をあたえなかった」ところにあるのだ、
と確信する。そこから、人と人との連帯感が急速に失われ、不信と疎外がはじまり、そして断絶
がくるという現象が生ずるのだ。
倫理体系を失って、生きる意義や目的をはっきり示すことができなくなった社会は、当然、混
乱し、社会の混乱には個人の混乱が結びつく。
努力がはっきり結果に結びつかないような世界――あるいは、結果は単に偶然なものでしかな
いといった世界――いうならば、生きる目的と意義を見出すことのできない世界では、人間は、
努力する情熱を失ってしまう。実験でいろいろな混乱した合図をあたえられたネズミのように、
人びとは神経症にかかり、ついにはひどい不活発状態におちいるようになる。
こんにち、社会にはすでにこのような個人的ニヒリズムの兆候がいちじるしく見られる。それ
は突、物質主義、少ない利益でもよいから早く手に入れることを好む風潮などにあらわれ
ている。それはおそらく多くの若い世代——いわゆるビート族、ヒッピー族、フラワー族、ドラ
リップ、そのの社会基準への抗議とそれからの離反の背景をなすものであろう。これこそが「断絶の時代」と呼ばれているものである。
すでに数年前、私は「断絶の時代」のつぎにくるのは「憎悪の時代」であるといった。(大白身
第五号)個悪のつぎになにが来るか?来るのは「人間崩壊」であろう。無感動状態にはじまる
人間の前壊だ。そしてすでにそれがはじまっているのを、われわれは、世界の若ものたちの上に
まざまざと見ることができる。
私は思う。
これは要するに、機械系の発する巨大なエネルギーが、人間系のエネルギーを、ようしゃなく
おしつぶしてゆく必然の姿なのだ、と。つまり、あたらしいかたちの自然陶汰がはじまっている
のだ。かくしてホモ・サピエンスは崩壊し消滅する。かつてこの地上にさかえ、そしてどこかに
消えていったピテカントロプスやネアンデルタール人たちのように――。そのあとにどのような
ヒトが出現するのか?あるいはもはやヒト属は絶えてしまうのか。あなたはどう思うか?

*
115一施るべき

三供養品 如来のもとで功徳

如来の真義
お釈迦さまは、如来のかとで功徳を種えるならば無限の出世間福が生じる、とおっしゃってい
るわけです。なぜ、お釈迦さまは、まるで念を押されるかのように、「如来の所に於て」とおっ
しゃっているのでしょうか? 不思議に思いませんか?
わたくしはこの部分を読んだ時、これには深い意味が込められている、と直感しました。たし
かに功徳を種えることは大切です。仏教系の宗旨・教団であるならば、功徳を積めと必ず教えま
す。それは結構なことであり、お釈迦さまの教えにかなっています。どの仏教教団でも、
「功徳を積みなさい」
といいます。けれども、そのような教団で長年信仰をしている人が、
「自分でいうのもなんですが、私はずいぶんと一生懸命に積徳の行をやっていると思います。で
すが、どうもさっぱりよくありません。問題が解決しません」
というと、その教団は決まって、
「功徳の積み方が足りない。信心が足りない」
と言えます。それからしばらくして、
「あれからまたがんばりましたが、まだうまくいきません」
も分かりません。
UN
いうよりイア

「あれからまたがんばりましたが、また。
というと、
「りん」
といわれます。これでは、どれだけやればいいのか分かりません。そのような経験をした人も
いると思いますが、『三供養品』を読むと、いくら功徳を積んでも果報が得られなかった理由が
分かります。どの教団の功徳を積めと口を酸っぱくして教えますが、いずれも積徳の行を行う上
で最も大切なことを見落としているのです。あるいは知っているのに、わざといわないでいると
しか考えられません。
『三供養品』にあるように、お釈迦さまは如来のもとで功徳を種えよとおっしゃっているのです。
これは如来のもとでなければ、どれほど大きな功徳を種えても意味がないからなのです。如来の
もとだからこそ、種えた功徳が涅槃界に入るための福になるのです。ところが阿含宗以外のほと
んどの仏教教団には、如来がいらっしゃいませんから、如来のもとで功徳を種えることができま
せん。それで福が得られないのです。
そういうと、伝統仏教のご住職などが、
「そんなことはないでしょう。私どもの寺では、国宝級の如来さまが祀られております。非常に
ありがたい仏さまです。ですからここで功徳を積めば、まさに成仏するだけの福がいただけるの
です」
といわれるでしょう。そういって反論する人が出てくることを見越して、「如来の所に於て功
を種う」とお釈迦さまは念を押されている、とわたくしは考えます。そうでなければ、わざわ
ざお釈迦さまが、「如来の所に於て」と但し書きのようなことをおっしゃるはずがありません。
なぜならば仏教においては、仏教徒が如来のもとで功徳を積むのは、当然すぎるくらい当然のこ
とだからです。本来ならばいう必要がありません。それもお経を見るかぎり、座長は十大弟子ので、全補強」と称される現象です。制を強張る
まるに旅、大きるのでボ。この漫め、多分。外外す
ま第で、いをかんたるーの強るるをる。あた
みる
を感選んで、後気を通するも嫌で。始める森
週末と
なる。バー
「発表を通ら
れるタイア。 なるの薄なので、
さを手の角度から委残したまえです。効森。その主要る。でも、はあ、中道深型。。
が、通常業。発行定。選。世間。解明す。が。。。
録。後継があります。したがっく焼茶を味する。他要とする。家を察を
「を強のためるのがあります。
「奏者のに姿をを得ることは、外多い。韓流とする演な、、好意を。

 

ならないのかが論じられているわり
あと考ののきにおもされているのは、如来で
は如来ではないのですから、そこで功徳を積んでもしかたがありません。
ひとくちに仏さまといっても、人工の仏と自然の仏があります。自然の仏が本当の仏であり、
生ける仏なのです。自然のままの本当の仏さま、これを「自然法爾の仏」とお呼びします。対し
て人工の仏とは、人間が創作した仏像や仏画です。人工の仏は、本当の仏ではありません。
「如来の所に於て」とは、本当の生ける如来のもとでという意味です。この如来はお釈迦さまの
ように、修行によって実際に成仏された、歴史上実在の仏さまでなければなりません。一般のお
寺の本堂に、どれだけ多くの如来がお祀りしてあろうとも、それらはすべて如来像であって、如
米ではありません。像という字を辞書で引いてごらんなさい。たいていの辞書は、
「神仏・人・鳥獣などの形を模して描き、また造ったもの」
となっています。つまり、仏像とは仏さまの模型であって、仏さまそのものではないのです。
真正仏舎利こそ生ける如来
『それでは、生きた如来さまはどこにいらっしゃるのですか? お釈迦さまはもうずっと以前に
どこなれたのだから、生きた如来さまなんて、もうどこにもいらっしゃらないのではありませ13はいらっしゃい」。それが、釈迦の本体、生いると呼ばれている
り高いです。これが「自然の仏』で1,なる外来像は、仏でもないれば外来でもあり
ーリ仏和が火のです。この「真実の外来のもとでりか‼!と
103やっていられるので1,実の外来・真正仏材こそが、いに説かれ
ているリンダーなのです。
とりーが勝手にいっているのではあり!しんでい出来!、お
釈ーの例
emwaversilv1の小体としております。このことは『ず概仏の高い
ですでに焼いてすり11 同時 111-10頁。
部ri、リドルの川、身を「化決事の釈洲」といって、駅のシャカの本
体、いるのでいる。遺骨、御が、生きているシャカの本体なのである。
仏、本質を
極小化し、築化して表現する点で、常段はもっともーぐれている。
の戦では、シャカに重いることを説いている。これを「三重の釈加」という。
w、頭のシャカは、脂用マンダの中に集院にまつられている脚の一つで、「東電
というでまられている。
は、たのを、天設(雷)のような法音をもって衆生にさとらせる仏、と
いうのいた法、仏として表現したのである。目駅の仏とも

 

される。本線としてえがかれているのが、始恭介、姉菜密など、生身のシャカの御述、御
最身である。
第三重のシャカは、ボードガヤの菩提樹の下でさとりをひらかれ、仏陀になられたシャカ。
これは生身のシャカである。
つまり、
第一重……シャカの教法
第二重……生身のシャカの本体
「御遺骨
【御遺身
第三重生身のシャカ
とこうなるのである。
第三重の生身のシャカはすでにおなくなりになって、仏界におかえりになってしまってい
る。そこで、第二重の、生身のシャカの本体である御遺骨・御遺身をもって、生身の釈迦如
来とするのである。
「ぶっ
しまち
もっとも、密教が、御遺骨 (仏舎利という)をもって生身のシャカの本体として、釈迦院
にまつったのは、べつに、密教の独断でもなければ、独創でもないのである。
仏教の発祥 地インドにおいて、それは仏教の本流だったのである。
シャカのおなくなりになったあと、インドの仏教徒は、シャカの舎利をストゥーパ(塔)
におまつりし、ジャカそのものとして礼拝供養した。ところが、奇蹟的な霊験功徳があいつ
いだので、急速に全土にひろがり、ついに仏教信仰の本流となったのである。
これは、考えてみれば当然のことで、シャカなきあと、仏教を信仰するとしたら、シャカ
くどく
二七

