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仏陀の超能力 サヘト マヘトへ(地名)

仏陀の超能力

サヘト マヘトへ(地名)

 

スラバスティの大長者スダッタ(須達多)が、仏陀のために大金を投じてここに土地を求め、大精舎を建立した。 仏陀の名声は四方につたわり、教えを乞うもの踵を接した。 この附近には、ジャイナ教その他の外道の寺院がたくさんあった。それらの寺院の指 導者たちは、仏陀の名声をねたみ、いろいろ、仏陀を中傷した。 中でもとくに、 仏陀を口のうまい山師にすぎないといいふらした。口さきで理論を説くだけで、なに一 神通力を持っていない、要するに口舌の徒であるという批難であった。当時のインド の宗教界では、指導者となるためには、なんらかの神通力を持つことが必須の条件と されていた。ところが、仏陀は、無用に神通力をあらわすことをきらって、この地に来 てから一度もその力を示すことがなかったのである。

他の教団の指導者たちは、これを、仏陀にその力がないからだと考え、これを攻撃し たわけである。仏陀が大神通力の持ちぬしであることを知っている高弟たちは、一度、 ぜひその力を示されるようおねがいしたが、仏陀は承知されなかった。いよいよ神通力 などないと思いあがった他教団の指導者たちは、自分たちのパトロンである他の長者や 勢力者たちを通じて、スダックに、仏陀と神通力の試合を申し入れた。負けたほうがこ の地を去るという条件である。 スダックもついにことわりきれず、仏陀に試合をし

た。あるいは、スダッタも仏陀の神通力を見たかったのかも知れない。仏陀もスダッタ の立場を考慮され、ついにこれを承諾された。

その日、他の教団の指導者たちが、これみよがしにさまざまな神通力を競い合ったさ いごに、仏陀がすがたをあらわされた。

仏陀は三層の高楼の露台にそのおすがたをあらわされたのである。いかなる神通力を あらわされるのかと群衆が固唾をのんで見守るなか、なんと仏陀は露台の手すりを無 作に乗り越えられ、空中に足を踏み出されたのである。一瞬、手をはなされる。仏陀墜 落! とみるまに、仏陀はそのままゆっくりと空中浮揚して、庭園にむらがる大衆の 頭上を越え、 きよらかな清水をたたえた庭園の池の上に立たれたのである。微風に小波 をたてる清涼池の水の上に、仏陀はしずかに立っておられるのである。 群衆が思わずわ が目をうたがったつぎの瞬間、仏陀の上半身は火炎となって燃えあがり、下半身は玉の ような水と化したのである。

目のあたりに見る大神通力に、なみいる他教団の指導者や、土地の勢力者をはじめ、 すべてのひとびとはその場にひれ伏して、頭をあげ得なかった。

Buddha’s supernatural powers

Sahet Mahete (place name)

The great elder Sudatta of Sravasti invested a large sum of money in order to acquire land for the Buddha, and built a large temple here. The fame of the Buddha spread in all directions, and those who sought his teachings came to him. There were many temples of Jainism and other heretical religions in the vicinity. The leaders of these temples were jealous of the Buddha’s fame and slandered him in various ways. In particular, they spread the word that the Buddha was nothing more than a smooth-talking charlatan. They criticized him for only preaching theories with his mouth and not having any supernatural powers, in other words, for being a man of words. In the religious world of India at that time, it was considered essential to have some kind of supernatural power in order to become a leader. However, the Buddha was reluctant to show his supernatural powers unnecessarily, and he never showed them since coming to this place.

The leaders of other religious orders thought that this was because the Buddha did not have the power, and attacked him. The disciples, who knew that the Buddha possessed great supernatural powers, asked him to demonstrate his powers once, but the Buddha refused. The leaders of other religious orders, who were increasingly arrogant and believed that the Buddha did not have supernatural powers, asked Sudhak, through their patrons, other wealthy people and powerful people, to challenge the Buddha to a supernatural contest. The condition was that the loser would have to leave the land. Sudhak could not refuse at last, and challenged the Buddha to a contest. Perhaps Sudatta also wanted to see the supernatural powers of the Buddha. The Buddha, taking Sudatta’s position into consideration, finally agreed.

That day, after the leaders of other religious orders had ostentatiously competed against each other in various supernatural powers, the Buddha appeared.

The Buddha appeared on the terrace of a three-story building. While the crowd watched with bated breath, wondering what supernatural powers he would display, the Buddha suddenly climbed over the railing of the terrace and stepped into the air. In an instant, his hands were released. “Buddha falls!” they thought. The Buddha then slowly rose into the air, flying over the heads of the crowd gathered in the garden, and stood on the garden’s pond, which was filled with pure, clear water. The Buddha stood quietly on the refreshing water of the pond, which rippled in the gentle breeze. The crowd was dumbfounded, and in that moment, the upper half of the Buddha’s body burst into flames and the lower half turned into a ball of water. The great supernatural power they witnessed caused all the people, including the leaders of other religious groups and local powerful people, to kneel down on the spot and be unable to lift their heads.

