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リサ・ランドールという若き天才物理学者の提唱する新しい宇宙理論

リサ・ランドールという若き天才物理学者の提唱する新しい宇宙理論が、
今全米の注目を浴びています。

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2006年1月11日号のNewsweekでは、
2006年世界のキーパーソンの一人に選ばれています。

彼女は実験によって素粒子を観察している過程で
突然実験空間から姿を消す素粒子を発見し、
その理論的解明に取り組んだ結果、
私たちが住み、知覚しているこの四次元世界(時間と三次元空間)と密接した形で、
時間、空間ともにひとつ次元の高い、五次元宇宙が存在しているのではないか
という理論に到達したのです。

ワープする宇宙―5次元時空の謎を解く
ワープする宇宙―5次元時空の謎を解く 塩原 通緒

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stars簡単ではないぞよ!
stars期待が大きかったので残念
stars門外漢には難解そのもの
stars行きつ戻りつの世界
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リサ・ランドール異次元は存在する (NHK未来への提言) リサ・ランドール異次元は存在する (NHK未来への提言)
リサ・ランドール日本放送出版協会 2007-05
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Warped Passages: Unraveling The Mysteries Of The Universe's Hidden Dimensions
Warped Passages: Unraveling The Mysteries Of The Universe’s Hidden Dimensions

五次元宇宙には、四次元世界が折り重なるように多層的に存在し、
その間を重力子を通して情報のやり取りをしているとのことです。

2007年には、スイスのジュネーブに建設中である
世界最大規模の衝突型加速器「大型ハドロンコライダー(LHC)」が完成し、
7兆電子ボルトで加速された陽子同士が正面衝突することにより、
彼女の想像した「五次元宇宙」証明への扉が開かれるかもしれません。

 

『ワープする宇宙』

『リサ・ランドール 異次元は存在する』の方は「未来への提言」を活字に起こしたもので、100ページ足らずである。宇宙飛行士若田光一氏との対談が主となっていて、『ワープする宇宙』の内容を簡潔に伝えるとともに、内気な数学少女だったハイスクール時代からハーバード大学の教授になり、5次元理論で頭角をあらわすまでのライフ・ヒストリーが語られている。
 『ワープする宇宙』は章の頭にアシーナという11歳の少女の物語を置いて、枕にしている。アシーナはタイムマシンで現代にやってきたアイク・ラシュモア42世という未来人に導かれ、『不思議な国のアリス』そこのこけの冒険をして5次元時空の不思議を体験する。ルイス・キャロルが大好きだというランドールらしい趣向である。
 ランドールの5次元理論は余剰次元理論の一種だが、余剰次元理論はひも理論から出てきた。ひも理論では万物は振動する微小なひもだと考えるが、3次元でひもを振動させると振幅が宇宙規模に広がってしまうので、9次元+時間の10次元時空で振動を考える。10次元時空の振動だときれいに振幅がおさまるそうだが、3タイプのひも理論ができてしまった。その後、次元を1増やして11次元時空を考えると、3タイプのひも理論が統一的に理解できることがわかった。これをM理論という。10次元時空の3つのひも理論は、11次元時空のM理論の特殊な場合というわけである。
 10次元でも11次元でもいいが、われわれが知覚できるのは縦・横・高さの3次元だけである。時間をくわえても4次元にすぎない。残りの次元――余剰次元――はどうなっているのか。
 余剰次元はミクロの世界に縮んでいるというのがひも理論の答えである。
 ストローを考えてほしい。ストローは離すと一本の線に見えるが、目に近づけてよくよく見るると円筒形をしており、長さにくわえて円周というもう一つの次元をもっている。余剰次元はストローの円周方向のように隠れているというのだ。
 余剰次元が本当にあるのかどうかはわからない。10次元にしろ、11次元にしろ、そう考えると式がきれいにまとまるという数学の都合の話であって、実証されたわけではない。だからひも理論でノーベル賞をとった学者はまだいない。
 縮んだ余剰次元を説明した条はみごとである。9次元+時間、もしくは10次元+時間であっても、3次元+時間と見なせることを、ランドールはニュートン万有引力の法則を例に説明する。引力は距離の二乗に反比例して弱まっていくが、これはホースで水をまくと、距離の二乗に反比例して水がまばらになっていくようなものだという。距離の二乗になるのは、水のまかれる面積が二乗で増えていくからである。水のまかれる面積が増えれば増えるほど、水はまばらになっていく。それと同じように、重力も距離の二乗に反比例して弱まっていく。
 もし余剰次元が縮んでいなかったら、重力は距離の8乗とか9乗で急激に弱まっていただろう。
 こんな説明はこれまで読んだことがなかった。しかもこの記述は重力が他の3つの力に較べて桁違いに弱い理由を解明した5次元理論の伏線となっている。
 『ワープする宇宙』が長いにはそれだけの理由があるのである。生クリームに砂糖をまぶしたような啓蒙書に物足りなくなっている人には、本書は打ってつけの本といえる。ランドールは先生として第一級にちがいない。

ワープする宇宙―5次元時空の謎を解く

 

 

 

霊性とはなにか

霊性とはなにか

 

霊性(れいせい、れいしょう[1])は、非常にすぐれた性質や超人的な力能をもつ不思議な性質[1]、天賦の聡明さ[2]といった意味の漢語であり、肉体に対する[1][注釈 1]の意味でも用いられる。また、英語: spiritualityスピリチュアリティラテン語: spiritualitas の訳語でもあり[3]スピリチュアリティとも訳され、宗教心のあり方、特にカトリック教会などでの敬虔信仰などの内実やその伝統を指す[4]。カトリック神学用語としての霊性の起源は5世紀に遡るが[3]、神学用語として積極的に用いられるようになったのは20世紀初めのことである[5]。その後、キリスト教用語の枠を越えて広く宗教用語や一般文化用語として用いられている[3]

わたくしは、人間は霊的存在だと考えている。

なぜならば、人間が、特殊な生命形態を持っているからである。

特殊な生命形態とはどういうものか?

