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イチョウ

活性酸素とイチョウ葉エキス

二億五千万年を生き抜いた力

イチョウの樹の秘密

まう。

活性酸素の恐ろしさを、 前に説明した。

ガン・心臓病・脳卒中・糖尿病など、生活習慣病 (成人病の最大の原因となるものが、この活 性酸素だといわれている。

いや、いまや、生命体の老化の原因が、活性酸素によるものだといわれているのである。

ショウジョウバエというハエがいる。 成虫となってから約二十四時間しか生きていないので、よ く、遺伝の実験に使われている。このハエが、どうしてこんなに生命が短いのか、その原因が最近 わかった。 それは、このハエは、生まれつき、活性酸素を防ぐ酵素を持っていないのである。 その ために老化がかくも速く進んで、寿命が短いのだという。

この一つのことだけで、活性酸素の恐ろしさがわかると思う。

だから、われわれが、健康長寿を願うならば、まず、この活性酸素を防がねばならないのである。 幸いにも、人間は、ショウジョウバエと違って、活性酸素を防ぐ酵素を持っている。 これを「スー

バー・オキサイド・ディスムターゼ」 (SOD)という。だが、このSOD発生装置も中年になると 衰えてしまって、十分に活動しなくなる。 四十歳を過ぎると急激に減少してしまって、五、六十歳 になると、ほとんど機能しなくなる。 つまり、生活習慣病(成人病の発生と、正比例するのであ

どうやって、活性酸素を防いだらよいのか?

その参考になるのが、植物である。

どうするか?

というのは、この恐ろしい活性酸素は、人間の体の中にだけ発生するのではないからである。 意 外のようだが、植物のほうが、人間の何倍もの活性酸素を発生させる危険にさらされているのである。 ご承知の通り、植物はその葉の中でブドウ糖をつくっている。 植物の緑の葉の中には、葉緑体と いう装置を持つ細胞工場がある。 植物はこの工場で、炭酸を材料に、ブドウ糖をつくるのである。 そのエネルギーは、太陽からとり入れる。原料である炭酸は、大気中の二酸化炭素であり、これを根 から吸いあげた水に溶かせば原料となる。 これが、植物の「光合成」と呼ばれるメカニズムである。 光合成の過程では酸素が発生するので、葉緑体内部には、高濃度の酸素が多量にある。 高濃度の 酸素は、当然、強い活性酸素の材料となる。 活性酸素が発生したら、植物も人間と同様、死んでし

うん。 植物は、自分の生命を守るために、ちゃんと、活性酸素除去の物質を持っているのである。この 物質を持っていない植物は、とうの昔に活性酸素のために絶滅して、姿を消してしまっている。い

ま、地球上に存在している植物は、みな、大なり小なり、この物質を持っているのである。

それは、フラボノイドという物質である。

マー

フラボノイドは、葉の表面や種に存在して、活性酸素を除去する役目をはたしている。 そして、 非常に重要なことは、このフラボノイドの活性酸素除去の効力は、人間にも同じような効力を発揮 するということである。 だから、われわれは、植物からこのフラボノイドを採って、 使えばいいわ けである。

植物はどんな植物でもみなフラボノイドを持っているから、どの植物でもいいわけだが、その効 力の高いものもあれば、低いものもある。 フラボノイドの種類は非常に多く、干のケタでかぞえら れるが、高等植物ほど、その種類が多い。

中でも、イチョウの葉のフラボノイドは、他に類を見ないほど強力である。

はいき

イチョウの樹は、生きた化石と呼ばれている。 二億五千万年の昔から、地球上に生き続けている からである。 その生命力の強さは、原爆投下後のヒロシマの廃墟の中で、一番早く芽を吹いたと伝 えられているほどである。