 

ピンガラ・イダーの呼吸法

ともあれ、古代ヨーガと密教と、この二つのものはひとつにならねばならぬ。本来、それはひとつのものだったのだ。原点に立ちもどってひとつになることにより、それは、偉大な力を発揮する。

まー、その口火を私が切った。私を乗りこえてゆく人びとに、私は大きな期待をかける。

 

ながよ古代神道息吹き長世》はインドにあった――ピンガラ・イダーの呼吸法

 

この橋は、古代ヨーガと密教の秘密のかけ橋であった、と私は前の文章で書いたが、さらに、わがくにの古代神道にまでその道が通じていたとは、さすがの私にもまったく思いがけぬことで
わった。

 

古代神道に、「息吹き長世の法」(または伊吹き長代ともしるす)と称せられる秘法があった。

一種の呼吸法であるが、『神人一”の秘術として、代々、皇室につたえられていた。一部民間にも伝承されたが、いつの時代からか、消滅してしまったのだ。戦乱の時代、皇室衰微のときに絶えたのであろう。

 

名のみって、実体の法は無く、ゆえに幻の秘法とされてきた。こういうこと
は、よくあることで、たとえはらがうが、足利時代にさかんであった「眠薬の舞」などがそうでるのはのこり、絵図などもあるが、一本足の竹馬に乗って舞う技術が、いったいどのようちのわから、いまはただその竹馬に片足をかけて露うだけであるという。

 

き長のも、それで、私も以前、修行中に、これが最大き長世の法であるといなってしまうのではないかと思われ、

大の男が思わず悲鳴をあげてしまう。
このときは気がつかなかった。のちになって、このときの呼吸のしかたが異常だったことに気がつき、何度もそれをくりかえしてみた。最初はできなかったが、定に入り、腫部と胸部のチャ
クラはい、次にこの特殊な呼眠法ができるようになった。寒熱目在の息を吐く呼吸法のコツが体得できた。

はなしに聞く息吹き長世の呼既法がこれであると合点された。

息吹き長の原点は、古代ヨーギーが、なかにやったのである。この呼吸の技術は、古代ヨーガ独悪いもいる。

吹きには、法は、この技術によるものであることは疑いない。
いきいで”ジャージ、、、、

なかで、シュームナー管に次いで重要なものは「イダーとピンで、これは、サンドリニーから出て、シュームナー管と並行して上する。道中、新城、チャイチャ・ラーに支線を通じつつ、さらに本線はし、でっ、、にわかれ、ひとつにいき通って左右の鼻孔に通じ、ひとつは甲状腺はーとらば、月いとされ、白色でつめたいものとされ、右の気道をビンのよ、これは日いでくいものとされる。ヨーガは、「クンバカ」という呼やすさはくにこのまきすることがなかったのにもかかわらず、クンター、とに、このオーディ通し、熱人の等吸法を自然に体得してしまっ
もしもビンビン、ミーの評まで自在の吐くことができるとい

うことをいう指導者はいないが、このカーディが完全に開されれば、必然的にどうなのかる。私は自分の体験でそれを知った。
この古代ヨーガの技術がどのようにしてわが国の古代神道にとり入れられたものか、私に小判然としない。おそらくは、神代とよばれる古い時代に、古代ヨーガぎはした超人が、人から
渡来してこれをつたえたものであろう。あるいは、それが、この国で神とよばれるこの国の始祖になったのかも知れない。

たしかに、この特構な呼吸法は、肺と心臓の機能をいちじるしく強化して、全身の血流を浄化し、体力にたかめると同時に精神ぎふかく無静させ、頭脳を新鮮な思営力でみたしてくれる。

また、それはいのおくふかふかおかしいンさかきたててくれるようである。それは古代の神への回帰でかろうか。ふかい定に入ると、たくましい古代の神々が、果てしなく深い評!
におぶって、厚い胸をそらし、声をかぎりに神叫びにおらぶ、はたかな声がわが胸に躍動して

くる思いだ。この地の池に充実を持ちつづけるならば、人はたしかに三〇〇歳を生きつづはるごとも無事ではない。私はいま、この呼既法き、だれでも容易に体得できるよう、あたらし
いま渋べきだ世の道元はかりっ、ある。古神道の行法にのっとり、ヨーガのチャクり入れたビンタ、ざーの開発法はすでにほとんど完成している。ただ、この法は、ごミリメートが、濃いとし、もし間違えるとよくない影響もあると考えられるので、
ベンド、就で、たえることは不可能です。実地の指導なくしては体得し得ない。

 

 

P

 

求聞持法

4 =並人誕生
だんじ上うだいしゃく
とうこうざ
火龍は目ざめた。
あかあかとひときわ高く燃えあがった火焰に蘇油をそそごうと、壇上の大杓に手をさしのべた
とたん、私は、背中に、力いっぱい鉄のかたまりでも、たたきつけられたような衝撃を感じて、
声もなく、うしろにのけぞった。つぎの瞬間、私は虚空をつかんで登高座からころげ落ちてい
た。息つくひまもなく苦痛がたてつづけに襲い、私は、胸をかきむしり、身をよじり、息も絶え
絶えにあえぎにあえいだ。いったいなにごとが起きたのか考えるいとまもなく、私の全身は暴風
に吹きさらされる一本の草草のごとくうちふるえ、わななき、崩れた。全身の血管は膨張し、苦
に大きく見ひらかれた腫は血を噴いて飛び出すのかと思われ、息がつまってあえぎにあえぐ私
は、ささくれだった堂内の板敷きを腹ばいっっ拳で乱打し、私の拳は血にまみれた。
「食中」
あしぐさ
こぶし
しかし、私はこの山奥の壁にこもったこの三日間、断食をつづけていた。
「だれかに港を盛られたか?」
しかし、湧き出る泉のきよらかな水以外、ほかのなにものも私は口にしていない。

仏動か?政法!」
のどとをかきむしりながら、頭のなかをきれぎれに声にならない言葉が走った。
私は、深夜の護摩行に入っていたのだった。定に入って、護摩の火を凝視つつ、私はチャクラ
のトレーニングに入っていた。そのころ、私は、定に入ると、自然に手指が動き、あたらしい手
印がつぎつぎと生まれ、いうならば「ムドラー三昧」に入っていた。その夜、三つのあたらしい
ムドラーが生まれていた。パドマ・ムドラー (と今は名づけられている)と、バザラ・ムドラー
を組んだ瞬間、例の「明星」が、ふっと、護摩の火焰の上に浮かんだ。それが、いつもとちがっ
て、2のようにまたたかず、静止したまま、しだいに明るさを増しつつ大きくなってゆくのだ。
ついにそれは学大になった。つぎの瞬間、それはしずかに回転しはじめた。ゆっくりと、それ
は回転する。はやからず、おそからず、おなじテンポ、かわらぬリズムでそれはまわる。それは
いいさ
頭のなかではない。明白に、護摩の火の真上の空間である。ただし、それは、頭の角度によるの
であった。その角度を変えるとそれは消える。消えてから、目を閉じて、閉じたまま眼球をある
角度に向けると、ふたたび明星は目のなかに生ずる。私は、目をひらき、火焰の上の廻転する
「明星」を避視しつづけた。
だんぼく
そのとき、高く組んでいた瓦木が焼け落ち、ひときわ高く火が燃えあがった。蘇油をそそごう
として、私は息上の大判に手をさしのべた。その刹那、私は背中に、鉄のかたまりを力いっぱい
たたきつけられたような衝撃を感じて、うしろにのけぞり倒れていたのである。

 

ました
まう。
「越法罪か!
私は、なんとか姿勢を正そうと、次のような心中 う、懸命に身を立てなおそうとした。
服装を正し、なんとか金高座によじのぼり,越法消滅の行法を修さんものと必死になった。
ようやく登高座に手がかかった瞬間、じーんと強い電流が背骨を走りぬけた。
私はふたたびのけぞった。それは、廣ムの奥から白熱のようにひらめいて、私の不在を下につ
きぬけた。電撃のようであった。日がくらんだ。つぎの瞬間、全身に悪寒が走った。突然、急接
た寒さが全身を襲った。寒い。深山とはいえ四月の上旬であるのに、体じゅう氷づけにされたよ
うな寒さだ。ガチガチと歯の根が合わない。戦標と奏、凍死するぞ、と思った瞬間、展の
底から、かあっと燃えるように熱くなった。助かった!と思う間もなく、ふたたび金なき
がくる。交互に、これが数回おこった。私はもはや死生であった。
「もう死ぬ!」
とに江らない謎多きあげた瞬間であった。居統倍のあたりに、ふいに焼きゴテをあてられた
ようた熱意を感じた。尾監督が、ぐうッと動き、肉ばなれしたようなはげしい痛覚!
そのとき、ばっと頭のなかにひらめいた。
「ダンダリニーだ!」
私は書んだ。
「ダンダリニーの覚だ!」