愛のために智恵のために 仏陀が奇蹟

愛のために智恵のために

目の中を白い光が飛んだ。剣道で力いっぱい面を打たれたとき、目の中を走るあの 閃光に似ていた。わたくしは思わずくらくらとして、額に手をあてた。一種のバイブレ ーションであることはわかった。わたくしも密教の修行者として各地の霊場とあるき 何度か霊的なバイブレーションをうけている。しかし、こんなすさまじい叩きつけるよ うなバイブレーションははじめてであった。 しかもまったく無防禦だったので、完全に 不意をつかれたという感じだった。どこでも霊場へ入るときは、それなりの心がまえを して入る。だからつよいバイブレーションをうけてもうけとめられるのだが、ここでは 全く無だったので、その衝撃はことにつよかったのだ。数秒つづいたように感じた が、それはほんの一瞬のようであった。師の大きな声がふたたび耳によみがえってきた。 「待ってください」

わたくしは手をあげて師を制した。

「ちょっと待って。 わたくしはいま、ものすごいバイブレーションを感じたのです。そ れはものすごいバイブレーションで、そう、あの方向からきました。 あれはなんです か? あの地は―」

わたくしは、その衝撃がきたと思われる方向をゆびさした。五十メートルほど前方に、

雑草の生いしげった凹地があった。そこから、それがきたと思われた。

ああ、あれですか」

と師はうなずいた。

「あれは、ミラクルの池です」

「ミラクルの池?」

の池とよぶのです」

たのです」

そう、 ミラクルの池。 仏陀が奇蹟をおあらわしになった。そこであそこを、ミラクル

「そのミラクルとは、どんなミラクルなのですか?」

「それは、仏陀が空中浮揚してこの池の上に立ち、上半身を火に、下半身を水に変え

「ほう、それはどういうことですか?」

それはですね、と師の説明によると、こうであった。

サイトマトからバチカンベル

スラバスティの大長者スダッタ(須達多)が、仏陀のために大金を投じてここに土地

を求め、大精舎を建立した。 仏陀の名声は四方につたわり、教えを乞うもの踵を接した。 この附近には、ジャイナ教その他の外道の寺院がたくさんあった。それらの寺院の指 導者たちは、仏陀の名声をねたみ、いろいろ、仏陀を中傷した。 中でもとくに、 仏陀を口のうまい山師にすぎないといいふらした。口さきで理論を説くだけで、なに一 神通力を持っていない、要するに口舌の徒であるという批難であった。当時のインド の宗教界では、指導者となるためには、なんらかの神通力を持つことが必須の条件と されていた。ところが、仏陀は、無用に神通力をあらわすことをきらって、この地に来 てから一度もその力を示すことがなかったのである。

他の教団の指導者たちは、これを、仏陀にその力がないからだと考え、これを攻撃し たわけである。仏陀が大神通力の持ちぬしであることを知っている高弟たちは、一度、 ぜひその力を示されるようおねがいしたが、仏陀は承知されなかった。いよいよ神通力 などないと思いあがった他教団の指導者たちは、自分たちのパトロンである他の長者や 勢力者たちを通じて、スダックに、仏陀と神通力の試合を申し入れた。負けたほうがこ の地を去るという条件である。 スダックもついにことわりきれず、仏陀に試合をし

た。あるいは、スダッタも仏陀の神通力を見たかったのかも知れない。仏陀もスダッタ の立場を考慮され、ついにこれを承諾された。

その日、他の教団の指導者たちが、これみよがしにさまざまな神通力を競い合ったさ いごに、仏陀がすがたをあらわされた。

アルコー

仏陀は三層の高楼の露台にそのおすがたをあらわされたのである。いかなる神通力を あらわされるのかと群衆が固唾をのんで見守るなか、なんと仏陀は露台の手すりを無 作に乗り越えられ、空中に足を踏み出されたのである。一瞬、手をはなされる。仏陀墜 落! とみるまに、仏陀はそのままゆっくりと空中浮揚して、庭園にむらがる大衆の 頭上を越え、 きよらかな清水をたたえた庭園の池の上に立たれたのである。微風に小波 をたてる清涼池の水の上に、仏陀はしずかに立っておられるのである。 群衆が思わずわ が目をうたがったつぎの瞬間、仏陀の上半身は火炎となって燃えあがり、下半身は玉の ような水と化したのである。

目のあたりに見る大神通力に、なみいる他教団の指導者や、土地の勢力者をはじめ、 すべてのひとびとはその場にひれ伏して、頭をあげ得なかった。

わたくしは、額に手をあてて師の説明を聞いていた。途中からふいに、やわらかなバ イブレーションとともに、ひとつの概念思考の流れがしずかにわたくしの脳髄ふか くれこんでくるのを感じたのである。わたくしは、自分の思念をまったくとめて、そ れをすなおにうけいれていた。突如、さいごに、すさまじい戦慄が走った。全身の血が いっぺんにひいてゆくような、 名状しがたい恐怖感の襲撃だった。それがおわったとき、 師の説明もおわった。

「先生、その上半身が火となって、下半身が水となる、というのは、どういうことで しょうか?」

だれかがわたくしに質問した

ナベトベトからバチカンペ

「ああ、それはね、全身のチャクラが、すさまじいパワーで、エネルギーを放射したの でしょう。空中浮揚をするために、仏陀は全身のチャクラにすさまじいエネルギーを集 中した。池の上に降り立って、そのエネルギーを放射したのでしょう。そのエネルギー の放射が、炎のように見えたのだね。 チャクラがエネルギーを放射すると、全身が炎に つつまれたようになって見えます。 これは、ヨーガ・スートラなどにも書いてある。そ