イチョウの葉には、十種以上のフラボノイドが含まれているが、その中にイチョウ特有のものが 四種もあるのである。

このイチョウ特有のフラボノイドは、「二重分子フラボノイド」と呼ばれ、二個のフラボノイドが 重なった形になっている。

イチョウの葉が緑から黄に変わる時期に採取して、そこから抽出したエキスは、二重分子フラボ

ノイドをはじめとするフラボノイドの豊庫である。

イチョウの葉に含まれる主なフラボノイドは、次の通りである。

ケルセチン・ラムノグリコシド

ケンフェロール・ラムノグリコシド

ケンフェロール

イソラムネチン

ギンケチン

イソギンケチン

ゼロチン

シアドピチジン

フラボンが二つ重なった、より強力な二重フラボン

このイチョウの葉のフラボノイドの効用は、ドイツを起点として、スイスやフランスに、医薬品

として広まっている。

ドイツでは、医薬品の適応症として、

めまい、頭痛、耳鳴り、記憶および集中力薄弱、脳血液循環不全による思考力の低下

脳卒中および脳挫傷の後遺症

血行不良による聴力および視力の低下

動脈硬化による腓腹筋のけいれん性疼痛

末梢血管障害

組織に対する血液供給不足による感覚麻痺、冷覚、足指蒼白

高年齢者におけるニコチン濫用および糖尿病による動脈血液循環不全てを

があげられ、医師によって臨床に用いられているのである。

フランスでも、だいたい同じような適応症があげられている。

◎脳循環不全およびそれに伴う機能障害(めまい、頭痛、記憶喪失、知能低下、運動障害、感情お よび性格混乱)

下肢の動脈炎とその合併症 レイノールズ氏病、肢端知覚異常、肢端紅色チアノーゼ、 毛 細血管弱

◎循環が原因となる神経感覚症状、特に眼科および耳鼻咽喉科領域におけるもの

ほかに、 フラボノイドの作用として、フランスにおいても、ドイツにおいても、

活性酸素 フリーラジカル”を捕捉 除去し、過酸化脂質形成の予防および減少が認められてい

る。ビールの話

ヨーロッパではれっきとした医薬品で、ここ数年来、その売上高は全医薬品のトップにのし上っ ている。

十年ほどの間に三十倍にも達したという。たいへんな人気である。

アメリカでは一九八九年に健康食品として発売され、急成長している。 わが国でも、ごく最近、 健康食品として登場している。

イチョウという樹は非常におもしろい植物で、地球上に姿をあらわしたのは、約二億五千万年前、 古生代といわれている。中生代 ジュラ紀のちょうど恐竜が栄えていたころには、十五種類ものイ チョウの仲間が森林をつくっていた。その後のたび重なる地球の大変動で大部分のイチョウは絶滅 してしまったが、ただ一種のイチョウだけが、その危機を乗り越えて生き残った。 それがいまわ れわれが街かどなどで見かけるイチョウなのである。

したがって、イチョウは分類上、仲間のいない一属一種の植物なのである。

集め 二億五千万年にわたる地球の大変動にたえ抜いて生き残ったおどろくべき生命力の秘密がいま、 しだいに解明されつつあるのだが、おもしろいことに、日本産のイチョウが、活性酸素除去に一番、 効力があるという。欧米に向けて毎年、大量に輸出されている。

ここで知っておかねばならぬことは、イチョウの葉が活性酸素の除去に役立ち、脳血管や循環系 の調節に効果があるからといって、 手あたりしだいに葉を採ってきて、煎じて飲んでも、その効

果は期待できないということである。

イチョウの葉のフラボノイドはタンパク質と結合して、分子量が一、二万と大きくなっている。 人間は、五千以下でないと吸収できない。医薬品や健康食品に用いられるエキスは、特許技術によっ て、四千以下におさえられているのである。

わたくしは、この特許技術によって製造されたイチョウ葉エキスを、朝晩、 適量、摂っている。 光和食品株式会社の総合ビタミン・ミネラルサプリメントには、一日量のイチョウ葉エキスが入っ ているので、このサプリメントを飲むだけでよいわけだが、重複しても害はないし、少し多いほう が効果があってよいだろうと思うので、わたくしはそうしている。

紫外線の害は非常に恐ろしい。

スポーツその他で太陽を浴びるときには、外用の紫外線よけクリームを顔や手足に塗ると同時に、 イチョウ葉エキスを増量して内用し、その害を防ぐように心がけてほしいものである。

ビール酵母の話

若返りとビール酵母

前項までに述べたもののほか、わたくしが毎日愛用しているものに、「ビール酵母」がある。 いまから四十八年前の一九五一年、『若く見え長生きするには』という本が欧米で出版されて、大 きな話題を呼んだ。