 

 

そうか、そうだったのか。これがクンダリニーの目ざめなのか!
私は苦痛に顔をゆがめながら、味突した。
それからあと、ただ、私は苦痛に身をまかせた。あえぎながら耐えた。身をよじりつつ静止を
待った。それはおよそ二時間ほどつづいた。
立ち上って堂の戸をあけると、しらじらと夜は明けそめていた。すべてがおわって、われにか
えった私は、ふうっと大きく吐息をついて、すべて夢のなかの出来事のように感じた。しかし、
それはけっして夢のなかの出来事ではなかった明白な証拠が私の全身をとらえていた。
この、いまだかつてない爽快感! 私は生まれかわっていた。私の内なるなにかが目ざめてい
た。すべてのものが、明るいかがやきにみちていた。光がながれていた。木も草も、石ころさ
えもが、私にむかってかがやきながら殺到してきた。私は彼らとはなしが交せそうであった。彼
らの考えが、ひとつひとつ私の魂のなかに流れこんできた。なにもかも、かがやいていた。私自
身の全身からも、うすい青と黄色と白のかがやきが霧のように流れ出、たゆたっていた。ごくう
すいヴェールが風に吹かれて舞うように私のからだをめぐりつつ、それは光らずにかがやいた。
そのとき私の耳は地球の発する巨大な轟音を聞いた。その一瞬、私は時間も空間も超えていた。
いまこの瞬間、私は一冊のうちに万里を飛翔することができる。またたくうちにヒマラヤの奥
地に飛び、つぎの瞬間、身を転じてパリの喧騒のなかに身をおくこともできる。私はそのまま消
することもたかった。私はそのとき欲するならば光に化身することも可能であった。満目、光しこるのかに、無意のある、ル。
私のタンパニー常時あった。
とを明かそう。漢線をチャクラをまとイングに進を教のeme察部)。ク
ンダラー要選。過給た開発の最の原典だったのである。ただし。この漫線は。施気の。類
普察にある。ある本作は透撃。で磁場、オクラの開発を主とした瞬美線,三線があ
類語変義の寒性 死とは
をはきまでいくとし、道しながクンニをまく
なるんであったまま正慶のであった。敵の出演して
いると、下。義
今だにダンプリーツがある動でい発。まず、タンニードなお、応務
ご機のなかめカジュールアーを直して、サバカスタを、き度が年、建築、アク
リーダーランドランに発送して、選定がある。学を出ている。思いが残念、さきに、大
ステティックデ察用されていた。とに非並外出が期で、成、金髪で後、日を
バンダナラーンバスアライアンクカヒ理にして。
でも、バラに関・小城

 

 


常)の『明星』から、クンダリニーにむかって光が一瞬し、その電撃によって、クンダリニーが
よびさまされたという感じであった。たしかに、薬品から脊柱の中心を通って思武骨に光ととも
に指覚が走った。そして足概骨に灼けつくような激痛が生じたのである。
まさに正反対である。
これはいったいどういうわけであろうか。
思うに、これは、私の特殊な修行法によるものではなかろうか?
私の特異なところは、密教からヨーガに入っていったということである。つまり、密教の立場
で古代ヨーガを修行したということである。今まで、クンダリニーを覚醒した偉大なヨーギー
(ローガ修行者のことたちの体験を読むと(日本において、今までにクンダリニーをほんとうに
覚した人はひとりもいない。したがって、その体験を書きしるされたものを読むしかない)す
べて、最初からヨーガに入り、ヨーガを修行した人びとばかりである。そうして、ヨーガの定石
通り、まずクンダリニーの覚醒に力を集中した。
私はちがう。
私は、まず密教に人り、真言宗密教のカベにつきあたり、転じて古代インドのヨーガにむかっ
た。
ヨーガに入っても、私はほかのヨーギーたちのようにクンダリニーの覚醒を求めず、なにより
まず「求聞持惑明法」を完成するための技法を求めた。むしろ、私は、「求聞持法」を完成するために古代ヨーガに道を求めたといったほうがほんとうであった。私は、拙著「変身の原理」
に書いたように、弘法大師空海にならって、真の密教修行は「求聞持法」からはじめられねばな
らぬと思った。すべての秘密を解くカギは、「求聞持法」のなかに秘められていると信じた。そ
うして私の命がけの「求聞持法」修行がはじまったのだが、様式化された真言宗の「求聞持法」
は私の大脳皮質になんの変革もあたえてくれず、私は絶望にうちのめされた。力を失った行法
は、たんなる儀式のひとつに過ぎない。私は、身を転じ、法の源泉をもとめて古代インドのヨー
ガに入っていった。そこで、私は、ヨーガを完成しようなどとはさらさら思わず、ひたすら求め
たのは「求聞持法」の完成と、そこからはじまる密教の法』への探求であった。
そうして私は「求聞持法」を完成した。だれも知らなかった『明星』の秘密を私は解いた。
それがそのままョーガの奥義、クンダリニーの覚醒につながっていようとは-
求聞持法とは、サハスララ・チャクラの開発システムにほかならなかったのである。空海の天
がはたしてそれを意識していたかどうかはべつとして、そこから密教の法』がはじまること
にまちがいはなかったのである。そうして、私が、密教の立場をはなれずに、古代ヨーガの技法
を摂取しようとしたことは、期せずしてその法に合致したのであった。求聞持法こそ、密教
と茶戦の派宗である古代ヨーガとをむすぶ唯一のかけ橋だったのだ。それは何千年ものあかし、
ひそかにわけわたされて、そのままだれからも忘れられてしまった客の橋であった。この橋を
449~超人生

 

かっ
発見してわたるものこそ、密教とヨーガと、その二つの原点にもどってこの二つの秘密の力を体
得することができるのだった。それは、古代のむかし、二つに割符された暗号文であったのだ。
もしも、私が、最初からヨーガに入り、ヨーガの修行のみに終始していたとしたら、はたしてク
ンダリニーの覚醒が得られたかどうかわからぬのである。おそらくは不可能だったのではあるま
いか。もしもにして可能だったとしても、たいへん長い年月を要したことであろうと思われ
る。いやいや、それはやっぱり不可能であったろう。なぜならば、ヨーガはクンダリニーの覚醒
を説くけれども、それをどのようにしてなすのかという技術については、明確な方法を示していな
いのである。結局は天分のある者の、それぞれ独自の修練と工夫によるよりほかないのである。
指導者も、もちろん指導し協力するけれども、行法”としてのシステムは明らかにされていな
い。呼吸法とある種の体操によって得られると説く派もあるが、私の体験によれば、それだけで
は不可能に近い。それだけでクンダリニー覚醒を成就した偉大なヨーギーもたしかにおられる
が、それはけっして一般的な行法とはいい難い。
ヨーガの行法』に欠けたものを埋めるものが真言密教にあった。
たとえば、サハスララ・チャクラの開発技術に、求開持法の九紙の印明がある効果を発揮する
のである。真言密教の求聞持法の九の印明は、ヨーガの技術といっしょになって、大脳皮質の
開発に非常によいはたらきをする。
同録に、軍茶利明王の五種の印明と観想が、クンダリニー覚醒こ、

 

する。
このことは、ヨーガの修行者、指導者のだれも知らず、真言密教の修行者、指導者のだれも知
らなかった。数千年来、この橋はかけられたまま、だれも渡るものがなかったということであ
100
私は、この体験をもとに、古代ョーガの技術を真言密教にとり入れて、(あるいはその反対に、
真言密教の行法を古代ヨーガの技術にとり入れて)独自の密教システムをつくりあげた。そのも
っともいちじるしい例のひとつに「開発護摩」がある。
真言宗密教の護摩法は、いうなれば「祈警護康」である。ホトケ、ボサツ、明王等をまねいて
代表し、つづいて悉地成就(道順の達成)を祈願する。
私はこの護摩法のほかに「超能力(法力開発の護摩法」を創成した。
考えてみれば、諸願達成の護摩の以前に、法力(超能力開発の護摩があるべきはずである。こ
れが無いのはおかしい。もっとも、その前に金剛界、胎蔵界の修行をするから、それで法力がつ
いているはずだというかも知れないが、それだけでは十分でないことくらい、密教の指導者自
身、だれよりもよく知っているはずだ。
とにかく、供養法、祈籍法としての護摩のほかに、能力開発法、修行法としての護摩法がなけ
ればならぬ。
私は、護摩法を以て、チャクラの開発システムを編成した。護摩法は、チャクラの開発、ここ
451人生