 

釈尊の「成仏法」を修行すると、それがよくわかるようになるのであるが、ここは、瞑想によって悟を完成し、仏陀になられた大霊覚者ゴータマ・ブッダ、釈尊の語るところによって、 それを知っていただこう。

中阿含経という釈尊直説の経典で、釈尊はこう語るのである。

中阿含経「黄蘆園経」

しょうじょう

 

我已に是の如き定心を得、清浄にして穢無く煩無く柔軟にして書く

 

不動心を得、宿命 智通を覚りて作証しぬ。我行 有り相貌 有り、本

 

無量の経歴せる所を憶うに、謂く一生・二生・百生・千生・成劫・

 

・無量の成敗劫なり。 彼の衆生某と名づけ、彼昔更に歴ぬ。我曾て彼に

 

生じ、是の如き姓、 是の如き字にして、 是の如く生じ是の如く飲食し、 是の

 

如く苦楽を受け、是の如く長寿し是の如く久しく住し是の如く寿り、此に死して彼に生じ、彼に死して此に生じ、 我生じて此に在り、 是の如き姓、 是の如き字にして是の如く生じ是の如く飲食し、 是の如く苦楽を受け、 是の 如く長寿しの如く久しく住し是の如く寿りぬと。これを我その時初夜に

この第一明達を得と謂い、本放逸無きを以て遠離に楽住し、修行し精懃

謂く無智滅しても智生じ、闇壊れて而も明成り、無明滅して而も明生

じ謂く宿命 智を作証明達しぬ。 また次に梵志、我巳に是の如き定

心を得、清浄にして穢無く煩無く、柔軟にして善く住し不動心を得、 生死智

通を学び作証し、我清浄の天眼の人〔眼」を出過せるを以て、この衆生の

死時生時、 好色悪色、妙と不妙と、善処及び不善処に往来するを見、この衆 ぜんしょ

生の所作業に随いてその如真を見、若しこの衆生身悪 [行)、口・意悪行を

成就し聖人を誹謗し、邪見にして邪見業を成就すれば、彼これに因命終りて必ず悪処に至り地獄の中に生ぜん。 若しこの衆生身妙行、

意妙行を成就し、聖人を誹謗せず、正見にして正見業を成就すれば、 彼 これに因縁して身壊れ、命終りて必ず善処に昇り天中に上生せんと見 る]。 これを我その時中夜にこの第二明達を得と謂い、本放逸無きを以て遠 離に楽し修行精動し、謂く無智滅して而も智生じ、闇壊れて面も明成り、 無明滅して而も明生じ、謂く生死智を作証し明達しぬ。 また次に梵志、 我巳 にの如き心を得、清浄にして穢無く煩無く、柔軟にして善く住し不動心 を得、漏尽智通を学び作証し、我この苦の如真を知り、この苦の習を知り、 この苦滅を知り、この苦滅道の如真を知り、この漏の如真を知り、この漏 習を知り、この滅を知り、この滅道の如真を知り、 我是の如く知 是の如く見、欲漏心解脱し、有漏・無明漏心解脱し、解脱し巳りてすな わち解脱を知り、生巳に尽き梵行巳に立ち所作巳に弁じ、更に有を受けずと 真を知る。これを我その時後夜にこの第三明達を得と謂い、本放逸無きを 以て遠離に住し修行精勤し、謂く無智滅しても智生じ、闇壊れて而も明成り、無明滅して而も明生じ、謂く漏尽智を作証し明達しぬ。

(読下しは「国訳一切経」を参照させていただいた)

わたし(釈尊は、つねに努力精進し、その想いは確立してすこしもみだ れず、体は安楽で動揺せず、心は禅定に入って静かである。 そのわたしがあ るとき、瞑想に入ってしだいに禅定が深まってきた。 第一禅定から第二、第 三、第四禅定まで深まるにつれて、心に想い浮かぶなにものもなくなり、喜 びや楽しみだけとなり、そして遂にはそれもなくなって、ただ清浄な想いだ けとなった。

そのとき、わたしの心は、一点のけがれもなく、清く明るく、絶対不動で あった。そしてわたしの心の眼はおのずから前世の光景に向けられていっ た。それは一生だけではなく、二生、三生、十生、二十生、そして無限の生 生きかわり死にかわりした光景が展開してきた。これが第一の智慧で ある。上の      文章を箇条書き   にして

 

ヒトを大事にする求聞持明法

この駄都如意求聞持聡明法は、真言密教につたわる求聞持法とはまったくちがうも
二つの特徴がある。
それは、
一、 クンダリニー・ヨーガのチャクラを覚醒して、超人的エネルギーを発生させる。
どうきよう
その超人的エネルギーを、中国・道教につたわる導引・気功の持つ生気ルー
トにのせて、体の要所要部にめぐらせ、行きわたらせる。殊に、大脳の中
枢である間脳・視床下部に送りこむ。
この二つの方法を、独特の方法で完成したのである。これは、前人未踏の領域であ
るといってよいであろう。
わたくしは、半生を、というより、一生をこの法の完成に注いだ。いまから約二〇
年前に発行した「変身の原理こよのののこ」以来、わたくしの著書はこの本で四〇冊になるが、そ
れらの著書のすべてが、この法の完成に至る道のりをあらわしたものであるといってう

これまでの大脳生理学が全く気づいていないが一つあったのだ。
これまでの大脳生理学は、古い皮質(旧皮質・古皮質)と、新しい皮質(新成質
しか知らなかった。ところが、このほかに、重要な脳がもう一つあったのであ
それは、他の二つの脳を統合し、コントロールする最も重要な脳であった。
そういう機能を持った脳のあることを、これまでの大脳生理学は知らなかった。
それは「間脳」と呼ぶ脳である。 大脳生理学、生理学としてこの脳のあるこ
とを知っていたけれども、その機能についてはほとんど知ることがなかったの
である。
わたくしは、この脳を、「霊性の場」と呼んで、『間脳思考』(一九八四年一月
刊行、河出版社)の中で、対談者の質問に対し、つぎのように答えている。

その第三の目がつまり、部位というわけです
ちゃちゃっとちがいます。
第三の目は、ラドクリフのいうように、
関係はある。ちょっとちがいます。
です。わたくしのいう霊性の
それよりすこし深部の視床下部のそばです」
「それはどうちがうのです乱を
「それはひどいうと、第三のというのは、霊的元のさまざ
愛を覚し、閉する能力を持つ。といったらよいでしょう。下の
どどの運常にあると思ったらし