著者は、ゲイロード・ハウザーという栄養学者で、ハウザー博士は、その本の中で、「ハウザー式 健康法」という若返りと長寿の方法を紹介した。

この本が話題になったのは、そこに書かれているハウザー博士自身の体験談が、じつに興味深い ものだったからである。

ハウザー博士は、若いときに結核にかかり、死の宣告を受けた。 ところが、ハウザー博士みずか ら考案した「ワンダーフーズ」(驚異の食品)を用いた食事療法で奇跡的に回復したというのである。 そして博士は、その後もこの食事療法を続けたところ、ほとんど病気にかかることがなく、九十歳 になっても、六十歳ぐらいにしか見えない若々しい健康体だったという。

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准胝仏母(じゅんていぶつも)

准胝観音

准胝とは、梵名チュンディ—Cundi) の音写で「清浄無垢」という意味があり、 さとりの道を歩

ませる観音です。

別名、准胝仏母、七(しち)倶(ぐ)胝仏(ていぶつ)母(ば)とも呼ばれます。七倶胝とは 「無量」を意味しますから、 多くの諸仏の母となります。そのため観音菩薩ではないとの説もあります。経軌にも観音として説かれていない ことから、天台密教では准胝如来として仏部の尊としますが、真言密教では観音の一つとして 六観音の中に加えます。
求児・安産の本尊としてもまつられます。もとは水の神で、 そまんのだ 姿ら は女身といわれています。
なお、胎蔵曼荼羅中台八葉院の観音の種子は、この准胝観音のプ(ぎ)字が記されています

 

准胝仏母(じゅんていぶつも)・七倶胝仏母(しちくていぶつも)ともいいます。もとはヒンドゥー教の女神であるドゥルガーで、シヴァ神の妃とされています。とても美しい姿ですが、神々の武器を持って魔族を倒した戦いの女神です。そのため本来は女尊であり、観音ではないという指摘もあります。しかし、ここでは観音として紹介しますね。

 

仏教に取り入れられてからは慈悲深い清浄をもたらす神とされ、七倶胝仏母(しちぐていぶつぼ)ともいわれています。これは遙か過去より多くの仏を誕生させた仏の母という意味です。そのため、真言宗系では人道を救済する六観音(聖観音・千手観音・十一面観音・如意輪観音・馬頭観音・准胝観音)に数えられますが、天台宗系では准胝仏母といわれ如来に分類されています。不空羂索観音と合わせて七観音と呼ばれることもあります。

ご利益

修道者守護、無病息災、延命のご利益があり、安産や子供が授かるなどの功徳があります。

 

空海の孫弟子にあたる理源大師(りげんだいし)聖宝は修験の僧として知られ、自ら霊木を刻んで祀ったのが准胝観音と如意輪観音でした。経典には、修験者が准胝陀羅尼を唱えれば身が清浄となり成仏できると説かれています。また聖宝は醍醐天皇の皇子誕生を准胝観音に祈願し、のちの朱雀、村上両天皇が誕生したといいます。そのため一般的には子授け、安産としての功徳が知られています。

准胝観音(じゅんていかんのん)の像容

手は18本で3つ目の姿であることが多いです。中央の手は説法印と施無畏印をとります。また持ち物は武器や数珠、蓮華などを持っています。

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普賢菩薩

 

普賢菩薩(ふげんぼさつ、 samantabhadra [サマンタバドラ]、: ཀུན་ཏུ་བཟང་པོ་ [kun tu bzang po])は、大乗仏教における崇拝の対象である菩薩の一尊。文殊菩薩とともに釈迦如来脇侍として祀られることが多い[1](参照:釈迦三尊)。法要では四七日の仏とされる。

 

普賢菩薩

あらゆる場所に現れ、命あるものを救う慈悲を司る菩薩

普賢菩薩(ふげんぼさつ)とは?

普賢とは「全てにわたって賢い者」という意味で、あらゆるところに現れ命ある者を救う行動力のある菩薩です。

 

文殊菩薩とともに釈迦如来の右脇侍として三尊で並ぶことが多いですが、独尊で祀られる場合もあります。文殊菩薩の智慧とともに修行を司る菩薩として、明晰な智慧で掴み取った仏道の教えを実践していく役割を果たすとされています。また、女性の救済を説く法華経の普及とともに女性に多く信仰を集めました。

 

ちなみに普賢菩薩から派生した仏に延命のご利益のある普賢延命菩薩があります。

ご利益

女性守護、修行者守護、息災延命、幸福を増やす増益のご利益があるとされています。また、辰・巳年の守り本尊です。

普賢菩薩(ふげんぼさつ)の像容

白象に乗っている姿が一般的です。3つや4つの頭の象に乗っている場合は普賢延命菩薩像の可能性が高いです。

絶望の淵からひとを救う守護仏の力 The power of the guardian Buddha to save people from the depths of despair