怪心とは自利だけの心

OBIO
お釈迦さまは、
「それくらい肝心な一法を、おまえたちはやっていない」
とご指導してくださっているのです。お釈迦さまは昔の弟子たちをっているのではありませ
ん。わたくしたちを叱ってくださっているのです。おそらくこのお経が説かれた時も、お釈迦さ
まはかなり強い口調で、弟子たちをお叱りになられたのでしょう。
次に、
「若し人有って広く布施を行ぜば、現世の中に於て、色を得、力を得、衆得具足し、天上、人中
の食福無量なり」
とあります。「色」とは物質のことです。それから「衆徳具足し、天上、人中の食福無量なり」
とありますが、これはもろもろの徳が備わり、無量の福を受けるという意味です。広く布施を施
すならば、そのような福徳が生じるのです。
怪心とは自利だけの心
文書比氏、当に神秘を行し、心有ること勿るべし。是の如く諸比丘、当に是の学を作すべし」
かわいかな
つっけん
とあります。
怪心とは、「もの惜しみ」する心です。いわゆる怪食とほぼ同じ意味です。怪は「もの惜しみ」
することで、真は「むさぼり」のことです。だいたい精神的な「もの惜しみ」のことを怪といい、
物質的な「むさぼり」のことを含といいます。精神的にも物質的にも「むさぼる」ことが怪質で
す。よく「突怪負」などというでしょう。
「あの人は突怪貪だ!」
といいます。突というのは、語気を強めることです。怪含の心が外に突き出て、語気荒く人に
接することが突怪食です。
お釈迦さまは、怪食の心を捨てて広く布施をせよ、とおっしゃっています。お釈迦さまは弟子
たちに、
「おまえたちは自分のことばかり考えているではないか。怪真の心があるぞ。その心を捨てて、
広く布施を行いなさい。それがないと、いくら修行をしても成仏できない。因縁解脱できない
「水
とおっしゃったわけです。
宗教というもの、ことに仏法というものは、利他心がなければ、どれほどの修行をしても、ど
れほどの法を行じても意味がありません。利他の心が絶対に必要です。人間には、利他心と自利
(我利) 心の二つがあります。利他心とは他を利益するという気持ちで、自利心とは自分を利益
するという心です。人にはこの二つの心があります。どれほどの修行をしても利他心がなかった
ならば、それは仏法にはなりません。宗教にはならないのです。
一阿含経・五品・有職品

 

わたくしは若いころに京都のおたのです。中の流行をしていましたが、そこで、自
なにりった行番に出会ったことがあります。四十、三原の発性した。自分でいうの
もなんですが、五社の強さのわたくしの荒行というのは、それはすさまじいものでした。しかし、
その行者は、わたくしっとするような。すごい流行していたのです。
一、二月ごろの五経の後の後は、強だってくる間に冷えに冷えきっています。流れて
いるから凍らないだけです。水ならばとうの音に凝っているでしょう、音水を受けると、おろし
金で駅を明られるような気がしました。わたくしはその後十一月から四月ごろまで修行をして
いました。さらに話を無さの強い大の時には、一週層、食を通っておくけました。新し
て寒中の席に入るなどというのは危険高まりないので、楽なら絶対にやってはいけないこと
ですけれども、わたくしはそれをやり通しました。
「四線を解放しようと思ったならば、人並みの修行では意味がないだろう。この行をやり通せ
ば、なにかがつかめるかもしれない」
そう考えて、思い切ってやったわけです。
それはつらいです。演度で流に入って無いのですから、断食していたならばなおさらです。
ただでさえなにも食べないわけですから。落に入る前から体はガタガタと震えます。それが二日、
三日、2日と続いて五日目を過ぎると、生きているのれど死んでいるのか、自分自身でも
分からないような状態になってます。
「の多い人なら死んだろうな。自分も
発売しない。しかし、これででたようならば、いしたことはできないだろう。生きるか死ぬかやってみようじゃな
いか!」
そのように考えていましたから、たいていの行者には荒行の度合いで負けたことがなかったの
以前は五社の滝とか鞍馬の奥山の滝などには、いろいろな行者が集まって来たものです。今で
はそのような行者もずいぶんと少なくなりました。わたくしが荒行をしていた当時が、行者場が
脱わった最後のころではないでしょうか。
お滝場では前の人が滝に入っている時は、その人が終わるまで焚き火にあたったりしながら、
おおはら3の
じいっと見て待っているわけです。神道の行者は、大校や祝詞などを唱えながらお滝を受けます
し、仏教系の行者は『般若心経』やご真言、それから『法華経』の「方便品」や『観音経』など
をお唱えします。なにをお唱えするかで、お滝に入っている時間がだいたい分かるわけです。
「ああ、あの人は「般若心経』一巻だから、一分三十秒やったな。たいしたものだな。こっちの
人は十秒で出てきてしまった。これじゃあ、しょうがないなあ」
などと考えながら見ておりました。
そのすごい荒行をする行者は、あまり背が高くなく、中肉で精悍な顔つきでした。ちょっと品
の悪い顔でしたが、すごくがっちりとしていました。この人は、五、六分はお滝を受けていたわ
けです。一月末から二月にかけての大寒のころ、五社の滝で五分間もお滝に入っているというの
は大変なことです。三分入っていたならば、非常に立派な修行者といってよいでしょう。さらに、
朗々と真言やお経が唱えられたならば、これは一流の修行者です。
おおよその人は、滝に入った瞬間に声が出なくなります。

09-

仏法とは、仏陀釈尊が生涯かけて 弟子たちに教えた成仏法、七科三十七道品

仏法とは、仏陀釈尊が生涯かけて
弟子たちに教えた成仏法、七科三十七道品

死後も生きつづける幽体(アストラル体)

アメリカ・ジョージア州立大学哲学科のロバート・アルメダー教授は、その著書『死後の生命』(TBSブリタニカ)の「まえがき」と「本文」において、つぎのように述べています。
『私たちは今や、死後にもなんらかの生命が存在するという考え方を強力に裏づける、事実に基づいた一連の証拠を手にしている』
(まえがきより)
『以上のように考えると、あらゆる人間は、“幽体”(すなわち、ある種の状況以外では肉眼には見えない物質類似の希薄な要素からなる第二の体)を持っているという、霊能力者がしばしば行う主張がある程度真実味を帯びてくる。
この第二の体は、形状的には肉体と瓜二つで、肉体の死後も存在を続けるとされている』
(本文より)
では、仏教では、どのように考えているのでしょうか。

人間は死ぬとどうなるのか?

仏教では、人間は、色〈しき〉(物質)・受〈じゅ〉(感覚)・想〈そう〉(表象)・行〈ぎょう〉(意志)・識〈しき〉(意識)の五つの要素からできていると考えます。この五つの要素を「五蘊(ごうん)」と呼び、この五蘊が仮に寄り集まって人間(自我・霊魂)ができあがっているのです。
では、人間が死んだらどうなるのでしょうか?
日本の仏教者の大半は、釈尊が「霊魂」の存在を否定してしまったと考えています。つまり、死んだらすべてが消滅すると考えているのですが、これはまちがいです。
死んだらすべてが消滅してしまうという考え方は仏教ではありません。釈尊直説の経典である『阿含経』を学び修行していないから、このような誤った見解を抱いているのです。
釈尊は決して、霊魂の存在を否定しておられません。むしろ肯定しておられます。ただし、「霊魂」という名称ではなく、「異蘊(いうん)」という表現を用いておられます。

凡夫が死んで「五蘊」が滅しても我執(タンハー)のエネルギーによって「異蘊」(異なる構成要素)を生じて存在をつづけます。

 雑阿含経の中の「仙尼経」において、釈尊は次のように説かれております。
慢〈まん〉(我執〈がしゅう〉)断(だん)ぜざるがゆえに、この蘊〈うん〉を捨て已(おわ〉りて(死んで) 異蘊〈いうん〉相続して生ず。
つまり、異蘊とは生きている人間の構成要素(五蘊=色・受・想・行・識)とは異なった構成要素(蘊=集積)という意味で、現代風にいえば「異次元の薀(存在)」ということです。
また、雑阿含経「身命経」においても、「意生身(いしょうしん)」ということばで、死後の存在を説かれております。意生身とは意識(心)だけで出来た身体をいいます。
このように釈尊は、人間は死んでも、我執煩悩(タンハー)が残るかぎり「なにか(異蘊・意生身)」が存在をつづけると説かれております。この死後の存在こそが霊魂なのです。
そして我執(タンハー)が残った霊魂は、死後の世界を経て再生し、現世で成仏法の縁に逢わなければ、果てしなく輪廻転生を続けます。
また、この我執が非常に強い場合は、不成仏霊や霊障のホトケとなって迷い、その怨念のバイブレーションが子孫の心に強く悪影響をおよぼします。