間脳の視床下部が他の二つの脳を統合し、コントロールする最も重要な脳であった。

 

この文章をの作詩ください。
歌詞はイントロ4行、サビ4行してください

Agama Sutra 阿含経  4

Agama Sutra

 

**イントロ:**

縁起の教理、心に染み渡る
七科三十七道、修行の道しるべ
顕教の教え、解脱へと誘う
聖師の導き、魂を解き放つ

**サビ:**

シュダオン、初めの一歩
シダゴン、深まる瞑想
アナゴン、欲望を越えて
アルハット、解脱の彼方へ

 

 

Agama Sutra

**Intro:**

The doctrine of dependent origination penetrates into the heart
The seven branches and the thirty-seven paths are guideposts for training
The teachings of exoteric Buddhism lead to liberation
The guidance of the holy master liberates the soul

**Chorus:**

Sudaon, the first step
Sidagon, deepening meditation
Anagon, beyond desire
Arhat, beyond liberation

 

阿含经

**引言:**

缘起法深入人心
七支三十七道是修行的路标
显宗教法通向解脱
圣师指导解脱灵魂

**副歌:**

素达翁,第一步
西达贡,深化冥想
阿那贡,超越欲望
阿罗汉,超越解脱

ヒトを大事にする求聞持明法

ヒトを大事にする求聞持明法
求開待嘉明法は、ヒトを明にし、天才にするという真言密教に伝わる法である。
若くしてこれを修し、大人事となったということで、風に知られ
ている。また、新義貞言宗の開祖、興教大師定義(一〇九五―一一四が、七度
決して成功せず、八度目に悪を成し、成功したと伝えられる。常人の
のこされた業績をみれば、主人もまた天才であったことは疑いない。ただ残念なこと
四十八歳で亡くなられている。
教の求開待明法には、一種の法がある

と名づけた
のである。
おくわろう
この駄都如意求聞持聡明法は、真言密教につたわる求聞持法とはまったくちがうも
二つの特徴がある。
それは、
かくせい
一、 クンダリニー・ヨーガのチャクラを覚醒して、超人的エネルギーを発生させる。
どうきよう
その超人的エネルギーを、中国・道教につたわる導引・気功の持つ生気ルー
トにのせて、体の要所要部にめぐらせ、行きわたらせる。殊に、大脳の中
枢である間脳・視床下部に送りこむ。
この二つの方法を、独特の方法で完成したのである。これは、前人未踏の領域であ
るといってよいであろう。
わたくしは、半生を、というより、一生をこの法の完成に注いだ。いまから約二〇
年前に発行した「変身の原理」以来、わたくしの著書はこの本で四〇冊になるが、そ
れらの著書のすべてが、この法の完成に至る道のりをあらわしたものであるといってう

 

 

これが早くわがうのだ。
これまでの大脳生理学が全く気づいていないが一つあったのだ。
これまでの大脳生理学は、古い皮質(旧皮質・古皮質)と、新しい皮質(新成質
しか知らなかった。ところが、このほかに、重要な脳がもう一つあったのであ
それは、他の二つの脳を統合し、コントロールする最も重要な脳であった。
そういう機能を持った脳のあることを、これまでの大脳生理学は知らなかった。
それは「電話」と呼ぶ脳である。 大脳生理学、生理学としてこの脳のあるこ
とを知っていたけれども、その機能についてはほとんど知ることがなかったの
である。
わたくしは、この脳を、「霊性の場」と呼んで、『間脳思考』(一九八四年一月
刊行、河出版社)の中で、対談者の質問に対し、つぎのように答えている。

 

その第三の目がつまり、先生のおっしゃる霊性の部位というわけです
ちゃちゃっとちがいます。
第三の目は、ラドクリフのいうように、
関係はある。ちょっとちがいます。
です。わたくしのいう霊性の
それよりすこし深部の視床下部のそばです」
「それはどうちがうのです乱を
「それはひどいうと、第三のというのは、霊的元のさまざ
愛を覚し、閉する能力を持つ。といったらよいでしょう。下の
どどの運常にあると思ったらし
ood

 

 

 

 

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仏陀の超能力 サヘト マヘトへ(地名)

仏陀の超能力

サヘト マヘトへ(地名)

 

スラバスティの大長者スダッタ(須達多)が、仏陀のために大金を投じてここに土地を求め、大精舎を建立した。 仏陀の名声は四方につたわり、教えを乞うもの踵を接した。 この附近には、ジャイナ教その他の外道の寺院がたくさんあった。それらの寺院の指 導者たちは、仏陀の名声をねたみ、いろいろ、仏陀を中傷した。 中でもとくに、 仏陀を口のうまい山師にすぎないといいふらした。口さきで理論を説くだけで、なに一 神通力を持っていない、要するに口舌の徒であるという批難であった。当時のインド の宗教界では、指導者となるためには、なんらかの神通力を持つことが必須の条件と されていた。ところが、仏陀は、無用に神通力をあらわすことをきらって、この地に来 てから一度もその力を示すことがなかったのである。

他の教団の指導者たちは、これを、仏陀にその力がないからだと考え、これを攻撃し たわけである。仏陀が大神通力の持ちぬしであることを知っている高弟たちは、一度、 ぜひその力を示されるようおねがいしたが、仏陀は承知されなかった。いよいよ神通力 などないと思いあがった他教団の指導者たちは、自分たちのパトロンである他の長者や 勢力者たちを通じて、スダックに、仏陀と神通力の試合を申し入れた。負けたほうがこ の地を去るという条件である。 スダックもついにことわりきれず、仏陀に試合をし

た。あるいは、スダッタも仏陀の神通力を見たかったのかも知れない。仏陀もスダッタ の立場を考慮され、ついにこれを承諾された。

その日、他の教団の指導者たちが、これみよがしにさまざまな神通力を競い合ったさ いごに、仏陀がすがたをあらわされた。

仏陀は三層の高楼の露台にそのおすがたをあらわされたのである。いかなる神通力を あらわされるのかと群衆が固唾をのんで見守るなか、なんと仏陀は露台の手すりを無 作に乗り越えられ、空中に足を踏み出されたのである。一瞬、手をはなされる。仏陀墜 落! とみるまに、仏陀はそのままゆっくりと空中浮揚して、庭園にむらがる大衆の 頭上を越え、 きよらかな清水をたたえた庭園の池の上に立たれたのである。微風に小波 をたてる清涼池の水の上に、仏陀はしずかに立っておられるのである。 群衆が思わずわ が目をうたがったつぎの瞬間、仏陀の上半身は火炎となって燃えあがり、下半身は玉の ような水と化したのである。