ういうとき、しばしば、からだが透明状になることがある。 下半身が水になったという のは、仏陀のおすがたがそのとき、透明になったので、池の水が反映して、水のように 見えたのでしょう。このミラクルは、クンダリニー・ヨーガの最高の技術をみせられ たものと、わたくしは考えます。そういえば、わたくしは、以前、仏陀は、クンダリニ ヨーガの熟達者だった、と本に書いたことがあります」

そう、わたくしは説明しながら、はやく、ひとりになって思考をまとめたいと思って いた。さきほど流れこんできたあの思念の流れあれはいったいなんであったのか? 必死に、わたくしは、それを散らすまいとしてみつめつづけていた。はやく、ひとつの ものにまとめたいと思っていた。

それができたのは、それから数時間後、ラクノウという都市に着いて、ホテルに入っ たときであった。

わたくしは、あわただしく自分の室に入って、シャワーを浴びると、すぐに定にはい った。ミラクルの池でのあの体験を、もう一度再現しようと思ったのである。

定にはいると、すぐに手がはげしく動いた。「自動書記だな」と直感した。 これは、

霊的状態になって手が無意識に動き、文字を書くのである。 すぐ、ノートを、と思った が、あいにく、このホテルは、宿泊するのではなく、午後九時発の夜行列車に乗るまで 三、四時間を、休息と食事のために入ったので、トランクその他、筆記用具を入れた 鞄はすべて、みんなの荷物といっしょに、下のロビーに預けてしまっていた。手もとに は何もない。 しかし、とりにいっているひまはない。時期を逸したら、もう二度とこの 手の動きはもどって来ないかも知れぬのだ。

わたくしはあわただしく座を立って、机のひき出しをさがした。あった! さいわい、 ホテルのメモ用紙が数枚あった。 ボールペンもある。むしゃぶりつくようにペンをにぎ ると、それは勢いよくメモの上を走った。

最初、それは脈絡のない単語や名詞の羅列であった。しかし、それは、ミラクルの池 あの思念の流れと一致していた。わたくしは、食事もとらず、出発までの時間を挙げ これに傾注した。整理して、さいごに書きあげたのがつぎの文章であった。

それは突然ななめ前方からやってきた。

一瞬、目がくらむほどの衝撃だった。

そんなことなどぜんぜん予期しておらずまったく無防備だった自分は、あっという まにその衝撃に叩きのめされてしまったのだ。

修行、学問、そんなものはなんの役にも立たぬものであることを思い知らされた。 こころひそかに誇っていたこれまでの自分の修行も教学も、あっというまに消しと んでしまった。叩きのめされてしまった。

これなんだ、これでなくてはならないのだ。これしかないのだ。目もくらむような あの白銀の輝きにみちたバイブレーション

〇〇年の修行も万巻の教学も、ただ一瞬のこの霊的バイブレーションに如かぬこ とを思い知らされた。

これがそれだったのだ。これが究極のそれだったのだ。このためにこそわたくしは ここにやってきたのだ。

おお、サイト・マイト、聖なる地

そうですか。

あなたはここに待っていてくださった。

わたくしがいまあなたから受けたものを、これからわたくしはひとびとにあたえね ばならぬ。

いま、わたくしは聖者であることをつよく自覚する。

すべてのひとびとがこの聖なるバイブレーションを受けることのできる聖地を、わ たくしはひがしの国につくらねばならぬ。この輝きにみちたサイト・マヘトの地を、 そのまま、日本の国にうつさねばならぬ。それがわたくしの使命だったのですね。 それをかならずはたすことをわたくしはあなたに誓います。

もう一度、わたくしはこの地に来なければならないのですね。だが、そのときなに が起きるのでしょうか? そのとき起きることを、わたしは非常なおそれの 感情とともに予感します。

一瞬の霊的バイブレーション!

一〇〇年の苦行も万巻の書物も、このバイブレーションなくしては、路傍の石ころ にも劣るのだった。このバイブレーションをあたえることのできる聖者こそ、真の 導師だったのだ。理解できました。

聖師よ、ありがとう!

サト・アウトからバチカン

書き終えて、わたくしは虚脱状態になった。

昭和五十五年十一月八日

ラクノウのホテルにて るす。

その虚脱状態は、帰国するまでつづいたといってよい。デリーでのパーティー、アジ キャンタ エローラ石窟寺院と、その後の旅程はつづいたが、わたくしのこころはつ ねにあのミラクルの池の思念の流れに向けられていた。ホテルで一応ああいうかたちに

サへト・マへト、聖なる地     Sahet Mahet, the holy land

サへト・マへト、聖なる地     Sahet Mahet, the holy land

仏陀が奇蹟を示した場所で
池の上に立ち、身体を変えた
火と水に分かれ、光を放ち
そのエネルギー、誰もが見た

### サビ

全身のチャクラ、輝きを増し
火と水に見えた、仏陀の姿
すさまじいエネルギー、感じた奇蹟
心に刻まれた、永遠の光

(サビ)
霊的なバイブレーション この身に宿す
一瞬の奇蹟 心に響く
修行の果てに 学びの果てに
真の導師を ここに見た

祇園精舎  仏教な聖地

現代のサヘト,マヘト

日本のサヘト,マヘト

 

 

 

求聞持聡明法

 

 

1. 「天才の鍵:不老長寿を目指す求聞持聡明法」
2. 「超人的能力開発法:仙道の秘密に迫る」
3. 「知能の限界を超える:密教の超能力トレーニング」

ヒトを天才にする求聞持聡明法は、古くから伝わる真言密教の秘法であり、その修行によって聡明さを得ることができると言われています。弘法大師空海や興教大師覚鏝など、多くの人がこの法を修行し、その効果を示したとされています。しかし、私が今回発表するのは、これまでの求聞持法とは異なる独自の方法です。私はそれを「駄都如意求聞持聡明法」と名付けました。