 


サールナートの仏陀像
 釈尊は、古代インドのバラモンが説いた「永遠に変化することも滅することもない自我(アートマン)(霊魂)」という考えは否定しておられますが、
縁によって生じ、縁によって滅するという「縁起の法」の上での「死後の存在」は認められております。
つまり、「永劫不変の自我(アートマン)」というものは存在しませんが、「無常(変化)の中や縁起において成立する自己(アートマン)」はあるのです。
修行によって向上し、涅槃(ニルヴァーナ)に入る「自我(霊魂)」は存在するのです。
「不変」ではなく縁によって「変化」するために、死んで(その霊魂・霊体が)異蘊となる縁に逢えば、異蘊となって輪廻転生し、成仏法の縁に逢えば、解脱して仏界に生ずるのです。
死んだからといってまったく「無」になって消滅してしまうというのは、仏陀の説かれた縁起の法則に反するものです。

成仏法は、生者、死者を問わず、その霊魂を救済する

仏が感応する利他心

仏が感応する利他心
阿含宗には護摩木勧進というものがありますが、これも同じです。
『護摩木を一本百円で売って、そのお金でお護摩を焚いて、いくらか儲けが残るだろう。その残
った分が教団の利益だ」
というようなバカなことを考えていては、お釈迦さまの弟子として仏法は説けません。たとえ
赤字になろうとも護摩木を勧進し、それをお焚き上げするのは托鉢の修行だからです。護摩木勧
進は護摩木托鉢なのです。多くの人から護摩木を勧進し、お釈迦さまの真の仏法がこの世の中に
あることを教えるためのものです。そのような心によって勧進して集めた護摩木を、お釈迦さま
の成仏法に基づいてお焚き上げするからこそ、お釈迦さまは感応してわたくしたちを救ってくだ
さるのです。
また護摩木勧進は、
「この尊いお護摩にお参りしなさい。来られなかったならば、星まつりの日に家で手を合わせて
拝みなさい。必ず功徳が得られるのです」
と教えるためのものでもあります。
利他心がなかったならば、仏法の修行というものは成り立ちません。
ですから、わたくしは、
「林のがり下がりをピタッと当ててお金を儲けて、それで人を救うのだ」
という経の行者の言葉を聞いて、あきれ返ってしまっ二つ
だのは、普の人が詠んだ。

 

という件の行者の言葉を聞いて、あきれ返ってしまったのです。そして、その時に頭に浮かん
だのは、昔の人が詠んだ有名な一首の道歌でした。
「富士の山ほどお金を積んで利息で慈善をしてみたい」
富士の山ほどお金を積んで(貯めて)も、その積んだ元金は出したくない。しかし、お金を積
んでおけば利息が出るから、その利息を慈善に回して、それで人助けをするという意味の歌です。
けれども、そんなものは人助けではありません。そういう人間にかぎって利息まで元金に乗せて、
さらにもっと儲けてから慈善をしましょう、ということになるのです。おそらくはさらに欲をか
いて、結局は慈善などしません。損などしたくないという気持ちでやるのならば、そんなものは
慈善でもなければ、利他の行でもないのです。
貧しくてその日の食べ物もない中から、たとえ一粒の米でも仏法のために供養をする。あるい
は、困っている人に差し上げる。その供養の心が自分自身を救う徳につながるのです。 自利を離
れた利他の行が、他人だけではなく自分をも救うわけです。利他行をやらなかったならば、餓鬼
界からは永久に解脱できません。
「食なき者に食をとう」ということは、考えようによれば首吊りの足を引っ張るようなものです。
しかし、布施をさせなければ、彼らは永久に餓鬼界から脱却することはできません。苦しい中か
ら布施をしてこそ、い業から逃れることができるのです。それを勧めるのが、それを教えるの
が仏道を歩む者の使命です。つまり、わたくしたちの役目なのです。
利他心がなければ、どれほど苦しい行をやったとしても、仏さまは感応してくださいません。
人間だって感心しないでしょう。わたくしも最初は、その行者の荒行に感心しました。けれども
食器・洋品
●五五

彼の順を聞いた途端に渡気が差しました。
人間が感心しないのに、仏さまが感心しますか?
おそらく感心するはずがありません。そのような心構えでは、彼が命落とすほどの滝行かし
ても、彼の順は仏さまに届かないでしょう。利他いがない人間がどれほど荒い行きしようと、ど
れはど戦しい性行をしようと、それは仏法ではないのですから。
しかし、彼にそういうことといってもしかたがないから、わたしは、
「はあ、そうですか」
といって引き下がったのです。
お求さまが『五戒品・四』において、
『広く施すという修行がおまえたちには欠けているぞ、広始の行をおまえたちはやっていないで
はないか」
とじっにしくおっしゃっているのは、わたくしたちのためなのです。この言葉はいたくした。
ちに対する、お釈迦さまのお叱りの言葉であると思わなければいけません。
もいいますが、わたくしたちがおとな時は、このお経は自分のために、自分一人のた
心に、さまがしてくださっているのだ、という気持ちでまなければいけません。そ
のような心をしいてんでいくことによって、おさまのおっしゃる言葉
自分一人のために、さまはこの法をかれたのだ」
そのよう持ちでんでいくと、おさまが好きになっている言葉、ひしひしとこち
「開き」では「五」の次の「有線品」で、その具体的な内容を示しております。
「領の市編

 

 

 

五戒 品・四》および「増一阿含経・有無品第十五・三、

Ons
同線五島・有品
正しいお経の読み方
いちみかんよう*1 はいぱん
布施に関する重要なことが説かれたお経、『輔、含経 五品第十四・四』(以下『五戒
品・四》および「増一阿含経・有無品第十五・三、五』(以下『有無品・に『有無品・五)の講義
を行います。これらの二つの品にまたがった三つのお経は、いずれも非常に短いお経であり、ま
た一見すると、まことに分かりきったことが説かれているように思われるかもしれません。しか
し、その意味するところは非常に重大ですから、しっかりと勉強してください。
まず、『五戒品・四』から読んでいきましょう。
こしちゅう。
せんずく
いつは
しらべよう
ないおん
にんちゅう
(四)聞如是。一時仏在舎衛国祇樹 – 聞くこと是の畑し。一時、個、合衛国祇徴給孤独戯に在
給孤独園。爾時世尊告諸比丘。於此 しき。雨の時世尊、諸比丘に告げたまわく、「此の衆中
に於て我一法を見ず。修行し已り、多く修行し已れば、
果中我不見一法修行已多修行已。受
人中の福を受け、天上の福を受けて泥道の証りを得ん。
人中福受天上福得泥泣証。所謂広施
所謂広地なり」。仏、諸比丘に告げたまわく、「若し人有
息。仏告比丘。若有人広行布施。
って広く市施を行ぜば、現世の中に於て、色を得、力を
現世中得也得力榮得具足。天上人


黒き異定し、天上、ん中の信量をす。是の故に
TAT
勿有怪む。如是諸比丘当作是学。爾
如く影北三、Mに是の学をすべし」と。の時諸比丘、

 

於現世中得色得力架得具足。天上人
中食袖無量。是故諸比丘。当行布施
得、來得具足
諸比丘、当に布施を行し、心有ることかるべし。是の
勿有心。如是諸比丘当作是学。爾
時諸比丘開仏所説。低宮奉行
如く諸比丘、雪に是の学を保すべし」と。講の時諸比丘,
仏の所説を開さて秋わ行しね。
「現代暗快
このように聞きました。仏さまがコーサラ国の祇園精舎にご滞在の時のことです。ある日、世
尊は比丘たちにお告げになられました。
「ここにはたくさんの修行者たちが集まっているものの、その修行者たちのいずれもが、一つの
法を修行していません。
その一つの)法を多く修行するならば、人間界の福を受け、天上界の福を受けて、ニルヴァ
ーナ(涅槃)の悟りを得ることができるのです。その(一つの)法とは、いわゆる広施です」
仏さまは、さらにお告げになられました。
「もしか、広く布施の行を実践する修行者がいるならば、その者は現世の中において物質的な徳
を得て、また力を得て、さらにはその他もろもろの徳を身に備えて、天上界と人間界の福を無量
に享受します。したがって、比丘たちよ、おまえたちはこの布施行を行って、もの惜しみや貪り
の心を捨てなさい。比丘たちよ、この布施行を必ず行わなければなりません」
この説法を拝聴した比丘たちは大いに喜び、修行を実践しました。