目のあたりに見る大神通力に、なみいる他教団の指導者や、土地の勢力者をはじめ、 すべてのひとびとはその場にひれ伏して、頭をあげ得なかった。

Buddha’s supernatural powers

Sahet Mahete (place name)

The great elder Sudatta of Sravasti invested a large sum of money in order to acquire land for the Buddha, and built a large temple here. The fame of the Buddha spread in all directions, and those who sought his teachings came to him. There were many temples of Jainism and other heretical religions in the vicinity. The leaders of these temples were jealous of the Buddha’s fame and slandered him in various ways. In particular, they spread the word that the Buddha was nothing more than a smooth-talking charlatan. They criticized him for only preaching theories with his mouth and not having any supernatural powers, in other words, for being a man of words. In the religious world of India at that time, it was considered essential to have some kind of supernatural power in order to become a leader. However, the Buddha was reluctant to show his supernatural powers unnecessarily, and he never showed them since coming to this place.

The leaders of other religious orders thought that this was because the Buddha did not have the power, and attacked him. The disciples, who knew that the Buddha possessed great supernatural powers, asked him to demonstrate his powers once, but the Buddha refused. The leaders of other religious orders, who were increasingly arrogant and believed that the Buddha did not have supernatural powers, asked Sudhak, through their patrons, other wealthy people and powerful people, to challenge the Buddha to a supernatural contest. The condition was that the loser would have to leave the land. Sudhak could not refuse at last, and challenged the Buddha to a contest. Perhaps Sudatta also wanted to see the supernatural powers of the Buddha. The Buddha, taking Sudatta’s position into consideration, finally agreed.

That day, after the leaders of other religious orders had ostentatiously competed against each other in various supernatural powers, the Buddha appeared.

The Buddha appeared on the terrace of a three-story building. While the crowd watched with bated breath, wondering what supernatural powers he would display, the Buddha suddenly climbed over the railing of the terrace and stepped into the air. In an instant, his hands were released. “Buddha falls!” they thought. The Buddha then slowly rose into the air, flying over the heads of the crowd gathered in the garden, and stood on the garden’s pond, which was filled with pure, clear water. The Buddha stood quietly on the refreshing water of the pond, which rippled in the gentle breeze. The crowd was dumbfounded, and in that moment, the upper half of the Buddha’s body burst into flames and the lower half turned into a ball of water. The great supernatural power they witnessed caused all the people, including the leaders of other religious groups and local powerful people, to kneel down on the spot and be unable to lift their heads.

愛のために智恵のために 仏陀が奇蹟

愛のために智恵のために

目の中を白い光が飛んだ。剣道で力いっぱい面を打たれたとき、目の中を走るあの 閃光に似ていた。わたくしは思わずくらくらとして、額に手をあてた。一種のバイブレ ーションであることはわかった。わたくしも密教の修行者として各地の霊場とあるき 何度か霊的なバイブレーションをうけている。しかし、こんなすさまじい叩きつけるよ うなバイブレーションははじめてであった。 しかもまったく無防禦だったので、完全に 不意をつかれたという感じだった。どこでも霊場へ入るときは、それなりの心がまえを して入る。だからつよいバイブレーションをうけてもうけとめられるのだが、ここでは 全く無だったので、その衝撃はことにつよかったのだ。数秒つづいたように感じた が、それはほんの一瞬のようであった。師の大きな声がふたたび耳によみがえってきた。 「待ってください」

わたくしは手をあげて師を制した。

「ちょっと待って。 わたくしはいま、ものすごいバイブレーションを感じたのです。そ れはものすごいバイブレーションで、そう、あの方向からきました。 あれはなんです か? あの地は―」

わたくしは、その衝撃がきたと思われる方向をゆびさした。五十メートルほど前方に、

雑草の生いしげった凹地があった。そこから、それがきたと思われた。

ああ、あれですか」

と師はうなずいた。

「あれは、ミラクルの池です」

「ミラクルの池?」

の池とよぶのです」

たのです」

そう、 ミラクルの池。 仏陀が奇蹟をおあらわしになった。そこであそこを、ミラクル

「そのミラクルとは、どんなミラクルなのですか?」

「それは、仏陀が空中浮揚してこの池の上に立ち、上半身を火に、下半身を水に変え

「ほう、それはどういうことですか?」

それはですね、と師の説明によると、こうであった。

サイトマトからバチカンベル

スラバスティの大長者スダッタ(須達多)が、仏陀のために大金を投じてここに土地

を求め、大精舎を建立した。 仏陀の名声は四方につたわり、教えを乞うもの踵を接した。 この附近には、ジャイナ教その他の外道の寺院がたくさんあった。それらの寺院の指 導者たちは、仏陀の名声をねたみ、いろいろ、仏陀を中傷した。 中でもとくに、 仏陀を口のうまい山師にすぎないといいふらした。口さきで理論を説くだけで、なに一 神通力を持っていない、要するに口舌の徒であるという批難であった。当時のインド の宗教界では、指導者となるためには、なんらかの神通力を持つことが必須の条件と されていた。ところが、仏陀は、無用に神通力をあらわすことをきらって、この地に来 てから一度もその力を示すことがなかったのである。

他の教団の指導者たちは、これを、仏陀にその力がないからだと考え、これを攻撃し たわけである。仏陀が大神通力の持ちぬしであることを知っている高弟たちは、一度、 ぜひその力を示されるようおねがいしたが、仏陀は承知されなかった。いよいよ神通力 などないと思いあがった他教団の指導者たちは、自分たちのパトロンである他の長者や 勢力者たちを通じて、スダックに、仏陀と神通力の試合を申し入れた。負けたほうがこ の地を去るという条件である。 スダックもついにことわりきれず、仏陀に試合をし