この法は、クンダリニー・ヨーガのチャクラを覚醒させ、超人的なエネルギーを生み出し、それを導引・気功の技術に乗せて体中に巡らせることで、特に大脳の機能を高めることを特徴としています。私はこの法を完成させるために長年を費やし、数々の著作を通じてその成果を示してきました。

しかし、ただ知識を高めるだけではなく、健康で若々しくありたいと願うのは当然のことです。私は興教大師覚鏝の短い寿命に触れ、自らの健康を心配しました。幸いにも、道教の導引・気功の技術を取り入れることで、不老長寿の目標を達成できる可能性があることを発見しました。

この駄都如意求聞持聡明法は、不老長寿を目指すことは本来の目的ではありませんでしたが、その結果としてその効果が現れました。これは仙道の理想を実現するものであり、若返りをもたらす可能性があると自負しています。

そして、ブッダ自身も超自然的な力の存在を説き、その開発法を提唱していました。知識や技術の限界を乗り越え、超人的な能力を身につけることが目指されています。密教はその伝統を引き継ぎ、超能力の開発技術を提供しています。

人々が宗教や教えを求めるのは、知能や精神能力が低いからだと言われています。しかし、それは限界に達していると言われる教えもあります。私はそれを変えるために、超能力開発法を通じて人々の知能を高め、より高い倫理観を持つことができる世界を目指しています。

これが密教の真の目的であり、私の信念でもあります。

 

 

ヒトを天才にする求聞持聡明法

 

ヒトを天才にする求聞持聡明法

求間持聡明法は、ヒトを聡明にし、天才にするという真言密教に伝わる秘法である。

弘法大師空海が、若くしてこれを修し、大天才となったということで、夙に知られてい

る。また、新義真言宗の開祖、興教大師覚鏝(一〇九五1一一四二)が、七度、この法を

修して成功せず、八度目に悉地を成じ、成功したと伝えられる。覚鏝上人ののこされた業

績をみれば、上人もまた天才でめったことは疑いない。ただ残念なことに、四十八歳で亡

くりれている。

真言密教の求聞持聡明法には、三種の法がある。

虚空蔵求聞持

観音求聞持

如意輪求聞持

であるが、ふつう、求間持法といえば、空海が修して有名な虚空蔵求間持をさす。この

つぶさ    ぶつせつこくうぞうほさつのうまんしよがんさいしようしんだら・にぐもんじほう

法を、具には「仏説虚空蔵菩薩能満諸願最勝心陀羅尼求聞持法」という。

しかし、わたくしがこのたびこの本で発表する求聞持聡明法は、これらのいずれでもない。わたくしが独白に創成した求聞持法で、わたくしはこれに、だとによい

駄都如意求聞持聡明法と名づけた。

この駄都如意求聞持聡明法は、真言密教につたわる求聞持法とはまったくちがうものである。

二つの特徴がある。

それは、

一、クンダリニー・ヨーガのチャクラを覚醒して、超人的千不ルギーを発生させる。

二、その超人的干1 ルギーを、中国・道教につたわる導引・気功の持つ生気ルートに

のせて、体の各要所、要部にめぐらせ、行きわたらせる。殊に、大脳の中枢である間脳・視床下部に送りこむ。

この二つの方法を、独特の方法で完成したのである。これは、前人未踏の領域であるといってよいであろう。わたくしは、半生を、というより、一生をこの法の完成に注いだ。いまから約二〇年前に発行した『変身の原理』以来、わたくしの著書はこの本で四〇冊になるが、それらの著書のすべてが、この法の完成に至る道のりをあらわしたものであるといってよい。

わたくしは、この本で、わたくしの得たほとんどのものを、出来るかぎり、明らかにした。クンダリュー・ヨーガも、道教の導引・気功も、いずれも超人的能力を獲得するための

最高の法である。この世界にこれ以上の超能力開発法ぱない。この二つの法の欠陥を補正して融合させ、さらにあらたな創案をくわえて完成したこの駄都如意求聞持聡明法は、ヒ

トにおける究極の超能力開発法であると自負するのである。

もちろん、。後世おそる、べし”という諺の通り、今後、これ以上の超能力開発法も出るかも知れないが、しかし、それも、クンダリュー・ヨーガと導引・気功を融合させたこの駄

都如意求間持聡明法のライン以外のものではないであろうと確信している。

この法を、指導通りに修行するならば、確実に、ヒトの知能は二倍に、体力は三倍に飛躍強化されるであろうことを断言する。

 

天才は不老長寿でなければならない

 

求聞持聡明法は、たしかにヒトを天才にする。

しかし、いくら天才になっても、そのために、病弱になったり、若死にしたりしたのでは、なんにもならない。天才は、いつまでも若々しく、健康で、世のため、人のため、その才能を発揮するもの

でなくてはならない。(寝たっきりの天才など、まっぴらである)

求聞持聡明法修得をこころざしたわたくしは、つねに、四十八歳という惜しむべき短命に終わった興教大師党員上人が念頭にあった。上人は、おそらく、過酷な求間持法修行のため、法は成就したものの、体を痛め、寿命を損じたのにちがいなかった。