 

 

どのようにして動かしたのか? 霊的精神感応である。

明らかに、霊障のホトケは、特定の個人と、或る種の精神感応があるとわたくしは思うのだ。霊障のホトケの、その精神感応によって、その個人はつよい影響を受け、 動かされてしまう。 この「他の存在」つまり霊障のホトケが元凶なのであるから、こ れを消滅させなければ、なにをやってもだめなことは当然である。

では、どうやって、その「他の存在」を消滅させるのか? 守護仏を本尊とするシ カの成仏法のみが、 これをなすことができるのである。

そして、つぎに、守護仏をまつった宝塔をいただいて、本人が毎日、因縁解脱の勤 行をするのである。

これにより、本人の深層意識の奥にひそむ特殊な祖先の欲求・葛藤が消滅してゆく のである。その結果、「衝動」もまた消えて、生じなくなる。

そういうと、どうしてなのか? どうして守護仏の宝塔に、そういう力があるの か?と質問するひとがすくなくない。

それは、守護仏にはそういう力があり、だから守護仏なのだ、と答えるしかないの であるが、それだけではなっとくできないひともあるかもしれない。 わたくしは、こ う思うのである。

 

守護仏は、生身の仏であるから、特殊な波を放射している。 霊的な波動であるから、霊波、といってよい。真言密教では、これを、「金色の大光明」と表現して いる。(如意宝珠法・本尊観)これは、純粋最高の霊波である。 ひとの深層意識、無意識の意識層に浸透する力を 持っている。これを、かりにわかりやすく「プラスの波動・聖なる波動」 とよぼう。 一方、霊障のホトケを持っているひとは、その無意識の意識層に、霊障のホトケの 怨念(ソンディのいう祖先の特殊な欲求・葛藤をうけている。これは「マイナスの 波動邪悪の波動」である。 さきに、わたくしは、フロイトの学説を紹介した。

1、無意識の意識は、自分の知らない他人の意志によって動かされる。

他人の意志によ って動かされるといっているが、わたくしは、むしろ「動かされやすい」と考えてい る。催眠状態に入っているひとは、暗示 (つまり他からのはたらきかけ)に非常に動 かされやすいのである。ときには、動かされることを期待している状態のことさえあ るのである。つまり、霊障のホトケからの衝動・精神感応に非常に動かされやすいの

催眠状態のひとは、このように、波動に非常に動かされやすいのである。 それ は、「マイナスの波動・邪悪の波動」でも「プラスの波動聖なる波動」でも、おな じことである。

ここまで説明すれば、もはやおわかりであろう。

守護仏宝塔の前で、できるだけ無我になって――というのは、表面意識のはたらき をなくして、無意識の意識層をひらく、ということである―そして、勤行をするの である。

無心無我になれさえすれば、べつに勤行しなくてもよいのだが、それは難事であ るから、勤行という無我になる様式をおこなうわけである。

この勤行により、金色の大光明” (霊波)を、わが無意識の意識層に浸透させるの である。 成仏法によって、元凶である霊障のホトケは消滅したが、無意識層に残る抑

トラウマ

・葛藤は、後遺症としてふかい精神傷となっている。 守護仏の聖なる霊波でこれ を消滅させ、さらにこれを浄化し、高揚させるのである。

 

How did it work? Spiritual empathy.

Clearly, I think that psychic hotokes have some kind of emotional connection with specific individuals. The individual is strongly influenced and moved by the psychopathy of the psychic hotoke. Since this “other existence”, that is, the psychic disorder, is the root cause, it is natural that nothing can be done unless this is extinguished.

Then, how can we extinguish that “other being”?This can only be done by the method of attaining Buddhahood in which the guardian Buddha is the principal object of worship.

Next, he received a treasure pagoda enshrining a guardian Buddha, and the person himself performed the devotional devotion every day.

As a result, the special desires and conflicts of his ancestors hidden in the depths of his consciousness disappear. As a result, the “impulse” also disappears and ceases to arise.

Many people ask why this is so?

He has no choice but to answer that the Guardian Buddha has such a power, and that is why it is the Guardian Buddha, but there may be some people who cannot accept that alone. This is what I think.