た。あるいは、スダッタも仏陀の神通力を見たかったのかも知れない。仏陀もスダッタ の立場を考慮され、ついにこれを承諾された。

その日、他の教団の指導者たちが、これみよがしにさまざまな神通力を競い合ったさ いごに、仏陀がすがたをあらわされた。

アルコー

仏陀は三層の高楼の露台にそのおすがたをあらわされたのである。いかなる神通力を あらわされるのかと群衆が固唾をのんで見守るなか、なんと仏陀は露台の手すりを無 作に乗り越えられ、空中に足を踏み出されたのである。一瞬、手をはなされる。仏陀墜 落! とみるまに、仏陀はそのままゆっくりと空中浮揚して、庭園にむらがる大衆の 頭上を越え、 きよらかな清水をたたえた庭園の池の上に立たれたのである。微風に小波 をたてる清涼池の水の上に、仏陀はしずかに立っておられるのである。 群衆が思わずわ が目をうたがったつぎの瞬間、仏陀の上半身は火炎となって燃えあがり、下半身は玉の ような水と化したのである。

目のあたりに見る大神通力に、なみいる他教団の指導者や、土地の勢力者をはじめ、 すべてのひとびとはその場にひれ伏して、頭をあげ得なかった。

わたくしは、額に手をあてて師の説明を聞いていた。途中からふいに、やわらかなバ イブレーションとともに、ひとつの概念思考の流れがしずかにわたくしの脳髄ふか くれこんでくるのを感じたのである。わたくしは、自分の思念をまったくとめて、そ れをすなおにうけいれていた。突如、さいごに、すさまじい戦慄が走った。全身の血が いっぺんにひいてゆくような、 名状しがたい恐怖感の襲撃だった。それがおわったとき、 師の説明もおわった。

「先生、その上半身が火となって、下半身が水となる、というのは、どういうことで しょうか?」

だれかがわたくしに質問した

ナベトベトからバチカンペ

「ああ、それはね、全身のチャクラが、すさまじいパワーで、エネルギーを放射したの でしょう。空中浮揚をするために、仏陀は全身のチャクラにすさまじいエネルギーを集 中した。池の上に降り立って、そのエネルギーを放射したのでしょう。そのエネルギー の放射が、炎のように見えたのだね。 チャクラがエネルギーを放射すると、全身が炎に つつまれたようになって見えます。 これは、ヨーガ・スートラなどにも書いてある。そ

ういうとき、しばしば、からだが透明状になることがある。 下半身が水になったという のは、仏陀のおすがたがそのとき、透明になったので、池の水が反映して、水のように 見えたのでしょう。このミラクルは、クンダリニー・ヨーガの最高の技術をみせられ たものと、わたくしは考えます。そういえば、わたくしは、以前、仏陀は、クンダリニ ヨーガの熟達者だった、と本に書いたことがあります」

そう、わたくしは説明しながら、はやく、ひとりになって思考をまとめたいと思って いた。さきほど流れこんできたあの思念の流れあれはいったいなんであったのか? 必死に、わたくしは、それを散らすまいとしてみつめつづけていた。はやく、ひとつの ものにまとめたいと思っていた。

それができたのは、それから数時間後、ラクノウという都市に着いて、ホテルに入っ たときであった。

わたくしは、あわただしく自分の室に入って、シャワーを浴びると、すぐに定にはい った。ミラクルの池でのあの体験を、もう一度再現しようと思ったのである。

定にはいると、すぐに手がはげしく動いた。「自動書記だな」と直感した。 これは、

霊的状態になって手が無意識に動き、文字を書くのである。 すぐ、ノートを、と思った が、あいにく、このホテルは、宿泊するのではなく、午後九時発の夜行列車に乗るまで 三、四時間を、休息と食事のために入ったので、トランクその他、筆記用具を入れた 鞄はすべて、みんなの荷物といっしょに、下のロビーに預けてしまっていた。手もとに は何もない。 しかし、とりにいっているひまはない。時期を逸したら、もう二度とこの 手の動きはもどって来ないかも知れぬのだ。

わたくしはあわただしく座を立って、机のひき出しをさがした。あった! さいわい、 ホテルのメモ用紙が数枚あった。 ボールペンもある。むしゃぶりつくようにペンをにぎ ると、それは勢いよくメモの上を走った。

最初、それは脈絡のない単語や名詞の羅列であった。しかし、それは、ミラクルの池 あの思念の流れと一致していた。わたくしは、食事もとらず、出発までの時間を挙げ これに傾注した。整理して、さいごに書きあげたのがつぎの文章であった。

それは突然ななめ前方からやってきた。

一瞬、目がくらむほどの衝撃だった。

そんなことなどぜんぜん予期しておらずまったく無防備だった自分は、あっという まにその衝撃に叩きのめされてしまったのだ。

修行、学問、そんなものはなんの役にも立たぬものであることを思い知らされた。 こころひそかに誇っていたこれまでの自分の修行も教学も、あっというまに消しと んでしまった。叩きのめされてしまった。

これなんだ、これでなくてはならないのだ。これしかないのだ。目もくらむような あの白銀の輝きにみちたバイブレーション

〇〇年の修行も万巻の教学も、ただ一瞬のこの霊的バイブレーションに如かぬこ とを思い知らされた。

これがそれだったのだ。これが究極のそれだったのだ。このためにこそわたくしは ここにやってきたのだ。

おお、サイト・マイト、聖なる地

そうですか。

あなたはここに待っていてくださった。

わたくしがいまあなたから受けたものを、これからわたくしはひとびとにあたえね ばならぬ。

いま、わたくしは聖者であることをつよく自覚する。

すべてのひとびとがこの聖なるバイブレーションを受けることのできる聖地を、わ たくしはひがしの国につくらねばならぬ。この輝きにみちたサイト・マヘトの地を、 そのまま、日本の国にうつさねばならぬ。それがわたくしの使命だったのですね。 それをかならずはたすことをわたくしはあなたに誓います。

もう一度、わたくしはこの地に来なければならないのですね。だが、そのときなに が起きるのでしょうか? そのとき起きることを、わたしは非常なおそれの 感情とともに予感します。

一瞬の霊的バイブレーション!

一〇〇年の苦行も万巻の書物も、このバイブレーションなくしては、路傍の石ころ にも劣るのだった。このバイブレーションをあたえることのできる聖者こそ、真の 導師だったのだ。理解できました。

聖師よ、ありがとう!