このことは、年少、結核を病んで何年も病床に伏した苦しい経験を持つわたくしにとり、その恐れの念が特に深刻であった。

しかし、この憂慮は、幸いにして杷憂におわった。

道教の導引・気功の秘法をとり入れたことが、この心配を吹きとばしてくれたのである。

すなわち、道教の導引・気功は、仙道の流れを汲むものである。そして仙道の理想は、不老長寿、生きながら神仙に化することを目標とする。

駄都如意求聞持聡明法は、特に不老長寿を目ざすものではなかったのだが、結果はそうなってしまったのである。

期せずして、仙道の理想が実現されることになったのだ。

神仙に化することだけはちょっとむずかしいが、不老長寿はかならず達成される。 わたくしぱ断言してよい。仙選の秘法がとり入れられているこの駄都如意求聞持聡明法

は、二十歳代の人ならば、三歳から五歳、中年以上の人ならば、十歳から十五歳、若返ることができるであろう。

 

あなたが高年者として修行に入り、年齢のために天才になれなかったとしても、いつまでも若々しい肉体と、そして決してボヶることのない求聞持脳だけは獲得できるであろう。

 

Gumonji Gumonji that makes humans a genius

 

Gumonji Gumonji that makes humans a genius

The scholarship method is a secret method that is passed down to the Shingon esoteric Buddhism that makes humans wise and genius.

Kobo Daishi Kukai is known to the shuku for having mastered this at a young age and becoming a great genius.

To. In addition, the founder of the Shingi Shingon sect, Kakuban Kokyo Daishi (195111142), used this law seven times.

It is said that he did not succeed after repairing, but made a siddhi for the eighth time and succeeded. The work of the trowel trowel

Looking at his achievements, there is no doubt that his superiors were also geniuses. But unfortunately he died at the age of 48

He is cursed.

There are three types of Shingon Esoteric Buddhist esoteric Buddhist esoteric Buddhist esoteric Buddhism.

Gumonji Kokuzo

Gumonji Kannon

Gumonji

However, in general, the method of holding a sword is the famous Kokuzo sword that Kukai has repaired. this

Dharani, Dharani, Dharani, Dharani, Dharani

The law is called “Buddhist Theory Kokuzo Bosatsu Noman’s Wishes Most Victory Dharani Gumonji Law”.

However, the Gumonji Gumonji method that I am presenting in this book is neither of these. It’s a Gumonji method that I created in my own confession, and I’m good at this.

It was named Gumonji Gumonji.

This method of esoteric Buddhism is completely different from the method of esoteric Buddhism.

There are two characteristics.

that is,

1. Awaken the Kundalini Yoga chakra and generate a superhuman thousand irritations.

2. The superhuman dryness 1 Ruggy is used as an animation route for the guidance and qigong of Taoism in China.

Put it on and go around each important part of the body and spread it around. In particular, it is sent to the diencephalon / hypothalamus, which is the center of the cerebrum.

These two methods were completed in a unique way. It can be said that this is an unexplored area. I spent half my life, rather than my whole life, on the completion of this law. Since “The Principle of Transformation” published about 20 years ago, I have 40 books in this book, and all of them show the way to the completion of this law. It can be said that there is.

In this book, I have revealed as much as possible what I have gained. Both Kundalyu Yoga and Taoist guidance and qigong are for acquiring superhuman abilities.

The best law. There is no more psychic development method in this world. Gumonji Gumonji, which was completed by correcting and fusing the deficiencies of these two laws and adding new ideas, is

We take pride in being the ultimate psychic development method in Japan.

of course,. As the saying goes, “I’m afraid of posterity,” there may be more psychic development methods in the future, but it’s also a combination of Kundalyu Yoga and Guidance / Qigong.

I am convinced that it will not be anything other than the line of the Toyo-Kai-Machi-Satoshi Law.

I assert that if this law is practiced as instructed, human intelligence will surely be doubled and physical strength will be tripled.

 

Genius must be immortal and longevity

 

Gumonji Gumonji certainly makes humans a genius.

However, no matter how genius you become, if you become sick or die young because of that, nothing will happen. A genius is forever youthful, healthy, for the sake of the world, for the sake of others, and for the sake of others.

Must be. (A genius who sleeps completely, etc.)

I always had in mind a senior member of the Kokyo Daishi Party, who was 48 years old and had a regrettable short life. The superior must have been hurt and impaired his life, although the law was fulfilled, probably due to the harsh training of the quest.

This was especially afraid for me, a young man who had suffered from tuberculosis for many years and had a painful experience of lying in bed.

Fortunately, however, this concern was overwhelmed.

Incorporating the secrets of Taoist guidance and qigong has blown away this concern.

In other words, Taoist guidance and qigong follow the flow of Sendo. And the ideal of Sendo is to become an immortal and longevity, and to become a Shinsen while living.

The Gumonji Gumonji method did not specifically aim for immortality and longevity, but the result was.

Unexpectedly, the ideal of Sendo was realized.

It is a little difficult to turn into a Shinsen, but immortality and longevity are always achieved. I may affirm. This Gumonji Gumonji method that incorporates the secret method of Sensen

If you are in your twenties, you will be able to rejuvenate from three to five years old, and if you are middle-aged or older, you will be able to rejuvenate from ten to fifteen years old.

 

Even if you train as an elderly person and cannot become a genius because of your age, you will only be able to acquire a youthful body and a never-ending brain.