この「五戒品・四は、お釈迦さまがコーサラ(舎衛)国の祇園精舎にご滞在されていた時の
お話です。
熊園精舎はまことに広い修行場で、物の本には敷地は三万坪ぐらいあったと書かれています。
ですから、そこにはたくさんの修行者が集まっていたわけです。お釈迦さまはその大勢の修行者
を買めて、
「此の栄中に於て我一法を見ず」
とおっしゃいました。読み下し文ではピンとこないかもしれませんが、これはお釈迦さまのお
此りの言葉です。
お釈迦さまは、
「これだけたくさんの修行者がいて、それぞれに修行しているようだが、どの修行者にも一つだ
けべけている修行があるぞ」
と蜂されたわけです。一法とは、一つの修行法です。成仏するための修行法、これをここで
は法と呼んでおられます。
この番楽は。
お釈迦
「どの行者にも欠けている修行法が一つあるぞ」
どっしゃっているわけですが、ここで注意しなければならないのは,

 

は常に、
「お釈迦さまが、今、自分に説法してくださっているのだ」
という気持ちで読まなければなりません。ただ単に、字面を追って、
「お釈迦さまが祇園精舎にいて、比丘たちに、『此の衆中に於て我一法を見ず』とおっしゃった
のか。ヘー、そうか..…」
という読み方ではいけません。「此の衆中」とはお釈迦さまの弟子を指すわけですから、当時
の仏弟子はもちろんのこと、現代においてお釈迦さまの教法を学んでいるわたくしや諸君も含ま
れているのです。いや、含まれているどころではなく、お釈迦さまはわたくしたちを叱ってくだ
さっているのだ、と考えなければなりません。
「これだけたくさんの修行者がいるけれども、一つ足りない修行があるではないか。修行法の中
で一つ欠けているものがあるぞ。大切な修行を忘れている。この修行を行うならば、人間界の福
を受け、天上界の福を受け、ニルヴァーナの悟りを得られるのだ。それなのになぜこれを修行し
ないのか!そんなことでどうするのか!」
しく指導してくださっているわけです。今まさに、お釈迦さまから直接のご指導を賜って
いる、と考えながら読むのが、本当に正しいお経の読み方です。
人中とは人間界のことで、天上は天上界のことです。お釈迦さまは、お釈迦さまがおっしゃ
行法実践するならば、人間界と天上界の福を受けて、ニルヴァーナの悟りを得ることがで
きる、とおっしゃっているのです。泥道とはサンスクリット語(発信))
会でミニッパー)を漢字に写したら、

それでは、足りない修行とはなんでしょうか?
法とは広施のこと
お釈迦さまは、広施が足りないとおっしゃっています。広施という法が欠けているぞと、お叱
りになっておられるのです。
いずれの弟子もお釈迦さまのみもとで修行しているのですから、みんな一生懸命にやっている
のは間違いありません。戒を保ち、教学を学び、瞑想・禅定の修行をしているのだと思います。
しかし、いろいろな修行を一生懸命に実践してはいるのだけれども、肝心な一法が欠けていたわ
けです。
その肝心要の一法こそが、広施の行です。
わたくしたちも阿含宗の修行者として、最低でも毎日の勤行だけはしているはずです。けれど
も、一つやっていない修行があるのではないでしょうか?
それが広施です。
「おまえたちは広魔の行が欠けているではないか!」
、お選さはわたくしたちに向かって、北隆されているのです。
のおっしゃる一実演するなら。
界と天上
うまくい界の福を受けて、ニルヴァーナの悟りを得ることができる、と説明しました。人間界の福とは、
人間としてこの世界で受ける福のことです。それから天上界の福とは天上界に生まれること及び、
そこで受ける福のことですが、これにも深い意味があります。
すでに講義をしたように、一生懸命にお釈迦さまの成仏法を修行すると、まず須陀疸という聖
あなた
者になり、次に斯陀含、阿那含と進んで、最終的には阿羅漢(仏陀)となってニルヴァーナに入
ります(上巻・出家経一五一一一九七頁参照)。仏道修行者はこのように聖者の階梯を一歩ずつ
上がって行くわけです。
しだおん
しだん
あらかんようだ。
覚えているでしょう? これさえも覚えていなければ、「一法を見ず」どころか、「二法も三法
も見ず」ということになります。習ったことはしっかり復習して、よく理解しておくことが肝心
です。
須陀互になると、人間界での寿命が尽きたのちに、天上界という高度の霊界に生じます。天(天
上)とは神の境地です。天という一神通を持った存在になるわけです。須陀道は天での寿命が尽
きたのちに、また人間界に生まれてきます。結局、須陀逗は人間界と天上界を七度往来します。
したがって「天上の福を受ける」というのは、必ず須陀湿になるということです。必ず須陀
になって、人間としての寿命が尽きたのちに天上界に生じ、そこで天としての福を受け、それか
らまた人間界に生まれることを七たび繰り返すわけです。
須陀温は天上界へ行っては天の福を受けて、人間界に戻っては人間の福を受けます。そして斯
定合、阿那含と進んで阿羅漢となり、泥道= ニルヴァーナ=涅槃に必ず到達します。わずか三十
※文字の中に、これほど深い意味が含まれています。
一食品・有品

 

OEO
お釈迦さまは、
『それくらい肝心な一法を、おまえたちはやっていない」
とご指導してくださっているのです。お釈迦さまは昔の弟子たちを叱っているのではありませ
ん。わたくしたちを叱ってくださっているのです。おそらくこのお経が説かれた時も、お釈迦さ
まはかなり強い口調で、弟子たちをお叱りになられたのでしょう。
『若し人有って広く布施を行ぜば、現世の中に於て、色を得、力を得、衆得具足し、天上、人中
の食福無量なり」
とあります。「色」とは物質のことです。それから「衆徳具足し、天上、人中の食福無量なり」
とありますが、これはもろもろの徳が備わり、無量の福を受けるという意味です。広く布施を施
ならば、そのような福徳が生じるのです。
心とは目利だけの心
「ま、まるし、心得ることるべし。その着地点
当に是のを作いどん
とあります。
怪心とは、「もの惜しみ」する心です。いわゆる性質とほぼ同じ意味です。怪は「もの惜しみ」
することで、真は「むさぼり」のことです。だいたい精神的な「もの惜しみ」のことを怪といい、
物質的な「むさぼり」のことを真といいます。精神的にも物質的にも「むさぼる」ことが怪真で
す。よく「突氏」などというでしょう。
「あの人は突怪貢だ!」
「どん
といいます。突というのは、語気を強めることです。怪の心が外に突き出て、語気荒く人に
接することが突怪真です。
お釈迦さまは、怪真の心を捨てて広く布施をせよ、とおっしゃっています。お釈迦さまは弟子
たちに、
「おまえたちは自分のことばかり考えているではないか。怪真の心があるぞ。その心を捨てて、
広く布施を行いなさい。それがないと、いくら修行をしても成仏できない。因縁解脱できない

とおっしゃったわけです。
宗教というもの、ことに仏法というものは、利他心がなければ、どれほどの修行をしても、ど
れほどの法を行じても意味がありません。利他の心が絶対に必要です。人間には、利他心と自利
(我利)心の二つがあります。利他心とは他を利益するという気持ちで、自利心とは自分を利益
するという心です。人にはこの二つの心があります。どれほどの修行をしても利他心がなかった
ならば、それは仏法にはなりません。宗教にはならないのです。
一品品