サト・アウトからバチカン

書き終えて、わたくしは虚脱状態になった。

昭和五十五年十一月八日

ラクノウのホテルにて るす。

その虚脱状態は、帰国するまでつづいたといってよい。デリーでのパーティー、アジ キャンタ エローラ石窟寺院と、その後の旅程はつづいたが、わたくしのこころはつ ねにあのミラクルの池の思念の流れに向けられていた。ホテルで一応ああいうかたちに

サへト・マへト、聖なる地     Sahet Mahet, the holy land

サへト・マへト、聖なる地     Sahet Mahet, the holy land

仏陀が奇蹟を示した場所で
池の上に立ち、身体を変えた
火と水に分かれ、光を放ち
そのエネルギー、誰もが見た

### サビ

全身のチャクラ、輝きを増し
火と水に見えた、仏陀の姿
すさまじいエネルギー、感じた奇蹟
心に刻まれた、永遠の光

(サビ)
霊的なバイブレーション この身に宿す
一瞬の奇蹟 心に響く
修行の果てに 学びの果てに
真の導師を ここに見た

祇園精舎  仏教な聖地

現代のサヘト,マヘト

日本のサヘト,マヘト

 

 

 

求聞持聡明法

 

 

1. 「天才の鍵:不老長寿を目指す求聞持聡明法」
2. 「超人的能力開発法:仙道の秘密に迫る」
3. 「知能の限界を超える:密教の超能力トレーニング」

ヒトを天才にする求聞持聡明法は、古くから伝わる真言密教の秘法であり、その修行によって聡明さを得ることができると言われています。弘法大師空海や興教大師覚鏝など、多くの人がこの法を修行し、その効果を示したとされています。しかし、私が今回発表するのは、これまでの求聞持法とは異なる独自の方法です。私はそれを「駄都如意求聞持聡明法」と名付けました。

この法は、クンダリニー・ヨーガのチャクラを覚醒させ、超人的なエネルギーを生み出し、それを導引・気功の技術に乗せて体中に巡らせることで、特に大脳の機能を高めることを特徴としています。私はこの法を完成させるために長年を費やし、数々の著作を通じてその成果を示してきました。

しかし、ただ知識を高めるだけではなく、健康で若々しくありたいと願うのは当然のことです。私は興教大師覚鏝の短い寿命に触れ、自らの健康を心配しました。幸いにも、道教の導引・気功の技術を取り入れることで、不老長寿の目標を達成できる可能性があることを発見しました。

この駄都如意求聞持聡明法は、不老長寿を目指すことは本来の目的ではありませんでしたが、その結果としてその効果が現れました。これは仙道の理想を実現するものであり、若返りをもたらす可能性があると自負しています。

そして、ブッダ自身も超自然的な力の存在を説き、その開発法を提唱していました。知識や技術の限界を乗り越え、超人的な能力を身につけることが目指されています。密教はその伝統を引き継ぎ、超能力の開発技術を提供しています。

人々が宗教や教えを求めるのは、知能や精神能力が低いからだと言われています。しかし、それは限界に達していると言われる教えもあります。私はそれを変えるために、超能力開発法を通じて人々の知能を高め、より高い倫理観を持つことができる世界を目指しています。

これが密教の真の目的であり、私の信念でもあります。

 

 

ヒトを天才にする求聞持聡明法

 

ヒトを天才にする求聞持聡明法

求間持聡明法は、ヒトを聡明にし、天才にするという真言密教に伝わる秘法である。

弘法大師空海が、若くしてこれを修し、大天才となったということで、夙に知られてい

る。また、新義真言宗の開祖、興教大師覚鏝(一〇九五1一一四二)が、七度、この法を

修して成功せず、八度目に悉地を成じ、成功したと伝えられる。覚鏝上人ののこされた業

績をみれば、上人もまた天才でめったことは疑いない。ただ残念なことに、四十八歳で亡

くりれている。

真言密教の求聞持聡明法には、三種の法がある。

虚空蔵求聞持

観音求聞持

如意輪求聞持

であるが、ふつう、求間持法といえば、空海が修して有名な虚空蔵求間持をさす。この

つぶさ    ぶつせつこくうぞうほさつのうまんしよがんさいしようしんだら・にぐもんじほう

法を、具には「仏説虚空蔵菩薩能満諸願最勝心陀羅尼求聞持法」という。

しかし、わたくしがこのたびこの本で発表する求聞持聡明法は、これらのいずれでもない。わたくしが独白に創成した求聞持法で、わたくしはこれに、だとによい

駄都如意求聞持聡明法と名づけた。

この駄都如意求聞持聡明法は、真言密教につたわる求聞持法とはまったくちがうものである。

二つの特徴がある。

それは、

一、クンダリニー・ヨーガのチャクラを覚醒して、超人的千不ルギーを発生させる。

二、その超人的干1 ルギーを、中国・道教につたわる導引・気功の持つ生気ルートに

のせて、体の各要所、要部にめぐらせ、行きわたらせる。殊に、大脳の中枢である間脳・視床下部に送りこむ。

この二つの方法を、独特の方法で完成したのである。これは、前人未踏の領域であるといってよいであろう。わたくしは、半生を、というより、一生をこの法の完成に注いだ。いまから約二〇年前に発行した『変身の原理』以来、わたくしの著書はこの本で四〇冊になるが、それらの著書のすべてが、この法の完成に至る道のりをあらわしたものであるといってよい。

わたくしは、この本で、わたくしの得たほとんどのものを、出来るかぎり、明らかにした。クンダリュー・ヨーガも、道教の導引・気功も、いずれも超人的能力を獲得するための

最高の法である。この世界にこれ以上の超能力開発法ぱない。この二つの法の欠陥を補正して融合させ、さらにあらたな創案をくわえて完成したこの駄都如意求聞持聡明法は、ヒ

トにおける究極の超能力開発法であると自負するのである。

もちろん、。後世おそる、べし”という諺の通り、今後、これ以上の超能力開発法も出るかも知れないが、しかし、それも、クンダリュー・ヨーガと導引・気功を融合させたこの駄