 

 

 

 

ゴータマーブッダは、普通、神秘的な力を信じたり、修行者がそういう力を持つことを願った

りするのを全く禁じたというように、仏教学者や仏教者は信じているようであるが、それは間違

いで、ブッダ自身、神足({乱石の教理、すなわち、仏道を完全に成就するためには超自然的な

力が必要であるとし、超人間的な能力開発の訓練法を説いているのである。これは、パーリ文献

によって容易に証明することができるのである。(略)

それによると、それは、″四神足“または、″四如意足″ともいわれる超能力開発法である。

ブッダは、菩提を成就するためには、単に、知性や理性をみがくだけでは不十分であると考

え、知性や理性の限界をうち破る力が必要であると考えた。

そのために、彼は、そういう力を開発するための行法をつくりあげた。それは、彼が学んだ超

能力開発法を加えて編成したものと見てよいであろう。

それは、三十七種の技法から成り立つもので、四神足というのは、その中心になる技術であ

る。神通、如意を得るための定を、四種類の手法に分けて説明している。

欲神足(願望、理想、創造のためのアプローチ)

勤神足(体と心のトレーニング法)

心神足(潜在意識のトレーニング法)

観神足(深層意識のトレーニング法)

きづまりを打破するために、大乗仏教のなかにとり入れられて体系化され、密教と呼ばれになったのである。いうわけで、密教は二つの面を持っている。

一つは、超能力の開発技術

 

 

 

 

The Gotama Buddha usually believed in mysterious powers and wished that the practitioners would have such powers.

Buddhist scholars and Buddhists seem to believe that they have forbidden to do anything, but that is a mistake.

Then, Buddha himself, Godfoot ({Random stone doctrine, that is, supernatural to fully fulfill Buddhism)

He says that power is needed and preaches a training method for superhuman skill development. This is the Pali literature

Can be easily proved by. (Omitted)

According to it, it is a supernatural power development method also called “Iddhipada” or “Iddhipada”.

Buddha thinks that simply brushing intellect and reason is not enough to fulfill the bodhi.

Well, I thought that I needed the power to break the limits of intellect and reason.

To that end, he created a method for developing such powers. It’s the super he learned

It can be seen that it was organized by adding the capacity development method.

It consists of thirty-seven kinds of techniques, and Iddhipada is the central technique.

To. He explains Shinto, the rule for getting the will, by dividing it into four types of methods.

Desire foot (desire, ideal, approach for creation)

Working God’s foot (body and mind training method)

Mind god foot (subconscious training method)

Kanjin foot (deep consciousness training method)

In order to break the stalemate, it was incorporated into Mahayana Buddhism and systematized, and became known as esoteric Buddhism. So esoteric Buddhism has two sides.

One is the development technology of supernatural powers.

 

 

 

 

人が宗教的教えを必要とナるのは、知的能力が低いからである。要するに、愚かだからである。人の道徳意識が低いのは、知能、精神能力が低いからだ。ほんとうに知能が高くなれば、人は、いま人類の持っている程度の宗教意識などけるかに超えたもっと高い倫理観を持つ。オリヴイエ教授のいう「無限に発展した道徳意識の保有」である。

教え(宗教)による人類の道徳意識の開発は、すでに限界に達してしまっている。

見よ。

 

地上にあまねくくりひろげられている人類のこの大愚行を。殺し合い、奪い合い、罵り合い。

どこに「知恵あるヒト」のおもかげがあるか? 「大愚人類」そのものではないか?

要するに、バカにいくら結構な教えを説いてもだめなのだということだ。

もっと忌憚なくいわしてもらうならば、(これは私がいうのではない。みんな密教の神サマが

おっしやるのであります)ちっとましなバカが、しょうのないバカに一心に教えを説いているというのが、いまの宗教のすがたというものではないのか?

宗教だけではない。科学と技術だってそうではないか。見さかいなくいい気になっていろんなものをつくり出し、あとで公害だ有害物質だと困っている。こういうおろかなことは、もう少し人類の知能が高くなったら、そんなバカなことはたのまれなくともしなくなる。要するに知能が低いからだ。

政治も、経済、思想も、みんなそうだと、あなたは真実思わないか?

要するに、すべて、″ヒトの知能が低い″ことに原因があるのである。

この世界を住みよく、たのしいものにするのには、革命ごっこよりもなによりもまず、ヒトの知能を高めることだ。そう、あなたは思わないか?

さて、話をもとにもどそう。

教えの限界とはヒトの知能の限界だ。

密教はその限界をうち破るのである。

技術によって超能力をあたえ、いっきょにヒトを改造して、宗教などという低い次元をいっぺんに飛び越し、想像を絶する叡智を持った、高い倫理的生物をつくり出そうというのだ。

それが、密教だ。

 

 

 

 

People need religious teaching because of their low intellectual ability. In short, it’s stupid. People’s moral awareness is low because their intelligence and mental abilities are low. If the intelligence is really high, one will have a higher ethical sense that goes beyond the religious consciousness that human beings have now. This is what Professor Oliveyer calls “the possession of an infinitely developed moral consciousness.”

The development of human moral awareness through teaching (religion) has already reached its limit.

Behold.

 

This great folly of mankind that is spread all over the earth. Killing, scrambling, and swearing.

Where is the essence of “wisdom humans”? Isn’t it the “great fool” itself?

In short, no matter how much you teach a fool, you can’t.

If you want to be more frank, (I don’t mean this, everyone is the esoteric god Sama.

Isn’t it the current religion that a little idiot is preaching to a foolish idiot with all his heart?