O211
わたくしは若いころに京都伏見の五社の電で毎年、寒中の流行をしていましたが、そこで、自
利心に凝り固まった行者に出会ったことがあります。四十二、三歳の男性でした。自分でいうの
るなんですが、五社の滝でのわたくしの荒行というのは、それはすさまじいものでした。しかし、
その行者は、わたくしでさえぞっとするような、すごい荒行をしていたのです。
一、二月ろの五社の滝の危水は、谷を流れ下ってくる間に冷えに冷えきっています。流れて
いるから凍らないだけで、止水ならばとうの昔に凍っているでしょう。滝水を受けると、おろし
金で肌を削られるような気がしました。わたくしはその滝で十一月から四月ごろまで修行をして
いました。さらに最も寒さの強い大寒の時には、一週間、食を断ってお滝を受けました。断食し
て寒中の滝に入るなどというのは危険極まりないので、本来ならば絶対にやってはいけないこと
です。けれども、わたくしはそれをやり通しました。
「因縁を解脱しようと思ったならば、人並みの修行では意味がないだろう。この寒行をやり通せ
は、なにかがつかめるかもしれない」
そう考えて、思い切ってやったわけです。
それはつらいです。満腹で滝に入っても寒いのですから、断食していたならばなおさらです。
ただでさえなにも食べないわけですから、滝に入る前から体はガタガタと震えます。それが二日、
三日、四日と続いて五日目を過ぎると、生きているのかそれとも死んでいるのか、自分自身でも
からないような状腰になってきます。
「のい人ならば死ぬだろうな。自分も死ぬかもしれない。しかし、これで死ぬようならば、
もできしてもたいしたことはできないだろう。生きるか死んかやってみようじゃな行をしないで長生きしてもた
いか!」
そのように考えていましたから、たいていの行者には荒行の度合いで負けたことがなかったの
おおはらえた3かりと。
以前は五社の電とか被馬の央山の滝などには、いろいろな行者が集まって来たものです。今で
はそのような行者もずいぶんと少なくなりました。わたくしが荒行をしていた当時が、行者場が
賑わった最後のころではないでしょうか。
清滝場では前の人が滝に入っている時は、その人が終わるまで焚き火にあたったりしながら、
じいっと見て待っているわけです。神道の行者は、大祓や祝詞などを唱えながらお滝を受けます
も、仏教系の行者は『般若心経』やご真言、それから『法華経』の「方便品」や『観音経』など
をお唱えします。なにをお唱えするかで、お滝に入っている時間がだいたい分かるわけです。
「あら、あの人は『般若心経』一巻だから、一分三十秒やったな。たいしたものだな。こっちの
人は十秒で出てきてしまった。これじゃあ、しょうがないなあ」
などと考えながら見ておりました。
そのすごい荒行をする行者は、あまり背が高くなく、中肉で精悍な顔つきでした。ちょっと品
の悪い顔でしたが、すごくがっちりとしていました。この人は、五、六分はお滝を受けていたわ
けです。一月末から1月にかけての大寒のころ、五社の滝で五分間もお滝に入っているというの
は大変なことです。三分入っていたならば、非常に立派な修行者といってよいでしょう。さらに、
朗と真言やお経が唱えられたならば、これは一流の修行者です。
おおよその人は、滝に入った瞬間に声が出なくなります。
といったきり、なに言葉が出なくなります。以所、わたくしはある知人から、
「は何十年間も信仰をしているのですが、一度も行をやったことがありません。ぜひ滝行を
やってみたいので指導をお願いしたい」
と頼まれました。それで、初めての滝行ではあまり寒い時には無理だろうと考えて、十二月の
初めごろに井高場に連れて行きました。通行の作法を一通り教えて、
「障に入ったら『般若心経」を唱えなさい」
といったのですが、いざお席に入ったとたん、その知人はウンともスンともいわなくなったの
です。しかたなくわたくしが『般若心経』を代わりに唱えて、その人を滝から出しました。
「般若心経」とご真言を唱えろといったのに、どうして唱えないの?」
と訊くと、その人は、
「面に入って水が体に当たった瞬間、なにもかも忘れてしまったんです。どうしていいか分から
なくて、ただ呆然としていました」
と答えました。
そのように、荒行の経験のない人がいきなり冬場のお滝に入っても、とても声など出るもので
はありません。初めてお滝を受けて、朗々と「般若心経』やご真言が唱えられたならば、それは
立派なものです。
時々、寒行の際にお滝場まで車で行く人がいますが、それは邪道であって、心を統一しながら
歩いていくのが本当です。そのお滝場までの道のりを歩いて行く途中、お滝場まであと百メートルと迫ったところで、滝の音に混じって、朗々とご真言や大祓・祝詞を唱える声が聞こえてくる
ことがあります。そうすると行歴の長い行者ならば、とっさに、
「これは、相当な行を積んでいる人だな。今日はなかなかの行者が来ているな」
と察したものです。行を積んだ行者は滝の音を圧倒するような朗々たる声が出ますから、声を
開いただけで分かるわけです。ところが初心の行者は声が出ません。出ても蚊の鳴くような声で
すから、なにをいっているのか、泣いているのか、まったく分かりません。
滝行で声が朗々と出せるようになるには、約三年はかかります。わたくしも滝行で四、五回は
声をつぶしました。滝の音に負けまいと大きい声を出すと、声がつぶれてしまいます。昔、浄瑠
用や長唄などの芸人さんは寒中に大川などへ行って、のどから血を出しながら声を絞って歌った
そうです。そのようにして声をつぶし、その上で出てくる声が本物の声だということです。
わたくしも四、五回ほど声をつぶしましたが、一回声をつぶすと半月くらいは声が出なくなり
ました。まったく声が出ないのです。蚊の鳴くような声さえ出ません。まさに無言の行です。そ
れを経験して以来、わたくしは、何時間ぶっ続けに法話をしても、まったく声がつぶれなくな
りました。それまでは一時間半も法話をすれば、声がかすれて出なくなったものです。しかし、
滝行で声をつぶしてからはぶっ税けに法話や講演をしても、全然、声がかれなくなりました。
ですから、滝行や寒行をした人でなければ本当の説教はできない、とわたくしは考えています。
お坊さんが長時間お説教したからといって、声が少しでも衰えたり、かれるようならば、これは
一人前ではありません。わたくしはそのようなお坊さんは認めません。行に行を重ねてこそ、腹
の底から本当の声が出るのです。
OS

貧窮経

お釈迦さまと世間智
中町話籍・首納経』(以下『貧窮経」)を講義いたします。
しやえ
とさせてんもろもろびく
つこくんわ
聞州是。一時仏遊舎衛国在勝林給
低域用,爾時世尊告諸比丘。世有欲
人為大告耶。諸比丘白日。爾也
山博,世導復告諸比丘日。若有欲人
査制他家財物。世中挙貸他家財
物為大苫耶,諸比丘日目。爾也世尊。
世尊復告諸比丘日。若有欲人挙貸財
我が聞きしこと是の如し。一時、、舎衛国に遊び勝林
給孤独園に在しぬ。雨の時世尊 諸の比丘に告げたまわ
、「世の有欲の人、賀窮なるは大苦と為すや」。諸の比
丘白して曰く、「爾なり世尊」。世尊復諸の比立に告げて
また
たけ
いつ こたい
日く、「若し有欲の人、貧窮なれば他家の財物を挙貸す。
世中他家の財物を挙貸すは大苦と為すや」。諸の比丘白
して曰く、「爾なり世尊」。世尊復諸の比丘に告げて曰く、
物。不得時還日目長息。世中長息為 「若し有欲の人、財物を挙貸して時に還すを得ず、日日
人形。諸比目日。爾也世尊。世 に息。世中息長ずるは大苦と為すや」。諸の比丘白
諸日,若有欲人長息不還。
して曰く、「餌なり世専」。世尊復諸の比丘に告げて日く、
索。世中前主貴楽為大苦耶。
「若し有欲の人、息長して還せず、
主食するは大名とイ?
かえ
にちにち
*1そちよう
いしゅしゃくさく
す。
世中財
NE

 

 

の比立白して日く、「爾
ことさ」
すなわ
世導復告諸
なり七草」。車復活の比に告げ、日く、「若しの
比日。若有欲人財主責索。不能得
人、財主責めするも慣うを得ること能わず。世主数は定

償。斯主数往至彼求索。世中財主数
きて彼に至りて求索す。世中期主数ば往きて、彼に至り
往至彼求索為大苦耶。諸比丘白日。 て求索するは大苦と為すや」。諸の比立白して曰く、「顔
爾也世尊。世尊復告諸比丘日。若有 なり世尊」。世尊複諸の比丘に告げて曰く、「若し有欲の
欲人。財主数往至彼。求索彼故不還。 人、財主数ば往きて彼に至りて求索するも彼故らに還さ
ず。便ち財主の収斜する所と為る。世中財主の為に収縛
便為財主之所收縛。世中為財主收轉
せらるるは大苦と為すや」。諸の比丘白して日く、「調な
為大苦耶。諸比丘白日。爾也世尊。
り世尊」。「是れを世中有欲の人、貧窮するはこれ大苦な
是為世中有欲人貧窮是大苦。世中有
り。世中有欲の人、財物を挙するは是れ大苦なり。世
欲人举貨財物是大苦。世中有欲人举
中有欲の人、挙貸し息長ずるは是れ大苦なり。世中有欲
位長息是大苦。世中有欲人財主責索 の人、財主責索するは是れ大苦なり。世中有欲の人、財
是大苦。世中有欲人財主数往至彼求 主数ば往きて彼に至りて求索するは是れ大苦なり。世中
紫是大苦。世中有欲人為財主取籍是 有欲の人、財主の為に収縛せらるるは是れ大苦なりとん
大苦。如是若有於此聖法之中無信於
す。是の如く若し此の聖法の中に於て善法を信ずること
語法。無禁戒無博開。無布施無智慧
無く無く博識無く、布施無く善法に智慰無き有れば、
於善法。被睡多有金銀琉璃水精摩尼
被多く金・銀・琉璃・水精・摩尼・白・環壁・’・
みを
しようばう
すいしょうまに
Olu