都如意求間持聡明法のライン以外のものではないであろうと確信している。

この法を、指導通りに修行するならば、確実に、ヒトの知能は二倍に、体力は三倍に飛躍強化されるであろうことを断言する。

 

天才は不老長寿でなければならない

 

求聞持聡明法は、たしかにヒトを天才にする。

しかし、いくら天才になっても、そのために、病弱になったり、若死にしたりしたのでは、なんにもならない。天才は、いつまでも若々しく、健康で、世のため、人のため、その才能を発揮するもの

でなくてはならない。(寝たっきりの天才など、まっぴらである)

求聞持聡明法修得をこころざしたわたくしは、つねに、四十八歳という惜しむべき短命に終わった興教大師党員上人が念頭にあった。上人は、おそらく、過酷な求間持法修行のため、法は成就したものの、体を痛め、寿命を損じたのにちがいなかった。

このことは、年少、結核を病んで何年も病床に伏した苦しい経験を持つわたくしにとり、その恐れの念が特に深刻であった。

しかし、この憂慮は、幸いにして杷憂におわった。

道教の導引・気功の秘法をとり入れたことが、この心配を吹きとばしてくれたのである。

すなわち、道教の導引・気功は、仙道の流れを汲むものである。そして仙道の理想は、不老長寿、生きながら神仙に化することを目標とする。

駄都如意求聞持聡明法は、特に不老長寿を目ざすものではなかったのだが、結果はそうなってしまったのである。

期せずして、仙道の理想が実現されることになったのだ。

神仙に化することだけはちょっとむずかしいが、不老長寿はかならず達成される。 わたくしぱ断言してよい。仙選の秘法がとり入れられているこの駄都如意求聞持聡明法

は、二十歳代の人ならば、三歳から五歳、中年以上の人ならば、十歳から十五歳、若返ることができるであろう。

 

あなたが高年者として修行に入り、年齢のために天才になれなかったとしても、いつまでも若々しい肉体と、そして決してボヶることのない求聞持脳だけは獲得できるであろう。

 

Gumonji Gumonji that makes humans a genius

 

Gumonji Gumonji that makes humans a genius

The scholarship method is a secret method that is passed down to the Shingon esoteric Buddhism that makes humans wise and genius.

Kobo Daishi Kukai is known to the shuku for having mastered this at a young age and becoming a great genius.

To. In addition, the founder of the Shingi Shingon sect, Kakuban Kokyo Daishi (195111142), used this law seven times.

It is said that he did not succeed after repairing, but made a siddhi for the eighth time and succeeded. The work of the trowel trowel

Looking at his achievements, there is no doubt that his superiors were also geniuses. But unfortunately he died at the age of 48

He is cursed.

There are three types of Shingon Esoteric Buddhist esoteric Buddhist esoteric Buddhist esoteric Buddhism.

Gumonji Kokuzo

Gumonji Kannon

Gumonji

However, in general, the method of holding a sword is the famous Kokuzo sword that Kukai has repaired. this

Dharani, Dharani, Dharani, Dharani, Dharani

The law is called “Buddhist Theory Kokuzo Bosatsu Noman’s Wishes Most Victory Dharani Gumonji Law”.

However, the Gumonji Gumonji method that I am presenting in this book is neither of these. It’s a Gumonji method that I created in my own confession, and I’m good at this.

It was named Gumonji Gumonji.

This method of esoteric Buddhism is completely different from the method of esoteric Buddhism.

There are two characteristics.

that is,

1. Awaken the Kundalini Yoga chakra and generate a superhuman thousand irritations.

2. The superhuman dryness 1 Ruggy is used as an animation route for the guidance and qigong of Taoism in China.

Put it on and go around each important part of the body and spread it around. In particular, it is sent to the diencephalon / hypothalamus, which is the center of the cerebrum.

These two methods were completed in a unique way. It can be said that this is an unexplored area. I spent half my life, rather than my whole life, on the completion of this law. Since “The Principle of Transformation” published about 20 years ago, I have 40 books in this book, and all of them show the way to the completion of this law. It can be said that there is.

In this book, I have revealed as much as possible what I have gained. Both Kundalyu Yoga and Taoist guidance and qigong are for acquiring superhuman abilities.

The best law. There is no more psychic development method in this world. Gumonji Gumonji, which was completed by correcting and fusing the deficiencies of these two laws and adding new ideas, is

We take pride in being the ultimate psychic development method in Japan.

of course,. As the saying goes, “I’m afraid of posterity,” there may be more psychic development methods in the future, but it’s also a combination of Kundalyu Yoga and Guidance / Qigong.

I am convinced that it will not be anything other than the line of the Toyo-Kai-Machi-Satoshi Law.

I assert that if this law is practiced as instructed, human intelligence will surely be doubled and physical strength will be tripled.

 

Genius must be immortal and longevity

 

Gumonji Gumonji certainly makes humans a genius.

However, no matter how genius you become, if you become sick or die young because of that, nothing will happen. A genius is forever youthful, healthy, for the sake of the world, for the sake of others, and for the sake of others.

Must be. (A genius who sleeps completely, etc.)

I always had in mind a senior member of the Kokyo Daishi Party, who was 48 years old and had a regrettable short life. The superior must have been hurt and impaired his life, although the law was fulfilled, probably due to the harsh training of the quest.

This was especially afraid for me, a young man who had suffered from tuberculosis for many years and had a painful experience of lying in bed.

Fortunately, however, this concern was overwhelmed.

Incorporating the secrets of Taoist guidance and qigong has blown away this concern.

In other words, Taoist guidance and qigong follow the flow of Sendo. And the ideal of Sendo is to become an immortal and longevity, and to become a Shinsen while living.

The Gumonji Gumonji method did not specifically aim for immortality and longevity, but the result was.

Unexpectedly, the ideal of Sendo was realized.

It is a little difficult to turn into a Shinsen, but immortality and longevity are always achieved. I may affirm. This Gumonji Gumonji method that incorporates the secret method of Sensen

If you are in your twenties, you will be able to rejuvenate from three to five years old, and if you are middle-aged or older, you will be able to rejuvenate from ten to fifteen years old.

 

Even if you train as an elderly person and cannot become a genius because of your age, you will only be able to acquire a youthful body and a never-ending brain.