 

Since the Guardian Buddha is a living Buddha, it emits a special wave. Since it is a spiritual wave, it can be called a spiritual wave. In Shingon Esoteric Buddhism, he describes this as ‘Golden Great Light’. (Nyoihojuho/Honzonkan) This is the purest spiritual wave. It has the power to penetrate into people’s deep consciousness and unconscious consciousness. Let’s call this “positive wave/sacred wave” to make it easier to understand. On the other hand, a person with a spiritual disability has, in their unconscious layer of consciousness, the resentment of the spiritual disability (the special desires and conflicts of their ancestors, as Sondy calls it). Waves.” Earlier, I introduced Freud’s theory.

1. The unconscious consciousness is driven by the will of others whom we do not know.

He says that he is driven by the will of others, but I rather think that he is “easy to be driven.” A person in a hypnotic state is very susceptible to suggestion (that is to say, coercion from others). Sometimes he even mentions the state of expecting to be moved. In other words, it is very easy to be moved by the impulses and psychopathy from the psychic hotoke.

A hypnotized person is thus very susceptible to vibrations. It’s the same thing with “minus wave/evil wave” and “plus wave sacred wave”.

If you explain it so far, you should already understand.

In front of the guardian pagoda, he is as unselfish as possible – that is, to eliminate the function of the surface consciousness and open the unconscious layer – and he is the one who does the devotional.

As long as one can become selfless, there is no need to practice devotion, but since this is a difficult task, the practice of selfless devotion is practiced.

Through this devotion, the great golden light (reiha) permeates into our unconscious consciousness.

trauma

・Conflict is a deep mental scar as an aftereffect. It is extinguished by the sacred waves of the guardian Buddha, and further purified and exalted.

求聞持法修行 Gumonjiho training

 

かつて仏陀がなし、ナーガールジュナ、アサンガがなし、空海、覚がなしたよう にだ。そうでなければ、密教は、所詮、観念の遊戯、自己満足の域を脱せぬことになろう。 それを救うのが、この求聞持聡明法である。

二求聞持聡明法・その秘めたる可能性

求聞持法はいくつかの可能性を持つ。

求聞持法のワナ

その最大のものが、前の章で述べた即身成仏を成就させることであるが、そのほかにも、この法 は、人間を開発・改造する数多くの可能性を秘めている。

この法は、伝えられているような、ただ単に記憶力が増強してものおぼえがよくなるといった程 度のものではないのである。尤も、修行のしかたでは、その程度で終る場合もあるであろう。しか し、修行訓練のしかたにより、想像を絶する能力を身につける可能性を持っているのである。

い ままで、この法は、密教の専門家でさえ、伝説的な呪術まがいのものとしか見ず、あまり重視して いなかったが、それは認識不足というものである

この法は、無限の可能性を持つ。その可能性の 大部分は、まだほとんど秘められたるままである。われわれはこれを発掘して世に出さなければな らない。この法によって十分に訓練されたとき、人類はおそらく生まれ変わってしまうだろう。

か れらが、どんなに高度の知性を持ち、どんなにゆたかな感性を持って、どんなに進歩した社会を創 造するか、想像するだけでもわたくしは奮を禁じ得ないのである。

わたくしは、求聞持法をして、これを成就した。

求聞持法を成就してお前程度のものかといわ れたら一言もないが、そのときわたくしは四十歳を越していた。もしも、二十歳前後で――い 三十歳前後でもよい、その年齢でこの法にふれていたら、いまごろどれほどすばらしい仕事を しているだろうかと、過去をかえりみてわたくしは切歯する思いである。

もしも十歳代でこの 法を体得していたら、わたくしは大天才になっていただろう。それを思うと、いたずらに怠惰と汚 のうちに消え去った過去の時間が心から悔やまれるのだが、しかし、その怠惰と汚濁のゆえにこ 法にふれる機縁を得たことを思えば、それもまた天命であったのであろうし、それにまたたと 不惑の年を越してでも、この法にふれ、仏天の御加護を得て、これを成就することができたわが 身の果報を、心から感謝するのである。

そうして、出来るだけ多くの人びとに、この法の存在とそ の真価を教えてあげなければならぬと思うのである。そのことに全力をあげることが、わたくしに 課された使命であり、かつ最大の報恩徳の行であると思うのである。

この章では、この法についてのわたくしの体験と私見を述べることにしよう。

これがかえってよかったと思う。

わたくしの求聞持法修行には、指導を仰ぐ師がいなかった。文字通りの独習で ある。手に入るかぎりの経口伝・文献を集めて、とり組んだ。

というのは、この法を成就した人師はめったにいない。はっきりいって無に近いのである。 法 を体得していない人を師としても無意味である。無意味だけではなく、害のある場合がある。 先ず 第一に、見当はずれの修行をさせられるおそれがある。

 

Is Rukoto. Just as Buddha did once, Nagarjuna, Asanga, Kukai, and Awakening. Otherwise, esoteric Buddhism would be nothing more than a game of ideas and self-satisfaction. What saves it is this inquiry wisdom method.