三八
「・中含様」
たく

りさせい
白珂螺壁珊瑚琥珀碼璋谓碑渠碧玉
赤石死球。然彼故貧窮無有力勢。是
我聖法中説不善貧窮也。
琥珀・碼煙・環葉・神楽・碧玉・赤石・茨珠有りと雖
も、彼故らに貧窮して力勢有ること無し。是れ我が聖法
中不幸の貧窮と説くなり」
●現代語訳
私はこのようにお聞きしました。仏さまがコーサラ国の低園精舎にご滞在の時のことです。あ
る時世尊は、比丘たちに告げられました。
「世間の人にとって貧乏であるということは、大きな苦しみでしょうか?」
比丘たちが申しました。
「世尊よ、そのとおりでございます」
世尊がまた比丘たちに告げられました。
「もしも世間の人が質このために、他人から借金をすることになったならば、それはやはり大き
な苦しみでしょうか?」
比丘たちが申しました。
「もしも世間の人が全をしても期日までに返せなければ、日々の利息がかさんでしまいます。
利息がかきめば、それはやはり大きな苦しみでしょうか?」

もしも世間の人が會金をしても期日までに返せなければ、日々の利息がかさんでしまいます。
利息がかさめば、それはやはり大きな苦しみでしょうか?」
比丘たちが申しました。
「世尊よ、そのとおりでございます」
世尊がまた比丘たちに告げられました。
『もしも、その世間の人の利息がかさみ、借金を返すことができないならば、貸し主は借金の利
息を返済せよと責め立てます。この世において、貸し主に借金の利息を返済せよと責め立てられ
るのは、大きな苦しみでしょうか?」
比丘たちが申しました。
「世尊よ、そのとおりでございます」
世尊がまた比丘たちに告げられました。
「もしか、住し主が責め立てても利息を返すことができないと、貸し主はしばしば借り手の家ま
で押しかけて、利息の代わりになる物品を取り立てます。貸し主がしばしば来ては、利息の代わ
りになる物品を取り立てるのは、大きな苦しみでしょうか?」
比丘たちが申しました。
「世尊よ、そのとおりでございます」
世尊がまた比丘たちに告げられました。
「主がしばしばやってきては利息の代わりになる物品を取り立てて、それでもまだ借金を返
はないと、貸し主は借り手を捕らえて奴隷として働かせたり、売却したりします。貸し主に奴隷1111 0
・中西保育
として働かされたり、売却されたりするのは大きな苦しみでしょうか?」
比丘たちは申しました。
「世尊よ、そのとおりでございます」
「このように世間の人にとって、貧窮するのは大きな苦しみです。他人からお金や物を借りるの
も大きな苦しみです。借りたお金が返済できず、利息がかさむのも大きな苦しみです。貸し主に
利息の返済を迫られるのも大きな苦しみです。貸し主が利息の代わりになる物品を取り立てるの
も大きな苦しみです。それでも借金を返済できないために捕らえられて奴隷として働かされたり、
売却されたりするのも、大きな苦しみです。もしもこの聖法の中にいながら、私の善法を信じる
ことなく、戒を保つことなく、私の法を広く聞いて学ぶことなく、布施をすることもなく、私の
説く善法を聞いて智慧を得ることがないならば、彼は多くの金・銀・ルリ・水晶・珠玉・白メノ
ウ・ほら貝の設でできた平らな玉・サンゴ玉・コハク・メノウ・ベッコウ・シャコ貝・サファイ
ヤ・ルビーなどの赤い石・貴玉があるにもかかわらず、それを活用できずに、貧乏をして苦しん
でいるのと同じことです!
まずは前半部分を解説いたします。
この『食』の頭防お話ししますと、悪い因縁にられている人の言しみを、貧乏のため

グモンジ法 求聞持聡明法

第三の発見—視床下部の秘密

私は幼少のときから剣道をしこまれた。藩の剣術師範の家柄に生まれ、若年の折、江戸お玉ヶ地の千葉門で北辰一刀流を学んだという祖父に、はじめて木剣を持たされたのは三歳ごろであったろうか?そのとき私は、祖父の顔をゆびさして「目ン目がこわい!」といって泣いたそうである。

 

そのころ八〇歳を過ぎていた祖父は、ほんとうの好々爺になりきっており、私はふだん、少よりも母よりもなついていたが、そのときばかりは、木剣のむこうに光った剣士鳥羽源三郎洲之祖父の名)の目に、ひとたまりもなくちぢみあがってしまったものらしい。

 

めったに泣いたことのない私が一時間ちかくも泣いていたという。それでもあんたは木剣だけははなさなかったーりと、いまでも老母がほこらしげに語ってくれるのだが――、私は、のち三段にまでり、休康を害してやめたが、剣の天分があるといわれ、少年時代そのころ盛んであった各地の側道大会に出場してかぞえきれぬほどの優勝をしたのは、この祖父の血を受けたものであろう。

私道が好きであった。防具のはずれの肘を打たれて腕がなえ、思わず竹刀をとり落したりするときはつらいとは思ったが、苦にはならなかった。面金を越えて深くあざやかに面をとられたときは、目からパッと火が出て、プーンときなくさいにおいを嗅いだ。ほんとうに目から火が出るのである。

 

けっして形容詞ではないのだ。これは剣道修行の体験者ならばみなご存知のはめんねせんこうその火なのだ。そのとき私の視野をすめた閃光はー。

 

しばらくしてわれにかえった私はそれに気がついたのだった。そうだ。あの人はあのときの火とおなじだ。

そして目から火が出ると同時に面金のなかでかいだあのなつかしいキナくさいにおいもいっしょにかいだような気がしたのだが――、

しかし、目から火が出る」ほどのこの衝撃は、いったいどうしたということであろうか? 外部から私の頭部を打ったものはなにひとつない。

すると、私の頭の内部でなにごとがおこったというのであろうか。それともあれはなにかの錯覚であったのか?

私は、ふたたび一定のポーズをとり、頭をある角度からある角度にしずかに移しつつ特殊な呼法をおこなって、定にはいっていった。

と、なんの予告も感覚もなしに、さっきとおなじ場所に火をするのである。同時に頭の深部にある音響が聞こえはじめた。

私は、またさっきの電撃に似た覚を頭の一角に感じるのかとひそかにおそれつつ、少々、「おっかなびっくり」にそれ立やったのであったが、今度はぜんぜん痛みもなにも感じなかった。

そうして頭の内奥の上部に開星がふたたび出たたいた。

 

まさにーー、私の胸の内部に一大異変が生じていることにまちがいはなかった。

しかし、それはどういう異変であろうか?
それは一種の化学反応によるショックであったのだ。

の深英、「視床下部」に異変が起きたのである。すべての秘密は、間脳の内部の視床下部あった。とこ秘密の原点だったのである。

 

見ればわかる通り、すべての内分泌腺を統御しているのは視床下部である。
そしてここが、ヨーガでいうブラーマ・ランドラ (梵の座)であり、サハスララ・チャクラなのである。

 

今までのヨーガの指導者のいうように、それは、松果腺、松果体ではない。視床下部が、リハスワラ・チャクラなのである。

もっとも、視床下部のすぐそばに松果体があるので、それをまったのであろう。

もっとも、松果体自身もある重要な役わりを受けもつ。けれども、サハスラー・チャクラそのものは松果体ではなく、視床下部であった。

 

視床下部はいまいったように、下垂体系を通じて全内分泌器官を統御する。それでは、なにをいって統御するのかというと、もちろんそれは神経である。

したがって視床下部には重要な神経がたくさん集まっている。

私は、古代ヨーガのなかから、この部分を動かすポーズとムドラーを創案してここにつよい圧力をくわえ、同時に、強烈な思念(念力)を集中していた。

百日のかいだ、たえまなく、私はここに、物質的、精神的、両面にわたるつよいエネルギーを集中した。

その結果、この神経終雑に一大異変が生じたのだ。

その異変により、神経線維が異常したが、それもそこにある分泌液、神経波に変化がおきたのか、そのいずれであるかはわからぬが、それらの分泌液が複雑に混合し合って、化学反応をおこしたのだ。

その化学反応による衝撃が、視床の神経をはげしく打って、網膜に閃光を走らせたのだ。

その時撃はここの神経線維にシナプスをむすび、その火はいつでも私の思うまま私の脳の内奥に明星を出たたかせることとなった。

同時に私の脳の構造も一変した。求聞持聡明法の成就である。

求聞持聡明法とは、脳の内部の化学反応による脳組織の変革であったのだ。
初ハーの生理学的機構では、相川下部の機構を生理学的にみてみよう。(図説・内分泌病への手引・土屋雅春、他籍による)の一部で、視床の腹側にある。

間脳は体温、備県、新陳代村、外分泌、平滑筋などの諸機能の調節をつかさどるほかに、
分小限の継脚の場として重視されている。

内分泌腺調節機序としては、心神経性調節(交感がある。
下のバンプレシン、オキシトシンが視床下部の視索上校や室労核の神経分泌により支れていることが示され、最近は下座体前葉が次に記すような各種の分泌促進因子 releaingtag of下にあることが知られてきた