It’s not just religion. Isn’t it the case with science and technology? I feel good about it and create various things, and later I am in trouble that it is a toxic substance that is a pollution. Such stupid things will not be uncommon if human intelligence becomes a little higher. In short, it has low intelligence.

Don’t you think it’s true that politics, economy, and thought are all the same?

In short, it’s all due to “low human intelligence”.

To make this world livable and enjoyable, first and foremost, to enhance human intelligence, rather than playing a revolution. Yeah, don’t you think?

Well, let’s get back to the story.

The limit of teaching is the limit of human intelligence.

Esoteric Buddhism breaks that limit.

They are trying to give supernatural powers by technology, remodel human beings together, jump over the lower dimensions such as religion at once, and create highly ethical creatures with unimaginable wisdom.

That is esoteric Buddhism.

求聞持聡明法

世界の疾患の根源は、ただ一つ――無知故の愚かさ。

「求聞持聡明法」は、人類の知性を三倍にも増やすという謳い文句が掲げられるが、その半分でさえも足りるという。もし、人々の知性が現在の水準よりも1.5倍も向上すれば、この地上から犯罪や戦争は一掃されるだろう。その理由は、人類が愚かであるが故にある。知性指数が倍増すれば、愚かな行為が如何に無益であるか、大人が子供のけんかを見るように理解できるだろう。

私はこの法を実践し、偉大なる聖者と称される力を手に入れて。しかし、その価値は一体何だろうか? 私が賢明になろうとも、どこかの愚か者が核ボタンを押せば、全てが終わる。世界は砕け散り、偉大なる聖者もまたその中に含まれる。もちろん、聖者であれば事前に察知し、安全な場所に避難するだろう。しかし、世界が壊滅し、生き残った者たちが核の灰に覆われる未来に希望はない。

このままでは、世界は必ず崩壊する。人類の大愚行を阻止するには、求聞持聡明法を世界中に広めねばならない。知性の向上こそが、愚かさによる悲劇を防ぐ唯一の方法なのだ。私は決意した。どんな困難が待ち受けようとも、この法を広めるために全力を尽くすのだ、と

 

 

 

 

The root of all the world’s ills is one thing – stupidity due to ignorance.

The Gyumonji Soumyoho claims to triple the intelligence of humanity, but even half of that would be enough. If people’s intelligence were 1.5 times higher than the current level, crime and war would be wiped out from the earth. The reason is that humanity is stupid. If the intelligence quotient doubles, adults will be able to understand how useless foolish actions are, just as adults do when children fight.

I practice this law and gain the power to be called a great saint. But what is its value? No matter how wise I become, if some fool presses the nuclear button, everything will be over. The world will shatter, including the great saints. Of course, a saint would know this in advance and evacuate to a safe place. But there is no hope for a future where the world is destroyed and the survivors are covered in nuclear ash.

If things continue like this, the world will surely collapse. To prevent the great folly of mankind, we must spread the Gyumonji Somyoh method throughout the world. The improvement of intelligence is the only way to prevent the tragedies caused by stupidity. I resolved that no matter what difficulties await me, I will do my utmost to spread this method.

 

世界上所有弊病的根源只有一件事——无知造成的愚蠢。

Gyumonji Soumyoho声称可以将人类的智力提高三倍,但如果人类的智力比现在高1.5倍,犯罪和战争就会从地球上消失,因为人类是愚蠢的。如果智商翻倍,成年人就会明白愚蠢的行为是多么无用,就像孩子打架时成年人会明白的那样。

我修行了这条法则,获得了被称为大圣的力量,但无论我变得多么聪明,如果有傻瓜按下核按钮,一切都会崩溃,包括大圣。当然,圣人会提前知道这一点并撤离到安全的地方,但世界被毁灭、幸存者被核火山灰覆盖的未来是没有希望的。

如果再这样下去,世界一定会崩溃。为了防止人类的巨大愚蠢,我们必须在全世界传播“牛文字小妙法”,这是防止愚蠢造成的悲剧的唯一方法。无论有什么困难等待着我,我都会尽我最大的努力去传播这个方法。

成仏法 成仏のための七つのシステム、三十七のカリキュラム

釈尊は成仏を目指して難行苦行を行い、その修行法を弟子たちに教えた。
– 釈尊の成仏法は「阿含経」にのみ記されており、創作経典には含まれていない。
– 中国仏教が阿含経を小乗経典として判定し、誤解が広まった。
– 日本仏教もこれを受け入れ、釈尊の成仏法を知らない状態が続いた。
– 成仏法は「七科三十七遺品」であり、「成仏のための七つのシステム、三十七のカリキュラム」とも呼ばれる。
– 七科三十七道品には四念住、四正断、四神足、五根、五力、七覚支、八正道が含まれている。
– これらは釈尊の悟りに至る修行法であり、明確な指針とされている。
– 具体的な修行法には身念住、四正断、四神足、五根、五力、七覚支、八正道が含まれている。
– 例えば四念住では身体、感受、心、法に対する不浄、苦、無常、無我の観念が行われる。
– 四正断では悪を断じてなくし、善を増大させる修行が説かれている。
– 五根や五力、七覚支、八正道もそれぞれ具体的な修行法を示している。
– これらの修行法を通じて、釈尊は悟りに至り、それを弟子たちに教えた。

成仏のための七つのシステム、三十七のカリキュラム

釈尊の成仏法

 