The two-question knowledge method and its hidden potential

Inquiry has several possibilities.

Inquisition Law Trap

The greatest of these is the achievement of sokushinbutsu, which was mentioned in the previous chapter, but in addition to this, this law has many possibilities for developing and remodeling human beings.

This law is not, as it is said, merely a mere enhancement of the memory to make it easier to remember. Of course, depending on the way of training, there may be cases where it ends at that level. However, depending on the method of training, it has the potential to acquire unimaginable abilities.

As he was, this law was viewed by even esoteric Buddhism experts as nothing more than a mythical witchcraft, and he did not attach much importance to it, which is a lack of awareness.

This law has endless possibilities. Most of its possibilities are still largely hidden. We must unearth it and bring it out into the world. Humanity will probably be reborn when fully trained by this law.

Just imagining how highly intelligent they are, how richly sensitive they are, and how advanced a society they will create, I cannot help but get excited.

I have fulfilled this by doing the Inquisition.

If I were asked if I was as good as you after completing the Kumonjiho, I was over 40 years old at the time. If he had come into contact with this law at around 20 years old, or even around 30 years old, he would have done a wonderful job. is.

If I had mastered this law in my teens, I would have become a great genius. When I think about it, I regret from the bottom of my heart that the past was lost in idleness and filth. Moreover, I am deeply grateful for the fruits of my life that I was able to come into contact with this Dharma, receive the protection of the Buddha, and achieve this, even after many years of uncertainty. be.

Therefore, I believe that we should teach as many people as possible about the existence of this law and its true value. I believe that devoting all my strength to this task is the mission imposed on me and the greatest act of gratitude.

In this chapter, I will describe my experience and personal opinion about this law.

I’m glad this turned out to be the case.

There was no teacher to ask for guidance in my training in Gumonjiho. He is literally self-taught. I gathered as much oral history and literature as I could get and worked on it.

This is because very few masters have achieved this Dharma. Frankly speaking, it is close to nothing. It is meaningless to take someone who has not mastered the Dharma as a teacher. Not only is it pointless, it can be harmful. First of all, there is a risk that you will be forced to practice misguided practice.

 

文殊菩薩もんじゅぼさつ

 

 

文殊菩薩(もんじゅぼさつ、mañjuśrī〈マンジュシュリー〉、mañjughoṣa[1]〈マンジュゴーシャ〉、‘jam dpal〈ジャンペル〉)は、大乗仏教の崇拝の対象である菩薩の一尊。一般に智慧を司る仏とされる[2]。その他、非人救済などの慈善事業を司るほか、日本真言律宗では慈母供養の象徴としての一面も重視された。

 

文殊菩薩

智慧を司る学問の神様として有名な菩薩

文殊菩薩(もんじゅぼさつ)とは?

正式名称は文殊師利菩薩(もんじゅしりぼさつ)といいます。「三人よれば文殊の知恵」という格言があるように、知恵の神様として学業向上や合格祈願に有名な菩薩です。モデルとなった人物が存在し、古代インドにあるコーサラ国の首都・舎衛国(しゃえこく)のバラモン階級の者だったといわれています。仏教の経典を書物にまとめる作業などに関わったといわれていますよ。ただし、本来は学問などの知恵を司るのは虚空蔵菩薩であり、文殊菩薩は物事のあり方を正しく見極める力・判断力を意味する「智慧」を司っています。

 

釈迦如来の左脇侍として普賢菩薩と共に三尊で並ぶことが多いですが、独尊で祀られることもあります。

ご利益

智慧明瞭、学業成就のご利益があるとされています。また、卯年の守り本尊です。卯年に生まれた人々の開運、厄除け、祈願成就を助けるといわれています。

文殊菩薩(もんじゅぼさつ)の像容

左手に剣と右手に経巻を持ち、獅子の上に置かれた蓮華台の上に座るのが一般的です。梵篋、金剛杵を立てた蓮台などを持つこともあります。