 

 

 

 

ゴータマーブッダは、普通、神秘的な力を信じたり、修行者がそういう力を持つことを願った

りするのを全く禁じたというように、仏教学者や仏教者は信じているようであるが、それは間違

いで、ブッダ自身、神足({乱石の教理、すなわち、仏道を完全に成就するためには超自然的な

力が必要であるとし、超人間的な能力開発の訓練法を説いているのである。これは、パーリ文献

によって容易に証明することができるのである。(略)

それによると、それは、″四神足“または、″四如意足″ともいわれる超能力開発法である。

ブッダは、菩提を成就するためには、単に、知性や理性をみがくだけでは不十分であると考

え、知性や理性の限界をうち破る力が必要であると考えた。

そのために、彼は、そういう力を開発するための行法をつくりあげた。それは、彼が学んだ超

能力開発法を加えて編成したものと見てよいであろう。

それは、三十七種の技法から成り立つもので、四神足というのは、その中心になる技術であ

る。神通、如意を得るための定を、四種類の手法に分けて説明している。

欲神足(願望、理想、創造のためのアプローチ)

勤神足(体と心のトレーニング法)

心神足(潜在意識のトレーニング法)

観神足(深層意識のトレーニング法)

きづまりを打破するために、大乗仏教のなかにとり入れられて体系化され、密教と呼ばれになったのである。いうわけで、密教は二つの面を持っている。

一つは、超能力の開発技術

 

 

 

 

The Gotama Buddha usually believed in mysterious powers and wished that the practitioners would have such powers.

Buddhist scholars and Buddhists seem to believe that they have forbidden to do anything, but that is a mistake.

Then, Buddha himself, Godfoot ({Random stone doctrine, that is, supernatural to fully fulfill Buddhism)

He says that power is needed and preaches a training method for superhuman skill development. This is the Pali literature

Can be easily proved by. (Omitted)

According to it, it is a supernatural power development method also called “Iddhipada” or “Iddhipada”.

Buddha thinks that simply brushing intellect and reason is not enough to fulfill the bodhi.

Well, I thought that I needed the power to break the limits of intellect and reason.

To that end, he created a method for developing such powers. It’s the super he learned

It can be seen that it was organized by adding the capacity development method.

It consists of thirty-seven kinds of techniques, and Iddhipada is the central technique.

To. He explains Shinto, the rule for getting the will, by dividing it into four types of methods.

Desire foot (desire, ideal, approach for creation)

Working God’s foot (body and mind training method)

Mind god foot (subconscious training method)

Kanjin foot (deep consciousness training method)

In order to break the stalemate, it was incorporated into Mahayana Buddhism and systematized, and became known as esoteric Buddhism. So esoteric Buddhism has two sides.

One is the development technology of supernatural powers.

 

 

 

 

人が宗教的教えを必要とナるのは、知的能力が低いからである。要するに、愚かだからである。人の道徳意識が低いのは、知能、精神能力が低いからだ。ほんとうに知能が高くなれば、人は、いま人類の持っている程度の宗教意識などけるかに超えたもっと高い倫理観を持つ。オリヴイエ教授のいう「無限に発展した道徳意識の保有」である。

教え(宗教)による人類の道徳意識の開発は、すでに限界に達してしまっている。

見よ。

 

地上にあまねくくりひろげられている人類のこの大愚行を。殺し合い、奪い合い、罵り合い。

どこに「知恵あるヒト」のおもかげがあるか? 「大愚人類」そのものではないか?

要するに、バカにいくら結構な教えを説いてもだめなのだということだ。

もっと忌憚なくいわしてもらうならば、(これは私がいうのではない。みんな密教の神サマが

おっしやるのであります)ちっとましなバカが、しょうのないバカに一心に教えを説いているというのが、いまの宗教のすがたというものではないのか?

宗教だけではない。科学と技術だってそうではないか。見さかいなくいい気になっていろんなものをつくり出し、あとで公害だ有害物質だと困っている。こういうおろかなことは、もう少し人類の知能が高くなったら、そんなバカなことはたのまれなくともしなくなる。要するに知能が低いからだ。

政治も、経済、思想も、みんなそうだと、あなたは真実思わないか?

要するに、すべて、″ヒトの知能が低い″ことに原因があるのである。

この世界を住みよく、たのしいものにするのには、革命ごっこよりもなによりもまず、ヒトの知能を高めることだ。そう、あなたは思わないか?

さて、話をもとにもどそう。

教えの限界とはヒトの知能の限界だ。

密教はその限界をうち破るのである。

技術によって超能力をあたえ、いっきょにヒトを改造して、宗教などという低い次元をいっぺんに飛び越し、想像を絶する叡智を持った、高い倫理的生物をつくり出そうというのだ。

それが、密教だ。

 

 

 

 

People need religious teaching because of their low intellectual ability. In short, it’s stupid. People’s moral awareness is low because their intelligence and mental abilities are low. If the intelligence is really high, one will have a higher ethical sense that goes beyond the religious consciousness that human beings have now. This is what Professor Oliveyer calls “the possession of an infinitely developed moral consciousness.”

The development of human moral awareness through teaching (religion) has already reached its limit.

Behold.

 

This great folly of mankind that is spread all over the earth. Killing, scrambling, and swearing.

Where is the essence of “wisdom humans”? Isn’t it the “great fool” itself?

In short, no matter how much you teach a fool, you can’t.

If you want to be more frank, (I don’t mean this, everyone is the esoteric god Sama.

Isn’t it the current religion that a little idiot is preaching to a foolish idiot with all his heart?

It’s not just religion. Isn’t it the case with science and technology? I feel good about it and create various things, and later I am in trouble that it is a toxic substance that is a pollution. Such stupid things will not be uncommon if human intelligence becomes a little higher. In short, it has low intelligence.

Don’t you think it’s true that politics, economy, and thought are all the same?

In short, it’s all due to “low human intelligence”.

To make this world livable and enjoyable, first and foremost, to enhance human intelligence, rather than playing a revolution. Yeah, don’t you think?

Well, let’s get back to the story.

The limit of teaching is the limit of human intelligence.

Esoteric Buddhism breaks that limit.

They are trying to give supernatural powers by technology, remodel human beings together, jump over the lower dimensions such as religion at once, and create highly ethical creatures with unimaginable wisdom.

That is esoteric Buddhism.