### 歌詞

**イントロ:**

釈尊は成仏を目指して難行苦行を行い

釈尊の道を 歩むために
七科三十七の 道しるべ
悟りの光 目指し進む
心清らかに 修行の日々

**サビ:**
四念住の瞑想 心を澄まし
四正断で悪を 断ち切る力
五根五力を 養いながら
八正道の道 真理を求めて

水晶龍神瞑想法(四神足法)

一、まず、瞑想法の基本を習得し、同時に、解脱宝生行、先祖供養、如意宝  珠敬愛法によって、抑圧意識を除去していく。また、初歩のチャクラ開発  の基礎訓練を開始するとともに、徳を高める積徳行もおこなう。

 

二、つぎに、本格的なチャクラ開発訓練と輪廻転生曼荼羅瞑想法によって、 肉体的および精神的な能力を高める。同時に、現世成仏息災成仏法によっ て、ソンディ型の抑圧意識を完全に除去していく。さらに火界定(護摩 行)、水想観(滝行)の瞑想法の訓練に入る。

 

三、水晶龍神瞑想法(四神足法)の訓練に入る。その上で、四神足法による、 火界定、水想観の瞑想訓練をおこなう。

 

水晶龍神瞑想法(四神足法)

 

 

 理想の来世どころか、苦しみの人生となりいそのうえ横変死の因縁などを 持っていたら、天寿を全うすることすらむずかしい。

 まず、現世でこれらの悪因縁を完全に消滅させ、聖者の境界になっておく必 要があるのである。

 須陀逼とは別名、七来とよばれ、七度(二、三回のこともある)生まれ変わって 成仏する。しかしながら、三悪趣とよばれる境界には堕ちることはない聖者で ある。斯陀含とは別名、一来とよばれ、一度だけ現世に生まれ変わって成仏す

る。

阿那含は別名、不還とよばれ、もう現世には戻ってこないので、輪廻転生 瞑想法の領域からは離れ、釈尊の成仏法の範躊となる。阿羅漢は仏陀である。

 

つまり、輪廻転生瞑想法とは、少なくとも須陀逼(七来)、できれば斯陀含二 来)になり、瞑想法により転生を制御する修行法なのである。

 

わたくしの輪廻転生瞑想法の修行システムは、だいたいつぎのとおりである。

 

一、まず、瞑想法の基本を習得し、同時に、解脱宝生行、先祖供養、如意宝  珠敬愛法によって、抑圧意識を除去していく。また、初歩のチャクラ開発  の基礎訓練を開始するとともに、徳を高める積徳行もおこなう。

 

二、つぎに、本格的なチャクラ開発訓練と輪廻転生曼荼羅瞑想法によって、 肉体的および精神的な能力を高める。同時に、現世成仏息災成仏法によっ て、ソンディ型の抑圧意識を完全に除去していく。さらに火界定(護摩 行)、水想観(滝行)の瞑想法の訓練に入る。

 

三、水晶龍神瞑想法(四神足法)の訓練に入る。その上で、四神足法による、 火界定、水想観の瞑想訓練をおこなう。

 

以上により、須陀逼、ないしは、斯陀含の聖者に至らしめるのである。

第八章輪廻転生瞑想法のカリキュラム

 

Far from the ideal afterlife, it is difficult to complete the natural life if you have a life of suffering and a cause of suspicious death.

First of all, it is necessary to completely eliminate these evil causes in this world and to become the boundary of the saints.

Suda 逼 is also known as Nanarai, and is reborn seven times (sometimes two or three times) and becomes a Buddhahood. However, he is a saint who never falls into the boundary called the three bad tastes. Sakadagami is also known as Sakadagami, and is reborn as a Buddhahood only once in this world.

To.

Anuruddha is also known as non-return, and since it does not return to this world anymore, it is separated from the realm of reincarnation meditation and becomes a category of Buddha’s Buddhahood. Arhat is a Buddha.

 

In other words, the reincarnation meditation method is at least Sudagami (Nanarai), preferably Sadagami Nirai), and is a training method that controls reincarnation by the meditation method.

 

The training system of my reincarnation meditation method is as follows.

 

First of all, learn the basics of the meditation method, and at the same time, remove the oppressive consciousness by the liberation treasure life, the ancestor memorial service, and the pearl respect method. In addition, while starting basic training for elementary chakra development, we will also carry out a virtue-enhancing act.

 

Second, improve physical and mental abilities through full-scale chakra development training and reincarnation mandala meditation. At the same time, the consciousness of oppression of the Sondy type will be completely removed by the Buddhahood Law of the Buddhahood of the Buddhahood. In addition, he started training in the meditation method of Fire World Sada (Goma) and Mizusokan (Takiyuki).

 

Third, begin training in the Crystal Dragon God Meditation Method (Iddhipada Method). On top of that, we will conduct meditation training on the fire world and the view of water using the Iddhipada method.

 

From the above, it becomes a saint of Sudagami or Sadagami.

Chapter 8 Reincarnation Meditation Curriculum

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水晶龍神瞑想法(四神足法)

 
 

 

水晶龍神瞑想法の詩

### イントロ
霊界の深奥、如来の声が響く
王者の相承、心の力を示す
厳しき道を行く者たちよ、心を強く持て
四神足法、成仏への鍵を握る

### サビ
瞑想の彼方に、水晶の龍が舞う
心の思念を繋ぎ、如来の光を受ける
四神足の道を歩む者よ、力を尽くせ
瞑想の炎が、魂を導く